カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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ショゴスと執念

 暗闇の中、後方から暗い虹色に彩られたタールのような粘体――――ショゴスが、石畳で形成された通路を身体で満たしながら追ってくる。背後から迫るその姿は、まるでスロー再生した濁流が襲ってきているかのようだ。

 

 しかも相手は一般的な濁流と異なり、多種多様な形状の触手を前面から生やし、振り回した挙句にこちらを絡め捕ろうとしてくる。その上、移動速度は相手の方が少し速い。

 

 ただ、これは当たり前の話でもある。こっちはライトの光源だけが頼りという視界不良の中で前方と後方を確認し、安全か否かを判断しながら進む必要がある。だが、ショゴスはただただ前へ進んで蹂躙するだけ。本来そこまで速くないショゴスではあるが、こちら側のハンデが重すぎる。それでもまだ追いつかれていないのは――――

 

 ――――それは単に、相手が遊んでいるからに過ぎないだろう。

 

 腹ごなしの運動とでも思っているのかもしれない。戯れに伸ばしてくる触手を【タネマシンガン エアバースト】や【タネマシンガン スラッグショット】で千切り落して迎撃していく。これでショゴスが本気で膨張して来たら、一瞬で町が覆える程度に広がる事ができるのだからやってられない。こんな逃げ場のない通路でソレをやられると、その瞬間で詰みだ。

 

「【がんせきふうじ】!」

 

「クギュル」

 

 夕立(シャワーズ)にけん引されたソリ付きの神輿の上で、御神木様(テッシード)が技を放つ。洞窟を封鎖するように生える巨大な岩石。しかしそれは5秒も保たずに破壊され、磨り潰すように飲み込まれていった。

 

 とはいえ、その5秒未満の時間を積み重ねていく事で、ようやく前方偵察の時間を稼いでいるような状況だ。これで巨大岩石の生やす数を多くし過ぎると、今度は増悪を煽り過ぎて一息で潰されかねない。調査と同時並行する分、加減が重要なんだが…………難しいな、コレ。あんまり長くは持たないぞ。

 

「Tekeli-li! Tekeli-li!」

 

「2匹で【れいとうビーム】!」

 

「シャワッ」

 

「スブ!」

 

 大賀(ハスブレロ)と夕立がショゴスを凍らせるべく【れいとうビーム】を放つ。累計13回目、これで凍ってくれないかと願うばかり。元々ここは吐いた息が白くなる程度には冷えた空間だ。こうした温度低下の蓄積もそろそろ馬鹿に出来ないだろう。しかしそんな予想も虚しく、ショゴスは【れいとうビーム】の直撃を受けながらも追走を止める気配はない。

 

「テケリ……リ……?」

 

 また駄目だったっぽいなと思っていると、不意にショゴスの発音が微妙に変化し、急激に動きが鈍り始める。体表には氷塊が、見える範囲を覆うように形成されてゆく。ようやく待ち望んだ成果が表れたのだ――――しかしその結果を見届けずに、そのまま全力で逃げ出した。直後、凍ったはずの物体から、ゴリゴリと何か湿った硬い物を削るような、気持ちの悪い奇妙な音が響く。

 

 知ってた。そのまま逃げて正解だったわ。

 

 それから8秒も持たずに、ミシミシと軋みを上げて氷全体にヒビが入った。ヒビから溢れるように漏れ出てきたショゴスの一部は、凍った部位を吸収するかのように粘体の内側へめり込ませていく。そのままめり込んだ部分に大きな口が1つ生成され、体表に残っていた凍った部位を噛み潰して飲み込んだ。そして、そのまま何事もなかったかのようにこちらを追走し始める。

 

 思っていた以上に拘束出来ていたな。ショゴス相手に氷は使えると覚えておこう。

 

「キノォ!?」

 

 網代笠(キノココ)が、コイツはまだ動くのかと悲鳴を上げた。ショゴスはまだまだ元気なように見受けられる。実際、今この瞬間も回復しているのだろう。相手は細胞分裂だの代謝だのといった常識を覆すほど、回復能力がずば抜けている怪物だ。だからこそ、攻撃を食らい続けても平気な顔をして気にせずに突っ込んで来る。

 

 こういった相手と戦闘をするのなら、考えられる手段は大まかに2通り。あしらってまともに相手にしないか、回復力を上回る程の火力で飽和させるかだろう。そして現状、火力を集中して飽和させるなんてできないのだから、あしらわざるを得ない。

