ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第五十一話 ジュネス・フェスティバル

「頼むっ! 皆力を貸してくれっ! このままじゃ俺、転校させられちまうっ!!」

 

10月8日、ジュネスのいつものフードコート。陽介からの緊急集合を受けた真達はここに集合し、そう思うと陽介が手を合わせてお願いしてきていた。

 

「……いきなりどうしたんだ、陽介?」

 

真が目を点にして問いかける。その横ではジュネスに行く途中拾った(というかジュネスに行くと聞いて「行きたい」とねだり、押し負けた)マリーもいてジュースを飲んでいる。

 

「それが、今週末どうしても人を集めなくちゃいけなくって……」

 

「今週末……もしかして、中止になった稲羽署のイベント絡みですか?」

 

「何、それ?」

 

「今度の日曜日、アイドルの“真下かなみ”が一日署長をする予定だったんです」

 

陽介の言葉を聞いた直斗が流石探偵というべき洞察力で推理し、雪子が話についていけずに首を傾げると続けて説明。クマが「花丸急上昇中の“かなみん”がこのようなド田舎に!?」と驚きの声を上げ、千枝が「ド田舎で悪かったな」と彼を睨む。

 

「……誰?」

 

「現在人気急上昇中のアイドルでね、たしか世間ではポスト“久慈川りせ”の最注目株だって」

 

だがマリーは首を傾げており、結生が説明する。

 

「かなみ、もうそんな仕事取るようになったんだ……」

 

「確かに最近テレビでよく見るかも。りせちゃんと同じ事務所なんだ」

 

りせの呟きに続いて雪子がそう言うと、りせは複雑そうな顔を見せて「いま稲羽市に来るって、地味に私の騒ぎ追い風にしようって事じゃん」と事務所の目論見を予想する。

 

「そのかなみんの一日署長イベントが急遽中止になっちゃってさぁ」

 

「僕の失踪騒ぎで、警察署の受け入れ準備が出来なかったらしいです。申し訳ない事をしました……」

 

「白鐘のせいじゃない」

 

陽介のため息交じりの言葉に、直斗が責任の一端は自分にあるというような申し訳なさそうな口調で言うと真が彼女を気遣う。

 

「で、それがポシャんのと花村先輩がヤバいのと、どう関係してんスか?」

 

そして完二が本題に切り込む。確かに今までの話では真下かなみの一日署長イベントと陽介には一切の繋がりがないように思える。

 

「便乗してセールをしようとしたら、裏目に出ちゃったクマね!」

 

「かなみん効果で人集まる事前提のセールだったからさぁ。親父マジ困っちゃって……」

 

「店長、頑張って準備してたよね」

 

クマの笑いながらの言葉に陽介が頭を抱えながら言うとバイトである命が残念そうに呟き、結生とゆかりも頷く。

 

「それで、結局俺達を呼んだ理由はなんなんだ?」

 

真が尋ね、千枝も「そこまでの話だと正直あたしらには……」と口ごもる。

 

「皆には、色々準備とか手伝ってほしいんだ」

 

そう言った後、陽介はやや引きつった笑みを浮かべてりせを見る。

 

「そ、それで、久慈川さんにはその、なんだ……ジュネスで、イベントなど……」

 

「私にかなみの代わりをやれってこと?」

 

「……やっぱ、ダメ?」

 

陽介の言葉にりせが不服そうに聞き返すと、陽介は浮かない顔で呟く。

 

「……もしかして、マジで結構ヤバイの?」

 

「分かんねー。俺、息子たってバイトだし……」

 

陽介の様子を見たりせが尋ね返すと陽介は流石にバイトではそこの事情までは分からないのか首を横に振り、しかしバイトではなく息子として、父親が妙に優しい事から何かヤバいんじゃないかと思っている事を告白する。

 

「店長がクビとか、あんのかな?……」

 

「そうなったら店長も花村君もこの町にはいられない……」

 

「だから転校か……」

 

陽介の浮かない顔での言葉に命が冷静に呟くと、真もようやく冒頭の言葉の意味を理解。りせに向けて頭を下げた。

 

「久慈川、気が進まないだろうが俺からも頼む……力を貸してやってくれないか?」

 

「え、ちょ、先輩っ!? そんな……」

 

「俺に出来る事ならなんでもする。だから、頼む」

 

真剣な顔で頭を下げてくる真にりせは慌て出し、彼女は「う~」と唸った後どこか睨むように陽介を見る。

 

「う、歌と握手だけ」

 

「マジ、いいの!?」

 

「ただし、サインとか高校生って肩書きで出来ない事は全部NG。逆に大事になっちゃうから」

 

りせからの出演了承に陽介が歓声を上げ、りせは冷静にサインなどは逆に大事になるからNGと付け加える。

 

