軽く挨拶を交わして、訓練内容の最終確認をした後にレンジャーハウスを出る。そのまま102番道路に向かおうとすると、何やらトウカジムの前で佇んでいる10歳前後の子供を発見した。
色白な肌に緑の髪、緑と白を基調にした服装が特徴的な少年だ。その姿はちょっと見覚えがある。
「すみません……あの……誰かいませんか?」
そんなボソボソとジムの前で言っても、誰にも聞こえないだろうに。実際、誰にも気が付かれていないように見える。何度か繰り返してみるものの、ジム側の反応はなしのつぶてだ。
諦めたような表情をした後、何か覚悟を決めたように一人でふらりと歩き始めた。これはあまりいい状態とは思えない。
「このジムに何か用か?」
とりあえず人違いだったら困るし、話を聞いておこうか。たとえ人違いでも、このまま一人で行動させるのは拙い気がする。
「え……あ、このジムの人ですか?」
初対面のフクロウ男に急に話しかけたからか、身体を跳ねさせておどおどしている。
「いや、通りすがりの只のフクロウです」
どこからどう見てもフクロウだホウ。
「ぼく、今日からシダケタウンの親戚の家に行くんですけど」
おう、そのまま俺に頼むのか。これはちょっと予想外だぞ。一人で思いとどまらせよう程度にしか思っていなかったが、こんな不審者に頼むほど切羽詰まってるのか。
「一人じゃ寂しいから、ポケモンを連れて行こうかと思って……」
それは引っ越し先で捕まえるのはダメなのかね?
「今まで自分でポケモンを捕まえたことがないから、どうやったらいいのかわからなくて……」
「ホウホウ、それを手伝って欲しいと」
「はい!」
ぱっと窓から中を眺めてみるが、なかなかに忙しそうだ。うーむ、このまま立ち去るのもなぁ。捨てられた子犬みたいな目をしているし。
「ちなみにモンスターボールは持ってるのか?」
「5個買ってきました!」
買い物袋に入ったままの新品モンスターボールが5個。ボールベルトは持ってない感じ? 捕まえた後の事まで考えるなら、ボールベルトぐらいは用意しておいた方がいいんだが……あ、大事な事聞いてない。
「それ、ご両親にその説明はしたのかい?」
「…………まだです」
どうしたもんかね? ……流石に説明なしで連れては行けんな。ちょっとしゃがみ込んで視線を合わせる。
「お父さんかお母さんを説得して、少し待ってもらうことが出来たら手伝おう。何にも言わずに街の外に行ったら心配するよ?」
「でも……」
心配そうな表情で俯いてしまう。だがそれは、避けては通れない道なんだ。
「本心を打ち明けてみなよ。君の真剣な表情を見たらきっと聞いて貰えるさ。これも何かの縁だし、このフクロウもついて行こう」
それに、話してみれば案外簡単に許してもらえるかもしれないぞ?
「……うん。わかった」
聞き分けがいい子供は好きだぞ。
少年を連れて歩いた少し先で、恐らくお母さんと思わしき人が歩いていた。すぐにこちらに気が付いたようで駆け寄って来る。
「ミツル! あなたどこに行ってたの! もうすぐ出発の時間だって言ったでしょう」
ああ、やっぱりミツル君だったか。
「ごめんなさい……お母さん、ぼく一人じゃ寂しいから、ポケモンを捕まえて一緒にシダケタウンへ行きたいんだ」
「ポケモンを捕まえるって……ミツルはまだ捕まえたことないでしょう!」
「そこのフクロウさんに手伝ってもらうつもりなんだ」
フクロウさんか……正直、そのまま受け入れてくれた人はほとんどいなかったが、こういうのも悪くないな!
