ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第三話 マヨナカテレビ

四月十三日、夜、午前零時前。八十稲羽商店街にある言ってはなんだがボロい神社の境内、ライダーズジャケットを羽織った青年は空から降り注ぐ雨を見ながら携帯で電話をしていた。ちなみにバイクは神社の茂みの中に隠している。

 

[本当にすまない、命。まさか予約日時を間違えてしまうとは……]

 

「アイギスに『恨むぞ』と伝言をお願いします。おかげで今夜は野宿ですよちくしょう。しかも雨まで降り始めて……人気のない神社がなかったらどうなってたことか……」

 

[すまない……]

 

青年――命の愚痴に電話相手である美鶴はすまなそうに返し、命はやれやれと息をつく。

 

「まあ、先輩は悪くないんだし愚痴はこの辺にしますよ。じゃ、電話切りますね」

 

[ああ。明日からも調査よろしく頼むぞ。身体を壊さないようにな]

 

「了解」

 

美鶴の言葉に命はそう返し、電話を切る。そして辺りをきょろきょろと見回した。

 

「……風邪を引かないことを祈るか」

 

そしてそう呟き、楽に入れる一番奥まで入っていき座り込むとジャケットを毛布か布団のように自分にかけて携帯の時計を見る。

 

「もうすぐ午前零時、か……ふっ、影時間を思い出しちゃったな……」

 

彼は二年前まであった一般には隠された時間をふと思い出して笑みを漏らし、目を閉じた。

 

それと同じ頃、とある一軒家、堂島家に居候している少年――真は今日の放課後にクラスメイト里中千枝から聞かされたことを思い返していた。

 

――マヨナカテレビって知ってる?――

 

――雨の夜の午前0時に、消えてるテレビを一人で見るんだって――

 

――そこに映った自分の顔を見つめてると、別の人間がそこに映るの――

 

――それ、運命の相手なんだってよ――

 

それを聞いた後、真は一緒にいたクラスメイト花村陽介と思わず顔を見合わせて苦笑してしまい、さらに陽介は「幼稚なネタでいちいち盛り上がれんな」と千枝をからかって口喧嘩。それからとにかく今夜は雨だから試してみようということになり、現在彼は雨音を聞きながら消えているテレビの前に立っているわけである。

そして、そんなことを考えている間に時計の針が零時を指し示し、真は目の前のテレビに目を向ける。しかしやはりというか、テレビの画面には自身の顔しか映らない。

 

「……そりゃそうだよな」

 

真はそう声を漏らし、明日花村や里中との笑い話にしようと思いながらテレビから視線をそらし、もう寝ようと布団へと歩き出す。

 

「……え?」

 

その時聞こえ始めたノイズ音と後ろ、ちょうどテレビのある方から光が漏れているのに気づき、真は驚いたように振り向く。電源を切っていたテレビが不可思議な光を放っていた。そしてそのテレビには、何かが映っている。

 

「これは!?」

 

思わずテレビの前に駆け寄り、画面を凝視する。画像がかなり荒いが確認できるのは女性、セーラー服を着ていることから考えると女子高生と見受けられる。

 

(どこかで、見たような……)

 

そんな思考が頭を過ぎり、真は画面に頭を近づけ、右手を身体を支えるように画面に近づける。そして画面に触れたその瞬間、画面に波紋ができた。

 

「なぁっ!?」

 

まるで水に手を入れたかのごとく、ガラスであるはずのテレビ画面を真の手が突き抜けてしまう。

 

「くっ!?」

 

しかもテレビの中の腕が何かに引っ張られるように引き込まれていき、真は咄嗟にテレビ画面の縁を入れていない反対側の手で掴み、テレビに引きずり込まれないように抵抗する。

 

「のわっ!?」

 

と、突然引き込もうとする力が消え、抵抗していた真は慣性の法則にしたがって後ろに倒れこむ。

 

「づあっ!?」

 

そしてそこにあった机の角に頭をぶつけ、ぶつけたところを押さえながらごろごろと床を転がり悶え始める。

 

「お兄ちゃん?」

 

「!」

 

すると階下から聞こえてくる声、菜々子だ。それに気づくと真は後頭部を右手で押さえながら階下へと続くこの部屋のドアを見る。

 

「どうしたの?」

 

「す、すまない起こしたか!? その、ちょっと寝ぼけて!」

 

「そう?」

 

「そうそう。もう寝るから、おやすみ!」

 

「うん、おやすみ~」

 

お休みの挨拶をすると共に菜々子の足音が彼女の寝室なのだろう場所へと向かっていき、真はようやく少し引いてきた頭の痛みから意識を外し、テレビを見る。

 

「なんだったんだ、さっきの……」

 

