起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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79.戦争において当事者は短期決戦を夢想するが、成功させることは至難である

「本当にあっさり奪えちゃったよ」

 

コロニーの制圧が完了し、母艦へ帰還したビトーは困惑と喜悦の入り混じった声音でそう口にした。地球圏にたどり着くやアーブラウとの交渉を纏めた相談役が最初に発した命令は、各経済圏が保有しているコロニーの制圧だった。しかもそれぞれに艦艇1隻とMS5機のみで同時に襲撃をかけるという傍から聞けば頭を疑うような無謀とも言える内容だった。当然艦隊を預かっていたユージンから否定的な意見が発せられたが、相談役は笑いながらその懸念を切って捨てた。

 

「各経済圏のパイロットの練度はかなり低い、阿頼耶識もないしな。ついでに言えばコロニーに駐留しているのは労働者層に対する示威目的が強いから数も少なく士気も低い。何せどこの経済圏も主戦場である地球の正面戦力を充実させるために使える連中は限界まで地球に降ろしているからな」

 

「何を根拠にそう言っているんです?」

 

ユージンの問いに相談役は楽しそうに答える。

 

「経験則というやつだな。そもそも使える戦力が残っているなら地球外縁に我々が到達した時点で迎撃なりなんなりしている。ついでに私ならアーブラウのコロニーを襲撃しているな、あそこの食料を確保出来れば本国からの補給を減らせるし、何よりアーブラウの食料供給にダメージを与えられる。にもかかわらずコロニーどころか輸送航路すら襲撃されていないのは、連中がコロニーに引きこもっているからだ」

 

「つまり襲撃するだけの練度が無いってことですか?」

 

「そうだ。加えてユージン、各経済圏は今回の戦争をどう決着させるつもりだと思う?」

 

その問いにユージンは腕を組み、しばし考えると口を開いた。

 

「今回の戦争はアーブラウの一人勝ちを潰すってのが目的なんですよね?じゃあ、戦力で上回ってますから、同数の戦力を前線に張り付けて相手を拘束しているうちに主要な工業都市に襲撃をかけます。MSが1機でも入りこめればやりたい放題ですから。そんで撤兵を条件に穀倉地帯の割譲を要求します」

 

「それは何故だ?」

 

ユージンの回答に相談役は笑顔を崩さぬまま再び問いかける。

 

「戦争は金が掛かるからです。武器弾薬の多くを購入に頼っているSAUやアフリカユニオンは長引くほどアーブラウより戦費がかさみます。だから金を理由に戦争をするなら長期戦は避けたいんじゃないかと。工業地帯や資源地帯を割譲要求しても、それが生命線のアーブラウに受け入れさせるには圧倒的な優勢が必要になると思います。けれど比較的損失が低くて済む穀倉地帯の割譲なら、戦争を終わらせられるならと承知するかなと」

 

「経済損失が低ければ、一人勝ちを阻めないぞ?」

 

「そうですかね?今後経済発展をしていくとして、手に入る領地や資源は工業に傾いています。何しろ工場の方が作る場所を選びませんから。対して農地は違います。火星ですらあの大騒ぎですよ?コロニーを造って土入れれば終わり、なんて訳にはいかないでしょう。そう考えれば長期的に見て既存の好適地を確保しておくのは大きなカードになります」

 

ユージンの答えに相談役は満面の笑みで頷いた。

 

「大変宜しい。つまり敵はアーブラウを潰そうという気は更々なく、しかも金をかけない短期決戦で済ませようとしている訳だ。だから宇宙にはコロニーの守備隊しか残していないし、その戦力がお粗末でもなんとかなると考えている。何故ならアーブラウも本国が攻められている状況で有力な戦力をコロニー襲撃に送り出せないからな。各コロニーに戦力が居ると言うだけでアーブラウ側の宇宙戦力を拘束できる訳だ。だが、残念なことにここに我々が居る」

 

そう嗤った相談役の顔は、まるで獲物を呑み込もうとしている蛇のようだった。

 

『ビトー、補給が終わり次第もう一度出撃だ。コロニー内にMSを入れてくれ。残存部隊が立て籠もってる』

 

機体のチェックをしつつそんな事を思い出していたビトーに、オペレーターからそう指示が入る。

 

「残ってんのってモビルワーカーだけだろ?しぶといなぁ」

 

