起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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14.凡夫の勇は英傑の勇に勝る

終業時間のアラームが鳴り響くのを聞き、マルバ・アーケイはため息を吐いた。数時間前、作戦成功の報告を聞くまでは気が気でなかったが、どうやらCGSの悪運は尽きていないようだ。厄介者が居ないおかげで平穏無事に終わった今日という時間に惜しみながら別れを告げ、マルバは社長室へと向かう。

 

「社長の目があったら社員が帰りづらいだろう。残業は社長室でやれ」

 

誰のせいでオフィスに居る羽目になったのか小一時間問い詰めてやりたかったが、どうせ効果がないのでマルバは止めた。無駄な事はしない。マルバは賢いのである。

 

「それにしても、ブルワーズを喰っちまうか」

 

お前の会社は近いうちブルワーズに喧嘩を売って壊滅させるぞ。もし奴に出会う前の自分にそう聞かせたらどういう反応をするだろうか。恐らく与太話と鼻で笑って、相手が詐欺師ではないかと疑うだろう。あの頃のCGSは警備会社を名乗りつつも士気、練度共に海賊以下の集団だったからだ。決裁の書類を入念に確認しながらマルバは自嘲気味に笑う。

 

「そう言えば、こうしてちゃんと書類仕事をするようになったのもあいつが来て以来か」

 

事務職としてデクスター・キュラスターを雇って以降、書類は碌に目も通さずサインを書くだけの存在に成り下がっていた。その頃のマルバは全てをあきらめていて、会社運営よりも私財を如何に増やすかの方に関心が向いていたからだ。もしデクスターがあと少し無能か、善良な人間でなかったなら、とっくの昔にCGSは消えていた事だろう。

 

「まあ、今の状況が順調とは口が裂けても言いたかないが」

 

そう言ってマルバは顔を顰める。ブルワーズを下したことは喜ばしい事ではあるが、流石にこれだけ話がでかくなれば、隠し通せるものではない。間違いなくギャラルホルンには目を付けられるだろうし、裏社会の連中からも警戒されるだろう。何しろ自分達は今を時めく“海賊狩り”だ。倒して名を上げようなどと言う馬鹿は少ないだろうが、武力と言うのは存在するだけでも他者を威圧するものだ。火星を拠点に突如現れた武装集団など、どの方向からも歓迎されないのは明白だ。

 

「テイワズの動きも消極的だし、味方と見るのは早計だな」

 

タービンズを通して交流はあるものの、所謂そちらの話は全くないし、そもそも本社側からアクションもない。つまりテイワズとしてもCGSは距離を取っておきたい相手と認識されている訳だ。

 

「まあ、あんな要求したらなぁ」

 

テイワズの下部組織は幾つもあるが、その中には自衛用のMS製造部門がある。外向けにはあくまで作業用MSのレストアを行う部門となっているが、オリジナルのフレームを製造し、あまつさえMS用の武装まで開発、同組織内にばら撒いている企業を額面通りに受け取る馬鹿はいないだろう。木星圏という距離的な問題と、エイハブリアクターを自力供給出来ないという点からギャラルホルンからは警戒されつつも実力行使には至っていないというデリケートな存在だ。その組織に対し、MSのライセンス生産をCGSは申し込んでいる。無論非公式の事であり、仲介を頼まれた名瀬・タービンは顔を引きつらせていたが、その心労について同情はするがマルバの考慮すべき事ではない。

 

「しかし、話が通ったとしてもアイツはどうするつもりなんだ」

 

仮に全てが上手くいったとして、火星にMSの製造拠点など設ければギャラルホルンが黙っていないのは明白であるし、何よりMSを造ったところで購入先など非合法組織くらいしか存在しないのだ。

 

「いや、まさか、な?」

 

そんな事を考えているうちに、相談役が何気なく言い放った言葉をマルバは思い出すが、意図的に頭を振る事でその考えを追い出す。確かにあの男は途轍もない馬鹿ではあるが、流石に世界を相手に喧嘩をしようなどとは思わないだろうからだ。そんなものはただの自殺でしかない。

 

「……」

 

ずしりと胃に重みを感じマルバは机から胃薬を取り出す。ため息と共に蓋をひねった瞬間、ドアがノックされた。

 

「ん?誰だ?」

 

「私だ。今良いだろうか?」

 

「…まあ、取り敢えず入れ」

 

