起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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今月分です


74.物事を悲観的に捉える人間は心を病みやすい

「ギャラルホルンも随分と詰まらない組織になり果てたという所ですか」

 

届けられた機体を睨みつけながら、カルタ・イシューはそう零した。白を基調としコバルトブルーの差し色、そして両肩はイシュー家を象徴するように赤く染められたガンダムフレーム。その姿はかつて世界を救った英雄、アグニカ・カイエルの搭乗した機体に酷似していた。

 

「万の言葉よりも一つの姿の方が雄弁に物を語りますな。ご老体達も必死なのでしょう、まがい物で着飾らねばならぬ程度に」

 

横で眺めていたコーリス・ステンジャがそう評する。彼の言葉通り、カルタの目の前に鎮座するその機体は英雄の乗機であったガンダムバエルの紛い物であった。外見こそよく似せているがフレームそのものはレギンレイズフレームを弄ったものであるし駆動系もそれに準じている。当然阿頼耶識システムは未装備だ。唯一ツイン・リアクターシステムを踏襲しているが、リアクターを同調させるために大幅なリミッターが設定されているため、その出力は従来のガンダムフレームに遠く及ばない。さらに頭部をガンダムに寄せたために光学センサーの性能が低下しているなど、むしろ一部の性能においては量産機であるブリュンヒルデに劣ってすらいる。

 

「これで整備の手間までかかっていたら突き返すところでした」

 

ギャラルホルンの新たなる象徴として、セブンスターズの当主全員に配備された新しい時代のガンダムフレーム。MAの脅威に対抗できるのはギャラルホルンであるという、実に安直なプロパガンダだ。当然大真面目に使おうなどと考えている方が少数派で、性能に不満を漏らしているのは今のところカルタとイオクの二人だけだ。その代わり多くのパーツはレギンレイズと共通であるため整備面の不安は少ない。

 

「ルシフェル、でしたか?この程度の機体に随分と大仰な名前をつけたこと」

 

「名には相応しい責任が付きまといます。大任ですな」

 

「コーリス、貴方楽しんでいるでしょう?」

 

半眼でカルタがそう問えば、コーリスは視線を下げ喉で笑って見せた。

 

「申し訳ありません。ですが少し嬉しくもあるのです。まだギャラルホルンは自らの正義を忘れてはいないのだと思えますので」

 

「ただ意地を張っているだけかもしれませんよ?」

 

「それこそが重要でしょう。誰かを守る意地が張れなければ、我々はならず者と変わりありません」

 

平然と言い切る部下に彼女はため息を吐く。CGSと交流する事を望んだのは自分だが些か部下たちには刺激が強すぎたかもしれない。すっかり汚染されて同じ様なことを嘯く様になった副官を見てカルタはそう思った。

 

「暫くは機体の慣熟に努めます。ブリュンヒルデ隊も選抜組が慣れるまでは固定に、それとCGSに訓練の要請をしておいてください」

 

「承知しました」

 

副官の返事を聞きながら、カルタは再びルシフェルを見上げた。その姿に言いようのない不安を感じるが、それを表には出さず、無機質な双眸を彼女は見つめ続けた。

 

 

 

 

「また暴動だと?今月に入って3件目だぞ」

 

送られてきた報告を読みながらイオク・クジャンは首を傾げた。アリアンロッドに復帰後、再び分艦隊を任された彼であるが、その規模は以前よりも大きくなっていた。その為分艦隊全体で動くことはせず、複数の指揮官に更に小分けにした艦隊を預けパトロール艦隊として各コロニーの巡視を行わせているのだが、そこから上がってくる報告書に彼は疑問を覚えていた。

 

「今度はオセアニア連邦のコロニーですか」

 

横から報告書を覗き込んだジュリエッタ・ジュリスがそう口にすると、イオクは顔をしかめた。

 

「パトロール艦隊を編成して巡視の頻度も上げていると言うのに、何故こうなる?」

 

「それは、まあイオク様が真面目に働いているからではないですか?」

 

「馬鹿にしているのか、真面目に働いているのに何故暴動が増える?」

 

「簡単な話だと思いますよ。ギャラルホルンが真面目に巡視をしているから、安心して暴動が起こせるのでしょう」

 