 

 とはいえ、俺達はクロバットが率いていた群れのような移動速度は出せないし、戦いながら音波による安全確認&構造の把握なんてのも不可能である。

 

 何より、現状では網代笠に負荷が掛かり過ぎだ。真っ暗な通路内ではライトの明かりだけが視界を確保できる唯一の光源なのだが、その分視野が狭まり、見えない場所に対する恐怖が煽られてゆく。全員の命を預かっている状態でもあるから、ストレスも相当だ。いつ発狂してもおかしくない程だろう。

 

 だからこそ、これを好転させるにはどこかのタイミングで、戦闘が有利に行えるように場所を整える必要がある。問題があるとすれば、その場所ってのが定まっていないという点か。大問題だな。

 

 出来る限り広い場所の方がいい。今のような通路だと相手の奥行が厚くなって圧力が強くなりすぎる。弾丸系の技を貫通させてどうにかできるのならこのままでも問題ないだろうが、相手がスライム状のアレではまともにダメージも与えられない。

 

「Tekeli――――」

 

「うるせぇ! おやつ代わりにこれでも食ってろ!」

 

「スブッ!」

 

 稼いだ時間で、事前に用意しておいたナパーム化させた火炎瓶に着火し、すぐに大賀へと渡す。そのまま大賀がショゴスに火炎瓶を【なげつけた】。とはいえ、今回火炎瓶として使った瓶は事前に加熱処理して割れやすくした瓶ではない。このままだとショゴスの粘体相手ではキレイに直撃させても受け止められて、瓶が割れずにそのまま飲み込まれる可能性がある。

 

「クギュル!」

 

 同じ判断を下したのか、それを見ていた御神木様が【タネマシンガン】を撃ち、火炎瓶を空中で叩き割った。ナパーム化された中身が、ショゴスを巻き込むように一帯にぶちまけられる。ナフサの底力を食らうがいい! これでクロバット達が【ねっぷう】を覚えていた理由が、ショゴスに由来するものなのか否かがわかるはずだ。

 

 一瞬で一面が轟々と燃え上がり、ショゴスの表面では炎が絡みつくように踊る。文句なしの範囲攻撃だ。へばりつくジェルは最低でも900℃というかなりの高温に達し、もし仮に人間に当てていたなら洒落にならないレベルの重症になる。故に水を掛けようが、はたまたその場で転がろうが鎮火される事はない。消火するのならガソリン用の消火器でもない限り難しいと言える。

 

 そして、普通ならこんな遺跡モドキの通路内で使ったら、酸欠や一酸化炭素中毒でこっちも共倒れとなるだろう。だが、ある確信の下で使うと判断した。

 

 ――――どうせ、この炎はすぐに鎮火される。

 

「Tekeli-li!」

 

「……野郎、やっぱりピンピンしてやがるわ」

 

 知ってたというやるせない気持ちが湧き上がってくる。大賀が隣で口をあんぐり開けていた。流石にほぼノーダメージは想定していなかったらしい。こういう生物なんだよ、コイツ。

 

 とはいえ流石に鬱陶しくはあるのか、表面にびっしりと生えていた緑色の眼球群は分解されてゆく。代わりにショゴス側の通路の奥から、燃えている箇所を丸のみできるほどの大きな口が現れ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。発火地点に濡れた布を掛けたかのように、一気に鎮火される。どれだけ高温であっても、物理的な炎だから酸素が無いと燃焼が維持できない。

 

 ほぼほぼ予想通りの動きだ。やはり炎はうざったい程度でしかないのだろう。昔、あの病院の屋上で見た光景と少々異なっているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――――あれ? なら俺は、どうやってアレを倒したんだっけ?

 

 一瞬の思考の硬直。モヤモヤとした()()にこそ、求めていた答えがあるような気がして、意識が引っ張られる。

 

「スブブブブッ!」

 

「クギュルルルルル!」

 

 直後、複数の炸裂音と共に、突然左足に突き刺されたような鋭い激痛が走った。

 

「ぐおッ!?」

 

 衝撃で足が(もつ)れ、受け身すら取れずに頭から地面に転がる。何が起きた!? 理解が追い付かない。衝撃を受けた部分に手を当てて痛みの原因を引き剥がした後、すぐに立ち上がって走り直す。足を動かすたびに痛みが響くが、走れない程ではない。この程度の痛みならもう何度も経験している。

 

 手を眺めると、肉の一部と共に灰の塊がへばりついていた。灰? なんで灰が……まさか!?