真は立ち上がりながらそう呟き、しかしまたテレビに触れる気も起きず、はぁとため息をついた。

 

「……寝よ」

 

そしてそう一人ごちると布団の方に歩いていき、眠りについた。

 

 

 

 

 

それから翌日の放課後。授業も終了した後真は席につき、辺りの会話を聞いていた。

 

(先日の事件の噂話か……)

 

「あ、ねえねえ椎宮君、噂聞いた?」

 

真がそう心の中で呟いてると千枝が突然話しかけ、真はそっちをちらりと見ると首を横に振る。

 

「いや、なんの噂か知らないが特に興味もない」

 

「おい、お前はあれか? 大都会の冷たい大人か?」

 

「あ、花村じゃん。どったの? なんか元気ないよ?」

 

真の言葉に陽介がツッコミを入れ、それに千枝が返した後ふと気づいたように聞き返す。

 

「ああ、いや、あのさ……や、その、大した事じゃないんだけど……実は俺、昨日、テレビで……」

 

陽介はそこまで言うと口ごもり、うつむくと首を横に振る。

 

「いや、なんでもねえや。それより噂、なんだって?」

 

「ああ、事件の第一発見者って、小西先輩らしいって」

 

「そっか……だから元気なかったのかな……今日、学校来てないっぽいし」

 

陽介の言葉に千枝はそう言い、それを聞いた陽介はまだうつむいたままそう呟く。とそんな話をよそに雪子が席を立ち、千枝がそれに気づく。

 

「あれ? 雪子、今日も家の手伝い?」

 

「今、ちょっと大変だから……ごめんね」

 

千枝の問いに雪子はどこか疲れた様子で答え、彼女はそのまま下校する。それを見送った陽介が腕を組んだ。

 

「なんか天城、今日とっくべつ、テンション低くね?」

 

「忙しそうだよね、最近……」

 

陽介の言葉に千枝は小首をかしげて答える。それから千枝はパッと表情を変えた。

 

「ところでさ、昨日の夜……見た?」

 

「昨日のって、マヨナカテレビか?」

 

「えっ?……や、まあその……お前はどうだったんだよ」

 

千枝の言葉に真が確認を取ると陽介は動揺したように声を漏らした後千枝に話を振る。それに彼女はこくこくと頷いた。

 

「見た! 見えたんだって! 女の子!……けど、運命の人が女って、どゆ事よ?」

 

「ああ、俺も見えた。鮮明には見えなかったが、そういえばここの制服に似た制服、いやこの学校の制服を着てたような……」

 

千枝の言葉に真が呟き、千枝がえっと驚いたような声を漏らす。

 

「ね、ねえ、もしかして髪の毛がこう、ふわっていう感じに伸びてなかった? こう、ふわって」

 

千枝は自分の頭の後ろに手をやってふわっと伸びた感じの髪をジェスチャーで表現、するとそれに陽介が反応した。

 

「お、おい、それもしかして俺が見た人と同じなんじゃねえか!?」

 

「え、じゃ花村も結局見えたの!? しかも同じ子? 運命の相手が同じって事?」

 

「知るかよ……で、お前はどうだったんだ?」

 

陽介の言葉に千枝は驚愕の声を漏らし、むむむと考える様子で続けると陽介はそう返し、真に話を振る。それに真は昨日――零時を回っていたことから今日とも言えるだろうか――ぶつけた後頭部をかきながら頭を横に振った。

 

「いや、驚いて髪形まで覚えてない……いや、実はだな……」

 

真はそこまで言うと声を潜め、昨日――零時を回っていたことから以下略――のマヨナカテレビの時間帯で起きたことを話す。それに陽介は苦笑いを見せた。

 

「いや、テレビに吸い込まれたってのはお前……動揺しすぎ? じゃなきゃ寝オチだな」

 

「そうか?……」

 

「けど夢にしても面白い話だね、それ。テレビが小さくて入れない、とか妙にリアルでさ。もし大きかったら……」

 

陽介に続いて千枝もあははっと笑いながらそう言い、思い出したような表情を見せた。

 

「そう言えばウチ、テレビ大きいの買おうかって話してんだ」

 

「へぇ。今買い換えすげー多いからな。なんなら、帰りに見てくか? ウチの店、品揃え強化月間だし」

 

「見てく見てく! 親、家電疎いし、早く大画面でカンフー映画見たい!」

 

陽介の言葉を聞いた千枝は嬉しそうに頷き、アチョーッと言いながらポーズを取る。その次に陽介が真の方を見てにししっと悪戯っぽく笑った。

 

「だいぶデカイのもまであるぜ。お前が楽に入れそうなのとかな、ははは」

 

