9月24日。稲羽町の高台で真は丈夫な木の棒を手に素振りをしていた。
「ん? 椎宮先輩?」
「?」
突然聞こえてきた呼び声に、真は素振りの手を止めてそっちを見る。そこには完二が立っていた。
「完二、偶然だな」
「奇遇ッスね。何してんスか?」
「素振りだ。恥ずかしながら、この前里中に負けてしまってな」
「マジッスか」
真は棒を地面に立て、まるで杖のように棒に体重を預けながら完二に素振りをしている事、その理由である以前千枝との組手で負けてしまった事を暴露。完二は真が負けたという事に驚きの様子を見せる。
「完二はどうしたんだ?」
「ああ? いや、散歩っつうか、なんとなく来ただけッス」
真の言葉に完二はそう返し、高台から覗く町を見下ろす。
「ここ、昔から好きなんスよ。家も学校も全部見下ろせて……小っせーなーって、思えてさ」
完二はそこまで言うと黙り込み、僅かな間を置いた後にどこか居心地の悪そうな表情を真に向ける。
「あの……この前、病院でお袋と会ったとき、俺のこと……何か聞いたッスか?」
完二の問い。それは以前完二に誘われて彼の家に遊びに行こうとした時、彼の母親が病院に運ばれたと近所の人に聞かされた完二が血相を変えて病院に飛び込んでいった時の事だ。もっともそれは勘違いで、自転車にぶつけられた男の子を病院に連れて行っていただけだったのだが。
「……ああ」
「ババァ……やっぱりか……ま、先輩にゃサラケたし、今さら怖いもんなんざねッスけど」
そう言いながら完二は照れくさそうに笑い、真から目を逸らすように高台から見える土手へと視線を移す。と、彼は「あん?」と間の抜けた声を漏らした。
「どうした?」
「いや……あいつ……お袋と病院にいたガキか?……」
完二の呟きを聞きつけた真も土手、完二の視線の先へと目を向ける。そこにいるのは確かに以前完二の母親が病院に運ばれた事件の時に完二の母親が病院に連れて行った男の子だ。どうしたのか分からないがうつむいている。その様子はどこか泣きそうなものにも見え、真と完二は顔を見合わせると彼の方に歩いて行った。
「んだ坊主、一人で何やってんだ?」
「えっ……えっと……何も、してない……」
突然完二に話しかけられた男の子はどこか怯えた様子でそう返し、それを見た真は学童保育での経験か彼に視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「どうして泣きそうなんだ?」
「……人形、なくした」
真の優しげな声色での問いかけに、男の子はそう告白する。彼の話を纏めると、サナちゃんという女の子の友達に借りたウサギのあみぐるみをタカくんという男の子の友達が「女みてー」と取って投げて踏んで、泥だらけになった挙句に「男なら捨てろ」と言われ、男の子はそれを川へと投げたらしい。
「ウサギ、流され、て……う、うわぁぁぁん!!」
そこまで言うと男の子は我慢できなくなったように大声で泣き始める。
「う、うっく、どうしよう、どうしよう! サナちゃんに、返さないと……サナちゃん、あのウサギ、すきだって……ぼく、ぼく……」
「……で、何でここ居んだよお前。逃げてきたのか?」
悲しみと後悔でパニックになっているらしい男の子に完二は静かに問いかける。
「……う、ひっく」
「ったく、このバカ!」
「う、うわぁぁぁん!!」
何も言わず泣いているのを肯定と見たか怒鳴る完二と怒鳴られて余計に泣き出す男の子。
「ったく。オラ、行くぞ! ぐずぐずすんな!! 先輩、俺ちょっと行ってきます!」
がっしと男の子の腕を掴んで言う完二は、真剣な目を見せて真に言う。その目を見た真はゆっくりと立ち上がった。
「暴力はよくない」
「……ちげーよ! シメっぞ!!」
「冗談だ。俺も一緒に行こう。一人より二人、二人より三人で探した方が早い」
「え、まじスか!?」
真の冗談に本気で怒る完二だが、続けての言葉には驚いたように目を見開く。