『簡単に諦めたら本国でどんな扱いを受けるか解らないだろうからな。徹底して粘ったって証拠が欲しいんだろう。ま、そんなのに付き合ってやる必要はないからな。MSを入れて脅しつける』

 

既に戦闘用MSは全て行動不能にしているし、作業用機もトリモチで拘束済みだ。

 

「かわいそうだね、無能な指揮官の下に居る兵隊ってのはさ」

 

 

口調は軽いもののビトーの表情は優れなかった。MSとモビルワーカーでは覆し難い戦力差が存在する。自軍のMSが戦闘不能になった時点で降伏しないという事は、兵士がそれら絶望的な戦力でMSに挑まねばならないという事だ。これで自分達が海賊であったならその選択も理解できない訳ではない。文字通り根こそぎ奪い尽くす海賊相手に降伏は無意味だからだ。けれど雇われの身とは言え、れっきとした軍隊相手にそれはあり得ない。では何故そんな選択をするのかと言えば、オペレーターが言う通り、上官が自身の失態を最小限に抑えるためなのだろう。最後まで戦って見せたという事実を作る為だけに兵士は無謀な戦いに駆り出されているのだ。

 

(結局何処でも弱い奴が割を食う)

 

ほんの少し前まで、ビトーもそれが普通だと思っていた。圏外圏は地球より遥かに解りやすい暴力という強弱に支配されていた。だから強い奴が何をしても許される。だからビトーも強くなりたかった。けれど今のビトーは本当に強い奴を知っている。

 

「補給完了。スコル・ロディ、ビトー・アルトランド。出るぜ!」

 

本当に強い奴らは、弱い奴からただ奪うなんて馬鹿はしない。そんな獣みたいな生き方では、何処かで行き詰まる事を知っているからだ。彼らは弱い奴でも活躍できる方法を考え出して、奪うのではなく皆でもっと大きな収穫を創り出す。だから。

 

「殺さねえし、死なせねえ。俺だって、強くなるんだ」

 

ビトーはそう呟き、機体をコロニーへと加速させた。

 

 

 

 

『せ、宣戦布告!?どういう事ですか!?』

 

「どういう事も何も、そのままの意味じゃよ。こんな事になって残念じゃ」

 

顎髭を扱きながら、蒔苗は通信相手であるオセアニア連邦大使に聞こえるよう溜息を吐いた。

 

『我が国はこれまでアーブラウと協調路線を取ってきました。それが一体どうして!』

 

「それを儂に言わせるのかね?開戦以降再三にわたってお願いしている国境沿いの部隊撤収の件。誠意ある盟友相手のそれには儂には見えんの。まあ、貴国と我が国の間には軍事同盟は存在せぬし、類する条約も存在せん。ならばそちらがそちらの思う通り動くのであれば、こちらとてやりやすいように動かせてもらうとも」

 

『そ、それはアフリカユニオンの侵攻に対する備えです。我々にアーブラウ侵攻の意図などありません!』

 

悲鳴じみた声音で弁明する大使の台詞を聞きつつ、蒔苗は皮肉気に頬を歪めた。そんな物言いが通用すると思われるとは自分は随分と耄碌しているように見えるらしい。

 

(いや、否定できんか)

 

事実SAUとアフリカユニオンの宣戦布告を読み切れず、オセアニア連邦が名ばかりの中立を取るなどという状況を想定していなかった。ならば通信相手の大使を笑う事は自分には出来まい。

 

「それはそうだろうの。侵攻せずともアーブラウは疲弊し、攻め込んだ両国とて傷は負う。高みの見物を洒落込んだオセアニア連邦のみが無傷で済む。これで沈黙の代わりに係争地の一つも手に入れば正に濡れ手に粟じゃからのう?」

 

蒔苗の言葉に大使は沈黙する。オセアニア連邦の意図がどうであれ、戦後そうなる可能性は確かに存在するからだ。

 

「不義理だなんだとは言わんよ、国家に真の友人は存在せんのだからな。なので貴国がそうするように我が国も自国の利益を最優先とさせてもらう」

 

『お待ちください蒔苗氏、どうか、お考え直しをっ』

 

「残念じゃったのう。もう既に議会が承認済みじゃよ、次に会えるのは停戦交渉かの。お互い、生き延びられるとよいの?」

 

