拝啓
父上様、母上様
おだやかな小春日和が続いております。ご家族の皆様にはますますご清祥のことと存じます。
このたびは、野菜などをお送りくださいまして、まことに有難うございました。でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。 重要なことじゃない。僕の家がいつの間にか船の中に移設されていたようです。今日まで住んでいましたが知りませんでした。また、帰ることもできず一方通行のようなのでこの手紙も届くことはないでしょう。とりあえず元気で過ごせるように頑張ろうと思います。
追記
親父が2階の戸棚の3枚底の中に新しいへそくりを隠していたので有効活用してあげてください。僕は春に頂いた全自動卵割り機のご恩を忘れていません。
お袋が床下のぬか床の横にある箱の中にへそくりを隠していたので有効活用してあげてください。僕は先週頂いたぶらさがり健康器具のご恩を忘れていません。
敬具
こんなこと書いてる場合じゃないんだよなぁ…………
備え付けの机の上で書いていた手紙をしまう。どうしてこんなことになった。窓の外を眺めると、あいも変わらずキャモメとペリッパーが飛んでいる。
いざ鎌倉改めいざ皇居ランニングをしようと準備したまではよかったのにな。扉開けたら部屋の中に繋がってるんだもんな。揺れた時にコケてな。扉閉まってな。帰ることできなくなっちまったんだな。腹減ったな。おにぎり食べたいんだな。な。
「真面目にどうしようかね?」
いつの間にかポケモンの世界である。ネタとしては面白そうだが毎日が天変地異というのはいささか手に余る。巻き込まれる天変地異は俺が飲み込まれた真冬の巨大渦潮だけで十分だ。
それにどうせネタをやるなら、暴走しすぎないように自分で手綱を持ちたい。先程も窓の向こうでペリッパーが電撃を受けて海へ堕ちていった。本当に恐ろしい限りだ。
船のチケットがない現状、見つかる=アウトに近い。いきなり券を持ってるかは聞かれないだろうがいつ聞かれるかわかったもんじゃないしな。貨物室の場所を確認次第、その周辺で待機しよう。流石に現在地がわからん状態で泳ぎたいとは思わん。港に近づき次第荷物持って着衣耐久水泳に洒落こもうか。
正直、着衣耐久水泳は2年ぶりなので泳ぐ前にはしっかりと準備運動をしたいところだ。2年前は大体○○島の周辺から△△公園まで泳いだけど、8割死にかけの状態だったからなぁ…………もう半日以上泳ぎ続けるのは勘弁したいのだ。
まぁそれに、未だに日本海側で巨大渦潮に飲み込まれて溺れたのに、太平洋側から這い上がってきた謎も解かれていない訳だし? 水辺で無茶をしないほうがいいような気がする。
……素に戻って自虐するのはやめよう。誰も得しない。
とりあえず、そうと決まればまずは貨物室探しだな。と、その前に部屋の中にある小さなビニール袋を拝借し、財布やケロリーメイトを中に入れる。もうちょい大きな袋があれば着替えとタオルも入れられそうなんだがな。
リュックに詰め込むと家を出る前より気持ちかさばる気がした。これ歩くとがさがさ音がするけど隠れきれるのだろうかね?
扉を少しだけ開け周りを見渡す。人はいないようだ。あんまり変な行動してると周りから異様に見えるらしいので早めに部屋に鍵をかけて案内板を探す。大体は階段かエレベーター付近にあるだろうと予測をかけ移動する。気分は伝説の蛇だな。ダンボールが欲しいところ。
少し進むと案内板を見ている乗客を見かける。第一村人はおじょうさまっぽい服装だ。
焦るな俺、アレはこちらには気がついていない。
もうひとりの僕が囁いてくるがコイツもういなくなったんじゃなかったのか? 思考がぶれるのが俺の悪い癖だ。晩御飯どうしよう。そんなことを考えているとリュックサックがいきなり重たくなった。きっと余裕そうに見えるから、あのアルパカ神アルセウスが試練代わりに重りでも入れたんだろう。
前方に気を向けなおすといつの間にかおじょうさまがいなくなっていた。重たいリュックサックを担ぎ直し、周囲を確認してから案内板へ向かう。今回ので重要のは他にも乗客がいるという点だ。
これなら上手く紛れ込める!
案内板を見るとやはり色々な情報が手に入れられる。船の名前はマリンホエルオー号と言うらしい。なかなかの大きさの客船である。貨物室は下層で後方の大部屋らしい。予定通りあとで突撃しようかね。
今更ながら部屋に備え付けであるであろうパンフ見れば良かったなこれ。うーん、よく考えてから動くべきだったな。俺もなかなかに暴走しているようだ……本当に今更だな。
◇ ◇ ◇
部屋に帰る途中に想定外のことが起きた。なんと部屋の鍵が無い。あれ? どこに鍵入れたっけ? とりあえずゴソゴソ動いているリュックサックの中は後回しだ。どっこかなーどっこかなーと探してると尻に衝撃と共に激痛が走る。
「アーーーーーーッ!!」
尻を見ると棘が刺さっている。犯人は蒼い棘や鋼色の体の上部をリュックの隙間から晒し、こちらをジト目でじっと見つめているようだ。
ジト目で見られたので、相手と同じような表情でその全貌を見返す。まず目に付くのは特徴的な卵型のフォルム。硬そうな見た目に加えてよく攻撃を弾くことができそうだ。また、全身の至る所から棘が生えている。これなら接近して触ろうという気持ちは普通起きない。
「お前…………テッシードか? にしては刺の色が蒼っぽい上にだいぶ濃いな」
テッシード、草/鋼という恵まれたタイプによって凄まじい耐性を持つポケモンだ。記憶が間違っていなければ毒タイプの攻撃を無効、10タイプに耐性を持ち、炎や格闘と言った弱点や地面タイプ以外なら受けてもそこまで大したダメージにならないという耐久力を持つ優秀なポケモンと言えるだろう。
そんなテッシードを、棘に触らないようにリュックから取り出してやると固まったように動かなくなった。天辺に一番近い棘に鍵が引っかかっている。
ん?
