カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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荒れる砂嵐と【見覚えのあるモノ】

「おい、時間だぞ。起きろーい」

 

 人が気持ちよく寝ていたというのに、突然誰かに声をかけられ体を揺すられる。おそらくキョウヘイ先生だろう。

 

「む~…………あと5分」

 

「何ィ? 聞こえんなぁ。ほれ、見張り交代だ。さっさと起きんしゃい。そして俺と代われ」

 

 そんな言葉が聴こえてくるが、わたしはまだ寝ていたいので頭を寝袋の中に首を縮めて抵抗する。そうして心地よく微睡んでいると、ジジジジジと寝袋のチャックが開かれる音がし、直後に冷気が一気に寝袋内に流れ込んできた。それに驚いて飛び起きる。

 

「ひゃん!? 何するの! というよりも、乙女の装備を剥ぐって倫理的にどうなのさ!」

 

「おう、起きたか。こうでもしないと寝続けようとする寝坊姫に対する待遇としては十分だろうが。その寝袋畳んだら見張り頼むぞ。向こうのテーブルに簡単な夜食と共に問題を用意しておいたから、暇があったら解いておくように。フエンタウンに着いたら全て答え合わせするからな」

 

 言うべきことは全部言ったとばかりに自分の寝袋を広げて、そのまま倒れるように寝てしまった。

 

 いくらなんでも早すぎるだろうと、頬をつついてみるが反応がない。体が冷たいのも相変わらずだ。身動ぎ一つすらしようとしない。

 

 諦めて小部屋を出ると、よく冷えた部屋が歓迎してきた。寒さでだんだんと頭がシャッキリしてきた。暖めようかとも思ったけれど、地下室型だから暖房や火を焚くこともできない……この秘密基地の唯一の欠点だろう。今日のところは毛布を纏って寒さ対策をするとして、明日はこの辺りについても話しておくべきだろうか?

 

「スブッ!」

 

「あっ、ありがとう」

 

 テーブルに座ると、大賀がホットココアを持ってきてくれた。カップも暖かい……電気ケトルでカップも温めてくれておいたようだ。技を使わないで道具を使う……この辺りの行動はキョウヘイ先生の教育の賜物だろう。一口飲むと、甘くほろ苦い味が口いっぱいに広がってきた。

 

 あったかくておいしい。

 

 キョウヘイ先生のポケモン教育講座を聞いてはいるが、正直ここまでできるように育てられる気がしない。というか普通はしない。キョウヘイ先生達はいったいどこへ向かっているのだろうか……

 

「くーん……」

 

 ガーディがテーブルの横にあった毛布の上で丸まっていたが、甘い匂いがしたからかこちらに寄って頭を擦りつけてきた。吠えないのは寝ている人達を気遣ってだろう。前は昼夜問わずキョウヘイ先生にずっと吠えていたのに、気が付けばいつの間にかあまり吠えなくなっていた。慣れたというのもあるかもしれないが、敵対しない人間だと理解してくれたのだろう。

 

 ココアを飲みながら今までのことを思い出してみると、家に居た時の頃とだいぶ変わったなぁと再確認させられる。少なくともわたしはこんな風に机に向かうのも諦めていたし。最初はただのポーズだったのに、いつの間にやらこれが普通になってしまっていた。

 

 軽く感慨に耽ってしまったが、今はそれよりもこの課題を進めなければならない。やらないとフエンタウンに着いた時にどうなるかわからないし……わたしの体力は持つのだろうか? 

 

 そこまで考えてからふと手が止まり、最近のキョウヘイ先生の行動を思い出す。

 

 砂漠に出てから、キョウヘイ先生は死んだように眠ることが多くなった。軽口を叩いて自分はまだ大丈夫だとアピールしていたが、本当にこのまま煙突山に向かってもいいのだろうか? と今でも思っている。余裕があるのなら、砂漠の遺跡巡りなんてロマン溢れることがしたかったのだけれど……少し心残りだ。

 

 それにいつも以上に一切マスクを外そうとしないし、途中から一切会話がなくなることもある。引き返すべきじゃない? と提案してみても鼻で軽くあしらわれたっけか。もしかしたら、キョウヘイ先生のことだから何かしら対策を考えているのかもしれないけれど……どうにも早めに砂漠越えを終わらせておきたいらしい。何でかはわからないけれど。

 

 今までも、一般的な人よりかなりのペースで進んできたはずなんだけれどなぁ……実際、わたしの同級生だった子達は既に何人も挫折して帰って来ているらしいし。いつの間にか出世頭になっていた時はビックリしたものだ。

 

 手慰みにガーディを撫でているとぴくりとガーディの耳が動き、入口の方に意識を向け始めた。いつの間にか大賀も近くに寄ってきている。

 

「何かいるの?」

 

「わう」

 

「スブッ」

 

 視線を逸らさずに返事が返ってくる。しばらくすると、外から戦闘音が聞こえ始めてきた。野生のポケモン同士の戦闘だろうか?