「それと、もう一つ条件」

 

そしてりせはにこっと微笑む。

 

「先輩達も一緒に出る事♪」

 

『…………は?』

 

その言葉に自称特別捜査隊メンバーの呆けた声が重なった。

 

「せ~んぱい、自分に出来る事ならなんでもするんですよね?」

 

「……分かった。俺はやる」

 

りせの愛くるしい微笑みでの言葉に対し、りせに出てもらう条件として自分で言った事を撤回するわけにはいかないのか真は二つ返事で引き受ける。

 

「ごめん、僕達は無理」

「その日、丁度シフト……」

「流石に今から代わってもらうのも難しいし……」

 

「うん、命さん達は仕方ないよ」

 

命達三人はシフトが入っているらしく、りせもあくまでジュネスの手伝いなのにそのジュネスのバイトが入っている三人をこっちに引き抜くのは本末転倒と考えているのか了承する。

 

「で、花村先輩は? シフト入ってる?」

 

「あ、いや。最近親父がシフト融通してくれてて、入ってない……」

 

「じゃ、決まりね♪」

 

「……分かったよ」

 

最近父親が妙に優しい活動の一環なのかシフトが入ってない陽介も参加決定。

 

「い、一緒に出るって……ア、アイドルとか、そういうの困る」

「スカウトとか来たら困る」

「ジュネスと専属契約してるから困る」

 

「や、困り方おかしいだろ」

 

千枝、雪子、クマはずれた困り方をしており、完二がそれにツッコミを入れる。

 

「つか、俺らに何させようってんだよ?」

 

「踊るの?」

 

「そういうのは後で嫌って程やると思うよ。まあ、この話ではしないだろうけど」

 

「何言ってんの?」

 

完二の言葉に結生が続くと命がしれっと言い、ゆかりがツッコミを入れる。と、りせはふふっと微笑んだ。

 

「バックバンドに決まってるでしょ?」

 

「いっ、いやいやいやっ! バンドとか無理ゲーすぎだろ!?」

 

りせの言葉に陽介が慌て始める。だが既に参加すると言った手前引っ込むわけにもいかず、陽介はまだ参加を表明せず、バンドに興味なさそうな直斗の方を見た。

 

「鍵盤なら少し弾けなくもないです。祖父の薦めでピアノを習ってましたから。持って来れますよ、キーボード」

 

「乗り気!?」

 

だがその直斗はあっさりと参加を表明し、千枝が意外そうに直斗を見る。

 

「今回の件は僕のせいでもありますから。やれることは、やりますよ」

 

「直斗……しゃあねえ、腹くくるか!」

 

イベント中止の原因は署の受け入れ準備が出来なかったから、受け入れ準備が出来なかった原因は直斗の失踪(実際には誘拐)のため。その償いとして真剣に参加する様子の直斗を見た陽介はついに腹をくくり、そこで思い出したように笑った。

 

「そういえば、俺もギターはあるぜ! 弾いた事はあんまねーけど。ってか、うっかり買ったベースも物置にあった気すんぞ!」

 

「うっかり買うか! どうせ間違ったんでしょ!」

 

陽介はギターをやる事に決め、ベースをうっかり買ったという言葉に千枝がツッコミを入れる。

 

「そういう事なら、ウチにも宴会用の何かある」

 

「何か……ッスか」

 

「じゃあ決まりっ!」

 

トントン拍子で全員の参加が決定し、りせが楽譜を探してくる間に真達は楽器と練習場所の確保に走り出した。

 

 

 

 

 

「すみません。助かりました、部長」

 

「いやいや、気にしなくていいよ。今日は部活も休みだし、掃除とか片づけとかちゃんとしてくれるんなら」

 

八十神高校の吹奏楽部の練習場所である音楽室。真はちょっと用事があって学校にいたらしい顧問と部長に掛け合ってここを開けてもらっていた。

 

「それにしても、一体何を始めるんだ?」

 

「ちょっと、バンドの練習なんかを……」

 

「はぁ……まあいいや。じゃあ頑張ってね。練習が終わったら掃除と片付けして、鍵を先生に返しといて」

 

部長は一応何をするのかを聞きつつも深くまでは聞かず、最後にもう一度練習後の掃除と片付け、鍵の返却について注意すると去っていった。

 

「いやー流石は吹奏楽部。助かったぜ」

 

にししと笑いながらそう言う陽介に真も「ああ」と返す。

 

「で、どうすんのこれ。吹奏楽部で余ってんのとか、適当にかき集めてきたけど」

 

千枝がテーブルの上に乗せたたくさんの楽器を見ながら言うと、完二はテーブルとは別の方を見ながら目を細める。

 

