オダマキ博士に101番道路の主について聞いてみたが、未だに会った事がないらしい。貴重な体験をしたものである。
あの戦闘を省みて、改めて思うことは突破力……火力の無さだ。相手は横綱相撲のように攻撃自体はその身で受け止めていた。避けていたのはマッスグマからの攻撃時ぐらいだろう。練度差が酷くても、しっかりと火力があれば引き分けまでは持って行けた。
当分の間は戦術で何とかできるが、先を考えるとアタッカーが欲しいなぁ。それとも、技量だけでどうにかできるものなのだろうか? 今後も似たような事が起きるかもしれないし、しっかり考察する必要がある。
そんなこと考えながら研究所内を歩いていると、だいぶ汗をかいたのか、タオルで何度も顔を拭いているハルカとアチャモが地下広場から出てきた。こうやって見ると運動系美少女だな。ジャージがダサく見えないのが凄い。
「ようハルカ、自主練習は終わったのか?」
「うん! これからお風呂借りてくるの」
だいぶ気軽に話せるようになったのは良いが、そういうことまで言うと一部の奴が反応するぞ。具体的に言うとそこの角の研究員とか。もちろん俺は紳士だから反応しない。しないったらしない。しないのだ。
「そうか、風呂入り終わったら資料室……は修理中だな。待合室の一室を借りてそこで自習やる予定だが来るか?」
「行く! 今日は何の勉強するの?」
「ポケモンにできることとできないことについてかなぁ。例えば豪雨のなかで【にほんばれ】をやったら効果があるのか? とかそんな感じ」
夜に【にほんばれ】も気になるところだ。あと技量によって変わるのかとかも調べたい。
「ノートと筆箱があればいいかな? 一度家に戻ってから来るから時間かかるかも」
「構わんさね。じゃあ先にやってるから風呂に入ってこい。くれぐれも前みたいに風呂の中で寝るなよ? またアチャモにつつかれるぞ」
あの時の額に絆創膏を貼った姿は笑った。写真に撮ったし、オダマキ博士にも送った。
「もう! あれはたまたまですー!」
ハルカは少し怒ったように早足で階段を登っていった。俺も事務の人に許可貰いに行かんと。
◇ ◇ ◇
お風呂に入って気分もさっぱりしたところで、牛乳を飲んで一息つける。
持っていくのはカバンにメモやノート、筆箱、傘があればいいかな? 前任のトレーナーさん達を書いたメモに、キョウヘイさんのことを書き足していく。
キョウヘイさん、もといキョウヘイ先生は不思議な人だ。ポケモンに対してやけに詳しいところと、知らなすぎるところが入り乱れている。
素行も偶に、いやアレはいつもか。やっぱり頭のネジが抜けているところはあるけれど、よく話を聞いてくれるし疑問に思ったことを聞いたらすぐに教えてくれる。
なによりいやらしい目で見てこないのがいい。
視線を堪えるとかではなく、
ポケモンにも愛情を持って旅をしているようだ。草タイプのポケモンと一緒にいるのは何か括りがあるのかも?
メモを見直していると、お母さんに行かないのかと催促されてしまい急いで家を出る。
普段通り20分程で研究所に着いた。事務の人に聞くと奥の部屋で既に始めているらしい。なぜか事務の人に、大量のお煎餅とお茶を持たされた。
ノックをしてから中に入る。
「失礼しまーす。差し入れ貰ってきましたー」
「おう、資料どかすからちょっと待ってくれ」
今日は珍しくマスクしていないようだ。机の上にはここの研究所の資料や本が山積みになっている。横では御神木様を頭に乗せた大賀が、二人三脚で一冊の本を読んでいた。キョウヘイ先生の真似だろうか?
「す、すごい数……これ全て読むの?」
流石に今日だけで読めるものじゃないと思う。
「今日だけでは無理だろうが、少しでも詰め込まないとな。好きなもの取っていっていいぞ」
そう言ってまた資料と格闘を始めてしまった。キョウヘイ先生のノートは既に付箋でいっぱいだ。視点をノートから本と資料の山に戻す。とりあえず何から読もうか。
物色していると補助技に関する本が目に入る。ピキーンと何かを感じ補助技の本を読むことにした。えーなになに。『ヤドンでも実践できる? 補助マスターへの道』?
