ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第六十二話 テレビの世界、天上楽土

「すごい霧だな……」

 

陽介が顔をしかめる。テレビの中の霧が濃くなっており、雪子も「最近の霧騒ぎと何か関係あるのかな」とぼやく。

 

「この中も、何か変クマね。きっと、町で色々騒ぎになってるから、こっちの世界にも影響しちゃってる予感」

 

「今はとにかく、急ごう」

 

「うん。久慈川さん、菜々子ちゃんがいる方角、分かる?」

 

クマの推測を聞きながらも陽介は今優先すべき事を言う。命も頷いてりせに菜々子がいる方角の確認をお願い、りせも頷くとヒミコを召喚。アンテナのような頭部が辺りを探るように左右に揺れる。

 

「これがペルソナってもんなのか……」

 

「ええ」

 

最初に説明された時もちらっと陽介達が見せたが本格的に見るのはこれが初めてな遼太郎が呆けた声を漏らす。

 

「あっちから感じる……すごい……何この優しい感じ……」

 

りせはヒミコの探知能力で何かを感じたのか、その何かを「優しい感じ」と表現する。

 

「!?」

 

すると次の瞬間、りせの目が見開かれた。

 

「どうした、りせ!?」

 

「この反応、嘘……」

 

陽介が慌てて声をかけるとりせが呆然とした様子でヒミコの召喚を解除する。

 

「先輩もいる! 菜々子ちゃんの反応、そのすぐ近くに!!」

 

『な……』

 

りせが大慌てで叫ぶ報告、それに全員が絶句した。

 

「そ、そんな……なんで椎宮君まで!?」

 

「いえ、考えてみれば不思議ではない。先輩が菜々子ちゃんの危機を放っておくはずがない……抵抗し、生田目が一緒にテレビに落としたと考えるのが自然でしょう」

 

千枝の悲鳴に直斗が冷静にそう推測する。

 

「ですが、先輩を含め僕達はシャドウに警戒されている。もしシャドウに見つかりでもしたら体調を崩している先輩は危険です!」

 

「一日経った今でも反応があるって事は、今は安全な場所にいるって考えてもいいけど……ずっとそうとも限らない。急ごう!」

 

直斗が最悪のケースを想定し、命が叫ぶと全員が頷く。そしてりせの先導で菜々子と真の反応があった地点へと走っていった。

 

それから彼らがやってくるのは一面色とりどりの花に囲まれ、綺麗な虹が浮かんでいる幻想的な空間だった。

 

「ここが、菜々子ちゃんの……」

 

「きれい……お話に出てくる天国みたい」

 

雪子が呟くと、りせも天国みたいだと表現。

 

「“天国みたい”、か……」

 

しかしその言葉を受けた遼太郎が寂しげに呟き、全員がはっとした顔になる。遼太郎は菜々子に母親は天国に行ったと教えている。菜々子が心の隅に浮かべていた、死別した母への寂しい思い。それが具現化したのがこの空間と考えていいだろう。

 

「やっぱ菜々子ちゃん、心の奥じゃ……」

 

「仕方ないよ、まだあんなに小さいんだもん」

 

陽介と雪子も寂しそうにそう呟く。命も浮かない顔をした後、決意したように顔を上げる。

 

「必ず、助けよう!」

 

「ああ。皆、頼む。力を貸してくれ!」

 

命の言葉に続き、遼太郎が力を貸してくれと呼びかける。

 

「当ったりきクマ! ナナチャンは、絶対に助け出すクマ!」

「ああ、生田目を見つけてとっちめるのは後だ。まずは、菜々子ちゃんの救出!」

 

その言葉にクマと陽介がやる気満々に返答、命も不敵な笑みを浮かべる。

 

「ああ、行こう! 真君がいない以上、指揮は僕が取る。副リーダーは結生、お願いね」

 

「任せといて!」

 

命の言葉に全員異論はないように頷き、結生も右手を挙げてやる気満々の様子を見せる。そして彼らは一気に天国の門を潜り抜けていった。

 

 

 

 

 

時間を戻そう。11月5日の真夜中、真はピーン、という音を聞いた気がしてふと目を覚ますと起き上がり、携帯を確認する。着信は無し、メールが一通来ているのみだ。そして時間はとっくに12時を過ぎている。

 

