起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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今週分です。


83.帰ろう、故郷へ

『つまりですねぇ、この公職追放というのはアーブラウからすれば当然の要求なんですね。何せ戦争を計画し、実行しちゃうような危険な人達なんですから』

 

『要求として過大なものではないと?』

 

『敗戦国に対する処遇としては破格だと私は思いますよ。侵攻していた領土は全て返還。当然ここにはコロニーも含まれています。その上戦後賠償は火星領の譲渡だけですからね。経済損失は正に微々たるものです』

 

『今後の経済発展の足がかりを失ったと言う方もいらっしゃいますが?』

 

『それは勿論その通りです。その通りなんですが、じゃああのまま戦争を続けてそんな条件を引き出せたのか?そこが重要だと私は思いますね。戦争は長引けば長引くだけ相手国の戦費も増大します。それを回収するわけですから請求額は当然増えます。それをこちらの経済も疲弊した状態で支払うのですから今より過酷になるのは間違いありません。その点だけ見れば、引き際として最悪は回避したと考えて良いでしょう』

 

流されている茶番を、俺はのんびりと眺めていた。あの停戦交渉から3週間が過ぎ、俺達の地球からの撤収準備は漸く最終段階に入っている。

 

「なんて言うか、他人事みたいですね。こいつら」

 

横に座って同じくモニターを見ていたユージンが不快そうにそう言葉を漏らした。戦死したフジ・ブルーノは古参の三番隊だった。口数は少ないが優しい奴で、年少組にも慕われている男だった。彼の亡骸と私物は既に纏められていて、ウィル・オー・ウィスプの霊安室に運び込まれている。そんな彼を殺した連中が暢気に語っているのが、ユージンには耐え難いのだろう。

 

「そう仕向けたからな」

 

ぶっちゃけ連日報道されているこんな番組も、大体はアーブラウ経由の情報操作だ。でなければ3週間も前に終わった戦争の事などマスメディアが取り上げる事は無い。

 

「長期的にはともかく、短期的に見れば彼等の生活に影響が出ない範囲で話をつけた。彼等にしてみれば完全に他人事なのだよ。まあ人間なんてそんなものだ」

 

大多数の人間は、自らの生活に影響を及ぼさない事柄に関心を抱き続ける事が難しいし、その事柄について真剣に調べようなんて気にはならない。だからそこに、こうだという正解を用意してやれば簡単にそれを信じてしまう。何故ならそれが真実であろうとなかろうと、自らの生活は変わらないからだ。

 

「そして人間は好き好んで悪者になりたい奴など居ない。だから悪いことをしたのは指導者であって民衆ではないと言う免罪符を与えてしまえば躊躇無く切り捨ててくれる。後は親アーブラウの人員にすげ替えて、段階的に政治から侵食していく」

 

経済圏同士の関税の撤廃や国家間の移動に関する規制の緩和辺りが当面の目標になるだろう。順調に行けば100年もしない内に地球は一つの経済圏に纏まれるのではないだろうか。

 

「…そこまでしてやる義理が俺達にあるんですか?」

 

大いにあるとも。

 

「隣国の政情が安定している事は経済発展において重要な事だぞ。それに統一政府が出来る事は火星にとっても大きなチャンスになる」

 

「チャンス?」

 

怪訝そうな顔をするユージンに、俺は笑いながら答える。

 

「関税を撤廃すれば、流通量は増えて国民は安価に物を手に入れられる。だが同時に保護されていた連中は窮地に立たされると言う事だ。アーブラウなら農業関係者が、他の経済圏なら工業関係者だな。そして火星ではそうした知識層が慢性的に不足している。現状と同じ待遇を提示すれば、喜んで移住してくれるとは思わないか?」

 

勿論各経済圏だって無思慮に実行はしないだろう。けれど行う以上絶対に一定数そうした人間が出てくる。そうした人間を火星で引き取るのだ。経済圏は失業者を減らせる。事業者は職を失わずに済む。そして火星は知識層を手に入れる。誰も損をしない素敵な取引である。まあ、長期的に見れば経済圏は火星という都合の良い輸出先を失う事になるので大損害を受けるわけだが、それに気付くのは身の回りに安い火星製の品があふれ出した頃だろう。