 

 改めてショゴスに目をやると、御神木様達の【タネマシンガン】を見て学習したのだろうか。射出口が2つ、ショゴスの身体から真っ直ぐに伸びてこちらを狙っていた。弾丸は地面に敷き詰められている灰を圧縮したやつか。

 

「射撃攻撃まで追加とか聞いてないぞ! クソがッ!」

 

 叫んだタイミングでほんの少しの違和感に気が付いた。なんでコイツ、自分自身の一部を弾丸代わりに使用しなかったんだ?

 

 直後、槍状の岩が射出口の一つを貫く。御神木様が【ステルスロック 大岩槍】で攻撃したのだろう。だがすぐに新たな射出口が4()()形成され、計5つの射出口から何かが放たれた。圧縮して固めた灰じゃない、岩だ。相手が弾丸として利用したのは、今さっき取り込んだ【ステルスロック 大岩槍】の残骸だろうか。

 

 それを御神木様と大賀が的確に【タネマシンガン スラッグショット】で撃ち落としていく。特に大賀の射撃精度が凄い。この薄暗い環境で、相手の連射をものともせずに全て叩き落している。

 

 これ、流石射撃職人だの一言で済ませていい状態じゃないな。もしかすると、この極限状態で若干ゾーンみたいなのに入っているのかもしれない。心強い反面、極限的な集中力を発揮していても、それが全体指揮を乱すのなら問題だ。こうなってくると、場合によってはボールに強制送還する必要も出てくるか。

 

 とにかく、これ以上状況が悪化する前にどうにかしたい。指揮をする人間が焦っても悪化しかしないのは理解している。だがそれでも、心の中に焦りばかりが積もっていく。

 

 一度深呼吸をする。メンタルリセットだ。よし、切り替えよう。重要なのは纏めての解決法ではなく、困難の分割だ。困難は一つづつ、簡単な所から分解して対処してゆく。

 

 となるとまずは、あの厄介な射出口をどうにかする必要があるな。最優先事項だ。ただでさえ一方的に追われているのに、遠距離攻撃が混じると事故の確率が高くなり過ぎる。とりあえず射出口を潰しても再構成されるのは確認したから、今度は射出口を破壊ではなく封鎖してみようか。

 

「【やどりぎのタネ】で絡め捕れ!」

 

 御神木様と大賀が大量の【やどりぎのタネ】を撃ち出し、着弾地点に寄生していく。射出口やショゴスの表面に対して縦横無尽に根を張ったヤドリギが、互いに雁字搦めになりながら枝を伸ばす。

 

 大量のヤドリギに寄生されたショゴスの姿は、今までよりも更に異様さがにじみ出ていた。もののけ姫のタタリ神から足を削いで、目と草木を大量に追加した見た目に近い。コレは草木に呪われたのだと誰かに言われたら、納得してしまう自信がある。見ていて気持ちの良いモノではないのは確かだ。

 

「てけりッ!?」

 

 すると、ショゴスは今まで一切見かけなかった反応を返してきた。ヤドリギの隙間から見える緑色の目が一斉に騒めかせる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 パニックを起こすほどに嫌がっているな、コイツ。これの対処なんて今まで同様に、寄生された部位をヤドリギごと食って吸収すればいいだけなのに。ちょっと予想外。

 

 何でだ? ()()()()()()()()()()()()のか? …………いや、違う。それなら【タネマシンガン】がもう少し効いているはずだ。となると、()()()()()か。でも【やどりぎのタネ】自体は回避動作すらせずに、素直に食らっていたな。こういう技だと知らなかった? とはいえ、あの反応からして過去に他の吸収系の技、例えばクロバット達の【きゅうけつ】を食らった経験があるのだろう。

 

 次は【ギガドレイン】を試してみるか。パニックを超えて発狂してくるであろう【あまごい】からの【みずのはどう】コンボを試すのは、もうちょっと戦闘環境が良くなってからじゃないとキツイ。

 

「キノコッ!」

 

 そんな時、ようやく網代笠の嬉々とした声が聞こえてきた。どうやら待ちに待った転機が来たらしい。前方に目を凝らすと、淡い光が見える。外だろうか。御神木様が【がんせきふうじ】で、足を止めたショゴスの目の前に数枚の巨岩を生み出す。今までよりも長く時間を稼いでくれるようだ。つまり、確認して来いと。

