ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第三十九話 SummerVacation(後編)

学生にとって最大の休暇イベント、夏休み。その真っ只中の8月20日。もう日も暮れた頃、ぼんやりと幻想的な光を放つ提灯が辺り狭しと飾られ、わいわいがやがやと騒がしい人達の多い神社に真達はやってくる。今日は町の夏祭りだ。

 

「祭りって、去年はもっと賑わってた気がすんだけど……事件のせいか?」

 

陽介がぼそりと呟くと完二もそれに同意、「あんだけ殺しで騒がれりゃ、仕方ねえか」とぼやく。さらに既に引き上げているマスコミに対し好き放題かき回して逃げ足だけは速いと悪態をついた。

 

「まあ、空いてていいじゃない。それよりせっかくの出店だし、色々食べようか」

 

「おお、食べるクマよ!」

 

命がフォローをし、クマもわーいわーいと両手を上げて賛成する。それから彼らは出店でかき氷や焼き鳥や焼きそばやたこ焼きなど色々買いながら時間を潰していくが、その道中で陽介が神社の出入り口をちらりと見る。

 

「あいつら、おっせーなー……わざわざ天城んちで集合って、何してんだ?」

 

「待ってりゃその内……」

 

「わ、あれ、そうじゃない?」

 

陽介の呟きに完二がそう言おうとすると、クマが完二の言葉を遮って突然神社の入り口方向を指差す。

 

「ごっめん、遅くなっちった」

 

「みんなのお着付けに手間取っちゃって」

 

千枝が声をかける。自称特別捜査隊メンバー女性陣(&菜々子)は全員浴衣姿で、その姿に陽介とクマは見惚れ、完二は恥ずかしそうに顔を逸らしていた。

 

「歩きにくい……」

 

「似合ってるよ」

 

菜々子が呟き、しかし真がそう言うと彼女は嬉しそうにえへへと笑う。

 

「ナナチャン、可愛いーよ! クマさ、ナナチャンにゾッコンラブ!」

 

「えへへ、ありがとう」

 

クマも菜々子の浴衣姿を褒め、菜々子はまた嬉しそうに笑う。

 

「ね、先輩、私達の浴衣どう? グッときた?」

 

「ああ。似合ってる、久慈川」

 

「お、意外にさらっと言われちゃった。もしかして……言い慣れてる?」

 

りせの言葉に真はそう返し、りせはそう言いつつも嬉しいと笑う。

 

「天城さんも似合ってると思うな」

 

「そ、そんな……」

 

次に命が雪子を褒めると、雪子は顔を赤らめながら「見慣れてるだけですよ」と返す。

 

「んー。まあ、里中も意外に色っぽいんじゃね?」

 

「い、意外って言うな!」

 

最後に陽介がからかうように笑いながら言うのに千枝が顔を真っ赤にしながら強く言い返し、照れながら「なんか、恥ずかしいな」と呟く。

 

「ねー、カンジ。なんでそっぽ向いてるクマ?」

 

と、クマが完二がずっと浴衣姿の女性陣から目を逸らしているのに気づいて呼びかけ、完二は「うっせえ!」と返すが頑なにそっぽを向いている。

 

「まさか……恥ずかしくて見れねーとかか? 小学生かよ……」

 

「そ、そんなんじゃねッスよ!!」

 

陽介の言葉に完二は叫ぶが、やはりそっぽを向いたまま。りせが「完二、かわいー」と笑う。それから女性陣も追加し、彼らはまた出店を見て回る中で色々買い食いしていき、真が菜々子にわたあめを買い渡す。

 

「よう……面倒見てもらってすまんな」

 

「叔父さん」

 

と、遼太郎が合流。真が声をかけると菜々子も「お父さん!」と嬉しそうに笑う。

 

「わたあめ、買ってもらった!」

 

楽しそうにはしゃいでそう報告する菜々子に遼太郎はよかったな、と笑う。

 

「よーし、なら次は俺と射的でもやるか?」

 

「うん! するー!」

 

遼太郎と菜々子は楽しそうに会話し、遼太郎が真達に「こっからは菜々子は引き受けよう」と申し出る。

 

「町が賑わうなんて年に何度もないからな。お前らも、楽しめよ」

 

そう言うと遼太郎は菜々子の手を取り、菜々子は遼太郎と握ってない方の手で真達にばいばいと手を振り、父娘は歩いていった。

 

「うーむ、夏の祭りかぁ……ふーむ、ふむむぅ……」

 

クマが何か考え始め、真達はどうかしたのかと全員クマの方を向く。

 

「夏祭りの夜、寄り添って歩く二人……慣れない浴衣が着崩れて……夏」

 

なんか訳の分からない事を言い出した。千枝が「いきなりなんのコピーだよ」とツッコミを入れる。

 

「これはもう、いち、いち、で歩く! クマー!」

 

さらにそんな事を言い出し、雪子が「いち、いち?」と尋ねる。

 

「クマ思った。夏で、浴衣で、お祭りでしょ? 異性同士がダンゴ状態でぞろぞろ歩くなんて、もはや不健康だと思うのね、人として。ここはカップルになって歩くのが大自然の摂理だね!」

 

クマの言葉に真達は呆れた様子を見せ、完二は「急に何言い出してんだテメー!」とどもりながら怒鳴る。

 

「はーい、クマに賛成!!」

 

と、りせが賛成の意思を見せた。

 

「え!? り、りせちゃん!?」

 

「もう、先輩達……浴衣は何のため? 思い出つくるためでしょ?」

 

千枝が驚いたように声を上げるとりせはすぐさま説得開始、雪子が「なるほど……」と納得し始めると千枝が「おい!」とツッコミを入れる。

 

