初バッジと【主】
「おめでとう! 無事バッジを手に入れられたようで何よりだ」
ぶっちゃけそっちはあんまり心配していなかったけどな。
「当たり前です! ……と言い切れないのが辛いところかな。技のタイプ相性だけで勝てるかと思っていたけれど凄く難しかったかも」
いい経験が積めたようだ。
「ツツジさんの戦闘狂っぷりはしっかり味わったか? キツかったろ?」
たぶんハルカも味わったんだろ? 大変だったよなアレ。みたいに聞くと、きょとんと不思議そうな顔をされた。なにかがおかしい。
「え? なにそれ? バトルは確かにキツかったけれど、ツツジさんは最後までおしとやかだったよ?」
「え?」
「え?」
どういうことなの……
「「…………」」
俺で鬱憤でも晴らしたのかあの人は……
「わたしは普通にジムトレーナーとシングルバトルを3戦してからツツジさんと戦ったんだけれど……?」
「俺はシングルバトル1回にダブルバトル1回やってからツツジさんにいろいろな意味で酷い目に合わされた……繰り出されたポケモンなんだったんだ?」
「ツツジさんの手持ちはイシツブテとイワーク、切り札はノズパスだったかな。その代わりに2体目に出てきたイワークがとっても綺麗だったの! 全身がクリスタルみたいなので出来ていて、上等な工芸品みたいな感じで! キョウヘイ先生はどうだったの?」
わざわざ炎タイプの前にその子出したんですか?
「ツツジさんそんなポケモンまで持ってるのか……岩に対する愛情が凄ェな。俺の時はもうちょい上を挑戦しようって話になって、何故かダイノーズが待ち構えていた。最初、俺は理解するのを拒んだよ……」
ハルカがうわぁー……みたいな顔をしている。
「そこできっちり勝って帰ってくる辺り流石ですね」
「まぁな。ハルカはツツジさんにどうやって勝ったんだ?」
「最初はガーディでイシツブテと戦っていたのだけれど、【インファイト】で攻撃しても一撃で倒せなくて、【がんせきふうじ】で固められちゃったんだ。それで身動き取れなくなった瞬間に【いわおとし】されてそのままガーディが倒されちゃったの。次に出したワカシャモがすぐに【にどげり】でイシツブテを倒したんだけれどね」
「ツツジさんェ……本当に容赦しないな……」
ハルカもあのコンボを食らってたのか。
「二匹目のクリスタルイワークは【ロックブラスト】を使って攻めてきたけれど、避けたり、【にどげり】で岩を砕きながら近づいて、もう一度【にどげり】をやったら倒せたんだっけか。この時にはもうワカシャモが最高速度に達していたからすぐに決着がついたんだ」
「ん? 決着?」
「うん。この時点でもうバッジを貰えることになったの。で、最後におまけでノズパスと戦ったんだけれど、辛勝だった。ノズパスが出てきた時には最初に曲射する感じの【ひのこ】でノズパスを囲って、すぐに空中から【にどげり】で決めようとしたら【うちおとす】で落とされた後に【がんせきふうじ】と【いわなだれ】されちゃって……」
「ふむ」
かなり激戦だったんだな。
「正直、もう無理かなってあそこでわたしは諦めていたんだと思う。でもワカシャモが大声を上げながら岩を砕いて出てきて、一撃与えてから倒れたの。それを見て、わたしも諦めちゃダメだ! って考え直して、最後に出したゴンベが【しねんのずつき】を食らわせてようやく倒せたんだ」
「その時ツツジさんはなんて言ってた?」
「『貴方は少しばかり諦めるのが早すぎる。もっと色々な状況を経験して、そこで最後まで足掻いてみなさい。それだけで貴方と貴方のポケモン達はもっと強くなれますわ。』だって」
あの人才能ありそうな挑戦者にはとことん厳しめで行くんだな。開花して欲しいからこそなんだろうけれど……どうしても俺には、もっと強くなってわたくしの所に再挑戦しに来なさい! という風に聞こえてしまう。いい事言っているんだがなぁ……
「ハルカはそれを聞いてどう思った?」
「先に諦めて、一緒に闘っているはずのワカシャモを信じてあげられなかったのがとても悔しいです……」
「……そうか。なら俺から言うことは無いな」
言葉ではなく、様々な状況に放り込んでやろう。
「あ、あと『もっと師匠を活用しなさい。キョウヘイさんはまだまだ余裕ありそうですし』とかも言っていたけれど、わたしの事話したの?」
「軽くな。このあとに弟子が来るかもとは言った。名前は出していないぞ?」
他の雑談は、全てポケモンについての意見交換や、どこぞの迷惑な団二つの情報は入っていないかなどの世間話ばっかりだったし。
「ふーん」
なんでジト目で見られているんでせうか?
