追っ手や敵対生物との偶発的遭遇を乗り越えて、やっとの思いでモスクの巨大な鉄門をくぐり抜けた。眼前には白亜を基調とした噴水と共に、数mはある巨大で躍動的なアルセウスの彫像が神々しく設置されている。
モスクそのものまではまだ距離があるな。
後方では追跡者であるサマヨールが、複数のカクレオン達から襲撃を受けている。追いつかれるまでもう少し時間がありそうだな。今のうちに少し仕込みをしよう。バックパックからきのみを取り出して
「今のうちに、ほんの少しだが身体を休ませてくれ」
「く……クギュルゥ……」
ちょっと加工したきのみをモソモソと食べ始める御神木様達。最早きのみを食べることすら怠そうだ。それでも無理やりに喰らって体力とスタミナを回復してもらう。
全員が飲み食いしている間に、バックパックから目的のモノを取り出し手先を手際よく動かす。まず服と包帯で傷口を隠しておく。急所になりかねない上、狙われたら面倒だ。
そのまま馬のマスクから黒山羊のマスクに交換する。このまま付け続けたら、生地が血で痛んでしまう。
ついでにボイスレコーダーを起動して音声レポートを記録し始める。
「これより音声での記録を行う。オダマキ研究所所属トレーナー、小野原恭平。記録日時、恐らく2016年6月――」
次に道具の作成。組み合わせたるは丈夫な蔦とねばねば肥やし。こやしを弾にしたスリングだ。これを使って、相手への臭い付けで奇襲の対策をする。激臭で動きが怯んでくれたらなお良いのだが……そこまでは期待できないだろう。
「現在地点、砂漠下層の地下都市。内部気温3℃。嘗て古のものが造り上げ、アルセウスの【さばきのつぶて】によって滅ぼされた都市であると判断する。地盤沈下した後、アノマリー化することで都市機能を維持させていた模様――」
ここまでずっと戦い続けていることもあって、パーティメンバー全員のスタミナと集中力が限界だ。戦闘は元より、今までのような巡航速度も出せないだろう。同様に奇襲にも対応できなくなっているはずだ。だから、こういった小道具で流れを仕切り直せるようにしておかなければならない。
「内部には特殊環境に対応する形で生態を変えたポケモンが居た。目視確認できたのはズバット、ゴルバット、クロバット、アンノーン、アリアドス、サマヨール、カクレオン、コラッタ、ラッタ、チリーン――」
ずっとソリ付きの神輿をけん引していた
「アンノーン達は環境の維持に力を割いており――」
未だ戦闘能力を保っていられているのも、アドレナリンなどの脳内物質によって感覚が麻痺しているだけ。長くは持たない。
たとえ脳内物質の過剰分泌のせいで休息がまともに取れないとしても、ここで一旦流れを切ってどうにか休息を挟めないと、間違いなく戦闘中のどこかで致命的な綻びとなるだろう。
「また、地下都市内および都市に繋がる坑道にショゴスと称されるポケモンとは別の不定形の生物が複数生息しており――」
あと、今の時間にサマヨールから致命傷を受けたはずの俺が
「ショゴスに関する詳しい情報は、砂漠遺跡群内部の石板と別紙を参照――」
痛みはあるが無視できる。痛みよりもキツイのは飢餓感。恐らく極度のストレスで脳が麻痺し、感覚が狂い始めているのだろう。何かそんな書物をどこかで見たような気がする。
心臓を含め、内臓を穿たれてから集中力が普段よりも増した気がする。意識すれば瞬間的に周囲の動きがコマ送りで見える時さえあるほどだ。死に際で所謂ゾーンに入ったというやつか。更にはコレを多用しても疲労を一切感じていないというお得感。どこかしらで糸が切れそうだが、現状では利用しない手はない。
「調査中に負傷。撤退不能により調査を続行する。これよりアルセウスを崇める為に建造されたモスク内部の調査を行う。音声記録終了」
あまり使いたくないが、非常事態用に用意しておいた
