風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第八話

 

神凪一族が全員集められている同時刻、和麻はホテルでその声を盗聴していた。

ウィル子が仕掛けた携帯電話からの音声が、パソコンを通じて流れてくる。

電話の向こうにいる相手は、誰一人としてその事実に気がついていない。盗聴器を探す機械を用いれば、ウィル子の仕掛けに気がついたかもしれないが、生憎と神凪一族も風牙衆もそれらを一切していない。

 

術者の一族と言うのは、割とこういう最先端最新鋭の科学を用いた手段を用いるととたんに脆くなる。

アルマゲストの連中はまだ政財界の顔役がおり、こう言ったことへの対処も行っていたので、多少なりともまだ歯ごたえがあった。

 

しかし今回はあまりにも拍子抜けだ。

折角、ウィル子がハッキングして見つけ出した、秘匿性の高い米国が開発した軍事用の盗聴器の設計図を01分解能で作り上げて使用したのに探そうともしないとは。

 

「市販用の盗聴器でも十分だったですね」

「そうだな。でもまあ……あいつが宗主代行かよ」

 

うまいコーヒーを片手に、面白半分で会話を聞いていたが、神凪厳馬が宗主代行と言う話を聞いて、和麻は不機嫌な表情を浮かべた。

 

「神凪厳馬。マスターの一応の父親で現役最強の術者。蒼炎と呼ばれる神凪一族の歴史上でも、十一人しか会得できなかった神炎の一つを操る男。ふむふむ。アンダーグラウンドの情報屋のデータを調べると、物凄い経歴ですね。ほかにも政府のデータバンクの中にもきっちり入っていますね」

「まあ政府のところにはあるだろうよ。あいつクラスになると人間兵器って言っても差し支えないからな」

 

おそらくは神凪一族のデータは大半があるだろう。和麻の情報もウィル子は見つけてはいるが、削除はしていない。下手に削除してハッキングしたことがバレるのを恐れたからだ。

それに政府のパソコンに入っている情報は、所詮四年前のものだ。

 

「……あいつは物心付いたころから神凪一族でも類稀なる力を発揮してたって、前に宗主に聞いた事がある。あと一応の父親じゃなく、今の俺はあいつは何の関係も無い」

 

ぶすっとした声で和麻がウィル子に訂正を入れる。よほど嫌いなようだ。

 

「はぁ……。けど調べれば調べるほど、本当か嘘か疑うような戦歴が出てくるのですが」

 

アンダーグラウンドの情報を調べまわっていたウィル子だったが、そこそこに信用の置ける場所からデータを探してきた結果、恐るべき内容が記されていた。

神炎には二十代半ばで目覚め、十代の後半の頃にはすでに千年を生きた吸血鬼を討ち滅ぼしたり、神凪一族に害を成そうとした組織、妖魔などを重悟と共にことごとく返り討ちにしたともある。

 

他には開放されれば日本を滅ぼしかねない伝説級の妖魔を単独で滅ぼしたとか、胡散臭いものまである。

ほかにも武勇伝は数知れず、炎術師としての経歴だけ見れば華々しく輝かしいものだ。

 

「あいつは化け物だからな。それぐらい、ありえるだろう」

「にひひ。さすがのマスターでも真正面からだと勝てないのでは?」

 

茶化すように言うウィル子に和麻はさらに機嫌を悪くしていく。

 

「俺があいつに勝てない? 四年前ならいざ知れず、今なら負けねぇよ。あんな奴には絶対にな」

 

その和麻の言葉にウィル子はあれっと首を傾げる。マスターである和麻の様子がいつもと少し違う。

いつもなら、こういう風に戦いの事を振ると実にいい笑顔で相手を嵌めて、悔しがらせる事を考えて言うのだが、今日に限ってまるで本当に真正面から戦う事を考えているようなそぶりだ。

いつもはウィル子同様、極悪非道の外道なやり方で相手を嵌めて二人で笑っていたのに、今日の和麻は本当におかしい。

 

「そうだ。今の俺ならあいつにも絶対に負けない。お前の協力が無くても、俺一人で十分倒せる」

 