「じゃ、早速“いち、いち”に組み分けしよ」

 

しかしその間に話が進んでいく。もう終わらせられる雰囲気ではなくなり、千枝は「どんどんスゴい」とりせの押しの強さを評価する。

 

「でも、そっか……思い出か……」

 

雰囲気に呑まれて納得し始める千枝に雪子も「私はいいかな。あ、このいいは“参加”」と賛成の意思を見せる。

 

「じゃ、じゃさ、そっちで適当に組み合わせ考えてよ」

 

そして千枝が男性陣に丸投げした。陽介も「マジ? 俺ら決め?」と呟くと男性陣は女性陣に会話内容が聞こえないよう適当に距離を取りながら円陣を組む。

 

「つっても、男4、女3だろ?」

 

「え? 男4? え、一人抜けてない?」

 

「は? 俺、真、完二、命さんで四人だろ?」

 

ナチュラルにクマがハブられていた。

 

「お、俺も参加した方がいんスかね?」

 

「そうだな、完二はまともに相手も見れねえのか……なら俺、真、命さんで……」

 

「み、見れる、見れるッスよ! んな事くらい、バッチリ耐えてみせッスよ!」

 

完二は強制参加なのか確認を取ろうとするが、陽介がそう言うと、女を見られないと見られるのは悔しいのかすぐさま前言を撤回する。

 

「あ、僕はいいや。皆で勝手にやってて。浮気はダメだしね」

 

「え? 命さん?……浮気?」

 

命はカップル成立イベントを拒否、近くの型抜きの屋台に行くと型抜きを開始。陽介はそれにぽかーんとした表情を見せていた。

 

「ならクマは、お相手決めたゼヨ」

 

と、なんかクマが話に入ってきた。

 

「ちょっ、話進めんなコラ!」

 

「えっとねー、クマの相手はチエチャンとユキチャンとリセチャン」

 

完二が怒鳴るが、クマは構うことなくなんと三人相手を宣言。陽介が「お前が“イチイチ”って言ったんだろが!」とツッコミを入れる。

 

「クマ公、俺ぁ真剣なんだよ……余計なチャチャ入れやがると……」

 

「そう、カンジ! これは真剣勝負! そしてカンジは真の漢クマ!」

 

完二もクマに凄むが、クマはそれに負けない勢いで完二に真剣な表情で語りかける。

 

「真の漢だったら、こんな盛り場で女子とチャラチャラしてる場合じゃないクマ! カンジは今、真の漢を貫けるか試されてるって、そういうことクマー!」

 

「そ、そうか……そうだよな! ありがとよ、クマ! いい事言うじゃねえか」

 

クマの全力で自分を棚上げした説得に完二は見事に乗せられていた。それに真と陽介が「おいおい」とツッコミを入れる。

 

「決定ー! クマが皆と行くよー!」

 

その隙にクマが女性陣にそう呼びかける。それに千枝が「どゆこと?」と聞き返した。

 

「って、おいクマ!? まだ話は終わって――」

「あのね、男の数のが多くて、仲間外れになる子が出ちゃうから……クマはそんなのツライし」

「――ちょ、おまっ!?」

 

陽介の言葉に耳を貸さず、クマはキラキラオーラを振り撒いて女性陣を誤魔化す。

 

「はは、そうきたかー」

「優しいね、クマさん」

「えー、せっかく選択権譲ったのにコレ? もう……ちょっとがっかり」

 

千枝が苦笑、雪子がクマの言い分を信じ、りせががっかりした様子を見せる。そしてりせが「まいっか……じゃ、行きましょ」と言って四人は歩いていく。

 

「……負けじゃね? 俺ら、負けじゃね?」

 

陽介がぼやく。

 

「ちょっと、クマ!? なんで他の子のブロマイド選んでんの!? 私のあったでしょ!!」

「こ、このクマキチ! あたしのネギマ、勝手に食べないでよ!」

「あー! クマさんが浴衣にケチャップつけたー!」

 

続けてクマハーレム状態に髪をかきむしりながら「うおー!! なんなんだこの展開!!」と叫び声を上げる。

 

「そっとしておこう」

 

そして真がそう締めた。

 

 

 

「大先輩! 真の漢の座を賭けて、俺と型抜きで勝負ッス!!」

 

「受けてたつよ」

 

なお、近くの型抜き屋では完二と命による型抜き勝負が開始されていた。

 

 

 

 

 

そしてその翌日。真は今日も神社では夏祭りが行われているらしい、と未だ騒がしさのある神社の方を家の窓から外を覗き込みながら考える。と、いきなり彼の携帯に着信が入り、真は窓から顔をひっこめると電話に出る。

 

「もしもし」

 

[失礼いたします、マーガレットにございます]

 

「マーガレット……この前マリーをジュネスに置き去りにしたのはどういう了見だ?」

 

[あなた様がいらっしゃるならば問題ないかと存じました……ですが、今回はその件でお電話申し上げたのではございません]

 

真は先日多忙極めているジュネスにマリーを置き去りにした事を咎めるがマーガレットはそれをすいっと受け流す。

 

[あなた様が絆を育んでいる者、その一人が言っていた夏祭りにマリーを連れて行って欲しいのです]

 

「別に構わないが……」

 

[それはよかった。昨日から夏祭りとは何か、とうるさくてうるさくて――]

[――ちょ、ちょっと! 余計な事言わないで!!]

 

マーガレットのどこかからかうような調子での言葉の直後、電話の向こうからマリーの声が聞こえてくる。そして少しばたばたという音が聞こえてきた。

 

[も、もしもし!? ち、違うからね! 別に夏祭りって何か気になってるとか、行ってみたいとかじゃないんだから!!]

