起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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今週分です。


81.戦争は始めるよりも終わらせる方が難しいものである

「厄介な」

 

地図を睨みながらラスタル・エリオンはそう呟いた。世界大戦が勃発して1ヵ月が経過している。状況はアーブラウが圧倒的に優勢だ。

 

「いや、アーブラウではなくCGSと言うべきか」

 

他の経済圏に比べて練度は高いものの、開戦以降アーブラウ軍の行動と言えばCGSの部隊によって押し上げられた戦線を維持するだけだ。真面に戦闘をした回数など数える程だろう。何しろCGSの部隊が戦闘のイニシアチブを握り続ける為に積極的な攻撃を行っているものだから、それに追随するだけで手いっぱいなのだ。つまりこの戦争をコントロールしているのは現在CGSという事になる。

 

「…都市の一つも落としてくれれば介入のしようもあるのだが」

 

戦力に甚大な被害を受けている各経済圏からギャラルホルンに対し、アーブラウとの停戦交渉を仲介して欲しいという旨の連絡は届いている。だがギャラルホルン内でも意見が割れており交渉の準備は進んでいない。当然である。何しろ戦争を始めた際には内政干渉に当たるとしてアーブラウ側からの要請を蹴っているのだ。立場が逆転しただけで介入などすればギャラルホルンの公平性という建前は今度こそ完全に崩れ去る。もし仮にアーブラウ軍が民間人に被害の出る様な行動をしていれば言い訳も出来るが、彼らは徹底して軍のみを標的に行動しているためそれも難しい。

 

(ガラン達をアーブラウから離したのは失敗だったか)

 

彼らが居ればアーブラウ軍として適当な都市を襲撃させることも出来たが、現在彼らは潜伏中である。アーブラウに売り込むのはリスクが高いし、かと言って他の経済圏ではCGSとやり合う事になる。ガラン達の技量は高いが、これまでの報告を見る限りCGSのそれは確実に上を行っている。彼らの隙をついてアーブラウ側の都市を襲撃する事はまず不可能だろうというのが、ラスタルとガランの共通した認識だった。

 

「イシュー家は中立の立場を取っているが、心情的にはCGS寄りだろう。それに火星にも連中は十分戦力を残している」

 

ならば火星で混乱を起こしCGSの戦力を引き揚げさせるという手も脳裏を過るが即座に否定する。地球で確認されている機体は38機であり、火星にはまだ10機以上のMSが残っている上、その中にはガンダムフレームも含まれているからだ。第一混乱を起こそうと画策したところでイシュー家が同調するとはラスタルには思えなかった。

 

「目標を修正する必要があるか」

 

彼は当初、穏当なギャラルホルンの改革と現世界秩序の維持を目標としていた。実のところマクギリス・ファリドが予想していた様な権力に対する欲求は希薄で、寧ろ古臭い血統主義によって自分が重大な決定権を持つという重責が億劫とすら考えていた。もっと言えば、それによって重要な地位を占める無能の尻拭いに辟易しているというのが最大の行動原理であったが。

 

「既に世界秩序は変わりつつあり、ギャラルホルンの立ち位置も変容している」

 

特に現在紛糾している問題が、ファルク家とバクラザン家から流出したMSの存在だ。廃棄申請をしたMSを私物化するなどどの家でも行われている公然の秘密である――そもそも300年前のMSが平然と動くのだ、戦後に製造された機体が廃棄せねばならぬほど損壊するなどまずあり得ない――が、当然ギャラルホルンの理念や倫理からすれば言語道断と言うべき行いだ。あろうことか両家はリアクターの偽装どころか機体そのものまでそのまま提供していた為に、不審な機体を発見したと完全に善意からの通報を受けては動かざるを得ない。結果、監査局から両家は厳しい追及を受けているが、それが他家に波及するのは時間の問題だろう。そうなればセブンスターズの支配体制にも罅が入る事は想像に難くない。

 

「統治者を気取るにはギャラルホルンは些か腐り過ぎた。この辺りが人の限界なのだろうな」

 

背もたれへと身を預け、ラスタルは目を閉じる。その思考は既に戦後に向けて動き出していた。

 

 

 

 

「また降伏かよ?」

 

手にしていた槍の石突を地面に突き立てるとダンジは口を尖らせた。彼の前には3機のフレックグレイズが地面に膝をつき、白旗を掲げていた。

 

『機体から降りて地面に伏せろ!』

 

『ダンジ、ガットのカバーに入れ』

 

「了解です」

 

ディノスからの通信に短く答え、ダンジは機体を慎重に進ませた。降伏した敵パイロットを拘束する必要があるが、この瞬間が最も緊張するやり取りだった。

 

『…大丈夫だな』

 