「……アレなんスか?」

 

「ドラだけど?」

 

「や、“知らないの?”みたいに言われましても……」

 

完二が見ているのはドラ。それに対し、持って来た本人らしい雪子が不思議そうに返す。そのあっさりとしすぎた返答に陽介は言葉に詰まった。

 

「千枝がね、鳴らしたいかと思って。ほら、中華っぽいし」

 

「や、中華かどうかは、この際どうでもいいけど……」

 

雪子の言葉に千枝がツッコミを返した。

 

「ヨースケ、これちょっと持ってみるクマ」

 

「なんだよ?」

 

と、クマが陽介に何か差し出し、陽介もそれを受け取ると両手に一本ずつ持つ。マラカスだ。

 

「なるほど、これは……」

 

「あー、あんた武器そんなだよね。ちょっとそれでペルソナ出してみ?」

 

「おっし――」

 

何か感心している直斗と、普段から似たような形の武器を使っていることから千枝がそう言う。それに陽介もこくりと頷き、いつもテレビの中でやっているように構える。

 

「――ペルソナーッ!……って出せるかーっ!」

 

ポーズを決める陽介だが当然出せる訳もなく、直後ツッコミが響いたのであった。

 

「なら私、これにする」

 

そう言って雪子が持つのはタンバリン。しかし彼女は直後何がツボに入ったのか笑いながら「これ、扇の代わりになるんじゃない」と言っており、千枝に「頭が宴会属性になってんな」とぼやかれていた。

 

「ってか、シャカシャカ振るよりまずギターとかだろ! なあ真、俺ギターやるからベースやらね? 少しなら教えられるし」

 

「……」

 

陽介の言葉に真はちらりと、ベースの弦をはじいて遊んでいる様子のマリーを見る。

 

「マリー、ベースをやってみるか?」

 

「えっ!?」

 

真の言葉にマリーが驚いたように彼の方を見る。

 

「別にギターはバンド一つに一人というわけでもない。俺と陽介でギターをやろうと思う」

 

「うん! ビジュアル的にもそっちが良さそう!」

 

真の言葉にりせがハートマークを乱舞させながら賛成する。

 

「も、もしかして真、お前ギター経験者!?」

 

「いや、トランペットと音楽の授業でピアニカとリコーダー以外楽器はした事がない」

 

「経験者じゃねーのかよ!?」

 

やけに自信満々な真に陽介が驚くが、きっぱりと真が宣言するとツッコミを入れる。

 

「ま、まあ、音楽関係の経験者である事は間違いないんだよな? 頼りにしてるぜ、相棒」

 

「じゃあ先輩達とマリーちゃん、直斗君は確定として――」

 

続けて苦笑しながらそう言う陽介の横でりせは冷静に楽器の担当を決め、完二を見る。

 

「――完二はドラムね」

 

「勝手に決めんなコラ!」

 

「あんたが前出たらメタルバンドみたいんなるでしょ?」

 

勝手に楽器を決められた完二が不服そうに叫ぶがりせは聞き入れず、陽介がくくっと笑う。

 

「ドラムいけんじゃね? お前、叩いたり踏んだりは得意だろ?」

 

「屁理屈だろそれェ!」

 

陽介の言葉に完二がツッコミを返し、その近くでクマが「ソウルのままに熱いビートを打ち鳴らすぜぃ!」と気合を入れる。が、全員呆れた様子で一瞥するだけに止める。

 

「あのさ……もしかしてあたしと雪子、余ってない?」

 

「先輩達はええと……バックコーラスとか? パートあるよ?」

 

千枝の指摘にりせがあっさりとバックコーラスの担当を出す。

 

「う、歌!?」

 

「無理無理無理! なんか持つ! えーと……簡単そうなのは……」

 

千枝と雪子は大慌てで楽器を探し始めた。

そして全員の担当が決まったところで練習開始、楽器を並べて一度立ってみる。

 

「おお! なんかソレっぽくね?」

 

「うん、見た感じ悪くないかも」

 

陽介の歓声にりせも頷き、千枝と雪子がそれぞれトランペットとサックスを口に当てる。しかしスースーという空気が吹き抜ける音が出るだけで、それぞれの音色は一切出ていなかった。

 

「……音でない」

 

「これ、壊れてんじゃん? なんかスースー言うよ?」

 

「貸してみてくれ」

 

雪子と千枝が首を傾げ、すると真が千枝からトランペットを借りて口に当てる。そして息を吹き込むとあっさりと軽快な音色がトランペットから奏でられた。

 

『……』

 

千枝やりせ、他のメンバーも唖然となる。

 

「初めはそういうものだ。コツを掴めばすぐに慣れるさ」

 

「あ、うん……」

 