 

「ああ、分かってる。じゃあ夕方に迎えに行くから待っててくれ」

 

[……うん]

 

真はマリーと約束を取り付け、電話を切る。そして夕方まで何をしてようかなと考え始めた。

 

そして夕方、ベルベットルームの前までマリーを迎えに行き、二人は神社にやってきていた。昨日に引き続き屋台が出ている。

 

「……ピカピカしてる。それに、色んな匂い……」

 

マリーが提灯と様々な屋台が出揃っている中で混ざり合う匂いをそう評価する。

 

「まあ、これが祭りの醍醐味かな?……とりあえずまずお参りでもするか」

 

「おまいり?」

 

真とマリーはそう言い合い、境内に向かう。

 

「何をお願いするの?」

 

「そうだな……マリーともっと仲良くなりますように、か?」

 

マリーの質問に対し、真は微笑を浮かべながらそう言う。それにマリーは驚いたようにのけ反る。

 

「さ、さいあくさいてーおんなったらし!」

 

その直後顔を真っ赤にしながら噛みつくように真に毒舌を叩き込んだ。それから真がマリーの分も小銭を放り投げて二人はお参り、マリーが首を傾げる。

 

「なんだろ、なんか妙な感じ……」

 

そしてそう呟き、真に「もういいの?」と尋ねてきたので真も頷き、二人は出店に向かう。

 

「らっしゃ~い! うちのは世界一うまいリンゴ飴だよ!」

 

「りんごあめ?……」

 

一番近くにあったリンゴ飴の出店の人が客引きをすると、マリーが足を止めて首を傾げる。

 

「お、美人さんだねぇ。福引券、サービスしとくよ!」

 

「ふくびき? なにそれ?」

 

「今ね、色んな屋台で買い物するとそこの鳥居んとこでクジ引けるんだよ。豪華賞品からイマイチなものまで取り揃えてるよ~!」

 

出店の人の説明にマリーは「ふーん」と返して真の方を見る。

 

「やる?」

 

「……ま、せっかくだしな。じゃあリンゴ飴二つ下さい、俺とコイツの分」

 

「毎度! 彼氏さん、太っ腹だね!」

 

「かれし? じゃないし」

 

真はリンゴ飴を二つ注文、出店の人がマリーに向けてそう言うとマリーはいつものようにそう淡々と返す。

 

「おこのみやき?……」

 

「買ってやるよ。すいません、お好み焼き二枚お願いします」

 

次にお好み焼きを買う。

 

「きんぎょすくい?……」

 

「止めといた方がいい。あそこには金魚鉢ないだろ?」

 

「きんぎょばち……鼻に言っとく。置けって」

 

金魚に興味を持ったようだが飼う場所がないので諦めるよう諭しておく。

そして適当に出店を回り買い物をしてから、二人はくじ引きが行われている鳥居に向かった。

 

「はいはい……えーと、クジ二回だね。んじゃ、紙持ってくるから引いてくれな」

 

係の人に福引券を渡し、係の人は確認をするとクジを入れた箱を持ってくる。そして「目を瞑って引いてくれな」とマリーに促し、マリーは目を瞑って箱の中に手を突っ込むと、クジを二枚掴み出して係の人に渡す。

 

「お、六等だね」

 

「ろくとー……何?」

 

「本だね、はい」

 

マリーは係の人に本を渡され、ぱらぱらっと見ると顔をしかめる。

 

「もじ、おおすぎ……あげる」

 

すぐさま真に押し付けた。

 

「疲れた。そろそろ帰ろう」

 

そしてマリーは帰ろうとせがみ、真はマリーをベルベットルームまで送ってから帰路についた。

 

 

 

 

 

そして日は8月23日。よく晴れており、絶好の行楽日和だ。

 

「せんぱ~い、本当に海ってこっち~? もう結構走ってるよ~」

 

若干うんざりした様子のりせが先頭を走る陽介に向けて呼びかける。現在彼らが走っているのは道路は道路だがなんか林に囲まれている。今日は前々から話していた海水浴に出かけていた。

 

「だーいじょーぶ」

 

と、千枝が減速してりせの横につきながらそう言い、すぅっと鼻で息を吸う。

 

「海の匂い、するでしょ?」

 

「匂い~?」

 

千枝の言葉にりせがそう疲れたような間延びした様子で返す。と、陽介が「安心しろ」とりせに言った。

 

「里中は、その辺の獣より獣だ」

 

「ほぉ~?」

 

陽介の発言を聞いた千枝の声が低くなり、千枝と陽介は「あんたねぇ!」、「褒めたんだっつの!」という言い合いを開始する。

 

「はぁ……」

 

バイクメンバーではしんがりに近い部分を走っている真がため息をつく。

 

「つまんない、とおい、いつになったらつくの?」

 

と、真の隣からそんな声が聞こえてきた。

 

「あはは……マリーちゃん、気持ちは分かるけどあまり動かないで。バランス崩れる」

 

それに対し、真の原付の横にバイクを付けていた命が返す。二人乗りが可能なのは命のバイクのみ。マリーは止むを得ず彼のバイクに二人乗りでやってきていた。そして二人は逃げる陽介と追いかける千枝の結果、少しペースが上がっている先頭集団を追いかけて少しスピードを上げながら、命が「二人とも喋ってないで前見て安全運転!」と呼びかける。

 

「ちょっ……勘弁、してくださいよ……」

 

「ク、クマッ、クマ……」

 

その後ろから年齢制限のせいで原付免許を取得できなかった完二と、そもそも論外であるクマがそれぞれ自転車とローラースケートで疲労困憊の様子で追いかけてきていた。

 