それから三人は男の子がウサギのあみぐるみを投げ捨てたという場所へとやってくると完二が川の中の捜索を開始する。
「ぼ、ぼくも……」
「るせっつーんだよ、テメー足手まといだから来んな! 先輩、そいつ入ってこないよう見といてくださいね!」
「ああ」
自分も川の中を探そうとする男の子だが完二が一喝して阻止し、真に入ってこないよう見ていてくれと続ける。真も頷いて男の子の肩に手を乗せつつ、辺りを見回してウサギのぬいぐるみが河原へ打ち上げられていないだろうかと探し始めた。
しかし完二の必死の捜索にも関わらずウサギのあみぐるみは見つからず、いよいよ暗くなり始めてこれ以上の捜索は危険だと言えるような状況になってようやく完二は河原へと上がる。
「ご、ごめんなさい。ぼく、サナちゃんに謝る。サナちゃんが怒っても、ごめんって言う……」
「それは当然だ。あみぐるみが見つかったからと言って謝らなくてもいいという事にはならない」
頭を深く下げて謝る男の子に真は厳しく意見を述べる。
「あー、待て」
と、完二が声を出した。
「それ、どんなウサギだ? 詳しく教えろ」
完二の言葉に男の子は首を傾げるが、「いいから教えろって!」と続けると男の子は慌てたようにどもりながらもウサギのあみぐるみの特徴を教えていく。
「……うし、分かった。お前、“サナちゃん”にはちゃんと謝れよ。お前が“捨てた”んだからな。そのウサギの代わりにゃなんねーかもだけど、俺が新しいヤツ、お前にやるからよ……それで許してもらえ」
「お、おじちゃん……」
「だ、誰がオジちゃんだゴラァァ!!」
完二の言葉に男の子が声を漏らすと、自分を指す呼び方に引っかかったのか完二の怒号が響き渡る。そして男の子が帰っていった後、完二はふんっと鼻を鳴らした。
「ったく……こちとら花も恥じらう高校一年だっつんだよ」
不機嫌そうに唇を尖らせる完二だが、続けて何か悩むような表情を作る。
「……そんなに俺、老けてッスかね? やっぱこのマユゲが……って、んな事より、すんませんでした。面倒につき合わして……」
オジちゃんと言われたことが気になっているのか、その原因だと自分で考えるマユゲをいじる完二。だが直後それより優先すべきだと気づいたように真に頭を下げる。
「構わない……だが、見つからなくて残念だ」
「やっぱもう、流されてたみてえッスね……」
真の残念そうな言葉に完二は悔しそうな表情を見せるが、真は続けてどこか悪戯っぽい笑みを見せる。
「ところで、新しいヤツをあげるって?」
「聞いてたか、やっぱ」
その言葉に完二もやけに恥ずかしそうに頬をかく。
「何か俺、アイツの気持ち、分かる気がしたんスよね……認められてえ、ハブられたくねえって、やっちゃいけねえ事に手ぇ出して……んで、一番泣かしちゃいけねえ人を泣かしちまってよ……だから……まぁ、助けてやれねーかなと思ったんスよ」
完二はそこまで言うと照れたように笑う。
「甘やかしすぎッスかね?」
「いや、良い事だと思う」
照れたように笑う完二に対し、真は良い事だと伝える。それに完二も「あざっす」と頷いた後、ふぇっくと声を出す。
「へっく……う、うぅ? あー、くしゃみ出そうで出ねー。気分悪ィわ……風邪引きそうなんで、帰るっスかね……」
「身体に気をつけろよ」
「分かってるッス」
そう言い、真と完二は別れて帰路についたのであった。
翌日9月25日。真はりせのお願いで沖奈駅前に一緒に出掛けており、その帰り、りせを家まで送ってきていた。
「えへへ。いっぱい、お取り寄せ頼んじゃった。取りに行く時、また一緒に行ってね、先輩」
「ああ」
りせは楽しそうな笑顔で話しており、「声をかけてくる人がいなかったし、もしかしたらもう忘れられてたりして」と冗談っぽい笑顔で口にしていた。
「そうだ、お豆腐持って帰る? 今日のは私が仕込み手伝ったんだから。待ってて」
そう言ってりせは家の方に走っていく。
「あの……真さん、ですよね?」
と、その背後から声をかけられ、真は驚いたように振り向く。
