起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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今週分です。


78.仲間であるからと言って皆が同じ目標を目指しているとは限らない

「随分と思い切ったな。大丈夫なのか?」

 

「私もボードウィン三佐の意見に同意します。少々性急に事を運びすぎているのでは?」

 

「その自覚はある。だが、それでもこの変化に応じる必要があると私は考える」

 

監査局の執務室、そこに集まった数名の仲間を見ながらマクギリス・ファリドはしっかりと言い切った。

 

「このタイミングを逃せばギャラルホルンの改革はなっても一新する事は叶わない。一時的な健全化は可能だろうが、エリオン公の目指す内容では根本的な解決に結びつくことはないだろう」

 

「家名や出自に囚われぬ人事、それだけでは不十分だとお前は言うのか?」

 

ガエリオの問いにマクギリスは頷く。

 

「そうだ。仮に今エリオン公の言うそれが実現したとしても、ギャラルホルンは変わらないだろう」

 

「何故そう言い切れる?」

 

「単純な話だ。現在のギャラルホルンに民主的な代表指名制を持ち込んでも、家名の代わりにただの人気投票になるだけだ。そして往々にして人気者とは有権者に利益をもたらす者、つまり現状で言えば最も大きな利益基盤を持っているセブンスターズの面々という事になる。そうした根底が覆されない限り、ギャラルホルンはいずれまた腐敗する。家名だけで意思決定機関が固定されている今よりは多少マシかもしれないがね」

 

「そこまで隊員達の意識が低いとは考えたくないが」

 

そう返すガエリオにマクギリスは頭を振って見せる。

 

「最上位たるセブンスターズが腐っているんだ、その下が真面でいられると考えるのは楽観が過ぎる。そもそも、既にテストは済んでいる」

 

「テスト?」

 

「ルシフェルだ。バエルの模造品などを造って人気取りをしようなどという浅はかな行為にもかかわらず、それを諫言した者もいなければ、堂々と乗り回しても不満を口にする者すらいない。ギャラルホルンの理念に対し敬意を持っているならば、形だけの人気取りなど諫めて然るべきだろう?」

 

「それは、そうかもしれんが…」

 

言い淀むガエリオにマクギリスは眉を寄せながら言葉を続ける。

 

「運営方式を入れ替えた程度で腐敗が収まるならば人類はとうの昔に腐敗と無縁の政府を構築しているさ。第一代表指名制をとっている各経済圏とて汚職を無くせていない。真似たところで同じ結果になるのは明らかだよ」

 

「ならばお前はどうすると言うんだ?」

 

「ギャラルホルンの正しい在り方、それは既に設立当初に示されていると私は考えている」

 

「何?」

 

「考えてみろ、ガエリオ。我々セブンスターズは今でこそ名門と謳われているが、厄祭戦前はどこの誰だった?そして、創始者にして最大の功労者であるはずのカイエル家が何故存在しない?」

 

最後には神格化の域にまで達していたアグニカ・カイエル。厄祭戦における人類の頂点たる男の家が存在しない。当然ギャラルホルン内にはそれらしい家が残らなかった理由が記録されている。その中で最も支持されている内容は、アグニカ自身がそれを拒んだからだとするものだ。圧倒的な功績とカリスマ、二つを併せ持ったアグニカ・カイエルはギャラルホルンが自身の私兵となる事を避けるために、自ら指導者の地位を捨てたのだというものだ。

 

「ガンダムを任されていたとはいえ、我々の先祖はただの1パイロットに過ぎなかった。そして彼らの意見が尊重されたのは、MAを討伐する上でそれが効率的であったからだ。ならば再びその脅威が顕在化しつつある現状、我々は過去の功績などを考慮せず、純粋な武力によって指導者を選定すべきだ。そしてそれらは組織の運営には関わらない。政治と力を分離し、双方で監視し合う体制。それこそが次世代のギャラルホルンの在り方だと私は考える」

 

