風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第二話

 

神凪綾乃は現在、友人の篠宮由香里と久遠七瀬と共に行動していた。

三人は友人同士で、綾乃自身自らの能力の事も話している。

そもそも神凪一族と言うのは退魔の中では有名も有名であり、政財界の人間には顔も良く通る。

また先代の宗主である神凪頼道が、旧来以上にそれらの人脈とのパイプを強化した。

この国の政府とは千年来の結びつきに加え、頼道が築き上げた新しい政財界の盟主には神凪の名は広く知れ渡っている。

 

そんな中、神凪の直系と名乗れる人間は少なくなく、綾乃もその例に漏れない。

そしてそんな中、どうしてこの二人に力の秘密がバレたのかと言うと、ひとえに篠宮由香里のせいだと言えよう。

綾乃の友人である篠宮由香里と言う少女は、一言で言えば凄い少女である。

 

一見おっとりとした少女であるのだが、その実は超行動派であり、学園内に様々なコネを持ち、情報収集能力は一流であった。

そのために友人となった綾乃の情報をいち早く入手。

神凪一族の事やその歴史についても知るところとなったのである。

元々聖陵学園の理事長や校長などは神凪の事を知っていたし、多額の寄付金も寄与されていた。

情報がまったく秘匿されていたわけなどではなかったので、このように一般人の少女でも簡単に情報を入手できた。

 

またもう一人の友人である久遠七瀬も冷静沈着な落ち着いた少女であり、由香里から聞かされた情報を受け入れてなお、綾乃自身を見ることができた稀有な存在である。

神凪の炎術師としてではなく、綾乃自身を見ると言う中々出来ない事をこの二人は行った。

ゆえに彼女達は今も良き友人を続けられている。

 

「で、どうだったの?」

「ああ、別にどうってことなかったわよ。ちょっと大きなワニって感じで」

 

由香里の言葉に綾乃は軽口で返す。実際、並の術者ならばともかく、綾乃クラスにおいてあの程度の相手、どうと言うことはなかった。

ちなみに彼女達は休みを利用して大阪にやってきていた。

何故制服かと言うと、こちらの近年大阪にできた姉妹校に挨拶をしに行かねばならないと言う理由からである。

 

彼女達はまだ一年生で、別段姉妹校に挨拶に行く必要はなかったのだが、綾乃はとある依頼を同時に受けていた。

それは最近、このあたりで人が失踪すると言う事件の解決。つまり先ほど彼女が退治したワニである。

本来ならばこの付近はまた別の退魔組織の管轄であった。

 

しかし依頼人は姉妹校の理事長であり、そちらの方には綾乃が通う聖陵高校の理事長から神凪の話が伝わっていたらしく、どうしてもと言うことから綾乃が出向く事になった。

そして彼女は見事この依頼を完遂した。

 

「じゃあこれから大阪のおいしい物の食べ歩きね」

「うん。リサーチはきっちりしてるから任せて」

「由香里に任せておけば安心だな」

 

綾乃はうきうきとしながら言うと、由香里、七瀬がそれぞれに意見を述べる。

彼女達はこうして大阪の町に繰り出していく。

この時、彼女達に危機が迫っているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「あー、くそっ。せっかく大阪で食べ歩くつもりだったのによ」

「残念でしたね、マスター。まあこれも日ごろのマスターの行いが悪いせいですよ」

「やかましい」

「はうっ!」

 

ビシッとウィル子の頭にチョップを叩き込む和麻。

彼らは綾乃の姿を確認した後、すぐさまに予約していたホテルに戻り部屋に引きこもった。

ここにいれば神凪に会うことも無いだろう、トラブルに会うこともないだろうと考え、明日の昼まで大人しくしているつもりだった。

 

しかし折角、和麻としては珍しく行動を起こして大阪の食べ歩きをしようと考えていたのに、よりにもよって会いたくない神凪の術者を発見して、お流れになるとは思っても見なかった。

 

「あれか? 神凪はよっぽど俺に嫌がらせしたいのか? 俺がそんなに嫌いか?」

 