「……確か、りせの元マネージャーの……」
「はい。井上実です。えーと……先日は、どうも……」
声をかけてきたのはりせの元マネージャーである井上実。彼はぺこりと頭を下げた後、真に一通の手紙を差し出してきた。
「突然で申し訳ないとは思うのですが、これを……彼女に渡してもらえないでしょうか?」
「これは?」
「ファンレターが、その、まだ来てまして……」
「……どうしてわざわざ?」
とりあえずファンレターは受け取りつつ、何故わざわざりせに個人的なファンレターを持ってきて、しかし直接渡そうとはしないのかと尋ねる。
「僕からでは、受け取ってもらえないと思うので……それに彼女、その子からのファンレターは、いつも楽しみにしていたから……」
実はファンレターを持ってきた理由とそれを真に託した理由をそう説明し、話し始める。今の時代、タレント業は売れたら売れたで辛い仕事であること。パズルのように分刻みで予定がハマっていき、毎日、気の毒なほど限界まで搾り取られること。
「でも僕は、それでも彼女に戻って来て欲しいんです……彼女の輝きは本物だ……それに、辛さをバネにできる強さも持ってる」
実はどこか確信めいた目を見せながら話し、真を見る。
「見たところ……彼女は、あなたに頼っているようだ。ですから、あなたの方から――」
「先輩、ごめーん。今日のはもう……って」
実の言葉を遮るようにりせがたたたっと駆け寄りながら真に声をかけ、真が実と話をしているのに気づくと驚いたような表情を見せた後、実を睨む。
「井上さん!? しつこいよ!……てゆーか、先輩に何言ったの!?」
「ご、ごめん、もう帰るから……それじゃ……」
睨むりせに対し実は一度頭を下げてその場を去る。が、りせはまだ不機嫌そうな様子を見せていた。
「辞めた後まで付きまとうなんて、ストーカーじゃん! 信頼してたのに……裏切られた!!」
「久慈川、そういう言い方はよくない」
りせの言葉を咎める真。するとりせは驚いたように真を見た。
「なっ……なんで先輩、あの人の肩持つの!? せ、先輩は、りせの味方じゃないの?……」
「俺はお前の味方だ……だが、味方だからと言って全てを肯定するわけじゃない」
「……」
ショックを受けた様子のりせに対し真は静かにりせを諭し、それに対しりせはしゅんとした様子を見せる。
「それで、あの人……何しに来たの?」
「お前の芸能界への復帰を俺の方からも話してみてくれと頼まれたが……一番の用事はこれのようだ」
そう言い、真は実から託されたファンレターをりせへと渡し、りせはファンレターの差出人を見ると驚いたように目を見開いた。
「これ……この子、まだ手紙くれてたんだ……そっか……でも、わざわざ、これを?……」
「そうらしい……ところで、そのファンレターは何か特別なものなのか? いつも楽しみにしていたそうだと聞かされたんだが……」
「……この子ね、中学生の女の子なんだけどいっつも手紙、くれるの」
真の質問にりせはそう答え、話し始める。きっかけは仕事でイジメ撲滅のキャンペーンに出たこと。それを見てすごく勇気が出て、イジメに負けず友達が出来るように頑張るとファンレターをくれたらしい。それ以来、“今日はこんな事が出来た”、“こんな風に話せた”という手紙くれること、“りせちーが頑張ってるから、励まされる”、“まだ頑張れるって思える”とファンレターには書かれていること。
「……はは、なんか単純だなって思うでしょ? でもね、この子からの手紙を読む度に、“りせちー”にも、意味があるって思えた……だから、辛いときはいつも読み返してたな…」
ファンレターに目を落としながらそう呟くりせ。だが少しの間をおいて彼女は真を見るように顔を上げた。
「先輩……まだ時間、いいかな?……」
その言葉に真は無言で頷き、二人は近くで人気のない辰姫神社へとやってくる。そこの石段に座り、りせはファンレターを読むと考え込む様子を見せる。
