起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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30.猜疑心は時に人を助ける

『気味が悪いくらい順調だったな。まあ、いい事なんだろうが』

 

何処か落ち着かない調子で画面越しの名瀬がそう口にした。

 

「アリアンロッドはそれなりに勤勉らしいですな」

 

『まあ、残ってる海賊と言えば、夜明けの地平線団くらいなもんだが、アイツらは流石にブルワーズ程馬鹿じゃないだろうからな』

 

そもそも襲っても旨味の少ない集団ですからね、俺ら。一番高価な装備は艦そのものとMSだからこの辺りを鹵獲できないと赤字確定なのに、それが全部戦闘用なのだ。うむ、やはり海賊など美味しくない商売だな、変な連中に襲われても権力に助けも求められんし、ウチもだけど。

 

『俺達が案内出来るのはここまでだ。アリアンロッドは分艦隊でも火星支部の比じゃねえ、気をつけろよ?』

 

「大事な嫁さんを預けて貰ってるんです。無茶はしませんよ」

 

オルガがそう笑って言うが、名瀬の表情は優れない。

 

『…お前達の考える無茶しないは全然信用ならねぇんだよなぁ』

 

「え、なんですか?」

 

聞き返すオルガに名瀬は何とも言えない表情を作り答える。

 

『いや、お前たちの無事な帰還を願っているよ』

 

その言葉と共に通信が切れ、タービンズの艦が遠ざかっていく。それを見送りながら俺は息を吐くとオルガに話しかける。

 

「ドルトコロニーの入管とは話が通っている。2隻とも3番貨物ゲートからか」

 

「状況次第ですが、半舷上陸も考えてます。出来れば食糧や水の補給もしておきたいですし」

 

「そうだな。地球ではアーブラウの宇宙港が使えると聞いているが、ギャラルホルンの権限がどこまで及ぶか解らん。最悪降下組以外は何処かに潜伏させる必要もあるかもしれん」

 

「地球外縁軌道統制統合艦隊は地球全土へ緊急展開出来る権限を有している。曲解すれば静止軌道の宇宙港も地球の内だからな。不審船の追撃という名目ならば経済圏も拒否しにくい」

 

俺の言葉に続いて難しい顔でロッドが告げる。

 

「つまり事実上最後の補給って考えた方がいいって事か、ユージン」

 

「おう」

 

「悪いが物資の調達班を指揮してくれ。ビスケット、ユージンの補佐を頼む。チャドとダンテは艦の面倒を見てくれ」

 

「解った、サブードさんかヤスネルさんを連れていきてえから連絡頼む」

 

「フェイにも連絡してカガリビの方の補給リストも準備しなきゃ。向こうの人選はどうする?」

 

「その辺りの判断はフェイとジルバに任せる。ただアキヒロは艦に残すように言っとけ、グシオンはすぐ動かせるようにしておきたい」

 

フェイとジルバは3番隊の元ヒューマンデブリ組だ。アキヒロを筆頭にチャドやダンテに隠れがちであるが、フェイは落ち着いた性格で堅実な行動を取る事から周囲の信頼は厚い。ジルバは少し能天気だが人当たりが良く細かい事にも気が付くので2番艦の副長に任命されていた。

 

「ん、了解」

 

「宜しいでしょうか?」

 

俺達がそう話し合っていると、フミタン・アドモスが声を掛けてくる。

 

「なんでしょう?」

 

「申し上げにくいのですが、お嬢様の身の回りの物について幾らか調達したいのですが」

 

「ああ、そうか。そっちも準備しなきゃだよな」

 

オルガが頭を掻き唸る。俺達としては彼女を送り届けるのが仕事であるが、バーンスタイン嬢の仕事はそこからなのだ。人間内面が重要であるが、同じくらい外面だって重要だ。相手へ誠意を伝える上で、身だしなみはこの上なく解りやすい指標といえる。それに交渉ともなればスーツや化粧は戦闘装備だ、手を抜いてよい訳がない。

 

「どの程度になりますかな?流石に衣類までとなると厳しいかもしれません」

 

流石に代表との会談で吊るしのスーツと言う訳にはいくまい。

 

「スーツや靴などは良いのですが、化粧品などが少々。それと、そのインナーが」

 

あー。

 

「しかしそうなりますと、バーンスタイン嬢もコロニーに行く必要がありますか」

 

「どちらにせよゴルドン氏の依頼関連で向こうの代表がクーデリアさんに会いたいって打診が来てます。その時に一緒に済ませられませんかね?」

 

オルガがそう提案するが、それは横にいたビスケットによって否定される。

 

「それは難しいかな、クーデリアさんが使うような化粧品とかだとドルト3の商業区に行かないと。会いたいって言ってるのは労働者組織の人だから、会合は入港するドルト2になるだろうし」

 

「詳しいな、ビスケット」

 

「昔、少しだけドルトに住んでたんですよ。兄が今も住んでいるんです」

 

俺がそう聞くと、寂しそうに笑いながらビスケットはそう言った。

 

「両親が事故で死んでしまって。兄さんの稼ぎだけじゃどうにもならないからって妹達と僕はばあちゃんに引き取られたんです」

 

