ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第五十七話 文化祭二日目

文化祭の二日目。真達はコンテスト開催前に自分達の教室へとやってきていた。

 

「なに今さら怖じ気づいてんの。こっち来て、座って」

 

「ほらほら、完二くん。こっち!」

 

それを嬉々として待ち構えていた千枝が手招きし、りせがわざとらしい君付けで完二を呼ぶ。三人も観念した様子で教室へと入っていった。

 

「大丈夫、痛くしないよ」

 

雪子が真顔でそう言うが、どこか声質が重く不穏な響きを含んでいる。

 

「野望のために優勝もらうクマ!」

 

だがクマだけはやる気満々。そのまま雪子が真の、千枝が陽介の、りせが完二の、そして直斗がクマを担当してメイクアップをしていく。

 

「えっと……りせちゃん。ここからどうするんだっけ?」

 

メイクに不慣れなのか雪子がたびたび手を止めてはりせにメイクの仕方を尋ね、

 

「ねー。つけまつ毛は必須だよね?」

 

「お、おー! どんどん持って来い!」

 

千枝の言葉に陽介がやけになって声を上げ、

 

「うわ、完二、肌ボロボロ……ちゃんとケアしてんの?」

 

「あん? なんだそりゃ?」

 

「あぁ、完二に聞いた私がバカだった」

 

りせが肌がボロボロな完二に苦言を出したりする。そんな感じでメイクが進んでいき、そのまま時間が近いためろくな確認もせずに体育館裏へと連行される。

 

 

 

「レディース、エーン、ジェントルメーン!」

 

ピンク色のアフロヘアーのカツラを被った司会者が文化祭二日目の目玉イベントこと“ミス?八高コンテスト”の開催を宣言する。その舞台袖では企画者である柏木が「はじまったわね……」と怪しい笑みを浮かべていた。

 

「さっそく一人目からご紹介しましょう! 稲羽の美しい自然が生み出した暴走特急、破壊力は無限大! 一年三組、巽完二ちゃんの登場だ!!」

 

「うっス!」

 

その紹介の言葉を合図に完二が舞台へと上がる。金色の髪に白いワンピース、某大女優をイメージしているのだろうが明らかに合っておらず、観客からは笑い声や悲鳴、「キッモ!」という声や「これはひどい、ひどすぎる!」という声も上がっていた。

 

「さー、僕も近付くのが恐ろしいのですが……チャームポイントはどこですか?』

 

恐る恐る訊ねてくる司会者の質問に、完二は若干戸惑った様子で「……目?」と、意外にスタンダードな答えを返す。

 

「一番手がコレでは、もう霞んでしまうんじゃないでしょうか。がけっぷちの二番手をご紹介! ジュネスの御曹司にして爽やかイケメン、口を開けばガッカリ王子! 二年二組、花村陽介ちゃんの登場だ!!」

 

「ど、ども!」

 

その言葉を受け、引きつった笑みの陽介が恥じらった様子で登場。完二はメイクしたのがメイクに慣れたりせのためかメイク自体は形になっているもののこちらは化粧が過多気味、という印象。化粧慣れしていない千枝の経験値のなさが露呈していた。観客からは「花村先輩、いい線行くと思ったのにー!」という残念そうな声や「や、これいそうで怖い!」という化粧に不慣れな子がいきなり無理に化粧すれば、という意味合いで現実にありそうだという声を出す。

 

「さぁ、気合いが入った服装ですが……普段からこんな感じで?」

 

司会者から質問に、陽介は「んなワケねーだろ!」と、間髪入れずにツッコミを入れるが、慌てて「ねー……ですわよ?」と、言い直す。

 

「なんスかこれ、ただの見世物じゃねえスか!」

 

「それ以外の何だと思ってたんだよ……」

 

完二の小声での抗議に陽介が呆れた様子で答える。

 

「僕ももう、おなかいっぱいになってきました! 続いて三番手、この人の登場です! 都会の香り漂うビターマイルド、泣かした女は星の数!? 二年二組に舞い降りた転校生、椎宮真ちゃん!」

 

紹介を受け、真は堂々とした足取りで登場する。八十神高校の女子制服、丈の長いスカート、肩に担ぐ形に竹刀とその格好はスケバンそのものである。なお髪はウィッグを使って三つ編みおさげになっている。観客からは「やめてー!」、「なんで先輩、こんなの出ちゃうのー!?」、「先輩ってクールだと思ってたのに……」と先ほどの完二や陽介とは違う意味の悲鳴が上がっている。

 

「さー、物議をかもす出場ですが……自分で立候補を?」

 

「当然です」

 

実際は押し付けられたものだがそれを言っても味気なく、立候補したと答える真。あまりの堂々とした返答に逆に司会者も答えに詰まった。なおその横では陽介が「純粋な青少年をキズモノにしやがって! ぜってートラウマになったぞコンチクショー!」と企画者の柏木への呪詛をはいていた。

 

「さ~て最後は学校外からの参加、出場者たちのお仲間が登場です! 自称“王様fromテレビの国”、キュートでセクシーな小悪魔ベイビー! その名も熊田ちゃんだぁ!!」

 

司会者からの紹介を受け、クマがスキップしながら登場する。金色のロングヘアのウィッグに青色のワンピース。不思議の国のアリスといった面持ちのクマはステージの端から端までスキップで移動し、キラキラとした愛嬌を振りまきながらアピール。最後に壇上中央でクルリと一回転して銃を構えて撃つ仕草を取る。

 

「ハートを、ぶち抜くゾ?」

 

その言葉に、体育館内から歓声が上がった。観客からは「あれ男の子!?」という驚きや、「すっごい可愛い」という声、さらには野太い声で「オレ、あれならイケる……」という不穏な発言が交じっていた。

 

「それでは皆さん、投票を……え?」

 