 

「いいかユージン。仲間が殺されて気が立つのは仕方がない。だが、その怒りを相手にぶつけてはいけない。それは戦争ではなく、私闘だ」

 

その感情を否定するつもりは無い。暴力に抗う意思は絶対に必要であり、それに対して怒りを覚えるのは正常な反応でもあるからだ。だが戦争には持ち込むべきでは無い。

 

「戦争は外交の手段であって、好悪で判断するべき事ではない。…ですよね」

 

「解っているなら良い。それと慣れる必要は無いぞ。こんな事に慣れてしまったら、私みたいな駄目な大人になってしまうからな」

 

そうユージンに告げ、俺は視線をモニターへと戻す。相変わらずのプロパガンダ放送を眺めながら、小さく溜息を吐いた。ああ、早く火星に帰りたい。

 

 

 

「貴様の企みは全て白日の下に晒されている。神妙にお縄を頂戴しろ」

 

唐突に告げられた言葉にノブリス・ゴルドンは混乱した。火星の本社オフィス、彼の牙城と言うべき場所に現れたのは、ギャラルホルンの制服に身を包む育ちの良さそうな青年だった。

 

「お待ち下さい。一体何の事でしょうか?」

 

武装した隊員を引き連れて現れた青年に対し、ノブリスは慌てて問いかけた。後ろ暗い事をしてないなどとは言わないが、同時に捕まるような証拠を残す間抜けはしていない。だからこそ彼はそう問い返す。しかしそれは青年の逆鱗に触れた。

 

「面白くない冗談だな。貴様はギャラルホルンを無能の集まりだとでも思っているのか?」

 

獰猛な笑みを浮かべる青年が視線で合図をすると、傍に控えていた男が手にしていた端末を操作しノブリスへ突きつけてきた。そこに表示された数字を見て彼は怪訝な表情を浮かべるが、放たれた言葉に目を見開くことになる。

 

「貴様によって地球圏に密輸されたテイワズ製モビルワーカーの購入履歴だ。輸送業者までテイワズを使ったのは周到だったが、運ぶ荷を偽ったのは失敗だったな?」

 

その言葉で彼は目の前の数字を理解するが、同時に大いに混乱する事になる。確かに青年の言う通り地球圏へモビルワーカーを送る手筈を整えたのは自分だ。しかしそれはテイワズをはめる為にギャラルホルンと共謀した計画であったからだ。当然自分の関わりを隠蔽するために、金銭のやりとりもそれ用のフロント企業を通している。

 

「臨検を受けた輸送業者は素直にこちらに従ったよ。コンテナの中身をこちらが調べるまで、本気でただのバイオ燃料だと信じていたからな」

 

「お待ち下さい。これは何かの行き違いが起きているかと存じます!」

 

ノブリスはそう言うと懸命に思考を巡らせる。直接ここに乗り込んできたと言う事はフロント企業が自分と繋がっていることは露見している。しかし、そもそもフロント企業は普段からこうした場合に備えて切り捨てて自らの保身を図る為に用意していたものである。従業員に関しても、経営層の数名以外は自分達の会社がノブリスと繋がっている事すら知らないし、知っている者達は忠誠心に厚く万一の場合の対応も心得ている。ならばまだ、彼等から自身の無関係を証言させることでギリギリの保身は成せるとノブリスは考えた。

 

「確かに彼等に対し、経営面でのアドバイスや共同で商いをした事はございます。ですが、この件に関して私めは全く関わっておりません。申し訳ありませんが、一度確認させて頂きたく」

 

そうノブリスが頭を下げると、青年は愉快そうに歯を見せて笑うと口を開いた。

 

「成程、確認か。確認は大切だな。では、今すぐ問いただすが良い」

 

「…はい。少々お待ちください」

 