了承の言葉にドアを開けたのは、件の相談役だった。予定よりも早い帰りに疑問を持ち、マルバは問いかける。

 

「随分早いな。他の奴らと明日帰ってくるものと思っていたが」

 

何しろブルワーズ相手の喧嘩だ。戦利品も今までの比ではない。当然それらの処分を目立つところでするわけにも行かないので、ギャラルホルンの監視が行き届いていない場所でタービンズと落ち合う手はずになっている。

 

「ああ、急ぎの用事が出来てな。私だけ先に帰ってきた」

 

そう言って相談役は手にしていたアタッシュケースから紙の束を取り出す。

 

「今回獲得したヒューマンデブリの権利書だ。30程ある」

 

「ん」

 

差し出されたそれをマルバが受け取る。何時ものように金庫に仕舞おうとしたところで、相談役が手を離さない事に気が付いた。

 

「おい?」

 

「マルバ、頼みがある」

 

「あ?頼み?殊勝な事を言うじゃねぇか。いつもは勝手気ままにするくせに」

 

そう皮肉を口にするが、相談役は真剣な表情を崩さない。

 

「これでも私は、我が社に貢献してきたつもりだ。言い方は悪いが、それなりに儲けさせることが出来たと思う」

 

「それで?」

 

「今までの事は利益が出ると踏んでの事だ。だが今回は違う」

 

その言葉にマルバは目を細めた。

 

「今以上に利益を出すと約束する。足りんと言うなら幾らでも俺に借金を背負わせてもいい。テイワズなりなんなり好きなところに売り払ってくれて構わん。だから」

 

捲し立てた相談役は、そこで息を吸い込むと頭を下げた。

 

「我が社のヒューマンデブリを、全て解放して欲しい。頼む」

 

短い沈黙を破ったのは、マルバだった。

 

「マ、てめえウチが今何人ヒューマンデブリを抱えてると思ってる」

 

「211人だ」

 

「バカヤロウ241人だよ、今日お前が30増やしたからな。そいつら全員に普通の社員待遇を与えたら、どうなるか解ってんだろうな」

 

「解っている」

 

CGSが大所帯になっても回せていたのは新規の雇用対象においてヒューマンデブリの率が多くを占めているからだ。自身の買い取りという名目でタダ働きをしている彼らに最低限だとしても支払いが発生する事は少なくない負担になる。更に社の備品ではなく社員となれば企業として求められる保障などの対象となるから、そちらで支払う金額も馬鹿にできない。

 

「利益を出すと言ったが具体的な内容は無ぇ。つまりお前は空手形でこいつ等を自由にしろと言っている訳だ」

 

権利書の束から手を離すと、マルバは立ち上がる。

 

「マ、お前舐めるのも大概にしろよ?」

 

そう言ってマルバは壁に埋め込まれた金庫へ向かう。震える手で暗証番号を入力し、目的の物を手に掴む。

 

「気に入らねぇ、実に気に入らねぇ。何が気に入らねえってな」

 

言いながらマルバは相談役に近づき手にしたものを相手の胸へと押し付けると、あらん限りの声で叫んだ。

 

「報酬だ何だと言わなけりゃ、俺がお前の頼みを聞かないと思ってる事だよ!お、お前、俺を誰だと思っていやがる!CGSの社長だぞ!社員の頼み一つ聞いてやるくれえ屁でもねえんだよ!!」

 

握っていた権利書の束から手を放し、マルバは荒く呼吸を繰り返す。暫しそれを呆然と見ていた相談役が、笑いながら告げてくる。

 

「声、震えているぞ」

 

「うるせえ馬鹿野郎!それ持ってとっとと出てけ!俺ぁまだ仕事があるんだよ!」

 

マルバはそう言ってソファへと座り込む。相談役は渡された契約書を大切そうにアタッシュケースへ仕舞うと、静かに立ち上がりマルバへ頭を下げる。マルバが邪険に手を振ると、苦笑しながらドアへと近づき、そこで唐突に足を止めマルバへと振り返り口を開く。

 

「なあ、マルバ。以前私は君の事を凡人と称したな」

 

「あ?それがなんだよ?」

 

「訂正させてほしい。君は凄い奴だ」

 

それだけ言うと相談役は部屋を後にする。閉じたドアを眺めていたマルバはゆっくり体をソファに沈めると、笑いながら一人呟いた。

 

「へ、気付くのが遅えっての」




カッコイイおっさん。皆好きだろう?(同調圧力

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