出場者が全員出そろったところで投票へと移ろうとする司会者。しかし舞台袖から司会者を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「え、なに? 一人時間ギリギリで飛び入り参加? え、俺そんなの聞いてないよ? 紹介文もないし……」

 

「はいはい、私にお任せくださいな!」

 

「え、誰!?」

 

困惑する司会者から何者か――マイクから伝わる声からして女性――がマイクを奪い取る。

 

「さーて皆様お立会い! 最後の最後に真打登場! 主人に誘われ、この一時、あなたの心に仕えましょう。その名も利武命ちゃんだぁ!!」

 

「「「なにぃっ!!??」」」

 

女性――利武結生の口から飛び出た紹介に真、陽介、完二が悲鳴にも近い声を上げる。すると黒い服に身を包んだ女性――岳羽ゆかりに手を引かれ、黒いシックなメイド服に身を包んだ命が静かな足取りでステージへと登場した。その様子は男性の主人に誘われるメイドという、なんか普通のイメージとは逆の状態だ。観客からは「ちょ、あれってジュネスの!」、「命様よ!」、「え、隣の人ってジュネスの新人さんだよね!?」、「あれ、命さんの彼女らしいよ!」という声が飛び交う。

 

「せ、先輩、どうして?」

 

「あー、なんかノリで。結生が面白そうだから出場しろってさ」

 

「私は交換条件……」

 

ひそひそと小声で真と命とゆかりが話し合う。勝手に出場を決められたようだが全く動じずに女装を決める辺り命も肝が据わっていた。

 

「えーと、私飛び入りというか学校外からの参加は熊田ちゃん一人だと伺っていたので正直驚いているんですけども……何故メイドさん?」

 

結生からマイクを返してもらった司会者が困惑しながら質問。それに命は満面の笑顔を浮かべた。

 

ゆかり(彼氏)の愛用品をお借りしました」

 

「ちょ、それ元はといえば命くもがもが」

 

なんか色々誤解を招きそうな返答にゆかりが抗議しようとするが、すぐさまその口を手で塞ぎ、さらにステージに上がった結生に任せて見事なコンビネーションでゆかりを舞台袖へと連れ去る。

 

「つーか、大先輩と岳羽大先輩って大分ガタイ違うッスよね? なんで入ってんだ?」

 

「フリーサイズなんだろ。そこあんま深く考えんな」

 

完二が純粋な疑問の声を出すと陽介が首を横に振りながらそう告げる。

 

「えーそれでは改めて、これより投票に移りたいと思います!」

 

改めて出場者が全員揃ったところで司会者が投票の開始を宣言する。

 

 

 

「今年の“ミス? 八高コンテスト”、優勝は……」

 

そして投票が完了し、ドラムの音を背に司会者が言葉を溜める。

 

「校外参加の熊田さん!!」

 

その言葉と共にクマが上からライトアップされ、クマが真達より一歩前に出る。ちなみに司会者の解説によると実質クマと命の一騎打ち。男子のツボを押さえたクマの方がギリギリで競り勝ったようである。

 

「優勝した熊田さんには、素晴らしい商品が!! 本日午後の部に行われる、正真正銘の女性たちによる、“ミス八高コンテスト”、その栄えある審査員の座をプレゼントします!!」

 

「うっひょーい!」

 

司会者からの言葉を受け、クマは全身で喜びを表現するようにガッツポーズを取ったり飛び跳ねたりする。なお後ろでは陽介が「審査員の座かよ。セコイよな、前座の商品は……」とぼやいていた。

 

「審査員であんなに喜ぶなんて、なかなか出来ないよね」

 

「あんなに喜ばれると、なんだかこっちまで嬉しくなるね」

 

「無駄にピュアよね、クマのやつ」

 

そんなクマの様子を見た千枝が呟き、雪子も千枝に同意するとりせもそう話す。三人とも母か姉のような微笑ましい気持ちでクマを眺めていた。

 

「それでは熊田さん。優勝のお気持ちと、ミスコンの審査員になった感想は?」

 

「……ふっふっふっ。待ちに待った日が来たですね~」

 

しかし、そんな微笑ましい気持ちは次の一言で崩れ去る事になる。

 

「午後の審査は……じゃじゃーん! 水着審査をするべがなー!!」

 

その一言を聞き、男子生徒達の大歓声が体育館に響き渡った。

 

「なな、何言いだしてんのあいつ!……そんなのあるわけ無いじゃん!!」

 

クマの爆弾発言に、千枝が真っ先に大慌てで反応する。

 

「えー、水着なんて持ってないよ!?」

 

りせも水着を用意していない――正確に言えば家に帰れば夏物の水着はあるだろうが――と驚く。

 

「あのクマ、始末した方が……」

 

雪子が低く、殺意の籠もった小さな声で呟く。その目は鋭く研ぎ澄まされ、視線だけでクマを呪殺せんばかりに睨んでいる。

 

「いや、勝手に言ってるだけですから……」

 

直斗はクマが勝手に言っているだけだ。と呆れている。

 

「うふふ……いい! いいわぁ、この流れ!」

 

クマの発言に柏木だけが何かを企んでいるのか邪悪な笑みを浮かべている。そんな体育館内が騒然とした中、“ミス? 八高コンテスト”は幕を閉じた。

 

それから時間が過ぎて午後になり、女性陣はミス八高コンテストの準備のため、控え室である空き教室に集合していた。控え室には柏木と大谷が既に到着しており、余裕の表情を見せている。

 

「せいぜい着飾んなさいな、ガキンコちゃん達」

 

雪子達の到着に気付いた柏木は悠々と近付いてくると、見下すようにそう言う。その台詞を聞いた千枝は「漫画のキャラかよ」と呟いた後、柏木が本気でミスコンでの優勝を狙っている事に気付き呆れた様子を見せる。すると控え室の扉がノックされ、紙袋を提げた女生徒が入ってきた。

 

「さっき優勝した熊田さんから、差し入れです」

 