また違和感を覚える。倒せると、和麻は言った。いつもなら殺すとか勝つとかそう言う表現をする。

今まで倒すと言う発言をウィル子は和麻から聞いた事が無い。

和麻とウィル子の共通認識として、基本相手を倒すという認識は無い。

彼らの勝利とは相手を殺す、滅ぼす、精神的にも社会的にも経済的にもボロボロにするという極悪非道のものだ。

 

倒すとは、殺さずに、それも単純な力押しで勝利を収める事。

ウィル子が知る限り、和麻は契約を結んで以降、敵対した相手には一度として容赦した事は無い。

一族郎党皆殺し……とまでは行かなくても、相手が色々な意味で再起不能になる程のことはしている。と言っても主に相手はアルマゲストの連中なのだが。

 

その彼がまるで単純に試合でもして勝ちたい、と言っているかのようにウィル子には聞こえた。

 

(……マスターもいろいろ複雑なのですね、きっと)

 

と結論付ける。前から神凪厳馬の話題になると、アルマゲストの話題とは違ったような反応を示していた。

これは憎いのでも殺したいのでもなく、ただ超えたいと言う感情だろう。十八年間、和麻の心を、否、神凪和麻と言う存在、全てを絶対的な力で支配していた。

それはまるで決して逃れる事のできない鎖のような呪縛だ。

 

和麻は四年で良くも悪くも変わり、ウィル子との出会いで心に余裕も戻っていた。

しかし未だに乗り越えられない、彼に纏わり付くいくつかの過去が存在した。

その過去の一つが神凪厳馬であり、神凪和麻と言うかつての自分。

十八年間と言う長い時間。和麻の生きてきた一生の時間の大半。

その中にいる厳馬と言う存在は、和麻から大切な人を奪った憎き怨敵とは別の位置に、それも遥か高みにいた。

 

ゆえに和麻自身、その呪縛から逃れたいだけではなく、その高みへとのぼり超えたいと、無意識に思っているのかもしれない。

和麻とウィル子は契約を結んだ事によりつながっている。ゆえにウィル子は和麻の感情を感じ取る事ができる。

もちろん、すべてを知る事はできないし思考を読む事などできない。そもそも一般人ならいざ知れず、和麻ほどの使い手なら心に鍵をかけて相手に読めないようにする事すら可能だ。

 

それでも和麻はウィル子にかつての恋人である翠鈴の次ぐらいに心を許しているため、こう言ったときに、彼女は彼の感情を感じ取る事ができる。

だからウィル子はこう言う。

 

「にひひひ。そうですね。電子世界の神になるウィル子のマスターが、高々精霊王の加護を受けただけの奴などに負けるはずがないのですよ。と言うか、負けることは許さないのですよ!」

 

ビシッと指を指しながら、笑顔で言い放つ。ウィル子の言葉に和麻は一瞬きょとんとするが、すぐに小さく笑みを浮かべる。

 

「当然だろ? 俺を誰だと思ってるんだ」

 

和麻は笑う。ウィル子に釣られて。ウィル子も笑う。マスターである和麻が笑うのに釣られて。

彼らの絆は、決して浅いものではないのだ。

 

と、そんな二人だったが、未だにパソコンからは声が流れてくる。再び聞き耳を立てると、それは丁度分家の当主が風牙衆を追及している場面だった。

 

「あーあ、風牙衆が容疑者にされたな」

「少しやりすぎたですかね。ウィル子も出来る限り風牙衆を悪く書かないようにしたり、書き込みも少なくはしたつもりだったのですが」

「それでも無理だろ。噂ってのは色々と尾ひれやら背びれやら付くもんだ。こうなったら止められないぞ」

 

手に持っていたコーヒーに口をつける。いい豆を使っているのか、市販のコーヒーに比べて格段にうまい。

 

「やっぱりコーヒーは高級品に限るな」

 

金持ちだからこんな贅沢も許される。お金があるっていいなと和麻は思いつつ、もう一口コーヒーを口に含み……。

 

『……和麻です』

 

パソコンから流れてくる声にピクリと若干反応し……。

 

『この件は、和麻が起こしたものです!』

 

「ぶうっ!」

「うわっ! 汚いのですよ、マスター! って、コーヒーがパソコンに!?」

 