きちんとハンカチで吹いていた場所を拭きつつ千枝にトランペットを返しながらアドバイスを送る真。千枝もぽかんとしながら頷き、真は元の位置に戻るとギターを構え直した。

 

「と、とにかく時間ないし、練習始めましょ!」

 

「ところで一ついいクマ?」

 

我に返ったりせが練習開始を宣言。しかしその腰を折るようにクマが手を上げる。その手には楽譜が握られていた。

 

「この紙に書いてあるオタマジャクシは何者クマ?」

 

「……そういやあたし、楽譜とか読めないわ……あははは」

 

「私も……」

 

クマに続いて千枝と雪子も楽譜が読めない事を思い出す。

 

「やっぱ転校するのか、俺……」

 

陽介も諦めムードに入っていた。

 

「諦めるのは早いですよ」

 

だが直斗がそう言い、彼女は楽譜を分析する。

 

「この曲ですが、実は繰り返しのパターンがとても多いんです。Aメロ、Bメロ、サビ、どれも同じパターンを二度繰り返しています」

 

「おお、言われてみれば……」

 

直斗は流石は名探偵と言える分析力をもって皆に安心を与えていく。

 

「一安心出来たところで、練習を始めよう」

 

「おっしゃ!」

 

真が改めて練習開始を宣言、陽介も気合充分に頷いた。

それから練習開始。基礎がある程度出来ている陽介と直斗は曲を練習し、千枝と雪子はまず音を出すことからスタート、完二やクマも楽譜の読み方から学び、マリーは真から教えてもらいながらマンツーマンレッスン、りせも発声練習として今回歌う歌をそらで歌い始める。

その日は基本的な個人レッスンのみで終了し、真が翌日も音楽室の使用許可を取ったところでメンバーは帰宅。

また翌日の10月9日、自称特別捜査隊メンバー&マリーは音楽室に集まっていた。

 

「もっかい頭から! ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

歌手兼コーチとなったりせが強い口調で合図を出し、それに従って真達が演奏を開始する。朝からバンド全体で合わせての練習になっているのだが、やはり初心者が多いどころかほとんどのせいか演奏のテンポがややずれていた。すると、突然カーッ、という何か固いものをぶつけたようなそれでいて震える音が響き、思わず全員が演奏を止めてしまう。

 

「あたしじゃない!……多分!」

 

「私でもないよ? だってこれ、音出ないし」

 

千枝が言い、続けて雪子が言う。

 

「ナウでヤングなオーディエンスたちは、音楽にも“意外性”を求めているクマ! 突然響く異音……それは、予想をこえるTUMIな裏切り! 分っかるかなぁ~?」

 

そう言いながらクマは再びカーッ、というさっきと同じ音を鳴らす。その手にはヴィブラスラップが握られていた。それを聞いた完二はうんうんと頷くが、その目は閉じられており、額には青筋が立っていた。

 

「……よぉく分かったぜ。“犯人はクマです”って意味であってっか?」

 

「あれ……クマの予想を超えるリアクション」

 

目を開き、ギンとクマを睨みつける完二の威圧感溢れる低い声にクマが怯え、陽介や千枝からもクマ目掛けてブーイングが飛ぶ。演奏の緊張感が抜けてしまったのか直斗が「休憩にしましょう」と提案。朝から練習続きで疲れていたため休憩へと移る。

 

「俺とマリーでジュースでも買ってこよう。少し外を歩きたい」

 

「ん、分かった」

 

「おお、頼むわ」

 

真がジュースを買ってくると申し出、マリーもこくんと頷く。二人は楽器を下ろして音楽室を出て行き、手近な自販機へと歩いていく。

 

「マリー、演奏は楽しいか?」

 

「まあまあ」

 

真の問いかけにマリーはぶっきらぼうに返すが、その口元には僅かな緩みが見えており、彼女が今回の事を楽しんでいる事を示している。

 

「あれ、椎宮じゃねえか」

 

「偶然だな」

 

「一条、長瀬」

 

と、彼の友達である一条と長瀬が声をかけてきた。マリーは知らない相手に目を細め、ささっと真の後ろに身を隠す。一条もそんな彼女に目をパチクリとさせた。

 

「んっと……誰?」

 

「ちょっとした知り合いだ」

 

一条の問いかけに真は適当に言葉を濁し、別にそこまで興味があったわけではないのか二人とも「そうか」で話を終わらせる。

 

「ところで、何をしているんだ?」

 

「ジュネスのイベントで久慈川がライブをする事になってな。俺達はバックバンドをする事になったんだ」

 

「へ~。そりゃ面白そうだな、俺達も見に行こうかな」

 

長瀬の質問に真はそう答え、それを聞いた一条が興味ありそうに呟く。

 

