「俺はコーラル・コンラッドを過小評価していたかもしれない」
机に突っ伏しながら呻くガエリオを見ながらマクギリスは苦笑を浮かべた。
「ああ、確かに。これ程の強敵を準備しているとはな」
危うく宇宙漂流をする羽目になりかけたコーラル・コンラッドが、泣きわめいている中救助されたのが3日前。救助と同時に不正な金品の受領並びに部隊の私的運用が発覚、即時拘束され現在火星支部内の独房にて本部へ移送待ちをしている。勧善懲悪もののストーリーならばこれで一件落着と閉められる所であるが、実際はそうではない。支部長というトップが汚職を行っていたのだから、その調査対象は火星支部に勤める隊員全員におよぶ。加えて過日の戦闘により損傷した機体の修理、パーツの補給、喪失した部隊の補填を行う必要があったわけだが、何しろ支部長が不在であり、本部から交代を派遣するにしても、軍の高速艇ですら半月はかかるという距離だ。当然その間放置しておくわけにも行かないギャラルホルンは、当面の対応として火星支部に駐留している最も階級の高い人間にその任務を与える事にした。つまり、マクギリスとガエリオである。
「装備と人的損害が軽微だったのが不幸中の幸いだな」
コーラルの起こした一連の戦闘に関する事後処理を担当しているガエリオはため息を吐きながらそう評した。CGS本社襲撃時は多数の死傷者を出したものの、その後の衛星軌道で行われた戦いではほぼ全ての機体が損傷したが、復旧不能な程破壊されたのはコーラルの機体だけであったし、何より人的被害はゼロという奇跡のような数字だった。特に戦闘後の検証において確認されたガンダムフレームの戦闘能力は規格外と言っても差し支えなく、よくぞこれで人死にが出なかったものだと皆で驚いたものだ。
「違うな、この程度の損害で済ませてくれたのさ」
「手加減されたと?」
「どの機体も推進器と武装を集中して狙われている。白兵戦を仕掛けているにもかかわらず、コックピット周辺に損傷を受けた機体すら一機として居ない。これ程露骨なメッセージもあるまい?」
「お前たちなどいつでも殺せる。か?」
顔を屈辱に歪めるガエリオに対し、マクギリスは微笑みながら否定する。
「いや、これは我々と敵対する気はないと言う意思表示だろう。無論ガエリオの言った意味の警告も含まれているだろうがな」
「何故そう言い切れる?」
「コーラル・コンラッドすら生かして返しているからさ。彼らからすれば理不尽に仲間を殺した張本人だぞ?報復に殺しても不思議ではない。だが彼は生きている。つまりギャラルホルンが公正な組織であるならば、人的被害を与えないよう配慮している相手に、本気で仕掛ける無様は出来まいと彼らは言っているのさ。それもあちらは仲間の死を流した上でね」
マクギリスの説明にガエリオは鼻を鳴らして嘲る。
「マフィアの理屈だな。我々は人類社会の治安維持を担うギャラルホルンだぞ?」
「そうだ、民主主義の政治体制を持つ経済圏に資本を依存したな?」
「……」
「既に各経済圏でギャラルホルンという存在に対し疑問を持つ声は大きくなっている。しかも今回の襲撃は経済圏と火星との交渉に対する軍事的干渉だ。これを容認してしまったら、各経済圏はギャラルホルンと言う軍事組織に隷属する事になる。我々が追撃すれば、彼らは間違いなくこの情報をリークするだろうな」
「だが、このまま逃しても同じ事になるぞ?」
アーブラウ代表と火星代表の会談という歴史的事態が、秘密裡に終わるはずがない。それどころか世界中へ発信されると考えるのが妥当だろう。その場でクーデリア・藍那・バーンスタインが、自らの身に起きたことを訴えないなどと言う保証はどこにもないのだ。
「ああ、だから我々は動かない。だが、MSで武装した集団の移動に関して報告を上げない訳にもいくまい?」
「アリアンロッド艦隊か!」
「最精鋭の名に恥じぬ働きを期待するとしよう。それからガエリオには一足先に地球へ戻ってもらう」
「何故だ?」
「表向きはコーラルの護送、本音は保険だ」
「保険?」
「万一アリアンロッドが抜かれれば、その先には地球外縁軌道統制統合艦隊しかいない」
「つまり、俺にカルタの助力をしろと?」
困った顔でマクギリスが応じる。
「カルタはあれで責任感が強い。取り逃がしなどしたら何をしでかすか解らんと思わないか?」
「しかも部下はどいつも実戦経験がない連中ばかりだな、解った。頼まれよう」
「助かる、ああそれと」
「どうした?」
安堵の表情を浮かべるも、直ぐに真顔に戻り視線をモニターへ移したマクギリスは冷静にガエリオへ告げた。
