ガンダム、かつての世界でぶっ壊したり、仲間にしたり、乗ったり、ぶっ壊したりぶっ壊したりあとぶっ壊したりした因縁のある機体である。こちらの世界でもMSがある以上当然存在しているわけだが、その存在は宇宙世紀のそれとは一線を画している。
一言で表せば、対MA用決戦兵器。かつて何がどーなって起こったのか解らん厄祭戦なる大戦で、人類と敵対した自律兵器であるMAを狩るために生み出されたMS、その中でも別格の性能を有し、戦争を終結へと導いた伝説の機体である。72機が生産されたとされていて、しかもその全てが別の機体だったという。正直兵器の運用経験がある人間にしてみれば、ふざけているのかと問い詰めたくなる仕様だが、何せ耐用年数が300年を超える上に文字通り人類の旗頭として運用される機体なのだ。そうした工業製品的なチャチな概念とは無縁なのかもしれん。まあ、そうなると希望の象徴に悪魔の名前を付けるのはどうなんだと言いたくなるが。
「どうだね、ミカヅキ」
『ん、平気』
目の前に鎮座するガンダム、そのコックピットに収まったミカヅキ・オーガスに向けてそう問うと、彼は素っ気なく返事をした。
「おい、ミカ!」
その態度に慌てた様子で、隣に居たオルガ・イツカが声を上げる。了見の狭い大人の中で生きてきた彼等だ。俺の機嫌を損ねるとでも思ったのだろう。
「構わんよ、ここに居るのは身内だけだ。ミカヅキがああなのは知っているしね」
そもそも口数が少なく表情もあまり変わらないから誤解されがちだが、ミカヅキはよく考えているし気も使っている。惜しむらくは礼儀作法を覚える機会が無かったために、それを彼なりのやり方でやっていることだ。その所為で大半の人間に彼の真面目さが伝わっていない。
「すみません、マさん」
「謝罪するのはこちらだよ、オルガ。社員教育の不備だ、読み書きが一段落したらマナー方面も追加しよう」
お客様の印象はリピート率に直結する。同じ金額で同じ仕事を頼むなら、好印象な方に依頼することは当然だからだ。まあ、暫くは忙しくなるだろうしこれも年少組からかなぁ。そんな事を考えていたら、同期が済んだのかガンダムの頭部が僅かに動き、特徴的な双眸がこちらを捉えた。
『俺が悪いのに、なんでオルガが謝るの?』
苛立ちを滲ませた声が響く。強い口調なのでまるでこちらを責めているように聞こえるがそうではない。あれはオルガに謝らせてしまった自分への怒りと、何故そうなってしまったのかが解らない事への苛立ちだ。こんな事も解らない子供をMSに乗せて殺しをさせる。こりゃ次も地獄行き確定だな。
「それはな、ミカヅキ。オルガがお前を仲間だと思っているからだ。仲間というのは素晴らしいものだが、同時にとても厄介なものでもある」
『厄介?なんで?』
「自分の行いが自分だけのものではなくなるからさ。一人で生きていれば出来る事は少ない。けれど自分のやったことの報いは全て自分に返ってくるだけだ。それは解るか?」
返事を待っていると、暫くしてガンダムが首肯した。なんか変な気分だが今はおいておこう。
「仲間と居ればやれることはでかく、多くなる。畑を耕しながらモビルワーカーを整備して警備の仕事に行くなんて、一人では無理だろう?でも仲間が居るから私達はそれが出来る」
再び頷くのを確認したら、いよいよミカヅキの知りたいことを教える。
「仲間は素晴らしい。だが仲間を持った瞬間、我々は他の奴らから見ればミカヅキやオルガ、マではなくなる。全員CGSの社員と見られるようになる」
『どう違うの?』
「全然違うさ。例えば私が誰かを気に入らず殴ったとしよう。一人なら暴力を振るう危ない馬鹿で済む。だが社員の私が殴ったならば、他の連中はこう思う。ああ、CGSの連中は平気で暴力を振るうような奴らだとね」
『おっちゃんが殴っただけなのに?』
「仲間というのはそいつと一緒に居ても構わない、そいつのやることを認めている連中だと思われると言う事だ。つまり仲間の誰がやったことでも、全員がその報いを受ける事になる。ミカヅキはさっき私に敬語を使わなかったな?我々は仲間だから構わない。けれど他の連中は違う。何故なら年上には敬語を使うのが当たり前だからだ」
長々と喋るが、反応は薄い。くそ、上手く伝えるって難しいな。
「世界にはそうした皆が当たり前だと思っているルールがある。そしてそれを破るのは悪い連中のする事だと思っている。そして悪い奴が仲間にいる奴らは、悪い連中だと思われる。だからさっきオルガは謝ったんだ。俺達は悪い連中ではありません、俺の仲間が悪いことをしてすみませんとな」
『…なんか、面倒』
素直すぎるその言葉に思わず苦笑する。けれど同時に俺は安堵した。面倒だと思えるという事は、理解出来たと言う事だからだ。
「そうだな、けれど大事なことだ。凡そ全ての人間は誰かの仲間だからな。誰かに悪い連中と思われるということは、その仲間からも悪い連中と思われる事になる。するといつの間にか信じられないくらい多くの人が敵になる」
「…おっかない話ですね」
世界が敵になる事の怖さが解るオルガがそう言って顔を顰めた。少し脅かしすぎたかな?