 

「……待ち受けるか出て確認するか……どっちにするべきなんだろう」

 

 室内戦のメリットは先手が取れることや、積み技を最初から積んで出迎えることができる点だろう。デメリットは炎技が使えないことや、家具類が破損する場合があることだろう。

 

 対して打って出た場合のメリットは状況の確認が素早くできることや、炎技を普段通りに扱うことができることだろう。デメリットは出た瞬間に攻撃される可能性があること。

 

「打って出た方が攻撃しやすそうかも……よしッ! 大賀はここで……」

 

 そう言って打って出ようとした瞬間に、入口から破砕音がした後にごろりと何かが秘密基地の中に入り込んできた。入口の板を破砕されたのかも! 入ってきたモノは、カチッカチッ! と大きく強靭な顎を打ち鳴らし、所々黒っぽい粘液性の液体や傷が付いている濃いオレンジの体と白い腹を震わせながら大きな鳴き声を吠え上げる。

 

「ナックラー!」

 

 昼間も散々出てきて足止めを食らったナックラーだ。なんで入ってきたのかはわからないが向こうはやる気まんまん……というか、とてもイライラしているように見受けられる。一瞬わたし達が縄張りに入り込んだからかなんて考えたが、それにしては時間が遅すぎる。他の原因だろう。

 

 それよりも今の鳴き声でキョウヘイ先生が起きそうなのが怖い。さっさと倒して外に追い出そう。いつの間にか外の戦闘音は終わったみたいだし、この子が原因だったのだろうか?

 

「ガーディは【おんがえし】、大賀は【ねっとう】!」

 

「ガウッ!」

 

「スブブブブ」

 

 指示を聞いた瞬間に大賀が【ねっとう】をナックラーに向かって吐き出し、その横からガーディが走ってナックラーへ近づいてゆく。

 

「クラッ!?」

 

 顔面から【ねっとう】を浴び、転げまわっているところに【おんがえし】が叩きつけられ、ナックラーを入口から外へ打ち出す。ここまですればもう中に入ろうとしないだろう。

 

「一応偵察して安全確認しよう。大賀とガーディは軽く入口の周りを見てきてくれる?」

 

 見回りの指示を出したあとに破壊された板を見ると、見事にバッキバキに破壊されていた。これは今度薪代わりに使うようにしよう。

 

 そんなことを考えながら撒き散らされた木片などの掃除をしていると、ガチャリと奥の扉が開いた。

 

「……ポケモンでも入ってきたのか?」

 

「うん。何と戦っていたのかはわからないけれど、傷ついてイライラしていたナックラーが入ってきたから追い出してた。今、ガーディと大賀が軽く入口周辺の見回りに行ってもらっているところ」

 

「そうか……問題なさそうだしもう一度寝てくるわ」

 

「おやすみー」

 

 キョウヘイ先生は微妙に覚束無い足取りで奥の部屋に戻っていった。やっぱり夜間戦闘は長引かせない方がいいみたいね。

 

 それにしても、さっきまでナックラーにへばりついていたこの【黒くてドロドロしたもの】はなんなんだろう? ヘドロって感じじゃあないのだけれど……【ねっとう】で洗い流した方がいいのかな? あ、でもさっきの【ねっとう】が砂の上に溜まっちゃっているし、水で流すのはやめた方がいいか。この場合は砂で埋めるべきだろう。周囲に大量にあるし。

 

「わふッ!」

 

「スブ」

 

 丁度ガーディ達も帰ってきたみたいだし、また一仕事頼もうかな。

 

「おかえり。どうだった? 何か問題になりそうなモノは見つかった?」

 

 2匹とも首を左右に振っている。特になかったのだろう。ならナックラーはもう逃げたのか……こっちに突っ込んで来る前にどんなポケモンと戦っていたのか少し気になるけれど、見つからなかったのなら探すのは無理だし軽く記録しておく程度でいいだろう。

 

「そう。ならこの【ねっとう】の残りと黒い粘液を外に埋めるのを手伝って欲しいの」

 

 約10分程で掃除や入口の補修が終わり、課題に手をつけながら夜が明けるのを待つ事にする。

 

 一夜明けて秘密基地から出てみると、凄まじい量の熱砂と防風による歓迎を受けた。今日は砂嵐が酷いなぁ……昨日はまだ風紋を見るなんて楽しみ方ができたが、これほど酷いと数m先しか見えないだろう。バシバシ砂が当たって体力を削ってくるし。

 

「キョウヘイ先生、本当にこの状態で渡るの?」

 

 そこまで急いでいないよね?

