あれから3日経った。最初の頃はアチャモの動きもぎこちなかったが、だんだんと慣れて来たようだ。しかし、せっかく慣れてきたのに今日は生憎の雨なので、室内訓練を中心にいくつかのトレーニングメニューを渡して自主練習をしてもらっている。
なんだか最近雨が多い気がするな。雨季も近いしこんなものなのだろうか? その分
体力が有り余っているようなので、フィールドでシャトルランもどきでトレーニング中なのだが……本当に目を離して大丈夫なのだろうか? サボりはしないだろうが、その分ぶっ続けで倒れるまでやりそうで怖い。
ハルカは反復横跳びをアチャモとペアで一生懸命やっているようだった。コレに必死になっていて、こちらもあんまり余裕がない。確かにハルカにはトレーナーも一緒にトレーニングを行った方が一体感が出ると伝えたが……何だろう……素直なのは美徳だけれども、変な人に騙されそうで怖いな。
さっきちらりと見に行ったら、案の定だったので全員強制的に休憩を入れさせたが……無理しても意味がないというのをどこかしらで覚えさせる必要があるな。
そしてその間に、オダマキ博士に中間報告をするために資料室に向かう。
ドアをノックして返事を待つが……なかなか返事が返ってこない。居ないのか、寝てるのかのどちらかだろう。
「オダマキ博士! 居ないんですか?」
もう一度ノック。だが返事がない、ただのドアのようだ。とりあえず先に中に入っていようか。
「失礼しまーす」
ヒツジの角をぶつけないように慎重に中に入ると、ファイルの山に埋もれているオダマキ博士らしき人物を見つけた。本雪崩に飲み込まれたのだ。行こう、ここもじき段ボールの海に沈む。
「まさかそんなところで寝ているとは……」
風邪引きますよ? あと床とか硬くて寝にくいと思うんだが。
「普通そこは、まず助けようと思うんじゃないかな?」
すると、本の中から小さく、くぐもった声が聞こえてきた。ラックがぶっ壊れたのか、ファイル群に押しつぶされたようだ。
「本職の方はどこででも寝れると聞いていたもので」
「少なくともファイルの山に埋もれて寝ようとする研究員なんて、私は見たことがないんだけどなぁ」
いろいろな人がいるのです。そんな人だっているはず。
「さて、これがハルカちゃんのポケモンバトルについての資料です。だいぶバトルに慣れてきたようですよ」
顔周辺の本を退かして資料を見せる。読み上げた方がいいかな、これ。
「資料渡す前に助けてくれないかい?」
仕方なく、ファイルの山からオダマキ博士を発掘してゆく。一冊一冊のファイルが大きい分、なかなかの重さだな。
……これ多分、後で再整理するの手伝わされるよなぁ。
「大体なんでこんなことになったんです?」
地震があった覚えはない。
「ファイルを入れていた棚が重さに耐えきれずに壊れてしまってね。上に乗っけて後で分別しようと思ってたファイルと一緒に落ちてきたんだ。あとで部屋の管理責任者に文句いわないと……」
無茶な置き方していたから壊れたと。ああ、これは愚痴が長くなりそうだ。色々とここの管理者に言いたいのだろう。
「まぁまぁ、それは後で存分に話し合ってくださいな。今はハルカちゃんについての中間報告です」
今日はそのためにこの部屋に来たんやで。
「大体は資料に書き込んでおきましたが、アチャモの動きが前よりムダがなくなりました。それとハルカちゃんの指示をしっかり聞ける余裕が付いたように思えます」
直線的な動きは減って、緩急を付ける事を意識し始めた。まだまだぎこちないけれども、続けていけばそれも解消されるだろう。
「あの子のアチャモは意地っ張りだからなかなか言うこと聞いてくれなかったらしいが、もうそこまで行ったのか」
「ハルカちゃんに勝ちを贈りたくて焦っていたんでしょうね。最初は訝しげでしたがしっかりジグザグマやポチエナに勝てるようになったら自分から率先して行うようになりましたね」