飲んでいたコーヒーを思いっきり吐き出し、目の前においてあったパソコンに吹きかけてしまった。

和麻は噴出してしまった口を近くに置いてあったタオルでこする。ウィル子はウィル子でコーヒーで汚れたパソコンを必死に綺麗にしている。

 

「ひーん。ウィル子のお家が……。最高級のCPUとかメモリとか大容量のHDの入ったパソコンが……」

 

うううっと涙を流しながら、ウィル子はパソコンを綺麗にしているが、キーボードとかに入ったものはふき取れない。

仕方が無いので頑張ってコーヒーだけ01分解能で分解する事にした。これはこれでパソコンの中に入ったコーヒーだけを取り除くと言う神経をすり減らす細かく正確な制御が要求される。

 

そんな風にウィル子が四苦八苦している中、和麻はパソコンの向こうから聞こえる声に集中する。

 

「おいおい、何でバレてるんだよ……」

 

和麻のぼやきは、この盗聴器の向こうには決して届かないのだった。

 

 

 

 

「この件は和麻が起こしたものです!」

 

兵衛は口から出任せを言ったのだが、悲しいかなそれは大正解であった。

もしこの場に、事情をすべて知る人間がいれば、クイズ番組のごとく大正解! と彼を賞賛していただろう。

ただしここはテレビのクイズ番組の会場では決してなく、神凪一族の大広間なのだから正解の声など出るはずも無い。

 

「和麻、だと?」

 

その呟きは誰の物だったのだろうか。

だが兵衛はそんな声を無視して言葉を続ける。何とか彼はこの場を乗り越え、風牙衆への神凪一族の疑惑の目を逸らす必要があった。

 

それが本当か嘘かなど今はどうでもいい。

ただ彼らが納得すればいい。そうかもしれないと思えばいい。疑問を浮かべながらも、その可能性を思い浮かべるだけでいい。

 

重悟からはこれ以上の追求を行うなと厳命された。身近な風牙衆に対してならともかく、和麻に対して突撃するような馬鹿はしないだろう。

仮にしたとしても、それは処罰の対象になり自分達には一切の被害は無い。むしろさらに醜聞を広げたり、重悟からの厳罰を与える口実になる。

 

和麻を犯人に仕立て上げれば、ならなぜそれを防げなかったと言う声が上がっても、犯人として吊るし上げられる事に比べればマシだ。

だからこそ、兵衛は和麻を犯人に仕立て上げる事に躍起になった。

 

『皆の者。ワシに話をあわせよ。このままでは風牙衆は神凪の一部の者に蹂躙されかねない。和麻には悪いが、ここは我らのために犠牲になってもらう』

 

兵衛は風牙衆の一部、反乱を画策している者達に呼霊法と呼ばれる風を使った伝声法を使い、指示を出す。

 

「はい。我々が調べたところによりますと、今回の件は和麻が画策した模様。個人でこのような事ができるとは思えないかもしれませんが、和麻が何らかの組織に所属していれば可能。まだ調査中ですが、何らかの組織に接触した形跡があります」

 

当然嘘であるが、そんな物は適当にでっち上げればいい。情報を収集し、それを報告するのは風牙衆なのだ。神凪に渡す情報に嘘を混ぜ込めばいい。

 

「和麻は神凪の宗家の嫡男。四年前に出奔しておりますしが、当然神凪に精通しております。また神凪を恨む理由もございます。その理由は皆様も良くご存知のはず」

 

分家、宗家とも近くの者達と顔を見合わせる。そして確かに一理あると声を漏らす者もいる。

兵衛は内心ニヤリとした。いける。和麻を犯人に仕立てあげることは十分に可能。

 

「先日、綾乃様が大阪で妖魔と対決した際、和麻が風術師であると綾乃様の報告にもあります。風術師ならば情報収集はお手の物。個人では無理でも組織を使えば。それにまだ推測の段階ですが、和麻が連れていた少女が、そう言った事に特化している可能性もあります」

 

実はこれも正解だったりするのだが、当然これも口から出任せ。しかし適当に状況に無理の無いように作るには、そういった風な嘘を用いるしかない。

兵衛もまさか思いもしないだろう。組織云々は違うが、自分が言っていることが大半正解であるとは。

 

