起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

22 / 85
21.利益の供与は物事を円滑に進めるための必須条件である

「さて、これで我が社とクーデリアのお嬢さんは晴れて運命共同体と相成ったわけだ」

 

応接室に集まった面々を見ながらマルバがそう口を開いた。俺が黙って頷くと、マルバが続ける。

 

「当初の予定ではウィル・オー・ザ・ウィスプとシラヌイの二隻で通常の航路を移動。地球には1カ月で到着予定だった」

 

「クーデリア嬢の保護、いや、暗殺と言うべきか。その指示はギャラルホルン火星支部長であるコーラル・コンラッド三佐から直接言い渡された。少なくとも火星支部に所属する艦艇からの追撃は避けられないと見るべきだ。アリアドネ沿いの航路では振り切れない」

 

俺の後ろに立っていたロッド・ミライが静かにそう意見を出す。何か最初は名前変えろ、服もウチの社員のにしろって命令する度に、くっ!殺せ!とかほざいていたが、死ぬ死ぬ言うけどお前が無責任にくたばるとこの子達が危険な目に遭うぞ?それもお前の元職場のせいで。それとも高潔な軍人様は子供の命より自分の名誉の方が大事なんか?って聞いたら大人しく協力的になった。成程、これが悪堕ちってやつか。

 

「となると抜け道って事になるが」

 

「この辺の抜け道は大抵オルクスが仕切ってる。ギャラルホルンと繋がってるのは間違いねぇから、みつかりゃ確実に通報されんね」

 

マルバの言葉にしかめっ面のトドが応じる。

 

「動くならばこの数日が勝負だろう。確か今日から火星支部には監査が入っているはずだ。その間はコーラルも派手に艦隊を動かす事は出来まい」

 

「問題はバーンスタイン嬢を送り届けている間、本社を如何にして守り通すかだな」

 

「…それについてなんだが、ちょっとした案がある」

 

「聞かせてくれ」

 

真剣な顔でそう口にするマルバに、俺は続きを促した。

 

「現実問題として、社にいる全員で移動は不可能だ。人数が人数だし、何より非戦闘員が多すぎる」

 

その意見に全員が頷く。

 

「そこで、社を二つに分ける。一つは今のまま火星に残る組、そしてもう一つはクーデリアの嬢ちゃんと地球に向かう組だ」

 

「いやいや。違う会社になったから無関係、なんて聞いてくれる相手じゃねえでしょ」

 

呆れたようにトドが突っ込むが、マルバの表情は変わらない。

 

「だから本当に社を分ける。クーデリアの嬢ちゃんに同調した過激派が社を離反、残っているのは装備を持ち逃げされた老人や女子供連中だ。当然会社経営もままならんからこっちは別の企業に身売りをする」

 

「おい、まさか」

 

「ああ、CGSをテイワズに売る。と言っても残るのはどうせこの社屋くらいなもんだ。大した資産じゃねえ、だから借金をする」

 

「借金、ですか?」

 

話について行けていないバーンスタイン嬢がそう訝しげに聞いた。まさかその借金が自分に今から降りかかるなんて思いもしていないだろう。

 

「そうだ、クーデリアの嬢ちゃんはアーブラウ代表にハーフメタルの貿易自由化を求めに行くんだろう?つまりそれが成功すれば火星のハーフメタル採掘っていう利権が生まれる。その権利を同行する会社に貰いてぇ」

 

その言葉でトドは得心したのか腕を組んで唸る。

 

「成程ね。テイワズに身売りする会社は、いずれそのハーフメタルの利権で分社が買い戻す手形ってわけだ。当然身売りしたまんまでなけりゃ買い戻しの話はなくなる。利権が欲しければ連中はしっかりと残った連中を守らなきゃなんねぇ」

 

「火星支部のみでテイワズと事を構えることは難しいだろう。だがギャラルホルン全体が動けばその限りではないぞ?」

 

ロッドの言葉に、マルバは笑う。

 

「動かねえよ。火星の独立性が強まって困るのは経済圏の連中だ。何しろ植民地を失って弱体化するんだからな。ギャラルホルンとすれば、資金提供するパトロンが増える上に、各経済圏の影響力が低下するんだ。パワーゲームがしたい連中にすれば願ったり叶ったりなんだよ」