 

 そのまま痛む足を理性の下で無理やり動かし、網代笠と合流して周囲を見渡す。

 

「なんだ、ここ…………」

 

「キノォ……」

 

 通路の先にはちょうど外を眺められるような、一部の柵が壊れた白い大理石製の空中回廊となっていた。荒い呼吸を整えながら、周囲を確認する。

 

 そこには高熱に炙られて灰に埋もれた、極彩色に輝く異様な石造りの町があった。しかも、この町には空がない。町が丸ごと地下空間に飲み込まれている。この地下空間が潰れていないのは、周囲を硬い岩盤で覆われているからだろうか? それとも――――この町その物がアノマリー化しているからなのか。

 

 街灯が町の至る所にあるようで、一つひとつは淡い光でも、数が揃っている事でそこまで暗さを感じない。

 

 極彩色に輝く沢山の建造物はビスマス結晶のような骸晶(がいしょう)に近い形状をしている。栄華を極めていたと言われれば納得できるほどに、奇妙で不規則ながらもどこか魂が揺さぶられるほどに美しく、調和がとれているように見受けられた。少なくとも、これ等は人間の建造物には見えない。所々に桔梗の花に近い、五芒星の花型のシンボルが装飾されており、街灯がソレを鮮やかに照らしていた。

 

 ほぼほぼ灰に覆われているものの、地面も幾何学模様に加工された大理石で整備されているようだ。道路の一つひとつは広めに造られおり、中央通りらしき部分は片側3車線分はありそうだ。道路の端に降り積もっている灰の一部が不自然に膨れている。もしかすると、未だに炭化した古のものの遺体が残っているのかもしれない。

 

 一際目立つ高い丘らしき場所の上には4本の柱に囲まれた、モスクに似た純白の立派な施設が建てられていた。施設の上には16個の(つぼみ)型が織りなしており、中央部には彫刻された巨大な蓮華の花が咲き誇っている。モスク前の広場には周囲に比べて余程丹念に造られたのだろう、躍動感のあるアルセウスの彫刻が、大きさはそれほどでもないのに、ここからでもわかるほどに圧倒的な存在感を示している。アレは初見だと本物と見誤りかねない。息が詰まるほどに畏ろしいのに、ただただ美しい。恐らく宗教施設……アルセウスを祀っていた場所だ。

 

 嘗て、ここは古のもの達で賑わっていたのだろう。()()を首都として、繁栄していたのだ。

 

 だが――――アルセウスは【さばきのつぶて】でもって、これらの町と、すべての低地と、その町々の住民と、その地に生えている物を、ことごとく滅ぼした。ヴェスヴィオ火山噴火による火砕流によって、灰と地中に埋もれたポンペイのように。逃げる暇もなく、抗う事すら許されず、この地は一夜で滅んだのだ。

 

 砂漠遺跡の中にあった石版で似た内容を確認している。間違いないのだろう。ああ、現在地がようやく理解できたぞ。()()()()()()()()()()()()()。少なくとも、すぐさま誰かに助けを呼べるような場所ではないな。

 

 どこかにショゴス達が地上まで通っている道があるはずだ。迅速にそれを見つけ出さなければ…………これ食料足りるか? 町だけでもかなりの大きさだ。探索には時間がかかるだろう。場合によっては、どうにかして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「キノッ!」

 

 網代笠がどうするのか聞いてきた。ふと浮かび上がってきた疑問を投げ捨てる。ああ、わかってるさ。変な共感や感慨に浸っている場合じゃないな。都合よく手前の柵が壊れているから、壁から岩石を生やして地面までのスロープにしよう。目指すべき場所は決まった。

 

 ――――――あのモスクだ。アレだけの広さがあれば戦闘もやりやすい。目の前の道路でも戦闘出来なくはないが、障害物が少なくて視線が通りすぎるな。横やりが怖い。

 

「よし、町を抜けてあの丘の上を目指すぞ。ここから見える範囲でいいから、たどり着けそうなルートを複数想定しておいてくれ」

 

「キノコッコ」

 

 網代笠からの返事を聞きながら後ろを振り返る。どうやらまだ岩石は全て破壊されていないらしい。今も御神木様が【がんせきふうじ】で新たな岩石を生み出し、隔壁代わりにしている。何枚出したんだろうか。