「……やっぱ、心配してくれてるみたい。表向きは、体調不良で休養って事になってるから……」
まず、ファンレターの相手は体調不良による休養という事から自分を心配をしてくれている事を真に伝える。次に休業の直前に映画出演の話があり、それをすごく楽しみにしてくれていたこと、“元気になって、早く戻ってきてね”と書かれていたこと。
「先輩に付き合ってもらってよかった。一人で読むの、なんだか怖かったから……」
そう言い、りせは「自分は“りせちー”は捨てた、この子の期待には応えられない」と自嘲する。
「……後悔してるか?」
「後悔はしてない……と思う。だって私、休業して、ホッとしてるもん。本当の私に戻れて良かったって……はは……」
そう言いつつもりせは寂しげに笑っていた。
「とにかく、もう“りせちー”は居ない。たぶん、この子だけじゃない、もっと大勢の人をガッカリさせてる……社長からも、そう何度も言われたから、とっくに分かってたけど……私の選んだ道はそういうことだって、分かってたけどね……」
りせは言い終えてから無言になるが、やがて顔を上げると「あー」と声を出す。
「私、このままお豆腐屋さん継ごうかな!……今でも看板娘だし、けっこう繁盛しちゃうと思うよ!」
言いながらりせは首を傾けて真を見上げるようにしながら、どこか妖艶な目つきと笑みを見せる。
「……ねえ、先輩。この前の話……ホントに……しちゃおっか? 高校出たら結婚して……私と一緒にこの町でお豆腐屋さん、やるの……なんか、楽しそうでしょ? ど、どうかな? なんて……」
「りせが本気なら」
りせの言葉に真がさらっと返すと、りせはジト目になって頬を膨らませる。
「本気ならって……けっこう本気なんだけどな……なんか冷静なんだから、先輩」
しかしそこまで呟いた後彼女は笑った。
「けど、そういうとこ……ちょっと好き」
「そりゃどうも」
りせの恥ずかしそうに笑いながらの言葉に真も冗談っぽく笑いながら返し、その様子を見たりせは再びジト目になる。と、彼女は立ち上がって数歩歩き彼に背中を見せる。
「……ありがと、先輩。今日はずっと一緒にいてくれて……ちょっとだけ、元気出てきた……うん、大丈夫。私には、やれることがあるし……私にしかできないことが、まだまだ、ありそうだから……」
りせが静かにやる気を燃やす様子を真は感じ、立ち上がる。それと同時にりせもくるっと振り返った。その顔には無邪気な笑顔が浮かんでいる。
「いっぱい付き合わせちゃって、ごめんね。そろそろ、解放してあげる」
その言葉を受けた真はゆっくりと石段から立ち上がるとりせの方に歩き、その頭にぽんと手を置く。
「送るよ」
「……うん」
真とりせは一緒に辰姫神社を後にし、真はりせを家まで送ってから帰路についた。
それからまた少し時間が過ぎて9月28日の放課後、真は商店街にやってきていた。少し早い夕食に愛家で食事でも取ろうかと考えながら彼は歩みを進める。
「あ、来た!」
と、そんな声が聞こえる。そう思うといきなりがしっと腕を掴まれた。
「……どうした、マリー?」
「ね、どっか行こ。記憶、協力してくれるんでしょ?」
「いや、俺今日はちょっと……」
強引に言ってくるマリーにやや引きつつ断ろうとする真。
「ぶー、ばかきらいさいてーきらい」
だがそう言うと頬を膨らませながら悪態をつく。しかも腕を離す様子も見せない。
「……分かったよ」
結局真も根負け、マリーに付き合う事を決めたのだった。
「うん、行こ!」
「お、おいマリー。まずは落ち着け……」
それを聞いたマリーは嬉しそうに微笑んでぐいぐいと真を引っ張り、真はマリーに呼びかけつつ、とりあえず落ち着ける場所で話を聞こうと考えるのであった。
それから真は落ち着ける場所として鮫川の河原を思いつき、やや落ち着くと共にしきりに考え込み始めたマリーを連れてここへとやってきた。
「これの事……全然分かんない。どうすればいいの?」