(マヨナカテレビも見逃したか)

 

メールは陽介から来ており、“今夜もマヨナカテレビを見る事になったけど、お前は無理せず寝てろ”とあった。確認はするつもりだったが寝過ごしてしまい、真は苦笑。人肌でぬるくなった濡れタオルをベッド脇に置かれていた洗面器に落としてベッドから降りた。

 

「もう菜々子も寝てるだろうし、タオルくらい自分で変えよう」

 

起きたついでにタオルを変えて水でも飲もう、と思って彼は洗面器を持つ。少々ふらふらはするが歩けなくはなく、真は自室のドアを開ける。すると階下からガタタッという物音が響いた。

 

「菜々子? 起きてるのか?」

 

そう呼びかけ、階段を降りる。

 

「お、にい、ちゃ……」

 

そんな途切れ途切れの声が聞こえた。

 

「菜々子!?」

 

その瞬間、真は洗面器を投げ捨てて階段を走り下りる。階段の下の壁にぶつかりつつ腕をクッションにして衝撃をやわらげ、一階に飛び出す。鍵が閉まっているはずのドアが開いていた。真は見る。家の前に止まっている不審な車――いなば急便の宅配トラック。

 

「……かわいそうに、すぐ……楽にしてあげる……」

 

まさかこんな真夜中に配達が来るはずもない、その車の荷台に何か荷物を押し込もうとしている中年の男性。

 

「菜々子!」

 

そして荷台に押し込まれようとしているのは菜々子だった。その姿を見た真は走り出し、靴も履かずに家を飛び出す。男は菜々子を荷台に押し込み、自分も荷台に上がった。

 

「菜々子を、どうする気だっ!?」

 

玄関から玄関先のトラックまでほんの数メートルもない。しかしたったそれだけの距離を走っただけで真の息は上がり、彼の意識は朦朧とする。しかしそんな中彼は見る。荷台の中に置かれた不自然なまでに丸出しの、人が一人くらい入れる大きさのテレビを。そして、宅配の制服なのだろう緑色の作業服のような服を着た中年の男性が、菜々子をテレビの中に入れている光景を。

 

「!」

 

真は直感した。この男こそが雪子を、完二を、りせを、直斗を、そして今菜々子をテレビに落とした連続殺人犯であると。

 

「菜々子を返せぇっ!!」

 

身体の不調も忘れ、真は荷台に乗り込むと男性目掛けて殴りかかる。

 

「この子は俺が、俺が救うんだあああぁぁぁぁっ!!!」

 

対する男性も絶叫、やみくもに腕を振り回すが狭い荷台の中に体調の悪い相手にはそれだけでも充分。真は振り回された腕をもろに受けて荷台の壁に叩きつけられる。

 

「まだ、だ……」

 

しかし真も不屈の闘志で立ち上がろうとする。今まで影が掴めなかった真犯人、それが目の前にいる。そして今菜々子をその凶刃にかけようとしている。今捕まえなければ被害は増える、彼はその意志だけで立ち上がった。

 

「俺が、俺が救うんだ!! 邪魔するなあああぁぁぁぁっ!!!」

 

奇声を上げ、再び殴りかかる男性。襲い掛かる彼を真は相手の両肩を掴んで引き寄せ、頭突きを入れて怯ませて押し返す。しりもちをついて倒れた相手は一瞬だが動けない、最大の隙を真はついて拳を握りしめた。

 

「覚悟しろ!」

 

今度は真が殴りかかろうと踏み込む。しかしその時、急激に頭が揺れる。強烈な不快感に襲われ、真の足元がふらついた。頭突きの反動か、今まで堪えていた熱による不快感がぶり返してきていた。

 

「う、うあああぁぁぁぁっ!!!」

 

そこに男性の悲鳴が響き、ガズッという音と共に側頭部に衝撃が走る。男に殴られた、それを理解する前に真の体勢が崩れる。ふらついた足元では身体を支える事が出来ず、このまま彼の身体は荷台に横たわる……はずだった。

 

「っ!?」

 

変な浮遊感が真の身体を襲う。ここ一年で味わい始めある種慣れた浮遊感、これはテレビの中に入った時のものだ。

 

「しまっ……」

 

殴られ、倒れ込んだ先にテレビの画面があったのか。それを真は理解するがもはやどうにもする事も出来ない。そして体調不良に加えて頭を殴られたダメージによって彼の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 

[……静か]

 

天国のような場所――天上楽土に入り、周囲をサーチしたりせがあまりの静寂についそんな言葉を呟く。

 

[でもなんだろう、この胸騒ぎ……]

 

「菜々子ちゃんと真君が危険な状態にあるんだ、無理もないよ」

 

[うん……待ってて、菜々子ちゃん、先輩……ゼッタイ助けてあげるから!]