 

 御神木様にヒメリの実を食べさせた後、そのまま想定通りに【がんせきふうじ】でスロープを作成していく。そのままソリ付きの神輿に全員を乗せた。

 

「シャワワワッ!」

 

「スブッ!」

 

 夕立と大賀がソリ付きの神輿の上から【れいとうビーム】でスロープの表面を凍らせてゆく。良い判断だ。確かにその方が速度が出る。あとはコントロールだが、それはそれで考えがある。コースを作ろう。

 

「左右に氷壁を作ってくれ。ボブスレーの時間だ!」

 

 スロープの中央に一対の氷壁が形成されるのを確認して、大賀以外を全員ソリ付きの神輿に乗せる。

 

「よし、大賀頼むわ」

 

「スブブ」

 

 本来なら俺がやるべきなんだろうが、さっきの足の怪我のせいで普段通りの力は出せない。全身でソリ付きの神輿を押し込み、勢いが出る前に乗るという動作でミスったら拙いんだ。

 

「Tekeli-li!! Tekeli-li!!」

 

 そのままスロープを滑り、勢いが乗り始めた辺りで後方から破砕音と共にショゴスが()()()()()()。ダムの放水を彷彿とさせる勢いで、ショゴスの身体が辺り一面を覆い潰そうとしている。その(おびただ)しい量の目は全てが血走っており、一斉にこちらに向いていた。相変わらずショゴスの口から紡がれる言葉は意味不明だが、呪詛に近い印象を与えられる。

 

「これは、なかなかに……」

 

「クギュル……」

 

 吐き出しかけた言葉を飲み込む。冷や汗と脂汗が浮かび上がって混ざり合いながら背筋を流れた。これは、少々加減を間違えてやり過ぎたっぽいな。こうなると、捕まる前に最大火力で広がった関係で粘体が薄くなっている部分を狙い、穴をブチ開けるしかない。でなければ新鮮な生絞りに加工される。落下が始まる前に、火力を上げろ! 相手に弱所を作れ! 何てことはない、いつも通りだ。

 

 腹と足に力を入れろ。表情を制御して大胆に、不敵に笑え。この程度、対処出来て当たり前だと虚勢を張れ! 指揮をする者が動揺するだなんて許さない。狼狽える動作など認めない。理性で全てに首輪を付けろ。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ははッ、あはははははッ、網代笠と大賀は【ギガドレイン】、御神木様は【のろい】、夕立は【あまごい】!」

 

 ショゴスの身体から緑色の球体が分離するように大量に溢れ出し、網代笠と大賀へ吸収されてゆく。体力が奪われていくのを感じたショゴスが、空中で一瞬硬直した。そのまま悶えるように攻撃範囲が縮まる。それでもまだ、建造物を巻き込みながらこちらへ攻撃可能な範囲を維持していた。やはりそう簡単に逃がす気は無いらしい。

 

 その間に御神木様が力を蓄えるように積み技を重ねる。ふと気が付くと、御神木様が目を鮮やかな緋色に光らせながら、見覚えのない薄いオーラを全身に纏い始めていた。御神木様と目が合う。狂ったようには感じない。多少異様な見かけではあるものの、理性のある目だ。

 

 ――――問題なしと判断。作戦を続行する。

 

 同時に、閉鎖空間の上部からぽつぽつと雨が降り始めた。地面に落ちた雨粒は灰に吸収され、灰はドロドロに溶けていく。強塩基性のセメントモドキだから触れたら厄介な上にへばりつきそうだ。本当ならなるべく触れないで行動したいが……無理だな。なら……最初からソレ前提で動くとしようか。洗い流せる手段があるのだから有効活用すべきだ。

 

「Tekeli-li! Tekeli-li!」

 

 黒白の幾何学模様が刻みこまれた巨大な右腕に変化したショゴスが、手首に金色のリングが付いている巨体を大きく振り上げる。指は3本、指から根本までの大きさはビルと同程度。ひたすらにデカい。

 

 それにしても、コイツはいったいどこでアレを見かけたのだろうか。ショゴスが変化した右腕は、レジギガスの腕に酷似していた。見ただけでわかる。あの指先が掠めただけでも致命傷だ。

 

 だが――――――その変化は、俺達にとって最も都合がいい変化だった。

 