「地図見たんスか地図ー!!!」

 

「ま、待つ、クマ……も、無理……ぐえっ」

 

完二が必死で追いかけながら叫び、クマはバランスを崩してずっこけた。

 

「あっ」

 

そんなこんなで林を抜けた時、千枝が嬉しそうな表情を見せる。

 

「ほら、海ー♪」

 

「おっしゃー!」

 

「うわー……うわわっ!?」

 

「きれー」

 

千枝が嬉しそうに言うと陽介も間違ってなかったと叫び、雪子はキラキラ光る海に見惚れるがその時一瞬バランスを崩し、慌てて立て直す。それを追い抜きながらりせも歓声を上げていた。

 

「……ん?」

 

真が後方確認用のミラーに目を向ける。

 

「うおおおぉぉぉぉ!!!」

「クマママママママ!!!」

 

完二とクマがラストスパートとばかりに追い上げてきた。

 

「海に一番乗り上等だコラァー!!!」

「クマー!!!」

 

ぎゅーんと風を切ってバイク勢を追い抜いていく完二とクマ。

 

「……わ! 海一番乗りされちゃう!」

 

「こら、待てー! 一番は渡さないんだからねー!」

 

「よーし、いっそげー!!」

 

りせが叫んだので我に返った千枝がスピードを上げると陽介達もそれに追随。

 

「青春だな」

 

真も楽しそうにそう呟き、スピードを上げた。

 

 

 

 

 

場所は青い空、白い砂浜、波の音が爽やかに響く浜辺へと変わる。

 

「まだかなまだかなー♪」

 

「ドキドキクマー♪」

 

陽介とクマ(人間態)は楽しみそうににやけながら身体を揺らす。

 

「……何がだ?」

 

それに対し真が呟く。と、陽介は「はぁー!?」と叫んだ。

 

「お前、何言ってんだよ!? ほら、海だぞ? 水着だぞ? 生“りせちー”だぞ!?」

 

テンション高く陽介はそう言い、恍惚とした表情で「いーのか俺……ここで人生の運を使い果たすんじゃねーか」と呟く。

 

「せんぱーい♪」

 

「うおっ!」

 

そんな軽やかな呼び声に陽介が反応、真も一瞬遅れて声の方を見る。片手を上げて振りながら、フリフリが目立つ水着のりせが駆け寄り、その後ろからなんだかんだで気に入ったのか林間学校の時に陽介に押し付けられた水着を着ている千枝と雪子が追いつく。

 

「先輩達、待っててくれたんだ。嬉しい♪」

 

「どうしているの?」

「先に海入ってりゃいいじゃん!」

 

嬉しそうにしているりせに対し恥ずかしそうに顔を赤らめて露出している肌を腕で隠す雪子と千枝。その恥じらう格好もまたいいと陽介達がガッツポーズを取るが、その後ろにクマは目をやる。

 

「なにこの服?……布すくなすぎ」

 

胸を隠す部分を紐で繋ぐようにデザインされ、下の方も側面が紐で結ばれているデザインのセパレートタイプの黒い水着を着たマリーはそう呟きながら水着をいじっていた。

 

「YES!!!」

 

その姿に陽介はガッツポーズを取り、「俺の水着チョイスに間違いはなかったー!!!」と歓声を上げる。

 

「なあ真! やっべーだろこれは!!」

 

さらに真にも同意を求める。

 

「……皆、似合ってると思う」

 

それに真は笑みを浮かべながらさらっと褒め、それにマリーを除く女性陣は顔を赤らめる。

 

「……あ、あれ? そういえば完二と命さんは?」

 

りせが話を逸らそうと今ここにいない完二と命がいないと振る。

 

「せんぱぁーい!」

 

と、噂をすれば完二の呼び声が聞こえ、雪子が「あ、来た」と反応し皆も声の方を向く。

 

『げぇー!!!』

 

直後絶叫が響く。完二の水着は黒色のブーメランパンツだった。

 

「おまっ、なんだそれっ!?」

 

「あん? 黒シブいじゃないッスか?」

 

「色じゃねーよエグすぎんだよ! 明らかに“ソッチ”を連想させんだよー!!」

 

「んな事言ってんの、アンタだけじゃないすか!」

 

陽介と完二が怒鳴り合う。

 

「っていうか完二、私には鼻血出さないワケ?」

 

次にりせがからかうように言うが、完二は「なんでオマエに鼻血出すんだよ?」と平然と答える。

 

「ハァ!?」

 

その発言を聞いたりせが眉を吊り上げながら機嫌の悪い声を上げ、三つ巴の論争に発展。

 

「水着ってだけで、よくこんな盛り上がれんね……」

 

千枝が呆れたようにぼやいた。

 

「やほー、皆。遅れちゃったね」

 

と、何かやっていたのか命が遅れてやってくる。

 

「お、遅いっすよ命さん……!?」

 

陽介がそっちを向き、絶句。それは真とマリー以外のメンバー全員が同じだった。完二のように水着チョイスで絶句させているわけではなく、事実命の水着は陽介達と似た青色トランクスタイプの一般的な水着。しかし露出している肉体は痩せ型な体型だがガリガリというイメージはなくむしろ贅肉一つなく無駄なく鍛えられた肉体美を披露し、荒事に向かないような体つきに見えてあのシャドウとの戦いを潜り抜けている事を一発で彼らに納得させていた。腰に手を当ててポーズを決めているような格好は水着特集のメインモデルと言われても納得させられるオーラを放っている。

 

「うあ、やば……」

 