 

りせの胸騒ぎがするという呟きに命がそう返し、りせは改めてマヨナカテレビに囚われた二人を助ける決意を見せる。その決意に思いは同じだというように全員が頷いてから彼らは足を進める。

天上楽土。そこはまるで城か宮殿のような美しい場所で、明るい空が広がり虹もかかっている光景は正に天国というべきだろう。

 

[シャドウ発見! 来るよ!!]

 

しかしそこにもシャドウは存在し、りせの声を聞くや否や全員が戦闘体勢を取る。同時に襲ってくるのは石像のようなシャドウ――育成の彫像と背中に巨大な手を背負った人間のようなシャドウ――インテリマグスに無数の蝶が群がりその一匹が仮面を持っているような姿のシャドウ――目移りのパピヨンだ。それぞれ彫像が二体、パピヨンが群れ二体分、インテリマグスが一体だ。

 

「ゆかり、白鐘君! 出来る限りパピヨンを撃ち落として!」

 

「「了解!!」」

 

「天城さん、ああいうのは魔法を使ってくる! 先手をうって!」

 

「はい!」

 

命が指示を出してゆかりが弓に矢をつがえ、直斗が銃を向ける。続けて雪子にインテリマグスへの先制攻撃を指示、雪子が頷くと同時に彼女の前にカードが出現した。

 

「おいで、コノハナサクヤ!」

 

呼び出されるのは彼女の心の鎧(ペルソナ)であるコノハナサクヤ。彼女が舞うように回転すると巨大な炎――アギダインがその頭上に具現、インテリマグスへと勢いよく放たれた

 

[ォォォォォ!]

 

[っ、そいつ火炎に耐性持ってる!]

 

しかしさほど効いてない様子でインテリマグスは吼え、解析結果を出したりせが驚愕の声を上げる。

 

「命大先輩! この石ころは俺と花村先輩で引き受けます!」

 

「もう一体はあたしと結生さんに任せて! 下手に魔法使われる前にあいつを倒してください!」

 

完二と千枝が仲間と一緒に二人一組で育成の彫像を押さえると申し出る。パピヨンはゆかりと直斗が対処し、クマはそれぞれの援護に回っている。なお遼太郎はまだ初戦のためシャドウをきちんと見てどう対処すればいいのかの見習い兼りせの護衛に回っている。

命も状況を見て問題ないと判断、普段は真に指示を任せているものの、判断を任せてもある程度はなんとかなりそうだと彼らの成長、そして真の日々の努力の成果を見る。

 

「了解! 任せたよ」

 

頷き、命は後衛にいるインテリマグスへと走り出す。走りながら腰のベルトからダーツを数本引き抜き、投擲。インテリマグスの注意を引きつけ、相手も猛突進してくる命に狙いを定めると魔力を高めた。

 

「コンセントレイトか」

 

相手の行動を読み、自らに念じる。自分の中の何かが入れ替わった。

 

[ォォォォォ!]

 

インテリマグスが吼え、炎が命目掛けて噴射される。しかしそれは命に届かずに吸収され、インテリマグスが驚愕したのか一瞬動きを止めた。その隙に命は腰の後ろに横向きにしまっていた召喚機である銃を引き抜いてこめかみへと当てる。

 

「ウリエル! 五月雨斬り!!」

 

引き金を引くと共に呼び出された大天使が握る剣に光が宿り、一瞬でインテリマグスを斬り刻む。それだけでもインテリマグスは瀕死だが、油断せずトドメを刺さんと命は拳を振りかぶり、放たれた右ストレートがインテリマグスへのトドメとなって霧散させる。

 

[わぁ! さっすが命さん、すごーい!]