「だが兵衛よ。ならば何故和麻は綾乃の前に姿を現した? もし和麻が綾乃と接触しなければ、和麻の情報を得る事もできなかったであろう」

「まだ推測の域を出ないのでなんともわかりませぬ。綾乃様の近辺を調べていた際に本当に妖魔に襲われたのか、はたまた自作自演を行い、自分の無実の理由付けにしようとしていたか・・・・・・・」

 

むぅと重悟は両腕を組み、兵衛の言葉を考える。筋は通らないでもないが、どこか無理があるように思える。

だがこの場でそれは違うと言う証拠も無く、デマだと言い切ることもできない。

 

「和麻は神凪時代、炎術の扱い以外は優秀でありました。当然、様々な計略を巡らせる頭脳もあります。ですので……」

 

「……兵衛。調査の方は打ち切れ。これは宗主としての最後の命である」

 

しかし重悟はそれが真実であろうと嘘であろうと、どちらでも良かった。彼は兵衛に調査の打ち切りを命じた。

 

「宗主!?」

 

声を上げたのは大神雅行であった。彼としては神凪に歯向かった、裏切り者とでも言える和麻の調査を打ち切るなどありえないと思ったのだ。

 

「言ったはずだ。この件に関してこれ以上の追求は許さぬと。和麻がこの事件を起こしたのであっても無くても、罪を犯したのは我らだ。和麻はその不正を暴いたに過ぎぬ。どちらに非があるかは一目瞭然であろう」

 

はっきりと重悟は言い放った。

 

「和麻が我らを恨んでいる、いないの話ではない。そもそも不正と言う事が恥ずべき事であり、炎の精霊の加護を受け、人々を守る炎術師の一族にあってはならぬこと。これは良い機会なのだ。これ以上炎の精霊に恥ずべき行いをすべきではない」

 

重悟は仮に兵衛の言うとおり、和麻がこの件を起こした首謀者であろうとも、彼をどうこうするつもりは一切なかった。むしろ良くやったと褒めてやりたい。

確かにこれから神凪一族にとって長く辛い時代がやってくるかもしれないが、それは身から出た錆であり、和麻の責任ではない。

 

これを一つの区切りとして、誰に恥ずる事も無い神凪一族をもう一度作り上げればいい。

仕事が少なくとも、しばらく生活をしていくのに困らない金はある。

和麻が手をつけたのは神凪の裏金であり、重悟の知らない金である。神凪が正規に、きちんとした手法で手にした金には和麻とウィル子は一切手をつけていない。

 

ただしその気になればそれらも、一夜どころか一瞬ですべて奪えるのだが。

とにかく神凪にはあと十年は一族全員、つつましく生きていくくらいの貯蓄は十分にある。その間に汚名を返上すればいい。神凪の仕事の依頼が無くとも、人々を守る事はできる。

 

真面目に、人々のために影ながらにでも尽力していれば、また神凪の力を必要としてくれる人がきっと現れる。

少し楽観的かもしれないが、重悟はそう思う。無論、何も手をこまねいて他には何もしないと言うわけではない。

重悟も厳馬と共に色々とあちこちに顔を出し、必要ならば頭を下げる事も厭わない。

あまり厳馬が頭を下げる姿が想像できないのが、重悟としては頭の痛い話ではあるが。

 

「とにかく、先にも行ったとおりこれ以上の調査は打ち切る。お前達も和麻に対しての行動はどのような場合においても禁じる。よいな?」

 

その言葉に分家、宗家とも誰も一言も発言しない。宗主の地位を降りると先ほど明言したとは言え、それでも神凪一族の最高権力者には変わらない。

特に分家は腹の底では和麻に対して、これ以上無いほどの怒りを覚えていた。怒りと言うよりも憎悪と言ってもいいだろう。

しかし宗主の厳命には逆らえない。

 

人間とは抑圧されると、よりその感情は高まっていく。すでに神凪一族の大半の中で、和麻は容疑者ではなく、犯人扱いされていた。

特に逮捕者を多数出した分家である久我と四条。中でも次期当主と指名された久我透の怒りはハンパではなかった。

 

(和麻の野郎ぉぉっっ!!)