指導者が方針を決定し、運営者がそれに従い組織を経営する。権力を細分化する事、そして経営者から武力を取り上げる事で組織内の専横を防ぐ。言ってしまえば彼の考えは、現在の地球圏の情勢をギャラルホルン内にも作り出すというものだ。

 

「随分と思い切った方針だな、そんな事が本当に出来るのか?」

 

「出来るさ、なんなら人類は300年も前にそれを実現している。つまりこの方法でも指導者と経営者が癒着してしまえば腐敗は避けられないという事だな」

 

遠慮のないマクギリスの言葉にガエリオがため息を吐く。

 

「つまりどうあっても組織が腐敗から逃れる術はないという事か」

 

「欲望を持つ人間が利便性を求めて作り出すのが組織だからな、そこを覆す事は難しい。だが現在や改革派の提示する民主化よりも権力が集中しない分長持ちくらいはするだろう。それに実力主義を持ち込むならばエリオン公の改革派ともすり合わせる事も出来る」

 

「確かに保守派と違って彼らは組織の健全化に前向きだからな」

 

(尤もそれは、ラスタル・エリオンに野心が無ければという前提がつくがね)

 

ガエリオの言葉に頷きつつ、マクギリスは内心でそう付け加える。そしてその可能性が限りなく低いとも彼は考えていた。

 

(ギャラルホルンの民主化。題目こそ美しいが、果たしてその中身はどうかな?)

 

家格による不当な扱いの是正、実力のみを判断基準とした役職の任命。成程異議の挟みようのない真っ当な正論だ。さぞかし多くの人間の支持を得られることだろう。それこそ代表者指名の際にはこれまでの席次など関係なく選ばれる程に。セブンスターズは合議制であるが、決して全員が平等の立場にあるわけではない。特に最も実力と人望を集めながら、席次を理由に頭を抑え続けられていたエリオン家は随分と思うところがあるだろう。つまりラスタル・エリオンは自身がギャラルホルンの頂点に立つ手段として民主化を望んだのではないかという事だ。

 

(おまけに一度は出し抜かれかけている。油断はするまい)

 

彼の義父であったイズナリオは最も低い席次にありながら、ボードウィン家との政略結婚で確実な仲間を増やしつつ、イシュー家のカルタを押さえる事で第一席の発言にも影響を及ぼせる状況を整えた。人間としては何度殺しても飽き足りない相手であるが、その点だけは評価するべきだろうとマクギリスは考える。そしてこの状況こそ、彼の本当の願いを叶える最大の好機であるとも。

 

(ギャラルホルンが欲しいと言うならくれてやる、ラスタル・エリオン。だがバエルは渡さない)

 

いつも通りの笑顔の下で、彼は固く決意するのだった。

 

 

 

 

「話が違うではないですか!?」

 

前線から届けられる数々の凶報に耐え切れなくなったSAU代表は非公式の回線を用いて相手へと抗議の声を放った。

 

「投入できるMSの数はこちらが上、ならば前線で同数を拘束し、その間に少数を突破させ後方の都市機能を麻痺させる。そういう手筈でしたな?なのにこれはどういう事です!?」

 

三つの経済圏が共謀してのアーブラウ包囲網。開戦から一週間は確かに想定通りに推移していた。事態が急変したのはたった二日前からだ。それまで此方の思惑通りにらみ合いに応じていたアーブラウから少数のMS部隊が攻勢に出てきたのだ。オレンジと白のツートンカラーに塗られた重装甲のロディ・フレーム。花をモチーフにしたと思しき赤いエンブレムを身に着けた僅か6機のMSは、前線に現れると同時にSAU側のMS部隊を瞬く間に撃破、戦線を押し上げると即座に離脱していった。問題は、この二日間でそれが10回以上繰り返されており、SAU側のMSが次々と使用不能にされている点である。

 

『戦場において想定外の事とは起こりうるものですよ』

 