「どうした?」
「いや、なんでもないかも」
そのかもっていったいなんなんだ。
「さて、そろそろ予約を取ってたしゃぶしゃぶ屋に行こうか」
「その前にベッドの所に置いてあるミラーボールについて聞きたいんだけれど?」
「アレは独り身のジョーイさんから借りてきた物だ。後で使う」
部屋を出る準備をしながら、予備のバッグに入れたソレに軽く触れ、入っていることを確認する。
こんなもの聞かせるのは飯を食い終わった後の方がいいだろう。
◇ ◇ ◇
個室で飯を食い始めてはや2時間。店の人が泣き出す前に撤退したかったのだが、俺の実力では無理だったようだ。ハルカとゴンベが揃って最強に見える。特に食の方面で。結局、この店も食い尽くされてしまった……いずれ、こいつらの胃が世界を征服するのではないだろうか?
俺や他のポケモン達は開始1時間も経てばお腹いっぱいだったのに……ちょっと不満なのはお酒が飲めなかったことぐらいか。飲みたいんだがなぁ……飲んだら考えが纏まらなくなりそうだしなぁ……
そんな不満を解消する為に、支払いの時は笑顔でクーポンを使って、更に値下げしておいた。なんだかスッキリした気がする。やはり笑顔って大事だな! ヒツジマスクを被っていたけれど、行うことが大事なのだ。
さて、部屋に戻ってきたここからが本日2度目の本番である。
「話には聞いていたけれどさ? 大賀が思っていたより腕がムキムキだった……ポケモンもトレーナーに似るんだね」
「どうなんだろうな? ……さて、食べ終わってすぐで悪いが、ハルカさん宛のお手紙が届いております」
予備のバッグに突っ込んでおいた手紙を取り出しテーブルに乗せた。片方は既に俺が軽く拝見したせいで封が空いてしまっている。
「? 誰から?」
「1通目はオダマキ博士から。2通目は専門機関に送っていた壁画及び石柱の文などの直訳的な解読結果が入ってる」
纏めれば良かったんじゃ? と一瞬思ってしまったが、恐らくオダマキ博士からの手紙はハルカだけに見て貰いたかったんだろうな。
「どっちから先に読む?」
「そうね……先に解読結果からにしよう。お父さんからの手紙は後で読むことにする!」
「ういうい」
軽く返事をしてから手紙を開き、その場に広げる。気持ちハルカが見やすいように横向きにしておくのも忘れない。
「えーと、『今回の発見はホウエン地方史の根底を覆す発見かも知れないです』? ……そんな大事になってるの!?」
「内容が内容だからなぁ……」
ハルカが手紙に食いついている間にもう一度、随伴されていた解読結果を眺める。何度読み返しても結果が変わらない……かなり厄ネタだよコレ!