そう言ってマリーが見せてくるのは彼女の記憶の唯一の手掛かりである櫛。巽屋の女主人である完二の母親からは特別な品だと判断されたものだ。
「たしか、かなり古いと言っていたな?」
「うん、言ってた。それに初めて見る形だって……なんだっけ? はくぶつかんと、びじゅつかん? そこにある櫛?……意味わかんない。何に使うの、それ?」
「芸術品だ」
「げーじゅち……」
真の確認にマリーは肯定を返した後、以前完二の母親に聞かされたことを反芻、意味が分かんないと返すと真は説明。説明を受けたマリーが復唱しようとするが、舌を噛む。
「……噛んだ。それ、絵とか石のヤツ?」
マリーは芸術品を絵とか石と大雑把にぶった切り、しかし「意味ないトコとか、似てるし」と変なところに共通点を見出して一人感心する。
「そういうの分かる人いる?」
「芸術品か、ちょっと待て…………完二の母親、は分からないと言っていたし、陽介、天城、里中……どこも芸術品とはあまり関係がないな……芸術品……アート?」
真は心当たりを考えつつ、一つ思い当たる。
「だいだら.」
「なにそれ?」
「あぁ、いや。知り合いで……アーティスト、つまり芸術家を自称しているんだ。もしかしたら何か分かるかもしれない」
「いるんだ。ふーん、変な人ばっかり。とりあえず行こ。何か分かるかもしれないし」
真に心当たりがあると聞いたマリーはマイペースにそこに行こうと決めて歩き出し、真も慌ててその後を追った。
そして商店街のだいだら.店内に入った二人だが、マリーは刀や斧や鎧などを見てやや引いた様子を見せる。
「これ売るの? 普通、買う?」
「テレビの中での護身用にな」
マリーのある種当然の言葉に真は苦笑しつつ答える。
「ユキチャン、ちっと待つクマ~。荷物が重くて、ク、クマは……へぶし!」
と、店の外からそんな聞き覚えのある声が聞こえてきた。そう思うとだいだら.に新たな客が来店する。
「あ、やっぱり。 こんにちは、椎宮くんにマリーちゃん」
「天城、偶然だな」
「あれえ~!? センセイにマリチャン! クマ、これは思わぬ所で、大スクープに遭遇しちゃったヨカン……」
「どんなスクープか知らないが、勘違いだぞ」
来客――雪子に挨拶した直後、人間状態のクマが笑いながら真を見る。それに真も呆れ気味にツッコミを返し、クマもにょほほと笑う。
「んもー、センセイったら、分かってるクマよ……クマは知ってる、センセイはぬけがけする様な、ふしだらな漢じゃないって」
「何がどう抜け駆けなのか教えてもらおうか?」
クマの言葉に真はやや目を据わらせながら尋ね返し、クマは「目が本気よ……何だか雲行きが怪しいクマ?」と引いた様子を見せる。
「まあ、それは置いておこう。二人はどうしたんだ?」
「私は旅館の買い出しの帰りなの。丁度そこでクマさんに会ったから、荷物、全部持って貰っちゃって」
「お店の外に荷物いっぱいクマよ。クマはもう、運べましぇん……」
さらっと人使いの荒い雪子とげんなりしているクマに真は苦笑を見せる。
「椎宮くんとマリーちゃんは何してるの? あ……お買い物とか?」
「ちょっと調べ物を」
「そうなんだ……えっと……ここで?」
次に尋ねてきた雪子の質問に真が答えると、雪子は最初こそ納得の様子を見せるが普通の人は全く用事がないだろうこの店で調べものをしている事に目を丸くする。と、マリーは鞄から例の櫛を差し出した。
「ね、これ……分かる?」
「ほほー、これは」
「珍しい櫛だね……これがどうかしたの?」
マリーが見せてきた櫛を興味深く覗き込むクマと雪子、その後雪子は不思議そうに真とマリーに尋ねる。
「これについて詳しく知りたいんだ……何か分かる事はないか?」
「え、そうなんだ。私は……ごめんなさい、何も分からないな」
「クマもさっぱりです。見た事もないクマねー……でも、凄くキレイクマよ? ツヤツヤしてるクマ!」
真の言葉に雪子は申し訳なさそうに、クマも分からないと言いつつ、キレイでツヤツヤしていると櫛を評する。と、雪子がそこで合点がいったように頷いた。