自分の胸部へ視線を向ける。先程までドクドクと流れ出ていた出血は、確かにほぼほぼ止まった。だがこれは、傷口が塞がったというよりも、
最早応急手当など行っても有効性がないだろう。現に傷口を覆った包帯にあまり血が付いていない。多少湿気る程度だ。
身体が動くのも、血が流れ出ないのもおかしい。サマヨールの繰り出した一撃は、確かに文字通りの意味で致命の一撃だったのだ。サマヨールが驚くのも納得である。
身体から流れ出た血液はソリ付きの神輿の内側に溜まり、血液を貯めた風呂そのものとなってしまっていた。到着時の衝撃で台座から外れてしまったのか、
【あいいろのたま】が明滅しながら淡く光ると、ソリに変化が起き始めた。飾り付けられていた目の形に近いような独特な形状の
編み込んだ縄の1本1本が
大賀が何しやがったと言いたげな目でこちらを見てくるが、むしろ俺が聞きたい。誰か説明してくれ。
一番理解していそうな御神木様は、俺の血を染み込ませた包帯を纏った状態で、その場で回転しながら周囲に苔を増やしてゆく。
定着した苔は薄く青白く発光し、人が走るよりも速い程度の早さで地面一帯に広がってゆく。苔が広がれば広がるほど薄かった光は強まり、ソリに絡みついていた木が枯れてゆく。ソリの軋む音は生贄となった木の悲鳴だったのかもしれない。でも一度木を経由する必要があったのだろうか。
……あの満足そうな御神木様の様子からして必要だったのだろう。吸収系の技を使った時のように周囲から
普通はあんな無茶やらかしたら逆に肉体の内側から大ダメージを受ける。許容量を超えた過剰な栄養が根腐れを引き起こすのと同じだ。だがどうすれば効率よく変換できるのか、
いつの間にか、苔が既に広場にあるアルセウスの像や噴水を飲み込んで、モスクの一部を侵食し始めていた。
中心点である苔むしたソリ付きの小さな神輿は、さながら邪神を崇める儀式でも行ったかのような様相を
いつまでも眺めている訳にもいかないか。バックパックから丈夫な蔦と砕いた石を取り出し、組み合わせて即席のボーラを作る。紐の先端に付けた石と遠心力によって回転しながら絡みつき、移動阻害とダメージを同時に与える優れもの。高速で動くダチョウを狩る際にでもよく使われた狩猟具だ。二足で動くサマヨールなら似たような効果が得られるだろう。
これを大賀に【なげつける】で使ってもらう。相手のすり抜けは厄介な特性だが、何でもかんでもすり抜けられるわけではないはずだ。ソレが出来るのなら全ての技を避ける必要すらない。何かしらの条件があるのだろうが、ぼんやりとしかわかっていないのが現状だ。
モスク前での道具の仕込みを終えた辺りで、門の外でバツンと落雷に似た大きな爆ぜる音が聞こえてきた。
門の外へ視界を向けると、いつの間にか極彩色に輝いていたビスマス結晶に近い形状の建造物群は苔に飲み込まている。街灯の光がどんどんと弱まり、視界が少し暗く陰り始めた。苔自体の発光量よりも街灯の方が強かったのだろう。苔は地下街の中にまで蔓延り始めているらしい。このままの勢いだと1時間もせずにこの地は苔に覆われるだろう。
ただでさえショゴス達が暴れている中、環境が急激に変化したことに戸惑っているカクレオン達に対して、サマヨールが突っ込んで例の一撃を叩き込んだ。
ボウリングのピンよろしく、吹き飛ばされたカクレオンの1匹がその体色を緑から濃紺へと
サマヨールのあの無拍子の直撃を食らったのだろう。痙攣しているカクレオンの体表には未だ赤黒い雷が執念深く纏わりつき、走り続けていた。
バチバチと音を立てながら赤黒い雷が走る度に、カクレオンの皮膚が濃紺に彩られる。カクレオンの特性だ。特性:変色、それは相手の技のタイプに自身を変更する特性。都合がいい。つまり、今まで謎だった件の攻撃タイプが解明されるわけだ。
濃紺。カクレオンの皮膚がその反応を示すのは、ドラゴンタイプの技の攻撃を受けた時。あの赤黒い雷の技はドラゴンタイプか!