(夢? 夢だったのか?……)

 

陽介の言葉を聞き、真はついにあれが寝ぼけて見た夢だったのか現実だったのか自信がなくなってきたのか口元に手をやりながら心中で呟いていた。

 

「ほーら花村ー椎宮くーん、早く行こー!」

 

「へいへい。ほら椎宮、行こうぜ」

 

「あ、ああ」

 

すると教室の出入り口で千枝が待ちきれないというように真と陽介を呼び、陽介も苦笑交じりに返した後真を促す。それを聞いた真も二、三度空頷きして荷物を持ち立ち上がった。

 

 

 

 

それから彼らがやってくるのはジュネスの家電売り場、テレビコーナー。

 

「でかっ! しかも高っ!! こんなの誰が買うの?」

 

「さあ……金持ちなんじゃん?」

 

驚く千枝に呆れた様子で陽介が説明する。それによるとジュネスでテレビを買う客は少ないらしく、この辺りには店員が配置されていないらしい。実際真が辺りを見回して確認するが確かに客どころか店員の姿もなかった。それから陽介と千枝はすたすたと一台のテレビに歩き寄ると右手を画面につける。と画面はそれを押し返し、陽介はにししと笑った。

 

「……やっぱ、入れるわけないよな」

 

「はは、寝オチ確定だね」

 

「大体、入るったって、今のテレビ薄型だから裏に突き抜けちまうだろ……ってか、何の話してんだっつの!」

 

陽介はそこまで言うと首を横に振り、それから千枝が話しかける。

 

「ねえ、それよりもっと安いのってないの? テレビ。おススメある?」

 

「んん~、こちらなどいかがでしょうか、お客様。この春発売されたばかりの最新型で……」

 

千枝の要望に陽介は冗談っぽく笑いながら接客を始め、比較的安いテレビの方に歩いていく。しかし千枝は「ゼロ一個多いんじゃないっ!?」と叫んでおり、それを横目で見た後真は目の前の巨大テレビを見る。

 

「あ、あの、君、もしかして真君?」

 

突然背後から聞こえてきた声、しかもこの場ではまず聞くはずがなかった声に真は驚いたように振り返る。そこに立っていたのは黒色のシャツに青色のジャケットを羽織り、青のジーンズ、さらに前髪が右目を隠す程度に伸びその髪色は青色というほぼ青ずくめの青年――ちなみに真から見える左目には若干クマが出来ていた――。その姿を見た真はさらに驚いたように目を丸くした。

 

「み、命先輩!? なんでここに!?」

 

「それはこっちの……あ、そうか。親が海外転勤で引っ越して親戚の家にお世話になってるんだっけ。うわ、偶然だな……」

 

真の驚いた声での質問に男性――命も驚いたように返そうとした後すぐ察したように続け、改めて驚いたように頭をかく。

 

「そ、それで、先輩はなんでここに?」

 

「あーいや、ちょっと訳あってね。このお店見て回ってたら真君っぽい後姿を発見したから声をかけただけだよ。ところで、あっちの二人は友達?」

 

真の質問に命は言葉を濁した後誤魔化すように陽介と千枝を指す。それに真はこくんと頷いた。

 

「は、はい」

 

「そっか、転校デビューが上手くいったようで何よりだよ。ところでテレビ見てたけど、部屋にテレビないの? まあそれにしたって一人部屋にこれはでかいか。従兄妹の家のやつを買い換えるとか?」

 

「あ、いえ違います。里中、ああ、あっちの女の子の方。彼女が家のテレビを買い換えるとかでその下見に来て、俺はその付き添いです。ちなみにもう一人の男の子、花村はこの店の店長の息子です」

 

「へぇ~。真君の友達なら後で挨拶しとかないとね」

 

真の説明に命は穏やかに微笑みながらそう言い、その笑みにつられたように真も笑った後、彼はまたテレビに目を移す。

 

(夜のあれ、やっぱ夢だったのかな?……このテレビ、これだけ大きかったら本当に俺ぐらい入れそうだ……)

 

「真君、真君」

 

「あ、すいませ――」

 

つい思考に入ってしまっていた真は命に呼ばれたことで我に返り、彼の顔を見るとはっとする。

 

「……何かあった?」

 

まるでこっちの心の内を見透かしそうなその表情、それに真の胸がドキリとなり、彼は思わず口をつぐんでしまう。

 

「転校デビューが上手くいかないとか、居候先の人間関係が不安だとかそういうのじゃない。もっと変なことがあった……違うかな?」

 

どこか不安げな様子を見せながらも真剣な目つきでそう問いかける命、それに真はしばらく押し黙った後、ようやく口を動かした。

 