何を見てきたのか。アチャモの焦りは酷いものがあった。だが、それさえ解ければ幾らでもやりようが出てくる。
「そうか……これでようやく旅に出せる準備は揃ったかな」
あぁ、だからこんなに詰め込んでいたのか。平均10歳で旅に出す人が多い中、ハルカちゃんもう14歳だもんな。
――――でも、この世界の一般常識を考えると、ここまで遅くはならないと思うんだが。他に何か理由があるのだろう。
……まぁ、他人を気にするような余裕もない人間が知る必要はないか。
「今まで教えていた人はどうだったんですか? ダイゴさんも来ていたというのをハルカちゃんから聞きましたが」
この程度の事、ダイゴさんなら気づかないわけがないと思うんだが。
「大体の人が忙しくて2、3日ぐらいしか教われなかったこともあったのかなぁ。あと呼んだ人はみんなどこかネジが抜けてるからついていけなかったのかもしれない」
……つまりオダマキ博士の知人とその中から選ぶ採用法に問題があるってことでFA? 非常に残念な話である。それでは皆不幸になるだけではないか。
「なんで私の知り合いはみんなネジが抜けているんだ……」
「同類だからでは?」
◇ ◇ ◇
少し雑談をしながらファイルの再分類分けを手伝っていると、身体検査の結果がそろそろ出てくる事を思い出した。
「まぁ、ジョシュウさんのカツラ疑惑は置いておいて、私の検査結果どうなりました?」
「……ちょっと、座って話そうか」
かちりと雰囲気が変わった。できれば向こうで見つかっていない事実がわかればいいのだがね。
近くにあった椅子を拝借する。
「まず聞きたいんだが、君はイレウス……あー、内容物が腸に詰まった状態、
やっぱりその辺は聞いてくるか。
「そうですね。吐き気等もありません」
アルコールを大量摂取しても大丈夫です。
「まともそうに見えて、その実まともでない……これはいつも通りか。運動失調でもないしどういうことなんだろうか」
そういう風に振る舞っているからね。仕方がないね。とはいえ――――
――――今の言葉は、そういう意味だけではないのだろう。
「キョウヘイ君は自分の中心体温を誰かから聞いた?」
「医者から。測ったその場で驚かれましたよ。まぁ昔病院にぶち込まれてた理由の一つでしたからね。原因不明だって言われましたが」
核心が近づいてきた。こっちではどうなんだ? 何か判ったのか?
「体の中心温度が31度、これは低体温症の中等症に分類されるほど危険な状態のはずなんだ。でも君は普通どころか人並み以上の身体能力を維持しているし、心拍、脈拍ともに正常値だ。これは明らかにおかしい。でも原因が分からない」
ですよねー……だからこそ現状を治すきっかけが欲しかったんだが。ここでもダメなのか。
「もっと大きな人体研究施設に行けば何かわかるかもしれないけれど……たとえばトクサネ宇宙センターの設備とか」
トクサネか……遠いな。
必要な事とはいえ、あの脳波を測る検査をまたやるのは嫌だなぁ。酷い頭痛を感じるんだよ、あれ。なぜかあの手の機械と相性が悪いみたいだし。
「キョウヘイ君は本当に平気なのかい?」
「今ここでバク宙できるぐらいには元気ですね。このあとに101番道路に行こうかとも思っています」
今のところはですけどね。その場で3回バク宙を行う。うん、キレは落ちていない。
「うーん、君が本当に人間なのか疑いたくなってきたよ」
「実は僕異世界から来たんですよ! オダマキさん!」
いまならネタで流せるだろう。これで嘘は言っていないことにできないかな。
今更だが、異世界から来ましたって隠さなければいけないことなのだろうか。普段から言っていてもただ痛い人として認識されるだけだろうから、別に何の問題もないんじゃないか? 船の中では無賃乗船扱いされそうだったから隠してただけだもんな。
「それならその体温でも納得……なのかなぁ」
魚人じゃあるまいし、そんな奇妙なものを見る目は止めてもらえませんかねぇ?
インスマス面になんぞなってたまるか!