りせがさっと鼻を手で隠す。それに気づいた完二が「どうしたんだ?」と尋ねるがりせは「なんでもない!」と睨んで威嚇、完二も「お、おう」と引きながら頷いて返した。

 

「これで全員だよね? さあ、今日は海水浴楽しもうか」

 

「うっひょーい! レッツ・マーメイド!」

 

命の言葉を聞いてクマは浮き輪を装着して一番に海に飛び込み、千枝が「一番乗りしたな!」と言ってその後に続く。さらにその後に「ちゃんと準備運動しないと!」と言いながら雪子が止めようと走っていく。

 

「俺達も行こう」

 

「うん」

 

真もマリーの手を引いて海へと誘う。

 

「ちょっ、抜け駆け禁止ー!」

 

陽介、完二、りせもその後に続き彼らは海に飛び込んでいった。

それから普通に泳ぐのに始まり、ビーチバレーや辺りの岩場の散策など、彼らは海を堪能する。

 

「うあー、腹減ったー。あいつらが上がってきたら飯にしようぜー」

 

「そうだな」

 

浜辺で寝っ転がる陽介の言葉に真も頷く。

 

「きゃっ!?」

「紐ほどけるー!」

「ちょっ、クマ! どこ触ってんだっつの!」

 

「ケチケチクマねー! こう、豪快にポロリと……」

 

女性陣の悲鳴とクマの声。それに声だけでクマが何かやらかしていると把握した陽介は「クマのやつ、何やってんだ……」とぼやく。

 

「うっひょおおお!?」

 

「今度はなんだ!?」

 

次に聞こえてきたのは完二の悲鳴。陽介も流石に起き上がると、完二が「捕まえたぞコラ!」と怒鳴りながらクマを担いで浜辺に上がってきた。クマも「無念」と呟いている。

 

「先輩、聞いてくださいよこのアホグマ!」

 

完二が真達を見つけ、歩き寄っていく。

 

「ちょ、ちょ、ちょおおお!」

 

陽介が慌てた様子でのけ反った。真も目を逸らしている。

 

「先輩、聞いてます?」

 

「待って。タイム。タイムッ!」

 

「完二、下、下……」

 

陽介が慌て、真の助言を受けて完二は下を見る。

 

「うっぎゃー!!!」

「俺がポロってんじゃねーかァ!」

 

クマの悲鳴が響き、完二は自分の胸を腕で隠す。

 

「隠すのそっちかよ! 下、なんとかしろ!」

 

「ギブ、ギブゥゥゥ!」

 

男子一同大パニックに陥っていた。

 

「そろそろ休憩にしない?」

 

「日焼け止め塗り直さなくっちゃ」

 

「水分チャージに肉チャージも重要だよねー」

 

「にくちゃーじ?」

 

女性陣が上がってこようとしているらしい。なお命は遠泳に行っており、しばらく戻って来そうにない。

 

「あいつら上がってくんぞ!」

 

「おいクマ! シンナリしてんじゃねえ!」

 

「もう……ダメ……クマ……」

 

わあわあとパニック絶頂の陽介、完二、クマ。その横に立つリーダー真は手近にあった、この状況を脱出できるアイテムを見つけると後先考えずそれをひっつかむ。

 

「完二、これをっ!!!」

 

そして完二に投げ渡した。

 

 

 

「あんたら何やって……」

 

浜辺に上がってきた千枝が真達に声をかける途中で硬直する。

 

「……」

 

そこに立つのは股間周りと何故か胸元をワカメで隠している完二。

 

(ナルキッソスみたいだな)

 

真が心中で己のペルソナの一体を思い返した。

 

「……どうしろと?」

 

千枝がジト目で尋ねる。

 

「これは……その……ヴィーナスの誕生? なんちゃって……」

 

「た……誕生すッゾコラァ!」

 

陽介と完二も全力で誤魔化しにかかる。

 

「「「へんたーい!!!」」」

 

が、誤魔化しきれず、マリー以外の三人――マリーは意味が分からないというように首を傾げている――は悲鳴を上げてその場を逃げ出した。

 

「これで……よかったんかな……」

 

「とりあえず……かゆいッス……」

 

陽介と完二はうつむいたまま、そう言い合った。

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー」

 

それから昼食タイムになり、陽介と完二――完二の水着は遠泳から戻ってきていた命が漂っていたのを発見、拾って完二に返した――が近くの自販機で飲み物を買って戻ってくると、真と命がそれぞれ作った弁当――命は旅館の厨房を雪子経由で頼んで借り用意した――を並べる。

 

『いっただっきまーす!!!』

 

みんな一斉に箸を伸ばし、千枝やりせは「うっまー!」と歓声を上げるが陽介が「やっぱ二人に頼んで正解だったわー」というと雪子も一緒に三人で陽介を睨む。

 

「マ、マリーちゃんは料理とかするの?」

 

慌てて誤魔化すためにマリーに話を振り、マリーは「しないけど」と答える。

 

「そういえば、まだちゃんと聞いてなかったよね、マリーちゃんの事」

 

と、千枝がそう言い、陽介が「そういやそうだよな。真とはどういう知り合いなんだ?」と尋ね、完二も「お前どこ高だ?」とはどこぞの不良がパンピーに凄むようなセリフでマリーに尋ねた後、見た目で年下と判断したか「どこ中だ?」と訂正する。

 

「どここー? どこちゅー?……」

 

「今はこの辺に住んでるんだっけ?」

 

「っていうか、“マリー”って外国人みたいな名前だよね? 苗字はなんていうの?」

 

「マリーちゃんの事、もっと知りたいクマー」

 

「み、みんな、その――」

 