 

「これがペルソナやシャドウ……本当に、この目で見ても訳が分からんな……」

 

相手の攻撃を予測して無効化、即座に反撃。確実にトドメと冷静沈着な戦いを見せた命にりせが歓声を送り、遼太郎は常人ならば出せないような瞬発力や焼死間違いなしの火炎に無傷、さらに下手なボクサー以上の威力のストレートという総合して人間離れした光景に腕組みしながらため息を漏らす。ちなみに彼の武器は真の剣を借りており、今は真と同じように背負っている。

なお、他のシャドウは陽介が相手をスピードで翻弄している隙に完二が何度も彫像を殴打または結生の薙刀連続突きと千枝が連続蹴りによって粉砕しているのも遼太郎のため息の一因である。

 

[あ、あはは……まあその内慣れますから……]

 

「手放しで喜びたかねえな。子供がこんな危険なもんに首を突っ込んでるってのは」

 

[あはは……]

 

りせが苦笑しながら遼太郎に声をかけるが、遼太郎は彼らが一歩間違えば命を落としかねない事に首を突っ込んでいると改めて認識して厳しい目を見せ、りせも苦笑を続けた。と、その時ヒミコが何かに反応する。

 

[え、敵の増援!?……しまった、後ろから!?]

 

りせが新たな敵の反応をキャッチ、それが後ろから来たと叫ぶと遼太郎と共に振り返る。巨大な砂時計に手足がついたような、その周囲でまるでフラフープのようにIからXIIまでの文字が回転しているシャドウ――逆行の砂時計が襲い掛かってきていた。

 

「チッ!」

 

咄嗟に遼太郎がりせを庇うように逆行の砂時計の前へと立ちはだかり、相手のタックルを受け止める。

 

「む……」

 

そこで遼太郎は違和感を感じる。相手は自分よりも巨体、砂時計という構造上見た目より軽いかもしれないがそれにしてもダメージが軽すぎる。まるで少々子供にぶつかられたくらいの痛みだ。

 

「なるほどな」

 

遼太郎はニヤリと笑い、背負っていた剣を抜くと両手で握る。剣道でいえば全ての基本中の基本、正眼の構えだ。

 

「はぁっ!!」

 

剣道の面打ちの要領で刀を振るい、続けて籠手――相手に腕に当たる部位がないため回転している文字を打つような形になったが――へと攻撃。さらに胴を薙ぎ払うように隙なく刀を振るいダメージを与えて逆行の砂時計を怯ませる。

 

「はぁ!」

 

気合を入れ、同時に左手に光が集まると一枚のペルソナカードが具現。遼太郎はそれを握り潰す。

 

「来い、カミムスビ!!」

 

遼太郎の叫びと共に現れるのは彼の心の鎧(ペルソナ)――カミムスビ。茶色い髪を長く伸ばして顔を隠したような格好をしているその女神が腕を振るうと共に金色の拳が具現化し、一撃で逆行の砂時計を粉砕した。

 

「なるほどな……」

 

刀を鞘に戻し背負い直しながら、遼太郎は自分に宿った力を飲み込むように呟く。

 

「堂島さん、大丈夫ですか?」

 

他のシャドウとの戦いを終えた命が駆け寄り、声をかける。状況が状況であるためか普段の「堂島氏」ではなく真面目なさん付けへと変わっていた。

 

「俺なら大丈夫だ。急ぐぞ」

 

「はい!」

 

遼太郎は身体に傷が残っていない事を確認し、大丈夫だと判断を下す。彼の言葉を受けた命も頷くと彼らは一斉に走り出した。

 

 

 

 

 

[聞こえる!]

 

三階ほど階段の役割をしている大きな蔦を登ったところだろう辺りで――なお麓に立てばなんらかの力が働くのか身体が浮き上がったためジャックと豆の木よろしくクライミングをする必要はなかった――りせの声が響いた。

 

[菜々子ちゃんの声……確かに聞こえるんだけど……ダメ、小さすぎてよく分からない……]

 

りせは菜々子の声が聞こえるのに、小さすぎてよく分からない事にもどかしい様子を見せ、命達に[声を探して!]と声をかける。

 

「探すつってもなあ、俺達にゃ何も聞こえねえぜ?」

 

りせの指示に完二が困惑の様子を見せ、千枝達も耳を澄ませるが特別聞こえるものはない。

 

「まあ、この階層隅から隅まで探しちゃえば済む事だよ!」

 

