今思い返すと悪手の連続だった。厄介な戦闘を行った結果、案の定俺たちに追っ手が差し向けられてしまった。まぁ、キノココ達にとっての大切な場所に勝手に入ったのだ。怒りもするだろう。
結果的に、本気になったキノガッサ達に強襲を受ける事となってしまった。
直ぐ
「まだまだかかりそうだなぁ……」
「ですねぇ……」
既に2時間ほど経ってしまっている。未だに巡回のペースは変わらず、まだまだ高めの木から降りられそうにない。せめてもの救いはロープで体を固定化しているからあまり体力を使わないことと、御神木様達が新しく技を覚えたことか。鳥ポケモンがいたら今頃つつかれているだろうな。
木に登って隠れるのは最終手段だったはずだったのだが、行わざるを得なかった。
「霧を出して逃走したのにこうなったかぁ」
「キノココ達も執拗に追ってきましたもんね……」
「現状だと下手に霧を出したら居場所が特定されそうだし、どうしたもんかね?」
霧出したらワラワラ湧いてくるから、ビデオカメラがあればちょっとしたパニック物みたいな映像が撮れそうだ。
「うーん……木から木へ飛び移って進むとかは?」
ちらりと隣の木を見る。流石に無理だろうなぁ。もしかすると、木をしならせた反動で飛び移れるかもしれないが、派手過ぎる。確実にバレるだろう。
「ちとキツいんじゃないか? エイパムとかなら進行方向の木にロープを繋いで、そこを伝うなんて芸当ができそうだが、俺達のポケモンや技量じゃ難しい」
下から登るのなら問題ないんだが、流石に危なすぎるな。どこぞの映画に出てくる考古学者のように、鞭で移動するのも技量が足りなさそうだ。
「ですよねぇ……はぁ。早く下のキノココ達が移動してくれればいいのだけれど……それまで暇だなぁ」
流石にもう下から胞子が巻き上がっていくのを見るのも飽きてきたか。最初の頃はうわぁとか言ってたんだが。
「それで……さっきから何をやっているんで?」
「ん? 流石に下を観察するのもダレてきたからな。腕と親指を使って出口までの大まかな距離を測ってるんだ。近いんだったら強行突破しようかなと思ってな?」
簡易地図だし縮尺が微妙だからな……うーむ。
「え゛!? あの中を強行突破するの?」
森の中を蠢く影は一向に減りそうにない。
「そんな声を出さなくても……流石に今からはやらんよ」
まぁ、やるとしたらもう少し進んでからだな。流石に荷物を背負って、足場の悪い森の中をキノココ達に追われながら、数時間走り続けるなんて芸当は流石に無理だ。
「ただキノガッサに接触した場合はその限りではない。むしろ、その場合はやりきらんと酷い目に合いそうだ」
殴られた衝撃を思い出す。流石に2度目は食らいたくない。ある程度頑丈な俺ならばともかく、ハルカが食らったら重症どころの話ではなくなるだろう。
直後、少し離れた場所の木が圧し折れてゆく音が響き渡った。ストレス発散かな? 気まずい空気が流れる。
「……絶対に隠れきりますよ!」
あの力で殴られるのを想像してしまったのか、鬼気迫る表情になった。やる気を出したようでなにより。まぁ、出口が近くなればカナズミシティ側から侵入を試みる人もいるだろうし、多少は楽になる……はず。
…………お? 下で蠢いていたキノココ達がどっかに行ったようだ。大方、今の音源に行ったのだろう。
「ハルカ、今のうちに降りて移動するぞ」
「急ごう! あの子達が帰ってくる前に進めるだけ進まないと、本当に強行突破しなくちゃいけなくなっちゃう」
いい感じに緊張感が出てきたな。これが、これこそが脱出ミッションだ!