そう言って蒔苗は通信を一方的に切ると外務官へ連絡し、オセアニア連邦へ宣戦布告を行う。その確認が取れ次第、直ぐに通信機を操作し、宣戦布告の元凶となった男を呼び出した。

 

「ああ、儂じゃよ。今宣戦布告を行ったぞ」

 

 

 

 

蒔苗氏からの通信を受けた俺は、即座にハンドサインで作戦開始を告げる。真剣な表情でそれを見ていたタカキが通信機を操作し、待機していた部隊へ攻撃指示を送る。タイミング的に他の2国のコロニー制圧の情報は入っているだろうから、多少抵抗は激しくなるかもしれない。まあそれも想定して第二部隊は2隻編成だから何とかなるだろう。あの隊にはチャドもダンテも居るしな。

 

「マさん。前線のハエダ隊からです。襲撃は成功、ただし行動不能は1機のみだそうです」

 

「了解した、無理せず下がるように伝えてくれ」

 

同じく通信機に噛り付いているビスケットからの報告に返しつつ、手元のタブレットに表示した地図に報告内容を書き込む。流石に三日目ともなると迎撃態勢が整いつつあるな。

 

「殺しちまった方が早くねぇかい?」

 

消耗品の手配を一手に引き受ける羽目になったトドが若干据わりかけた目でそう提案してくる。気持ちは解らんでもないが却下だ。

 

「面倒ではあるがあまり人死にを出すわけにはいかんのだよ。今後に差し障る」

 

戦争をしているのに何を悠長なと思うかもしれない。だがそれは、ちゃんとした戦争に対する理解と認識が教育されていて初めて罷り通る正しさなのだ。この世界の住人、特に地球に住む彼らは戦争を放り出して蓋をした人々だ。流石に指導者層には戦争が外交手段の一つであるという認識くらいは残っているが、大多数の国民はそうではない。突然現れた戦争という非日常で家族や親しい人間を奪われた際、その憎しみの矛先は必ず奪った敵へと向く。それ自体がおかしいとは言わないが、戦争がそういう物であり好悪とは別の判断基準で命のやり取りをしていると認識出来ているかいないかは致命的なまでに感情の差を生み出す。仮にここで遠慮呵責なく殺しまくったら、例えこの戦争に勝っても直ぐに次の戦争が怨恨によって引き起こされるだろう。

 

「根絶やしにするなら遠慮はいらんが、トドさんとしてはそちらの方が好みかな?」

 

「その言い方は狡いぜマっさん」

 

俺が聞き返すと溜息を吐きながらトドは頭を掻いて作業に戻る。悪いね、甘えて良いと言われたからには全力で甘えさせて貰う。

 

「第二部隊から連絡です!オセアニア連邦軍と交戦を開始!敵の抵抗は軽微だそうです!」

 

「大変結構」

 

短期決戦を想定するのは悪いとは言わない。誰だって総力戦なんか続けたいもんじゃないからな。だが自軍の生命線である工業地帯の防備を怠るのは頂けないね。奪ってくれと言っているようなものだぞ?

 

「降ろしたスコルの準備はどうなっている?」

 

「2機が整備完了、午前中にはもう1機終わる見込みです。残り2機は今日中とのことです」

 

「3機目の準備が出来次第ハエダ隊を下がらせる。スコル隊はガットとディノス、それからダンジだ。スコルは初めての地球だからな。最初は慣らす位でいい」

 

「了解です」

 

おっと、一応注意しておくか。

 

「ただしコロニーの制圧が伝われば敵が無理攻めをしてくる可能性がある。ササイ隊に後詰はさせるが、国境沿いのアーブラウ軍は別戦線に移動を開始している。当てにするな。優先順位は理解できているな?」

 

「仲間の命で次がアーブラウ、そんで最後が敵ですよね」

 

すぐに答えるダンジに頷いて見せる。よしよし、ちゃんと覚えているな。

 

「宜しい、特にダンジ。お前さんは若いからまだまだ働いてもらわねばならん。こんなつまらん戦争で死ぬなんて許さんからな。絶対に帰ってこい」

 

俺の言葉に力強く頷くと、ダンジは駆け足で部屋から出ていく。それを見送りながら、俺はゆっくりと息を吸い、呟いた。

 

「さて、地球人諸君。戦争を教えてやろう」


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