サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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思いの

「懐かしいなあ……」

 

 遠くに聞こえる祭り囃子に耳を澄ませる。随分と聞いていなかったそれは不思議と自然に馴染み心が踊る。

 久しぶりの実家にラウラと縁側で日向ぼっこやら散歩やらをしていたのだが、唐突な母の一言によってこうして桜木はこうして外に出ている。現在彼は一人、家と会場の中間にある橋の上にいる。ラウラは母に連れられ屋敷の奥に行ってしまいそれから会っていない。なんでも準備があると言うことと、どうせなら待ち合わせで行けばいいとのことで、こうして桜木が先発で出発しているのだ。

 手持ちぶさたな彼は何気なしに携帯を取り出す。そこでふと思いだし、織斑に向けメールを打つ。内容はシンプルだ。実家で平和にしていることとラウラの様子、そしてこれから二人で祭りにいくと言うこと。メールを送ると返信はすぐに帰ってきた。こちらの返信も彼女らしく実に簡潔だ。しかし、「頑張れよ」とは一体何にたいしてなのか、桜木は頭を掻き、そっと内袖に仕舞う。

 

「そろそろ答え、出さなくちゃな……」

 

 悪いとは思ってはいるが、なかなかこういうことは決断し難い。あちらとこちら、よく知った仲。それこそ一時とは言え一つ屋根の下で寝食を共にした仲だ。だからこそ――

 

「一度、しっかり向き合わなくちゃいけないか」

 

 だからこそは話さなくちゃいけないことがある。伝えなくちゃいけないことがある。答えはもう随分前から出ている。ただ、臆病風に吹かれ、逃げてしまっているだけのだ。やらないでする後悔はもう死ぬほどした。なら――

 思考に溺れる桜木はふと何かを察知に顔をあげる。視線をあげたその先には、見事に浴衣を着こなしたラウラがいた。いつか写真で見た旅館用の質素なものではなく、綺麗な華と蝶の刺繍が入った黒い浴衣。急いできたのか、頬が上気させ、恥ずかしそうに耳にかかる髪を掻き上げる仕草が妙に色っぽく感じさせた。結い上げられた髪から覗くうなじも思わずドキリとしてしまうほどだ。女性とは狡いもので、少しの変化で実に美しく見えるものだ。

 

「すみません、待たせてしまいました」

 

「大丈夫だよ。うん、ラウラちゃんの浴衣姿見れただけで待った甲斐はあったから。……凄く似合ってるよ」

 

「ありがとうございます…」

 

 いつものような照れ笑いではなく、恥ずかしそうに微笑むしおらしさはなんなんだろうか。少し呆然と桜木はラウラを見つめる。それに小首を傾げる彼女は何を思ったのか、徐に近付いてきその少し小さめな指を絡めてきた。

 

「あっと、ラウラちゃん?」

 

「すみません、こうしたかったんです。ダメ、でしたか?」

 

 ああ、本当に女性とは狡いものだ。

 

「いや、大丈夫。むしろありがたいよ。今は足がうまく動かないからね」

 

 一瞬、彼女の視線が左足に向く。桜木は自分の迂闊な発言に“しまった”と思うが、返ってきたのは予想外の反応だった。

 

「そうですね…。だから、絶対に離しませんよ」

 

「……」

 

 力強く、可憐な笑顔に息を飲む。彼女はいったいいつからこれ程までに成長したのだろうか。ずっと傍で見てきたと思っていたが、どうやら間違いだったようだ。

 

「さ、行きましょう!」

 

 繋がれた手が引かれる。強すぎず、速すぎず、桜木に配慮したそんな引きかただ。ラウラの背中がすこし大きく感じる。

 

 

 

 

 

 祭り囃子が一層激しくなり、何処にいたかわからない数の人で溢れる。都会にいた頃の喧騒が甦ったようである。流石に人混みのなかで桜木を引いていくのは難しい。ラウラは先に歩くのを桜木に寄り添うように歩く。キョロキョロと辺りの屋台を眺めつつもけしてその指は離そうとしない。

 

「なにか気になるものでもあった?」

 

「いえ、そういうわけではないのですが…」

 

