ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

39 / 63
第三十八話 SummerVacation(前編)

7月30日。昨日、ボイドクエストでの、事件の犯人のシャドウとの戦いが終わり、犯人――久保美津雄が連行された。

 

「ふぅ……」

 

事件は解決。真はそれを考え、一安心する。

 

「遊びに行くか」

 

昨日はこの前の戦いに続いて命を賭けたギリギリの戦いになった。今日はその気分転換をしても罰は当たるまい、そう思いながら彼は外出の準備を整え、家を出る。

 

「……習慣は恐ろしい」

 

が、彼はやってきたのはテレビの中で使う武器防具アイテムを入手でき、さらにはペルソナの強化を行う部屋ベルベットルームに続く扉がある商店街。毎日毎日の積み重ねが生み出した習慣がつい彼をここに足を運ばせていた。

 

「あ」

 

いきなり聞こえてきた声に真は反応、「マリー」と声の主の名を呼ぶ。

 

「ここで会うのは久しぶりだな」

 

「最近ベルベットルームでしか会ってない。しかも君、鼻やマーガレットとしか話してない」

 

青色の帽子と同色の大きなカバンがトレードマークの少女――マリーに真が微笑を浮かべて挨拶するとマリーはジト目に棘のある言葉で応対しさらに「ばかきらいさいあくさいてー」といつもの悪態も忘れない。その対応に真も苦笑を見せる。

 

「悪かった悪かった。こっちも色々と大変だったし忙しかったんだよ」

 

言い訳のようにそう言うがマリーの目はきついまま戻らず、真はしょうがないというように息を吐いた。

 

「じゃあ、詫びと言ってはなんだが。今日はマリーに付き合うとするよ」

 

「いいの? じゃ、行こ」

 

真の言葉にマリーは遠慮なく「行こう」と言い、二人は歩き出す。

 

「で、今日はどこに行きたい? ジュネスでも沖奈市でも付き合ってやるよ? 今日は暇だしな」

 

「んー……」

 

真の問いかけにマリーは少し考え、彼の方を見て少し首を傾げる。

 

「あのさ、“学校”って、見れる?」

 

マリーは真が行っているのなら行ってみたいと、行き先に学校をリクエストする。

 

「あ、あぁ……まあ、行ってみようか」

 

夏休みだが学校に入る事は出来るのだろうか、最悪の場合マリーをなだめるためなら忍び込む事も止むを得ないかなどと考えながら真はマリーを連れて歩き出す。

 

 

 

 

 

「キミってさ、毎日“学校”行ってるでしょ?」

 

通学路である鮫川の土手に来た時、マリーが突然そう真に問いかける。毎日学校に行っていて飽きないの? と彼女は尋ねてきた。

 

「いや、楽しいぞ」

 

「楽しい……」

 

真の言葉を反芻したマリーはあぁ、と頷いて「テレビあるの? “野次馬ゲーノー速報”見れる?」とさらに尋ねる。

 

「いや、別にそういうわけじゃ――」

「おーす、相棒! 何してん……おっ、マリーちゃんじゃんか。ちょい久しぶりだな!」

 

律儀に誤解を解こうとする真の声を遮る形で、突然そんな声が聞こえてきたと思うと陽介が駆け寄り、マリーに気づくと彼女にも挨拶する。

 

「何してんだ? 散歩中?」

 

「いや、学校見学だ」

 

「は?」

 

陽介の質問に一言で答え、しかし陽介は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら呆けた声を漏らし、真はマリーが学校を見たがっている事を彼に伝える。

 

「あー。あ、そっか。マリーちゃん他校生だから? つーか学校……見て楽しいとこあったっけ?……ってか、今夏休みだろ? 学校開いてんのかな?」

 

陽介は首を傾げ、いくつか疑問点を重ねる。が、やがて「ま、いっか」と結論を出した。

 

「じゃ、俺も参加すっかな。ようこそ、八十神高等学校へ、ってね!」

 

芝居がかった口調でマリーにそう言い、マリーは「学校の中、見れるの?」と尋ねる。

 

「多分なんとかなるだろ。最悪交渉してみるよ。まあ任せとけって!」

 

陽介はどんっと胸を叩き、ひと足先に歩いていく。真とマリーもその後を追うように歩きだし、彼らは学校へとやってくる。夏休みにも関わらず校門が開いており、陽介は真とマリーを玄関に置いて職員室に「知り合いの学校見学」という体で相談に行き、偶然職員室にいたのが穏やかな細井先生だった事も手伝って一発オッケー。特に引率もなしに自由に見学してもよいという許可を取った。

 

「どうやら今日、委員会あったらしいんだよ。ラッキーだったな!」

 

玄関に戻ってきた陽介はにっと笑ってサムズアップしてみせた。それから真と陽介でマリーを連れ、校内を散歩しながら紹介していく。二階の廊下に差し掛かった辺りで陽介は足を止め、廊下と教室をぐるっと見る。

 

「んで、ここが俺らの学年の教室。なーんかレトロっしょ? こじんまりしてるって言うかさ」

 

「……広い」

 