「先ほど受け取った書類だが、何ヶ所か間違いがある。修正して再提出してくれ」
「お前は鬼か!?」
「そんじゃ、これが依頼されていた物資と、ノブリス・ゴルドンからの依頼品だ」
「はい、確認します」
名瀬が差し出したタブレットをオルガ・イツカが受け取ると、隣に立っていたビスケット・グリフォンに手渡す。それを眺めながら、名瀬は愉快そうに口を開いた。
「本当に任せてんだな?」
「鉄華団は彼らの組織ですので」
ビスケットとは反対の方向に立っている男は平然と言い放つ。どう見ても黒幕にしか見えないが、それを指摘するのは野暮だろう。
「地球、正確に言えばドルトコロニーまでの案内は確かに請け負った。しかし、無理に正規の値段を支払う必要はなかったんだぜ?」
「とんでもありません。こういう時だからこそちゃんとしなきゃいけない。弱るとたかりに来るなんて噂が立ったら、他の連中に申し訳が立ちません。それに」
真面目な表情でそう口にするオルガを名瀬は目を細めながら愉快そうに眺める。
「それに?」
「タービンズにはもう返しきれねぇ恩を貰ってます。せめて料金くらいちゃんと払わなきゃ筋が通りません」
「と、言っているぜ?」
「社長が決めた事ですので」
そうもう一度水を向けるが、男は素っ気無い態度でそう返事をするのみだった。
(成程ね。俺への礼儀の為に出席はするが、内容は本気でガキ共に任せるって事かい。相変わらずの博打野郎だな)
「了解だ。それから紹介したい奴がいる」
そう名瀬が前置きし、自身の後ろへ視線を送る。
「メリビット・ステープルトンさんだ。テイワズからの監査役になる」
「メリビットと申します。宜しくお願いします」
「本社じゃなくて、ウチらにですか?」
「ちゃんと利益を引っ張ってこれるかはお前さん達次第なわけだろ?テイワズとしちゃあ、ちゃんと言った通りに出来るか監視しときたいってわけさ」
「ちょっと、名瀬さん」
「いえ、当然の判断です。幾ら大人がいるって言っても、大半は学も無いガキの集団。手綱を付けたいって思われても何もおかしなことじゃない。メリビットさん。ウチはこの通りなんで色々ご不便おかけすると思いますが、宜しくお願いします」
「え、あ、はい。宜しくお願いします」
慌てて応じるメリビットを見ながら、名瀬は更に口を開いた。
「んで、こっからはタービンズからの依頼だ。ウチで護衛機を任せてるパイロットがいるんだが、こいつらをお前達の所で鍛えて欲しい」
「名瀬さん、それは」
「勿論こんな時だ、機体はこっちで用意するし整備の人間もつける。まあぶっちゃけると、アキヒロ達にボロ負けしたあいつらがどうしても付いてって負かすと聞かなくてな。頼まれちゃくれねえか?」
鉄華団が運用している機体の大半は鹵獲したマン・ロディだ。順次改造し地上戦も可能なランドマン・ロディに更新しているものの、それでも全部で6機というのが現状である。他の機体を合わせても地上で運用できる機体は10機のみという状況は、ギャラルホルンの庭先で遊ぶには心もとない数である。一機でも多く護衛をつけてやりたいという、名瀬の気持ちから出た提案だった。無論、先ほど言った本人たちの思いも本当に含まれているのだが。
「しかし…」
「宜しいのではないでしょうか、社長。独立直後で経営状態は正直宜しくありません。頂ける仕事は受けるべきでしょう。ああ、ただ確認しておきたいのですが、名瀬氏」
「なんだい」
「鍛えろと仰りますが、実地訓練は許容頂けますかな?」
「構わねぇよ。むしろ望むところだ」
「承知しました。どうでしょうか社長」
「ありがとうございます。名瀬さん。このご恩は必ずお返しします」
「ああ、ちゃんと儲けさせてもらうさ。だから死ぬなよ」
そう頭を下げるオルガに名瀬は笑いながら答えた。
「っしゃあ!勝負だアキヒロ!!マサヒロ!!」
「ラフタさん!?」
「ラフタ姉ちゃん?なんで?」
「勝ち逃げなんてさせらんないからね、ペドロ達も覚悟しなよ」
「アジーさんまで」
「つっても俺ら機体無いんだけど」
「なんだと!?」
「俺ら予備パイロットですよ」
「マン・ロディはジャックオーランタンと一緒に隠しちゃったし」
「なら正規パイロットの連中を出しなさいよ!ぶっ飛ばしてやるんだから!」
吠えるラフタを見てアキヒロが慌てるが、それはあまりにも遅かった。
「ほう、テイワズのパイロットか。興味深い」
「んあ?ねーちゃん達誰だ?」
通りかかったロッドとシノがそう声を掛けてくれば、後は芋づる式にパイロットが集まってくる。そして最後に現れた人物が呟いた。
「これは天下一武道会だな」
後に鉄華団の狂気の代名詞となる訓練が産声を上げた瞬間だった。