 

彼はかつて、和麻の幼少の際、和麻に対して炎でリンチを加えていた人物達のリーダーだった。

宗家の嫡男でありながら炎を一切操れず、また神凪一族なら誰もが生まれながらに、当たり前のように持つ炎の加護を持っていなかった。

ゆえに神凪一族ならば無害であるはずの炎であっても、和麻だけは焼かれてしまう。その様が面白かったのと、決して覆ることの無い宗家と分家の立場が唯一覆るその瞬間が、透の自尊心を何よりも満たした。

 

自分は強い。自分は選ばれた存在だと。

和麻も誰かにリンチを受けている事を話さず、その証拠である火傷も誰にも見せなかったこともあり、彼らの行為はエスカレートして行った。

十年ほど前のある日、和麻は一度彼らの炎に焼かれて死にかけた。生死の境を彷徨い、最高位の治癒魔術を施されながら、日常生活に戻るのに一月を要した。

これ以降、重悟がその行為に対して激怒して厳罰を下し、和麻に対して行為をやめさせるように命令した。

 

重悟はこの時、何故もっと早くに気がついてやれなかったのかと今でも後悔している。

それ以降、和麻の心が折れ、彼らから逃げた。逃げ続けた。もし出会っても恥じも外聞もなく相手に許しを請うた。

それも相まって、それ以降和麻に対するリンチはなくなった。

透もその和麻の姿を見るたびに、ちっぽけな自制心が満たされたこともあり、それ以上は何もしなかった。

変わりに影や公の場に関わらず、嘲笑、侮蔑、侮辱された事は数知れなかったのだが。

 

今まで下に見てきた相手に好き勝手された。それも透は父親を逮捕されている。完全な逆恨みだが、それでも彼は自分が正しく、和麻が間違っていると考えた。

 

(絶対にぶっ殺してやるっ!)

 

宗主の命があるが、バレなければいい。骨まで残さず焼き尽くしてやる。透は和麻を見つけて殺す事を決めた。

この恨みを、怒りを、何倍にもして返すと、心に決めた。

尤もそれは決して叶わない願いなのだが……。

 

「……話はこれにて終わる。以降、各自神凪の名と炎の精霊の力を借り受ける術者として、恥ずかしくない行いを努めるように。あと厳馬はここに残れ。引継ぎなどを含め話がある」

 

重悟の言葉でその場は解散となった。あとには重悟と厳馬のみが残された。

 

 

 

 

神凪一族の会話を盗聴している和麻とウィル子は何故風牙衆にバレたのかと、慌ててはいないものの驚きを隠せないでいた。

 

「……今回、ヘマしたか?」

「そんなはずは無いのです。今までどおり、隠蔽工作は完璧に行ってきたのですよ」

 

お互いに顔を見合わせる。彼らの行動は常に完璧だった。無論、神ならざる二人―――限りなく神に近いのだが―――なのだから、どこかでミスをしても仕方が無いが、こうも短時間にピンポイントで正体を突き止められるとは予想もしていなかった。

 

「だよな。俺も風の精霊にはきちんと頼んであるから、風で俺達を追う事なんて出来ないし、流也がいない今、こっちを捕捉する事なんて出来るはずが……」

 

だが和麻は言いかけて最悪の考えに思い至った。もし風牙衆の切り札がまだあるのならば。流也と同じ能力を持った存在が兵衛の手元にいたのなら。

 

「……今まで盗聴した会話から、それらしい物はなかったが、もしかすればこっちが気づいていないだけで、向こうは俺達の諜報の上を行ってるのか?」

 

まさかと思うが、ありえないとも言い切れない。和麻達は今まで以上に、会話に聞き耳を立てる。兵衛の言葉を聞き漏らさないように。

組織やら少し見当違いのことも言っているが、なんだかウィル子の能力に気がついているような発言もある。

 

「ま、マスター。これってもしかして、ウィル子の正体とか能力も知られてるのでしょうか?」

 

ウィル子の正体と能力の詳細を知るのは、この世界では和麻と本人であるウィル子のみ。それ以外には一切喋ってもいないし漏らしてもいない。

それに現在無敵を誇るウィル子の力も、その正体と能力を知られていないからである。

しかし正体と能力がわかれば、彼女に対抗する手段を用意する事も難しくは無い。

 