陽介のこじんまりしているという説明と裏腹にマリーは広いという感想を出し、陽介は「そう?」と驚いたように漏らし、しかし「ムダに土地があるから校庭もいれると広いか?」と評価を改める。

 

「ってか、マリーちゃんトコはどうよ? やっぱ都会だから狭いわけ?」

 

「私のとこ?……狭いよ。部屋、ひとつだから」

 

「ひとつぅ!?……マジで?」

 

なんかお互い誤解しまくっていた。陽介は「特進クラスとか?」とずれた答えを出し、マリーは「わかんないけど」と返す。

 

「狭いし、暗いし、鼻しゃべんないし。ずっと黙ってて、つまんない」

 

「ハ、ハナ?……なに? 先生?」

 

鼻というのを先生のあだ名か何かと解釈したらしい陽介はずっと黙っているって職務放棄じゃねとぼやいた。

 

「ね、他のトコ見たいよ。まだ見れるトコある?」

 

そう言ってマリーは勝手に進んでいく。

 

「……相変わらずだなー、あの子」

 

そのマイペース具合を陽介はそう評価した。

 

「ま、最近知り合うヤツ変わり者ばっかだし、もう慣れっこだけどな」

 

「類は友を呼ぶ、という言葉を知ってるか? 陽介」

 

陽介のははっと笑いながらの言葉に対し、真はそう言い残してマリーを追う。

 

「……ん? おいちょっと待て真! それどういう意味だよ!?」

 

真の言った意味を理解したらしい陽介も叫んでその後を追いかけていった。

それから真と陽介は誰もいない体育館や、真が所属している吹奏楽部の活動場所である音楽室をちらりと案内、最後に八十神高校の屋上へとマリーを案内する。

 

「んで、ここが俺らの溜まり場。どうよ、青春するには悪くないロケーションだろ?」

 

「セーシュン?」

 

陽介の言葉を受けたマリーは首を傾げて陽介を見て「セーシュンって何するの? 具体的に」と尋ねる。それに陽介も驚いた様子で「具体的に?」と声を裏返す。

 

「まぁその、なんだ? ゆ、友情を育んだり、悩み打ち明けたり……か?」

 

陽介はそこまで言った後言葉にすっとかなり気マズイなこれ、とぼやいた。

 

「……わかんない。あの緑とか、赤の人も?」

 

「まあな」

 

マリーはこの前遊んだ千枝や雪子の事を思い出しているらしく、真がそれを肯定すると今度はマリーは真を見て「なんでセーシュンするの?」と聞いて来た。それに陽介は「まだ言わせる気!?」と悲鳴を上げる。

 

「いや、なんつーか……やっぱ楽しいじゃん?」

 

しかし陽介は照れたように微笑み頬をかきながら、上っ面の付き合いではなく、本当の自分を見てくれるヤツらと一緒にいるのは楽しいから。とまあなんだかんだ言って真面目に説明した。

 

「……本当の自分?」

 

「ああ……そういうヤツらといるとさ、俺も本当の自分を見失わずに、ちゃんと向き合えるっつーか……」

 

陽介は言葉を続けていくごとに顔を赤くしていき、うつむく。顔からは湯気が出ているかのような錯覚を見せていた。

 

「っだー! ハズい! もう無理、勘弁してくれ……っていうか真! 俺にばっか喋らせてずりぃぞ!!」

 

恥ずかしさを誤魔化す為ぶんぶんと両手を振りながら真に抗議する陽介。そんな中、マリーは「向きあう……」と声を漏らした。

 

「なんなら、一緒に青春するか?」

 

「お、いいねえ! 俺は大歓迎だぜ!」

 

真がマリーに向けて尋ねると陽介もそう言い、彼女も仲間に迎え入れようと握手を求める。

 

「ヤダよ。だって役に立たないから」

 

しかしクールにきっぱり拒否。この空気で断られてしまった陽介はがくんっとずっこける。

 

「本当の自分を見失わずに、ちゃんと向き合える……」

 

「や、もういいから……頼むからそれ忘れてくれ……」

 

我ながらくさい台詞だと思うのか顔を隠しそう言い陽介。すると彼は突然「そうだ!」と叫んだ。

 

「あのーほら、図書室! 図書室はまだ見てなかったよな!? あんまゆっくりもしてらんないし、急ごうぜ!」

 

陽介はそう言い逃げるようにその場を去る。が、マリーは動かず、まだ考え込んでいた。

 

「……向き合うの? ホントの自分と……」

 

陽介の言葉を気にしているらしいマリー。しかし、彼女は真の方を見ると「行こ」と言って歩き、真もその後を追う。それから三人で学校を隅々まで見学、最後に陽介がもっかい細井先生に見学許可のお礼を言ってから、三人は学校を出て行き、陽介とも解散。真はマリーをベルベットルームに送ってから家に帰っていった。

 

その翌日。学生は夏休みだが学童保育はやっているらしく、真はその手伝いのバイトに行こうとバス停にやってきていた。

 

「椎宮」

 

と、バス停の前でバスを待っている彼に突然誰かが声をかけ、真もそっちを見ると「おぉ」と声を出す。

 

「一条」

 

「よ、よお……」

 