なんとも言えないタイトルだ。なんで疑問形なんだろう。わたしはこんなものに何かを感じたのかと、少し落ち込む。
読んでいくと普通の補助技に関する本なのだけど、ところどころ読者をおちょくる内容が書かれているのが特徴的だ。
「キョウヘイ先生、この本補助技の本なのに【バトンタッチ】のことばかり載っているんですけどなんでです?」
「【バトンタッチ】か。その本は応用をメインに書いているのだろう。【バトンタッチ】は【みがわり】や【はらだいこ】、【かげぶんしん】など補助技の効果をそのまま他のポケモンに移すことが出来る技だ。これを行うことで補助技はより輝くことができるんだ」
「へー」
あまり実感がわかないから反応が微妙なものになっちゃった。
「わかりにくいだろうから例を挙げるか。【はらだいこ】という補助技は攻撃を一度に12段階、つまり最低状態から最大まで上げることができる」
「12段階も!? そんな技反則じゃない!」
どんな相手だって一撃で倒してゆく無双状態だろう。
「最後まで聞きんしゃい。12段階も上げることが出来るが代償として体力が半分になってしまう技だ」
「半分……流石にそれは使いづらいかも」
一撃で倒す代わりに、こちらも一撃で倒される可能性があると。これは……バランス取れてるのかな?
「だが【バトンタッチ】を使うことで、2匹目のポケモンは【はらだいこ】の効果をそのまま受けることができる。すなわち全快の状態で攻撃が12段階上昇していることになる」
「おお! それは凄いかも!」
さっきのデメリットが全てなくなってしまった。これは確かに重要だ。
「だろう? 人によっては補助技主体のポケモンを扱うこともあるぞ」
キョウヘイ先生はそういった技の方が好きらしい。
「でも、そんなに凄いとみんなその技を覚えさせようとするんじゃ……?」
そう言うと、キョウヘイ先生が静かに頷く。
「そのための対抗技も書いてあると思うぞ……あった、132ページの【ちょうはつ】という技だ。この【ちょうはつ】は、だいたい1分~1分40秒ぐらい相手の補助技を使用できなくさせる」
「そんな技もあるんだ」
【ちょうはつ】なんて技は初めて聞いた気がする。
「だからこそ、ポケモンバトルは事前の戦術がとても重要になる。自分達が何をできるのか。どんなことをされたらマズイのか。相手が次にできる行動は何か。これらが目まぐるしく変わっていく。大会の決勝戦なんて事前に相手がどんなポケモンを使ったか、どんな戦術を使っていたかが判るから、よりシビアな読み合いが始まる」
「そこまでいくと頭がこんがらがっちゃうよ」
苦笑いが出てくる。ポケモンバトルがこんなに難しいとは思ってなかったかも。
「まぁ、今から実践しろとは言わん。以前にも言ったように、後で自分のバトルを振り返れるようになれば、いつの間にか自分で考えられるようになるさ」
そういうものなのだろうか?
「そう……かな? そういえば、夜にキョウヘイ先生がポケモン達と作戦会議をいつもやっているって言ってたけれども、これが理由?」
「だいたいはそうかな。反省会やったり技のコンボの確認をしたり。今日もやる予定だ」
なるほどなぁ。
「反省会とは言っても、キョウヘイ先生が負けるとは思えないのだけど」
この近辺でならまず負けないだろう。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけれどな? ついさっき負けてきたぞ。御神木様たちはさっきまでポケモンセンターで休んでいたんだ」
嘘でしょッ!?
「えッ!? 一体誰に負けたんです?」
キョウヘイ先生が負けるほどの相手。とても気になるかも。
「運が良かったんだろうなぁ。101番道路の主が向こうから来てな? そのままバトルして負けた。気になるならあそこに通いつめてみるのもいいんじゃないかな。あのプレッシャーは学んでおいて損はない」
「あそこに主なんているの自体、初耳なんですけど」
そんな話お父さんから聞いたことがない!
「オダマキ博士も会ったことないって言っていたな。手下のジグザグマの群れを20匹以上従えてたから間違いないと思うよ」
へぇ……どんな光景なんだろうか?
「それは……会ってみたかったかも」
わたしの中で新しい目標ができた瞬間である。
「また運がよければ会えるさ」
◇ ◇ ◇
「うーむ、改めて見ていると凄いな」
「ん? なふぃふぁでふか?」
夜食のサンドウィッチをもしゃもしゃと食べ、頬袋にどんぐりを溜め込んだハムスターみたいになっとる。女の子なんだからその辺気にしようぜ?
「そのまま食ってていいぞ。こっちの話だ」
目の前の痩せている少女のどこにあの量が入っていくのだろうか? 煎餅2袋のあとに間食でお茶漬け3杯食ってたぞ。
幸せそうに食べているが、ソレ、たぶん俺の分だからな?