ぶつぶつと文句を言う和麻。どうやらよほど自分の行動を邪魔されたのが気に喰わないらしい。

 

『別に神凪の術者がいたからって、それ関係で事件に巻き込まれるとはウィル子は思わないのですが』

「いいや、お前は何もわかってない」

 

パソコンの中に戻ってくつろいでいるウィル子に和麻は言い放つ。

 

「あいつらは俺にとって疫病神だ。絶対に出会うと碌な事が無い。俺の勘が告げてる。色々なところで恨みを買っている神凪にどっかの馬鹿が喧嘩を売って、何故かそれの犯人が俺になってて、めんどくさい事に神凪に狙われて、身の潔白が証明されたら今度は神凪を助けるためにこき使われる。そんな未来が見える」

 

いや、いくらなんでもそれは被害妄想じゃないんだろうかと、ウィル子は思ったが、いつにも無く饒舌に語る和麻に恐ろしいものを感じて、彼女は下手にツッコまない事にした。

それになんだか、彼が言うと本当に起こりそうだから怖い。

 

『だからここに引きこもってるですか?』

「ああ。で、明日の昼には日本を発つ。空港はできれば関空以外がいい。広島まで行っても構わないぞ。と言うかそうしろ。近場だと面倒ごとが起きる」

 

本当に今日のマスターは被害妄想が激しいですね、と汗を流す。

マスターってこんななんだっけと思わなくも無いが、ウィル子もスパコンが出来上がるまでできれば面倒ごとは嫌なので素直に同意する。

ともかくさっさと空港のチケットを取ろう。明日の昼は急だが一人分くらいあるだろう。

 

ちなみにウィル子はパソコンの中か、もしくは和麻の携帯電話の中に潜んで旅行代を浮かせるつもりだ。変なところでせこいコンビである。

 

「・・・・・・・・はぁ。つうかもうどうでもいいか。神凪のことでこんなに悩むのも馬鹿らしい。やめだ、やめだ。そんな事よりも飯だ。飯。ルームサービスで取るか」

 

和麻は部屋から一歩も出るつもりは無かった。ロイヤルスイートならばルームサービスくらい余裕で取れる。

こうなりゃやけ食いだと思い、ホテルのフロントに電話する。

 

『あっ、ウィル子の分も含めて多い目でお願いするですよ』

 

ウィル子も食べる気満々だった。大阪のうまいものは諦め、このホテルのおいしい物を堪能すれば少しは気分も変わるだろう。

和麻にしても一人で食べるのは味気ない・・・・・・・と言うよりも誰かと一緒に食べる食事が以外と楽しくうまいと言うことを今は亡き翠鈴やウィル子との出会いで知った。

 

口には出さないものの、和麻はウィル子が食事を取れるようになり、自ら頼むようになった事を密かに喜んでいたりもした。

和麻はウィル子の分を含めて二人分注文を取った。

それが終わった後、ついでに念のために周囲十キロ四方を風で調べる。綾乃達がどこにいるのか、または不審な影が無いかを。

 

周囲十キロ四方を単独で調べられると並の風術師が聞けば卒倒するだろうが、和麻にとっては普通だった。

これで何事も無く食事にありつけるだろうと和麻は思っていた。

しかしこれがいけなかった。このまま何もせず、下手に風を使わずに、あるいは索敵範囲をもう少し小さくしていれば、和麻はトラブルに巻き込まれる事もなかっただろう。

 

彼の風はある者を呼び寄せてしまう。

十キロ四方を本気で索敵したからこそ、和麻はそれを見つけてしまう。同時に相手も和麻の存在を見つけてしまう。

それは和麻達がいたホテルの先、九キロの地点に存在した。そこの精霊達に周囲の様子を調べてもらおうとしたら、突然その付近の精霊の声が聞こえなくなった。

 

不思議に思った和麻はそこを重点的に探った。

そこには何かがいた。

何か、と形容する以外に無かった。普通なら風が全てを教えてくれるのに、その周辺だけは和麻に何も教えてくれない、と言うより風の精霊達が狂っているように感じられた。

 