「あ、それでこのお店? 確かに骨董品とか、詳しそうだよね」
「やっぱりそうなんだ……訊いてみたら、何か分かる?」
「どうかな……とりあえず、おじさんに訊いてみようよ」
マリーの言葉に雪子が首を傾げると、クマはいよお~しと気合を入れ、「いざ突撃クマ。クマも懸命に聞き込むクマよ!」と言ってだいだら.のオヤジの方に歩いていく。
「ヘイ、スミマセ~ン? 訊きたい事があるクマよ!」
「あ? 訊きたい事だあ?……アートの話以外はお断りだぜ」
どこかエセ外国人口調で気合満々に尋ねるクマだが、圧倒的な威圧感を誇るだいだら.のオヤジの返答を受けるとすぐさま怯えたようにマリーの後ろに隠れ、マリーが櫛をだいだら.のオヤジに見せる。
「あの……これ、わかる?」
「櫛だぁ? ウチは櫛なんざ……」
マリーの見せてきた櫛にだいだら.のオヤジは最初こそ興味なさげに答えるが、何かに気づくと興味を持ったように「ムッ!?」と唸り声を出す。
「こいつぁすげぇな、いい仕事してやがる。おまけに年季も半端じゃねえが……そのくせ傷みが少ねぇ……少なすぎる」
アーティストを自称しているのは伊達ではないのか、専門外らしい櫛に関しても正確な目利きを見せる。
「一体、コイツを何処で見つけた?」
「え、えと……」
「あの……何か分かりませんか? どんな事でもいいんです」
失ってしまった記憶の手がかりをどこで見つけたと聞かれ、どもってしまうマリーに助け舟を出すように雪子が尋ねる。と、だいだら.のオヤジは再び櫛に目を落として「ふむ」と唸る。
「……分からん。形は櫛だが……装飾品か、はたまた祭に使うモンか。いつ頃のモンだかすら、見当も付かねえ」
「……そう」
だいだら.のオヤジの言葉にマリーは残念そうに呟いて櫛を鞄に戻そうとする。が、そこでだいだら.のオヤジは「まあ待て」と止めた。
「だが素材の事くらいは分かるぜ」
そう言い、もう一度マリーの櫛をじっくりと観察する。
「こりゃ……そうだな、普通の竹じゃねえ……中国地方に生えてるって言う、珍種の竹に似てる気はするが……」
「違うの?」
「違うな、とにかく普通じゃねえ。この世の物とは思えん美しさだぜ……」
「この世の物じゃないクマ? だったらどこの世の物ね」
だいだら.のオヤジの鑑定にクマがまぜっかえすような――と言っても本人は真面目なのだろうが――言葉を発する。
「何それ、意味わかんな……ッ!」
「マリー!」
だいだら.のオヤジの鑑定とクマの発言を聞いたマリーが苛立ったように声を発しようとした時、突然彼女は頭を押さえる。
「大丈夫か?」
「……だいじょばない。頭、痛いよ……」
彼女を支えるようにしながら大丈夫かと尋ねる真にマリーは頭痛を訴え、その様子を見ただいだら.のオヤジが「どっかに薬箱があったような」と言いながら店の奥に駆け込み、雪子も「ご近所に薬を貰う方が早いかもしれない」と言って店を飛び出し、クマもその後を追う。
「う……何これ……何なの……」
頭痛を堪えつつ、マリーは「意味わかんない。イライラする」と苛立った表情で声を漏らす。
「何か浮かぶくせに……すぐ消えちゃう! あとちょっとなのに!……」
「落ち着け」
「分かってるっ! 分かってるけど……悔しい…こんなの。また何も思い出せない!……」
マリーは必死に記憶を取り戻そうとしており、真にその切実な気持ちが伝わってくる。
「おい嬢ちゃん、大丈夫か!? 薬持って来たぞ!」
「マリーちゃん、大丈夫? お薬、りせちゃんとこのお婆ちゃんから分けてもらってきた!」
「マリちゃん大丈夫クマー!?」
「マ、マリーちゃん! 突然頭痛を起こしたって、どうしたの!?」
直後、ほとんど同時にだいだら.のオヤジ、雪子、クマ、さらには雪子が薬を貰ってきた時に話を聞いたのかりせが薬を手に戻ってくる。が、マリーはそれを無視するように店の入り口に向けて歩き出した。
「……帰る。まだちょっと頭痛いから」