声をかけた相手――一条康は若干居心地悪そうな様子で挨拶し、彼の後ろに並び、一緒にバスを待つ。そしてバスがやってきた時、ふと彼は口を開く。

 

「ど、どこ行くんだ?」

 

「バイトだけど?」

 

「あ、あぁ、そう……」

 

一条の質問に真は平然と答え、一条は妙にしどろもどろにそう返す。

 

「俺はさ、今から駅行って……施設に行くつもり。夏休みだし、時間がある内にってさ」

 

「そうか」

 

決着をつけるつもりだ。それを真は察し、二人並んで席に座るとバスは走り出し、駅に着くより先にバイト先の高台についたので真は一条を置いてバスを降りて行った。

 

「ニンジャごっこやる人、はーい!!」

 

学童保育で妙に目立つ少年――勇太やそのほかの子供達に振り回されながら世話をしている内に時間が過ぎていき、子供達は次々に迎えが来る。

 

「ユー君、帰ろう」

 

勇太の義母親、絵里も迎えに来る。が、勇太はぷいっと顔を逸らしていた。

 

「今日の夜ゴハン、どこの出前がいい? 高いものでもいいよ?」

 

「……おなか、へってない」

 

勇太はそう言い、「もっと遊ぶ!」と言い残すと走っていく。

 

「……次からは、もっと遅く来るわ」

 

それを見た絵里も唇を尖らせ、「せっかくテレビ途中で来たのに、やんなっちゃう」と呟いてため息をつく。

 

「……仕方ないよね、血が繋がってないから」

 

「勇太を愛せない事がですか?」

 

絵里の呟きに真が尋ねる。それに絵里は口をつぐんだ後、彼を見返す。

 

「母乳上げる時に、母性って目覚めるんだって」

 

テレビで言っていたんだから本当だ、と絵里は主張。だから、たかが半年前に会った自分に母性なんか目覚めようがないのだ。だから仕方ない、これはきっと運命なのだ。と主張を続ける。

 

「運命と言えばね、こんなの知ってる?」

 

主張していたキーワードの中から一部を抜き出し、絵里は言う。曰く生まれる前から人生というのは何もかもが決まっている。神様が決めたプログラムを自分達はこなしているだけ。だからツライ事があったとしても、それは神様が決めた事である。

 

「ね、何か楽にならない? 素敵な考え方でしょ?」

 

「……つまらない考え方ですね」

 

「……男の人には分かんないのね。そう思うと、男の人って可哀想よね。理屈でしか生きられないっていうか……」

 

絵里の言葉を真は一刀両断。それに絵里は悲しそうに返す。

 

「いえ、単純に人生、未来があらかじめ決められているのは気にいらないだけです……その理屈を許せば今、俺達が頑張っている意味がなくなってしまう。それだけの我儘ですよ」

 

絵里の言葉に対し真はそう静かに、だが力強く反論。それに対する絵里もさっきの言葉はテレビで言っていたことで人気もあるらしく、それならば良い事、そもそも考え方は人それぞれだと反論。真もなら俺がそう考えるのも勝手だ。と反論して論議を終える。

 

「私ね、その人の講演会にも行ったんだけど、それで号泣しちゃって……私、高次元の存在を感じたの!」

 

話を続ける絵里はにこにこしていたが、続けてこんな田舎だと面白い事は少ないからテレビやインターネットばかり。買い物も通販頼りだ。と呟く。

 

「……本当は、都会に戻りたいけど」

 

「……ふぅ」

 

絵里の言葉に真はため息を漏らす。

 

「……先生には色々言っちゃうね。ユー君には……内緒にして。それから、他のお母さんたちにも」

 

「言ってどうする」

 

「……ありがとう。優しい先生」

 

絵里のお願いに対し真は呆れ気味にそう返し、絵里はホッとしたように微笑んでお礼を言う。それから絵里と勇太はぎこちなく帰っていき、真もバイトが終わったのでアルバイト代を頂いて高台からのバスに乗り、商店街に戻る。

 

「ん? よう、椎宮」

 

「長瀬」

 

バスから降りたところにいきなり長瀬が声をかけてくる。

 

「なあ、一条見なかったか? ちょっとサッカーの練習に付き合ってもらおうかと思ってたんだが……」

 

「一条だったら朝、施設に行くと言っていたが?」

 

長瀬の言葉に真が返すと、長瀬は「施設?」とオウム返しに返した後、「あぁ」と呟く。

 

「そっか……ちっと、心配だよな……よし。駅まで迎えに行くか!」

 

「……え? いや、もうさっきバス出たんだが……」

 

「んなもんちょっとしたランニングだと思えばいいだろ?」

 

要するに走って駅まで行くつもりらしい。

 

「よし、行くぞ!」

 

長瀬はそう言うや否や走り出し、真もバイト帰りで疲れてるんだが、とぼやきながらその後を追った。

 

八十稲羽駅、駅前。丁度一条が改札から出てくるのと、走ってやってきた長瀬達が到着するのは同時だった。

 

「なんだよ、二人とも……」

 

「平気か?」

 

駅から出てきて、真と長瀬がいる事に気づいた一条が驚いたように声を漏らすと、真がそう尋ねる。

 

「心配して、来たのか? わざわざ?……ヒマ人め」

 