「……マヨナカテレビって知ってますか?」

 

「……この町で噂に聞くくらいはね。確か、雨の日に一人で消えているテレビを見ると、運命の相手が映る……だっけ?」

 

「は、はい。それで、里中に言われて試してみたんです……昨日、ちょうど雨だったから」

 

命の真剣な目つきでの言葉に真は説明を始める。

 

「そ、それで、運命の人かどうかはえと、分からないですけど、女の人がその、映ったんです。その、画像は荒くて、よく見えなかったんですが」

 

ところどころどもっているたどたどしい説明、それに命は真剣に耳を傾けていた。

 

「その女の人をよく見ようと、テレビの画面に触ったんです……」

 

真はそこまで言うと口を閉じ、命は少し黙って言葉の続きを待つ。しかし真はそこで口をつぐんでしまった。

 

「……それで、触ったらどうなったの?」

 

待ちきれないというように続きを促す命。しかしその目は作り話を面白がっているものではなく、真剣そのものだった。

 

「……テレビに……テレビに吸い込まれたんです……手が」

 

真はそう言葉を吐き出すとすぅ~はぁ~と深呼吸をし、自分の前にあるテレビに手を伸ばす。

 

「こう、何の変哲もないテレビに触れた。それだけなんですけど……」

 

そしてテレビの画面に触れたその瞬間、テレビの画面に波紋が出来、真の手があの時と同じようにテレビに吸い込まれた。

 

「っ!?」

 

「真君っ!」

 

咄嗟に命が彼の肩を掴み、その声に少し離れたところにいた陽介と千枝が反応し、その光景を目撃。

 

「な、何あれっ!? あれって最新型? 新機能とか? ど、どんな機能?」

 

「そんな機能あるわけねえだろ!」

 

その瞬間驚いたように叫びながら慌てて真の元に駆け寄る。そして真のテレビに刺さっている右腕をまじまじと見た。

 

「うそ……マジで刺さってんのっ!?」

 

「マジだ……ホントに刺さってる……すげーよ、どんなイリュージョンだよっ!? で、どうなってんだ!? タネはっ!?」

 

「二人とも、落ち着いて」

 

「「えっ? あ、あなたは?」」

 

驚愕のあまりどこか混乱している様子の千枝と陽介に対し命が落ち着くように言い、テレビに腕が刺さっているなんていう異常事態の前では仕方ないだろうが二人はそこでようやく命に気づいたように声を漏らす。

 

「ああ、真君の知り合いっていうかね……真君、身体に異常はない?」

 

「あ、は、はい……これ、もう少し奥までいけるかも……」

 

命の問いに真はそう答え、そう思った時には彼はすでに上半身をテレビに突っ込んでいた。ちなみに左腕は命が押さえている。

 

「バ、バカよせって! 何してんだお前ーっ!?」

 

「す、すげぇーっ!」

 

「真君、何か見える?」

 

「って何普通に対応してんですかあんたもっ!?」

 

陽介のうろたえながらの言葉と千枝の驚きでもはや感心しかできてないような言葉、それに対し命はあくまで冷静に尋ねておりその冷静さに陽介がツッコミを入れていた。

 

「……よく見えません。なんだこれ、霧かな?……ああでも、なんか中は凄い広い空間って感じがします」

 

「な、中って何っ!?」

 

「く、空間って何っ!?」

 

「広いって何っ!?」

 

「っていうか何っ!?」

 

真の言葉にもはや千枝と陽介はパニックに陥っていた。

 

「や、やべ、びっくりしすぎで漏れそ……」

 

「は!?」

 

「いや実は行き時なくてさっきから我慢してたってか……」

 

そういうや否や陽介は股間を押さえながらどこかに行く。がすぐに慌てさ三割り増しな様子で戻ってきた。

 

「客来る! 客! 客!!」

 

「えぇっ!? ちょっ、ここ半分テレビに刺さった人いんですけど!! ど、どうしよう!?」

 

陽介の言葉で、更にパニックになった千枝がどうしたら良いのか分からず、陽介と共にあたふたと周りを意味もなく走り回る。

 

「真君、一回抜くよ!」

 

命はこんな状況を赤の他人に見られるわけにはいかないと判断し、真の身体を一旦テレビから抜こうと彼の左腕をぎゅっと掴む。そして真の腕を引っ張ろうとしたその瞬間、走り回っていた陽介と千枝は互いに衝突し、なんと真と命の方に倒れこむ。

 

「うわっ!?」

「うわ、ちょ、まっ!!」

 

命と陽介の叫びを最後に彼らはテレビの中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

「「うわっ!?」」

「きゃっ!?」

「いでっ!?」

 