 

「離反組の人選は?」

 

俺がそう聞くとマルバは覚悟を決めた顔で告げてくる。

 

「革命家に煽動されるならそれらしいのが必要だ。若くて社会に不満がある奴や、会社の乗っ取りに失敗した奴とかな?」

 

俺はその言葉に深々と溜息を吐く。

 

「つまり、私と3番隊か。そうなると全てのMSを持っていくのは無理だな。売り払うか?」

 

「今からじゃ不自然だし買い叩かれるのがオチだ。箱舟に戻すのが無難だろう」

 

「やはりそうなるか。移動には予定通りウィル・オー・ザ・ウィスプとシラヌイを使うぞ?」

 

「あ、あの!」

 

俺達がそう進めていると、バーンスタイン嬢がそう声を上げた。

 

「その、私にも解るようにご説明頂けませんか?」

 

彼女の願いに困った顔でこちらを見るマルバ。おいきたねえぞ社長。釣られてこちらを見つめるバーンスタイン嬢に対し、俺は渋い顔になるのを自覚しつつ警告する。

 

「ここから先は完全に我が社の話です。聞いてしまえば我々は貴女を解放出来なくなる」

 

何しろ箱舟の件は我が社の命綱の一つだ、露見することは絶対に避けねばならない。そしてどんなに義理堅く信用に値する人間であっても、そこから情報を引き出す方法が存在する以上、完全に手放すことは出来なくなってしまう。そうなれば今だけの話ではなく、今後も永久に彼女と我々は不可分になってしまうのだ。その意味は彼女自身が考えているよりも遥かに重く、危険な事だ。

 

「か、構いません。私達は運命共同体なのでしょう?なら、私はちゃんと全てを知りたい!」

 

そう言い切る彼女に俺は釘を刺す。

 

「構わないなどと軽々しく口にするものではないよ。君と我々は今現在利益が一致しているが、今後もそうだとは限らない。知ってしまった貴女を我々は利益を護る為に殺す可能性だってあるのです。それでも知りたいと?」

 

「それはっ、でも!」

 

「ままま、まあまあ、二人ともちょっと抑えなって!」

 

慌てた様子でトドが割って入ると、バーンスタイン嬢の方を見て口を開く。

 

「お嬢さん鉄火場は初めてだろ?寝不足だし飯でも食って少し落ち着きな。そんで冷静になっても知りたいって言うならそんときゃ改めて聞きゃあいい」

 

その一言で一先ず解散という流れになる。と言っても部隊の編制は進めてしまうが。バーンスタイン嬢が頭を下げ退出したのを確認したロッドがこちらを見て口を開く。

 

「私には話しても構わないだろう?箱舟とは何だ?軌道ステーションの事ではあるまい?」

 

火星において一般的に箱舟と言えば、静止軌道上に存在する共同宇宙港を指す。ここには艦艇の係留のほかに物資の保管用の借用スペースがある。なので公にしたくない物資や装備のやり取りについての隠語として、敢えて同じ名称を使っていたのだ。俺は頭を掻きつつロッドに俺達の箱舟について説明する。

 

「以前、この辺りを縄張りにしていたブルワーズと言う海賊とやりあったんだが」

 

「名前は聞いたことがある。確かMSを大量に保有する武闘派だったか。コーラルは放置していたが」

 

海賊は密貿易船をよく襲ってるからな。特にあいつ等は武闘派と呼ばれる程考え無しにやっていたから、図らずも密貿易の抑止になっていたんだろう。

 

「不思議だったんだ。あんなに馬鹿な連中が何故MSを大量に運用できるのかとね」

 

やってみれば解るが、MSを真面に運用しようと思えば、モビルワーカーの比ではないコストがかかる。何せ装甲一枚直すのだって専用の設備が要るのだ、外部に頼んでいたらそれこそ幾ら金があっても足りないだろう。

 

「…まさか、MSの生産設備を持っていたのか!?」

 

当たらずとも遠からぬ答えを出すロッドに俺は正解を告げた。

 

「正確にはロディ・フレームの製造設備と装甲の生産設備だな。ついでに言えばリアクターの製造能力は無いから新規で生産するならリアクターの確保が必要になる」

 

「海賊が、そのような…」

 

