「ギャラルホルンの人間と接触しただと?」
「はい、社の周辺で起きた戦闘について調査していると」
「何を調べるって言うんだよ、戦闘を仕掛けてきたのはそっちじゃねぇか」
急ぎの報告があると駆け込んで来たビスケットの言葉に、皆顔を顰める。その中で思案顔だったロッドがビスケットに問うた。
「調べていた人物の特徴は?」
「金髪碧眼の青年と青髪碧眼の青年でした。服装は一般的なスーツ姿だったので階級とかは解りませんでした。あ、けど金髪の方はマクギリス・ファリドと名乗りました」
その言葉にロッドが得心したように頷く。
「マクギリス・ファリドは監査部の人間だ。恐らくコーラルの行動を内偵していたのだろう。社長、これは好機ではないだろうか?彼らに事情を話せば」
「ギャラルホルンが手打ちにしてくれるって?そいつは少しばかり楽観が過ぎるぜ、ロッドさんよ」
「監査部はギャラルホルンの綱紀粛正を司る部門だ。その彼らがコーラルと対立した動きを見せている、それにファリドと言えばセブンスターズ。彼らなら信頼できるのではないか?」
元とは言え自分が所属していた組織だ。その正当性や健全性を信じたい気持ちは解らないでもないんだけどね。
「私もマルバの意見に賛成だな。敵の敵は味方、と言いたいがまだ彼らが敵対しているとは限らない。それにだ、ロッド。コーラルがこのタイミングでバーンスタイン嬢を襲撃した意味を考えてみろ」
「それは、単純に好機だったからではないのか?」
そう返してくるロッドに俺は眉を寄せながら言い返す。
「戦術的には好機かもしれないが、戦略的に考えれば最悪だろう。戦力を独断で動かし、民間人に被害が出るような作戦を実行するのだぞ?監査が入ると解っていてそんなタイミングで不正に手を染めるなど完全に悪手ではないか」
「……」
「つまりコーラルはバーンスタイン嬢を確保ないし殺傷すれば、監査結果程度容易に覆せると判断している訳だ。更に否定的な事を言わせてもらえば、コーラルと対立しているからと言って、バーンスタイン嬢の身柄を監査部の人間が欲しがらない保証はどこにもない。そもそもその監査部とやらが正常に機能しているなら、監査結果を覆せるなんて事は起きるはずがないからだ」
ギャラルホルンにとっての正義とは、現状構築されている世界秩序の維持継続だ。しかしこれは大きな矛盾を孕んでいるとも言える。何しろ彼らは政治とは独立した武装組織である。世界が平和であればあるほど、自らの存在理由と権能を失っていく集団なのだ。初期の理念がどの様なものであったかは知らないが、組織とは存在する時間が長くなればなるほど、その組織自体を維持しようとする力が発生するようになる。そして彼らが存続し続けるのは、世界は程々に混乱し不満があった方が都合がよい。更に出資している勢力に影響力がある人間を抑えられれば最高だろう。
「はっきり言ってしまえば、組織としてのギャラルホルンは誰であれ信用するに値しない。残念ながら我々の計画は継続だな」
俺の言葉にマルバが溜息を吐いて口を開く。
「名瀬から連絡が来た。こちらの申し出を受けてくれるそうだ。オルガ」
「はいっ!」