相手も和麻の風に気がついた。相手の風の領域が広がる。こちらを探るかのように、不気味な気配を放つ風が和麻の風を飲み込み次々に精霊を狂わせていく。

 

「おいおい、ちょっと待て」

 

思わず声が出てしまう。

もし和麻が索敵ではなく突然の奇襲であったならば、瞬時には相手の異常性に気がつかなかっただろう。

和麻は風を統べる者よりの全権を委任されているような存在だった。力量云々ではなくルールとして、和麻はどんな風術師よりも風を行使する権利がある。

 

だがこの相手はそのルールに縛られない。当然だ。相手の風は正常な風を狂わせ、そのルールを無視させているのだ。

そして攻撃において、和麻は相手が精霊を狂わせ従えさせていると言う事を瞬時に見抜くことは出来ず、ただ相手に風で不意をつかれたと言う事実を突きつけるだけだったであろう。

 

しかし幸いと言うか―――ここでは逆に不幸かもしれない―――な事に、和麻は相手が自分の風による索敵領域を侵食してくる事でその異常性に気がつくことができた。

 

それでも何の慰めにもならない。風の精霊を散らしてこちらに気づかせないようにできるかと考えたが、遅すぎた。

相手の風はこちらの風をどんどん狂わせて行く。本気を出す。出さなければ瞬時にこちらの完全に捕捉される。

尤も、本気を出せばそれで相手には気づかれてしまうが、こちらが不利になるよりはマシだ。

 

『どうしたですか、マスター?』

 

和麻が表情を一変させた事に気がついたウィル子が声をかけるが、彼はそんな彼女の声を無視する形で、風に力を込め続ける。

同時に近くにある必要なものを即座に手に取ると、ウィル子の入ったパソコンを腕の脇に抱え込むと、即座に部屋から飛び出した。

 

『ちょっ!? マスター、一体何が!?』

「風で周囲を調べてたら化け物がいた。で、そいつに見つかった。たぶん、こっちに来るぞ」

 

いきなりの事態に混乱したウィル子に和麻が簡潔に答える。

 

『って、ええぇぇっっ!?』

「とにかくここじゃ不味い! おい、この階の非常ドアのロックを外せ! そこから外に出るぞ」

 

エレベーターでチンタラ下まで降りている時間は無い。ならばとウィル子に電子制御式のロックを外させるように指示を出した。

 

『わ、わかりました!』

 

ウィル子は即座に実体化すると、そのままドアに触れて電子ロックを解除した。

和麻はバンと勢い良く扉を開いくとそのまま非常階段から外へと飛び出す。

本来なら重力に従い真っ逆さまに下に落ちるのだが、風術師である和麻は風を纏い空を飛翔する。

同時に光学迷彩やら結界を展開して相手の目を誤魔化そうとする。

だがそんな甘い考えが通用する相手ではなかった。

敵はすでに和麻を捕捉していた。

 

「ちっ!」

 

風の刃が迫る。妖気により狂わされた風の刃。本来なら風が妖気を纏っていれば和麻の感知能力ならば気づきそうなものだが、相手の風は妖気で風の精霊を狂わせているだけなので感知がしにくい。

 

(初見で命狙われてたら、たぶん防げなかったぞ!)

 

こんな状況久しくなかった。それに風で奇襲を受けるなど想定外もいいところだ。

だが相手のやり方は理解した。手の内がわかれば対処はしやすい。

和麻は自らの周囲一キロ四方の精霊を全力で自らの支配下に置く。範囲を狭くすることで絶対領域を形成し、相手の風が侵入してきたら気づくようにした。

領域内のどこかで精霊が狂い出せば、そこから敵や攻撃が来るのは明白。

 

(って言うか、予想外だろ。こんな化け物がいるなんて)

 

何の因果かそいつに目を付けられた。しかもこっちを追ってくる。

 

