「クソ、クソ、クソが!連中俺たちを嵌めやがった!!」
怒りに口から泡を飛ばし、叫びながらクダルは機体を操っていた。普段からヒューマンデブリ達を先行させる戦術を取っていた彼は、幸運にも敵の罠であることを看破したデルマの声で止まることが出来たのだ。そして、目の前で行われた一方的な戦いを前に、自分たちが見事に嵌められたことに気づくと、激昂しながらもすぐさま逃亡を図っていた。
「使えねぇゴミ共がっ、貴重なMSがパァじゃないの!」
襲撃に投入した機体は10機。これはブルワーズの保有している戦力の6割に相当する数だ。幾らクダルの駆るガンダムグシオンが残っているとはいえ、半数以上の機体喪失が組織に甚大な影響を与える事は間違いない。今後の仕事における手間の増加、起こりうる縄張り争いを想像しクダルは頭を掻きむしる。
「舐めやがってゴミ漁り共がぁ。必ず、必ずこの報いは受けさせてやる――」
人間は衝撃的な事が起こると思考力が低下する。それが自身の想定外でかつ極めて不利益な事であれば尚の事だ。それは善人であれ悪人であれ逃れられない人間の生物的特徴と言えるが、この時ばかりは状況が悪すぎた。デブリを縫うように進み、母船が見えたその瞬間、唐突にコクピットに声が響いた。
『ふむ、思ったより随分奥に隠れていたな。ではミカヅキ、こちらは頼むぞ』
『了解』
声と共に接近警報ががなり立て、間を置かずグシオンに衝撃が走る。
『硬い』
頭を巡らし、クダルが周囲を見渡せば、こちらに向かってくる安っぽい白色のガンダムフレームと、母船に向けて突っ込んでいくヘキサ・フレームが目に入った。
(こいつら俺を泳がせて!?)
まんまと母船までの案内役にされたことに気付き、クダルは歯噛みする。沸騰しかける脳を唇をかみしめる事で強引に引き戻し、状況を再確認した。
(敵の数は2機、母船にはまだMSが残ってる。そっちはブルックに期待するしかねぇ。問題はコイツ!)
デザインこそかけ離れているが、クダルは目の前の機体が自らの駆るグシオンと同族であることを即座に看破した。そしてそれ故に彼は焦りを覚える。
(動きからしてネズミが使っていやがるのは間違いねぇ。それなのになんだコイツは?えらく戦い慣れしてやがる!?)
混沌とした時代である。荒事を生業とする人間は決して少なくないし、中にはギャラルホルン崩れのMS戦経験者だって皆無とは言わない。そもそも海賊同士でも縄張り争いなどで交戦する機会もあるのだから、それなりに腕の立つMSパイロットという存在が居ない訳ではないのだ。だが、目の前の機体を駆るのは宇宙ネズミ。阿頼耶識システムを施術されるような、そうでもしなければ使い物にならない連中だ。そもそもヒューマンデブリという潜在的に反乱の可能性がある存在を多用する彼らの常識からすれば、それらを強化すると言うのは自分の首を絞めるのと同義である。そんな事を行うなど馬鹿のすることだ。だが、その馬鹿な行いがどのような結果を生むのか、彼は身をもって知ることになる。
『硬いけど、それだけだね』
マン・マシン・インターフェイスとして見た場合、倫理的観点を無視すれば阿頼耶識システムは極めて優秀なシステムである。空間把握能力の向上は通常センサーが検知、警告、それをパイロットが認識し確認し対応するという極めて煩雑な作業を一瞬で完了させることが出来る。加えてパイロットが自らの肉体を動かし、操縦桿に伝え機体を動作させるという何重にもタイムラグが存在する操縦も、思考と同時に実行されるのだから比べる事すらおこがましい。これらの差は、パイロットの多少の技量差など容易に覆すし、互角あるいは格上ならば絶望的な差として立ちはだかる事になる。
硬いだけ、そう口にした内容が事実であるように、敵機はクダルの駆るグシオンを翻弄する。手にした片刃のロングソードが美しさすら感じさせる弧を描くたびに自慢の装甲に明確な傷を刻みつける。それが文字通り目に留まらない速度で振るわれ続けるのだから、クダルはたまったものではなかった。
「て、てめえ!殺しを楽しんでいやがるな!?」
『は?何言ってるの?』
苦し紛れに放った言葉は、何の効果も発揮しなかった。否。
『もういいや、死ねよ』
苛立ちの混じった声音でそう敵が告げつつ、左手に握られていた杖のような道具がコクピット付近に押し付けられる。同時に激しい閃光が杖の先の瘤から放たれ、コックピット周辺のナノラミネートを焼きはがした。
「ま、待っ――!!」