まず壁画の方から。
『――海の神と大地の神による争いは苛烈を極めた。大地の神が歩めば、その地が裂け、大地からは火が溢れ出た。対して海の神が動くと、巨大な波が立ち、嵐が生まれた。その争いの間に天は喰われ、星は落ち、世界は激しく荒れ果てた。そして、その争いの果てに、我らのもとに、天から主が舞い降りた』
うむ。前半部は両者の能力的に
極めつけは、その闘いの果てで天から降りてきた【主】だ。こいつはいったいなんだ? あの壁画には描かれていなかったぞ。レックウザか? もしそうだとするならば、もう少し何かしらの資料に載っているかと思うんだが……調べても出てこなかったんだよなぁ……
これだけの信仰を受けたモノが記録に残っていない。やはり異様だな。直接神の名を口にすることは畏れ多い禁忌であるみたいな解釈があったのかもしれないが……そうすると、どことなく神聖四文字のご同類か何かっぽくも見える。
ただ時代が変わるにつれて変化したようだが。
次のページに捲り、石柱の解読文を読む。こっちはもっと頭が痛くなってくる内容だ。
『――――我々は力を持っていた……そのはずだ。我らに罪はなかったはずだ。許されたはずなのだ。何故今になって【主】に我らが滅ぼされなけらればならぬのだ――』
もうね、本当にね、何があったのさ貴方たち。助けられたはずなのに何やらかしたのさ。
これが掘られた年代はあの壁画よりかなり後らしい。意図的に削られた部分にあったであろう本来の呼び名はやはり解読不能。最初は友好的だったが最後に手の平を返されたっぽく書いているけど、他の視点で書かれているものを見つけないと判断ができんね。
裏切ったのは人か、その【主】か。力を持っていたとか書いてあるが反逆でもしたのか? そもそも人が一方的に祀っていただけで、協力していなかったとかいうオチはないよな?
それにしてもこの地域一体を滅ぼせる程の力を持ったポケモンか……何かいるか? そんな強力な攻撃を行えるの。そもそも【主】はポケモンなのか?
考えることが多すぎて頭がフットーしそうだよおっっ…………マジで知恵熱出そう。お酒に逃げたい。
「……キョウヘイ先生、わたしお腹が痛くなってきたんだけれど?」
「食べ過ぎじゃないか? 胃薬あるぞ。カプセルタイプで、水なしで飲める胃に優しいタイプだ」
「ありがとう……なんか準備万端過ぎません?」
「先に見た俺は胃と頭にダメージ食らったからな。そりゃあ買いに行きますよ」
オダマキ博士は何を思ったのか中身見なかったらしいので、丁寧に現在の考察も踏まえたものをお礼と一緒に送り返した。俺達だけ楽しんでいちゃあ不公平だもんな!
楽しみは共有しようぜ!
ついでに、今度ダイゴさんに会ったら巻き込んでやろうと決意する。
「ちなみに、今俺たちが旅をしながら探しているのは海の神とか呼ばれている方な」
そう言ってからゲロゲ財布から【あいいろのたま】を取り出し、弄ぶ。きっと、カイオーガが近くなればこいつが何かしらのアクションをしてくれるのだろう。
今までもずっと考えてきたが、なんであの2匹は戦ったのだろうか? 生活圏が被ったから? 陸と海でそれはないだろう。食もおそらく争う理由にはならない。自分の支配する領域を広げるのに相手が邪魔だったから? これが今は一番有力か。
しかし……そもそも相性的に対立なんてできるものなのか?
「この『主』っていったい何なんだろう……キョウヘイ先生は何か知らないの?」
「そいつか。ソレが俺にもわからないんだよな……せめて色みたいな特徴がわかれば、なんとかなるかもしれないんだがなぁ……」
緑色の生物なら知っているかも? みたいに仄めかせるんだが……
「うーん。どんなポケモンなんだろう」
「本当にポケモンなのかどうかすらわからん。まぁ、今後の発見次第で正確な名前がわかるかもしれんし、そうしたら俺達の名前が発見者として教科書に載るかもな」
「あははは、どうでしょうね?」
「今後の俺達の期待だな。さて、ここいらでこの頭の痛くなる問題から目を背けるために、ハルカさんにこの箱のどちらかを開けてもらいます」
そう言ってから、マスクの王国のマスターに用意して貰った例の物が入っている箱を2個取り出す。それぞれ、情熱的な赤でラッピングした物と、爽やかな青でラッピングした物だ。大きさは40cm四方でなかなかの大きさです。
「それは?」
「初バッジゲットというおめでたい日なので、僭越ながらプレゼントを用意させていただきました。変なものはあまり入っていません! さぁ片方お選びください!」
「あまりって50%の確率なんですが……」
「大丈夫! ちゃんと可愛いのが入っているから! 片方に」
どっちに入っているのかは俺にもわかりません。
「最後にボソッと不吉な言葉が聞こえた気が……これ選ばれなかった方はどうするの?」
「残った方は俺が貰う」
こういうのポケモンでお馴染みだよな!