ロッドはそう絶句するが、これはブルワーズが途轍もない幸運に恵まれたというのが正解だろう。捕縛した連中の残党をテイワズに売り渡すことを告げたら、一人の海賊が命乞いをしてきた。何でも元々は民間の技術者で、モビルワーカーに対する知識があった為にブルワーズに脅迫されて従っていたとか。その彼が自分の対価として提示してきたのが、彼らの拠点としていた大型艦の存在だった。んで、この大型艦と言うのが、半壊した工作艦だったのである。しかも製造設備が生きたままの。

 

「待て、確かお前たちはサルベージ業でっ!?」

 

お、察しがいいね。けどそう簡単には行かんのだよなぁ。

 

「製造済みの分は確保したんだがね」

 

ウッキウキで工作機械を確認したら、全て阿頼耶識システムで操作する方式だった。じゃあ誰かに試してもらおうかって話してたら件の海賊に慌てて止められた。何でも工作機械の負荷はMSの比じゃないとの事。

 

「製造過程の一切を丸ごと脳に詰め込むんです。大抵の奴じゃ廃人になって終わりですよ」

 

ブルワーズではヒューマンデブリを使い捨てる事でその問題を無理やり解決していたらしい。無論ウチではそんなことは出来ないので、製造設備は絶賛休業中である。ただデブリ帯の奥まった位置かつ、工作艦故か大出力のリアクターのおかげで周辺のデブリ密度も濃く、更に艦自体がMSの保管輸送を前提としているため、MSの秘匿整備にこれ程向いている場所もない。距離が遠いので頻繁に通うのは難しいが。

 

「つまり、持っていけない機体の隠し場所も問題ないという事か」

 

「地上にある分も上げてしまう方が無難だろう。問題はテイワズが乗ってくるかだが」

 

「オルクスを出し抜くには道案内も要る。となりゃあ可能性があるのはタービンズだ。そこから突っついてみての出方次第だな」

 

「あの任侠屋が慕っている相手なら、上手くいくと信じたいがね」

 

取敢えず、やれることはやっておこう。

 

 

 

 

「へえ、ウチに身売りたあ中々面白れぇ事を思いつくな」

 

「どうでしょう、親父。俺としちゃあ乗りたいんですが」

 

名瀬の言葉に古参の幹部達が不快さを隠さない視線を送る。名瀬・タービンはテイワズの中では新参だ。トップであるマクマード・バリストンのお気に入りかつ、新航路開拓による利益供与によって一気に幹部会に顔を出すようになった彼を疎ましく思う人間も少なくない。特に彼が女を食い物にしていると放言する事で、確実に収益に影響が出ている風俗関連を扱っている人間はその傾向が顕著だ。そんな緊迫した空気を破ったのは、マクマードのすぐ近くに座っていた派手な男だった。

 

「いいんじゃねぇの?俺は賛成だぜ」

 

「叔父貴!?」

 

注目を集めなおしたジャスレイ・ドノミコルスは口角を上げながら持論を口にする。

 

「ウチは火星に本格的な拠点を持ってねぇ。地球とのやり取りをするにも中継点が出来るのは歓迎だし、成功すりゃ恩を売れる上にハーフメタルの利権だ。失敗してもはした金で火星に支部が持てると思えば悪くねえ取引だ」

 

「ですがギャラルホルンを刺激する事に!それに守るとなりゃ戦力を送る必要だって!」

 

そう立ち上がって力説する幹部に向かってジャスレイは手を振りながら答える。

 

「テイワズの看板相手に簡単に喧嘩なんざ吹っ掛けてこねえよ。そんなことしたら圏外圏が大荒れになるのがギャラルホルンの奴らは解ってるからな。面倒なだけで金にゃならねえ事を向こうもしねえさ。だからウチの下に居るって事実だけで十分守れる、戦力を送る必要もねえ。それでも欲しいってんなら俺の所が出してやるよ」

 

不敵に笑いながらそうジャスレイが口にすると、立ち上がっていた幹部は黙って席に座りなおす。それを見届けたジャスレイは視線を名瀬に移し、言葉を続ける。

 

「ただ、傘下に入れるのは結構だが盃を交わすのはナシだ」

 

「ですが、それじゃぁウチの身内とギャラルホルンが判断するか」

 

