起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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3.文明社会において学ぶという事は最も効率的な自衛手段である

ライド・マッスはCGSに所属する隊員の中でも最年少に分類される少年兵である。基本的な人権が残っている分、ヒューマンデブリの面々に比べれば幾分マシではあるが、社内での扱いは大差ない。そんな彼は、今新たなる困難に直面していた。

 

「ぐぬぬぬ」

 

「ほら、ライド、そこ違うよ」

 

横からそう指摘したのは仲間のタカキ・ウノだった。年少組のまとめ役のような存在であるタカキは面倒見も良く、博識だ。それは無論年少組の面々の中ではという但し書きが付くが、それでも字が読めず書けない人間が大半の中で、読み書きが出来るだけでも十分に先んじていると言える。事実、相談役が年少組にこの新たな訓練を指示した際にも、彼は教育係補助に任じられていた。

 

「…こんなのやってなんの意味があるんだよ」

 

ライドは自覚がないものの、芸術家肌の人間だ。物事を理屈よりも感覚でとらえる分、阿頼耶識システムによるモビルワーカー操縦については高い適性を見せていて、それが密かな自慢だった。一方でこうした地道な反復練習によって何かを習得する事は苦手としており、それが思わず口に出た形だ。

 

「字が読めれば本が読める。書ければ手紙が書けるじゃないか」

 

「俺は効率の問題を言ってるの。そんなの出来る奴がやればいいじゃん。なんで全員が覚える必要あるんだよ?それがおっさんの言ってたテキザイテキショってやつだろ?」

 

そう言いだすライドにタカキは答えに窮する。ほかの少年よりも大人びて見えたとしても彼もまた少年だ。経験に裏打ちされた含蓄ある台詞など望むべくもない。そして間の悪い事に、今日は各隊の幹部を集めて報告会が開かれていて、普段なら対応してくれる大人や、年長組のビスケット・グリフォンのような人物が居なかった。ライドの言葉に、集中力の切れかかっていた他の少年達、特にライドと同じ考え方をしていた者が次々と手を止めて話し始める。

 

「確かにこんなのやっても強くなれないよな」

 

「字が読めても俺、本なんて読まねーし」

 

「手紙、出す相手もいないしな」

 

3番隊に所属する子供たちの大半は浮浪児だ。生活の中に本を買うなどという余裕などもちろんなかったし、家族も居ない。運のよい者ならばそうした子供たちが集まったコミュニティなどに所属しているが、そこに居る仲間も同様に字が読めないのだから、手紙を送っても意味がない。今を生きるのに精一杯の少年達に、即座に実利へと結びつかないタカキの言葉は無力だった。

 

「ん、今日は元気だな。順調に学んでいるかね、ガキ共」

 

騒がしさによってほぼ全ての子供たちが手を止めてしまった会議室にそう言いながら入ってきたのは、彼らにこの新しい訓練を指示した男だった。手には大荷物を抱えていて、そこからは甘い匂いが漂ってくる。夜間に行われるこの訓練に対し、ノルマを熟した者には追加手当と称して毎回彼かトドが甘味を配っていた。尤も全員が終わる事が前提のノルマなので、貰い損ねる子供は居ない。けれど大人の気分次第で報酬が支払われなくなる事を当たり前に経験している彼らは、慌てて手を動かし始めた。そのなかで唯一手が止まっていたライドに男が気づき、声を掛ける。

 

「どうした、何かわからない事があるのかね?」

 

「この訓練に何の意味があるんですか?」

 

タカキに発した質問をライドは繰り返した。

 

「ほう、意味かね」

 

そう口にする男に、ライドは自分の思いを口にした。

 

「俺、字は読めなくてもモビルワーカーなら動かせます。ならそっちの訓練をした方がよくないですか?」

 

適材適所。それは目の前の男が口にした言葉だ。そして彼の行動でCGSの状況は良くなっている。ならばその言葉に従って動く方が正しいのではないかとライドは訴えた。しかし返ってきたのは予想に反して肯定でも否定の言葉でもなかった。

 

「ライド、君が嘘を吐くとして、ビスケットとアキヒロのどちらに吐く?」

 

「俺、嘘なんて吐きませんよ」

 

「たとえ話だよ、嘘がばれないように吐かねばいけないとして、どちらに吐く?」

 

男の言葉にライドは暫し沈黙した後、恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「…アキヒロです」

 

「何故だね?」

 

「ビスケットは頭がいいから、俺の嘘じゃすぐばれるから」

 

「うん、そうだな。私もそう思う」

 

そう言うと荷物を下ろし、男は全員に聞こえるように話し始める。

 

「ビスケットとアキヒロならビスケットの方が頭がいい。じゃあ、なんでビスケットの方が頭がいいのか?最初から出来が違った?ビスケットが特別だから?そうじゃない。ビスケットは勉強が出来て、アキヒロは勉強をすることが出来なかったからだ」

 

「今ライドが言ったな?頭が悪いと嘘が見抜けない。つまり騙されるという事だ」

 

言いながら取り出した端末に男は書類を表示する。

 

「これは会社が用意した契約書だ。皆入社した時にサインしただろう?読めない者は社の人間が読み上げて同意するか聞いてきた筈だ」

 

実際にはサインすら書けないので代筆まで社員がしたのだが。

 

「でも君たちは字が読めないから、彼らが本当にこの契約書の内容を正しく読んだのか判断できない。仮に字が読めても意味を知らなければ解らない。頭が悪い人間というのは、そういう悪い人間にとって格好のカモになる」