「自己紹介が遅れました。私、オダマキ研究所所属トレーナーの恭平と申します。ミツル君が最初に一人で行こうとしていたものですから、勝手ながら介入させていただきました」
そう言いながらトレーナーカードを見せる。今は普通の自己紹介の方がいいだろう。流石にこの場で普段のノリを持ってくる程鬼畜にはなれん。
「ああ、あなたが……」
先程まで訝し気にこちらを見ていたミツル君ママの視線が、急に柔らかくなる。
「私のこと知っているんですか?」
「街の復興作業しているとき、いつもマスクしていたでしょう? 話題にはなりますよ」
ああ……それもそうか。真面目に働いていてよかったな。うん。
「なるほど……では本題に。ミツル君がポケモンを捕まえるまで、ほんの少しばかり待っていただけませんか? 生まれ故郷のポケモンと過ごす時間は、きっと無駄にはならないと思うのです」
「お願いお母さん!」
ミツル君が頭を下げる。
「…………しょうがないわね。1時間だけよ?」
やはり言ってみるものだな。最初から諦めるべきではないんだ。
「無理を言ってしまい、申し訳ございません」
「いいんですよ。こちらこそミツルに付き合わせてしまいますが、いいのでしょうか?」
「私の研究内容はフィールドワーク中心ですので問題ありませんよ。では1時間以内に戻ってまいりますので」
なんとか交渉できたようだ。後ろ盾様様だな。
「さて、では早速、それなりに急いでポケモンを捕まえに行こうか」
「はい!」
街を出てすぐのところで探すとしても、移動時間を考えると10分あるか無いかだろう。移動しながらポケモンナビゲーターを起動させる。
「ハルカ、ちょっと合流できるか?」
「うーん……もう少し特訓していたいんだけど……」
調子よく訓練できているのならこちらに呼ばない方がいいか。帰ったらガーディがどんな技覚えていたか聞かないとな。
「そうか、なら特訓していて構わないが、19時までにはポケモンセンターに戻って来ておいてくれ」
「わかったかも!」
そう言って通信を切られた。かもってどういうことなんですかねぇ。
「今の人は?」
「相棒だ。102番道路で訓練をしてる最中なんだよ」
少し急いだ結果、15分で街の外に出ることが出来た。
「
「ハスボッ!」
「さて、ここからは君の仕事だ。アドバイスはするから、まずはポケモンを見つけてごらん」
「わかりました」
草むらの中で、かき分けながらポケモンを探す。だが昼間見たときに比べて、ぱっと見えるポケモンの数が少なくなっていた。これは、ちと拙いかもしれん。少し林の方に移動するか?
探し始めて2分程経過した。
辺りを見回すが、それらしいポケモンは見当たらない。流石にここまでいないのはおかしいな。何かあったか? それともハルカがバトルしまくった影響か?
「あ、いました! お願いします大賀さん!」
「スボボッ!」
ポケモンを見つける事が出来たらしい。少し安心した。急いで合流すると、色の違うサーナイトとキルリアとラルトスがそこにいた。予想外の相手に困惑しつつ、即座に御神木様に戦闘状態に移行してもらう。激戦が予想される――――
――――だが、相手からプレッシャーどころか敵意も感じない。緊張感がない訳ではないし、こちらから注意を逸らす様子もないものの、積極的にこちらに対して動く気は無いようだ。何とも言えないような不思議な空間となっていた。
これは、いったいどうすればいいんだ……そう考えていると、色違いのラルトスが少し前に出てきた。実力を見たいのだろうか? アドバイスをしたいが、こっちはこっちで色違いのサーナイトとキルリアに遮られていて、向こうにアドバイスできそうにない。大賀頼りだ。
「スマン、俺はミツル君の手助けをしてはいけないらしい」
これは……ポケモンバトルというよりミツル君の本心が見たいのだろう。そのことを言いたいのだが【かなしばり】で口どころか全身が動けそうにないのよね。余計なことは言うなってか。さて、どうしよう…………お、大賀が何か気づいたらしく、ミツルくんを前に押し出している。