先程、元気の欠片酔いから復活した網代笠が先に下に降り、周囲を改めて警戒する。続いて俺も身体を固定していたロープを解いて降りた。
「何か付近にいるか?」
「キノ!」
身体を横に振っているので、付近からキノココ達はいなくなったのだろう。うーむ? 他の誰か……或いは何かが戦闘でも始めたのか? 何の理由もなく森に攻撃はしないと思うんだが。
「よし、ハルカも降りて来い。迅速に移動するぞ」
「わかったかも!」
ハルカがするするとロープを使って降りてくる。だいぶロープを使って降りるのが上手くなったが、ソレするとロープがその場に残るんだよなぁ……まぁ、ロープの1本や2本は必要経費か。それにロープ程度なら自然に還るだろう。たぶん。
巡回の目から隠れながら進行を開始する。木陰が多い分こちらは隠れやすいが、こちらからの死角も多くなってしまうのが怖い所だ。奇襲を受けたのもこんな感じの時だったし。
俺達はこの先生きのこることができるか……これフラグだな。
「今キョウヘイ先生がフラグを建てた気がする」
「あ、やっぱり?」
俺もそんな気がしてるんだ。
◇ ◇ ◇
「ガッサ!」
2時間ちょっとを隠れながら進み、そろそろゴールかと思っていたんだが、やはり現実は無情らしい。目の前は完全に開けており、キノガッサが1匹門番のように佇んでいる。コレあかん奴や。完全に把握されとる。
「やっぱり かみさま なんて いないんだ」
もう一回遊べるドン! 入院費を入れるドン。
「ふざけてないでキョウヘイ先生も何か案を考えてくださいよ!」
ハルカさんや。あんまり根を詰めてもいい考えは出ないんですぜ? 昔の俺がそれを証明してる。
さて、真面目に考えようか。状況は雑木を抜けた場所にはキノガッサが1匹立っているだけ。地面もそれなりに平たく、全力で走り抜ければ出口まで5分掛かるか掛からないか程度だろう。ただ、道には隠れる場所もほとんど無いから、隠れて通るのも、こちらから奇襲をかけるのも無理。【しろいきり】でもどうにもなりそうにない。せめてもの救いは降り注いでいる胞子が少ないから【ひのこ】を解禁できるという点ぐらいだろう。
また、目の前のキノガッサがどれだけ強いのかがわからないからな……プレッシャーはそこまで感じないから進化したての可能性もある。ならまだ手は打てるか? それでも【マッハパンチ】がキツイな。フレンドリーショップで戦闘用の道具が売ってなかった事が悔やまれる……あれば全員にドーピングして撤退戦が出来たかもしれんのだがなぁ。
相手のレベル次第では御神木様が【のろい】を積んだら1発は耐えられそうだが、攻撃力が足りない気がする。3匹でかかっても足りなさそうだ。ハルカの手持ち含め5匹でワンチャン程度だな、きっと。それぐらいの意気込みでバトルを行ったほうがいいだろう。
「マジでどうしようか……」
一応ボールから御神木様を出しておくか。
「クギュル!」
「念の為に【のろい】を6回積んでくれ」
「クギュルルルルル!!」
なんか御神木様の練度が高くなるごとに、鳴き声がエンジンみたいな重低音になってきたなぁ……あれか、変声期か。果ては削岩機か何かだろう。
「事前準備してた道具でなんとかなりません?」
「そうだなぁ……今使えそうなのはイヤイヤボールが10個と、このヤバイサイコソーダが35本ほどだな」
エネコの尻尾ぐらい買っておけばよかった。後悔先に立たずとはこのことか。
「……ヤバイサイコソーダ? 何です? それ」
マリンホエルオーで売っていた珍品。
「たぶん瞬間的な威力は【みずてっぽう】と同じぐらいだと思う」
なお、水圧で缶側を飛ばす方が攻撃性能は上がる模様。
「……それ、飲み物よね?」
同意を求められても困るかな。
「飲むための液体という意味でなら、これは飲み物の分類で間違っていないと思うよ」
普通に飲めるかどうかは別としてだが。一瞬気を引く事ぐらいはできるだろう。
「キノコッ!!」
網代笠が後ろでキノココ達を見つけたらしい。いつの間にか後ろを取られていたようだ。もう時間がない……やるしかないらしい。ハルカにイヤイヤボールを7個、ヤバイサイコソーダを5本渡しておく。
覚悟を決めろ!