「まあいいや。何か困った事があったら力貸すからさ、遠慮なく声かけてくれ」

 

「じゃあな。頑張れよ」

 

そう言って二人はその場を去っていき、真とマリーも自販機の方に歩いて行った。

 

「りせちーがライブ? って、マジ!?」

 

「アイドル復帰ってこと!? 大ニュースじゃん!」

 

その会話を偶然聞いていた男子生徒が騒ぎ、携帯電話を取り出す。それに真達は気づいていなかった。

 

それから場所は音楽室に戻り、真とマリーが買ってきたジュースで喉を潤してから練習再開。今度はりせも歌を合わせる事になり、陽介が「本物のりせちーと合わせるとか、心の準備が……」とうろたえる一幕があったが演奏が開始。りせも演奏に合わせて歌い出し、一曲歌い終えて演奏が止まる。

 

「今の……結構よかったんじゃね!?」

 

陽介の言葉に千枝が「なんかそれっぽかった!」と歓声を上げて隣の雪子に抱き付き、他のメンバーも歓喜の声を上げる。

 

「みんな厳しいレッスンに耐えてよくここまで勝ち抜いたクマ!……あとは自分のカラを脱ぎ捨てるだけ。そうすれば、お茶の間デビューが待ってるクマ!」

 

「しねえっつーの」

 

どこで覚えたのかそんな事をいうクマに陽介がツッコミを入れる。

 

「テレビ、もう出たけどね……私達……マヨナカのやつ」

 

「カラ脱げるっていうか、“服”脱げたけどね……」

 

「俺のカラは脱げるどころか、木っ端ミジンコだぜ……」

 

と、雪子、りせ、完二が暗い声色でそう漏らした。どよーんという重い雰囲気が場を支配する。

 

「……」

 

「わ、マリーちゃん。いや別になんでもないし! み、みんな、ほら! 元気出そ! ね?」

 

ぽけーっとその様子を見るマリーに、千枝が事情を知らない相手がいたことを思い出して誤魔化し始める。

 

「もう一回頭からいってみよう。一度の成功で浮かれる訳にはいかない」

 

「う、うん、分かった! さっきの調子でいってみよ!」

 

真の言葉にりせも頷き、落ち込んでいた雪子と完二も気を取り直して練習再開。本番に向けて練習を重ねていく。そして時間的にラストの演奏が終了。りせもオッケーだと太鼓判を押す結果に全員が歓声を上げる。

 

「明日か……」

 

「やっべ、意識したら急に緊張してきた……」

 

「今更何ビビッてんスか? 男ならビシッと決めようぜ!」

 

「そうクマー! ビシッと決めるクマー!」

 

真は楽しみそうに呟き、陽介が緊張してきたのか笑みを引きつかせる。それを聞いた完二が激を入れ、クマもそれに乗る。

 

「うん。きっとうまくいく……でしょ?」

 

「“きっと”、じゃない。“絶対”だよ」

 

マリーの言葉にりせはそう言い直し、真達の方を向いて「皆」と呼びかけると右手を差し出す。

 

「緊張したっていいんだよ。だってライブには、それさえも楽しめちゃうパワーがあるんだから! 完璧にって思いすぎないで。お客さんは楽しくなりたいんだもん。まずは私達が楽しまなきゃ!」

 

その言葉を聞いた真達の顔に笑みが走り、彼らはりせの手の上に次々と右手を置いていく。

 

「じゃあ、いくよ。ファンと、仲間と、自分に感謝! 完全燃焼、一本勝負! せーの――」

『――オーッ!』

 

りせの合図で全員同時に右手を振り上げ、明日のライブの成功を祈り声を上げた。

 

そしてまた翌日の十月十日。ジュネスは休業中であるアイドルりせちーのライブであるためか賑わっており、まだ準備中のステージ近くでは入場待ちのお客さんが今か今かと待っている状況だ。陽介が「客、予想以上に集まってる」と慌てていた。なお今回はりせが高校生という立場で出るためか真達も全員八十神高校の制服スタイルになっている。なおマリーは普段の服装である。

 

「りせちゃん……遅いね」

 

だが肝心の主役りせがまだやって来ておらず、雪子が心配そうに呟くと完二が「偉そうに言ってたくせになにしてやがんだ!」と悪態をつく。と、その時真の携帯が鳴り始め、真は携帯を取り出して液晶を確認。

 

「久慈川、どうしたんだ?」

 

[先輩助けて!]

 

電話の相手はりせらしく、しかし彼女は大慌てで助けを求めており、それを聞いた真の表情が変わり、彼はすぐに設定をスピーカーホンに変えて陽介達にもりせの声が聞こえるようにする。

 

[このままじゃ私、ライブに行けない!]

