起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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今週分です。


75.人は善悪よりも好悪で動くどうしようもない生き物である

変態は何処にでもいる。

 

「おっほぉぉっ!流石本家本元はいい仕事しやがるなぁ!」

 

ギャラルホルンから返還されたフラウロスにへばりつきながら、奇声を上げる白髪の男を見ながら俺はそう思った。彼の名はアラン・スミシー、テイワズのMS開発部門で整備長をしていた男だ。当然偽名である。なんでもMS、特にガンダムフレームに焦がれて整備員になったのだそうだが、テイワズに流れ着くまでに色々とやらかしているらしく、ギャラルホルンに見つかると厄介なのだそうだ。それでもガンダムフレームを好き放題出来る環境に我慢が出来ず、前の職場を辞してまでCGSに入社するのだから大した変態である。一度フレデリック君にリスクマネジメントという言葉を教えてもらった方が良いと思う。

 

「どうかな、アラン整備長?」

 

「余計な物がつけられてる形跡は無いよ、アーレスの姫さんは真面目だね」

 

むしろその信頼が怖い。こちらを大した相手と認識していないのであれば平気だが、信用して何もつけていないのであれば注意が必要だ。進んで敵対したい訳ではないが、そうなる可能性がゼロではない。彼女のような人物は信用されればされるだけ、裏切った際に思いを攻撃性に転化させて襲ってくるからだ。はっきり言ってどこぞの白いのや赤いのよりよっぽど怖い。

 

「機体メンテナンスは向こうの詫びが大部分だからね。それに今戦争なぞすれば厄介な事は彼らも十分解っているさ」

 

規制緩和とギャラルホルン認定企業の特別枠で現在のCGSは実に80機と言うMS保有枠を持っている。これは圏外圏最大の勢力であるテイワズに次ぐ機体数だ。まあ、そのテイワズは保有数がそろそろ200近い筈だし、ギャラルホルンに至っては桁が二つは違うので、対抗組織となる双方から見れば吹けば飛ぶような零細と言うやつである。ただし全員が全部を持ち寄って殴り合えればである。各経済圏は以前から運用していた作業用を含めればそれぞれ最低100を超えるMSを保有しているし、海賊から看板を挿げ替えた民間軍事企業も随分経済圏に入り込んでいる。ウチもリアクターだけでなくフレームのみでの販売が好調な辺り、公称よりも随分多くの機体が地球圏に出回っていると見るべきだろう。だから本気でCGSを潰そうと考えれば、それなりに周到な準備がギャラルホルンでも必要になるし、その場合こちらだって素直に死んでやるつもりはない。

 

「そんなもんかね?」

 

「そんなものだよ」

 

首をかしげる整備長に俺はそう返す。そもそもギャラルホルンは近代以降の軍隊を構築する上で致命的な欠陥を孕んだ組織だ。大昔のように生活の間にちょっと殺し合いをしていた時代ならまだしも、何時でも何処でも殴り合い、高度で高額な兵器を消耗しあう今の戦争は、その能力を組織の生産力と経済力に依存する。何せ消費する資源が文字通り桁違いなのだ。それこそ経済圏のような規模の生産能力と購買能力が無ければ成り立たない。そういう意味では彼らにとってMAの出現は奇貨となる事だろう。アーブラウ事件の失態を補うために各経済圏で保有する軍事力の緩和を行ったのは短期的に見れば信頼回復に寄与するだろうが、長期的に見ればギャラルホルンという存在の否定要因になってしまう。何せ治安維持を名目に、ギャラルホルンは軍事力をもって各経済圏の行動を抑制する組織だからだ。好き勝手にやりたい権力者にとって目障りな存在であるのは子供でも解るだろう。だから軍事力を少しでも手放せば、後は確実に切り崩され続ける事になる。だがここでMAが存在していればどうなるか?初期対応能力を与えられたとはいえ、各経済圏がMAを完全討伐する戦力を揃えるのは時間がかかるし、何時現れるかも解らない、それどころか現れることが未確定な相手に対し多額の予算を投じて戦力を維持し続ける事は非常に困難だ。だから各経済圏が共同で出資し、十分に対応できる戦力を低コストで維持したいと考えてもおかしくはない。言ってしまえば保険会社のようなものだ。