まぁいいや。とりあえずいろいろ調べられたな。やはり自然災害に対してポケモンの技では太刀打ちできないという結論に至った。
理屈は分からないが、大雨状態で【にほんばれ】を実行させても約1分40秒程度で元に戻ってしまうようだ。いやまぁ、約1分40秒も持たせられる時点で凄まじいのだが。
あと夜に【にほんばれ】を行うと、太陽は出ないが周囲の気温があがってゆくらしい。そして、質を量で賄おうと連続で行っても失敗するようだ。流石お天気研究所、こういうことはしっかり研究してたのね。
ただ特性の場合どうなるかがわからないんだよなぁ。仮に特性:雨降らしのニョロトノを普段から連れてたら常に大雨とか困るだろうし。バンギラスも酷いことになりそうだ。
まだまだ情報が足りんな。もっと情報を集めなければ。
こっちに来てもう今日で17日目だ。いや、まだ17日と言うべきなのか? イベントが多すぎてだいぶ時間が経っている気がする。
アルセウスからの連絡も無し。俺はこのまま旅をしてバッジを手に入れていいのか? どこかの……例えばここの研究機関やダイゴさんに【あいいろのたま】を預けて待つのはダメなのか? ……無理か。俺が納得せんし、こいつ勝手についてくるもんな。
さて、俺はどうしたい?
御神木様や大賀のことは気に入っている。何よりも、こっちならば向こうの病院ではわからなかった俺の身体のことがわかるかもしれない。だが、向こうでは失踪同然の扱いのはずだ。親父やお袋もそれなりに心配しているだろう。今まで散々迷惑かけた分の恩返しもしたいが、こっちからじゃ無理だもんな。
「キョウヘイ先生、だいぶ難しい顔してるけどどうしたの? お腹でも痛めた?」
「お腹は痛めてないけど空いてはいるかな。一口でいいからサンドウィッチ欲しかったぞ」
後で非常食として取っておいたカップラーメンでも食べるか。
「ハ、ハハ……また後で貰ってきます。で、どうしたの?」
……こういう時は他人に相談してみるのも手か。
「なに、失踪同然で家を出てしまった知人がどうしたらいいんだって嘆いてきたから、どう返そうか悩んでるだけだ」
「その人はなんで家を飛び出しちゃったの?」
「自分の意思じゃないんだがね。ポケモンに連れ出されたらしい」
アルセウスとかいうドスアルパカな。
「へー、面白いことをするポケモンだね」
「全くだ。なんで自分なんだって悩んでたよ。まぁそれで家を出てしまった後に、そいつには繋がりができてしまったらしい。家からかなり離れた場所の生活を楽しいと思い、気に入ってしまったんだ」
「ふむふむ」
「何よりソコでなら目的を叶えられるかもしれない。でも両親は心配していると。まぁ失踪同然だし当たり前か。せめて両親に自身の無事と何か恩返しを送りたくても道がわからなくて無理、そんな状態の奴になんて言葉を返そうかなとね」
腕を組んでいたハルカは、頭を傾げながら聞いていた。
「うーん……それってそんなに難しく考えることなのかな?」
ほう?
「というと」
「楽しくて気に入ったと思っちゃったのは仕方ないよ。だって、そう思っちゃったんだもん。だからきっと、その人は家に帰りたい訳ではないんだと思う」
……なるほど。
「……そうだろうな、だいぶ昔より充実はしているらしい」
少なくとも、人と話す機会はかなり増えた。
「だからその生活を続けたらいいんじゃないかな?」
「そうは言ってもご両親が……」
「罪悪感からの心残りはあっても、心はほとんど決まっているのだと思うよ? 帰りたいって言っていないんでしょ?」
――あれ? ……俺は、
「それでも気が咎めるのなら、自分を連れてきたポケモンにお願いして、ご両親に向けてお手紙を届けてもらえばいいんじゃないかな?」
「その連れ出したポケモンがどっか行ってしまったらしい」
連絡取ろうとしたら取れなくもなさそうではあるが。
「ありゃりゃ。そっかー……」
「すまんな、相談に乗ってもらったのに」
頭を下げると、ハルカが少し挙動不審になった。
「いつもは相談してもらう側ですし。何か食べたら頭が回るかも!」
そういって補助技の本片手に、部屋を出て行った。まだ食う気かハルカよ。
うーむ…………思ってしまったのは仕方ない、か。そうだな。心に嘘はつけないもんな。
病院を出てから感じたことのない充実感が今はある。ポケモンと人が支え合う温かい世界を好きになってしまったんだ。何より、ここでなら――――
――――『生きていける』
海外(界外)に惚れ込みましたと言えば、きっとあの人達なら認めてくれるだろう。だが、世間的に約20日も音信不通になっていた訳で、大学から連絡行ってそうだな。この辺の処理どうしよう……うーむ。
せめて、せめてあの人達には、今まで苦労をかけた分何か恩返しをするのは確定だ。ならば、本格的にどうするか考えようか。
明日の為に。