その言葉にノブリスは再び頭を下げると机へと向かい、端末を操作する。数度のコールを経て回線が繋がるのを確認したノブリスは即座に用件を告げようとした瞬間、普段対応する男とは異なる声に止められる。

 

『よお、ゴルドンの旦那かい?』

 

「なっ!?」

 

聞き覚えのある、しかし絶対に今聞くはずの無い声にノブリスは思わず声を上げてしまう。もう一度端末に表示された番号を確認するが、そこに映っているのは間違い無くフロント企業の番号だった。

 

『随分と舐めた真似をしてくれたじゃないの?ウチをはめようなんざ良い度胸じゃねえか』

 

通話相手であるジャスレイ・ドノミコルスの怒気を孕んだ言葉に、ノブリスが返答に窮している間にも事態は進行する。

 

『ここの連中は正直に吐いてくれたぜ?全部お前の指示だってな?こっちは身に覚えのねえ疑いに加えて大事な身内を危うく犯罪者にされるところだった。手前この落とし前、どう付けるつもりだ?あぁ!?』

 

「そ、わた、しは」

 

「どうした、ノブリス・ゴルドン。確認は済んだのかね?私も暇ではないのだが」

 

「お、お待ち、お待ち下さい!」

 

『その様子じゃ、俺達が落とし前を付けさせる時間は無さそうだな。残念だよ。ま、手前が居なくなった後の火星はこっちが上手く仕切ってやるよ。だから安心してくたばりやがれ』

 

その言葉と共に通信は一方的に切断される。同時にこちらへ向けられる一切の温度を失った青年の瞳を見て、現状を打開できない事をノブリスは悟った。

 

「気は済んだかね。では、連れて行け」

 

イオク・クジャンの指示で動くギャラルホルンの隊員達にノブリスは項垂れたまま拘束されると、部屋から連れ出されていった。

 

 

 

 

「商売人が時勢を読み切れなくなっちゃあお終ぇだな?ゴルドンさんよ?」

 

クリュセに構えたオフィスの一室でジャスレイ・ドノミコルスは応接用の机へ脚を投げ出し、手にしたウイスキーグラスを揺らした。グラスの中に注がれているのは、CGSから手に入れたバーボンだ。バイオ燃料の製造検証の最中に偶然出来たなどと連中は嘯いていたが。

 

「叔父貴、例の連中はどうしますか?」

 

テイワズへと寝返ったフロント企業の人間をどうするか。そう尋ねられ、ジャスレイは酒を一口含むと笑いながら答える。

 

「金で靡くような裏切り者なんか信用出来ねえよ。鉱山にでも送っとけ、あっちも人手が足りてねえからな」

 

ハーフメタルと同様に、テイワズが製造している木星メタルの需要も順調に伸びている。当然採掘に必要な人員数も同じように増えている。面倒な人間を送り込むには最適の場所と言えた。

 

「承知しました。…それ、旨いんですか?」

 

その指示に頷いた部下は、楽しそうにグラスを傾けるジャスレイにそう聞いてくる。普段地球で造られている高級酒を愛飲しているのを見慣れているために、粗悪と言っても過言では無いそれを飲んでいる事を不思議に思ったのだろう。ジャスレイは上機嫌で応じる。

 

「樽も悪いし熟成も足りてねぇ、未熟も良いところよ。けどな、未熟ってのはこれから熟すって事でもある。つまりこれからが楽しみな味って訳だ」

 

何もかもが足りていない火星。だがそれは大いに成長の余地を残した状態だと言う事だ。ここに様々なものを注ぎ込めば、それ以上の実りをテイワズに齎すであろう事をジャスレイは確信していた。

 

「悔しいが、名瀬の奴の目も確かだったってこったな。ま、頭に見る目があるって事は良いことだ」

 

そう言ってジャスレイはグラスの中身を流し込む。差し当たり次に出向く時は良い樽を土産にしよう、そんな事を考えながら。




お盆休みは休むと言ったが、更新しないとは言っていない。
さて、この先どうしよう?

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