「え? えッ? どうすればいいの? …………手を握る?」
おお、ミツル君も何かを感じたらしい。おどおどしながらも、ゆっくりと手を差し出してラルトスと握手をしている。テレパシーでも使っているのだろう。特性なのか技術なのかはわからんが。
身体の自由は解放されたものの、相変わらず俺は喋ることができそうにない。これはこれで暇だな。御神木様も完全にやる気をなくして観戦モードだ。
仕方ないからその辺の枝でサーナイトとキルリアを彫ることにする。今度来た時にここに置いておこう。座って作業に取り掛かり始めた。10分もあれば片方ぐらいは掘り終えるかね? 煮沸消毒と蝋でコーティングが出来ないのがちと気になるが……まぁ、手慰み程度なんだし、そこまでのクォリティ求めなくていいか。
そうして少し経った後、モンスターボールが起動する音が聞こえてきた。恐らくゲットできたのだろう。嬉しそうな声を聞きながらサーナイトの木彫りが完成したと同時に、また【かなしばり】にあった。もうこっちとしても危害加える気ないんで、解いてくれませんかね。
そして当たり前のようにリュック漁らないで……ああッ! それは今夜飲もうとしていたラムの実ウォッカ! 持っていかないで! 代わりのやつあげるからそれは持っていかないで。その隣の。そうそれ。その木の実ジュース差し上げるんで。
結局、木彫りのサーナイトとウォッカとジュースの両方を持って行かれた……酷い。勇者か何かかアイツら。
「はぁ……俺のウォッカが……まぁ先行投資と前向きに考えるか」
恐らく、あのサーナイトがここの主なのだろう。威圧感はそんなになかったけど、ずっと心の中覗かれてるみたいだったな。俺のなんて見ても面白くもなんともないだろうに。まるで俺が目当てみたいに視線すら外さなかったし。
「フクロウさん! ラルトスが仲間になってくれました!」
最初に会った時と比べて、テンションの上がり方が凄いな。まぁ、これも面白い経験だしテンションも上がるか。まるで選ばれたみたいだもんなぁ……実際はどうなのやら。
「うむ、おめでとう。その子を大切にね。大賀もご苦労だった。木の実をやろう」
「スボー」
流石にあれを前にして少し疲れたらしい。モモンの実をむしゃむしゃと食べている大賀を頭の上に乗せる。
「さて、時間も少ない。心配をさせないように早めにお母さんの元に向かおうか」
「はい!」
◇ ◇ ◇
「と、いうことがあったんだよ」
今日あったことをハルカに説明する。ポケモンセンターの休憩室の一室を借りたが、思っていたよりも人がいない。完全に個室のような状態だ。
「キョウヘイ先生って、わたしがいない時に毎回面白いことに巻き込まれてるよね」
そんなこと言われましても。まぁ、自分でも他の人なら一生かけても会いそうにないポケモンに出会っているという自覚はあるが。
「で、そこで俺の手をガジガジしてる子はどうだったの」
そろそろ痛覚を通り越しそうでやばいんですが。ワンコはもとより、動物の噛む力って洒落にならんのよ?
「そうそう、聞いてよキョウヘイ先生! ガーディね、もの凄く強いのよ」
そう言って確認した技を見せてくる。
ガーディ ♂
あさのひざし
インファイト
かみつく
ひのこ
ほえる
そりゃ強いわな。【あさのひざし】と【インファイト】があれば、同程度の練度なら基本負けんだろう。紙には書いていないが性格は恐らく腕白、特性は最初に会った時のことを考えると威嚇か? 防御重視にすれば一級品になるな。この子を捨てた奴は攻撃重視にしたかったのか? ……いや、それだと性格による補正を知っていることになるし、知っていれば捨てるなんてことはしないだろう。
言うことを聞かせられなかった? ボロボロになってたってことを鑑みるに、暴力で服従させてたタイプか? 所詮想像でしかないが当たっていて欲しくないものだな。
「ふむ……わかった。ただ躾はしっかりして欲しい。俺に怯えているのはわかるが、こうも毎回噛まれていては手荒れが酷くなりそうだ」