「じゃあ、少し自由時間をやるから兄貴と会ってきたらどうだ?せっかくここまで来たんだしよ」

 

オルガがそう提案するが、ビスケットは頭を振る。

 

「今はリスクが高すぎるよ。どこまで情報が伝わっているか解らないけど、ギャラルホルンの駐屯地だってあるんだ。余計な事はすべきじゃない。兄さんには、落ち着いたらゆっくり会いに行くさ」

 

「お前の判断なら、俺はそれを尊重する。会合の時間なんかはこちらで調整しますから、先に商業区での買い物を済ませて貰っていいですか?」

 

「護衛にスピカを連れて行ってください。準備させます」

 

俺達の言葉に頷き、フミタン・アドモスは退出する。十分な時間が経ち、ダンテが無言で手を挙げたのを確認してから話し始める。

 

「問題はこの荷物だな」

 

「こんなもん届けて、ノブリスってのは何する気だったんですかね?」

 

ノブリス・ゴルドンから輸送依頼を受けた物資。タービンズは運び屋の矜持なのか中身を確認していなかったようだが、そんな事は知ったこっちゃない俺達はさっさと中身を検めていた。

 

「武器屋が武器を売るのは当然と言えば当然だがな。余りにもきな臭い」

 

「相談役としては、彼女は黒か?」

 

ロッドの問いに俺は溜息と共に頷く。

 

「残念だが間違いないだろう。航海中バーンスタイン嬢は殆ど化粧をしていなかったし、何よりタービンズから物資を確保できる状況で言い出さなかったのに、今になって言い出すのは不自然すぎる。それにしても」

 

「それにしても、なんです?」

 

聞いてくるオルガについ皮肉気な声音で言ってしまう。

 

「大した忠誠心だと思ってね。ギャラルホルンの襲撃を受けた段階でバーンスタイン嬢諸共殺されていてもおかしくなかった。いや、仮に生き延びても真実を知っている彼女が処分されない訳がない。死人は何も喋れないのだからね。だと言うのに、彼女はまだノブリスに忠義を尽くしている。大したものだ」

 

「何がそこまでさせるんでしょうか?」

 

「さてね」

 

俺はそう言ってはぐらかしたが、本当は心当たりがある。フミタン・アドモスはとても真面目な女性だ。そして恐らくバーンスタイン嬢を嫌っていた。ノブリスの手駒になったのは多分ここ最近の話ではない。むしろ彼女はノブリスの手駒であるのが前提で、バーンスタイン嬢に近づいたと考える方が妥当だろうか。バーンスタイン嬢はあのような性格だ。幼少期も相当にお転婆だった事だろう、今と変わらぬ信念で周囲を、フミタン・アドモスを振り回したに違いない。そして真面目で優しい彼女は、バーンスタイン嬢の影響を強く受けたのだろう。だから彼女は任務と忠義を両立させる為に、バーンスタイン嬢と共に死ぬことを選んでいるのだろう。だが、それは困る。バーンスタイン嬢にこんなところで死んでもらう訳にはいかんのだ。

 

「火星の件といい、今回といいノブリスは脚本家にはなれんな。こんな安っぽいシナリオでは客も興ざめしてしまう」

 

「ならそんなのに付き合う必要は無いってことですね?」

 

愉快そうに笑うオルガに俺は肩を竦めて応じる。

 

「脚本が悪い分はキャストが努力するしかあるまい。早く雇われの身からは抜け出したいところだな」

 

 

 

 

「すまねぇ、ラフタ姉さん」

 

「いいよ、私も気分転換したかったしね」

 

頭を下げながら謝罪してくるアキヒロにラフタはそう笑いながら答えた。半舷上陸の許可が出たものの、ガンダムのパイロットであるミカヅキとアキヒロは万一の場合を考慮して艦内待機を命じられた。ならばと居残りを申し出る元ブルワーズ組に少しでも色々な事を知ってほしいと考えたアキヒロはラフタに頼み込んで彼らを引率してもらう事にしたのだ。

 

「それにしても、ちゃんと兄貴してるじゃない」

 

そう笑うラフタにアキヒロは真面目な顔で口を開いた。

 

「あいつ等は外を知らねぇ。俺もだ。けどそれは良くねえ事だってことくらいは解る。だから、少しでもあいつ等に何かしてやりてぇんだ」

 

「うん、いいんじゃないの。そういうの」

 

そう彼女は柔らかく微笑み、アキヒロを見つめる。そんな二人にマサヒロの元気な声が届いた。

 

「ラフタねぇちゃーん!もう船港に入るよ!」

 

「ドルト3にはシャトルで移動するんだから、焦るなよ」

 

「そう言うビトーだってソワソワしっぱなしじゃん」

 

「はいはい!今行くわよガキンチョ共!じゃあね、アキヒロ!」

 

大きな声で返事をすると、ラフタは彼らへ向かって歩き出す。その胸中に名瀬と愛し合うのとは違う、温かい何かを感じていたが、彼女はまだそれに気づかなかった。




唐突に出てきた美人さんにスポットライトが当たる。
これは危険な匂いがしますね…。

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