例を挙げれば衛星軌道上での核爆発。電磁波による電子機器への攻撃。如何に電子の精霊のウィル子でも猛烈な電磁波の影響を受ければ一時的に麻痺してしまう。

和麻と契約を結び、風の精霊からも力を貰い受けているので、消滅の危険は少ないだろうが、それでも大ダメージを受けるし、下手をすれば消滅してしまうかもしれない。

 

あとは詳細なデータを得れば、アンチウィルスを作成する事も可能。日々進化を続けるウィル子でも彼女専用の対策ソフトを作られれば、今までのように簡単に電子世界を掌握する事は出来ない。

 

「……ヤバイかもしれない。プチッと潰すか?」

 

和麻は風牙衆がどこまで知っているのか知らないが、秘密が広まる前に風牙衆を皆殺しにする事を考える。

 

もちろん、今すぐと言うわけではなく、今まで以上に風牙衆の動きを監視し、外部に漏らそうとする者を真っ先に消し、あとは風牙衆の中にあるかもしれない情報が記録されている報告書やデータを見つけ出し、それらを潰した後、事実を知るもの全員を始末する。

 

「情報を集めろ。一人残らずだ。街中の監視カメラや衛星からの監視システム、盗聴やらなんやら。アルマゲストにやった時と同じレベル……いや、それ以上でだ。俺も半径十キロを完全に支配権に置く。場所もここから都内に移動だ」

 

和麻達は風牙衆を捨て置くつもりだったが、兵衛の発言で危険レベルを引き上げた。すでに一度敵対している。それに流也のような存在を増やされても困る。

どのようにして流也をあのような化け物にしたのかは、まだ調べている途中だった。と言うよりも、別にもういないからどうでもいいかと言う風に放置していたのだ。

 

綾乃の誘拐に関しても、兵衛達の話を盗聴して知っていたが、その目的は会話の中に出てこなかったので知らない。だがここまできたのなら、それも知る必要がある。

 

「了解です。ウィル子も自分の身を守るためにがんばるのですよ」

 

兵衛はその場をしのぐための嘘を付いただけだったが、それが和麻達を本気にさせてしまった。

仮にそれが嘘であったと漏らしても、二人は止まらないだろう。なぜなら、すでに彼らのせいで、嘘は疑惑に変わってしまった。しかもそれが真実であり、事実であったのだから。

 

これを払拭するには、並大抵の事では無いだろう。

自ら蒔いた種とは言え、兵衛はとんでもないものを蒔いてしまった。

 

「……どうやら会議は終わったようですね。どうにも神凪重悟と神凪厳馬は残るみたいですが」

 

重悟が退室を促したのを聞き、ウィル子が言う。

 

「ああ。一応ここの声も流しとけ。この二人がどう動くかによって、神凪の対処も変わるからな。もちろん、兵衛の方が最優先だが……」

 

「わかったのですよ。今のところ、兵衛達は一族を集めて屋敷に戻るようなので、まだ会話らしきものはないですね。ですので、今の所ここの音声を流しておきますね」

 

和麻は頷くと、聞こえてくる重悟と厳馬の会話に耳を傾けた。

 

 

 

 

「さて、厳馬。宗主代行をよろしく頼む」

「はっ。ですが正直、私には荷が重すぎるかと。私も自分の分を理解しているつもりです」

「まああまり楽な仕事ではない上に、これからはもっと大変になるからな。だがそれでもお前にはしっかりとしてもらわねばならぬ。私の身体がこのようなものでなければ、もう少しやりようもあるが」

 

そう言って、重悟は己の右足を見る。金属とプラスチックで出来た作り物の足。四年前に事故で右足を失った。

それまでは一族最強であり、炎雷覇の使い手として名を馳せていた。しかし足を失って以降は退魔の仕事からは実質引退した。

 

作り物の足では戦うには限界がある。そこを狙われれば致命的だ。足をかばいながらではどうしても戦い方がぎこちなくなる。さらに言えば、事故の影響で彼の身体もずいぶんとダメージを受けていた。如何に最強の炎術師と言っても人間である事には変わらない。

 

肉体的強度が一般人よりも高くても、超人と呼ばれるような鋼の肉体などでは決して無いのだから。

 