(逃げ切れるか? 一人での対処は・・・・・・・できればやりたくないな)

 

攻撃を受け、反撃などを行ってみてわかったが、どう低く見積もっても現時点の自分と同格かそれ以上の相手であると結論付けた。

和麻が全力を出し、ウィル子のサポートを受ければ互角には持っていけるとは思うが。

 

(勘弁してくれよな・・・・・・・・)

 

嘆きながらも和麻は命がけの逃亡劇を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

東京某所。

薄暗い闇が支配する屋内の一室。そこには数人の者達が集まっていた。

彼らはある目的のための計画を達成すべく、この場で何度目かになる話し合いを行っていた。

 

目的とは復讐。

奇しくも八神和麻と同じく、彼らはその目的のために立ち上がろうとしていた。

 

「して、首尾のほうは?」

「うむ。すでにあやつを大阪に差し向けておる。計画通りなら、今夜にでも身柄を確保できよう」

 

彼らの名は風牙衆。

風術を扱う集団であり、神凪一族の下部組織とも言える存在だった。

しかし現在の彼らは、その上位者とも言える神凪一族に反乱を起こすべく水面下で動いていた。

風牙衆とは神凪の下部組織ではあったものの、その実態は奴隷に近い物だった。

神凪一族と風牙衆とは祖を同じとするものではなく、三百年ほど前にある事情から神凪一族が風牙衆を自分達の組織に取り込んだのだ。

 

そのまま懐柔政策を取り、神凪と血を交えたりした分家を作ったり、宗家が手厚く扱い、うまく共存していけば、彼らの絆は強固になり更なる発展を遂げたであろう。

だが三百年の間に、時の宗主や神凪一族を動かす長老達はそのような事を一切しなかった。

風牙衆を取り込んだ理由が原因でもあったのだが、それを怠った事に対しての言い訳にはならない。

 

結果、神凪と風牙衆との溝は深まるばかりで、表面上の対立こそ無かった―――風牙衆が反意的な態度を見せなかっただけだが―――ものの、亀裂は修復不可能なところまで達していた。

現在の宗主である神凪重悟は風牙衆の扱いを以前よりも良くしたが、時すでに遅かった。

遅かったと言うよりは、宗主一人が頑張ろうとも長老や他の分家の長達の態度が非公式な場において変わらなかったために、風牙衆はついに決起に至った。

 

「だがこの反乱はあくまで秘密裏に進めねばならん。こちらが有利に動くためにもな」

 

そう述べるのは風牙衆の長である風巻兵衛である。

彼はこの反乱の首謀者であり、この計画を練った張本人でもある。

兵衛は反乱を起こすとは決めても、自分達の弱さを理解している。

風牙衆は風術師の集団である。そして風術とは悲しいことだが、弱者の力でしかなかった。

 

風は精霊魔術の中では最弱。それがこの世界での共通認識だった。

なぜ風術が弱いのか。それは攻撃の軽さにある。

炎ならばその圧倒的なエネルギー。地や水ならばその質量ゆえに攻撃にも向く。

しかし風術にはそのどちらも無い。ゆえに軽いのだ。

 

強力な攻撃を風術が放とうとすれば、他の三系統以上の数の精霊が必要になってくる。他の三系統が十の数の精霊で行える攻撃が、風術ではその倍以上は必要なのだ。

さらに精霊の数が増せば増すほど、その制御は困難になっていく。

つまり戦闘において風術は最も使いにくい術なのだ。

 

例外があるとすれば、凄まじい数の精霊を従え、それを完璧に制御できる存在。

そんな事ができる術者は、優れた風術師を多数抱える風牙衆にも存在しない。

風牙衆最強の戦闘力を誇る人間でも、せいぜい分家の最下位と戦えればいい方だ。

だからこそ風術に求められるのは他の要素。

 

探索や追跡。機動性と隠密性に優れた情報収集をメインとする諜報員的な立ち位置。

これは現在社会において重要な要素なのだが、神凪は戦闘力重視のためにそれに重きを置かない。

だからこそ見下される。どれだけ努力し、彼らに報いようとも感謝もされない。

 