故にこのデリケートなタイミングで各経済圏がギャラルホルンと言う存在に危機感を抱かせるような行動は慎むだろう。出来ればその間に十分な戦力を揃えたい所だ。

 

「やれやれ、おっかないね。マクマードの親父さんだってギャラルホルンとやりあおうなんて考えていなかったぜ?」

 

そらそうだろう。

 

「彼は無頼である前に商人だからな」

 

儲けの為に危ない橋は渡っても、明らかに火傷の方がでかい事なんてしないだろう。その点は信用できる。だからこそ信頼は出来ないわけだが。

 

「ギャラルホルンを潰したとして、テイワズが得られる利益は無い。むしろ無法化が進めば進むだけ真っ当な商売はやりにくくなる。ついでに言えば後ろ暗い商品だって値崩れしてしまう。商売人にしてみれば良い事なんて何もない。そういった意味では――」

 

そんな高説を垂れようとしていると、格納庫にオルガが慌てた様子で駆け込んでくる。そして俺を見るなり大声で叫んだ。

 

「マさん!大変です!SAUとアーブラウが開戦しました!!」

 

は?

 

 

 

 

主要なメンバーを集めた会議室は重苦しい雰囲気だった。鉄火場に慣れている筈の3番隊の面々も落ち着かない様子であるし、それは1番隊や2番隊といった大人達も同様だ。

 

「すまん、遅れた」

 

「おう」

 

オルガに連れられて入室してきた相談役を一瞥した後、マルバは口を開く。

 

「20分前に地球支部のトドから連絡があった。SAUとアフリカユニオンが共同でアーブラウに宣戦布告をしたとの事だ。アーブラウ側に確認もしたが間違いないらしい」

 

「ロッドさんの悪い予感が当たりましたか」

 

「SAUとアフリカユニオン。オセアニア連邦はどうしている?」

 

相談役の質問にマルバは答える。

 

「今のところなんの行動も見られないそうだ」

 

「アーブラウ側に事実確認の問い合わせもないのか?」

 

「ああ、いや、一度確認の連絡は来ているそうだ。短いやり取りだったそうだが」

 

マルバの返事に対し、相談役は顎へ手をやると唸るように言葉を零す。

 

「…だとすれば、オセアニア連邦はSAU達と取引をしているかもしれん」

 

「待ってください、オセアニア連邦はアーブラウ寄りじゃないんですか!?」

 

その爆弾発言に驚いた声でオルガが問いかける。

 

「オルガ、経済圏と言うのは基本的には全て敵同士なのだよ。対立していないのなら態々分かれている必要なんて無いのだからね。ここの所アーブラウは経済圏の中で一つ頭が抜けていたから、この辺りでブレーキをかけようという魂胆だろう」

 

「ブレーキ、ね」

 

思わずそうマルバは口にした。その声は多分に皮肉が籠っているのを彼自身自覚していた。CGSは民間軍事企業だ。起業当時の火星は経済圏との条約により様々な規制が設けられていたために、読み書きや計算の出来ない人間が就ける職業がこれくらいしかなかったのだ。その様な中で生きてきた彼からすれば、純粋な生存に関係のない闘争と言うものが酷く醜いものに見えたのだ。

 

「仮にSAUとアフリカユニオンが勝利すれば、アーブラウ領が幾らか切り取られる。報酬はアフリカユニオンとの係争地の譲渡あたりか」

 

「アーブラウ側に付けばもっと切り取れるんじゃないですか?」

 

オルガの言葉に相談役はゆるゆると首を振る。

 

「確かに得る領土だけで見ればな。だが占領地の統治というのは非常に困難だ。平和的に割譲されるのとでは雲泥の差だよ。ついでに言えばその場合アーブラウも勝つのだから独走を防げない。今回のオセアニア連邦の狙いは、自国の戦力を損なわずに領土だけをかすめ取ることだ。アーブラウとの国境沿いに部隊を駐留させておくだけでもプレッシャーになるからね」

 

アーブラウ領内を通過してアフリカユニオンの部隊が侵攻してくる可能性を考慮して。そんな滅茶苦茶とも言える理由でも、建前があれば部隊を置ける。そして他国に軍事侵攻されているアーブラウが呑気にそれを見逃せるとは考えにくいし、見逃したならそれはそれ、嬉々としてSAU側に立って参戦しアーブラウ領を切り取るだろうと相談役は言った。

 

「友好相手なのに?」

 