 

「何があったんだ!?」

 

慌てるりせに真が尋ねると、りせは説明を始める。どうやらネット上でりせちー復帰ライブ&握手会、というデマが流れたらしく、しかもその中で自宅の場所の情報まで流れてしまったらしく、それが原因で現在家の前に人がいっぱいいて身動きが取れないようだ。

 

「りせちゃんのライブが見たい人達なんだよね? じゃあここに呼んであげるとかは?」

 

「ダメです! ライブの整理券は今朝までに全て配り終えています。今から来てもライブが見られないと知ったら……」

 

「暴れ出すかもしれねえな。そしたら整理どころじゃねえッスよ」

 

千枝の提案に直斗が反論、彼女が言いよどむと完二はその先の展開が予想できたのかそう口にする。陽介も「それマジ勘弁!」と悲鳴を上げた。

 

「どうしよう……」

 

マリーも不安気に声を漏らす。

 

「……俺に考えがある。久慈川、一度電話を切る。里中の携帯にかけ直してくれ」

 

と、真はそう言って電話を一度切る。

 

「クマ、先輩達を呼んできてくれ」

 

「わ、分かったクマ!」

 

真がすぐにクマに指示を出し、クマも大慌てで控室のテントを出て行く。それを見送りながら真はすぐに携帯電話を操作、一つのアドレスに連絡を取る。

 

「……もしもし、俺だ。すまない、一つ力を貸してほしい事があるんだ。今ジュネスに……いるか。陽介を向かわせるから、今いる場所を教えてくれ……ああ、すまん」

 

「真、なんだよ?」

 

「説明は後だ。今ジュネスのスポーツショップに一条と長瀬がいる、すぐに連れて来てくれ」

 

「お、おう!」

 

状況が飲み込めないものの陽介は真の指示ならばこの状況を打開してくれるはずだと信じて控室のテントを出て行く。

 

「あとは……間に合うかだけか……」

 

真はそう呟き、やや焦れた様子でテントのテーブルに備え付けられた時計を確認する。既に開演までの時間は残り僅かだ。

 

 

 

 

 

「いつまで待たせんだよー! 早くしてよりせちー!」

「握手会まだかよー!」

「りせちー! いるんでしょー!?」

 

りせの実家である丸久豆腐店の前でりせに呼びかけるファン。

 

「あー! あんなとこにりせちーがー!」

 

と、明らかに不自然な声が聞こえ、りせちーという単語に反応してファンが声の方を向く。そこには赤色の髪をポニーテール風に結った少女が立っており、彼女の指差す先には確かにりせが背を向けて走っていた。

 

「うおおおおお!」

「りせちーだー!」

「待ってくれー!」

 

ファン達はその姿を見ると追いかけ始める。

 

「……後は頼んだよ、ゆかりっち」

 

「任せといて。結生も気をつけてね」

 

赤髪の少女――結生はゆかりにそう呼びかけ、ゆかりはバイクに腰かけヘルメットを膝の上に乗せるスタイルでサムズアップ。結生もこくんと頷いた。

 

 

 

 

 

「まだ始まんねえのかよー!」

「いつまで待たせんだよー!」

 

一方ジュネス。既にイベント開始時間は過ぎており、入場した客からブーイングが飛び始める。

 

「どうすんスか? もう待たせるのも限界ッスよ!」

 

「しかし、久慈川さん無しでは……」

 

完二の声に直斗もどうしたものかと声を漏らす。

 

「すまん、俺の作戦ミスだ……」

 

「いや、真は悪くねえよ! 元はと言えば俺が無理矢理……」

 

真が頭を下げ、それに陽介が慌て出す。

 

「……」

 

と、マリーは何か決意した様子でベースを手に取った。

 

「マリー?」

 

「絶対に来る……だから」

 

真の言葉に対し、マリーはそう答える。それを聞いた真はこくりと頷いてギターを取った。

 

「……そうだな。信じよう」

 

真の言葉を皮切りに、他のメンバーもそれぞれ担当とする楽器を取っていく。

 

「皆……いこう!」

 

『おう!』

 

真の言葉に全員頷き、彼らは控室を出て手拍子の待つステージへと上がっていった。

 

「……み、皆さま、大変お待たせいたしました! これより開演です!」

 

待たされていた客のクレームを一心に受けていた様子のスタッフが、真達が出てきた事に気づいて慌てて言い、すぐにステージを降りる。肝心のりせがいない事に気づかない程テンパっていたらしいがそこを気にすることなく真達はステージに上がり、真がトントンと爪先で床をタップしタイミングを取る。

最初にスタートするのはマリーのベース。そこから完二の力強いドラムが走り、続けて千枝のトランペットと雪子のサックス、そして真と陽介のツインギター、直斗のキーボードがミックスを奏でる。