 

「うーん……キツイな。昨日ポケモンセンターを出る前に天気予報を見たら結構安定していたはずなんだがなぁ……まだ日数に余裕があるし、今日は中に引き篭ってるか」

 

 よかった。ちょっと一安心かも。

 

「片付ける前に決めてよかったね」

 

「全くだな。もう一度バックパックから出すのは面倒くさい」

 

   ◇  ◇  ◇

 

 3日経っても一向に衰えないとは……そろそろ進まないとずっとここに縛られそうな雰囲気だ。

 

「予想外すぎるな……流石に今日は一定以上進みたいぞ」

 

 うーん……この中を進むとすると……

 

「一応ロープを繋げるのと、ガーディを出して逸れないようにする感じかな?」

 

「ガーディはどうだろうなぁ。この熱砂の中で匂いとか解るのか?」

 

 ガーディに聞いてみると首を横に振った。やっぱり無理なのね。命綱は編んだ頑丈なロープと穴がないかを調べる5フィート棒か。視界効かないだけならガーディの鼻でなんとかできたのだけれど……それが潰されちゃうとわたしは何もできないなぁ。砂嵐という特殊な磁気のせいか、方位磁石も偶に狂うみたいだし。

 

「あと、確かに逸れるのも怖いが、それよりも奇襲が怖いな。この状態だとナックラーの特性:蟻地獄がとても厄介だし、砂隠れのポケモンなんて出てきたら相手にできそうにないだろう。網代笠でも視界確保が厳しいみたいだし」

 

 網代笠でもダメなの!? 本格的に大変なことになってきたかも。砂漠のポケモン達ってどうやってこの中で生活しているんだろうか? ……ああ、だから自分から動かないで獲物が落ちてくるように進化したのか。ちょっと納得した。

 

「ここで呆然としていても時間の無駄だな……よし! 荷物の撤収を始めるぞ。この中を突っ切る! 俺が先頭になると迷うからハルカが先頭になってくれ。後方は俺や網代笠が警戒する」

 

 わたしが先頭? 珍しい。指示を聞いたワカシャモ達がバックパックに荷物を入れ始めた。キョウヘイ先生はこの前作ったチェックリストにチェックを付ける役をするようだ。楽な役に逃げたな。

 

「わかったわ。あ、一度想定ルートを見せて?」

 

「うい……こいつだな。ちょっと書き込みがあるから見にくいかもしれないが勘弁してくれ」

 

 ゴソゴソと取り出された紙のマップに目を通すと進むべきルート以外にも様々な書き込みが書かれてあった。何故か凄まじく辺鄙な場所にいくつかの印が付いていたり、今まで確認された幻影の塔の位置も書き込まれている。通るべきルートは確認したけれど、これは気になる。

 

「大まかに理解したけれど、こっちの印はなんなの?」

 

「ん? ……ああ、それか。俺の知識ではその辺に遺跡があるはずなんだ。だからフエンタウンから出発した後に余裕があれば行こうかと思ってな。砂漠の埋れかけた遺跡なんてロマンの塊だろう? 俺の目でも見ておきたいし、ハルカもテンションが上がるかなと思ってな」

 

 遺跡! マジで!? 見れるの!? 触れられるの!? お宝あるの!?

 

「この印の場所に遺跡があるの!? 行っていいの!?」

 

「お、おう。ただ、フエンタウンを出てから余裕があればだぞ? しかも、こんな状態の砂漠を最短でも2週間以上かけて横断するんだぞ?」

 

 キョウヘイ先生が引き気味になっているがそんなことは関係ない。今はそれよりも遺跡なのだ。優先すべきはロマンなのだ! 遺跡……なんてロマンある響きなのだろうか。ああ、いったい何が眠っているのだろう。これは是非ともわたし自らの目で確認しなければ!

 

「絶対行こう! ほら、グズグズしていないですぐにフエンタウンに行ってジムを攻略しようよ! 砂漠の遺跡がわたし達を待ってるんだよ!」

 

 こんなところで足止めされている場合じゃあない!