「よし、俺はあのキノガッサを撃退して逃走経路を作る! ハルカは後ろのキノココの群れを押しとどめてくれ! ここなら【ひのこ】が使えるから雑木の中で行った戦闘より有利に戦えるはずだ!」
「キョウヘイ先生のカッコイイところが見たいです!」
「クギュルルルルル!!!」
御神木様も準備万端らしい。素早さが遅くなってしまっているから直前までは俺が抱えていこう。
ハルカと共に雑木の間から躍り出る。勢いのままキノガッサの前まで走り、御神木様をゆっくりと降ろす。網代笠や大賀も一緒に出すことを考えたが、ビリヤードのように弾かれて、御神木様の邪魔をしてしまうのが目に見えている。もうちょい均等に熟練度を上げなければ……今後の課題だな。
「やぁ、キノガッサ。すまんがそこを退いてくれないか?」
「ガッサッサ!!」
目の前でファイティングポーズを取るキノガッサ。快く引いてくれる気はなさそうだ。悲しきかな、交渉は決裂らしい。
「なら力ずくで退いて貰う!」
「クギュルゥ!!」
キノガッサ相手に【ステルスロック】は意味がないだろう。なら文字通り力押しをするしかないじゃない!
「御神木様、【メタルクロー】だ!」
「ギュルルルル!」
「キノッ!」
御神木様が【メタルクロー】を放つために構えた瞬間、辺りにゴガンッ! と鈍い音が響き渡る。大きく踏み込んでいたキノガッサは、いつの間にか御神木様の懐まで入っており、右ストレートを放っていたのだ。アレが【マッハパンチ】か!
単に伸縮自在な腕を伸ばして、拳を叩きこむ訳ではないようだ。足捌きが抜群に上手いな……アレは確かに速い。先制技というのも頷ける速さだ。だが101番道路の主、マッスグマの放つ【しんそく】ほどではない!
「クギュルルルルゥ!!」
お返しとばかりに御神木様が再度【メタルクロー】を放つ。懐まで入り込んでいたキノガッサは避けることができずに胴体に直撃した……が、それ程ダメージは受けていないように見受けられる。6段階上げてこれかぁ……そう簡単にはいかなさそうだ。
御神木様も直撃させられたが、まだ余裕がありそうだ。傷薬は最終手段として取っておきたい。傷薬系は連続で使用すると、副作用で全能力が3段階ほど落ちてしまうという代償が辛すぎる。薬物だから副作用があるのは仕方がない事だが、こういう時にはもどかしさを感じてしまう。
「キノコッ!」
近距離では思ったほどダメージを与えられなかったせいか、次は少し距離を取って種のようなものを連続で撃ってきた。恐らく【タネマシンガン】だろう。
「【こうそくスピン】ではじき飛ばせ!」
「ギュルルルルル!」
御神木様がその場で高速に回転し始める。指示が遅れたせいで1発貰ってしまったが、残りは全て弾き返すことに成功した。カンカンと何かを弾く金属音が辺りに響き、弾かれた弾が周囲に着弾する。
「キョウヘイ先生! あんまり音を鳴らさないでください! さっきから新しい群れが追加で来ているんです!」
「スマン! 善処してみる!」
あの音が新たなキノココの群れを呼び寄せているようだ。これは早めに決着をつけなければハルカのポケモン達が突破されるかもしれん。
「御神木様! もう一度【メタルクロー】だ!」
「クギュルルルル!!」
「キノガッサ!」
距離を詰めた御神木様が【メタルクロー】を放つが、上半身を滑らせるようにするりと避けられてしまった。つんのめった様な体勢になってしまい、慌てて体勢を戻そうとするが――――
「キノッ!」
「クギュ!?」
――――御神木様の体勢が崩れたところに、一気に距離を詰めたキノガッサの【マッハパンチ】がカウンター気味に突き刺さる。
ガコンッ! という腹に響く重たい音が辺りに広がった。クソッ、焦ったらこのバトル完全に負けちまうな。俺の心を表しているようにいつの間にか天気は濃い曇天になっていて、ポツポツと雨が降り始めた。この状況で雨……いや、考えようによってはチャンスだな。
「【タネばくだん】で牽制をするんだ!」
「クッ!」
種状の爆弾がキノガッサの正面と頭上から降り注ぐ。キノガッサは攻撃を避けるように後ろに下がっていった。その間に御神木様へ走り寄っておいしい水を少し飲ませる。これでさっきの分の攻撃は多少緩和されたかな。
おいしい水などは傷薬系ほど副作用がキツくない分、ゲームの時のように即座に体力が回復しない。だがそれでも、気持ち程度は効果があるのは検証済み。少しでも早く戦闘を終わらせるため、避けられないようにフィールドを狭くする必要があるな。その後は――――
「御神木様! 【ステルスロック】で御神木様とキノガッサを囲め! その後【メタルクロー】を連発!」
――――純粋な至近距離での殴り合いだ。これで勝負を決める!