一気に質問攻めにされ、事情を知っている真がフォローに入ろうとする。

 

「い、いいじゃん! 別にそんなの!!」

 

が、ひと足遅くマリーの叫びが響く。直後、その叫びに自分が気づいて皆を見回すが皆驚いたように固まっている。

 

「……」

 

いたたまれなくなってしまい、マリーはその場を走り去る。

 

「マ、マリーちゃん!?」

 

「ちょっと行ってくる」

 

千枝が慌てたように呼び止めるが、真がすぐに立ち上がり、マリーの後を追う。

 

「……いきなり、聞きすぎちゃったかな?」

 

申し訳なさそうな雪子の言葉に、さっき質問攻めにしてしまったメンバーは面目なさそうにうつむいた。

 

場所は波の当たる岩場。マリーはそこに無言で座っており、真も彼女を見つけるとその隣に座る。

 

「……皆、悪気があるわけじゃない」

 

そしてマリーに話しかける。彼らに悪気があるわけではなくマリーの記憶喪失を知らないだけだ。という真の言葉にマリーは「分かってる」と返す。

 

「でも、記憶がないのって……そんなにダメなこと?」

 

次にそんな言葉をマリーは真に投げかけた。記憶がなくても、こうやって真や皆と色々見て回るのは楽しいし、それは今日だってそう。と、マリーは真に吐露する。

 

「……なんか、ごめん」

 

マリーはぼそりと真に謝る。

 

「真! マリーちゃん!」

 

「!?」

 

聞こえてきたのは陽介の声。しかし来たのは陽介だけではなく、命以外の自称特別捜査隊全員だ。

 

「さっきはごめんね、急に色々聞いちゃって」

 

「えっ?」

 

千枝の申し訳なさそうな謝罪の言葉にマリーが声を漏らす。

 

「こいつらデカシリーねえから」

 

「“デカシリー”って何? それ言うなら“デリカシー”でしょ?」

 

完二の言葉にりせがツッコミを入れるとクマが「カンジのおシリはデカシリー」とからかう。それに完二が「俺のケツ見たことあんのかよ」と怒鳴ると、りせが「そういうのがデリカシーがないって言うのよ!」と完二を叱る。

 

「デリカシーがない……デカシリー……う、ぷぷっ! あは、あはは、あははは!」

 

雪子がツボに入ったらしく笑い出し、他のメンバーもあっけに取られている完二を除いてつられたように笑い出す。

 

「ふふ……」

 

そして最後にマリーも笑い出した。

 

 

 

 

 

時間は過ぎて日は傾き始める。そろそろ帰る時間だ。既に全員服に着替えている。

 

「色々あったけど、楽しかったなー」

 

「まだかゆいッス……」

 

陽介がなんだかんだで楽しかったと言っていると完二が自分の身体を見ながらぼやく。マリーを除く女性陣&クマは砂遊びをしている。駄弁っている陽介と完二の隣で、真はマリーに話しかける。

 

「全員と一緒に遊ぶのは初めてだったよな? 楽しかったか?」

 

「……変な人達。意味わかんない。うるさくて、馬鹿馬鹿しくて……デカシリーとか、下らない……ふふ」

 

自称特別捜査隊メンバーを見回しながらそう言うマリーは言葉とは裏腹にとても楽しそうだ。

 

「あの人達みんな、“本当の自分”と向き合った?」

 

「ああ」

 

本当の自分、すなわち己のシャドウ。それと向き合った事を真はマリーに伝える。と、マリーはそっか、とだけ呟いた。

 

「にしても、楽しい時っつーのは、一瞬で終わるよなー。こんな感じで高校生活も終わってっちゃうのかねえ……」

 

陽介がぼそりと呟く。と、完二が「何寂しい事言ってんスか」と返した。

 

「ああ。事件は終わったし、むしろこれからだ」

 

「そうなんだけどさ」

 

真もそう言うと陽介はそれに同意しつつも寂しそうな様子を見せ、しかしふとにやりと笑う。

 

「けど、バイクで出かけんのは想像以上にイイ感じだな。皆一緒ってのも楽しいし」

 

陽介はそこまで言った後、名案を思いついたように表情を輝かせる。

 

「そうだ! マリーちゃん、今度は30日に花火大会あるらしいんだけどさ、一緒に来ない?」

 

「えっ?……いいの?」

 

陽介の突然の誘いにマリーは驚いたように尋ね返すが、陽介は「もっちろん!」と頷く。それから詳しい事はまた後でみんな集まってから相談をするという事でこの話は一旦終了。命の呼びかけによって全員集合、忘れ物が無い事を確認して暗くなる前に引き上げていった。

 

そして8月30日、夜。花火大会、真達は高台にやってきた。

 

「お! ホントに人少ないな!」

 

一番乗りをした陽介はほとんど人気のない高台を見回し、完二が「河原はごった返してたのに、よくこんな穴場見っけましたね」と雪子に言うと、雪子は「知ってたの」と返す。雪子はよく山側を通るし、お客さんに訊かれる事もあったから自然に覚えてしまったようだ。

 

「菜々子ちゃん、来られるかな? 来る前に場所、電話しておいたけど……」

 

「叔父さんが今夜、どうにかして帰って菜々子と一緒に見に来るそうだから、なんとかなるんじゃないか?」

 

雪子の心配そうな声に真がそう返しておく。

 

「ん~……まっくら、しずか、はなびってなにするの?」

 

「もう少し待ってくれ」

 

真が集合前にベルベットルームで拾って来たマリーの言葉に真は苦笑交じりにそう答えた。

 

「そういえばクマは?」

 

次にりせがいつの間にかいなくなったクマを探し、首を傾げると陽介は呆れたように肩をすくめた。

 