「そう構える事はない。何故ならその逆もあるからだ。我々が良い連中だと思われれば、助けてくれる人も増える。助けてくれる人が増えれば、私達はやれることがもっと増える。小難しいことを言ったが、要は他の奴らに気に入られるように振る舞った方が得だと言う話だ。覚えておいて損はないぞ?」
『ん』
ミカヅキの気のない返事を聞きながら、俺達はガンダムのチェックを進めた。
「相談役は一体何モンなんすかね?」
休憩のためにベンチに腰を下ろして息を整えていたハエダに、ササイがそう聞いてきた。
「あん?」
搬入されたMSの内、2機は阿頼耶識システムを用いていない通常シートのものだった。困惑している1番隊と2番隊のメンバーを前に、相談役はリストを見ながら事もなげに言い放った。
「ハエダ、ササイ。貴様らを当面この機体のパイロットにする。慣れておくように」
MSは貴重と言うだけではない。極めて強力な戦力でもある。ハエダ達は当初、この機体は全て3番隊が運用すると考えていた。運び込まれた当初は全て阿頼耶識システム対応機であったし、何より3番隊の連中は相談役に良く懐いている。強力な武器を渡すならば、彼に反抗的だったハエダ達より従順な彼等だろうと自然に考えていた。ところが蓋を開けてみれば、1機は予備機として動力室に運び込まれ、残った二機は全て1番隊預かりとするという指示だ。その後、3番隊には基地の動力源としていたガンダムタイプという強力な機体が回されると説明を受け、大半のメンバーは納得したものの、ハエダ達は釈然としない思いだった。何故なら各隊の戦力をバランス良く編成する必要性はないのだ。例え3番隊に強力な機体があるとしても、MSを独占させない理由は無い。しかも阿頼耶識システムすら取り外しているから、万一の場合にも3番隊で動かせる人員はごく僅かになってしまっている。
「訓練すりゃ鬼のように強えし、相談役が来て以来仕事が途切れねぇ。挙句MSの操縦ですよ」
「少し試してみようか」
そう言うと、相談役は手慣れた様子でMSに乗り込み、見事に操ってみせた。自分達が乗っているからこそ、ササイにはあの動きのすごさが理解出来た。求められている水準の高さに青くなりながら、ハエダとササイは必死に訓練をしている。
「さてな。火星は訳ありの吹きだまりでもあるんだ、どんな経歴の奴がいても不思議じゃねえさ。ただまあ、後ろ暗いモンはねえんだろう」
「何でです?」
「悪事を働いて逃げてきたなら、隠れようとするのが普通だろう。目を付けられるような事は極力避けるはずだ。アレがそんな事を気にしているように見えるか?」
「ああ…」
気の抜けた表情で納得するササイ。恐らくあれが来てからの乱行を思い出していたのだろう。何しろ法律すれすれどころか明らかに脱法まがいの事まで手を出している男だ。クリュセの役人が来たのも2度や3度ではない。今度こそ終わりだと嘆くマルバの姿は、既にCGSの日常風景になっている。
「取敢えず後ろ暗い云々はともかく、頭がイカレてるのは確かだろう。じゃなきゃこんな事は思いつかねえだろうさ」
「上手く行くと思いますか?」
ハエダの台詞で訓練の本来の目的を思い出したササイが、そう不安げに尋ねてくる。それに対してハエダ自身も明確な答えは持っていない。何しろ彼とてMSに乗るのはこれが初めての経験であるし、更に海賊の規模や戦力などの情報も持っていないのだ。答えられるはずがない。しかし、ササイのようにこの計画自体の成否についてはあまり不安視していなかった。
「相談役はイカレちゃいるが馬鹿じゃない。これまでだって彼奴がやったことで失敗した計画がねえのがその証拠だ。尤も、今回ばかりは簡単にとは行かねえんだろう」
「それじゃ」
恐らく中止を訴えるべきだとササイは考えている。それを理解した上でハエダは続きを制した。
「慌てんな。だからMSと訓練なんだろう。それに海賊共は襲うのは慣れていても戦いには慣れていねぇ」
そもそも海賊は商船を襲撃するのが目的だ。武装して待ち構えている戦う事を前提とした連中とやり合った経験は決して多くない。
「まあ、それでも相談役が動かした位の腕は期待されんだろう。気張れよササイ、これで上手くいきゃあ俺等がCGSのエースだ」
「へへっ、いいっすね。そりゃ本気でやらんとですね」
ボトルの水を飲み干し、二人は腰を上げる。機体を見上げて気合いを入れ直した二人の耳に、聞き覚えのある怒声が届いたのはその時だった。
「マぁ!!てめえまた勝手に会社の金を!!」
「投資だと言ってるだろうマルバ!儲けるにはあの船じゃ手狭すぎるんだ!大体勝手にではない。ちゃんと改造費用は依頼書を上げただろう?お前のサインも有るじゃないか」
「消耗品の購入書類の中に紛れ込ませてサインさせたんじゃねぇか!?」
「はっはっは、ちゃんと書類は確認すべきだったな。大体ごねた所でいずれ改造が必要な以上、早いか遅いかの差でしかないぞ」
「だからって相談無しにするんじゃねぇ!失敗したら会社を畳むことになるぞ!?」
「大丈夫だ。成功させれば問題無い」
怒鳴り合いながら第3演習場へ向かっていく二人を見送りながら、ハエダは嫌な汗が背中を伝うのを自覚した。
「やっぱりダメかもしれねぇな」
彼の呟きは、幸いにして誰にも聞かれることは無かった。
鉄血世界でおっさんが輝けないと誰が決めた!
まあ、輝かないんですけどね。
追伸
筆休めをしていたら休日が終わっていたでゴワス。