 

「胸騒ぎ、無視しても、心がFeel Blue」

 

そして歌うのはマリー。だが本来りせのライブなのにりせがおらず、別の人が歌うというアクシデントに観客は困惑の様子を見せていた。

 

 

 

 

 

一方稲羽市商店街。どういうカラクリを使ったのかファンに気づかれずに家を抜け出し、しかし見つかってしまい逃走劇を開始したりせは袋小路へと追い詰められていた。

 

「や、やっと追いついたよ、りせちー」

「逃げるなんて酷いじゃないか」

「僕達握手会を楽しみにしてたんだから」

 

町中を追い掛け回していたためか息絶え絶えになっているファン達。

 

「ふっ、ふふふ……」

 

が、ファン達に背を向けているりせからはおかしそうな笑い声が漏れていた。

 

「ざーんねん、でっした!」

 

そして振り返り様そう言い、頭に手を置くと髪の毛、いや、カツラをばっと取ってその下の青みがかった短髪を晒す。一条だ。

 

『な、えぇっ!?』

 

「そらよっ!」

 

さらに長瀬がその場に乱入し、消火器を噴射。煙が舞ってファン達の目くらましになる。

 

「よっし一条君長瀬君! その場を離れてー」

 

「「うっす!」」

 

そしてその隙に一条と長瀬は袋小路から抜け出し、それから煙が晴れる。

 

「さーてと」

 

袋小路の入り口に立つ二人の人影。一人は青色の髪を右目を隠すように伸ばした長身の美青年、もう一人は赤髪をポニーテール風に結った美少女。

 

「君達、人に迷惑かけまくった挙句、危うく僕のバイト先の命運かかったライブポシャらせようとした罪は重いよ?」

 

「そうそう。しっかりお説教の時間だよ。てめーら、そこに正座」

 

青髪の美青年――命の言葉に赤髪の美少女――結生もこくこくと頷いた後、左手でサムズダウンして正座と命じる。なお命は素手に腕組みだが結生は右手に薙刀(無論スポーツに使うようなもの)を握って肩に担いでおり、その二人の威圧感にファン達は即座に正座体勢へと入っていた。

 

 

 

 

 

「「Dream Bells、2人の鐘の音が。明日のドア、開いてくTrue Story」」

 

ジュネスのライブ会場。一条の身体を張った囮によりやってくることに成功したりせはマリーとデュエットで歌っていた。最初は困惑していた観客もマリーの心からの歌声にノリノリになっており、演奏終了と共に大きな拍手が巻き起こる。

 

『アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!』

 

「あ、アンコール……つってんぞ?」

 

「そっか……考えてなかった……」

 

困惑する完二にりせも想定外なのかそう言葉を漏らす。

 

「これ一曲しかないのに、どうしよ!……」

 

「どうするも何も、無視して下がるか、同じ曲をやるしか、選択肢が……」

 

「り、りせがMCで正直に事情話せば、リピートでもギリ許されんじゃね!?」

 

「今回は久慈川は途中からだからな……今度は最初からとすれば……」

 

千枝が慌て、直斗が選択肢を提示、陽介がそう言うと真も今回ばかりは手段がないのかそう答える。

 

「むおおおお! ノッてきたあ!」

 

と、いきなりクマがステージの端へと駆け始める。

 

「ちょっと、クマさん!?」

 

「といやっ!」

 

雪子が慌てて声をかけるが、クマは気にすることなくステージから飛び降りる。と、クマは観客の上をごろごろと転がる。

 

「オゥイェ……これぞライブのDA☆I☆GO☆MI! 予習しておいた甲斐があったクマーッ!」

 

「バカグマ……もう演奏ムリじゃん……」

 

「こ、こうなりゃ勢いで、みんなでダイブとかは? お茶濁して帰る的な……」

 

いきなりダイブしたクマにりせが呆れ、陽介が慌ててそう言う。

 

「ダイブ……」

 

「そこ! ワクっとした声出さない!」

 

「ていうか、七人飛ぶとか普通に迷惑だから……」

 

雪子が目を輝かせて声を弾ませると千枝がツッコミを入れ、さらにりせも迷惑だと指摘する。

 

「じゃあどうすんだ!? 他に方法あんのかよ!?」

 

「そ、そんな飛びたきゃ男子だけ行けばいいっしょ!?」

 

「おうよ! 男見してやんぜ!」

 

「行くか」

 

陽介の叫びに千枝がツッコミを入れると完二が立ち上がり、真も頷く。

 

「ちょっと、バカ!?」

 

煽った手前本気にされると思わなかったのか千枝が呼びかけるが、既に真、陽介、完二の三人は助走をつけてステージから観客達向けて飛び降りていた。

 