 

「一気にやる気になったなぁ……」

 

「クギュル」

 

 何か顔を合わせてボソボソ話しているけれど、そんなことは無視だ無視。

 

「今テンションが上がるのは構わないけれど、後でバテるぞ?」

 

「大丈夫大丈夫! 今日はハルカさんはスーパーハルカさんだから何の問題もないの!」

 

   ◇  ◇  ◇

 

「……キツい……」

 

 完全に体力を使い切ってしまったようだ。

 

「だ~から言ったのに」

 

 ただでさえ無理しているのにあれだけはしゃいでいたら、そりゃあ体力もなくなるわな。それにしても、もう夕方なのに一向に砂嵐が収まる気配がない。もしかして特性:砂起こしのポケモンでもいるのか?

 

 そんなことを思っていると、何処かからか微かに歌声のようなものが聞こえ始めてきた。

 

「……ハルカッ! どこからこの歌声が聞こえてきているかわかるか?」

 

「歌声? 何のこと?」

 

 聞こえていないのか!? 歌声はだんだんと近づいてきており、もう少ししたら接触するだろう。砂嵐のせいで、歌っているモノについてまったく認識できそうにない。これはヤバイかもしれん。

 

「あ、何か聞こえて――」

 

 ハルカが歌声を認識した瞬間に、ごうッ! と目の前に積もっていた砂が巻き上がり、視界が一瞬で砂に埋め尽くされる。ヤバい! 完全にハルカを見失った。

 

「くッ!? 網代笠は相手を見つけるんだ。ハルカッ! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫だけれど、ナックラーに囲まれた! そっちはッ?」

 

 そんな声が飛んできた瞬間、歌声と共に目の前を何かが高速で通り過ぎ、かなり頑丈に編んだロープがいきなり弛んだ。切断されたか! 

 

「目視できていないが高速で移動しているポケモンが1匹以上居る! あとロープを切断されたから注意しろ!」

 

「わかったかも!」

 

 とりあえず状況確認だ。現状、ハルカと分断されていて、ハルカはナックラーに囲まれている。俺は高速で動く何かに攻撃を受けている訳だが……何が相手なんだ? 今までの情報を洗い出せ。あの歌はなんだ? 砂漠で高速で動き、歌うポケモンなんていたか?

 

「キノコッ!」

 

 考えている最中にも網代笠が攻撃を受けているようだ。網代笠に切り傷のようなものが増えていく。相手の攻撃が当たる瞬間に一歩引いて【タネマシンガン バックショット】を撃っているようだが、当たっているのかどうかもわからない。

 

「マズイな……網代笠! 【やどりぎのタネ】をばら撒け!」

 

「キノォ!」

 

 四方八方に【やどりぎのタネ】がばら撒かれてゆくが、どうにも当たったようには思えない。

 

 考えろ――砂漠……砂嵐……歌……歌? 相手は本当に歌いながら移動しているのか? 息継ぎすらせずに? それはありえない。いくらポケモンで、驚異的な肺活量を持っていようと、あれだけの高速移動をしながら一定音量で歌い続けるのは不可能のはず。なら歌ではなく他の何かが音を出しているのだろう。

 

 そう考えると…………なるほど。砂漠で歌のような音を撒き散らして行動するポケモンなら俺も知っている。

 

「出てこい大賀! 網代笠はスポッターに徹して、大賀が射手になって攻撃するんだ! 【れいとうビーム】!」

 

「スブロッ!」

 

「キノッ! キノコッコ!」

 

 近くを通った瞬間に網代笠が相手を補足し、ソレに向かって大賀が【れいとうビーム】を叩きつける。

 

「フリャッ!?」

 

 巻き上げられていた砂が少しずつ収まってゆき、ようやく俺も相手の姿を視認できた。その姿はトンボと西洋のドラゴンを混ぜたような姿をしており、ゴーグルのように眼球を守るオレンジ色のレンズが特徴的だ。体色は鮮やかな緑を基調として、頭や尻尾に青緑色に染まっている。そして、淵部分がオレンジに彩られている羽の一部が凍り漬けになっていた。

 

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってな……ようやく見つけたぞ――フライゴン!」

 

 しかも色違い! かなりのプレッシャーを感じる。ここの主か?

 

 よくよく観察してみると、どうにも様子がおかしいように思えた。イラついているだけでなく、所々に怪我をしているようだ。先程まで何かと戦闘していたのか?