憎まれ口を叩きながらも一条は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「建物も先生らも全然、変わってなくてさ、何かすっげー、歓迎されちゃった……けど、本当の親とか、あそこに預けられた理由とかは、教えられないって」

 

「そうか……」

 

一条の言葉に長瀬は残念そうに表情を曇らせる。

 

「でも、これ、もらった」

 

と、一条はそう言って懐から一枚の封筒を取り出した。曰く、一条を孤児院に預けた人からの手紙。らしく、まだ一人だと怖くて読んでいないらしい。真達三人は一条を真と長瀬が挟み込むように駅の階段に座り、一条は封筒から手紙を取り出すと、中身が見えない様に折りたたんだまますーはーと深呼吸する。

 

「よ、読むぞ……」

 

その言葉に真と長瀬が頷き、一条は意を決したように手紙を開くと内容に目を通す。

 

「こ……康くん、これを読んでいるあなたはさぞ、大きくなったことでしょうね。あなたの名前の“康”は、あなたのご両親が、あなたに、ただ健康であって欲しいと願って付けました。偉くなったり、大金持ちになったりするより、ずっと大事で、大変な事です。体の弱かったあなたのご両親は、あなたが園に入って半年ほどで、お二人とも亡くなりました。“育てる事が出来なくてごめんなさい”と、ずっと言っていました。“愛してる”と、ずっと言っていました。あなたは、ご両親の希望の光です。辛い事があっても、くじけてはいけません。胸を張って進みなさい。あなたを見守っています……」

 

一条は手紙を読み終え、僅かな余韻の後に息を吐く。

 

「名前、無し。手がかり、無し……」

 

彼はそう呟いた後、「死んでたんだな……ホントの親」と声を漏らす。真はもちろん、長瀬も何も言えない様子だった。

 

「予想はしてたけどさ……やっぱ、ショック、かな」

 

一条は「繋がり……なくなってたんだな」と悲しそうに呟いた。

 

「……そんな事はない」

 

「……そうかな、まだあんのかな。よく、分かんねーや」

 

真の言葉に対し一条は苦笑いをしてそう漏らす。

 

「けど、知ってよかった……知れて、よかった」

 

そう言い、一条は二人に「ありがとな」とお礼を言った。その笑顔はどこか弱々しいが、真は彼の支えになれている。と感じ取った。

 

「そろそろ暗くなるな」

 

と、長瀬が低くなっている太陽を見上げてそう呟く。

 

「帰ろうぜ……お前の事心配してる人、他にもいるだろ」

 

長瀬の言葉に一条は頷き、彼らは帰路についた。

 

 

 

それからこつこつと夏休みの宿題をしたり、バイトをしたり、仲間や友達と過ごしながら数日が過ぎ、8月9日。

 

「あ、先輩!」

 

商店街にやってきた真に声をかけてきたのはりせだ。たたたっと真に駆け寄ってヒマならどっか遊び行こ、と誘ってくる。

 

「ああ、いいぜ」

 

「はい! えーっと、どこに行こうかな……」

 

真の言葉にりせは嬉しそうに微笑み、二人は共に歩き出す。

それから二人はりせたっての希望で愛家に行き、一緒に肉丼を食べた後りせと一緒に家まで戻る。

 

「ちょっと味濃かった? けど、美味しかったー。お婆ちゃんのゴハン、味薄いんだ。お豆腐メインだからヘルシーだけど」

 

「身体に良いじゃないか」

 

「そうだよね♪」

 

りせの言葉に真が返すとりせもふふっと笑い、二人は丸久豆腐店の前にやってくる。

 

「ん?」

 

と、真はりせの家の前にメガネにスーツ姿の男性が誰かを待つように立っているのを見る。

 

「あれって……」

 

りせが驚いたように声を漏らす。記者かもしくはストーカーかと不安気に呟いており、真はりせを守るように前に立つ。

 

「逃げるか? それとも通報するか?」

 

「えっ!? だ、大丈夫だよ。まだ危険人物って決まってないし……」

 

積極的に対処に動く真に対し、りせは慌てて返し様子見を提案。

 

「……でも、ありがと、先輩」

 

それから安心したように微笑み、真にお礼を言った。

 

「ん、けど、あの人……どっかで……」

 

りせはそう呟き、相手に気づかれないように徐々に近づいていく。

 

「うそ!? もしかして、井上さん!?」

 

そしてその相手に覚えがあったのか、驚いたようにその男性――井上に呼びかけた。

 

「りせちゃん!」

 

井上と呼ばれた男もりせに気づくと彼女の名を呼んで近づき、りせは「なんでこんなとこに……」と驚いたように呟く。

 

「事務所とはちゃんと話してあるでしょ!?」

 

「……今日は僕個人が納得できないから来たんだよ」

 

りせと井上なる男性はそう話し合う。

 

「……申し訳ないですが、どなたですか?」

 

その横から真が警戒の様子を見せながら割り込み、井上なる男性も真を見てえっと、と漏らした後名刺を取り出した。

 

「私、久慈川りせのマネージャーをしていた、井上実といいます」

 

「……なるほど。失礼しました」

 