少し硬い声音でガットがそう呟き信号弾を放つ。暫くするとアーブラウのモビルワーカーに護衛されたトラックが近づいてきて、そこから兵隊が吐き出される。順調に拘束され後方へと帰っていく彼らを見送りながら、ダンジは安堵の溜息を吐いた。

 

「今回も無事に終わりましたね」

 

『ああ、毎回こうだと良いんだがな』

 

MSのパイロットとしては規格外を誇るCGSの社員達であるが、彼らは決して無敵の存在ではない。生身でも優秀ではあるのだが、それでもライフル弾に耐えられるような肉体は持ち合わせていないのだ。そして寡兵である事に注目した敵軍は彼らをMSから降ろして殺傷しようと考える。降伏するふりをして機体から誘い出し狙撃する。ササイ隊がそんな攻撃を受け、この戦争で初めての犠牲者を出していた。以後どのような場合でも戦場でMSから降りる事は禁止されている。とは言え降伏してくる敵兵を無視するわけにもいかないため、現在はアーブラウ軍に協力してもらっている。

 

『降伏後の拘束と移送までは全てアーブラウにやってもらえるよう動いてはいるらしいぞ。正直MSは勿体ないけどな』

 

戦地で鹵獲した機体に関しては、CGSの取り分とする事に契約上なっている。しかし、降伏した機体を一々移動させていては部隊の侵攻速度が鈍化してしまう事から、アーブラウにそのまま販売するという契約に変更されていた。相場よりも割高であるとはいえ、CGSにとっても無傷のリアクターは手放し難い資源だった。

 

『どちらにせよ後1ヵ月も続かんだろうさ。もう敵さんは100機以上喪失しているんだ。士気もガタガタだしな』

 

楽観的な感想を述べるディノスに対しダンジは頷いた。正面からの戦いは圧倒しているし、打開の方法が思いつかないからこそ偽の降伏などで騙し討ちをしようとするのだ。油断はすべきではないが、ある程度緊張もほぐさなければ精神的に追い詰められて正常な判断を下せなくなってしまう。

 

『それまでは精々稼がせて貰うとしようぜ。後輩も随分膨れてきてるみたいだしな』

 

それに乗る形でガットが応えた。敵は戦力を確保するために随分と傭兵なども雇っていた。尤もそれらは少し前まで海賊を名乗っていたような連中であり、陣容もそれに倣っている。これに加えて敵対国家の反政府組織がCGSに接触を図ってきているのだが、こちらも非合法組織の名に恥じない人員構成だ。当然それらは指揮を執っているCGSの相談役の逆鱗に触れ、いつも通りの対応をされている(海賊と同じ末路を辿っている)。お陰で火星に帰るには輸送船を買う必要がありそうだとトドとビスケットが笑いながら話していた。そんな事を思い出し、ダンジは少しだけ笑顔になると息を小さく吐き出しつつ、少しだけ首をひねった。

 

ギャラルホルンはいつまで大人しくしているつもりなのだろう?

 

 

 

 

「既に大勢は決しています。これ以上の攻撃は地球圏秩序に対する明確な脅威であると考えます」

 

真剣な表情でそう訴えるエレク・ファルクに対し、表面上は微笑みを崩さぬままマクギリスは口を開いた。

 

「些か発言が飛躍してはいませんか、ファルク公。確かに現在アーブラウは優勢に事態を進めています。ですがそれが地球圏の脅威であるとは私には思えません」

 

「それはファリド公の経験が浅いからではないですかな?」

 

「左様ですな。傭兵などという粗暴な輩が相手の兵力を奪った後に行うことなど明白ではありませんか!」

 

好き勝手なことを宣うファルク公とバクラザン公に対して思わず出てしまった冷笑を組んだ手で隠しながら言葉を紡ぐ。

 

「彼らの倫理観についてはイシュー公やクジャン公が担保してくれているものと考えますが」

 

「残念ですがお二人とも武門に相応しい性根の持ち主です。狡猾な連中相手に真意を見極める事は不得手でしょう」

 

悲し気な表情でそうファルク公は首を振る。その意見自体には同様の思いであったが、そんな事はおくびにも出さずにマクギリスはむしろ顔を顰めて見せた。

 

「直接言葉を交わした二人よりも、言葉どころか会ったこともない両公の方が正確に彼らを判断できると仰るのですね?さすがは老練なファルク公とバクラザン公。私もその様な見識を身に着けたいものです」

 

解りやすい皮肉にファルク公は一瞬顔を顰めるが、バクラザン公は好々爺然とした笑い声を上げて見せると口を開いた。

 

「長く当主をしていると見えるものもあるのですよ。なに、齢をくえば皆こうなるのです」

 

「成程、勉強になります。そのお二人からするとアーブラウは地球圏の秩序を脅かす存在であるわけですね?」

 