不思議そうな顔でミカヅキがそう首をかしげる。家族や仲間という友愛を持つ相手に対して裏切りなどと言う選択肢が最初から存在しない彼には理解できない事だったのだろう。

 

「残念ながら国家に友情は存在しないし、成立もしない。何故ならそこに住む国民に最大限の利益を供与する事が国家の存在理由だからだ。他者の為に損得抜きで応じるという行為そのものと根本的に相いれないのだよ」

 

「つまり今回アーブラウに肩入れするのは、短期的にも長期的にも他の経済圏にとっちゃ損だと判断されている訳だ。そんで目下の問題はそんなアーブラウにウチの社員が残っているってこったな」

 

「ギャラルホルンは動いていないのですか?」

 

サブードの問いにマルバは顔を顰めつつ答える。

 

「動いてはいるだろうが、直ぐにどうこうは出来ねえだろうな。暴動だなんだじゃなく経済圏同士の武力衝突だ。どちらかに肩入れするなんざもっての外だが、中立として止めても反感を買う。パトロン同士の喧嘩である以上、行動は慎重にならざるを得ねえ」

 

「じゃあウチも中立ですか?」

 

「…このまま火星で慎ましくやっていくなら、それが無難だな」

 

シノの言葉に、相談役が不穏な言葉を口にする。マルバは直に彼を見て、既に手遅れだと理解し額に手を当ててため息を吐いた。その間にも滑らかになった相談役の口は朗々と言葉を紡ぎ出していく。

 

「今から私は酷いことを言う。お前たちにとんでもない事を要求する。だから、付き合いきれないと思うなら乗る必要は一切ない。それで立場が悪くなるような事は無いと約束しよう」

 

そう前置き、言葉を続ける。

 

「言った通り、このまま火星だけでやっていくなら簡単だ。シノの言う通り、地球にいる皆を引き上げさせて今後関わらなければいい。暫く稼ぎは目減りするだろうが、それだってサルベージ部門を拡大すれば取り返せるだろう。何せ今後MSもリアクターも需要が増える事はあっても減ることは絶対に無いからね。商売として見るなら、それが賢い選択と言うやつだろう」

 

そこで相談役は一拍置き、そして良く通る声で言い放った。

 

「だがそれをすれば、俺達が売った武器が新しいお前達を生む」

 

全員が目を見開く中、相談役の言葉だけが響き続ける。

 

「国を挙げての戦争だ、圧倒的な消費は緩やかな経済停滞なぞ比ではない貧困を生む。それだけではない。戦火に巻き込まれれば住む家を失い、親が死ねば子は路頭に迷う。連中がやろうとしていて、俺達が傍観しようとしているのはそういうものだ、だから」

 

「長ぇ」

 

熱弁を振るう相談役を前に、唐突にそうアキヒロが口を挟む。普段通りの顰め面に腕を組んだ姿勢でそう短く不満を口にする彼を見て、オルガは我慢出来ぬと肩を震わせ笑う。その様子を横目に、やはり普段と変わらぬ調子でミカヅキが口を開いた。

 

「難しい理屈は、今はいいよ。正しいかどうかもいい。おっちゃんはどうしたいの?」

 

「ミカヅキ」

 

「俺達は今まで散々助けてもらった、他でもないおっちゃんに。そのおっちゃんが本当にやりたい事を、俺達が損するからなんて理由で諦めて欲しくない」

 

「私は…」

 

「悪い癖ですよ、マさん。人には頼れとか教えといて、自分は全く頼ろうとしない。俺らは馬鹿だから、ちゃんと見本を見せてくれなきゃ困ります」

 

ミカヅキの言葉を継ぐようにオルガがそう口にする。周囲にいた人間は、皆その言葉に苦笑しながら頷き、総意である事を示す。その様子を頼もしく思いながら、まだ踏ん切りの付かない様子のマ・クベに対し、マルバは最後の一押しを行う。

 

「良いから言っちまえよ馬鹿野郎。お前が滅茶苦茶言うなんざ、ここに居る連中は全員慣れてんだ。今更こっちのせいにして行儀よくしようなんざ手遅れなんだよ馬鹿野郎」

 

驚いた表情でこちらを見る相談役に、マルバは堂々と言い切る事にする。

 

「俺らは国じゃねえからな。仲間の為なら、笑って損だってしてやるさ」




CGS、参戦!

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