 

 そんな中でふと、尻尾の中程から先の部分に【黒くへばりついているタールのような液体】を見つける。見れば見るほど記憶の中にあったモノと、とても似通っているように思えてならない。

 

 『――あんたのせいで先生は――』

 

 不意に、あの言葉(呪い)がフラッシュバックし、ゾワリと背筋が凍りつく。都合のいい恐怖なんて世界の常であるというのに……逃げられるだなんて、俺はまだそんな甘いことを思っていたのか?

 

 ……クソッ! また思考が飛んじまってたな。しかし、まさかアレがこっちにもいるのか? しかも砂漠に? 火炎瓶なんて用意していないぞ……ガソリン缶を使えばなんとかなるか? いや、今ならポケモンの力でどうにか出来るやもしれん。物理攻撃が効くのかはわからないが、圧倒的質量で攻め立てればあるいは……

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか羽の氷が溶けきっていたようで、また歌うような羽音があたりに響き始める。また、ハチドリのように細かく羽ばたくことで砂を巻き上げるように空中へ持ち上げていき、フライゴンはその姿を降り注ぐ砂によって隠した。先程までこうやって隠れていたのだろう。

 

「しまった!? 大賀、【れいとうビーム】!」

 

 悠長に余計なことを考えている暇などないのだ。そもそも、そんな余裕は俺には無いだろうがッ! 今、目の前のことに集中しろ! 

 

 網代笠が場所を教え、そこに向かって大賀が攻撃し、逃げるフライゴンを追うように【れいとうビーム】の線が上空に描かれてゆく。先程と同じスタイルだが相手も理解しているらしく、より複雑な機動を取っているようだ。俺は見えないが、トンボと同じように急発進、急停止を組み合わせて器用にかく乱しているのだろう。

 

「フラ”ア”ァァァッ!」

 

 空中を逃げ回っていたフライゴンが叫び上げた瞬間にゆっくりと地面が揺れ始め、次第に立っていられない程の規模の振動になってゆく。流石にそんな状態の中で【れいとうビーム】を撃ち続けるなんてこともできず、その場で体勢を崩した。そしてそのまま地面に叩きつけられ、転がされる。

 

「うおッ!? これが【じしん】か!」

 

「きゃあ!? なんなのッ!?」

 

 その場ですぐに受け身を取る。同時に少し離れたところからハルカの声が聞こえてきた。ハルカの方にまで衝撃が走ったようだ。

 

 振動が収まると、すぐに体勢を立て直そうとするが、どうにも網代笠の挙動がぎこちない。地面技に対して耐性があるはずの網代笠の足がふらついているようだ。おそらく、最初の【ドラゴンクロー】のような攻撃が蓄積したせいだろう。

 

 この状況はマズい。このままだとジリ貧になるだろう……一時退却がしたいのだが、このままでは逃がしてもらえそうにないな。どうするか……

 

「よし、戻れ網代笠。大賀は辺り一帯に【ねっとう】を撒き散らして砂を濡らせ!」

 

「スブブブブブブウゥッ!」

 

 砂漠という土質の特性上、本来なら水の吸水性が凄まじいのだが、ここの砂漠は水を弾きやすいようで、水が表層に溜まってしまう。まぁ、完全に吸わないという訳ではないようで、混ぜ合わせたり時間をかければしっかり吸われていくようだが。

 

 撒き散らした【ねっとう】が砂漠地形に沿って、砂の上に巨大なお湯溜まりを作ってゆく。多少俺も【ねっとう】を浴びたが、この程度なら我慢できる。程なくして俺の指示通りに広範囲に小さな池程度のお湯溜りが完成した。砂を纏わずにフライゴンは空中を旋回して、こちらの行動を伺っている。おそらくそんな隙は今しかないだろう。余裕のせいか、あるいは高を括っているのか……どちらかは知らないが、後悔させてやろう。

 

 ただ、後悔させるとは言っても、これだけではあのフライゴンは止まらないだろうし、砂を巻き上げようとすればできなくもないはずだ。だから、確実性を上げるためにそこにもう一手加える。

 

「次に【れいとうビーム】で水を完全に凍らせるんだ!」

 

「スブボッ!」

 

 【れいとうビーム】が当たり、お湯よりも冷気の方が強いからお湯溜りがどんどん凍ってゆく。それにいくら砂漠とは言え今は夕方だ。砂は既に放熱され始めているから氷が溶かされる心配もない。そのまま、辺り一面を氷の世界に仕立て上げる。

 

「フラァッ!」

 

 何かを感じ取ったのだろう。大賀を飛び越えてから爪を光らせ、加速しながら急降を下し始める。この軌道は……なるほど、大賀ではなく俺を直接狙いに来るか!