「ああ、行くぞ!」

 

しかし結生が気合を入れ直すように言うと遼太郎も叫び、ここ三階ほどで戦闘に慣れてレギュラー入りを果たした彼は結生と共に我先にと走り出す。

伸びている一本道のそのすぐ先にドアが見つかり、先頭を走る結生がドアを蹴り開けると遼太郎が用心深く開いたドアから見える部屋の中を確認、特に危険がないのを確認すると共に追いついた命達とドアの中へとなだれ込む。

 

「お母さん……」

 

「菜々子!」

 

部屋に入り、数歩歩みを進めた辺りでそんな声が聞こえてくる。声の主は間違いなく菜々子、遼太郎が顔を上げて声を発する。

 

「菜々子!? どこだ!? 大丈夫か!?」

 

「お母さん……どこ……」

 

遼太郎が血相を変えて声を上げるが、菜々子に遼太郎の声が聞こえていないのか、彼女は寂しそうな声で母親を呼ぶ。

 

「なんでいなくなっちゃったの……なんで、菜々子置いてったの……」

 

「!!」

 

「やだよ……帰って来て……」

 

菜々子の寂しそうな、いや、泣きそうな声に遼太郎が衝撃を受けたように沈黙する。

 

「菜々子ちゃんの……心の声、かな……」

 

「でも、さびしくないよ……お父さんがいるから……」

 

千枝がその声の正体に気づいたように呟くと、今度は菜々子のそんな気丈な声が聞こえてくる。

 

「帰り、いっつもおそいけど……いそがしいから、あそんでくれないけど……ごはんも作れないし、せんたくも下手だけど……やさしくて、ときどきこわいけど……お父さん、すき……」

 

「菜々子……」

 

「今はお兄ちゃんもいるから……菜々子、ひとりじゃない……さびしくなんかない……」

 

その言葉を最後に、菜々子の声は聞こえなくなった。

 

「あんなちっちぇえのに、寂しくねえって、自分に言い聞かせて、頑張ってんスね……」

 

「バカ、俺らがしんみりしたら台無しだろ。平気な顔してやろうぜ」

 

思わず完二が菜々子の心の強さに感嘆したように呟くと陽介がそう返す。気丈な菜々子に、娘の様子に胸を痛めているのは間違いなく遼太郎だ。自分達が立ち入るべきでないという陽介に千枝達もこくりと頷いた。

 

「!?」

 

すると突然りせが顔を上げる。

 

「どうかしましたか、久慈川さん?」

 

「やっぱり、変……」

 

直斗が声をかけるとりせがそう呟く。曰く「先ほどから小さな違和感はあった」とのこと、しかしここで確信を得たかのように「菜々子ちゃんだけじゃない。誰か別の反応を感じる」とりせは断言した。その彼女にゆかりが顔を向け、小さく首を傾げる。

 

「真君じゃなくて?」

 

「ううん、違う。小さすぎて分からなかったけど……やっぱり、菜々子ちゃんと椎宮先輩、その二人以外に誰かが中にいる」

 

ゆかりが真の気配を間違えているのではないかと尋ねるが、りせはそれはないと断言しつつもこの二人以外の何者かがテレビの中にいると答える。それに陽介がはっとした顔になった。

 

「まさか――生田目か!?」

 

「かもしれません……菜々子ちゃんの誘拐には特別な意気込みを感じましたから」

 

「でも、どうして?……」

 

陽介が消去法でテレビの中にいそうな人間をリストアップ、生田目がテレビの中にいる可能性に気づくと直斗もその推理を支持する。しかし雪子は「真犯人なら中に入る事の危険さを知ってるはず。それなのになぜテレビの中に入ったのか」と疑問を呈した。

 

「分かりません……」

 

その疑問に答えるには推理の材料が足りないのか、直斗は小さく首を横に振って返す。

 

「でも、仮に生田目がテレビに入ったとすればチャンスは僕や堂島さんが追い詰めたあの時以外にありえない」

 

そこで命が、生田目がテレビの中に入るチャンスを推理する。その推理に反応したのは遼太郎だ。

 

「おい待て、菜々子はトラックの中のテレビに入れられたって話したよな!? ってこたぁ、生田目も同じテレビに入った可能性が高いって事か!?」

 