「手荒れ云々は気にしないとしても、確かに問題よね……キョウヘイ先生が怖くないって認識させることが出来たらいいんだけど」
警察犬の訓練を思い出すな。
「ふーむ……地道にスキンシップから始めるか」
恐怖を取り除く方法とか、大賀のようにはいかんか…………俺の服の袖にお酢を薄めた物でも仕込んでおくか。噛んだら嫌な臭いが出るようにすれば噛みグセは減るだろう。噛むのをやめたときにハルカが褒めれば正の強化になる。
噛みながらこちらを見てくるのは反応を伺っているんだろうな……俺からでなくポケモン同士で話させたほうが無難か? うーむ難しい。
「当分は他のポケモンと遊ばせながらだな。アチャモに期待しよう。あとガーディが俺を噛むのをやめたらそのときは褒めてやってくれ」
「わかった。預かったのはわたしだもんね。頑張って克服しよう!」
そう言ってちょうど噛むのをやめたガーディを抱き上げて撫でる……そうだ、大賀に持たせてた安らぎの鈴があったな。最近ようやく石ころに対して震えなくなってきたし、あのアイテムの効果があったのだろう。
「大賀、ガーディに安らぎの鈴を渡してやってくれ」
「スボッ」
大賀が鈴を渡している間に、御神木様のボディ磨きを再開する。最近できていなかったから念入りに磨いてやる。
「クギュリ」
「こっちか」
偶に注文をつけられるが満足はしてくれているようだ。バトルも最近はできなかったし、できても圧倒的強者ばかりだったからなぁ……もう少しちょうどいい相手はいないものか。磨くのを終えて次にやることを考える。
「ついでに101番道路で貰った【おんがえし】のわざマシンを全員に覚えさせようか」
こういう時間にやっておかないとな。
片端から【おんがえし】を覚えさせていく間にキルリアの彫刻の彫り始める。
「あ、あたしもやる! どうやってやるの?」
「うむ、まずはこの粘土で大まかな形を作るんだ。最初からポケモンを作るんじゃなくて簡単な物の方がいいかな…………モンスターボールとか」
その言葉を聞きハルカが粘土を捏ねるが、丸い形は作ることができてもスイッチ部分の円がうまく書けないようだ。
「もうちょい腕の力を抜いてごらん」
ようやく満足がいったのか顔を上げる。では次のステップだ。だがその前にアチャモに恩返しを覚えさせる。
「次にだが、この木材にそのボールと同じように線を書いてもらう」
そう言って小さな正方形状のツゲの木の塊を渡す。
「拾った木じゃないんですね」
「あれはもうちょい乾かさないとね。普通は生枝とか落ちたばかりの枝は使わないんだ」
生枝でやると水分が多くてやりづらいのだ。
「へぇー、キョウヘイ先生はよく落ちたばかりの枝で彫れますね」
「慣れだな。俺でもしっかり乾いたものを使った方が作りやすいぞ」
そう言いながらキルリアの頭を彫り終わり、次に胴体へ進む。今のうちにガーディにわざマシンを乗せようとしたが、噛まれる未来が見えたのでアチャモに任せる。
「これに書いた線に沿って彫刻刀の右用小刀で削るんだ。勢い余って指に刺さらないようにな」
ノミを使うことも考えたが、この大きさならいらんだろう。
「ゆっくりね……おお! 削れた!」
そりゃ削ってるんですから。
「出た木屑は後で掃除機で吸うから心配するな。ただあまり飛ばさないようにゆっくり削っていってね!」
あんまり焦って作るものでもないしな。のんびりやればいい。
「彫刻って難しいけど楽しいね」
「完成した時の達成感は凄いぞ」
結局このまま飯を食ったあとに彫刻をして、出たゴミを片付けたら22時になってしまった為、明日のレンジャー訓練の説明を軽くしてから電気を消した。
「こんなに早く寝るんですか?」
「いつもならとやかく言う気はないんだが明日のこと考えるとな……持久走とかもやるから寝不足では走りきれんし」
結構過酷とは聞いている。早めに寝ておくに越したことはないだろう。
「そんなに凄いの? 話だけだとあんまり凄く思えなかったんだけど」
「そいつは数字の魔術にかかっているだけだ」
実際にはかなりキツイと思うぞ。明日になればハルカの悲鳴が聞こえるだろう……なかなかに楽しみだ。