 

「スブッ!?」

 

「こっちはいい! そのまま最後に【れいとうビーム】で氷柱を複数個作れ!」

 

 指示通り、大賀は仕上げに氷のステージの所々に2mほどの氷柱を複数形成する。あとは俺がアレをどうにかするだけだ。低空飛行のまま猛スピードで突っ込んで来る。【ドラゴンクロー】で俺に切りつけられるまであと5m……3m……今!

 

 タイミングを合わせ、直撃する瞬間にステップをするように左横へ大きく飛びのける事に成功する――しかし、急停止されターンをする要領で脇腹に向かって【尻尾が叩きつけられる】。とっさに右腕でのガードは成功したが、そのまま氷のステージに生えていた氷柱に背中からぶつかり、衝撃で一気に肺から空気が外に押し出され、声が漏れる。意識も一瞬飛びかけたが、歯を食いしばり意地で持ち直す。

 

「く、ふ、ゴホッ! ゲホッ!」

 

 耐え切ってやったぞ! 右腕も肋も折れていない。さっきのは【ドラゴンテール】か。うまい具合に使うもんだな……高い授業料だがありがたく学習させてもらおう。さぁ、舞台は整った! すぐに空中(そこ)から引きずり下ろしてやろうじゃあないか。

 

 視線を上げると、既にフライゴンは俺から見て斜め右側にいる大賀を無視して、俺に止めを刺すために【ドラゴンクロー】を纏いながら突撃してきていた。微妙に膝が笑っているが無理矢理にでも立ち上がる。これから大賀がカッコいいところを見せてくれるのだ。こっちも無様な姿なんて見せられないだろうがッ! 不敵に笑え! 笑ってみせろ俺ッ! 余裕があるように見せつけろ!

 

「そのまま氷柱を【かわらわり】で砕き、叩きつけてやれ!」

 

「スゥゥ……」

 

 大賀が呼吸を整える音が聞こえる。視界内には型を構え、普段の1.2倍増しぐらいに太くなった大賀の右腕が光り始めていて――

 

「ブッ!」

 

「フグッ!!?」 

 

 ――その拳を振るう。すると、ガイィンッ! と大きな破砕音をあげながら砕けた氷片が猛威を振るいながら俺の真横を通り抜けて、フライゴンに叩きつけられる。空中で氷片の塊を叩きつけられたフライゴンは姿勢を崩したせいか、慣性のまま勢いよく氷の地面をバウンドしながら転がってきた。

 

 巻き込まれないように両足に活を入れて飛び退けると、ギリギリ巻き込まれないタイミングで氷柱にフライゴンが叩きつけられた。

 

 普通ならこれで終わりなのだろうが……相手はドラゴンタイプだ。まだ気は抜けない。止めを刺しておくべきだろう。

 

「フラァ”ァ”ァ”ァァ”ッ!」

 

 そんな事を考えた瞬間に凄まじいプレッシャーがフライゴンから放たれ、飛び跳ねるような勢いで空中に飛び立つ。一部骨が折れているだろうにまだやるのか!?

 

 視線を逸らさずにいるとフライゴンはこちらをひと睨みした後、急に方向転換をして砂嵐の中に帰って行った。しばらくそのままの体勢で動けなかったが、ようやく一言言葉が口から漏れた。

 

「勝った……な……」

 

「スビボ」

 

 ギリギリだがこの砂漠の主らしきポケモンに勝った。しかし、これほどまでキツいポケモンバトルは初めてだったな……ハルカ達の方は大丈夫だろうか? 急ぎ確認したいのだが足が動きそうにない。仕方がないのでその場に座り込んでバックパックからおいしい水を取り出し、大賀に渡す。

 

「すまん、しばらく動けそうにない。疲れているとは思うが俺の代わりにハルカ達の方を見て来てもらえるか?」

 

「スブッ!」

 

 おいしい水を受け取った大賀は、ゴッゴッゴッと気持ち良さそうに喉を鳴らして飲んだ後に微妙に戦闘音がする方へ向かって歩きだした。さて、その間の俺の護衛を呼び出すか。網代笠の体力の回復もしないとな……

 

 




フライゴンさん達は、いつもはこんなに好戦的ではないのですがね……主人公達が出会ったタイミングが悪かったんです。あと主人公の存在が悪い。総じて言うと運が悪い。

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