「はい。現実世界のテレビとマヨナカテレビ内における位置の因果関係はまだ証明できてませんが……」

 

「だけどこのままじゃ菜々子ちゃんが一層危険かも! 急ごう!」

 

遼太郎の血相を変えた叫びを直斗が肯定、結生が先を急ごうと呼びかけ、陽介達も頷きあうと既に走り出していた遼太郎の後を追う。

 

すると彼らが走る先に両腕がランスのようなものに変化し、三本の足がくっついた車輪のような足をしたシャドウ――キラードライブと、性別を示す雄と雌のシンボルを身体につけた蛇――肉欲の蛇が出現、肉欲の蛇が不意打ち気味に遼太郎へと襲い掛かった。

肉欲の蛇はまるでからみつく鎖のようなオーラを放ちながらの突進――攻撃と同時に敵の闘争本能を刺激して攻撃一辺倒へと意識を動かし、逆に防御を考えなくさせる物理攻撃——クレイジーチェーンを遼太郎に見舞う。

 

「ぐ……じゃまだ!」

 

その牙を遼太郎はくらってしまうが、直後蛇を払いのけると反撃の刀で一刀両断にする。しかしそこにキラードライブが襲い掛かる。クレイジーチェーンで闘争本能を刺激され、逆に防御を意識の外に置いていると一撃くらうだけで致命傷になりかねない。

 

「おっと!」

 

[!?]

 

しかし遼太郎はその突撃を刀で防御し衝撃を和らげながら横にかわす。闘争本能に囚われているとは思えない冷静な判断力と回避技術だ。

 

[雪子先輩! あいつ炎が弱点です!!]

 

「分かった! コノハナサクヤ、アギダイン!!」

 

遼太郎が戦っている間に弱点を見抜いたりせが雪子に指示、雪子も頷いてコノハナサクヤに命じ、放たれた火球がキラードライブを焼き尽くして消滅させた。

 

「天城さん、ついでに堂島さんの傷を治療してあげて」

 

「分かりました。堂島さん、傷を見せてください」

 

「傷?」

 

命が落ち着いている内にダメージの治癒を提案し、雪子も頷くと遼太郎にさっきの牙で受けただろう傷を見せてくださいと呼びかける。が、遼太郎は不思議そうな表情を見せ、さっき噛まれた右腕を見せた。

 

「もう治ってるぞ」

 

「……え?」

 

その言葉通り、袖まくりをされた筋骨隆々な腕には傷一つなくむしろ雪子が困惑の様子を見せる。と、そこで千枝が「そういえば」と言葉を漏らした。

 

「あたし達ここに来るまで結構シャドウと戦って、特に堂島さんってあたしや完二君と一緒に前線で身体張ってたよね?」

 

「あれ? そういや堂島さん、天城先輩やクマ公から回復受けてましたっけ?」

 

千枝の言葉で思い出した完二が声を漏らす。そこで命達も「そういえば」と呟いた。遼太郎は子供が危ないのに大人が後ろでじっとしてはいられないと、戦いに慣れるとすすんで前線に立って壁役になっており、彼のペルソナは物理攻撃に耐性があると同時に物理スキルに特化していたため命も合理的に判断してあまり無理しない程度にそれを了解していた。

しかし無理はしないように注意していたのだろうとはいえ遼太郎がダメージや物理スキル使用時の肉体的な疲労を理由に雪子やクマに回復をお願いしていた様子は思い当たらない。だがやせ我慢をしている事も現在の遼太郎の様子からはありえないし、そんな事になれば彼らの様子を常にチェックしているりせが気づかないはずがない。

 

「……もしかして!」

 

そこで結生が気づいたように声を上げた。

 

「す、すみません堂島さん! もしかして戦ってる最中たまに疲労が回復したり受けていた傷が癒えたりしてませんでしたか!?」

 

「……ああ。戦ってる最中というか、戦いが一段落して落ち着いた時にもな……ん? これは普通じゃないのか?」

 

「お兄ちゃん、これって!?」

 

「生命の泉……いや、治癒促進に勝利の息吹!?」

 

結生の質問に答えた遼太郎の証言から、命はS.E.E.S(特別課外活動部)時代に得た情報から該当するスキルを推理する。

戦っている最中の肉体的疲労や傷の軽度回復は治癒促進・大、同じく戦闘に勝利した時の回復能力は勝利の息吹と名付けられているスキル内容に合致していた。

 