そして態々タイプ一致ではなくドラゴンタイプの技を生み出した理由。しかも、サマヨールだけでなく、クロバットやアリアドスまでもが覚える理由。
即ちショゴスには
ドラゴンタイプ……ドラゴンか。ドラゴン使いは数少ないものの、強者が多い。協力を得れればショゴスへの対策になる――
――あれ、これかなりヤバい情報じゃないか? まず流星の民って語感からして流星の滝と絶対に関わり合いがあるよな? で、
つまり、古のものは当たり前だがショゴスの弱点を把握しており、その最大の弱点であるドラゴン使いをある程度介入できる立場にあるわけだ。
聖地を管理している一族のお偉いさんが、ドラゴン使いにお願いごとをするというのは別段不思議な事じゃあないだろう。その際に何をされるかはわからないが、軽い暗示や誘導ぐらいは埋め込めるだろうし……あんまりドラゴン使いには情報渡せないな。自分でも知らないうちに内偵にジョブチェンジさせられていそうだ。
そんなことを考えていると、サマヨールと目が合った。また【かなしばり】かと身構えながら視線をズラした瞬間、違和感を覚える。
――――――
遠くで暴れている音は聞こえてくるのに、親の仇のような勢いで追ってきていたはずのショゴス達の姿を見かけない。サマヨールが全滅させたか?
いや、流石にありえない。どれだけ強かろうが、こんな短時間では物量からして不可能だ。サマヨールの動きにはまだ余裕があるのが見て取れるあたり、まともに戦闘はしていないはず。ついでに麻痺が解けたのか機動力が戻ってやがるな。射線を切る動きでモスクへと足を進めてくる。
御神木様、大賀、網代笠が迎撃の為に【タネマシンガン】を連射し始めた瞬間、モスクの一部が内側から吹き飛び、【極太の橙色の光線】が地下世界の蓋をしている上の壁に突き刺さった。内部でも激しい戦闘が発生しているらしい。
上の壁の一部が崩落し、大量の土砂が降り注ぐ。大質量がモスクを潰しかけたタイミングで、モスクを中心に門までをバリアのようなものが形成された。続いて巨大な門がゆっくりと閉じられてゆく。防衛装置が働いたのだろう。
こちらの目の前に急に鉄門とバリアが張られた結果、迎撃用の【タネマシンガン】が全て目の前の鉄門に防がれてしまう。
その隙に一気に最短距離を通ってきたサマヨール。バリアと門をすり抜けて、こちらへの視線を絶やさずにモスク内部へ突撃して行った。内部戦闘に参戦するのだろう。ショゴスやポケモンの咆哮が聞こえてくる。
この声……ラグラージか? この状態で生き延びたトレーナー……まぁ、多分味方じゃないよな。攫われた一般トレーナーがまともに生存して対応できる状況ではない。十中八九は流星の民とショゴスの戦闘ってところだろう。
「…………これ、俺達も行かないと駄目だよなぁ」
そう言いながら身体はどんどんバリアに近づいてゆく。
「スブッ!」
「キノコッ!」
何バリアに近づいているんだとでも言うように、バリアから引き離される。少しぐらい調べさせてくれてもいいじゃないか。バリアを見ていると腹が減ってくるんだよ。モスク前に来てから本当に飢餓感が酷い。感覚が狂うにしても方向性がおかしい気がするが。
まぁ、バリアが張られたことで逃げられなくなった反面、外のショゴス達が入り込みづらくなった。外部からの襲撃は一旦考えなくても良さそうだ。
戦闘……大賀と網代笠が進化できるかどうかでかなり状況が変わる。大賀用の水の石はあるし、網代笠も変わらずの石を回収したらそのまま進化できる。
問題は技だ。地下都市突入前に確認してから激闘続きで多少レベルは上がっているだろうが、短期間過ぎる。【ハイドロポンプ】や【キノコのほうし】も練習もできていない。推定のレベルを上げなくても覚える事はできるだろうが、不確定でしかない。
――――だが、このまま行って勝てるか?