クマからの差し入れと聞き、雪子達が首を傾げていると女生徒は気まずそうな表情で「水着だそうです」と、中身を伝える。

 

「ちょっ、いらないって!」

 

千枝があまりの手際の良さに引きつついらないと答える。

 

「うふふ……ふふふあははおーっほっほっほ!!」

 

すると柏木が高笑いを始め、嬉しそうに「大人の魅力をさらけ出すわよ」と宣言する。

 

「ま、私は自前の水着だけどぉ」

「私も自前ですけどぉ」

 

柏木と大谷は水着は自前だと宣言、千枝が「なんなのこの人達……」と呆れ顔を見せた。

 

「ねぇ、やっぱり辞退しない?……」

 

雪子は水着を着るのが嫌なのか辞退を考えていた。

 

「あ、柏木先生。ミス? コンに出ていた利武さんのお知り合いがミスコンへの飛び入り参加をしたいそうなんですが?」

 

「あぁ、いいわよぉ。何人でもいらっしゃいなぁ」

 

すると女生徒が柏木にそう確認を取り、柏木は自信満々に飛び入り参加を認める。

 

「命さんの知り合い……って、まさか……」

 

「やっほー。飛び入り参加を認めていただき、ありがとうございまっす!」

 

千枝が慌てたように声を震わせるのと、控え室に結生が飛び込んでくるのはほとんど同時だった。

 

「ゆ、結生さん!? どうして!?」

 

「や、面白そうだし。一応水着……っぽいのは持ってきたよ」

 

「ノリノリですね……」

 

千枝が驚いた声を出すと結生は楽しそうに笑い、その様子に直斗が呆れ顔を見せる。

 

「あぁら、あなた達の知り合いなの? まあ、参加は認めてあげるけどぉ、負ける戦はしない方が賢明よぉ? さっき辞退の相談が聞こえたし、なんなら特例で辞退を認めてあげてもいいわよぉ?」

 

柏木は余裕の笑みを浮かべながら、雪子達を挑発する。

 

「アイドルなんて言っても、やっぱりガキンコよねぇ、心も度胸も……体も」

 

その台詞はあからさまにりせへと向けた挑発で、しかも見下した視線をりせへと向けている。

 

「……はぁ!?」

 

その挑発が勘に障ったりせが険しい視線を柏木へと向ける。

 

「どうせミス八高に選ばれようもない人達だしぃ、辞退でいいんじゃないですかぁ?」

 

と、大谷がりせを更に煽るようにそう話す。その言葉を聞いた千枝の額に怒りマークが浮かんだ。

 

「あ、アンタは選ばれるってわけ!? こっの……イビキ魔神!」

 

「なに、イビキって意味わかんない。見た目も頭も、言葉遣いも悪いのね」

 

「こっちはアンタのせいでどんな目にあったと思ってんの……カ、カチンってきた」

 

売り言葉に買い言葉と言おうか。大谷の言葉に千枝が噛みつく。

 

「あら? 私と勝負しようっていうの? 無駄だから、やめときなさいって」

 

すると大谷は得意気な表情でさらに千枝を煽り、次に千枝の隣に立つ雪子を見る。

 

「あなたの友達にも、忠告しとくわ。どうせ、負けるんだから、今の内に逃げた方がいいわよ?」

 

「に、逃げるですってぇ……」

 

その言葉に千枝の堪忍袋の緒が切れた。

 

「なんで、あんたから逃げなきゃなんないのよ!」

 

そう言い、千枝は他のメンバーに「ここまで言われて逃げらんないでしょ!?」と同意を求め、雪子もりせも頷いた後、無言のままの直斗を見る。

 

「え……僕もですか!? そ、そんな簡単に挑発に乗って、どうするんですか!?」

 

直斗は自分も巻き込まれそうになっている事に気づいて焦った顔になると首を横にぶんぶんと振って「水着なんて絶対無理です!」と断固拒否しようとする。

 

「逃ーがーさーなーい」

 

しかし目が据わっている千枝は、逃がさんとばかりに直斗の肩をがしりと掴む。

 

「あ、あうぅ……」

 

直斗は涙目になって唸った後、諦めたようにうつむいた。

 

 

 

 

「文化祭二日目のメインイベント! 正真正銘、ミス八高コンテスト!! 審査が続いています! 聞こえますか! この歓声が!」

 

体育館で行われるミス八高コンテスト。司会者はテンション高く声を上げる。既に審査というか第一アピールポイントである檀上での自己PRは柏木と大谷が終わっている。

 

「では次の方! 二年二組、里中千枝さん! どうぞ!!」

 

司会者からの紹介を受け、千枝が檀上へと上がる。その時千枝のファンから歓声が響いた。

 

「さ、里中千枝です」

 

「では自己PRをお願いします!」

 

「え、えっと、性格はおとなしくって……好きな食べ物は、プディングでぇす」

 

引きつった笑みを浮かべつつ、千枝がそう話す。

 

「うそつけ、肉だろー!」

 

陽介がヤジを飛ばすと、千枝はついギロッと陽介を睨みつけた。

 

「ありがとうございましたー!」

 

司会者からの声を合図に千枝がステージの後ろに下がる。

 

「続きましては同じく、二年二組、天城雪子さんです!」

 

その紹介を合図に雪子が壇上に上がる。彼女への告白の成功を天城越えと称される程に人気があるだけはあり、歓声が大きくなっていた。

 

「こ、こんにちは。天城雪子です。えっと、家は旅館を経営しています。天城屋旅館です」

 

雪子のPRは咄嗟ではそれ以外思いつかなかったのか実家である天城屋旅館のPR。「日帰り入浴もできますので、どうぞごひいきに」と言って綺麗に一礼をするのを最後に彼女はステージの後ろへと下がった。

 

「はーい、ありがとうございましたー! 続きましてはなんとこの人、一年二組。久慈川りせさんです!」

 