「クギュルルルルル!!」
御神木様がその場で回転し、今までの【ステルスロック】よりも数は少ないが厚みのある岩が生成されて、キノガッサと御神木様を取り囲む。
「キノォォォオ!!」
「クギュゥゥゥゥウ!!」
【マッハパンチ】と【メタルクロー】の応酬が始まった。一発当てれば一発返され、時たま互いの攻撃がぶつかり、火花が散る。お互いにダメージが蓄積されてゆく。御神木様は弱点技で攻められているのでだいぶ辛そうだが、キノガッサは御神木様の特性である鉄の棘の分ダメージを受けているようだ。
「ガッッサ!」
渾身の【マッハパンチ】が御神木様の顔面に突き刺さり、今までで一番大きく重い音が辺りに響く。ぐらりと御神木様の身体が揺れるが、踏みとどまった勢いで棘の一部を伸ばした。
「ギュルルルル!!!」
多少フラつきはしたがお返しとばかりにキノガッサの顔面に【メタルクロー】を叩きつける。それで力を使い果たしたのか、キノガッサは低く唸りながらその場で倒れ伏した。勝った。俺達の勝利だ!
「クギュルルルルルルゥゥゥウ!!」
心からの勝利の雄叫び。ここまで激しいバトルは最近行っていなかったから、よほど勝てて嬉しいのだろう。俺としてもここで勝てたのはありがたい。
「よくやった御神木様!」
「ク……クギュゥ……」
御神木様はいろいろな場所の棘が圧し折れていて、自慢の鋼鉄ボディもベコベコになってしまっている。
ボロボロになった御神木様においしい水の残りを飲ませ、ボールの中でゆっくりと休んで貰おう。ポケモンセンターに着いたら好きなことをさせてあげようと思う。後ろを振り返りハルカに合図を送る。
「ハルカ! こっちは終わったぞ!」
だんだんと雨足が強くなってきたなぁ……
◇ ◇ ◇
「キョウヘイ先生のカッコイイところが見たいです!」
「クギュルルルルル!!!」
キョウヘイ先生達の準備が終わったらしい。少しだけ一緒に走り、キョウヘイ先生が走っていくのを視界に収めた後に直ぐに後ろを向いて迎撃の準備を整える。
「頑張ってアチャモ! ガーディ!」
「チャモ!」
「ワン!」
やる気十分! 頑張ろう。
ガサガサと前方の茂みが揺れ、キノココが姿を現しこちらに襲いかかってくる。十分に引き付けないと【ひのこ】が使えないから注意しないと! 現れたキノココの数は――9匹。 しっかりと森から離れてポケモンバトルを始める。
「流石に多すぎじゃない!? アチャモは一番近いキノココに【ひのこ】! ガーディも固まっている場所に【ひのこ】!」
出来得る限り効率よく戦わないと、物量差で押し込まれかねない。倒した相手は壁にするように立ち回らないと。
「チャモチャモッ!」
「ガウッ!」
片端から【ひのこ】で戦闘不能にしていくが数が多すぎる! これで更に援軍なんて来られたらたまったもんじゃないわ。
「キノッ」
「キノコッ」
「キノキノッ」
【ひのこ】の合間を抜けたキノココ達から、連続で【たいあたり】をぶつけられ、ガーディが吹き飛ばされてしまった。急いでリカバーしないと!
「ガーディ【あさのひざし】! アチャモはそのまま【ひのこ】を連続で出して!」
「ワウォーン!」
キラキラとした日差しがガーディを包み、負傷が少しずつ回復してゆく。よし、まだ持ちこたえられそうだ。その間にもアチャモが【ひのこ】でキノココ達を間引きしてゆく。残り2匹!