「少しだけ誤解しておりますな、我々はアーブラウではなく彼らを隠れ蓑にしたCGSが危険であると考えております」

 

警戒すべき相手の矛先を変えるべく発した言葉は即座に否定される。その間にもマクギリスの頭脳は高速で情報を精査していた。現在の戦局はアーブラウが極めて優勢である。既に停戦に合意すれば十分な賠償をもぎ取れる程度には勝利を重ねているが、アーブラウ側は一切それらに応じていない。何故なら他の経済圏はアーブラウの存続を無意識に容認していたが、アーブラウ側は他の経済圏の存続を許していないからだ。ある意味それは当然の思考であるとマクギリスは考える。本来の戦力でぶつかれば、勝利するのは3つの経済圏の方だった。仮にここで手打ちにしたところで、火星とのつながりが深いアーブラウが独走を続ければ、戦力が整い次第同じことが繰り返される可能性は極めて高い。そしてCGSというイレギュラーから見限られた瞬間、アーブラウは他の経済圏の搾取対象に落ちる事が決まっているのだ。つまり他の経済圏からすれば単なる経済戦争の延長であるが、アーブラウにしてみれば国家のその後を左右する生存闘争になってしまっているのだ。中途半端な妥協はそれこそアーブラウが敗北するまで戦争を繰り返される危険を孕んでいる。

 

(結局のところ既得権益が惜しいだけだなのだろう?老害共)

 

穏やかな表情の裏で嫌悪感も露にマクギリスは内心吐き捨てる。このまま戦争を続けさせるという事は世界の統一、即ち3つの経済圏の消失を意味する。当然、仮想敵国を失えば軍縮が行われるだろうし、ギャラルホルンの発言力も低下する事は間違いない。

 

(少々追い詰め過ぎたか)

 

MSの不正供与の疑いがかけられている両家は既にギャラルホルン内でも苦しい立場に置かれている。ここで経済圏との繋がりが断たれれば挽回する事は極めて困難だ。どうするべきか悩むマクギリスをフォローしたのは、珍しくヴィーンゴールヴに顔を出していたラスタル・エリオンだった。

 

「私としては、この戦いは止めるべきではないと考えます」

 

明確な戦争肯定の言葉に全員が目を見開く。その視線を受けつつ、ラスタル・エリオンは持論を展開した。

 

「無論略奪や民間人への被害は十分に警戒すべきです。ヴィーンゴールヴの地上戦力だけでなく地球外縁軌道統制統合艦隊からの監視及び即応態勢の用意が必要であるとも考えます。ですが、同時にこの戦争は最後までやらせるべきでしょう」

 

「正気ですか、エリオン公!?」

 

悲鳴じみた声で問うファルク公に対し、ラスタル・エリオンは真剣な表情で頷くと言葉を続ける。

 

「戦局はご存知の通りアーブラウが圧倒的に優勢です。1年と掛からずに全面降伏まで持ち込めるでしょう。そうなれば現在分断されている各経済圏は一つにまとまる事になる。無論それは非常に緩い結束でしょうが、それでも人類は初めて世界統一国家を手に入れるのです。それが今後どれだけの価値を持つか、聡明な両公ならばお判りでしょう?」

 

統一国家樹立による国家間対立を軸とした紛争機会の消失。ここで止めるならば確実に継続しうるそれが失われる事は、極めて大きな意味を持つ。

 

「申し訳ないが、その想定は些か理想に過ぎるのではないかな?アーブラウが他の経済圏を蔑ろにしないという保証は何処にもない」

 

バクラザン公が眉を寄せながらそう問うが、ラスタル・エリオンは笑いながら応じる。

 

「それこそ我々の出番ではないですか。不当な弾圧に武力はつきものです。当然、世界の監視者である我々が掣肘する必要がありましょう。そして国家間紛争の可能性の方が遥かに高い。ならばこの変革は止めるべきでは無い。如何か?」

 

『賛同致します。既にCGSは弱者救済という点において多くの実績を出しております。此度の戦争においてもその行動理念は揺らいでおりません。ならば今こそが最良の転換点であると愚考致します』

 

『あくまで監視は必要であると考えますが、私もクジャン公と同意見です。長期に渡る社会不安は早期に払しょくされるべきだと』

 

即座に声を上げたのはイオク・クジャンだった。更にカルタ・イシューが続いたことでセブンスターズの意思は決定される。

 

「ではその様に」

 

短くマクギリスが口を開き皆が頷き合う。尤も、ファルク公とバクラザン公は苦虫を嚙み潰したような表情であったが。アーブラウから各経済圏に対し、無条件降伏が打診されたのはそれから1週間後の事だった。




肉オジさん、妥協する。

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