紹介を受けて檀上へと立つりせは流石アイドルか場慣れしており、手を可愛らしく振りながらアピールすると男子勢から大きな歓声が上がった。

 

「こんにちはっ、久慈川でっす! この町に来て日は浅いけど、とってもいいとこで、りせちー幸せだよっ!」

 

自己PRも元気よく、男子勢の歓声をBGMにしてもなお呑まれないもの。りせは最後も笑顔のままでりせちーとしてのポーズを取り、ステージの後ろに下がる。

 

「いっやー、生りせちーですよ! ありがとうございましたー!」

 

司会者も嬉しそうに声を弾ませていた。

 

「続きましては噂の転校生! 一年一組、白鐘直斗さん!」

 

「おい完二、次だぞ……あいつ……」

 

「ちょ、しー! 静かに!」

 

司会者の紹介を聞いた陽介が完二を肘でつつきながら言うと完二は陽介に黙るよう促す。そして直斗がどこかおどおどとした様子で壇上に上がった。

 

「……し、白鐘直斗、です」

 

直斗は最初に名前を名乗る。しかし動揺しているのか、その声は今まで体育館全域に出場者の声を届けていたマイクを使ってなお今にも消え入りそうな小さな声になっている。

 

「こんなコンテストで壇上に上がる事になるなんて……夢にも思った事がなくて……その……何を言っていいのか……こ、困ったな」

 

直斗は困ったような照れたような表情で頭をかき、冷静沈着な直斗の意外な一面がツボに入ったのか女性陣や一部男性陣からざわめきが走り出す。直斗はぺこりと頭を下げてステージの後ろに下がった。

 

「さて最後を飾るのは学校外からの参加者! 午前の部、“ミス? 八高コンテスト”の準優勝者。利武命さんの妹、利武結生さんです!」

 

司会者からの紹介を受け、結生は威風堂々の様子で壇上へと上がる。読者モデルをやっていた経験からか、りせほどではないが立ち姿が様になっていた。

 

「どうも、利武結生でっす。今はジュネスでアルバイトをしています。皆明るくて楽しい職場です! エヴリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!」

 

笑顔でさらっとジュネスのPR。テーマソングで締め、結生はぺこりと一礼するとステージの後ろに下がった。

 

「以上の個性豊かな七名で競っていただきます!」

 

そして出場者が全員揃った事により司会者が話を進める。

 

「それでは、特別審査員の熊田さんから出場者に質問をしてもらいましょう!」

 

司会者の言葉と共にクマが壇上に立ち、同時に男性陣からピューピューという指笛やパチパチパチという拍手、わーわーという歓声が飛び交う。

 

「えー、ゴホンゴホン。特別審査員の熊田です。えー、ワタシを怒らせると不利になりますのでヨロシク……」

 

さらりと脅迫してくるクマに、別に不利になっても怖くはない千枝以下四人が呆れ顔になり、結生も苦笑を見せる。

 

「えー、結生さん。彼氏はいますか?」

 

「彼氏はいません。けど、お兄ちゃんとゆかりっちは私の家族です!」

 

そこにいきなり投げ込まれる爆弾に結生がサムズアップをしながら堂々と答える。

 

「……命さん、あんなんでいいんですか?」

 

「あぁ、結生にも困ったもんだよ。そろそろ僕にべったりばかりしてないで独り立ちしてもらいたいんだけど……まあ、結生を娶りたいっていうなら簡単だよ」

 

客席で見物している陽介が苦笑気味の顔で命に聞くと、命もブラコンな妹に苦笑する。だが、その次の瞬間彼の気配が変わった。例えるならいきなりライオンにでも囲まれたかのような重いプレッシャーに周囲が包まれている。

 

「僕を倒せばいい。ね? 簡単でしょ?」

 

「うん、そうね……せめて命君レベルはないと。最大限譲歩してもお付き合いは私と命君が認めてからね。ま、それでフリーの相手は今のとこ天田君しかいないけど」

 

結生のブラコンに負けず劣らずシスコンの命の言葉にゆかりも同意する。

 

「……先輩達は、結生先輩の彼氏を作りたいのか作りたくないのか分からん……」

 

付き合いの長い真がそんな二人の、本人は心から真面目なボケにツッコミを放棄して頭を抱えるのであった。

それからクマが出す質問はキスの経験や身体のくすぐったい部分とセクハラばかり。なお最後の一個はりせに対して「家に遊びに行っていい?」というもので、りせには「質問じゃないじゃん」と呆れられていた。

 

「さ、さーて、ここで皆さんに驚きのお知らせです! なんと! 今年度から! 本コンテストに水着審査が加わりました!」

 

司会者が熱く語り、「それもこれも、この熊田さんのおかげです!」とクマに振る。振り返り、腕を振るクマに男性陣から大きな歓声が響いた。なおそんな男性陣に女性陣からは冷たい視線が飛んでいるが誰も気づいていない。

 

「では、参加者の方々には水着に着替えて、また登場してもらいましょー!」

 

その言葉を合図に柏木と大谷は意気揚々と、結生はお祭り騒ぎを楽しむ様子で、千枝達四人はどこか暗い顔でステージ脇に下がるのであった。

それからまた先ほどの順番で壇上に上がるらしく、自前の水着を着用している柏木と大谷に続いて出てきたのは千枝だ。

 

「あ、あはは……ど、ども……」

 

緑をベースに白とオレンジのラインが入ったビキニを着用した千枝は恥ずかしそうに顔を赤くしながら引きつった笑みを浮かべ、自己流のカンフーで鍛えているスポーティでスレンダーな身体に男性陣から歓声が飛ぶ。

 

「ほっほー」

 

「おっさんかお前は」

 

「けど、千枝先輩、かわいいッス……」

 