「っと」

「「げふっ!?」」

 

しかし観客は見事なコンビネーションで三人をかわしており、真はバランスを崩さず着地するが陽介と完二は着地失敗、陽介は完全に腹を打っており、完二に至っては顔面からダイブしていた。

 

「避けんの……上手すぎだろ……」

 

「男は……顔で立てんスね……知らなかったぜ……」

 

「……大丈夫か?」

 

陽介と完二がぼやき、真は苦笑しながら大丈夫かと彼らに声をかけた。

 

 

 

 

 

『かんぱーい!』

 

時間が過ぎて夕方。ライブの後片付けも終了した後、真達はジュネスのフードコートで打ち上げを行っていた。

 

「みんなありがとう! 助かった! おかげでセールも大成功だったよ」

 

まず挨拶をするのは結果的に今回のライブの発起人である陽介。

 

「納得いかない!」

 

そこに不満の声を上げるのは一条だ。

 

「どうして俺が女装しなけりゃいけなかったんだよ!」

 

「力になりたいって言ってたじゃないか」

 

一条の言葉に長瀬がそう答えるが、一条は「こんな形でじゃねえよ!」とツッコミを入れる。

 

「すまん。咄嗟の事で他に選択肢がなかったんだ……」

 

「だーくそっ! 貸しだからな!」

 

一条にりせの格好をさせて囮をさせ、最終的に命と結生でファンの足止め。その隙にゆかりがバイクでりせをジュネスまで連れてこよう作戦を提案した真が頭を下げ、一条は頭をかきむしりながら貸しだからなと言い捨てる。

 

「ありがとね、一条君!」

 

と、一条が想いを寄せている少女――千枝が一条に声をかける。

 

「え、あ、いや、それほどでも……」

 

それに対し一条は照れたように頬をかき、千枝はにぱっと笑った。

 

「女装、本物みたいだったよ!」

 

その口から放たれた言葉に一条は硬直。

 

「うわああああぁぁぁぁぁ!!」

 

そのまま泣きながらその場を脱兎のごとく逃げ出したのであった。

 

「どうしたんだ、あいつ?」

 

「走りたくなったのかな? 運動部だし」

 

陽介と雪子が首を傾げてそう呟く。

 

「そっとしておこう」

 

事情を知っている真は苦笑を交えながらそう呟き、その場を離れる。

 

「マリー」

 

そして一人ジュースを飲んでいたマリーへと声をかける。

 

「色々とアクシデントも起きたが、楽しかったか?」

 

「……夢中になってた。楽しいかとか、そういうの考えるの忘れてた」

 

「そういうものさ」

 

マリーの言葉に真はそう言い、「しかし驚いた」と続ける。

 

「お前、今回の歌詞をちゃんと覚えてたんだな。しかも上手かったぞ」

 

「あっ……い、いや、その、べ、別に教えてもらってたとか、ベルベットルームで口ずさんでたとか、そういうんじゃないから! ハ、ハローグッバイとか、セイしないから!」

 

真の言葉を聞いたマリーが顔を赤くしてまくしたて、席を立つ。

 

「あ、汗かいた! 涼んでくる!!」

 

そしてそう言い残すと逃げるようにその場を去っていった。

 

「ふっ……ん?」

 

真はくすっと笑みを漏らす。が、次に何かの視線を感じてそっちに顔を向ける。と、ジュネスエプロンを着て仕事をしている店員や私服で遊びにきていた若者や仕事途中の小休憩中なのか緑色の作業服のような服を着た人等がその場を後にしている。

 

「どうしたんだ、真?」

 

「ん? ああ、今誰かがこっちを見ていたような……」

 

真の様子に気づいた陽介が声をかけ、真がそう言うと陽介も真の向いている方へと視線を向ける。

 

「別に視線なんか感じないけどなぁ?」

 

「気のせいか?」

 

「ま、俺達さっきライブしてたし、あれじゃね。伝説になっちゃったんじゃね?」

 

陽介が首を傾げながら答えると真も気のせいかと考え、陽介がにししと笑いながらそう言うと真も「そうかもな」と結論を出してその事について考えるのをやめる。そして彼は陽介に連れられて打ち上げに盛り上がる仲間達の輪へと入っていった。




《後書き》
二か月以上ぶりです。毎度毎度長く空くとこの作品の存在を覚えている読者様が残ってるか不安です。
今回はP4G新規イベントのライブ編。アニメ要素を組み込んでマリーもライブに入りました。ええ、マリーちゃん好きですし。
さて次はストーリーを進める事になるのか、それともコミュニティを深めていくのか。正直まだ考えてないです。最近仕事が忙しくて書く暇が……。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

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