サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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夜の

 桜木は一人、ベランダに佇みタバコをふかす。夏の夜風に散り散りになる紫煙を眺め黄昏る。眼下に広がる街灯や家々の灯りと、頭上から降り注ぐ月や星々の光、それによって部屋に灯りなど灯さなくとも町並みが見渡せた。

 

「ゲホッ…。やっぱ喉が痛いな……」

 

 滅多に吸う事の無いタバコ、好きか嫌いか聞かれたら間違いなく嫌いと即答するだろう。だが、その独特な味と香りが混濁した思考をクリアにするのに丁度よく、時折こうして吸う時があった。一口肺にため、咽るように吐き出す。ここ数年の間で幾度となく繰り返してきたことだが、どうも桜木の体にタバコは合わないようだった。

 

「ん?」

 

 ズボンに入れていた携帯が震える。ライトの色から考え、どうやらメールが来たようだ。携帯を開き差出人を確認すると、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』となっていた。

 ---珍しいこともある。

 あまり彼女から業務連絡以外で連絡が来ることはなく、今までで恐らく両手で数えられるくらいしかきていないだろう。不思議に思い内容に確認してみると、ただ一言。「今、お時間よろしいでしょうか?」それだけであった。言葉は少ないが、彼女が次に何をしたのかはわかった。

 桜木は苦笑いを浮かべ、律儀だな、と思う。

 そして、彼女へ返信の代わりに電話をかける。コール音を聞きながらタバコを消す。十数度目のコールが鳴った時、漸く彼女と繋がった。

 

「す、すみません!お待たせしました!」

 

 慌てた様子で出てきたラウラの声を聞き、その姿が容易に想像できてしまい、思わず笑みをこぼす。

 

「……ユーヤ?」

 

「ああ、ごめん。なんでもないよ」

 

 何も言わなかったことで無用な心配をかけてしまったようだ。

 

「それで、どうしたの?」

 

「---あ、いえ、たいした用事ではないので…。お、お時間は大丈夫なのですか?」

 

「ん、大丈夫だよ。今はぼーっと外を眺めてただけだから」

 

「ああ、よく見られてましたね。お好きなのですか?」

 

「好きってわけじゃないんだけどね。…何となく、そういう気分になってるだけだよ」

 

 そういえば、彼女がここにいた時もこうして外を眺めていたな、と思い出す。ただ、その時は彼女が寝た後だったので知らないとばかり思っていたが、意外に見ているものなのだと舌を巻く。

 そんなことを思っていると、電話の向こうで話し声が聞こえてきた。よく聞こえないが、ラウラのほか数人いるようだ。

 

「誰かいるなら後にしようか?」

 

「い、いえ!大丈夫です!すぐに黙らせますっ!!」

 

「あ、いや、別にそこまでは---」

 

 桜木の言葉を聞く前にラウラが向こう側で騒ぎ始めた。

 

 ---おい!お前たち静かにしろ!!……え?い、いや、そんなことはないぞ?……は?な、なに言っているんだ!!?えーい、うるさい!!

 

 ラウラの怒鳴り声と数人の女性の声。どたどたと動き回る音と黄色い声に、取り敢えず彼女が元気で良好な人付き合いをしていることが分かって安心した。

 数分ワイワイとしていたが、ドンッと扉の閉まるような音がして後ろの声が途絶えた。

 

「もう大丈夫かい?」

 

「は、はい、すみません。…ほんと」

 

 息も絶え絶えの様子のラウラ。どうやら相当な攻防があったようだ。

 

「ははは、大変そうだね」

 

「ええ、ほんと…。---でも、ここはいいところです」

 

「そっか…」

 

 友達など不要と啖呵をきっていたラウラが、多くの友達を得、学校を良いところだと言った。それはとても大きな変化で、桜木にとっても実に喜ばしいことであった。

 

「それで、ほんとにどうしたんだい?態々メールまでして、大事なことかい?」

 

「あ、いえ、そういったわけではないのですが…その……」

 

 ゴニョゴニョと喋るラウラ。もしかしたら後ろで騒いでいた女生徒らに煽られてかけてきたのかもしれない。

 

「こ、声が聞きたくなりまして…」

 

「ふふ、たった二三日の間で?」

 

「え~っと、…あ、あの、その……。…い、いいではないかっ!!」

 

 自分で言った言葉に気が付き頭が混乱したのか、しどろもどろになり、ついには敬語すらかなぐり捨ててしまった。

 

「そうだね」

 

「……なんか馬鹿にされている気がするぞ?」

 

「はは、気のせいだよ。うん」

 

「なら、いいのですが…」

 

 少し落ち着きを取り戻したようでいつもの様子に近付いてきた。

 

「臨海学校は楽しかったかい?」

 

「はい、楽しかったです。今までああいったことはすることがなかったので、新鮮でした」

 