クダルが言い終わるより早く、ナノラミネートが焼きはがされた装甲に刃が突き立てられる。それはグシオンの分厚い装甲をものともせず突き進み、コックピットを正確に貫いた。
『おっちゃんからお前は殺せって言われてるんだよね』
その呟きに応える者は居なかった。
『皆の仇!』
『死ねぇ!!』
殺意満点の叫び声を上げつつ迫るマン・ロディ。随分な誤解をされているようだが、それを今指摘しても意味は無いだろう。彼らからすれば仲間の機体が一機も帰還しておらず、代わりに敵の機体が来たのだ。ヒューマンデブリの扱いを思えばつまりそういう事だと思うだろうし、それを覆せるだけの証拠も持っていない。捕獲している画像くらいならあるけど、こんなもんCGで幾らでも細工出来ちゃうしなぁ。
「悪いがその望みは叶えてやれん」
そう言って俺は機体の腰に付けられていた球を取り外して投げつける。やはりまともな教育もしていない子供なんて戦闘ではものの役に立たねえな。重装甲と運動性がウリの機体なのに一直線に突っ込んでくるわ、接近するせいで仲間の射線を塞ぐわで、まるでなっちゃいない。現に突っ込んできた一機は俺の投げつけた特殊弾を回避できずに正面からもろに喰らった。
『な、なんだ!?』
割れた球から飛び出した泡みたいなそれが、爆発的に広がって機体を包む。そしてそれは即座に固まって四肢の動きを奪った。うん、装甲補修材製トリモチ弾、大成功である。作ってくれたヤマギには特別ボーナスを支給せねばなるまい。
『ナタル!?チックショオォ!!』
友軍がやられても戦意が低下しないのは大したものだと言いたいが、怒りに呑まれてしまっては駄目だ。俺は素早く機体を上へと加速させ回避する。俺の背後にはMS大のデブリがあったために、突っ込んできたマン・ロディは慌てて急制動を掛ける羽目になる。
「そういう場合はベクトルをずらして回避するんだ」
機動兵器同士の戦場で足を止めるのは余程の事がない限り下策だ。振り返り切れていない機体に再びトリモチ弾を投げて拘束する。後で剥がすナディが悲鳴を上げるかもしれないが、そこは酒の差し入れでもして許してもらおう。
『なんだよ、何なんだよコイツ!?』
あっという間に2機を下したのが功を奏したのだろう。残っていた3機は動揺するように距離を取る。丁度良いから警告してみるか。
「敵MSに告げる。降伏しろ、そうすれば助けてやる。降伏したければ武器を捨てろ」
俺の言葉に露骨に動揺する敵機。その迷いを一喝するように怒声が響く。
『ふざけるな鼠共!さっさとコイツを殺せ!!』
うるせえな。
「と言っているがどうする?戦うなら手加減はもうしないぞ?君たちをゴミのように扱う主人気取りに義理立てして死んでみるかね?それとも私に降って生き残るかね?」
『お、お前たち!今まで誰が生かしてやったと!?』
「ここで助けてもコイツは感謝などしないぞ。また君たちを死ぬまで良い様に使うだけだ。それでも助ける価値があると言うなら掛かってきたまえ」
俺の言葉に一番先頭に居た機体が、恐る恐るマシンガンを手放す。そこからは早く、左右に居た機体も手にしていた武器を放り投げた。うん、実に重畳。残るは後始末だけだな。
『ま、待て判った、俺たちが悪かった!ここらで手打ちにしよう!』
俺がブリッジに接近すると、そんな狼狽えた声がコックピットに響く。
『お前たちには二度と手を出さねえ!約束する!!だから助けてくれ』
「……」
黙って手にした刀を向けると、汚い悲鳴のあとに早口で懇願が続く。
『わ、解った!MSか?船か!?好きなものを渡す!鼠共だってくれてやる!』
こいつ何もわかってねぇな。
「馬鹿か、お前は」
『へ?』
間抜けな声を上げるそいつに、俺は優しく教えてやる。
「この戦争の勝者は我々だ。つまりお前の手元に残っているものなど何もない。もう全て我々の物だからだ。それを差し出す?だから見逃せ?冗談にしても笑えんな」
『な、なっ…』
それにさぁ。
「そうして命乞いをした連中をお前たちはどれだけ殺してきた?自分たちの番だけ飛ばそうなど、筋が通らないだろう」
そう言って俺は刀を構える。
『いいい嫌だ!死にたくない!!』
「次は気の利いた台詞が吐けるように練習しておくんだな。先に行って待っていろ」
そう言うと俺はブリッジの窓に刀を突き立て、即座に捻りながら引き抜く。突然空いた破孔から命乞いをしていた男が放り出されるまで、それ程時間はかからなかった。