「一応運動すると少しだけ上がりはするんですけれど……」
そんなものは微量だけどね。
「もう少しデータを洗い直してみようか。それと【あいいろのたま】もデータが取れたから4日後には両方とも資料にして渡そう」
「お願いします」
ファイルも片付け終わり、ハルカちゃんについての中間報告も終えた。データの洗い出しも頼んだので予定通り101番道路に向かうか。
◇ ◇ ◇
やって来ました101番道路。いつものキリンの被り物を装着してバトルフィールドの中央で挑戦者を待つ。雨のおかげで大賀のすいすいが発動し、通常の2倍の速さで木の実を食べている。
匂いに釣られたのか草をかき分けてポチエナが姿を現した。既に臨戦態勢だ!
「よし、大賀いつもどおりだ」
「スボボッ!」
今日も訓練通り攻撃を5回は避けてから反撃を行う。この訓練で大賀とアチャモはだいぶ立ち回りが上手くなった。しかし効率的には微妙なのか、アチャモはまだ【きあいだめ】や【ひのこ】を覚えていない。大賀も【しぜんのちから】を覚えられていないことから、まだレベル7まで到達していないようだ。
「ヴォン!!」
ポチエナが地面を蹴って【たいあたり】をしかけてくる。
「そこで左にステップ、【なきごえ】!」
「スボッ!」
するりと左に避け、ポチエナに【なきごえ】を浴びせる。避ける練習の関係上、連続で戦うからダメージをなるべく無くしたいんです。だからポチエナよ、そんな変な顔するな。
そんなことを続けること4回、ようやく大賀に反撃命令を出す。
「大賀、相手を【れいとうビーム】で凍らせるんだ!」
「ハス!!」
大賀の最近のお気に入りは、【れいとうビーム】で相手を凍らせることだ。最初は俺の指示で技を出していたのだが、自由に訓練している時も、よく的の足に向かって撃っている。俺に向かって撃たないようにしてもらいたい。
ポチエナの回避行動より早く、大賀の【れいとうビーム】が直撃した。勝ったな。
バトルが終わると氷を溶かしてやりポケモンフーズをポチエナに1食分渡す。だいたいこれを日が暮れるまで続ける。技ポイントはヒメリの実が解決してくれた。無料のものっていいよね! 何よりその辺探せば意外とあるのがいい。ただ、荒らし過ぎると本気で排斥されかねないから、ある程度は残しておく。
こうやって何度も戦っているから理解できたが、やっぱりマリンホエルオー号の中での戦闘は酷いパワーレベリングだったらしい。あの時の御神木様はかなりの勢いで上がっていたっぽいからなぁ。
どうすればもう少しレベルが上がりやすくなるか考えていると、突然
真っ直ぐで灰色なボディに焦げ茶色のライン。普通の個体より大きく、頭に少し傷があった。そして何よりも、足がよく発達している。お供のジグザグマの群れを20匹以上連れているそいつは、歴戦の風格が伺えた。何でこんなのがここに居るんだ?
こちらの探る視線が相手の金色の目と合った瞬間、ぞわりと背中に冷たいものが流れる。敵意……というよりは、自分の領域でいったい何をしているのか探りにきたように感じた。今まで軽く吹いていた風が、ぴたりと止まっている。森のざわめきが消えて、自分の呼吸音ぐらいしか聞こえてこない。空もいつの間にか曇っている。環境が激変していた。
まさかの色違いのマッスグマだ。お供を残して自分だけバトルフィールドに入ってくるマッスグマは、とてつもないプレッシャーを放っていた。
――――こいつ、101番道路の主か!?
勝てるか……? いや、実力差が酷すぎるな。こちらを見て、軽く揉んでやろうとどっしり構えている。だが先手を譲ってくれる気はありそうにない。
「大賀……気合入れたほうがいいな。アレは今まで相手してきた奴とは違うようだ。余裕がないから最初から本気で行くぞ!」
「ハスボッ!!」
とは言え無理な攻撃など出来るはずもない。躱され、反撃されて終わりだ。隙のようなものを伺っていると、近くに雷が落ちた。互いに決めていた訳ではないが、それを合図に101番道路の主とのバトルが始まる。
「ゴロロロロ!」
一瞬雷鳴かと聞き間違えるぐらい力強い雄叫びを上げて、マッスグマが【腹を叩き】始めた。
「ヤバイ! あいつ【はらだいこ】なんて覚えてやがるのか!?」
なんなんだこのマッスグマ。推定レベル59オーバーだと!? 体力の半分を犠牲に攻撃を最大まで上昇させる【はらだいこ】は、本来交代要員ありきで扱うべき技だ。だが、コイツは違う。その上で生存競争に勝ってきたんだ!