「これで終わ――」
――――ゴガンッ! と酷く重たい金属音が響き渡る。向こうはかなり激戦になっているらしい。1匹でも通してしまったら流れが変わる可能性が出てくるかも。それだけは避けないと。
「……キョウヘイ先生激しいなぁ。アチャモ! ガーディ! 【ひのこ】!」
これで終わり。終わってしまえば案外簡単だったかも? などとそんなことを思ったから罰が来たのかもしれない。また前方の茂みから4匹ほどのキノココが現れた。
「まだ来るの!? アチャモとガーディ! 【ひのこ】!」
こんがりとしたキノココが多いせいか、だんだんとこの場所が熱くなってきた気がする……きっと気のせいだろう。今【ひのこ】が使えなくなるのは避けたい。
「少し後退してから攻撃続行!」
そう言って10mほど後退してから【ひのこ】を放つ。まだキョウヘイ先生のバトルは終わらないのか。焦りがミスを誘発しそうで怖い。残りのキノココを【ひのこ】で焼きながらまた少し出口に向かって後退する。
「もう来な――――」
――――ガンガンと金属が硬い何かを弾く音が辺り一帯に広がる。騒がしいなんてどころの話ではない。まるで近所で工事をしている時のようだ。
「……まさか……」
激烈に嫌な予感を覚えて前方を注視する。これはアレだ。ゾンビ映画で音を鳴らしてしまった時のアレ。予想通りにワサワサと茂みが激しく揺れて、キノココ達が現れた。数――十数匹!! 数を数えられるほどの余裕がない!
「キョウヘイ先生! あんまり音を鳴らさないでください! さっきから新しい群れが追加で来ているんです!」
「スマン! 善処してみる!」
本当に勘弁してもらいたいです。アチャモもガーディも【ひのこ】を吐き出す事が辛くなり始めたのだろう。肩で呼吸をしている。もうそろそろ【ひのこ】の
「アチャモは手前から【ひのこ】! ガーディはアチャモの後に、左右から挟み込むように【ひのこ】!」
これで勢いをつけていたキノココ達を中央に纏めて、どうにか一網打尽に。おかしいな……なんか、だんだんキョウヘイ先生と同じような戦法取るようになっちゃったなぁ。
そんなことを思っているとポツポツと空から雨が降り始めた。これは……拙い。はてしなく拙い。今でさえギリギリの綱渡りをなんとか歩いている状態なのだ。このまま雨足が強くなれば炎技の火力が落ちてしまうだろう。そうなるとキノココを処理する速さが低下する。
「早く撤退したいかも……」
引きながら【ひのこ】を浴びせ続け、ようやく撃退したところで、とうとうキョウヘイ先生が決めに行ったのかガコンガコンと激しい打撃音や金属音が響き合うようになった。でもその分音も激しくなる訳で……
「キョウヘイ先生、信じてますからね?」
呟くのと同時に、音に引き寄せられてワラワラとキノココが現れる――その数およそ30匹前後。あ、無理だこれ。ポケモンだけでは完全に処理しきれない量が押し寄せてきた。
「アチャモとガーディは全力で退避しながら最大火力で【ひのこ】!」
焼け石に水だがやらないよりはマシだろう。渡されたイヤイヤボールも遠慮なく投げ込んでゆく。イヤイヤボールを投げ込むとイトマルを散らしたかのような勢いで森の中にキノココ達が逃げていった……今度からわたしもこれ買おうかなぁ……雨の中でも意外と効果がある。
現実逃避をしても殴り合う金属音は鳴り止まない。先ほど散ったキノココがまた集まりだす。
「とうっ!」
イヤイヤボールを今度は茂みに投げ込み、その間にヒメリの実をアチャモとガーディに食べさせる。あげる際にアチャモが軽く顔を顰め、ガーディが凄く嫌そうな顔をしていた。
「キノッ!?」
直撃したキノココがその場でのたうち回っているが……これは本当に体に影響が残らないの?