「す、すごい……今までの戦いぶりからして堂島さんのペルソナに弱点は見当たらない……荒垣先輩を思い出す」

 

「うん。言うなれば堂島さんのペルソナ、カミムスビは肉弾戦&継続戦特化ペルソナ……」

 

命はかつて共に戦っていた尊敬する先輩を思い出し、結生もカミムスビの特性をまとめる。

得意とする属性はないが、同時に弱点とする属性はない。物理に対しては耐性を持ち、多少のダメージはすぐに回復して打ち消してしまう。接近戦や物理スキルと共にテレビ内の長い間の探索には心強い継続戦に特化していた。

 

「あまり無理は出来ないけど、それでも体力回復を自力で精神力の消費なく行えるのは大きなアドバンテージだ。少しでも早く菜々子ちゃんを助けなきゃいけないこの状況ならありがたい」

 

「なんだかよく分からんが、お前達の力になれるってんならなんでもいい。この世界には不慣れだが、なるべくお前達を消耗させずに生田目のところに届けてやる」

 

説明を受け、自分の力と役割を直感的に悟ったのだろう。遼太郎は命達が傷を受けて消耗しないよう、万全の状態でこの事件の真犯人――生田目太郎の元に送り届ける事が自分の役目であり事件解決への糸口、そして菜々子と真を無事助けるための最良の方法だと受け入れる。

 

「頼りにしています、堂島さん」

 

「ああ。期待にゃ応えてやるよ」

 

命も遼太郎に頼りにしていると告げ、二人は堅く握手を行う。そして彼らは一気にその場を走り出した。

 

 

 

 

 

「ここはいいな……静かで……」

 

真っ白な霧に覆われた空間。その霧の中、何者か――声質からして中年の男性だろうと予想される――が安堵した様子の声を漏らしていた。たしかに霧に包まれたこの場所は雑音一つない静寂に支配されている。

 

「ただ静かに暮らしたかった……それだけなんだ……」

 

中年の男性が、誰かに言い訳をするかのようにそう声を漏らす。しかしそれを聞く者は誰もいないはずだ。

 

「ええ、分かっているわ」

 

そう。()()()。しかしその霧の中、中年の男性の言葉に何者か――こちらは中年の女性のように聞こえる――が肯定の言葉を返していた。

 

「もう少しすれば、きっと静かに暮らすことが出来るわ……だからその時まで……ねえ?」

 

女性の声がまるで子供に言い聞かせるような優しい調子での言葉を紡ぐ。

 

「太郎さん」

 

その時、深い霧の中から女性のシルエットが僅かに見え、その顔、丁度瞳の部分が金色の光を放つのであった。




お久しぶりです。今日で今年度も終了と言ったところ、皆様いかがお過ごしでしょうか。
とりあえずどうにかこうにか天上楽土の前半戦が完成しましたので今年度が終わる前に投稿いたします。次回ボス戦に入ることが出来ればいいんだけど、正直そこはまだ考え中です……相変わらずオリジナル展開に苦労中です。いや、ボスの正体とかボス戦のオチとかその辺は決まってるんだけど……そこに至る過程が……皆が上手く動いてくれない……。

そして今回遼太郎のオリジナルペルソナ、カミムスビが本格登場。攻撃は物理スキルに特化していて魔法は攻撃も補助も基本的には一切使えない硬派な仕様。対して防御は物理に対する耐性を持ち、他の属性には耐性を持たないものの逆に弱点も持たない。なおかつ治癒促進と勝利の息吹による継続的な体力回復による総合的には肉弾戦&継続戦に特化したペルソナとなっています。
弱点は魔法スキルが基本的には使えないため、物理に耐性を持つ敵が来たら文字通り手も足も出ない事ですね。逆に物理特化の相手にはこっちが物理耐性を盾に真正面から叩き潰すピーキーさがウリです。

さて、最初に言った通りこの後が相変わらず難産中。またしばらく投稿出来ない可能性が極めて高いですが、皆様気長にお待ちいただければ幸いです……ここさえ終われば少しはマシになると信じたい。天上楽土編直後にもオリジナル展開は思いついてるんだけど、こっちは一応形だけは思いついてるし……。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

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