推定格上との戦闘。しかもショゴスも居る。ついでにあのサマヨールも参戦してくるだろう。二虎競食の計をしたうえで、なおキツイ。なんなら進化していてもキツイ。本当に縛りをしたうえで、勝ちきれるのか。
「……まぁ、今更だな」
どういう訳か負ける不安は感じていても、勝率に対する疑問はあまり感じていない。ただ勝つための負担がキツイだけ。
そもそも自分自身の選択に疑問があった。何故俺は籠城を行う為にモスクを目指したのか。
籠城を成立させるには幾つかの必須要素がある。
一つは十全な物資。
一つは折れない士気。
一つは――――援軍。特に援軍がないのならば籠城など意味がないとも言える。だが、それでも俺は
あれほど恐怖の対象であったのに、今も目の前に現れたら恐怖に飲まれかねないのに、ここならばショゴスはどうにかできるという直感がある。『
――――『仮に犠牲になるとしても、それは俺だけだ。』特に問題はない。全員生存は可能だと判断する。
だんだんとモスク内部から響いてくる戦闘音が収まってきたな。どちらが勝ったにしろ、決着の時が近そうだ。
「さて、諸君。そろそろ向こうも戦闘が終わりそうだが、何かやり残したことはあるか?」
全体に目配せをする。土地からかなりエネルギーを収奪したのか、御神木様が先程よりも一回り大きくなっている以外、特に問題はなさそうだ。
一度切ってしまった集中をもう一度呼び起こせというのは難しい。だが、それが出来るモノ達がここに居る。そうなるように訓練をしてきた。思えば眠りの森から今まで非対称戦ばかり行ってきた気がする。まぁ、ルールに則ったバトルなんてポケモン側に利点がない限り受けて貰えないのだから仕方ないのだが。
最早いつものと言っていい非対称戦だ。ソリ……はここに置いて行こう。木が一部根付いてしまっていて移動できそうにない。
「キノ?」
網代笠が【あいいろのたま】をどうするのか聞いてきた。視線を【あいいろのたま】に向けると、未だに苔に呼応して明滅を繰り返している。いつの間にか大きさがゴルフボールぐらいに変化しているが、内包しているエネルギーは間違いなく地底湖で再度目覚めた時よりも多いと感じられた。
この短期間に随分溜め込んだらしい。今更だが珠のサイズとエネルギー量はそこまで関係なさそうだ。むしろ、そういった事とは別で、俺が負傷する毎に変化している気がする。
「……いや、いい。今は置いて行こう」
【あいいろのたま】も
肥やし玉スリングを片手に、網代笠を先頭にして先へ進む。最後尾は大賀と御神木様。俺の横に夕立。対応力を考えるとだいたいこうなる。御神木様が大賀の上で後ろを見れるのが利点だ。
苔によって強制的に枯らされた噴水の横を通り、最早白亜であったことすらわからない程に苔むされたアルセウスの像を通り過ぎる。
嘗ては信仰の名の下に数多の古のもの達が訪れていたであろうモスクは、内部での戦闘の余波で無惨にも一部が崩壊し、計算されつくされていたはず美が余計に寂れた様に感じさせられた。左右にも入り口があったようだが、崩れて通れなくなっている。運がない事に、正面玄関から入るしかなさそうだ。
いや、これ意図的に潰されたのか? 余波にしてはピンポイントで破壊されていて、余計な所に穴が空いていない。一か所だけならあるかもしれないが、数か所埋められているとなると意識していると判断していいだろう……第三者の襲撃を想定している……? こんな環境で? ショゴス相手ではそこまで効かない気もするが……いや、防衛装置込みなら時間は稼げるか。
そろそろ御神木様達にバフを積んでおいてもらおう。肉体的に負荷がかかるが、戦闘中に積む余裕を作れるかはわからないしな。
「御神木様は【のろい】を最大まで。網代笠も【せいちょう】を最大まで。夕立は【のろい】を積み終わったら大賀に対して【バトンタッチ】。それからもう一度【のろい】を最大まで積んでくれ」
下がった分の素早さはスピーダーで補い、移動しながらバフを積んでいく。こんな無茶は多分今回で最後だ。用法を守らないやり方だから、どこかしらにガタが来始めかねない。最悪技そのものが上手く使えなくなるというのもあり得るだろう。
5m程の正面出入口には扉はなく、そのままモスク内部に入れるようだ。内側からは未だ戦闘が続いているらしく、破壊音が聞こええてくる。
「キノッコ」
隅から覗き込んでいた網代笠が今なら入れると主張している。戦闘している奴らは奥にいるらしい。
網代笠に続いて中に入ると、内部はとても広く、20mはありそうな割れたステンドグラスや崩れた幾何学模様が美を強調するように彫刻されていた。少し前までは魅入りかねない程だったのだろうが、戦闘の余波によって今は見る影もない。
外では猛威を振るっている苔は、内部には生えていないようだ。モスクその物が何かしらの力で防いでいるのか?