残るイヤイヤボールは2つ。使い切るまでにキョウヘイ先生が戦闘を終わらせてくれることを祈るしかない。雨足もだいぶ強くなり始めている。これ以上炎技で抑えることはできないだろう。
「へるぷみー」
これが今のわたしの心の叫びだ。すると、今までで一番大きく重い金属音が辺りに響いた。金属音ということは御神木様が殴られたということだ。まさか負けたのかと思っていると――
「クギュルルルルルルゥゥゥウ!!」
――御神木様の雄叫びがここまで聞こえてきた。勝ちをもぎ取ったのだろう……あのキノガッサ相手に。
「ハルカ! こっちは終わったぞ!」
「今行く! 援護お願いします! 雨で炎タイプの技が弱体化しているんです!」
「わかった……大賀! 【れいとうビーム】でハルカの後ろに壁を作ってくれ!」
「スボボッ!」
ボールから飛び出てきた大賀が【れいとうビーム】を放つ。ソレはわたしの後ろに着弾し、ゆっくりとだが、厚めの氷の壁を生成してゆく。
「キノコッ!」
そんな中、氷の壁を乗り越えてわたしの前に立ちふさがろうとするキノココ達が現れた。氷の壁生成に巻き込まれた個体が居るにも拘らず、無視してまでこちらに襲ってくるキノココ達。まるで川の氾濫のようにその勢いは止まらない。
「アチャモ! 最大火力で【ひのこ】!」
「チャァァァァモォォォォォ!!」
◇ ◇ ◇
目の前で【ひのこ】を放ち、キノココを倒したアチャモの体がだんだんと白く光ってゆく。光が強く、まともに直視できそうにない。
「これは……!?」
素早くフクロウマスクの上からサングラスをかける。相手が光で動揺している間にこっちは手番を増やさないと処理しきれないぞ。
「キョウヘイ先生! アチャモにいったい何が起こってるの!?」
「進化だ……」
「……え?」
完全に光に包まれ、最早サングラスをかけた上でもアチャモの姿は見えない。ただアニメのような速度では変化していないため、早急にここをアチャモが無事に進化できる場所に仕立て上げなければならない。
「刺激したら進化が止まってしまうことがある! ここで残りのキノココを倒すからハルカはアチャモの近くに居てやってくれ!」
「え? あ、わ、わかった!」
連戦のあとで気が抜けたのかね? それとも相棒の変化に戸惑ってるのか……どちらにせよ、この目出度い時を邪魔させるわけにはいかんな。ただ相手がとても多い以上、こちらもそれなりに鬼畜になろう。網代笠もボールから出し、変則的だが2匹対4、50匹の戦闘を始める。ちと荷が重いがこちらは風上だ。なんとかなるだろう。
「大賀は【れいとうビーム】で左右に壁を作ってくれ! 網代笠は新しく覚えた【しびれごな】を壁に沿って流し込め!」
ハを逆にしたような氷の壁ができたことで、律儀に縦3列になって突撃してくるキノココ達。通常のバトルなら【しびれごな】は1体にしか当たらないが、これだけギュウギュウ詰めなら3~4体に当たるだろう。全員が詰まりながら走っているような状態で、その内2匹でも痺れて転んだら――――
「キノ!?」
――――痺れたキノココに躓いて、後ろのキノココ達も転んでしまった。こうなると集団の利点は逆転し、欠点が浮き彫りとなる。相手に特性:早足がいるか賭けだったがこの賭けには勝ったらしい。
「大賀【れいとうビーム】で片端から凍りつかせろ!」
「スボボボボボボ!」
景気よくキノココ達を凍らせてゆく。最後にこちら側の出口を封鎖して終わりだ。勝ったッ! 眠りの森編完!! さて、フラグを回収する前にさっさと逃げよう。森の出入り口の前でハルカがなにやら騒いでいるのも気になるし。キノガッサが来るのが一番拙い。
――それにしても、どうして1匹しかキノガッサは居なかったのだろうか……? 今まで森に居たキノガッサ達は何処へ行った。さっきの音の場所か?
ここまで戦闘しておいてなんだが、それが少しだけ気になった。そのまま、後ろ髪を引かれる思いでこの場を後にする。まぁ……きっと、後で誰かが調べるだろう。