「えーと……じゃあねぇ……うーん……」
「ハルカって意外と長考するよな」
「片方にネタが仕込まれているみたいだからね……普通に選ぶとすると赤なんだけれど……キョウヘイ先生のことだからそっちに仕掛けている可能性も……」
こちらの顔色を伺いながらボソボソと言っている。
「こっちの顔色で判断しようとしているみたいだが、残念なことに俺もどっちにネタが入っているのかわからないのだよ! 残念だったな!」
「え゛っ! じゃあ――――青で」
「ふむ。理由は?」
「勘です」
「そうか……本当に青でいいんですね?」
「うん。きっと大丈夫のはず……」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
部屋の電気を薄暗くした後にポケナビに録音していたドラムロールを再生し、ベッドの上に設置されたミラーボールが光りだす。
「このためだけにミラーボール用意したの!?」
「当たり前だろう!」
ドドドドドドとドラムロールの音が響く部屋の中、ハルカがゆっくりと青い箱に近づいてゆく。
そんなハルカに青い箱を渡した後、最後のドラムロールの音がドンッ! 響いた。その瞬間、ハルカの頭上からライトが当てられる。いい仕事だぞ御神木様! 伊達にそこで手紙渡す前から待機していただけはある!
「さぁ開けてください!」
ビリリッと包装を破き、ダンボールを開けるとそこには――――ネコミミのような大きめのリボンが付いたカチューシャが入っていた。
「あ、可愛い!」
「おめでとうございます! 見事ネタを踏み越えて貴方は商品を手に入れられることができました!」
そう言ってから電気を付け、両手を広げて御神木様に降りてきていいよと合図する。何故か御神木様は普通に落ちるよりも勢いを増して、俺の腹に向かって強襲してきた。解せぬ。
「ありがとうキョウヘイ先生! ちなみにもうひとつのだとどうなっていたの?」
「見るかい?」
赤い箱の包装を破き、ダンボールを開ける。すると――
――馬鹿デカイ猫のマスクが現れた。
「ん……ん?」
「これですね」
取り出してみると、見かけは耳が立っている猫……っぽいのだが、目は翡翠のような色をしている。頬まで裂けたような大きな口でニヤリと笑っており、その口にはギザギザの歯が並んでいる。不気味な顔のチェシャ猫のような風貌だ。なんか装備するとボマーのスキルが付きそう。剣士とかに装備するといいんじゃないかな。
早速装備してみよう。
「こんな感じになります」
「……大きすぎない?」
「額の空洞部はメロンパン入れになっております」
パカッと額を開くと台座のようなものが鎮座している。これのせいで300gほど重量が増えているのは秘密だ。
実際の着用感はなかなかいい。なんだか今まで思いつかなかったコンボが閃ける気がする!
「今までのマスクよりも、キョウヘイ先生が変態っぽく見える……」
今の俺の姿を鏡で確認する。スーツを着た190cmの大男にそこまでの変わりはない。
「なんだ、いつも通りじゃないか」
「いや、犯罪的ですって!」
問題ない問題ない。明日のデボンコーポレーションもこれで行こうと思う。
そんなことで一悶着している間にハルカが何かに気がついたらしい。
「……ちなみに、もしコレがわたしの手元にあった場合って……」
「俺があのカチューシャを着けて、仕事で使った全身黒タイツのような格好で、ジョーイさんにミラーボールを返しに行く予定だった」
流石にキツい物があるができなくは……ない! イケルッ!
「なんでそんな広範囲テロみたいなことやろうとしているんですか! 不審者として通報されて捕まりますよ!」
「大丈夫。あの人は理解のある人だから」
きっと笑顔でペットボトルを投げてくるぐらいだろう。
その後、深夜にチェシャ猫マスクを着けて飲み物を買いに行ったのだが、どうやら同じ時間帯に不審者が現れていたらしい。気がつかなかった……もっと精進せねば。
「……これってまさか……」
「どうかしたのか?」
「い、いや。なんでもないです」
ハルカは犯人に気がついたのだろうか?