陽介の呟きに真がツッコミを入れると完二がそう呟いた。その次に雪子がステージに上がる。着用しているのは淡いピンクに白のラインの入った水着だ。

 

「す、すみません……」

 

顔を赤く染め上げ、うつむいてどうにか声を絞り出す雪子。しかしそのプロポーションはかなりのもので男性陣からの歓声も力強い。

 

「いやー、むしろありがたいよな」

 

「おお、天城先輩……俺の思った通りの人ッスよ……」

 

陽介はむしろ拝み、完二もうんうんと頷いて同意を示す。雪子の次に出てきたりせはオレンジ色を基調に花柄があしらわれたビキニ。前二人が恥ずかしさに縮こまっていたのに対し、りせは変わりない笑顔を浮かべて手を振って「やっほー、りせちーだよ!」と挨拶をし、休業中とはいえほんの少し前まで現役で活動していた人気アイドルの登場に体育館内が湧きたつ。

 

「お、来た来た!」

 

「何がッスか?」

 

テンションの上がる陽介に完二が呆けた声を出す。

 

「流石久慈川はアイドルだな。一気に空気を掴んだのが俺でも分かる」

 

「だろだろ? やっぱアイドルは違うよなー!」

 

「そスか?」

 

真が感心したように呟くと陽介も力強く同意。しかし完二は興味がなさそうなそっけない様子を見せていた。

 

「はは。巽君は次に出てくる白鐘さんの方が大事かな?」

 

「んなっ!? 大先輩、からかわないでくださいよっ!」

 

からかう命に完二も顔を真っ赤にして命に言い返す。

 

「白鐘さーん」

 

「は、はい……」

 

と、何かアクシデントでもあったのだろうか。司会者が間延びした、どこか様子をうかがうような口調で直斗を呼ぶと、クマの趣味なのかスクール水着を着用した直斗は顔を真っ赤にしながらよたよたとおぼつかない足取りでステージへと上がる。その身体は震えているのが観客席からも分かり、男性陣は無言でステージを見上げているが、女性陣からはざわざわとしたざわめきとどこか不安そうな声が聞こえる。

 

「あ、あの……う……」

 

どうにか声を絞り出す直斗。しかしその次の瞬間、直斗の膝ががくんと折れ、彼女はその場にへたり込んでしまう。

 

「「「直斗君!!??」」」

 

「直斗!!!」

 

崩れ落ちた直斗に観客の女性陣が「きゃー!」と悲鳴を上げ、千枝、雪子、りせの三人が直斗に駆け寄る。それと同時に完二が声を上げ、他の観客を押しのけてステージに駆け寄ると両端の階段に回る時間も惜しいか壇上に手をかけ、己の腕力だけで一気にステージへと上がった。

 

「巽君! すぐに白鐘さんを保健室に!!」

 

「了解ッス!!」

 

人ごみに紛れながら命が声を張り上げて指示すると完二は頷き、すぐに直斗を抱き上げるとステージを降りる。女性陣は心配そうな視線を直斗に向け、野次馬の様相を見せる男性陣は完二から「どきやがれ!!」と声を荒げて睨まれるとすぐにその場をどいた。

 

「お、おい待てよ巽完二! お前この隙に直斗ちゃんをどこかに連れ込もうとか思ってんじゃないだろうな!?」

 

「っ! テメエ、今はンなこと言ってる場合じゃねえだろうが!!」

 

だがそんな男子の声が響き、完二の額に青筋が立ち怒鳴り声を上げる。

 

「うるさい外野は黙っててよ」

 

そこにそんな涼やかな、しかし怒りに燃えた声が響く。

 

「完二君。うるさい外野は私が黙らせる、早く直斗ちゃんを保健室に」

 

結生だ。彼女はヘソ出しの純白水着とでもいう薄手の衣装を基調に金属のアーマーのような飾りを着けた姿で木製の薙刀を先ほど空気を読まず声を上げた男子に突きつけている。ビキニアーマー&薙刀という正に女戦士とでもいうべき姿での威圧に男性陣は怯えたように声を失った。

 

「結生大先輩! あざっす!!」

 

完二も一礼をするとすぐに体育館を出ていくのであった。

 

 

 

 

 

「う……こ、ここは?……」

 

時間が過ぎ、保健室に運ばれ保険医の指示の元ベッドに寝かされていた直斗が目を覚ましたのは一時間ほど後だった。

 

「目が覚めたか!?」

 

「巽君……えっと、僕は……」

 

椅子に座って焦れていた様子の完二は直斗が目を覚まし起き上がったのに気づいて立ち上がり、直斗はぼやっとした頭で現状を把握しようとする。

 

「そうか、僕は確かミスコンで倒れて……」

 

「お、おう。保健の先生が言うにはひでえ緊張が原因だったんだろうってよ……」

 

「そうですか……すみません。巽君にご迷惑を……」

 

「いや、ンなことねえよ。気にすんな」

 

自分が倒れた理由を思い出した直斗は申し訳なさそうに完二に謝罪。しかし完二は気にも留めてないようににっと笑ってそう返した。

 

「男性からのああいう視線には慣れないですね。女だからっていう視線には慣れていたつもりだったんですが……」

 

警察では女だからという理由で気にくわないと思っていた人もいた。と語っていた直斗。その視線には慣れていたつもりだったが、今回のような好奇の視線には耐性がなかったようだ。

 

「まあ、しゃあねえだろ。一次審査に出ただけでもお前、頑張ったよ」

 

「ありがとうございます……そういえば、ミスコンの方はどうなったんでしょう?」

 

「さあ? 俺もお前を運んでから目が覚めるまでここで待ってたからよ……」

 

完二の一次審査という台詞でミスコンの結果はどうなったんだろうと思い質問する直斗に、完二もずっと保健室で待っていて事の経過を知らないため首を傾げる。と、その時コンコンというノックが聞こえ、その後保健室のドアが開いた。

 

「完二、白鐘の様子はどうだ?」

 