当たり前だと言い放たれる。それくらいしかできないのだからと蔑まれる。

こんな扱いでは嫌気が指すのも当たり前だ。

兵衛は力で勝てないのならば策を弄するしかないと考えた。

しかし圧倒的な力の前では少々の策も意味を持たない。

 

毒殺を含めた暗殺も考えた。

だがそれを達成するビジョンが見えない。

分家や宗家の一部ならば風牙衆ならばやってのけるだろう。

しかし神凪の頂点に君臨する二人の術者がそれの未来を打ち砕く。

宗主・神凪重悟と現役最強の術者・神凪厳馬。

 

この二人は別格と言うよりも存在そのものが違う。

彼らは強いだけではなく、彼らの炎は物理法則すら無視した力を発揮する。

高位の炎術師になればなるほど、精霊と炎を完全に制御する。物理法則を無視して、水中で水を沸騰させる事なく炎を起こしたり、指定対象以外燃やさない事も可能。

 

調べたところによれば、摂取した毒すら炎で燃やす事が可能らしい。

即死するレベルの毒物を盛ればと考えるが、彼らの場合は死ぬ間際――それこそ一瞬でもあれば―――で毒を燃やすため、効果が出る前に無効化されてしまう。

なんだそれはと、兵衛は叫びたくなった。そんな化け物、どうやって倒せばいい!?

苦悩した事も諦めかけた事も一度や二度ではない。

 

それでも考え考え抜いた先にあったのは、力が無いのならばよそから補えばいいと言う物だった。

幸いにして、兵衛にはそれに関しての心当たりがあった。

三百年前に封じられし、かつて風牙衆が崇めた存在。『神』

実際のところ神とは違う妖魔であったと最近ではわかったが、それでも三百年前の風牙衆はその妖魔の力を借りて、強大な術を操ったとされる。

 

それが原因でかつての神凪に討伐される事になり、結果として彼らの下部組織に貶められたわけだが。

しかしそれでも兵衛は納得がいかない。

確かに精霊術師として、妖魔と契約を結び暴虐の限りを尽くした事は恥ずべき事であり、先祖が神凪に討たれたと言うのも理解しよう。

 

だが何故三百年に渡りその負債を、祖先である自分達まで払わされなければならない。

いつまで償わなければならない。いつになれば許されるのだ。

未来に希望を見出せず、奴隷として一生を終える人生。そんな物は認められない。認めてなるものか。

 

ゆえに兵衛は動いたのだ。

と言っても、先で述べたように水面下だ。

彼はまずは風牙衆の力を強化するために、三百年前に彼らが力を借り受けていたとされる妖魔の力を頼った。

自分に賛同してくれる者達と共に封印されている場所に赴き、その場に漂う残留妖気を息子である流也に憑依させた。

 

それだけで圧倒的な力を流也は得る事ができた。

だがまだ足りない。まだ不安が残る。

神凪重悟と神凪厳馬。

この二人の力は異常だ。ただ救いは重悟は四年前に事故で片足を失っていると言う事だが、二人が同時に戦場に立った場合、如何に今の流也でも敗北してしまうだろう。

 

それに神凪には精霊王より賜った神剣・炎雷覇が存在する。

今の継承者である綾乃は未熟ゆえにその力を使いこなせていないが、仮にそれが厳馬や重悟の手に渡ったら?