「お前が鍵持ってたのかよ…………まぁ見つけてくれたお礼にケロリーメイトを1ブロックあげようではないか!」
「!!」
テッシードが手から降りて、その場で高速回転し始める。これが【こうそくスピン】か!! あれ? テッシードって【こうそくスピン】覚えたっけか? 覚えなかった気がするが…………まぁ努力でなんとかなったんだと思おう。BWやBW2では登場時に回転していたし。
あいも変わらず【こうそくスピン】をしながらぴょんぴょんと跳ねている。意外とバネがあるようだ。鉄の体なのにどうやって跳ねてるんだろうか?
「あぁ^~ぴょんぴょんしてるんじゃぁ^~」
テッシードが急停止して何言ってんだコイツみたいな目で見てくる。いやだなぁ、ただボケただけじゃないですか。なんか視線が痛いのでそろそろ一度部屋に入りませんかねぇ? そのジト目が凄く様になってるから変な方向に目覚めそうなんだ。
部屋に入り備え付けの机の上にテッシードを乗せる。また高速回転をし始めるので机がガタガタいっているぞ、おい。というか逝きそうになっている。ミシミシいっとる。早めにケロリーを与えることにしよう。
「ではこれを進呈致しましょう。ゆっくり食べるといいさ」
「クギュルルル!!」
思いの外いい勢いで食べているが好きな味だったのだろうか? 抹茶味だから苦味かね。ということは特防上がりかな。棘を避けるようにして撫でながら聞いてみるが、テッシードは無言で食べ続けている。うーん、大人しいか生意気のどちらかだな。少なくとも控えめでは無い。そも控えめなら次のブロックを強奪しないはずだ。
こいつ生意気だな。確定しました。特防上げに素早さ下げか…………特防特化にして【ジャイロボール】で反撃できる面白い型になるな。そういえばこっちだと技の数はいくつまで出せるんだろう?
それ以前に努力値あるのか? いろいろ調べんといけんかのう。ちらりとテッシードを見るといつの間にか1箱全て食べ終わって満足したのか動くことすらやめてベッドに転がっている。なんか振り回されてばっかりだな。少し悔しいから水をがぶ飲みする。後でお腹痛くなりそうだが何の問題もない。
リュックの中を探っていると例のあれがいつの間にか入っていた。あの【あいいろのたま】である。こいつ、いつの間に入ってやがったんだ……恐ろしいことこの上ないな。夢の中では神々しさすら感じたそれは、今なら握力増強用のトレーニンググッズに変えられる気がする。
次に部屋の中を探すとなんとクローゼットからウエストポーチを発見した。なぜかその中にはこの船のチケットとライブキャスター、ポケモン図鑑、トレーナーカード、スマホ、手動充電器が入っている。なんでスマホ?
トレーナーカードは俺の名前になってるようだ。登録日は1週間前。出身地方はイッシュらしい。ということは1週間前から拉致る準備をしていたということなのか、それとも単純に時空が違うのか。
スマホをいじってアプリを見るとポケリアルとかいうアプリが追加されているのを発見した。写真のポケモンについてわかるらしい。なんとまぁ便利アイテムだな。
――色々と便利すぎて身構えちまう程だ。いったい俺に何をやらせたいんだ? そもそもなんで俺?
……今考えても情報が少なすぎるな。色々ともらったが、とりあえずこれで船内を自由に歩けるようになった。これはデカイ。
「テッシード、ちょっと来い」
「クギュ?」
なんかどこかの病気を発症してる人みたいな鳴き方だな。スマホで写真を撮るとデータが出てくる。ボヤけるとデータが取れないのが残念である。俺の写真テクでは静止していてもボヤけたりするのだから戦闘しながらデータ取得は無理だろうな。
テッシードに背を向けてデータを確認する。
No.597 テッシード くさ/はがねタイプ ♀ 生意気な性格 色違い
体力 31
攻撃 31
防御 31
特攻 11
特防 31
素早さ 00
覚えている技
たいあたり
やどりぎのタネ
タネばくだん
ステルスロック
ころがる
こうそくスピン
こいつ遺伝技持ちの厳選ポケ野郎だ!! いや♀だから
「アーーーーーーーッ!」
棘が痛い!! ついでに視線も痛い。別に声に出したわけじゃないんだが。
「天丼はダメだろ! やるなら転がってこい!!」
押しつぶされること3回、満足したのかベッドに戻ろうとするがそれを阻止する。無意識に手を伸ばしてしまったけど、ポケモンなら気兼ねなく触れることができるらしい。そういえば、最初にテッシードと出会った時も触れたな……人間といったい何の差があるって言うんだ、俺よ。
「ちょい待ち、くじ引きやってるらしいから今日中にやりにいくぞ」
少し止まったが、まだベッドに戻ろうとする。もうひと押しか。
「食事も付くぞ!!」
いつの間にか扉の前に居やがる。現金なやつめ。まぁいいや、ついでにショップに寄ってボールも買っていこう。こいつも部屋から逃げないから満更でもないのだと思いたい。少なくとも拒否はしていないな。きっと。多分。おそらく。メイビー。
とりあえず部屋から出るか。ラグビーボールのようにテッシードを抱き取る。流石に約19kgもあると重い。今の体力では長時間の持ち運びキツイな、早いうちにボールが欲しいところだ。