四人の声が響き渡り、四人は倒れこんだまま辺りをきょろきょろと見回す。周りは霧のようなモノで覆い隠されていて、数メートル先も見渡せない。一寸先は闇、それの霧バージョンと言うべきだろうか。

 

「皆、怪我はないか?」

 

「若干、ケツが割れた……」

「元々だろが!」

 

真の言葉に陽介がボケると千枝がツッコミを入れ、その平常運転の様子に真は問題なしと判断。しかしもう一人答えるべき者が答えていなかった。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「……」

 

真の問いに対し命は辺りをきょろきょろと見回していた。霧のせいでよく見えないが信じられないものを見るような目をしている。

 

「先輩?」

 

「あ、ああ、ごめん。大丈夫。心配ないよ」

 

真の言葉に命はすまなそうな笑みを見せながら返す。それから千枝が不安気に辺りを見回した。

 

「何ここ……ジュネスのどっか?……」

 

「んな訳ねえだろ。大体、俺達テレビから……つうか、これ……何がどうなってんだ?」

 

「……! 皆、周りを見て」

 

千枝の言葉に続けて陽介が言うと命がそう言い、残る学生三人は辺りを見回す。鉄柱に取り付けられた複数の照明が彼らを照らしており、まるでテレビのスタジオのような場所だ。

 

「これって……スタジオ? 凄い霧……じゃない、スモーク?……こんな場所、うちらの町にないよね?……」

 

「あるわけねーだろ……どうなってんだここ……やたら広そうだけど……」

 

千枝の言葉に陽介がそう返す。それから千枝が不安気な声を出した。

 

「どうすんの?……」

 

「周りを調べて、出口を探そう」

 

千枝の言葉にすぐさま真が返す。

 

「それは賛成なんだけど、あたしら……そう言や、どっから入ってきたの? 出れそうなトコ、無いんだけど!?」

 

「ちょ、そんなワケねーだろ! どどどーゆー事だよ!」

 

「知らんよ、あたしに聞かないでよ! やだ、もう帰る! 今すぐ帰るー!」

 

「だからどっからだよ!!」

 

確かに霧のせいでよく見えないものの周りを見渡してみても出口らしき場所がない。それに千枝が動揺して癇癪を起こし、陽介も状況が分からず混乱しているのか千枝を怒鳴りつける。するとその時パァンッと手を打ち鳴らしたような音、いや事実手を打ち鳴らした音が響き、千枝と陽介は驚いたように止まる。

 

「落ち着くんだ、二人とも。僕達はここに入ってきた。入ってきたんなら出口もあるはずだ」

 

「「は、はい……」」

 

手の打ち鳴らした青年――命の言葉に陽介と千枝はこくんと頷く。それを霧でよく見えなくとも様子で確認した命は安心したように微笑んだ。

 

「よし。っと、そういえば君達にはまだ名乗ってなかったね。僕は利武(としたけ)(みこと)。利は有利不利の利、武は武士の武、命は生命の命って書く。真君の前の高校の先輩だ。といってももう高校は卒業して今は大学生だけどね……ああ、僕のことは気軽に命って呼んでいいよ、そっちの方が慣れてるから」

 

「あ、初めまして。俺、花村陽介です」

「里中千枝です……」

 

命が名を名乗り、陽介と千枝もどこか呆然としながら名を名乗る。それから真が口を開いた。

 

「とりあえず、出口を探そう」

 

「ああ」

 

「ここ、ホントに出口とかあんの?……」

 

真の言葉に陽介が頷き、次に千枝が不安そうに尋ねる。と命が辺りを見回し、何かを感じたように一つの方を向く。

 

「……こっちに行ってみよう」

 

「あ、先輩!」

 

「お、おい待てって!」

 

「わー! 置いてかないでよー!」

 

命が歩き出すとその後を真が追い、さらに陽介が追い、最後に千枝が追いかける。

それから彼らは歩き続け、ふと陽介が口を開いた。

 

「あの、命さん? なんでこっちに来たんですか?」

 

「……特に根拠はないけど、こっちの方霧が薄いように思えたから。まあ強いて言うなら勘?」

 

「うあ……」

 

「先輩って基本理性的だけど、実は結構直感で動くんだよな……」

 

陽介の問いに命がさらっと返すと千枝が声を漏らし、真がはぁっとため息をつく。と彼らは一つの部屋にたどり着いた。

 

「ここは?……」

 

「調べてみよう」

 

陽介の言葉に命がそう言い、彼らは部屋に入る。命と真は床に何かないかそして誰かいた痕跡がないかを調べ、千枝と陽介は壁を見る。

 

「この壁、ポスターだらけだね。でも全部顔無いよ? 切り抜かれてる……メチャメチャ恨まれてる……とかってこと?」

 