「基本的に分けた社の代表はお前って事になる。この馬鹿は付けるがあんまり信用するな。経営者じゃなくて博徒の類だからな。腕だけはいいからこき使ってやれ」
「お手柔らかに頼むよ」
俺がそう言って手を上げると、不敵な笑みを浮かべたオルガが口を開く。
「ええ、鍛えてもらった成果を見せるいい機会です。目一杯使わせてもらいます」
「次の教育内容が決まったな。敬老精神だ」
部屋に笑い声が響き、それが静まるとバーンスタイン嬢が真剣な表情で口を開く。
「ノブリス・ゴルドン氏より資金援助の承諾を頂きました。ただ、そのかわり条件が」
「条件?」
「地球圏のドルトコロニーに私と同じくノブリス氏から支援を受けている組織があるそうです、そこへ物資を運んでほしいと」
「どうする?」
「CGSの資産が使えない以上、資金はなるだけ確保したいな。ついでに言えばバーンスタイン嬢の後ろに彼が居る事のアピールにもなる。受けておこう」
俺がそう言うとマルバが頷き、それから思い出したように告げてきた。
「荷物と言えば、アキヒロ達が合流出来るそうだ。タービンズが運んできてくれるそうだから、その辺りの受け入れも頼むぞ」
アキヒロ達はテイワズにガンダムフレームのレストアを依頼する為に出かけていた。今後を考えれば戦力の強化は必須であったことから、売却せずに手元に残す方向で話がまとまったからだ。おかげでそれなりに毟られたが必要経費と割り切るしかあるまい。
「私も同行させてほしい。グレイズは持っていくのだろう?」
「元よりそのつもりだ。ギャラルホルンの戦術に最も詳しいのは貴様だからな。それに普通の教官も経験させてやりたい」
ロッドの申し出を素直に受ける。なんせ俺の指導は少々厳しいらしいからな。大体枕詞に鬼とか悪魔とか付けられる。まあ慣れてるからその程度で手は緩めんが。
「ハエダとササイには留守を任せる。サブードとヤスネル、それから2番隊の何名かは欲しい」
「戦利品組を連れてけ。あいつ等ならお前の子飼いだって言い訳が立つ。ああ、それからスピカがクーデリアの嬢ちゃんの護衛に志願してる。一緒に持ってけ」
「助かるよ」
4番隊の面々は医療関係の知識をつけさせていたからな。なんせ仕事が仕事だ。防疫が必須だったからそれならばとついでに応急処置なんかを教えておいた。見込みがありそうな数人は出入りしていた医者に金を握らせて専門的な知識を覚えさせている。流石にそちらは今回間に合わなかったが。
「専門の医療関係者が居ないのは心細いですね」
オルガがそう顔を顰めた。この時代多少の怪我程度なら医療ポッドに放り込んでおけば治ってしまう。だが臓器の損傷などの専門的な外科手術を要するような内容は未だ医者頼りだ。だけど、医療関係者かぁ。流石に産業医とはいえ、外部の人間を巻き込む訳にもいかんしなぁ。
「お話し中失礼します。ちょっと相談役をお借りしたいんですけ、ど。何です皆さん?」
頭を悩ませている皆の前に、空気の読めない声が響く。彼の顔を見て一同は顔を見合わせ、そして邪悪に笑ったのは言うまでもない事だった。
(クランクの無能めが!!)
怒りの感情を御しきれず、コーラル・コンラッドは机に額を打ち付けた。そうしなければ絶叫してしまう確信があったからだ。
(単独出撃の上にMIAだと!?誰がそんな命令を出した!?)