 時折ふっと離れそうになってはぎゅっと指に力を込め戻ってくる。そんな健気な姿に申し訳なく思う。

 

「そうだねぇ」

 

「ユーヤ?」

 

 ここにきてはじめて桜木から動く。ゆったりだが確かな歩み。ラウラも邪魔にならないようにそれに従う。

 

「いらっしゃい!」

 

 フラッとよった先は一つの屋台。暖簾を潜ると同時に威勢のいい声が聞こえ、甘い良い匂いが鼻孔を擽った。

 

「一つ下さい」

 

「あいよ!300円だよ!」

 

「はいこれ」

 

「まいどっ!!」

 

 一連の流れをあっという間に済ませた桜木はものを受け取りラウラに差し出す。

 

「え?」

 

 差し出されたそれと桜木の顔を見比べる。

 

「ん?リンゴ飴、気になってたんでしょ?」

 

「あ…」

 

 自身の些細な変化を見ていてくれていたことに思わず頬が緩む。

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、気にしなくて良いよ。それに祭りは楽しまなくちゃね」

 

「ふふふ、そうですね」

 

 

 

 

 それから二人はゆっくりとした調子だが色々な屋台に顔を覗かしていった。ワタアメや焼きトウモロコシといった定番の軽食から射的や金魚すくいといった遊戯系の屋台。途中、射的にて全然思うように飛ばないコルク弾に憤慨するということがあったが、彼らは充実した時間を過ごした。

 そして、祭りが終盤に差し掛かる。花火が打ち上がり、人々を釘付けにする。ずっと流れていた祭り囃子は鳴りを潜め、今はその爆音と華を夜空にはためかしていた。

 そんななか、桜木とラウラは会場から離れた小高い丘の上にいた。地元民すら知らぬ秘密の場所。すこし疲れた二人は草原の上に腰を下ろし、夜空に輝く花火を眺める。周りには誰もいない、彼らだけの空間。二人は終始無言で寄り添う。次々と打ち上がる花火はやがて終わりを迎える。盛り上がりをみせた夜空の華は次第に数を減らし、煙だけを残し落ちていった。

 大華の余韻に浸るラウラだったが、ちらりと横にいる桜木を見る。未だ夜空をぼんやり見る桜木の横顔に抑えていた気持ちが込み上げて来てしまう。

 ――私のことをどう思ってくれているのだろうか…

 あの告白が突然だったのは自分でもわかっているが、あの時はどうしようもない感情で溢れてしまった。そして、それは今もである。

 降ろしていた腰を上げ、桜木に向き直る。桜木も彼女が立ち上がったことにより、そちらに顔を向け、自然と向き合う形になった。

 

「どうしたんだい?」

 

「…ユーヤ、貴方は私のことをどう思っていますか?」

 

「……」

 

 彼女が聞きたいことがわかり、思わず息を飲む。しかし決して視線を外すことはない。

 

「私は貴方が好きです。愛しい。しかし、貴方は何も仰ってくださらない…。私は…どうしたら、いいのでしょう…?」

 

 溢れだした思いは収まらない。不安でしかたがなかった。今まで溜めていた気持ちがその紅い瞳から溢れ落ちる。止めようにもどうしたら良いかわからず、ラウラは浴衣の裾を握りしめ、せめて泣き顔だけでも見られまいと俯く。

 桜木はそんなラウラを目の当たりにし、徐に握られた彼女の手をそっと自身の方に引く。予想外のことだったからか、彼女は何の抵抗もなく引き寄せられた。

 

「ユー、ヤ?」

 

 抱き止められ、優しい温もりに包まれ戸惑いの声を上げる。

 

「ごめん、ラウラちゃん…。キミにこんな思いをさせてしまって。正直怖かったんだ。また大切な人が居なくなるんじゃないかって…。だから返事を返せなかった……。返事をしてしまったら、今までの世界が変わってしまいそうで。俺は、どうしようもない臆病者なんだ」

 

「そんな、こと、ありません」

 

「臆病者さ…。いまも、昔もずっと恐れている」

 

「ユーヤ…」

 

「でも、そろそろ逃げ回ってばかりじゃ駄目なんだよな…」

 