千枝は壁に貼られている顔が切り抜かれているポスターを見ながら呟き、陽介は床に立っている椅子とその近くに天井から吊るされている縄、そして赤いスカーフを見て嫌そうな表情を見せる。

 

「この椅子とロープ、あからさまにまずい配置だよな……輪っかまであるし……これスカーフか?」

 

「ああ……」

 

陽介の言葉にいつの間にか横に立っていた真も頷く。そして床を調べていた命は立ち上がると首を横に振った。

 

「駄目だ、痕跡が見つからない……一旦戻ってみるか」

 

「そっすね……ってだーもう! もう我慢できねー!」

 

命の言葉に陽介は頷いた後そう声を上げ、部屋の隅に行くとズボンのチャックを下ろす。それを見た千枝がぎょっとした表情を見せた。

 

「ちょっ、ここですんの!?」

 

「うっせえ! 見んな!」

 

千枝の言葉に陽介は声を上げる。そしてあ~っと唸った。

 

「あ~っ、出ねえ! ボーコー炎なったらお前らのせいだぞ!?」

 

「知るかっつの」

 

「戻るよ、真君」

 

「はい」

 

陽介の言葉に千枝が返し、命がそう言って部屋を出て行くと真もその後に続き、陽介と千枝も慌ててその後を追った。

それから彼らは元のスタジオらしき地点に戻ってくる。命は勘で動いたにも関わらずこの濃霧の中道を覚えていたらしい。そしてスタジオに辿り着くと真と花村、千枝が疲れたように息を吐いた。

 

「疲れた……」

 

「まあ、こんな変なとこ放り込まれたんだからね。しょうがないよ」

 

そして陽介が呟き、一人平然としている命が苦笑いをして返す。と真が霧の先を突然睨みつけた。

 

「先輩、何かいます!」

 

「!」

 

真の言葉に命は表情を変えて真の視線の先を見る。そこには確かに霧の中ずんぐりふっくらという感じの人影があり、こちらに近づいてきていた。それを見た命は真と共に陽介、千枝の前に立ち塞がって僅かに構えを取る。そしてピョコッピョコッという妙に気の抜けそうな足音とともに、その人影が霧の中から姿を現す。

 

「「「「……クマ?」」」」

 

「そこにいるのは、誰クマ?」

 

四人の間の抜けた声が重なる。そこにいたのはなんというか、シルエットとしては逆さにした卵に小さな手足をつけて頭に丸い獣耳をつけたような存在。どこかデフォルメされた熊という感じを思わせ、その存在はそう尋ねる。それに真、陽介、千枝はポカンとしており、命が最初に口を開いた。

 

「僕は利武命と言います。訳あってここにやってきてしまったのですが、帰る方法などはご存知じゃありませんか?」

 

「っていうか、お前こそ誰なんだよ?」

 

初対面の相手ゆえだろうか敬語を使い礼儀正しい口調を使用している。その次にようやく立ち直った陽介が口を開くとその相手は首を傾げるような動作をした。

 

「クマはクマクマ。ここに一人で住んでるクマよ。ここは、ボクがずっと住んでるところ。名前なんてないクマ」

 

「ずっと住んでるところ?……」

 

存在――クマの言葉に陽介は不思議そうな声を漏らす。それから今度はクマが声を出した。

 

「とにかく、君達は早くアッチに帰るクマ。最近誰かがココに人を放り込むから、クマ、迷惑してるクマよ」

 

「は? 人を放り込む? 何の話だ?」

 

クマの言葉に陽介が声を漏らす、とクマは怒ったような様子で地団駄を踏んだ。

 

「誰の仕業か知らないけど、アッチの人にも少しは考えて欲しいって言ってんの!」

 

「ちょっとなんなワケ? いきなり出てきて何言ってんのよ!? あんたダレよ、ここはドコよ!? 何がどうなってんのっ!?」

 

クマの怒ったような言葉に千枝が本当の怒声を出す、と真が声を出した。

 

「里中、落ち着け」

 

「そうだよ。このクマさんとやらに当たっても仕方がない」

 

真の言葉に命もそう促す、とクマは怯えた様子で真の後ろに隠れた。

 

「さ、さっき言ったクマよ……と、とにかく、早く帰った方がいいクマ」

 

「要は早くココから出てけってんだろ? 俺らだってそうしたいんだよ! けど出方が分かんねーつってんの!」

 

「ムッキー! だからクマが外に出すっつってんの!」

 

「だから分っかんねーな! 出口の場所が分か――」

「は、花村君ストップ! 落ち着いて!」

「――え?……へっ?」

 