「私は所詮戦えない身体だ。お前には宗主代行として前線で頑張ってもらわねばならない」

 

不正があったが、それでも神凪の力は健在だ。内外に知らしめなければならない。

炎雷覇を持っていても綾乃は未熟。分家も一流の術者が多数いるとは言え、それでも一流と呼べるのは分家のトップクラスのみ。しかも炎雷覇を持った綾乃一人にも及ばない。

 

宗家で戦えるのはあとは燎くらいだが、彼も四年前に謎の病を発症し最近まで床に伏せっていた。今はずいぶんと回復し、退魔の仕事もこなしてきたが綾乃に及ばず、煉にいたってはまだ十二歳と未熟。ちなみに燎の両親も以前に退魔の仕事で負傷しすでに引退している。

 

それでも他の一族に比べればかなりの戦力なのだが、やはり厳馬と言う切り札は大きい。

単純な戦闘では国内、いや世界においても厳馬を倒せる者はほとんどいないだろう。

 

厳馬がおり、前線でその力を振るうだけで、他の一族への牽制も出来る。その間に汚名を返上するように努めればいい。

逆に言い換えれば、厳馬に何かあればその時点で神凪はさらに窮地に陥るのだ。

 

「微力ながら神凪のために私の力を使わせていただきます」

「頼む。それと今回の件、兵衛は和麻だと言っていたがお前はどう思う?」

「……その件はすでに終わったのでは?」

「無論私とて蒸し返す気は無いが、もし和麻がしでかしたのなら逆にアッパレと言ってやりたいと思ってな」

 

重悟はやわらかい笑みを浮かべながら、厳馬に言う。しかし厳馬は相変わらず憮然としたままだった。

 

「……ご冗談を。精霊術師の力は世を歪める妖魔を討ち、理を守るためにある。奴がしたことは神凪の不正を暴いただけのことゆえ、どうこうするつもりは一切ありませんが、私には神凪の力に抗えぬ事に対するくだらない抵抗と復讐にしか見えません。仮に奴が今どこかで神凪の不正を暴いた事を誇らしげに思っているのであれば、決して間違いでは無いでしょう」

「厳馬。それは些か言いすぎではないか?」

「言い過ぎではなく、私は私の考えを述べているだけです。綾乃との共闘を聞き、四年で少しは成長したかと思いましたが……もしあれがこの件を起こし、少しでもいい気になっているようであれば、より失望したまでのこと」

 

厳馬はそう言い放つ。それを和麻が聞いているとも知らずに。

 

 

 

 

『もしあれがこの件を起こし、少しでもいい気になっているようであれば、より失望したまでのこと』

 

パソコンから流れる声に、和麻がピキリピキリとこめかみに大量の青筋を浮かべた。どす黒いオーラが彼の体からあふれ出していく。

 

「ま、マスター?」

 

ウィル子も恐ろしくなって恐る恐る和麻に声をかける。

 

「……ふざけんな」

 

小さく和麻は呟いた。

 

「ふざけんじゃねぇ!」

「ひぃっ!?」

 

いつもの彼らしくない、感情のまま荒ぶった怒声が室内に響き渡る。ウィル子もいきなりの和麻の声に小さな悲鳴を漏らす。

 

「失望だと!? 俺を捨てておいて、まるで期待してたみたいな言い方してんじゃねぇ!」

 

ドンと思わずテーブルを叩きつける。

はぁはぁと息を荒くして、和麻は己の内心を吐き出す。フラッシュバックしたかつての記憶。

四年前のあの日、自分を見下し無能者はいらないと言い放った日の事を。

 

あの日を思い出すと未だに記憶の中の古傷が疼く。彼の胸の中で決して癒えぬ傷。十八歳と言う大人になりきれていない少年にとって、家族と言う縋るべき存在から拒絶の言葉は心に深い傷を残すのには十分だった。

忘れたいはずなのに、決して忘れられない記憶。

あの日の光景が、あの男の言葉が、あの男の顔が、今でも鮮明に和麻の脳裏によみがえる。

和麻はそのまま乱暴に椅子に腰掛け、天井を見上げる。そして不意に笑い出す。

 