そう応じる通信相手にSAU代表は憤りを覚えた。これまでの襲撃で使用不能になったMSは10機になる。数字は小さく見えるがそれは間違いだ。何しろSAUは国家全体で保有するMSの数が500に届かないのだ。しかもこれは作業用などに改造されているものを含めた数字であり、更に戦闘用かつ完全にSAUが統制している戦力となれば300を切ってしまう。その虎の子であるMSを僅か2日で10機も失ったことは、極めて重大な損害と言えるだろう。故に彼の言葉に皮肉が交じった事は致し方のない事だろう。それが相手に通用するかは別として。

 

「成程、この程度は想定内という事ですかな?では、私が次に発する言葉も想像出来ておられるのでしょうな?」

 

『勿論ですとも。ですが私共の懐も無限と言うわけではない。簡単に渡せるなどとは思っていただきたくありませんな?』

 

追加の戦力補充の要求に対し、通信相手であるエレク・ファルクは多分に嘲りの含まれた声音で言い返して来る。それは厳然たる事実であるのだが、今この時においては商品の値を吊り上げる性悪な商人の言葉でしかなかった。ギャラルホルンにおいて、かつてガンダムフレームを駆っていた名家は独自の戦力を保有する事が許されている。セブンスターズともなればその数は文字通り一国に匹敵する規模になるが、その枠が完全に充足する事はごく稀だ。維持費も要因の一つであるが、何より喪失する機体があるために大抵の家では補充と喪失が釣り合ってしまうからだ。特にバクラザン家とファルク家はその傾向が顕著で、年に数機が失われている。尤も代替わり後のイシュー家のように、順調に数を増やしている家もあるのだが。そしてこの失われた機体がどうなっているかと言えば、公式には存在しない彼らの私兵や表向き繋がりのない武装勢力の貴重な戦力として運用されている。当然彼らの類まれな政治手腕によってリアクターの固有波形もデータベースから抹消済みであるから、万一の場合であってもそ知らぬふりを決め込めるという寸法だ。今回の戦争に際しても、そうした機体を随分とSAUやアフリカユニオンは買い付けて戦力を増強していたのだが。

 

「足元を見るつもりかな?此方は告発しても良いのだぞ!?」

 

『驚きましたな、何の証拠もないと言うのに告発?それもセブンスターズを?どうやら貴方を見誤っていたようですな。もう少し小心な方だと考えていたのですが、素晴らしい勇気をお持ちだ。この期に及んでギャラルホルンまで敵に回す気概がおありとは』

 

「っ!」

 

その言葉にSAU代表は息を吞む。ギャラルホルン内部が幾つかの派に分かれていることまでは知っていたが、それがどの程度の確執なのかまでは確認が取れていなかったからだ。その分裂が軽度なものであるならば、ファルク公の言う通り明確な証拠のない弾劾など、ギャラルホルンに対する侮辱と取られてもおかしくはない。そうなれば関係が悪化する事は間違い無いし、間違い無く今の話し相手は過去の取引を知っている自分を処分するべく動くだろう。

 

「…出来る限り急いで頂きたい。貴方がたとしてもアーブラウ一強となる状況は歓迎出来ないはず――」

 

そう言い切る前に胸元の端末が震え着信を告げる。即座に秘匿通信をミュートに変更すると、代表は苛立たしげに端末を取り出す。ディスプレイに表示されているのは彼の秘書だった。

 

「どうした?緊急の用件以外では連絡を控えるようにと言ったはずだぞ?」

 

苛立ちを隠さずにそう告げた彼の表情は、秘書の言葉で驚愕へと変貌する。

 

『申し訳ありません、しかし事態は緊急を要するかと。先ほど我がSAUのコロニーがアーブラウの傭兵部隊によって制圧されました。配備されていた部隊は全滅との事です。い、如何致しましょう?』

 

絶句した彼が事態を呑み込むまでには暫く時間を必要とした。




マクギリス:バエルの偽物造るとかお前はアグニカ味に欠ける。 好感度:-300

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