「あ、目が覚めたみたいだね。よかった」

 

真と命が入室しながら問いかけ、目が覚めているのを見てほっと安堵の息を吐く。

 

「ほら、あんたらも入る!」

「きりきり歩いて」

 

「いででででで!! み、耳が千切れる!!」

「い、痛い! ユキちゃん痛いクマ!!」

 

次に入ってくるのは千枝と雪子、そして二人に耳を引っ張られている陽介とクマだ。なお女子はちゃんと制服に着替えている。

 

「ほら二人とも、直斗に言う事あるでしょ?」

 

その次に続いて入ってきたりせが二人に促し、千枝と雪子から解放された二人は耳をさすりながら直斗の前に立つと大きく頭を下げた。

 

「ナオちゃん、本当にごめんなさいクマ。水着審査が倒れちゃうほどに嫌だったなんてクマ、全然思わなかったクマ……」

 

「推薦しちまった俺も同罪だ。あの時クマをしっかり叱っとけばこんな事には……」

 

「直斗君、私もごめんね? 私が柏木達の挑発に乗っちゃって、直斗君は嫌がってたのに無理矢理……」

 

噛みしめるような声で本気の反省を示す陽介とクマ、その後ろで千枝も簡単に挑発に乗った挙句に直斗を巻き込んでしまった事を反省して頭を下げる。その様子を見て直斗は柔らかく微笑んだ。

 

「いえ。最終的に参加を決めたのは僕ですし、気にしないでください」

 

その言葉を受けた三人がほっと息を吐く。

 

「あ、そうそう。直斗、ミスコン優勝おめでとね!!」

 

と、そこにりせが脈絡なくそんな言葉をぶっこむ。

 

「……は?」

 

その言葉を受け、直斗が呆けた声を出すのもしょうがないと言えるだろう。

 

「あぁ、ミスコンだが。柏木教諭がどうにか場を収めて続行したんだ」

 

「おう、ありゃむしろ清々しいわ」

 

真の説明に陽介がどんな手段を用いたのかまでは説明しないもののいっそ清々しいと評する。

 

「で、男子票は分かれたみたいだけど。女子からの圧倒的な投票で直斗ちゃんが優勝したってわけ」

 

そして結生が直斗優勝に至る経緯を説明した。

 

「出ないのに優勝って、なんかもう笑えちゃうよね」

 

「うん。でも女子の票が必要っていうならしょうがないよね。それにまあ、柏木達には私達が勝ったって事でよしとしときましょ!」

 

まさか水着審査で棄権扱いのはずなのに優勝をもぎ取る直斗の女性陣からの人気に苦笑する千枝に、りせは得意気な笑みを浮かべてそう答えた。ちなみに苦笑しながら話す雪子によると途中棄権扱いだった直斗に敗北したのが悔しかったのか柏木と大谷は号泣していたらしい。

 

「さ、皆。そろそろ移動しましょ。大勢でぞろぞろいたら迷惑だし」

 

「そッスね。直斗、おめえはもう大丈夫か?」

 

「あ、はい」

 

ゆかりが保健室から出ようと言うと完二も頷き、直斗に大丈夫かと確認。直斗もこくりと頷くと立ち上がる。

 

「あー……ごめん。その前に着替えよう」

 

「あ……は、はい……」

 

しかしゆかりは困ったようにそう返す。水着審査で倒れてそのまま完二に保健室で運ばれたので当然だが、直斗はスクール水着のまま。直斗が顔を赤くして頷くと千枝が「はいはい男子は出ていくー」と男子勢の背中を押して保健室から追い出し、結生と雪子が体育館に戻って直斗の着替えを持ってくる。そして直斗の着替えが終わってから全員で保健室を後にした。

 

「んで、どうするよ?」

 

「相談ついでに休憩がてら教室に戻ろう。どうせ空いてるだろ?」

 

「よ、容赦ねえなお前……」

 

陽介がどうするかと尋ね、真がさらりとどうせ空いているだろう自分達の教室で休憩しようと提案。自分達の出し物が大失敗しているとあっさり言ってのける真に陽介の頬が引きつった。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

すると突然そんな声が聞こえ、真が足を止めて振り返る。

 

「おう、見つかってよかった」

 

真が振り返ると共に菜々子が嬉しそうな表情で駆け寄り、その後に遼太郎も歩き寄る。

 

「叔父さん、どうかしたんですか?」

 

「県庁の出張があってな、帰りが明日になりそうなんだ」

 

真の質問に遼太郎が顔を曇らせてそう答える。

 

「せっかくの、お前の学校の文化祭だ。俺も菜々子と楽しみにしてたんだが……すまんが、菜々子だけでも連れてやってくれないか」

 

「ああ、分かりました」

 

遼太郎の言葉に真はこくりと頷いて返し、雪子が菜々子に「じゃあ私達と一緒に回ろうか」と提案する。

 

「じゃあ、すまんが宜しくな」

 

一度頭を下げてよろしくなと頼み、これからすぐに出ないといけないのか遼太郎は踵を返す。

 

「「行ってらっしゃい」」

 

「おう。菜々子、楽しめよ」

 

真と菜々子が遼太郎を見送り、遼太郎も柔らかく微笑むとそう返して歩き去った。

 

「で、どうする? 一度俺達のとこに――」

「よし菜々子。学園祭ついでに校内を案内してやろう」

 

合コン喫茶に菜々子を連れていきたくないのか、陽介の言葉を食い気味に却下して菜々子を連れていく真。

 

「真君もお兄ちゃんになったね……」

 

その姿に結生が苦笑。他のメンバーも苦笑しながら真の後を追っていった。

 

学校中に並ぶ出店で団子やら焼きそばやらジュースやらを買い食いしながら彼らは校内を歩いていく。

 

「わり、俺ちょっとトイレ」

「あ、なら俺も行くっす」

 