「オイオイ、名瀬よ。ウチは企業、営利団体だぜ?儲け以上のリスクは背負えねぇ。第一後から買い戻されてえなんて言ってるやつらを身内になんて引き込めるわけねえじゃねえの?」

 

そう肩を竦めるジャスレイを名瀬が睨むが、別方向からの言葉に彼は驚きの表情となる。

 

「俺もジャスレイの意見に賛成だ。傘下に入れるのは構わねえが、懐までしまい込むのはナシだ」

 

「そんな!親父!!連中はリアクターの供給でテイワズに貢献してくれてる!ここで見捨てちゃ不義理ってもんじゃないのか!?」

 

そう懇願する名瀬をマクマードは苦い表情で説得する。

 

「それが問題なんだよ。ウチがギャラルホルンから本気で目の敵にされてねえのは圏外圏の治安維持もあるが、ウチのMSがリアクターの供給を外部に頼っているからだ。身内にしちまえば例え連中が買い戻してもはいさようならとはいかねぇ。そうなりゃギャラルホルンも黙っちゃいられねえだろう。だから傘下にゃ入れてやるし、お前んところが手助けするのも認める。だがそれ以上は認められねぇ」

 

断言された名瀬は俯き唇を噛む。だが、直ぐに顔を上げると真剣な顔で言い放った。

 

「解った、今の内容で先方には伝える。あと、タービンズが助ける分には構わないんだな?」

 

「構わねえが常識の範囲内にしておけよ。入れ込み過ぎるとお前も庇いきれなくなる」

 

「肝に銘じておくよ」

 

マクマードの言葉に名瀬はいつも通りの笑みを浮かべて応えた。

 

「親父、名瀬の野郎入れ込み過ぎだぜ。もう一度釘を刺すべきじゃねぇか?」

 

私室に戻ったマクマードに付いてきたジャスレイがそう苦言を呈する。価値観の相違から反発しあう仲ではあるが、ジャスレイ自身名瀬の商才は認めるところであるし、何より彼が下手を打てば被害はテイワズ全体に波及する。それは名瀬と同じく運輸を生業としているジャスレイにとっては文字通り死活問題だ。

 

「なあジャスレイ、お前はCGSの連中をどう思う?」

 

ジャスレイの言葉には答えず、マクマードはそう聞き返して来た。その事を不満に思いながらも、ジャスレイは自らの意見を述べる。

 

「訳が解らねえ連中だよ。利益にならねえならお近づきにもなりたくねえや」

 

「ほう?」

 

彼も伊達にテイワズのナンバー2に座っている訳ではない。事実マクマードは彼の鑑識眼の確かさを高く評価していた。

 

「博打みてぇな方法で荒稼ぎしたかと思えば、いきなりヒューマンデブリを解放して大損をして見せる。真面目に仕事をしてるように見せかけて、抜け抜けと違法行為にも手を染める。何がしてぇのか解らねぇ、だから予想がつかねぇし、何処に逆鱗があるかも解ったもんじゃねぇ。おまけにギャラルホルンと喧嘩するだけの力まであるときた。そんなの次の瞬間爆発するかもしれねえ特大の爆弾みてえなもんだ。近くに居てえ訳がねえわな」

 

「…おめえらがもうちょっと仲が良けりゃなぁ」

 

自身とほぼ同じ評価を下すジャスレイを見て、マクマードはそう呟く。名瀬は誠実だがその分清濁併せ呑むという才覚がない。ジャスレイは世渡りに明るくその辺りは上手いが、野心が過ぎて内に敵を抱えやすすぎる。二人がそれぞれを認めて折り合いをつけてくれれば直ぐにでも地位を明け渡せるというのに。マクマードは内心そう溜息を吐く。

 

「あ?何だって、親父?」

 

「何でもねえ、ついでに言えば博打を打つ度胸もあれば、それに勝っちまう運なり実力なりもあるってわけだ。軒を貸したつもりが母屋を取られちゃたまんねえやな?」

 

親の気持ちも解らずに呑気に問うてくるジャスレイにマクマードはそう返す。この一件が彼らの成長につながることを密かに期待しながら。




さあ、どんどん御都合主義が捗りますよ。
何せ筆休めの軽い話ですからね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。