「そっか、よかったよ」

 

「友人たちや教官と泳いだり、遊んだり、本当に楽しかったです……」

 

 嬉しそうに臨海学校での出来事を語りだすラウラ。遠泳のレースが行われたり、ビーチバレーをしたり、夕食のワサビが辛かったや温泉が気持ちよかった、最終日の夜にトラブルがあり、その処理が大変だった等々、本当に楽しそうに話す。

 

「…そちらは何か変わったことはありましたか?」

 

「ん?いや、こっちは特に何もなかったよ。いつも通りの平穏な日々だった。あ、でも…」

 

「はい?」

 

「昔に戻ったみたいで少し寂しかったかな?」

 

「それは---」

 

 少し、昔馴染みと話したことが桜木の心に残っていた。

 ふふふ、と含み笑いを浮かべる。深くは言わない。そこからどうくみ取り、どう噛み砕くかは彼女次第だ。

 

「あ、あの、エミコたちはどうでした?」

 

「みんなもいつも通りだよ。ラウラちゃんがいなかったから麻美ちゃんが寂しがってたけどね」

 

「そうですか…。また明日辺りから復帰してもよろしいですか?お土産も買ってますので」

 

「それはありがたいけど、随分とはやいね。いいのかい?臨海学校明けで疲れてない?」

 

「いえ、大丈夫です!そんな柔な鍛え方していませんので!!」

 

「そっか。でもいいよ、来なくて」

 

「……え?」

 

 驚いた声が聞こえ、受話器越しにも落ち込んでる雰囲気が伝わってきた。目の前に彼女がいたらきっとしょんぼりとしているだろう。

 

「そ、それは…もう来なくていいと、そういう、ことでしょうか……?な、なにか私に、…落ち度でもありましたか……?」

 

「いやいやいや、そうじゃないから。だからそんな泣きそうな声をしないで、ね?自分でも気付きにくい疲れって言うのもあるからゆっくり休んで欲しいんだ。だからラウラちゃんに問題があるとかじゃないし、クビとかじゃないから。ね?だから安心して」

 

 若干ぐずりだしたラウラを必死に慰め、誤解を解く桜木。まさか彼女の事を思っての言葉が裏目に出てしまい、あらぬ誤解を招いてしまうとは思いもよらなかった。

 

「はい…。すみません、早とちりでした……」

 

 鼻を啜りながらもなんとか持ち直した彼女に、ほっと一安心する。まさかこうなるとは思いもよらなかった。

 なにか、どっと疲れを感じ、桜木は深くため息を吐く。それと同時に、どこかデジャヴュを感じるやり取りに軽く目を細めた。ここ最近になりよく感じるようなったそれは、いったいなにを意味するのだろうか。

 懐かしむように、愛しむように瞳を閉じる。

 

「ユーヤ?」

 

「ん、なんだい?」

 

「いえ、ですから、明後日なら出てもよろしいでしょうか?」

 

「そうだね…、別にもう一日休んでも構わないんだけど……」

 

「そうはいきません!もうすでに何日も連続で休むことになってしまったので、流石に行かせていただきたい」

 

「ははは、真面目だねラウラちゃんは」

 

「そんな、とんでもないです」

 

「ほんと、真面目でいい子だよ。じゃあ、お願いするね」

 

「はい!!」

 

 先ほどの空気を払拭するように元気に返事をするラウラ。

 

「あ、すみませんユーヤ。そろそろ就寝時間になるので」

 

「もうそんな時間か。じゃあ、ゆっくり休んでね」

 

「はい、失礼します。Träume süß、ユーヤ」

 

「ああ、おやすみ。ラウラちゃん」

 

 電話を離し通話を切る。

 ふう、とため息を吐いたところでメールがもう一通来ていることに気付いた。今度の差出人は『織斑千冬』とあった。滅多に連絡をよこさない人たちから続けて連絡が入り、本当に珍しい日だと思う。

 メールには一文、「報告だ」とだけあり、いくつかの添付ファイルが送られてきただけだった。

 

「これは…」

 

 楽しそうに笑う少女の姿があった。制服や水着、浴衣と色々な恰好であったが、中心となる被写体はどれも同じで、生き生きとしている。見ているこっちが楽しくなるような笑顔だ。

 

「はは、ほんと、よかったみたいだね」

 

 織斑にお礼のメールを送り、桜木は携帯をポケットにしまう。彼女なりの気遣いに感謝しつつ天を仰ぐ。満天の星空になにを彼が思うのかは本人にしかわからない。だが、その表情はとても穏やかなものであった。




 福音戦は一般人が知ることのない話。だから桜木はなにがあったかは知らない。



 それにしてもホント戦闘もISもないな(笑)
 まあ、これからもほとんどないんですけどね!!

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