名刺を真に丁寧に渡しながら井上はそう自己紹介。真も相手の身元が確認できたので一時警戒を解いた。

 

「今回は、りせちゃんの休業について、納得できないのでこうして訪問させていただきました。“久慈川りせ”のマネージャーとして、今まで見てき――」

「私は今、タレントじゃない!」

 

井上の言葉をりせは大声で遮り、もう生活時間をマネージャーに管理されてない。帰らないと警察呼ぶ。と井上を脅すように言う。

 

「ま、待ってくれ! もう一度考え直してくれないか? あの映画、僕は“久慈川りせ”しかいないと思う。君のファンだって楽しみにしてたし……」

 

「これ以上……まだ私に何か演じろっていうの?」

 

「え?」

 

井上の説得に対しりせはぼそりと呟き、よく聞こえなかったらしい井上は呆けた声を漏らすが、りせは誤魔化すように「もう芸能界とか、そういうの全部、もういい!」と叫んだ後、ちらりと真の方を見る。

 

「私……私、高校卒業したら、か、彼と結婚するんだもん!!」

 

「「!?」」

 

りせのいきなりの告白に井上だけでなく、その相手である真も驚愕に硬直。しかし幸い井上と違って真の驚きは顔には出ておらず、りせはすぐ真の腕に抱き付いた。

 

「休業って言ってたけど、決めたの! もう復帰とか……絶対無いから! 真はね、私だけ見てくれてて……それに、すっごく優しいんだから!」

 

「……」

 

りせは必死になっており、真もそれを見ると井上を睨むような視線で見る。

 

「申し訳ありませんが、お引き取り願えますか?……話は大体掴めましたが、俺はくじ……りせが嫌がる事を強要させるわけにはいきません……りせは俺が守ります」

 

若干ぼろを出しそうになったが、真は話を合わせて井上を追い返そうと試みる。その言葉を受けた井上はうつむき、分かった。と返す。

 

「今日のところは……帰るよ。で、でも、僕は――」

「早く帰って!!」

 

井上の言葉を遮り、ヒステリックにも似た様子で叫ぶりせ。携帯に手をやっており、本当に警察を呼びかねない様子に井上はその場を去っていく。

 

「…………行ったみたいだな」

 

しばらく様子を見て、安全と判断した真がそう呟くと、りせは慌てて真から離れ、顔を合わせづらそうに背ける。

 

「え、えっと……」

 

りせは顔を背けながら、井上について紹介する。彼は自分のマネージャーだった人で、娘が自分と同い年だったからとかでよく色々心配してくれたのだと。

 

「でも……もう、今の私には関係ない人」

 

そう締めくくった後、りせは慌てた様子で真を見る。

 

「えっと、その、ご、ごめんなさい……結婚するとかって、ウソついちゃって……」

 

「気にしてない。さっき言った、久慈川の嫌がる事を強要させたくないという事と、久慈川は守るというのは俺の本音だ。そのためならこのくらいの嘘は許容してやるよ」

 

「先輩……やっぱ大人だな……」

 

りせが慌てた様子で謝罪するのを真は気にするなと言い、さっき自分が言った事は嘘ではなく本音だったと語る。それにりせはホッとしたように笑った。

 

「先輩って……やっぱり優しい。ま、まずいな……私……どんどん甘えちゃいそう……」

 

「俺に出来る事であれば、全力で助ける。俺達は仲間なんだからな」

 

りせの言葉に対し真は笑ってそう返し、その言葉を受けたりせはホッとした反動か照れくさそうに笑っていた。そしてりせが家に入っていくのを見送ってから、真も家に帰っていった。

 

それからまた数日が過ぎ、7月12日の夜にはマヨナカテレビが映る。しかしそれに映るものは何もなく、真は久保はあの後警察でどうなったのだろうか、と考えを巡らせた。

 

それから翌日の夜。堂島家のテーブルには出前の寿司が乗せられていた。

 

「いっやー、スーゴいっすね! こんだけの大トロ、あんま見ないっすよ!」

 

「祝う時くらい、豪勢にいかないとな」

 

足立の歓声に遼太郎が笑いながら言い、菜々子が「おいわい?」と尋ねると遼太郎はテレビに映っているニュースを示す。

 

[“相手は誰でもよかった”“ムカついた”“主役になりたかった”などど供述しており、容疑者の少年は、犯行は認めているものの、反省の色は全く見られないという事です]

 

ニュースは、供述は多くの点で一貫性が無く支離滅裂で、精神鑑定が必要との指摘があることを伝えており、警察では事件の全容解明に向け、なお慎重な対応を迫られそうですと締めていた。

 

「実は、立件にこぎつけるの大変だったんだよ~」

 

ニュースを聞いた足立が呟く。証言と状況証拠だけで困っていたのだが、被害者の服から容疑者の指紋が出て、やっと立件が出来たという事だ。布から指紋が取れるという最近の科学捜査の発展に足立は歓声を上げる。

 

「もうこんな怖い事は起きないから、安心しなさい」

 

「うん!」

 

遼太郎も我が娘を安心させるように言い、菜々子も嬉しそうに頷く。

 