クマと陽介は頭に血が上ったように言い合うが冷静な命が陽介に促し、それに陽介は止まった後クマの言葉をようやく理解したか呆けた声を出す。とクマはとんとんと足踏みをし、直後ぼぅんっという感じで煙が出る。

 

「んだこりゃ!?」

 

「テ、テレビ!? どうなってんの!?」

 

陽介と千枝が驚いたように声を漏らす。煙の中から姿を現したのは古い感じのテレビが三つ積み重なったもの。それを陽介と千枝、そしてテレビの裏側にいた真と命もテレビの正面にやってきてそれをまじまじと見つめているとクマは彼らの後ろ側に回り込む。

 

「さー行って行って、行ってクマ。ボクは忙しいクマだクマ!」

 

そしてそう言いながらクマは四人をテレビ向かって押し込んでいく、それに千枝が声を出した。

 

「い、いきなり何!? わ、ちょっ……無理だって!」

 

「お、押すなって!」

 

その後、彼らをテレビに入った時と同じ不思議な光景と感覚が包み込んだ。

 

 

 

 

 

「……あれ? ここって……」

 

「戻ってきた……のか?」

 

千枝が声を漏らし、続けて陽介も声を漏らす。間違いなくジュネスの二階、家電売り場だ。周りに人気は無い。とピンポンパンポーンという放送の開始音が流れ始めた。

 

[ただいまより、一階お惣菜売り場にて、恒例のタイムサービスを行います。今夜のおかずにもう一品、ジュネスの朝採り山菜セットはいかがでしょうか? ヤングもシニアも、お見逃しのないよう、お得なタイムサービスをご利用ください]

 

「げっ!? もうそんな時間かよ!」

 

「結構長くいたんだ……」

 

タイムサービスの放送、それを聞いた陽介が驚いたように声を漏らし、千枝も呆然とした様子で呟く。それから陽介は一つの方向に眼をやると合点がいった表情を見せた。

 

「そうか……思い出した、あのポスター……」

 

「ポスターってあの部屋の?……あ、そうか」

 

「先輩?」

 

陽介の言葉に命が声を漏らし、陽介の見ている方を見ると彼も納得したような表情を見せ、真も呟くと命が促す。

 

「ほら、見てみなよあのポスター。向こうの変な部屋で見たの、あれじゃないかな?」

 

「へ?……」

 

命の言葉に千枝は命と陽介が見ている方を見る、と彼女もまた驚いた表情を見せた。

 

「ほんとだ、あれだ。だっきは顔無くて分かんなかったけど、柊みすずだったんだ……最近ニュースで騒がれてるよね? 旦那が、この間死んだ山野アナと不倫してた、とかって」

 

「お、おい、じゃ、何か? さっきのワケ分かんない部屋、山野アナが死んだ件と何か関係が……」

 

「確かに、そういやあの部屋、妙な輪がぶら下がってたりしてたが……」

 

千枝の言葉に陽介が驚いたように声を漏らし、真も頷いて思考を始める。

 

「わ、わーわー! 止め止め! おい、止めようぜこの話!」

 

しかしそこに陽介が声を出して遮り始めた。

 

「つか、今日のことまとめて忘れることにするね、俺。なんかも、ハート的に無理だから、うん」

 

「なーんか寒くなってきた……気分も悪いし、帰ろ」

 

陽介と千枝はそう言ってそれぞれ歩き去っていき、その場には真と命のみが残る。

 

「……せ、先輩……これって一体?……」

 

「……正直、人に納得させることが出来るだけの説明を行える自信はまだないよ」

 

「ですよねー」

 

真の言葉に命は少し考えた後首を横に振って返し、真はため息混じりに声を漏らすと歩き出す。

 

「俺ももう帰ります。先輩はどこかに泊まってるんですか?」

 

「ああうん、一応天城屋旅館ってとこにね」

 

「天城屋……ああ、天城の実家か」

 

「知ってるの?」

 

「娘さんがクラスメイトなんです」

 

「へぇ……まあいいや。じゃあね」

 

「ええ」

 

二人はそう会話をし合うと真はジュネスの一階に続く階段の方に歩き去っていき、命は彼が見えなくなったのを確認してからちらりとテレビを見てまた何か考える様子を見せる。それは何か過去を思い返しているような表情にも見えるが、彼は考えを一旦打ち切るとさっき真が降りていった階段の方に歩いていった。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

それから真は気分転換に少し商店街をぶらついてからお世話になっている堂島家へと帰ってくる。と既に従兄妹菜々子はもちろん叔父遼太郎も帰ってきていた。現在はカップラーメンが出来るのを待っているようだ。

 

「おう、おかえり」

 