 

言い切ると男はライドを正面から見据え、真剣な表情で言葉を続ける。

 

「今はまだ難しい事を他の連中が考えてくれる。だが私も、他の大人も、若いオルガ達だって、絶対にお前より先に死ぬ。ライド、その時はお前が考えなきゃいけない。お前が仲間を守らなきゃいけない。でも、字が読めないお前は騙されても解らない」

 

騙され、いいように使われるのが日常化していた彼らに、その言葉は重くのしかかる。男は更に意地の悪い表情で続ける。

 

「それにそんな遠い話じゃないぞ?もうお前たちは社員として働いている。お前たちが行った先で客に騙されれば、会社が損をする。会社が損をすればお前たちの給料が減る。ほら、勉強しないと直ぐに困るだろ?」

 

男の言葉に、ライドは頬を膨らませながら、それでも頷いた。

 

 

 

 

わかるわー、超わかるわー。実生活に直結しない知識って、子供には学ぶ理由が解らないんだよね。俺も中学の数学で同じ沼に嵌ったわ。だから、諭すなら簡単だ。これはお前の生活に関係しているんだぞと教えればいい。好き好んで損したい奴なんて居ないんだから、それで十分だ。特に読み書き計算ははっきり言って出来なきゃ詰むんだから、全員に身に付けさせるなんて確定事項である。

 

「マっちゃん!終わった!」

 

元気よくそう言ってタブレットを突き出してきたのは、年少組の中でも一番幼い子だ。

 

「うん、出来ているな。では受け取りたまえ」

 

そう言って俺は運んできた段ボールから自作の菓子を取り出す。蓋を開けた事で広がる甘い匂いにつられてか、全員の手の動きが速くなった。頭脳労働の後は甘いもの。大事である。

 

「終わった!」

 

「俺も!」

 

次々に差し出されるタブレットを確認して、受け取るのと同時に菓子を配る。見慣れない食い物に皆思い思いに噛り付いた。

 

「うめえ!」

 

「うーん、俺はトドさんが持って来てくれたチョコのが好きだなぁ」

 

「でもこっちの方がでかいぜ」

 

ふっふっふ、それだけではないのだぞ少年達よ。

 

「味は負けるかもしれないが、これは凄いんだぞ?何せこの菓子はお前たちが作ったんだからな」

 

俺の言葉の意味が解らなかったらしく、皆首をかしげる。確かに直接菓子を作った訳ではないからな。だから俺はこの菓子の出所を教える。

 

「この菓子の材料はな。お前たちが耕した第三演習場の作物だけで作られている。つまりお前たちは、もう金が無くても甘いものが食えるようになったんだ」

 

その事実に驚きの声が上がる。作ったのは大根と大豆、それにトウモロコシだからな。普段食っているスープの材料が甘味に変身するなど夢にも思うまい。

 

「これも畑の耕し方を、作物の育て方を覚えたからだ。そしてこの菓子の作り方はここに書いてある。勉強すれば全員絶対に覚えられる。だから、頑張れ」

 

おれは作り方の書かれたメモを振りながらそう告げる。幾人かは感情が振り切れたのか涙ぐんでいる。やっぱり勉強は必要だな。悪い大人に簡単に懐柔されている。

 

「すっげー!すっげー!!マっちゃん!俺もこれ作れるようになるの!?」

 

最年少の少年、シエロが興奮気味にそう聞いてくる。頷いてやれば彼は大はしゃぎで飛び回る。それを見ていたタカキが俺に近づいてきた。

 

「ありがとうございます。マさん」

 

「お礼を言われるようなことはしてないさ。巡り巡れば会社のためだ、社長相談役の当然の仕事だよ」

 

そう言い返すが、何故かタカキは嬉しそうに笑う。いやほんとこの子達大丈夫か?絶対悪い大人に騙されるだろ。

 

「それにしてもこのお菓子、すごいですね。本当にあの畑の作物だけで作ったんですか?」

 

「本当だとも、タカキは字が読めるだろう?このレシピと材料を分けてやるから作ってみると良い。ああ、折角だから余ったのを持っていけ、確か妹さんがいただろう?」

 

「いいんですか!?」

 

驚くタカキに笑いながら返事をする。

 

「教育係補佐の特別手当と思えば安いものさ」

 

「ありがとうございます。ところで、これってなんていう食べ物なんですか?」

 

「ああ、これは……」

 

そこまで言って俺は不意に言いよどんでしまった。はて、俺が作ったこれはいったい何なのだろう?最初はドラ焼きを作ろうと思ったんだ。けど小麦粉も卵も手に入らないので生地はトウモロコシ粉で代用した。中に入れる餡も小豆が手に入らないから大豆をすり潰したものに水あめを混ぜたものに変更、当然ドラ焼きみたいに挟めないから焼いた生地の片面に塗って、丸めてみた。流石にこれをドラ焼きとは言い張れないし、かと言ってクレープとも違う。甘いからいいやと自分を誤魔化していたが、そう聞かれると返答に困る。そんな俺を不思議そうに見つめるタカキ、おいやめろ、そんな信頼しきった目で俺を見るんじゃない。

 

「べ」

 

「べ?」

 

「ベイクド・モチョチョ、かな?」

 

視線を逸らしそう告げる。この嘘が見破られない事を俺は神に祈るのだった。




皆さんいいですか、この作者は普段から良い空気吸ってるんです。
好きに書けなんて言ったらこうなるんです。

※今回書きたかった事
ベイクド・モチョチョ

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