 抱き抱えていたラウラを離し、視線が絡み合う。潤んだラウラの瞳に意思を固める。遅くなったがもう答えは出ている。だが、その前にやらなくてはいけないことがある。

 

「ラウラ、まずはキミに伝えなくちゃいけないことがある…。俺はISが憎い。嫌いでしょうがない。俺の妹を奪ったあの人形がっ!俺は――」

 

 桜木の口から出る恨みの言葉。捕まれた肩に力がこもる。だが、ラウラは目を反らさず、表情も変えず、桜木の言葉を受け止める。桜木は今、自分のために辛い思いを言葉にしてくれている。自分と桜木を引き合わせてくれた織斑ですら知らないであろう、彼の思いを。だから自分も彼に伝えよう、誰にも言えない秘密を。そして、全てが終わったあとに――

 

「ユーヤ、私も貴方に言わなくてはいけないことがあります」

 

 もしかしたら嫌われるかもしれない。もう二度とこうして彼の顔を見ることができないかもしれない。だが、それでも、自分を偽ることはできない。自分の全てを受け止めてほしい。

 

「私は、ラウラ・ボーデヴィッヒは貴方の嫌いなISの乗り手です。それもドイツの代表候補にして、ドイツ軍のIS部隊の隊長をしております」

 

 ――言ってしまった。後悔が押し寄せ、涙が込み上げてくる。いつからこんなに涙脆くなってしまったのだろうか。だが、まだ泣くことなどできない、伝えなくちゃいけないことはまだある。

 

「そして、私には親がいない…。試験管で生まれた作られた命、それが私です……」

 

 もう顔を見ることができない。唇を噛み締め震える肩を抱き、必死に堪える。嫌われるのが怖い、拒絶されるのが怖い、大好きな彼と離れるかもしれないという事実が怖い。ラウラは小さなからだ強く抱き締めた。

 

「っ、こんな私ですが、貴方のそばにいていいでしょうか?…こんな私が貴方を愛していいで、しょうか…?」

 

 好きだからこそ、伝えた。伝えてしまった…。

 

「ありがとう…」

 

 突然の言葉に顔をあげる。ラウラの目に優しい笑みを浮かべた桜木が映った。桜木は離していた彼女との距離を再び無くす。震える小さなからだを壊れないように、しかし離れないように強く抱き締める。

 

「教えてくれてありがとう……。でも大丈夫。君のことはよく知っているから。不器用で、恥ずかしがり屋。無垢で純粋、思い込みがやや激しいのがたまに傷だけど、そこもまた可愛いとても優しい女の子」

 

「ユーヤ…」

 

「とても大切で、愛しい子だよ…。ああ、わかっていたんだ、俺はそんなキミが好きになっていったんだ…」

 

「ユー、――」

 

 思わぬ言葉に顔をあげるラウラ。彼の名前を呼ぼうとして、言葉が消える。いつの間にか、すぐ目の前に桜木の顔がある。唇が触れ合い、呼吸が止まる。心臓が大きく脈打ち、張り裂けそうになる。

 それはどれ程経ったのだろうか。時間がなくなり、甘い感覚に酔う。

 やがて、唇が離れる。先程とはことなり、真剣な表情な彼の顔があった。

 

「ラウラ、キミは俺のことを知り、自分のことを教えてもなお、俺のことを好きといってくれた。だから俺もその気持ちに応えたい」

 

 言葉を区切り、一度大きく深呼吸をする。もう、桜木に迷いはない。

 

「ラウラ、俺もキミのことが好きだ。俺と付き合ってくれるか?」

 

 抑えていたものが決壊し、流れ出す。だがそれは今までものとは違う。暖かい思いが胸を満たす。

 

「はいっ!!」

 

 感情のまま、桜木に抱きつく。もう、思いを我慢する必要など何もないのだ。

 

 

 人気のない丘の上、二人の影は重なったまま離れることはない。そんな彼らを祝福するように、穏やかな月の光だけが優しく降り注ぐ。

 




ああ、難しかった(笑)
この話もそろそろ佳境だな…
次どうしようかねえ……

まあ、そんなこんな“二人は幸せなキスをして――”いや、なんでもない

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