「にしても、ホントふざけた奴ですよね~。高校生のくせに連続殺人、それも死体ぶら下げるなんて……発想が大胆すぎますよ~。けど、捕まって良かった~! もうあれこれ疑わなくていいし! このまま野放しになってたらと思うと……」

 

「やーめろ、話長いんだよ足立! ネタが乾いちまうだろーが!」

 

足立は腕を組みうんうん頷きながら話すが、話の途中で遼太郎が話を打ち切らせ、足立は「すいません」と慌てて謝る。

 

「ほら、みんな食え食え」

 

「じゃ、お言葉に甘えて……」

 

遼太郎がそう言ってから真達は箸を出すが、菜々子は寿司に手を付けない。その様子に足立が気づいた。

 

「あれ、菜々子ちゃん、お寿司嫌いなの?」

 

「わさび、入ってる……」

 

足立の言葉に菜々子は首を横に振ってそう言い、遼太郎はしまったなという様子で呟いた後、菜々子がどれを食べたいのかと尋ねる。それに菜々子は満面の笑顔で「ひらめ!!」と言った。

 

「しっぶいなー菜々子ちゃん」

 

まさかのひらめというチョイスに足立は驚きを露わにした後、口元をぺろりと舌でなめながら「じゃあ僕はウニを」と言ってウニに箸を伸ばす。

 

「おま、ウニは一個しかないだろ!」

 

「甘いッスよ。早い者勝ちー!」

 

ひらめのわさびを取っている遼太郎が文句をつけるが、足立は素早くウニを取ると口に入れる。久々に騒がしい夕食が続いていった。

 

その夕食から数日が経って、本日は8月15日だ。朝、今日は何をしようかと考えている真の元に突然電話がかかる。

 

[もしもしー、オレオレ! あ、オレオレ詐欺とかそういう漫才なしな、急いでんだよ]

 

「どうした?」

 

[急で悪いんだけどさ、頼みがあるんだよ。金曜まで、ジュネスのバイトしないか?]

 

「バイト?」

 

[人が足りなくてさ、頼む! バイト代はずむから! 毎日フードコートでおごるし!! ホントお願いします!!]

 

陽介は電話越しにも分かるほどに必死に頼み込んできていた。

 

「分かったよ」

 

[おっしゃ! ありがとー心の友よ!! んじゃ待ってるから、今日から頼むな!!]

 

「了解した」

 

真は電話を切るやいなや外出の準備を整えて菜々子にも挨拶し、原付に飛び乗るとジュネスに向けて走っていった。

 

そしてジュネスについて早々出迎えられた陽介からエプロンを手渡され、説明もそこそこにフードコートに放り込まれ、真は妙に多い客を一気に捌き始める羽目になった。

 

「ハァ……たかがヒーローショーやるぐらいで、なんでこんな人が……つれぇぇぇぇ」

 

「口ではなく手を動かした方がいいぞ、陽介」

 

「ああ、真がいなかったらマジ死んでたかも……」

 

愚痴る陽介に対し真はせっせと働く。その手際に陽介はそう呟きながら仕事を続ける。

 

「いらっしゃ~い! カキ氷、おいしいですよ~! キンキンに冷えたカキ氷で、一緒にヒーローを応援しよー!」

 

千枝も元気に呼び込みを行い、クマは着ぐるみ姿でキレのいい動きで焼きそばを焼いていた。

 

それから週末までフルタイム出勤。凶悪な炎天下の元、真達は労働に汗を流していた。

 

「しっかしマジで助かったぜ、真。流石相棒。流石心の友だよなー」

 

「困った時はお互い様だ……流石に辛くなってきたがな」

 

陽介の調子のいい言葉に真はそう返しつつ、二人はフードコート店舗の方を見る。

 

「いらっしゃ~い! 暑い時こそ肉ですよ~! 焼肉、ビフテキ、生姜焼き! 肉肉づくしで夏バテ防止! 肉はアナタを裏切らないっ!!」

 

肉好き千枝の調子のいいセールストークが響く。

 

「クマ……すげーよな。頭下がるぜ、ホント」

 

若干の休憩に入っている陽介の言葉に同じく休憩に入っている真は心から同意する。半袖でも暑いこの炎天下で、しかも鉄板の前で、更にはあの着ぐるみを着こんで毎日奮闘を続けていたクマには、確かに頭が下がる思いだ。と言っても流石のクマも、多少動きにキレが無くなってきてはいるのだが。

 

「やあ、二人とも休憩中? お疲れ様」

 

「あ、命さん。お疲れっす」

 

と、命が缶ジュース片手に二人に声をかけてきた。

 

「はい、これ。水分補給はしっかりしときなよ? 里中さんとクマ君は……まだ仕事中か」

 

真と陽介に二本の缶ジュースを渡しながら命はまだ鉄板の前で奮闘中のクマと炎天下の中呼び込みをしている千枝を見て呟いた後、そのついでにと普段より大分多い客を見回す。

 

「それにしても、流石は夏休みだね……終わったら少しは仕事も楽になるかな?」

 

「そう祈りたいっすよ……ってあれ?」

 

命の呟きに陽介はげんなりした様子で呟いた後、ふと彼の台詞のおかしい部分に気づく。

 