挨拶を返した遼太郎に少し会釈をして彼は居間のちゃぶ台脇に座る、がすぐ身体のだるさからうつむいてしまった。と、遼太郎が話しかけてくる。

 

「あー、のな。まあ、知らんとは思うが……小西早紀って生徒の事……何か聞いてないか?」

 

「小西早紀……ああ、確か今日は休んだと、クラスの友達が言ってました」

 

「ああ、そうなのか……」

 

遼太郎の言葉に真は思い出すように虚空を見上げた後そう返し、それに遼太郎は頷いた後少し黙り込む。

 

「実は……行方が分からなくなったと連絡があってな。うちの連中で探しているんだが、まだ見つからない……ハァ、仕事が増える一方でなぁ……」

 

遼太郎はそう愚痴のような声を漏らした。

 

[次は、霧の街に今も暗い影を落としている事件の続報です。稲羽市で、アナウンサーの山野真由美さんが変死体となって見つかった事件。被害にあう山野さんの行動ははっきりしていませんでしたが、地元の名所として知られる天城屋旅館に宿泊していたことが、警察の調べで分かりました]

 

(天城屋旅館、天城の実家で先輩が泊まってる……)

 

ニュースの言葉に真はそう心の中で声を漏らす。するとコメンテーターが天城屋旅館の、というかそこの娘である雪子の話をしており、アナウンサーは困ったように声を漏らした後気象情報に話を移した。

 

[えー、続いて気象情報です。雨足は段々と弱まってきました。事件のあった稲羽市周辺などでは、これから朝にかけて霧が出やすいでしょう。視界が悪くなります。車の運転などの際は十分な注意を……]

 

ニュースは続いている。と菜々子が口を開いた。

 

「ラーメン、もういい?」

 

「まだ早いだろ」

 

菜々子の言葉に遼太郎が返す、それを見ていると真は突然くしゃみを漏らし、遼太郎が彼の方を見た。

 

「風邪か? いかんな。新しい環境で疲れがたまってるんだろ。菜々子、薬」

 

「うん」

 

遼太郎の指示に菜々子は頷いて立ち上がると薬を取りにいき、その間に遼太郎がまた真に話しかけた。

 

「薬飲んだら、今日はもう寝ろ」

 

「そうします……」

 

「おくすりとおみず、持ってきたよー」

 

遼太郎の言葉に真が頷き、菜々子がお薬とお水を入れたコップを持って戻ってくると真はそれらを受け取って薬を飲み、コップと薬を入れていた容器をちゃぶ台の上に置く。

 

「すいません、片付け任せていいですか?」

 

「ああ。お前は今日はもう寝ろ。春先のカゼは厄介だぞ」

「びょうにんは、ねなきゃだめなんだよ。今日はきりが出るみたいだから、はやくねないと、さむいよ?」

 

「はい。んじゃおやすみなさい」

 

真の言葉に遼太郎と菜々子はそれぞれそう返し、真は頷くと自分の部屋に戻っていき、すぐ布団に入って眠りについた。

 

 

 

 

 

[ふむ、テレビの中の世界、か……]

 

一方天城屋旅館の一室――個室だが大学生一人で使用するには大分広く高級な雰囲気の部屋だ――で、この部屋に泊まっている青年――命は携帯電話を使って美鶴に定期報告として今日体験した世界――テレビの中の世界について報告を行い、それを聞いた美鶴はそう声を漏らす。電話口のため命の推測だが電話の向こうではふむふむと頷いていることだろう。

 

「はい。あの世界に入った時、嫌なものを思い出しました……影時間に現れた塔、タルタロスを」

 

[……まさか、私の予感が当たっていたのか?]

 

「それはまだなんとも……また何か分かったらすぐに連絡します」

 

[ああ、頼む]

 

「はい」

 

命の言葉に美鶴はそう言い、二人はそう話し合うと命は電話を切る。そして命は携帯電話を少し眺めた後それを一旦畳に置くと押入れから布団を取り出し、さっさと敷いていく。そして布団に入るとかばんを探り、その中から銃――召喚器を取り出すと寝転びながらそれを弄んで眺める。

 

「桐条先輩に念のためって渡された召喚器……これから出来るだけこっそり持ち歩くか……ま、使う必要が無ければそれが一番いいんだけどなぁ……」

 

命はそう一人呟くと召喚器をかばんの中に戻し、掛け布団を被ると目を閉じて眠りについた。




さてようやく書き上げられましたマヨナカテレビ。次回ついにシャドウ戦、やっとペルソナが出せます!! ここが最初の山場となるはずだ、頑張って書かねば……。
というわけで次回も頑張ります。そして感想は随時大歓迎で受け付けております!!(こら)。それでは。

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