「うん。花村君、ペットボトル貸して、持っててあげる」

「ほら、完二も貸しなさい」

 

「わりぃな、天城。すぐ戻っから」

「おう、頼むぜ」

 

ジュースをがぶ飲みしてトイレに行きたくなったかそう言う陽介に、ならついでに済ましとこうと完二も続く。雪子とりせは荷物を持っていたら用が足しにくいだろうと気遣ったのか陽介と完二が持っているペットボトルを受け取り、二人はトイレへと向かう。

 

「ねー、お兄ちゃん。お兄ちゃんってラッパとかも吹くんだよね?」

 

「ラッパ……ああ、トランペットか。部活でやってるよ」

 

「ぶかつ……どこでやってるの?」

 

「実習棟だけど……」

 

菜々子がふと思い出したように真がトランペットを吹いてる事を質問すると真はそう返答。それを聞いた菜々子が興味を持ったように続けてそう質問した。

 

「あれ、実習棟って立ち入り禁止じゃなかったっけ?」

 

「そうだったかな? 出し物は何もやってないけど……」

 

「ま、ちょっと入るくらいなら分かんないんじゃない?」

 

りせが実習棟は文化祭中立ち入り禁止じゃなかったかと言うと雪子が首を傾げ、すると千枝は少し入るくらいなら大丈夫でしょ。とからから笑いながら答える。

 

「体育館で演奏をする吹奏楽部が本番前の練習をしている以外は、特に出し物をしているわけではないみたいですが……立ち入り禁止と明記はされてないようです。まあ、少し案内するくらいならいいんじゃないですか? 先輩、僕達が巽君達を待ってますから、先輩はちょっと菜々子ちゃんを案内してきたらどうでしょう?」

 

「分かった。じゃあ頼むよ」

 

「あ、んじゃあたしも一緒に行く。どうせ待ってても暇だしさ」

 

文化祭のパンフレットを確認した直斗は少し融通をきかせたのかそう言い、それを聞いた真はお礼を言って菜々子の手を取り、そこに千枝もじっと待ってても暇だからと同行を希望する。

それからその場を雪子達に任せ、真、菜々子、千枝の三人は実習棟へと潜り込む。既に吹奏楽部の演奏は始まっているため練習している子はおらず、実習棟は静かな雰囲気に包まれていた。

 

「……流石に鍵は閉まっているか」

 

音楽室の鍵を確認した真は残念そうにそう呟く。菜々子に音楽室を案内する事は出来ない様子だ。

 

「しょうがない。実習棟を一回り案内をしてから戻ろうか」

 

「うん!」

 

真の言葉に菜々子は楽しそうに頷いた。

 

「そ、そんな……持ってません……」

 

「「!」」

 

すると二階の方から突然そんな声が聞こえ、真と千枝は前に起きたことを思い出して顔を見合わせる。

 

「椎宮君、まさか!」

 

「ああ……菜々子。すまないが急用が出来たんだ。先に天城達のところに戻っててくれ」

 

「え、う、うん……」

 

千枝の言葉に真も頷いて返すと、菜々子に先に戻っているように促し、菜々子が実習棟から出ていったのを確認してから二人は二階への階段を駆け上がった。

 

「ちょっとあんたら、何やってんの!」

 

「あ……んだ、またあいつかよ」

 

階段を駆け上がった二人が見たのは前に千枝の友達である剛史にカツアゲをしていた三人の不良達。不良の一人が千枝を見てめんどくさそうな顔を見せた。

 

「フフン。俺いいコト思いついちった♪」

 

「ギャハハ! お前、すげー悪そうな顔してっぞ~!」

 

リーダー格の少年がニヤニヤとした顔で言うともう一人の少年が笑いながらそう答える。

 

「秀!」

 

「せ、先生、助けて……」

 

と、そこで真がカツアゲされている相手に気づく。その相手は真の家庭教師先の生徒――中島秀。

 

「あんたら、性懲りもなく! 秀君を離しなさい!!」

 

知り合い、それも今度は年下の相手が巻き込まれたことに憤り、千枝は声を荒げる。

 

「へへ、別にいいよ。〝ちえちゃん”」

 

するとその時リーダー格の少年が千枝の名前を呼び、千枝は驚いたような警戒を強めたような様子で「なんであたしの名前」と聞き返す。

 

「こないだアンタが助けたヤツ、グーゼン会ったから事情聴取してさ。色々聞いたぜぇ。アンタん家とか、カワイイ“天城さん”とか」

 

「……どういうつもりだ?」

 

遠回しに脅迫をしてくるリーダー格の少年に今度は真が聞き返す。

 

「俺ら今からこいつと大事な相談すっけどさぁ。その間、そこ動くなよ? ジャマしたらどうなるか分かんないぜ。“天城さん”とかがさ」

 

「ギャハハ! お前、超わりー!」

 

「ざっ、けんな!!!」

 

リーダー格の少年の言葉にもう一人の少年が笑うと千枝も激昂を隠さず声を上げた。

 

「……我慢ならないな」

 

と、真が一歩前に出て拳を握りしめる。

 

「うん……こいつら、絶対許さない!!」

 

同時に千枝もひどく怒った様子で前に出た。

 

「そーゆーこと言ってていいわけ? 大事な人、どーなってもしらないよ?」

 

「……分かった、じゃああたしを殴んなさいよ!」

 

「里中!?」

 

リーダー格の少年の脅しに千枝はそう言い放ち、真もまさかの言葉に驚いた声を上げる。

 

「あたしにムカついてるってことでしょ? だったら、あたしを殴ればいいじゃん。抵抗しないからさ、存分にどーぞ。顔でもおなかでも、どこでも何発でもいいよ!」

 

そう言い、千枝は不良達の方に踏み込む。

 

「ほら、早く!!」

 

「……キモ」

 

「なんだ、この女……まじ?……しらけちった……行こーぜ」

 