「命さんって事件の調査とかに来てたんすよね? んじゃあ事件は一応ケリついたんだし、夏休み終わる頃にはもう帰るんじゃないんすか?」

 

「ん? いや、まだ帰らないよ? 店長にも辞めますなんて言ってないし。それに辞めるなら辞めるで花村君に相談の一つでもしてるよ、僕花村君の紹介で働かせてもらってるんだし」

 

「あ、そうっすか……まあ命さんがいてくれるならこっちとしては願ったりなんすけど」

 

花村は命の言葉に対し苦笑を漏らす。

 

(なんとなくすっきりしないしね……まだ、ケリがついてない。そんな気がする)

 

あははと笑っている陽介と無言で水分補給をしている真を見ながら、命はそんな事を心の中で呟いていた。

 

「あ、いた」

 

と、いきなりそんな平坦な女の子な声が聞こえてくる。

 

「ぶっ!?」

 

その声を聞いた真がジュースを吹き出し、驚いたように声の方である後ろを振り向く。そこには青色の帽子を被り、大きな鞄を下げた少女が立っている。

 

「マ、マリー!? なんでこんな所にいるんだ!?」

 

「まーがれっとにこぜに? もらったから来たの。見たいものあったし」

 

「ど、どうやって来たんだ?」

 

「まーがれっとが連れて来てくれた。ここなら君がいるってまーがれっとに教えてもらったし」

 

体よく押し付けられている。

 

「ねえ、のど渇いた。何か飲みたい。甘くないヤツ。水はヤダ」

 

マリーの我儘がフードコートに炸裂する。

 

「んーっと……誰?」

 

「えっと、マリーです」

 

初対面の命がマリーを見て首を傾げ、真が彼女を紹介して立ち上がり、命の方に歩き寄る。

 

「あの、ベルベットルームで世話になってるんですが……」

 

「いや、僕は会った事ないけど……でもあぁ、ベルベットルームの住人ならこの浮世離れした感覚は分かるよ」

 

自分もそういう相手と過ごしていた経験がある事から命はマリーの浮世離れした感覚に納得。すたすたとマリーに歩き寄ると微笑を浮かべる。

 

「初めまして、マリーちゃん。喉が渇いたんならこれどうぞ」

 

そう言って命はマリーにレモンジュースを差し出す。が、マリーは怪訝な表情を彼に向けた。

 

「誰? タラシ?」

 

「タラ……」

 

単刀直入な無礼さに流石の命も硬直。真と陽介もぶはっと吹き出した。

 

「センセー! やっと休憩クマー!!」

 

と、ハイテンションなクマががもし進行上に子供でもいたら撥ね飛ばして怪我をさせてしまうのではないかと心配させるほどの勢いで突進、その進行上にいた真は思わずマリーを庇うようにしてその場を離れ、クマは真達が立っていた場所を通り過ぎるとキキーッと急ブレーキをかけて振り向く。

 

「ぬお! この子は誰クマ!?」

 

そしてマリーを見て驚いたように声を出し、「ひょっとしてセンセイの“ナオン”? んもー、隅におけないバッドボーイねー」と続ける。

 

「……何これ、動いてる」

 

「クマだ」

 

マリーがクマを見てから真に尋ねると真は一言で説明。

 

「クマ……キモイ」

 

「し、しどい! 愛らしいクマに向かってそんな……」

 

マリーの毒舌にクマは泣きそうな声で呟き、マリーは目の前の珍妙な物体が喋る事に驚き、何で出来てるのと疑問を出すとクマは「クマの半分は優しさで出来ています」と答え、マリーが「もう半分は」と尋ねると「クマ毛クマ」と返した。

 

「優しさと、毛?」

 

マリーの出した結論にクマは大きく頷く。流石のマリーも不思議そうなというか訳が分からないという顔が隠せていなかった。

 

「って、そういやマリーちゃん。今日はジュネスに何の用事? ジュネス見学とか?」

 

と、陽介はようやく彼女の用件を尋ね、この前の学校の時のように「ようこそジュネス八十稲羽店!」と銘打ってどんと胸を叩く。

 

「え……要らないよ。もう見たもん」

 

しかしマリーは一刀両断。クマがヨースケフラれたクマーと彼をからかい、陽介はフラれてねーっつのと叫ぶ。

 

「マリー、店員に迷惑をかけていないだろうな?……」

 

「は? 意味わかんない」

 

真はこの忙しい中マリーが一人でジュネス内を徘徊していたと聞き、店員に無駄な仕事を増やしてないだろうかと心配になるが、そのマリーは毒舌で返すのみ。

 

「ちーす、花村先輩。前言ってたCDなんスけど……」

 

と、別の人間が陽介に声をかけてきた。

 

「完二」

 

「お、椎宮先輩。奇遇ッスね……ん?」

 

真が相手に返し、完二が真を見てにっと笑って返した後、マリーを見て首を傾げる。

 

「誰スか、こいつ」

 

「何、このオッサン」

 

完二とマリーは互いに無礼に相手を指し示した。

 

「オ、オッサン!?」

 

「ああ、気持ちは分かる」

 

「あー、確かにな。うん」

 

マリーの表現に完二が驚いたような声を出すと真が頷き、陽介も肯定。

 