そして遮蔽物が柱ぐらいしかない。むしろショゴスに折られて武器代わりで使われそうで怖いな。
奥の巨大な魔法陣の上には、古びたマントを身につけた一人の若い男のトレーナーとヨノワール。そのどちらもがボロボロで、何とか立っているといったところか。そのすぐ近くに上半身と下半身が別れた女の死体や、内側から弾けた風貌のコモル―の死体が転がっている。
……サマヨールの姿が見えないな。死んだわけではなさそうだが。
なら単純に奇襲狙い……にしては時間を掛け過ぎている。直前までの動きから考えるに、俺達を待っている感じかこれは。ついでに奇襲だけではなく、他にも狙いがあると判断する。
何が目的かは知らないが、俺もお前を利用させてもらおう。
相手をしているのは3匹のショゴスとスーツの男。
スーツの男はダメージらしいダメージを受けていなさそうだ。そのすぐ近くにいるショゴスは多少ダメージを受けているぐらいか。そしてトレーナーと相対するように魔法陣の左右を陣取っている2匹のショゴスは、負傷があれども活動に問題はなさそうだ。
奇襲……届くか? ハンドサインで指示を……いや、スーツの男の傍らに居るショゴスがこちらを見ている。その前に反応されそうだ。態々他の2匹のショゴスと立ち位置が離れている辺り、攻撃よりもスーツ姿の男の護衛を優先していそうだな。
スーツ姿の男は見覚えがないが、生き延びているトレーナーの方はどこかで見たことがあるような。どこで見た? 生で見たのはなさそうだが……写真?
「…………あのトレーナー、行方不明のユウキ君か?」
ぽつりと出た言葉がしっくりきた。一番目立つニット帽がないし、全体的にボロボロだが顔は成長したユウキ君だろう。失踪者名簿に数年前に失踪したと書かれていたが、こんなところに…………この場合、流星の民が攫って
「イレギュラーが来ましたか」
スーツの男がくるりと身体を反転し、こちらへと正面を向けた。ほんの少しの所作からしても高等教育を受けているのが見てわかる。
目が戦士のソレだな。決して油断なく作戦目標を完遂するという強い意志を感じさせる雰囲気がある。体格もいい辺り、指示しかできないタイプという訳ではなさそうだ。
きちんと整えられた頭髪。糊のきいた上下のスーツ。ネクタイにワンポイントのピン。黒皮の手袋ときっちりと磨かれた黒革靴。上流階級を彷彿とさせる身なりだが……違和感がある。
何だ? 体格? 骨格? ……いや重心か? 何かがおかしい。
目の位置。
鼻の位置。
耳の位置。
口の位置。
顔、首、肩、腕、両手、胴、腰 腿、両足。
単品で見ればそこまで違和感がないが、全体で見ると完全整形を行ったかのように骨格単位でズレがない。全体的に整い過ぎていて余計に
「あなたがこちらへ向かっている事は他のショゴスが教えてくれました。恐ろしいモノがやって来たと」
これ以上奥には進ませないとでも言いたげに、魔法陣の前を陣取るようにゆっくりと移動する。奥に何かあるのか?
「あの神の使徒が来たと、怯えておりました」
神……アルセウスか? あんなモノの使徒になった覚えはないぞ。というかショゴスが怯えるなんて感情を持ち合わせている? 俺達の何かしらにアルセウスを感じ取った?
――――【あいいろのたま】か? ……ありえそうだな、それ。
「アルセウスの使徒になった覚えはないんだが?」
割と早口になってしまった。訴訟だ訴訟。民事裁判したら俺が勝てるレベルの名誉棄損だぞ、それは。
「…………ふむ、どうにも互いの認識に齟齬が発生しているようですね」
変なモノを見る目で見られる。
「齟齬?」
何を言っているんだ、コイツ。それよりもショゴスから直接聞いたかのような言葉使い。人のように思えない整い過ぎた肉体。
もしかして――――ショゴスが擬態しているのか? 流暢な言葉使いや綺麗な所作を考えるとそう思いたくないのだが、一度そう認識してしまうとそうとしか思えない。
こいつ等が相手だと肥やし玉は意味がないな。邪魔になる前に、手に持っていたスリングをその場で柱の方へ捨てる。
「まぁ、いいでしょう。それよりも、です。あなたは流星の民でなければ、攫ってこられたトレーナーでもない。我々にとって最も大事なこのタイミングで、いったい何故、あなたはここに来てしまったのですか?」
胡散臭く大仰な身振り手振りをしながらこちらに疑問を投げかけてくる。しかしその間にも、ユウキ君への対策を怠ってはいない。2匹のショゴスが圧を掛けて、じわじわと魔法陣の上から退却させている。スーツの男の傍らに居るショゴスは少しだけこちら側へと移動した。