鬼気迫る千枝に押されたのか、不良達はそう言ってその場を去っていった。

 

「せ、先生、それにえっと、里中、さん? ありがとうございました……」

 

「俺は何もしてない」

「……えっ? あ、ああ、いいのいいの!」

 

秀のお礼に対し、真は何もしていないと返し、千枝も慌てたようにそう答える。

 

「秀は一人で何してたんだ?」

 

「あ、はい。八十神高校は進学希望先の一つなので、ちょっと下見に……」

 

「そうか。だが、気をつけろよ」

 

「はい。じゃ、また今度」

 

真の注意に対し、秀は申し訳なさそうにそう言い、歩き去っていく。

 

「ハァ……何か、まだドキドキしてる……あたし……バカだった?」

 

「いや、秀をちゃんと守れたよ」

 

「……ありがと」

 

千枝の問いかけに対し、真がそう返すと千枝は照れた様子で頷く。

 

「バカだったかもしれないけど、助けたかったんだ。秀君も、雪子も……この気持ちだけは、ウソじゃない。どうしても“守りたい”って思ったんだよ……」

 

そう言い、千枝は優しげに微笑む。

 

「ああ、心強い。これからもよろしく」

 

「……うん、よろしく。頼りにしていいからね!」

 

成長した千枝を見て真は笑みを浮かべ、その言葉に千枝もむんとガッツポーズを取って気合を入れる。

 

「……じゃ、戻ろっか!」

 

「ああ」

 

千枝の言葉に真も頷き、二人は実習棟を出て仲間の元に戻っていった。

 

 

 

「チッ。ったく白けちまったぜ」

 

「ま、いいだろ。また適当なガキを見つけて……」

 

「もしくは本当に“天城さん”狙っちまう?」

 

「へへ、マジでやる? ワルだねー」

 

実習棟から出た不良三人組はニヤニヤしながらそう話し合う。

 

「「「ぐえっ!?」」」

 

人気のないところに差し掛かった瞬間、突如三人は何者かに首根っこを掴まれて校舎裏へと引きずり込まれ、壁にだんっと押し付けられる。

 

「な、なんだ!?」

 

「「やっほー」」

 

リーダー格の少年が声を上げ、その声に応えるのは二人だった。

 

「話は聞かせてもらったよ。カツアゲをしてたみたいだね」

 

「あと、ユキちゃんを狙おうとしたんだって?」

 

応えた二人――命と結生の目は据わっており、その威圧感に三人組が怯む。

 

「だ、だったらなんだってんだ――」

 

ドゴン、という音が二重に響き、リーダー格の少年の言葉が止まる。彼とその隣の少年の顔の真横にそれぞれ命と結生の拳が突き刺さったのだ。しかもその拳は素手にも関わらずコンクリート製の壁にヒビを入れている。

 

「警告する。里中さんや天城さんに二度と近づくな……それを破れば君達の身の安全は保証しない」

 

「「「……」」」

 

命の威圧感たっぷりの言葉に三人は腰が抜けたのかへたり込み、心なしか股間に何かで濡れたような跡が広がる。

 

「……クス」

 

結生はその光景を見ておかしくなったか、口元に手を当てて、しかし目元に影を作った見下すような視線で不良三人組を見る。まるで女小悪魔か女王のような笑みを浮かべた彼女を怯えが走った表情で不良三人組は見上げ、命と結生はすたすたとその場を後にしていった。

 

 

 

「先輩! どこに行ってたんですか?」

 

「うん、ちょっと野暮用」

 

先に皆のところに戻っていた真が声をかけると、命は当たり障りのない笑みを浮かべた顔でそう答える。

 

「命さん。今晩、うちで打ち上げをしようかと思うんですが」

 

「ああ、いいね」

 

命がいない間にそんな話が進んでいたのか、雪子は自分の実家である天城屋旅館に泊まっている命にそう説明する。旅館に泊まるという滅多にないチャンスに陽介達は大喜びしており、直斗は祖父に連絡を入れなければと携帯電話を取り出している。

 

「……けど、良いの? 迷惑にならない? まだ、シーズンでしょ?」

 

一人、千枝が心配そうに雪子に訊ねると、雪子は苦笑しながら「今年はお客さんが減った」と告げる。表向きは犯人が捕まったと報道されているものの、マヨナカテレビの事件の影響が今も続いているようだ。

 

「……それに、空いてる部屋もあるから」

 

「……そっか。ならいいんだ。なんか、雪子のとこ泊まるの、久しぶり!!」

 

少し言葉を濁してそう語る雪子だが、その説明に千枝は納得すると、雪子の家に泊まるのも久しぶりだと嬉しそうに話す。

しかし流石に学校帰りに直行というわけにもいかず、文化祭終了後一度解散、各々家に帰って泊まりの準備をしてから天城屋旅館前に集合という形になるのであった。




P4Gの本作品資料用周回データ復旧完了、というか10月30日までやり直しました。更新を止めてしまいご迷惑をおかけいたしました。
今回は文化祭二日目。女装コンテストとかミスコンとか楽しく書けました。で、次回は打ち上げの旅館編ですが、一応もう書けてはいます。ですが長くなりすぎたので一度ここで切ります。旅館編も色々オリジナル加えたいなと思ってますし。
さて、えーと。今回登場した中島秀、家庭教師先の生徒コミュであり塔を司るコミュの子ですけど……正直に告白します。完全に出すの忘れてました……。(頭抱え)
出すタイミングきっちり決めてたのに、いざそのタイミングの時になったら出す事忘れてストーリー進めてました……そして気づいた頃には時全て遅し……。
とりあえず、真以外の自称特別捜査隊メンバーと面識がある、コミュランクで言うならランク9まで進んでいる。という事でお願いします。ホントマジでごめんなさい。
次回は骨組みは書き上がってますし、なるべく早く投稿できるように頑張ります。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

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