「くくく、くくくくく、ははははははっ!」

 

それを見たウィル子はマスターが壊れたと嘆きだした。

 

「いいぜ。そんなに痛い目を見たいんだったら、徹底的にやってやるよ」

 

すでに頭は冷えていた。今の彼は親に捨てられ、泣きじゃくる子供ではない。

良くも悪くも立派に成長した一人の男だった。

 

「予定変更だ、ウィル子。風牙衆の件と同時に神凪厳馬にも痛い目を見せる」

 

彼はウィル子に顔を向け、不敵な笑顔を浮かべた。

 

「おっ! なるほど。ではウィル子が神凪厳馬のクレジットカードやら銀行口座を潰せばいいのでね」

「いいや。今回はそう言ったもんは無しだ。……今回はある意味いい機会だと思ってな」

「へっ?」

「……久しぶりに、俺が直接やる」

「なんですと!?」

 

ウィル子が驚いた声を出す。彼らのいつものやり方は徹底的に相手を攻め立て、性も根も尽きたところで和麻が遠くから止めを刺すと言う物だった。

なのに今回は和麻が直接戦うと言うのだ。

 

「あのマスターが!? 卑怯な事が大好きで、自分で戦うよりも絡め手やら嵌め技とかが大好きで、相手が罠にかかってもがき苦しんでいるのを見るのが大好きなマスターが、バトルマニアのごとく自分で!?」

「やかましい」

「はうっ!」

 

ウィル子の言葉に和麻が思いっきり彼女の頭にチョップを繰り出す。ウィル子は涙目になり、自分の頭をさすっている。

 

「……俺らしくないって言うのは自分でも理解してる。単純な話、あいつを殺すだけなら簡単に済む。奇襲やら絡め手やらお前の協力があれば、多分すぐに片がつく」

 

だがそれではダメなのだ。それでは和麻が神凪厳馬を超えたかがわからない。

 

「殺すだけであいつを超えられるとは思えない。これはな、儀式なんだ。俺があいつを超えたかどうか。十八年間、俺のすべてを支配していたあいつよりも強くなったのかを確かめたいんだよ」

 

グッと拳を硬く握り締める。

四年ぶりにあの男の声を利いた瞬間から、ふつふつと心の中にそんな感情が浮かんだ。それが失望と言う言葉で爆発した。

 

彼も契約者としての力を手に入れていても、かなりの経験を積んでいても、まだ二十二歳の若造であり、青二才でしかないのだ。

感情に流されると言うことは愚かな事であると言うことは理解しているし、感情をコントロールする術は習得している。

いるのだが、それでも和麻は良くも悪くも人間なのだ。感情のすべてをコントロールしきれないのも無理ないことだ。

 

効率やら色々なことを考えれば、これは無駄であり面倒な事でしかない。

労力に対して、リターンが少ない。

これはただの自己満足でしかない。

本当に俺らしくないと和麻はぼやいている。面倒ごとが嫌いで、隠れてこそこそ暗躍して相手が泣きを見るのが好きなのに。

今も厳馬がそうやって泣きを見る姿を想像し、かなり楽しい光景が目に浮かんだが、それだけでは納得できなかった。

 

やるならばすべてだ。あの男が信じる物を、己の圧倒的強さへの自信をへし折り、その上でいつもの手を使う。

それでなければ、いつまでも自分はあの男の支配から抜け出せない。そう思えてしまう。

 

「だからな。ちょっとばかり面倒なことをする」

「そうですね。面倒は楽しむためにありますからね、マスター」

 

ウィル子もそんな和麻の内心を感じ取ったか、彼の考えに同意した。和麻もそんなウィル子の言葉に微笑を浮かべくしゃくしゃと彼女の頭を撫でる。

 

「ちょっ、マスター。髪の毛が滅茶苦茶になるのですよ!」

 

その照れ隠しのような行為にウィル子が声を上げてやめるようにせがむ。しかし和麻は逆にもっとワシワシと頭と髪の毛を撫で回す。

 

「マスター!」

 

涙目のウィル子の声が木霊し、和麻はそれを見て楽しそうに笑う。

 

「つうわけで、あいつらぶっ潰すぞ」

 

和麻達の攻撃が始まる。

 


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