「クソッ、大賀! 【やどりぎのタネ】だ!」
「スボボッ!」
大賀も敵わないことがわかっているのか、素直に指示を聞いて【やどりぎのタネ】を相手に植え付けてゆく。外れても疑似的な柵や網に出来る……とまで考えていたのに、相手は動かずに【やどりぎのタネ】を受け入れやがった。
読みを外された。これならば【れいとうビーム】を指示するべきだったな。相手は足場を凍らせても問題なく動けるだろうと判断したのが、裏目に出てしまった。
「グルォォォオ!!」
一瞬で土を巻き上げてその場から消えたと思ったら、破裂音のようなものの直後に大賀がこっちに吹き飛ばされてきた。あれは【でんこうせっか】か? ……いや違うな、マリンホエルオー号で戦ったマッスグマの【でんこうせっか】は、あんなに速くなかった…………まさか【しんそく】か!? それならあの速さの一撃も納得できる。
相手が悪すぎる。だが、諦める訳にはいかない。理不尽には対抗しなければならないのだから。やられっぱなしは趣味じゃない。
「戻れ大賀! ……御神木様! 相手は強敵だ!」
「クギュルルルル!!」
相手は最大まで攻撃を積んだ状態だ。いくら鋼で半減とは言え【やどりぎのタネ】と食べ残しの回復量では間に合わないだろう。
「【ステルスロック】で全方位陣を形成! その後遠距離から【タネばくだん】!」
大賀には悪いが、トラウマのことを気にしている余裕は残念ながら無い。すぐに陣を形成するが、いつものような逃げ道は作れない。ここで止めないと負ける!
「ゴロロォ!!」
マッスグマは【タネばくだん】が弾ける中を突き抜けてくる。時にジグザグに、時に真っ直ぐに。必要最低限の回避を行いながら、【ステルスロック】で作り上げた陣に向かって突っ込んで来た。
ゴガァン! と腹の底まで痺れるような凄まじい轟音が響き渡り、【ステルスロック】が砕けたものが周囲に撒き散らされた。陣に真正面からぶち当たるようだ。【はらだいこ】やってるのにまだ体力に余裕あるのか。
「【タネばくだん】をひたすらに撃ち続けるんだ!」
もう、ほとんど両者の距離が無い。これで決められなければ……負ける。
幾つもの【タネばくだん】がマッスグマの近くで爆発してゆき、煙で姿が見えなくなってしまった。まだ油断できん。
「御神木様! もう一度s――――」
「グロォォォオオ!!」
――――真下からの【あなをほる】が御神木様に直撃し、木を超える程空高く突き上げられた御神木様が、地面に叩きつけられて動かなくなる。ここまで……か。御神木様をボールに戻しマッスグマと向き合う。
「お見事でした。お手合せありがとうございました!」
頭を下げて、ポケモンフーズの袋を全てマッスグマに差し出す。すると、取り巻きの一匹であったジグザグマが前に出てきた。どうやらこの手下のジグザグマが運ぶようだ。クンクンと袋の匂いを嗅いだ後、袋を
………ふぅ、焦った。マジで。焦った。
――――無茶苦茶強かったな、あのマッスグマ。特にプレッシャーがやばかった。心で負けていた気がする。とりあえず、まずはポケモンセンターに行って回復だな。こんな大物に会うのは想定外だったが得られたものは大きいだろう。
「次だ。次会ったら勝ってやる」
誰もいないからこそこういうクサいセリフが言える。オダマキ博士はあのマッスグマを知っているのだろうか?
帰ってみたら聞いてみよう。
この作品中の特性プレッシャーについてですが、この特性はかなり修羅場をくぐり抜けてきたポケモンや伝説と言われているポケモンが、後天的に身につけた特性となっています。なのでそういったポケモンの基本の特性はプレッシャー+αとなります。