「網代笠、右方、親指に向かってもう一度【ギガドレイン】!」

 

「キノォ!」

 

 巨人が腕を地面に叩きつける勢いで、形成された腕が振り下ろされた。人間的な感性に例えると、地面に居る蚊を上から叩き潰す感覚に近いのだろう。轟音を響かせながら頭上に振り下ろされてくる。

 

 その親指からは生命力が抜け落ち、網代笠へ流れ込む。だが、まだ足りない。

 

「もっと吸い上げ続けろ! 御神木様、右側面へ【タネマシンガン エアバースト】連射!」

 

「クギュルルルルルルゥ!」

 

 右側のどこかに当たればいいとばかりに、精度など気にせず炸裂する種をばら撒くように連射していく。その姿は正しく重機関銃(ヘビーマシンガン)だった。確かに指示したのは俺だが、最早生体が出していい連射速度ではない。射撃の反動でソリが加速していくほどだ。発射された内の数発が指の間をすり抜けたものの、だいたいは手や指のどこかに着弾しては爆発する。

 

 その爆破の衝撃で、大質量の腕がほんの少しだが左側にズレた。それでも親指の直撃コースは免れていない。巨体にも程があるだろうに。

 

「親指第一関節部に【みずのはどう】集中砲火!」

 

「スブブブブブゥ!」

 

「シャワァァアアア!」

 

 大賀と夕立の全身から青白い煙のようなものが溢れた瞬間、それぞれの口から青色と水色が混じり合った光線が衝撃波を伴って、巨大な手の親指の第一関節部に放たれた。

 

「てッ!?!?!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直撃を受けた親指の第一関節部はあらぬ方向へと捻じ曲がり、()()()()()()()()()()()()()。そのまま【タネマシンガン エアバースト】の衝撃を受けて、ボロボロと崩れてゆく。

 

 ――――しかし、それでも間に合わない。親指の完全崩壊よりも先に俺達は超質量に叩き潰されるだろう。もう一手挟み込み、先んじて崩壊させる必要がある。

 

「大賀、アレ叩き割れるか?」

 

「スブ!」

 

 良い返事だ! 力強く声を出した瞬間、大賀が大きくジャンプした。狙うは捻じれた関節部。手段は右腕の一撃!

 

「【てだすけ】を受けて成し遂げてみせろ!」

 

 夕立から放たれた白い光の珠が、空中で大賀を後押しするように包み込んだ。上半身を捻り、大きく弓を引くように右腕を縮めて力を溜める。あとはタイミングだけ。

 

 生物にとって関節部というのは弱所そのものだ。鍛える事など出来ない上に、どうしたって構造的に衝撃に弱く、骨同士の接合部は緩みやすい。スムーズで細やかな動きが行えるようになっているが、一度でも関節が捩じられると一部に極端な負荷が発生するようになる。

 

「【かわらわり】!」

 

「スブブブブッ!」

 

 体勢を整え、最もインパクトが出るタイミングで、溜め込んでいた力を解放するように放たれた大賀のボラード(横殴りの右)は、灰の塊となった親指の関節部を的確に殴りつけ、叩き割って真横に殴り飛ばした。

 

 だから――――ショゴスが粘体を維持したままではこうはならなかった。変化してくれたからこそ、この未来を引っ張りこむことができたんだ。そして、ショゴスが巨大な右腕に変化した理由は【ギガドレイン】だろう。

 

 もしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ、()()()()()()()()()()()()

 

 考えてみれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これ自体は万能性が高い、恐ろしい能力だ。

 

 だが、それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 そう考えると、あのパニックにも説明がつく。

 

 ――――――故に、この結果に対して奇跡という言葉で呼ぶのは不適切だ。これは間違いなく、彼らの手によってもたらされたものなのだから。

 

 これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそが、()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、そうだ。素晴らしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 知ってしまったが故に、諦観の内に壊死するなどあってはならないんだ! どうしようもないモノを知ったとしても、足掻かなければならない。運命を安易に受け入れる必要はないのだから。

 

 この結果を心に刻み付ける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 




なんか激戦が終わったっぽい雰囲気が出てますが、まだ相手の一部を削っただけで相手はピンピンしていたりします。

ボラード(横殴りの右)がどんなパンチかというと、端的に言ってしまえば勢いのあるアンパンチです。フォームがあんな感じで、フックより大振り。

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