ジュリエッタの発言にイオクは目を丸くする。そんな彼にかまわずジュリエッタは言葉を続ける。

 

「以前とは違って、各コロニーには経済圏の軍が駐留しています。つまり暴動に一番最初に対応するのは彼らな訳ですが」

 

彼女の言葉で理解したイオクは顔を顰めた。軍の行う鎮圧は当然暴力を伴う。そして暴動を抑止するのに効果的な手段として、反抗した者を惨たらしく殺すと言う方法がある。逆らえば酷いことになるというのを見せつけることによって他の反抗心を折るのだ。行動前の過剰な武力行使に対し監視する事はできても、発生し終わってしまった鎮圧に対してギャラルホルンが行える事は無い。MSの運用に対し警告する権限はあっても、国内で発生している諸問題に注意や自らの意向を伝えることは内政干渉とみなされるからだ。

 

「滅茶苦茶ではないか」

 

額を押さえイオクはため息を吐く。自国の軍隊から身を守るためにギャラルホルンを利用する。そうしなければデモすら命の危険が伴うなど凡そ健全な国家運営とは言えないだろう。

 

「それともう一つ気になる事があります」

 

「武器の出所、だな?」

 

報告書を睨みながら幾分声を落としてイオクはそう応じた。

 

「幾ら安価だと言ってもこの所押収しているモビルワーカーの数が多すぎます。そして」

 

「その殆どはテイワズ製の戦闘用だ。作業用を改造したものの方が少ない。実にわざとらしいではないか」

 

テイワズは圏外圏におけるモビルワーカー製造の最大手であり、特に戦闘用についてならば独壇場と言ってよい状態だ。黒い噂も絶えず、事実非合法な輸送や後ろ暗い経歴を持つ者も多く所属している。そして圏外圏の情勢がある勢力によって急速に安定へと向かっている現在、そのドル箱であった軍需関連が急速に冷え込んでいる。そう、圏外圏では。

 

「アーブラウとオセアニア連邦という大口の顧客を抱えているテイワズが反体制派の組織に武器を供給?地球圏に火種を蒔いたところで手に入る儲けは僅かで失敗すれば大火傷では済まされん。その程度の勘定が出来ない馬鹿だと思っているのか、それとも」

 

「我々の目が節穴だと思っているか、ですね。いい度胸です」

 

全く目の笑っていない笑顔でジュリエッタがそう呟き、イオクも口角を吊り上げる。

 

「各コロニーに出入りしている業者のリストを検める。おそらく愉快なものが見られるだろう」

 

そう計画を立てながら、イオク・クジャンは表情を引き締める。そこには抑えきれない怒気が宿っていた。

 

「弱者を食い物にし、挙句災禍を蒔こうなど、このイオク・クジャンが許さん」

 

 

 

 

「どうにかならないか?」

 

『するとなれば、相当に手荒い方法になる』

 

通信相手の言葉に、ラスタル・エリオンは小さくため息を吐いた。彼の技量は疑うべくもない。そんな人物が手荒いと言うのだから、今その手段で止めたとしても、いずれ今回の歪みが別の形で噴き出す事になるだろう。

 

『長年のツケが回ってきたな』

 

通信相手は自嘲気味に呟いた。元々彼に頼んでいた仕事の大半は火付け役。小競り合いで経済圏が疲弊しない程度にガス抜きを行いつつ、それをギャラルホルンが仲裁する事で影響力を確保する。その仕事は最後のほんの一押しを行うことであるが、それだけに事前に大きな流れを止める事は不慣れだった。

 

「SAUは本格的に軍事行動を起こすつもりなのだな?」

 

『圏外圏との繋がり、特にCGSがアーブラウ寄りなのがいかん。…連中はオセアニア連邦からのオファーすら断っているからな』

 

アーブラウが最大ではあるものの、テイワズは各経済圏とも取引を行っている。対してCGSはそのテイワズと互角と目されるだけの戦力を保有しながら、未だにアーブラウとのみ契約を結んでいる。内情を知るものからすれば後方人員の不足が原因でオファーに応えられないというだけなのだが、アーブラウが巧みに情報を操作しているため、他の経済圏からは完全に蜜月だと認識されている。ラスタルが通信相手、ガラン・モッサを通じて情報を流しているが効果は芳しくない。

 