考えただけで恐ろしい。単体でも桁違いの能力を有する化け物が、さらにその力を増幅する神器を持ったならば・・・・・・・。それは化け物ではなく神の領域だ。

 

だからこそ、絶対にそんな事態になら無いようにしなければならない。

兵衛は考える。どうすれば神凪を滅亡させられるかを。

問題は重悟と厳馬と炎雷覇。

この三つが合わさらなければ勝機はある。

はっきり言って、他の宗家や分家―――炎雷覇を持った綾乃を含めて―――をあわせても、厳馬一人にも及ばないのだ。

 

ならば各個撃破しかない。兵法の基本を用いよう。

幸いな事に炎雷覇の継承者である綾乃は大阪に単独で出かけている。これはチャンスだった。

兵衛は流也を差し向けた。彼にはこう言明した。

 

『手足の一本や二本は構わぬが、生かして聖地へと連れて参れ』と。

 

綾乃を生かして連れてくるには理由がある。

一つは人質とするため。重悟が極度の親ばかで綾乃を可愛がっている事は周知の事実。

無論、一族の長として切り捨てる事も厭わないだろうが、それでも動きを牽制する事はできる。

 

二つ目は神凪宗家と言う理由。

風牙衆が崇めた存在を解き放つには、どうしても神凪の直系の力が必要だった。宗家ならば誰でもいいが、あまり何人も攫うのはリスクにしかならないゆえ、様々な利用価値がある綾乃が一番最適だった。

 

三つ目の理由は炎雷覇の存在。

炎雷覇は綾乃が継承している。しかしもし彼女が死ねばどうなるか。過去の神凪の文献において、継承者が炎雷覇を持ったまま死ぬと、炎雷覇はその直後に神凪に存在する炎雷覇を祭る祭壇へと転移するとあった。

 

つまり綾乃が死んだ時点で、神凪に強制的に戻ってくる可能性が高かった。

こうなった場合、厳馬か重悟が炎雷覇を持つ事になり、兵衛の目論見が崩れかねない。

だからこそ生かして連れてこいと言明した。

それにいくら術者として心身の修行を積んでいると言っても、所詮は十六歳の小娘。

力を封じ、その精神と肉体を汚し、壊すことはそう難しくは無い。

 

「綾乃の身柄を確保次第、次の段階に移る。まだ表立って動くな。この場にいる者とその子飼い以外の風牙衆にも隠し通せ」

 

風牙衆において、兵衛は意思統一を果たしてはいなかった。風牙衆の中でも不満を持っていても現状を受け入れ、強攻策に出たく無い者は多くいた。

洗脳や脅迫と言った手段でこちらの言う事を聞かせても良かったが、そんな者が何の役に立つ。逆に違和感を際立たせ、神凪に気づかれてしまう。

 

ならば秘密を共有するものを少なくして、情報の漏洩を防いだほうがよほどいい。

信用できる者のみ、兵衛は反乱に加担させた。

それにもし仮に、自分達が失敗した場合の未来も兵衛は考えていた。

彼らとて風牙衆の血を、歴史を、技術を後世に伝える責務がある。今は神凪の奴隷として甘んじていても、彼らには彼らなりの誇りが存在した。

 

それを受け継ぐ者が必要になる。

万が一、自分達が失敗しても、首謀者とその取り巻きのみの処罰で事なきを得る。神凪とてさすがに反乱を起こしたとは言え、関係ない風牙衆を皆殺しにはすまい。

さすがに今の時代にそんな事をすれば、神凪の名を地に落としかねないし、静観を決め込んでいた様々な方面から色々な問題が噴出する。

 

それでも今まで以上に風牙衆の風当たりは強くなるだろうが、その時はその時で、第二の自分達のような存在を生み出し、反乱を起こすだろう。

他にも兵衛は最悪の事態も想定して、風牙衆を散り散りに逃がす用意もしている。

 

(だがワシは絶対に勝ってみせる。見ておれよ、神凪一族。ワシの、我らの怒りを。貴様ら、一人残らず滅ぼしてくれる)

 

兵衛は復讐の炎を燃え上がらせる。そして息子流也が綾乃を連れてくるのを待つ。

それが復讐の第一歩。

だがこの時の兵衛も予想していなかった。

流也が綾乃を捕捉する前に、自分を捕捉した謎の人物の抹消に向かった事を。

そしてその人物が、色々な意味で彼らの予想を超える人物だった事を。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、どこまで張り付いてきやがる!?」

 