「片っ端から女の子ナンパした挙句、大谷誤爆してお持ち帰りされた」

 

その言葉に完二が「あー」と頷く。なお、とっさにクマ皮を着て着ぐるみを装っていたが問答無用で抱えられてしまったらしい。その末路に千枝が「放っといていいレベル!?」と血相を変えるが、陽介は日頃のバチがあたったんだ。と返す。

 

「今日の花村先輩、クマに冷たくない?」

 

りせが陽介を責めるような目で言うが、陽介は「今朝のアイツの所業を考えたらむしろ足りねー」と顔をしかめて返し、もう二、三人大谷おかわりさせたいくらいだ。と言う。

 

「や、死ぬだろそれ」

「一体何があった?」

 

完二と真が呆れ顔でツッコミを入れる。それに陽介は「思い出したくもねー」と言いつつも、聞くも涙語るも涙、という様子で話し始める。曰く、クマが陽介の部屋から余計なものを発掘、花村家の朝食に「ヨースケー、この本なーにー?」と純粋な疑問で持ってきたらしい。

 

「おかげで俺がどんな辱めを受けたと思う!?」

 

「んな代物持ってっからでしょーが」

 

陽介の血相を変えた訴えを千枝が呆れた様子で一刀両断した。陽介も「親のいる前に持ってこられるとか想像しねえだろ!」と叫ぶが、次にりせが「それ、女の子いるトコで話す?」と呆れた様子でぼやく。

 

「へそくりって事じゃないの?」

 

雪子もズレた答えを見せた。

 

「おぇぷ……」

 

気分の悪そうなしかし聞き覚えのある声。

 

「この声はクマ君!」

 

命が一番に反応。少し遅れつつ皆が声のした方を見ると、ズタボロの毛並みをしたクマがふらふらとした足取りで歩き寄り、陽介は「予想以上だな」と呟いた後、クマ皮被った格好は目立つから脱いでこいと言うが、クマは「弧の中、生まれたままの姿だから」と返答。さらに「今朝見たヨースケの本と同じだね!」と続けると陽介は「サラッとトラウマ掘り起こすな!」と叫んだ。

 

「いた! お兄ちゃん!」

 

「菜々子!」

 

次に聞こえてきたのは菜々子の声、真が反応して振り向き、菜々子の後ろにいる遼太郎を見ると千枝が「堂島さん間に合ったんだ」と言い、菜々子は「お父さん、早く帰ってきてくれた!」と嬉しそうに答える。

 

「待ってた」

 

「えへへ……来れた!」

 

真の言葉に菜々子は嬉しそうに笑う。

 

「悪かったな、気ぃもませちまって。書類の残りもあったが、足立に渡してきた」

 

遼太郎がそう答えていた時だった。

 

「ハァーイ、お嬢さん。よかったら、ボクと愛の花火を打ち上げてみなーい?」

 

クマ皮を脱いだクマが菜々子をナンパし始めた。菜々子が「どーやんのー!」と笑顔で尋ね、クマが「えっとねー」と答えようとする。

 

「やめなっての、クマきち! 堂島さんに現行犯逮捕されるかんね!?」

 

千枝が注意し、二人が言い争いをしていると下の方が騒がしくなってくる。

 

「そろそろ始まるかな?」

 

下のざわめきを聞いた命がそう呟き、皆は高台から空を見上げる。と、ヒュルルルルという音が聞こえ、その次の瞬間パァンッという音と共に、夜空に大輪の花が咲いたかのように花火が広がった。

 

「わぁー」

 

最初はいきなりの破裂音と光に菜々子とマリーは驚いて目を閉じるが、徐々に慣れていくと女性陣は花火に見惚れる。

 

「たーまやー!」

 

「かーぎやー!」

 

千枝が花火でのお約束を言うと、雪子が続く。

 

「クーマやー!」

 

次にクマが言うと、菜々子が真似をして「くーまやー」と続く。

 

「あー違う違う、覚えちゃだめ」

 

それを見た陽介が両手で小さくバッテンを作りながら菜々子に言い、その後ごほんと咳払いをしてすぅっと息を吸い、右腕を後ろにやり、体勢を低く取る。

 

「ジラ――」

「ジライヤー!!!」

 

ペルソナを召喚する時のポーズを取りながら己のペルソナ――ジライヤの名を呼ぼうとする陽介だが、それを横取りするように命がその場を呼び、先取りされた陽介はアッパーが空振ってがくんっとずっこける。

 

「ちょっ、命さーん!」

 

「あっはっは。ごめんごめん」

 

ずっこけた後起き上がりながら陽介が文句を言うと命は笑いながら謝る。

 

「きれい……」

 

「これが花火だ」

 

マリーがぽかーんとした様子で呟くと真が言う。

 

「キラキラ、ぴかぴか、夜空に咲く光の花……」

 

「え?」

 

マリーが突然何か呟き、真が聞き返すと彼女ははっとしたような顔を見せ、顔を赤くする。

 

「ち、違うよ! べ、別に詩とかじゃなくって、た、たまたま心に浮かんだだけ! そう! それだけだから!……」

 

マリーはそこまで言うと恥ずかしそうに頬を赤らめながらうつむき、真から顔を逸らす。

 

「……ば、ばかきらいさいあくさいてー。か、勝手に聞かないでよ!」

 

その言葉に真は苦笑を漏らすしか出来なかった。

 

[以上を持ちまして、納涼花火大会の演目はすべて終了となります]

 

最後を飾る一際大きな花火が消え去り、余韻を残しながらそんなアナウンスが聞こえてくる。

 