「CGSからすればたまったものではないだろうな」

 

『ああ、大口とは言うもののCGSにしてみればアーブラウは絶対の相手じゃない。インストラクター以外の業務を請け負っていないのが良い証拠だ。まああれだけの戦力だ、そこまで冷静に見ることができるやつらは少ないだろう』

 

彼らが鉄華団と名を偽り、ギャラルホルンを相手取って大立ち回りをしたことは記憶に新しい。そしてアーブラウを除く経済圏は、敗北したギャラルホルンの更に落ちこぼれて追い出された様な連中が教導しているのだ。MSの性能と供給量こそ辛うじて互角と言い張れるが、肝心のパイロットが決定的な差となっている。その上教導用とは言えMSそのものもCGSは持ち込んでいる。

 

「これ以上待てば戦うことすら不可能になるか」

 

『宇宙用の演習名目でMSを増やしたのが決定的だ。強硬派は今後も理由をつけてCGSが戦力を運び込むと主張している』

 

「そちらが不穏な空気を出しているのが原因だろうに」

 

『人間は大なり小なり他者に不幸の原因を求めたがる生き物だ。誰でもお前のように強くは生きられん』

 

「……」

 

その言葉にラスタルは沈黙で応じる。強者としての振舞いを自らに課してきた自覚があった。それはつまり、彼自身もそうした弱い人間の一人であるという証左である。故に自らの窮状を誰かのせいにしたいという思考はよく理解できた。だが、それに共感し許容するかは別問題である。

 

『だからと言って、ここでCGSにアーブラウと心中して貰うわけにはいかん、と言ったところか?』

 

「その通りだ」

 

ラスタルにしてみれば、折角圏外圏に出来たテイワズを脅かす巨大勢力だ。テイワズと協調路線をとってはいるが、同時にギャラルホルンに対しても歩み寄りを見せている彼らをここで無駄に消耗させることはしたくない。彼らにはもっと重要な局面で役に立ってもらわねばならないのだから。

 

「分水嶺を越えたらまた連絡を。彼らにはこちらから伝えておく」

 

『承知した。つまり、我々はこの件には関わらんということだな?』

 

「そうだ、ギャラルホルンとして警告はするが当事者にはならない。そのつもりで動いてくれ」

 

ラスタルの言葉を最後に通信が切れる。座った椅子の背をきしませながらラスタルは再度ため息を吐く。彼自身以前のギャラルホルンには思うところがあり、改善すべきであるという認識はあった。しかしそれはもっと緩やかなもので、混乱の少ないものであるはずだった。だが今はどうか?世界はこちらの都合など考慮せず大きな変革を迎えている。その余波を受け、ギャラルホルンも変わらざるを得ない状況だ。

 

「誰もが笑える世界、お前の目にはこの混乱はどう映っているのかな?マ・クベ」

 

SAUとアーブラウの開戦が確実であると彼が連絡を受けるのはそれから1週間後の事だった。




地球と火星が遠すぎて主人公が全く活躍しない件。

以下、作者の自慰設定

ガンダム・ルシフェル

MAの復活の復活を受けてギャラルホルンが新たなフラグシップとして建造したガンダム。であるが、実際にはガンダムフレームではなくレギンレイズフレームの派生機である。
ツインリアクターシステムを採用したものの、標準的な出力の物ですら同期が困難であるため極端なリミッターがかけられており、その出力はレギンレイズの2倍程度である。デザインはヴィーンゴールヴ内に保管されていたバエルを参考としているが、生産を急いだために脚部がほぼレギンレイズと同様、背面の推進ユニットもレギンレイズの改良機から転用するなど吶喊作業であった感は否めない。ただし武装のみオリジナルと言うべきバエルと同様の物が装備されている。
これは当機の目的がMAの討伐の象徴であるガンダムをギャラルホルンが配備運用しているというプロパガンダであり、実際の戦闘能力を必要としていない事が大きな要因である。事実同機はセブンスターズの当主専用機として7機のみの配備であり、しかも内4機は一度も搭乗されていないという有様である。
一方で曲がりなりにもツインリアクターシステムを戦後初めて採用実現した機体であり、レギンレイズフレームの拡張性の高さから発展の余地を十分に残しているなど技術面においては価値の高い機体とも言える。

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