マリーはそうとだけ言うと「頭痛いなら休んでいけ」というだいだら.のオヤジの言葉や「無理しないで」という雪子達の心配の声に耳も貸さずに店を出て行く。
「……ご心配をおかけしました。俺がついて行きますので」
真はだいだら.のオヤジや雪子達に謝罪とお礼を言った後マリーを追って店を出て行き、彼女をベルベットルームまで送っていくのであった。
それからまた時間が過ぎて十月五日の夜。ここ数日雨が続いており家で見た天気予報では今夜は霧が出るという予報を聞く。そして夜中、真は外で霧が出ているのを確認してからカーテンを締めテレビの前に立つ。そして少し待つと電源の点いていないテレビが映り始めた。マヨナカテレビだ。しかしそれは砂嵐を映すのみで他には何も映らなかった。
(……よかった)
真は安堵の息を吐いてマヨナカテレビが消えていくまで何も映らないことを確認し、それから安堵と同時に疲れが出てきたのかふわぁと欠伸をすると寝巻きに着替えて布団に入り眠りについた。
翌日、十月六日。真は登校途中に出会った陽介、千枝と共に校門にやってきていた。するとそこに直斗が立っているのを見つける。
「白鐘、体はもういいのか?」
「はい、おかげさまで」
真の問いかけに直斗は相変わらずクールながらどこか柔らかい声で返し、「改めて、この間はありがとうございました」と頭を下げお礼を言う。
「いいって。つかお前、その制服……」
「え……ああ」
陽介はお礼に対し深く考えるなと返した後、相変わらず女子なのに男子制服を使っている事をツッコみ、直斗はやや照れた様子で「少し迷いましたが、今まで通りにしました」と返す。
「皆さんも別に……」
「あ、“探偵王子”だ」
皆さんも別に気にせず今まで通りに接してください。とでも言おうとしたのだろうか、しかしそれを遮る噂好きな男子生徒の声が聞こえる。
「王子じゃねーよ、アイツ、女なんだってよ!」
「え、う、ウソぉ!? あいつが女だったら、え、や、やべえって!」
噂好きな男子生徒と一緒に登校していた情報通の男子生徒が直斗は女性であると暴露、それを聞いた噂好きな男子生徒は何故か焦り出し、そこに遅れてやってきたショートカットの女子生徒が真相を知って「ガッカリなような、でもグッとくるような」という感想を漏らすと、茶髪の女子生徒が「そういう目で見ると、逆にイケてない?」と騒ぎながら歩いていく。
「やれやれ……噂は早いですね」
「安心しろ、俺達がついている」
「……あ、ありがとうございます」
噂話の広がりの早さに直斗が辟易した様子を見せると、心配していると受け取ったのか真が言い、直斗は顔を赤らめながらお礼を言った後、「別に辛いという訳ではないのでそんなに気にしないでください」と答える。
「今まで通りでいいですよ」
そしてさっき言いそびれたことをもう一度言い直した後、彼女は冷静な探偵の目を見せる。
「それより、一度皆さんと集まって事件の事をお話しないと」
直斗は今回の事件をこの町に潜む“誰か”によって行われている“誘拐殺人事件”と判断、「まだ、終わっていない」と真剣な目で断言する。
「同意見だ」
「詳しい話は、放課後にしましょう」
直斗の意見に真も同意、直斗もそれを聞いて放課後に詳しい話をしようと提案。真はもちろん陽介と千枝もこくりと頷いた。
《後書き》
今回は以前言っていた通り、完二とりせのコミュニティ。なお完二のコミュが他に比べて低いですけど……彼の場合少なくともこっから書かなきゃストーリーが書き辛いんですよね……むしろスタートを書くのが遅すぎたというか……。
で、完二とりせのコミュで日常編を書き、おまけにマリーのコミュも進めておいてようやく直斗編終了というか次回推理パートが挟まって話が進んでいきます。
さてここをどういう感じで書いていくか……まあそこはまた後で考えよう。
今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。