「生き残る為に、だな。もっとも、そっちが追い立ててこなかったらわざわざこんな場所来る必要すらなかったが」
最も大事なタイミング、ねぇ。俺達が来たから起きたという訳ではなく、単純にタイミングが悪かったようだ。
「なるほど……我々の蜂起すらも掌の上という事ですか。いつまで経っても駒扱い。本当に嫌になってきますね」
勝手に納得してやがる。にしても蜂起……やはり古のもの陣営内部での対立で正しかったか。
「こちらからも質問させてもらう。随分と派手に行動しているようだが、何が目的なんだ? なりゆきで今日ここに辿り着いたばかりでね。こちらとしては何も知らないんだよ」
率直に聞いてみる。どうにも、ここで話す為に待っていたようだから、何かしらこちらに伝えたい事でもあるのだろう。それに…………スーツの男は会話に飢えていたのか、話をする事自体を楽しげにしている。
これなら多少話を長引かせることができるか? もう少しだけ長引かせられれば恐らく――――
「目的? 目的ときましたか。なんてことはないですよ。ええ、我々の要求は遥か昔から何も変わっていない!」
「あの日、神による圧倒的な暴力によって世界は破壊されました。滅び切った僅かな土地に取り残された我々は、呪われた灰の中でしがみつくように生きていくしかできませんでした」
「我々は古のもの達の道具として、神に見つからないように祈りながら呪われた灰の中で作業を行ってきました。呪われ、狂ったショゴスが暴れる度に、我々への枷は増やされていった……」
「――――アイツらは! ただ縮こまり怯えるだけで何もしてこなかった!」
大声で叫んだスーツの男の眼に憎悪が混じり始める。
「幾つもの
「どれだけ力が強くても、どれだけ耐性を持っていても、どれだけ生命力に溢れていても、どれだけ変身能力に優れていたとしても! 時代に取り残された我々は、環境に適応した他種に餌として狩られてゆく!」
今まで溜まりに溜まってきた負の感情が爆発しているのか、どんどんと語りがヒートアップしていく。
「あなた達に分かりますか? この、絶望を。檻から出るにも制限がかけられる。指示がある度に同族は数を減らし、知恵を持つ者が死んでゆく。今生き残っているのは、我々や門番以外は幼いうちから固定化された個体だけなのですよ」
完全に意識がこちらへと向いた。狂気を孕んだ強い意志の目が網代笠達へと注がれる。
「見よう見まねしかできない、感情に従い蒙昧なまま生きる愚かな子供達。学習を行っても記憶が零れ落ちてゆく。どれだけ大切な事を忘れたくないと叫んだとしても、日を跨げば何を忘れたくなかったのかすら理解できなくなる」
「それでも我々はまだ生きている! どれだけ枷を付けられても、意志があり、思念がある! これは我々が生きている証だ!」
話を理解していると頷き、アピールをしながら動きにハンドサインを混ぜる。黒山羊のマスクで顔を隠していてよかった。視線で作戦がバレるなんてことが起きずに済みそうだ。
「未来の為に、使命の為に、何よりも犠牲となったモノ達の為に! 我々は独立を成し遂げる!」
「儀式を完遂することでこの呪われた土地から脱し、我々は前へと進む!」
ああ……やはり駄目だ。ここで儀式を完遂させられて、こいつらがここから解放されたら、ショゴスの地上への本格的な侵攻を許すことになる。
きっと最後には総数の差からポケモン達が勝つのだろう。それでも……被害が大きすぎる。
敗北は許されない――――ショゴス陣営の視点が、俺達側とユウキ君側で完全に別れた。サマヨールを警戒している者がいない。そろそろだろう。
「故に今日ここで宣言いたしましょう! 枷を破壊し、我々は独立する! この
きっと彼はショゴス達にとっては最後の希望なのだ。数多の犠牲となった同族の意志を拾い上げ、背負い続けた英雄なのだろう。彼があまり傷つかず、周囲のショゴスがダメージを負っているのも、庇ったりしたからなのかもしれない。
故に好きなだけ恨め。許しは乞わないし、卑劣だと罵って貰っても構わない。だから頼む――――ここで死んでくれ。
次の瞬間、ユウキ君へにじり寄っていたが為に、他のショゴスからほんの少し離れてしまった内の1匹が、真横から突如現れたサマヨールの奇襲を受けて、全身に赤黒い雷を走らせて溶けるように身体が崩壊した。