監査の二人が地上に降りたことは確認している。つまり誤魔化していた部隊の損耗は最早誤魔化しきれない所に来ている。今更グレイズ一機と士官一人程度の損失は大した事ではないが、目的であるクーデリア・藍那・バーンスタインの殺害に失敗したことは大きい。例え監査によって今回の件が露見したとしても、武装組織と結託しての武力蜂起を未然に防いだ功績と、ノブリス・ゴルドンより得た報酬による賄賂で十分地球での地位を獲得出来る筈だったのだ。
「…いや、まだだ。まだ逆転の目が無いわけではない」
既に隠蔽できないと言うのなら、隠蔽せずに自らの望む方向へ状況を誘導するしかない。破綻してしまった最良の計画を惜しんで続けていても待ち受けているのは計画の失敗でしかないのだから。
「すまない、ファリド特務三佐とボードウィン特務三佐を呼んでくれないか?」
連絡から数分でやってきた二人に対し、コーラルは沈痛な表情でそれを告げる。
「実は、二人にお話ししたい事が出来た」
その言葉にマクギリスは僅かに微笑み、ガエリオは皮肉気な笑みを浮かべる。その挑発的な表情に怒りを覚えるが、コーラルは表情を崩す事無く告げる。
「クリュセ自治区を治めているバーンスタイン家の令嬢、クーデリア・藍那・バーンスタインが武装組織と結託し、武力蜂起を計画しているとの密告があった。調査の結果、CGSを名乗る民兵組織が協力者である事を確認した。私は早期解決のため地上に展開していた各隊を呼集、彼等の拠点へと派遣した。これが先日の話だ」
「…ほう?」
「何故今まで黙っていたのです?」
目を細め問い質してくる青年達に、コーラルは悲しみを湛えた表情が崩れぬよう、細心の注意を払いながら言葉を紡ぐ。
「身内の恥を晒すようで汗顔の至りだが、彼女の掲げる火星独立を支持する隊員も少なくない。経済圏の影響力が低下すれば相対的にギャラルホルンの権力が増すからな。そうした彼等から情報が漏洩する可能性があったからだ」
「成程、それで極秘裏に鎮圧を?」
その言葉にコーラルは頭を振る。
「最初は説得を試みたのだ。我々は人間だ、獣ではない。言葉を尽くせば無用な争いは避けられると私は確信していたのだ。それが、この様な事態を招くとは」
「交渉は決裂したのですか?」
憤りを滲ませつつコーラルは手を組み、額を乗せる。表情を見せないまま、彼は答えた。
「交渉にもならなかったよ。取り囲んだ我が方に対し、連中は奇襲を仕掛けてきた。信じられない事にMSを4機も保有していたのだ。襲撃を受けたモビルワーカー隊を援護する為に盾となったMS隊は4機を失う大損害を被った。最早ここに至っては穏便に事態を収束できないと私は考え、君たちに打ち明けることにしたのだ」
僅かな沈黙の後、口を開いたのはマクギリスだった。
「大変興味深いお話でした。コンラッド三佐。しかし、少々遅かったようだ」
「っ!?」
「通信記録の改竄は徹底すべきでしたね。地上側にしっかりと貴方本人の通話記録が残っていましたよ」
「ば、馬鹿な、駐屯地には立ち寄っていなかった筈だ!?」
狼狽するコーラルを、ガエリオが冷笑する。
「火星支部には、ギャラルホルンの正義を貫こうと言う人間も多くいたと言う事ですよ。貴方が想像する以上にね」
「ま、待ってくれ!連中がMSを秘匿していた事は事実なんだ!更にクーデリア・藍那・バーンスタインがこの後に――」
「アーブラウ代表である蒔苗氏と極秘に会談を行う、でしょう?既に本部でも確認済みの情報です」
マクギリスの放った言葉で、コーラルは自身の計画が潰えたことを自覚する。しかし救いの手は意外なところから差し伸べられる。
「本部としてもこの会談が実現する事は望まないでしょう。ですが、彼女の殺害は波紋が大きすぎる。どうでしょう、我々に彼女の身柄を預けてはいただけませんか?」
お前の罪を見逃す代わりに今回の功績を譲れ。発言の意味を正確に理解したコーラルは内心でほくそ笑む。提案に同意すれば大手を振って部隊を動かせる。そして部隊さえ動かせるなら小娘一人を殺害する方法など幾らでもあるのだ。後は先に自分が功績を立ててしまえば、彼等が脅しの材料にしている内容すらもみ消せるのだ。賭けに勝ったことを確信したコーラルは、それを噯にも出さず神妙な顔で頷いて見せる。
「解った。だが部下の手前もある。作戦には私も参加させて欲しい」
二人が退出した後の司令室に、コーラルの高笑いが響くまでさほど時間は掛からなかった。