大阪の夜の空。この街に住む誰一人として気づく事が無いまま、そこでは空中大決戦が繰り広げられていた。

風の刃と風の刃が交差する。

八神和麻と兵衛の差し向けた風巻流也が激しい攻防を繰り広げていた。

流也は最初は和麻の存在など知りもしなかった。神凪一族を出奔した宗家の嫡男の事など、流也も神凪に深い憎しみを持つ兵衛ですら気にも留めていなかった。

 

彼が和麻に襲い掛かったのは、ただ流也の姿を捕捉されたから。

死人に口無し。目撃者はすべて殺せ。兵衛に命じられた事を、流也は遂行しているだけに過ぎない。

だが相手は予想外に手ごわい。こちらの風をある時は避け、またある時は受け止める。

幾度も攻撃を繰り返すが、中々に仕留めることができない。

また和麻も和麻で流也の異常な強さに悪態をついていた。

 

「なんなんだよ、こいつは! 風を狂わせるだけじゃなくて、こっちの風まで防ぎやがる!」

 

和麻は幾度と無く本気で攻撃しているのだが、攻撃は相殺されるばかりで相手に届きもしない。接近戦をとも考えたが、ノートパソコンを抱えた状態では無理だ。

せめてウィル子が自由に動ければいいのだが、相手が悪すぎる。

 

風を操るだけじゃなくて、和麻と同等の速度と威力で攻撃を仕掛けてくる。和麻自身、自分を守るだけで手一杯で、ウィル子を守りきる自身が無かった。

もう一人、前衛に使える奴がいれば話は変わるのだが・・・・・・・・・。

 

(そんな都合のいい奴がいるわけ・・・・・・・)

 

こんな化け物相手に前衛を張れる術者など早々にいない、と和麻は思いかけたがふと都合のいい存在がいるのを思い出した。

 

(いるじゃねぇか、そんな都合のいい奴)

 

前衛を張れて、そこそこ攻撃力があって、反則クラスの武器を持った奴がいるのを和麻は思い出した。

 

(近くにいてくれよ・・・・・・)

 

和麻は相手への牽制を忘れずに、それでいて高速で目的の人物を探した。

相手はすぐ見つかった。と言うよりも常時でも大量の炎の精霊を従えていた。

これで見つけられないほうがおかしい。

 

(よし。手伝ってもらうか)

 

決定と心の中で呟くと、和麻は全速力でその人物の元へと向かった。

 

 

 

 

 

「うーん。おいしいわね」

 

神凪綾乃は満足げに呟いていた。たこ焼きやお好み焼きなどを食べた後、口直しでおいしいクレープ屋のクレープを、外に設置されたカフェテラスで篠宮由香里と久遠七瀬と共に椅子に座りながら、食べていた。

 

「さすが由香里の調べたお店ね。どれもおいしかったわ」

「えへへ。そう言って貰えると嬉しいな」

 

綾乃の言葉に由香里も嬉しそうに言う。

 

「しかしそろそろいい時間だからホテルに戻らないといけないな」

 

七瀬は腕時計を見ながら、もう戻らないと補導されるかもと少し冗談っぽく言う。

 

「あっ、もうそんな時間? じゃあそろそろ戻りましょうか」

 

綾乃がそう言って席を立った瞬間、ふわりと彼女達は風が吹いたのを感じた。

その直後、グイッと綾乃の制服の襟首が引っ張られた。振り返ると、そこには今の今までいなかった一人の若い男が立っていた。

 

「えっ!? あ、あんた、誰!?」

「説明してる時間が無い。すげぇ速度で追ってきてるんでな。と言うわけでこいつ借りてくぞ」

 

狼狽する綾乃に男―――和麻は短く言い放つと、そのまま彼女の襟首を捕まえて風で空に飛翔する。同時に光学迷彩も展開して周囲に気づかれないようにした。

 

その際に綾乃が「ぐえっ」とあまりにも色気の無い悲鳴を上げていた。

 

あとに残された綾乃の友人二人は、呆然としたまま、とりあえず警察に連絡しようかと言う以外に何も出来なかった。

 

 


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