「菜々子ちゃん、楽しかった?」

 

雪子が尋ね、菜々子は「うん!」と返すがその次には「眠い」と呟いて目を擦る。

 

「ははは、だろうな。もういい時間だ、帰って寝るか」

 

遼太郎も笑いながらそう言い、真達に「お前達もあまり派手に夜更かしするなよ」と言い残すと菜々子を連れて帰路につく。

 

「ナナチャン、バイバイクマ」

 

「ばいばいくまー」

 

その途中でクマがバイバイというと菜々子もバイバイと返し、他のメンバーも一斉に「ばいばーい」「またねー」「おやすみなさーい」と挨拶する。

 

「……花火は良かったっすけど、なんつーか……夏も終いって感じっすね」

 

「それを言わんでおくれよ」

 

「私は、結構満足だけどな」

 

完二の言葉に千枝が哀しげに呟くとりせは満足そうにそう言う。曰く仕事をしていると夏には秋の格好をしていて季節感なんてない。それに比べて今年は海に花火、浴衣でのお祭りと夏を満喫できたのでりせとしては満足のようだ。

 

「お祭りな……いい思い出ないけどな、誰かさんのおかげで」

 

陽介がため息をつきながらぼやき、それにクマが「そうなの?」と尋ねると陽介は「お前だよ!」とツッコミを叩き込んだ。

 

「や、結構楽しかったっすけどね」

 

「うん。巽君、型抜き上手かったよ……危うく敗北するところだった」

 

楽しかったと語る完二に命も同意、しかし陽介としてはもっと甘酸っぱいものを期待していたらしい。

 

「つーか今日、アイツも誘ってやりゃよかったッスかね」

 

「アイツって?」

 

完二の言葉にマリーが尋ね、完二は「いやテメーは知らねえだろうけど」とぼやきながら「その」と言葉を濁す。

 

「……ああ、白鐘探偵のこと?」

 

命の言葉を聞き、陽介も「アイツな」と納得した様子を見せる。

 

「まあ、そうかもな。よく考えりゃ、一応同じ事件追ってたんだし」

 

陽介がそう言うとりせもうんうんと頷き、「もう会えないかもしれないもん。キツいこと言っちゃったしこれっきりってちょっと後味悪いかも」と少し浮かない顔で呟く。千枝も「そういえば、寂しいっぽいこと、零してたよね」と続けた。が、陽介はひょいっと肩を持ち上げる。

 

「ま、“花火行こうぜ”なんつってくるタイプでもなさそうだけどな」

 

「もうこっちにいないのかな? 行動力あるし、もしかしたらもうどこか遠くの町で、別の事件に挑んでたりして」

 

雪子の言葉に完二がうつむくと、りせが「しんみりしちゃったね」と言う。

 

「そうだな……」

 

陽介は少し考えた後、パチンと指を鳴らした。

 

「そうだ、夏休みは明日で終わっちまうけどさ。冬休みはスキーとかどうよ? きっと惚れ直しちゃうぜ? 俺、スノボ得意なんだよねー」

 

「……別にほれてないけど」

 

いきなり予定を立てる陽介とその気取った台詞にマリーがツッコミを返し、完二が「今から冬の話ってアンタどんだけ気ぃ早えーんスか」とツッコんだ。

 

「だが、楽しみだな」

 

「だよな! 周りあんだけ山なら、きっと近場にゲレンデあるだろ」

 

「んなモン幾らでもあるッスよ。ちっと遠いけど、バイクありゃ余裕っしょ」

 

真が陽介の提案に同意、陽介もこれからゲレンデを探すつもりらしいが地元民である完二はゲレンデならいくらでもあると答えた。

 

「それは面白そうだけど、安全運転が基本だからね」

 

「わ、分かってますって」

 

と、彼らの教官役である命がツッコミを入れ、陽介も苦笑ながらに頷く。

 

「もちろん、その時はマリーちゃんも一緒だよね?」

 

千枝がマリーに話を振る。

 

「……うん。楽しみにしてる」

 

それに対しマリーは微笑を浮かべながら頷き、それを聞いた陽介は「マリーちゃん乗り気じゃん! こりゃバシッと計画立てないとな」と気合を入れ、他のメンバーも大盛り上がりになる。

 

「んじゃ、計画煮詰めるために皆でどっか飯食いにいかね?」

 

「お、いいね! もちろん肉ー!!」

 

「ぷぷ、千枝、それ素材……」

 

帰りにどこかで食事をしようという話になり、彼らは高台を後にし始める。

 

「あのさ」

 

と、最後尾にいたマリーが突然呟くように真に呼びかけ、真も「ん?」と呟いて振り返り、どうしたとマリーに尋ねる。

 

「思い出してみようかな、記憶……そ、その内だけど」

 

マリーは真の方を向いて、笑みを見せた。

 

「あの人達、楽しそうだったから……あんな風になりたい」

 

「協力するよ」

 

「うん、そうして。どうすればいいか分かんないもん」

 

マリーの言葉に真は「了解」と返す。

 

「別に今すぐってわけじゃないけど、その時は、頼りにしてるね?」

 

頼りにしている、というマリーの言葉に真はこくり、と頷いた。その時陽介が二人を呼び、二人も隣に並び合うと歩き出した。




でもって夏休み編後編。夏祭り、海水浴、花火大会でした。全部マリーを無理矢理ぶち込んじゃいましたけど。
さて、次回は修学旅行かな? この辺は色々考えてるから自分で楽しみです。と言ってもちょっとリアルの方が色々忙しくなりそうなのでいつ書けるかは分かりませんが、幸い今週はまだ暇なので今の内に書き上げていきたいと思っています。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

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