「誰がオッサンだコラァ!」

 

直後完二の怒号が響いた。

 

「冗談だ冗談」

 

「チッ。椎宮先輩、性質悪いッスよ」

 

真が笑いながら返し、完二もぼやく。

 

「完二、何騒いでんの? 花村先輩に用あるんじゃ……あ、センパ――」

 

と、一緒に来ていたのかりせまで合流。真を見て微笑むが、直後マリーにも彼女は気づき、彼女を近づきながらじーっと見つめる。そのただならぬ威圧感にマリーも押されて何も出来ず、りせはうつむく。

 

「……可愛い」

 

そしてぼそりと呟いた後、真の方を振り向いて眉を吊り上げた。

 

「先輩? この子誰? どういう知り合い?」

 

「え? えーっと妹、ではなくって……」

 

眉を吊り上げて詰め寄るりせに真はこの前陽介をからかった時のように誤魔化そうとするが、むーという擬音がつきそうなほどに頬を膨らませて迫ってきているりせには通じそうにない。

 

「この人知ってるよ?」

 

と、マリーが突然言う。

 

「まーがれっとから聞いたもん。“ムリ、キライ、突っ走りすぎ”の人」

 

「違いますっ! “シンドスギ”!」

 

マリーのちょっと違うキャッチコピーにりせは反応し、振り向いて訂正する。

 

「あんま変わんない」

 

「変わりますっ!」

 

マイペースなマリーにりせは「んもうっ!」と言い、陽介に「この子なんなの!?」と叫ぶ。

 

「俺かよ!? や、この子はマリーちゃんつって、椎宮のツレで……」

 

「ウソ!? ツレって……」

 

陽介の言葉を聞いたりせは絶句してマリーを見る。

 

「スマン……火に油を注いだ気がする……」

 

直後陽介も自分の失言を真に謝罪した。

 

「ぷっはー。やっと休憩だよー」

 

「皆、ご苦労様」

 

千枝と雪子も合流。これで自称特別捜査隊全員集合だ。

 

「休憩?……あーそっか。先輩方、ジュネスでバイトしてたんでしたっけ」

 

完二がぽんと手を打ってそう言うと陽介が「完二とりせ、補習だったからなぁ」とぼやき、りせはうぐっと声を詰まらせた直後「うるさいなぁ」と返す。どうやら陽介は二人にもバイトの手伝いを頼んだようだがこの一年生コンビは双方この時期に行われる補習をくらってしまっていたらしい。

 

「ご、ごめんね? 私もこの時期は旅館が忙しくって……」

 

「あーいやいや、そりゃしゃあねえって」

 

実家の方の手伝いで精一杯で助けられなかった雪子が慌てて謝るが陽介は気にするなと返し、りせは「なんか先輩私達と扱いが違う」とジト目を向け、陽介もそれに怯む。

 

「あ、そういやマリーちゃん! マリーちゃん夏休み暇? 明日夏祭りなんだけど、夜に神社に来れない?」

 

陽介はりせのジト目から逃げるためにマリーに話を振った。

 

「あした? よる?……」

 

「ちょっと花村! いきなり明日の夜とか言われてもマリーちゃん困るでしょ! マリーちゃんにも予定とかあんだからさ!」

 

その誘いにマリーがぼやき、千枝がいきなり誘ってもマリーを困らせるだけだと陽介に注意する。

 

「そ、そうだよな。悪いマリーちゃん、明日ってのは急すぎたわ、気にしないでくれ……」

 

陽介は悪い悪いとマリーに謝り、少し考えてからパチンと指を鳴らした。

 

「お、んじゃ皆と一緒に海行かね? まだちゃんと日程決めてねえし、マリーちゃんが暇な時に合わせられると思うぜ?」

 

「……別にいいけど。海行ったことないし」

 

誘い第二弾をマリーは受ける。

 

「う、海行った事ねえって、おいおいマジかよ!?」

 

「オッサンうっさい」

 

完二がマリーの発言に驚くが、マリーはうっとうしそうに完二に返し、完二が「オッサ……」と口ごもると雪子は目を輝かせ、「じゃあ絶対行かなきゃだね!」とやる気満々の様子を見せる。が、陽介は「人生初の海があそこでいいのか?」と妙に自信なさげな様子で呟いた。

 

「別にいいんじゃない? 大事なのは“どこに行くか”、じゃなくって“誰と行くか”だと思うよ」

 

そこに命が助け舟を出し、完二も「そッスよ!」と同意する。

 

「そういやマリーちゃん。海初めてって事は水着持ってなかったり?」

 

「水着?……持ってない」

 

陽介の確認にマリーが正直に返し、陽介は声に出さず口の中で「YES!」と叫ぶ。

 

「オッケオッケー! マリーちゃんは何も心配しないでいいから!」

 

そしてグッドとサインを決めてウインクしながらそう答えた。

 

「……いいの?」

 

マリーが真に目を向け、尋ねる。

 

「陽介……真面目にやれよ?」

 

それに対し真は僅かに目を研ぎ澄ませながら陽介を睨み、陽介も「分かってる分かってる!」と引きながら答えた。

 

「先輩、妙にマリーちゃんに優しくない?」

 

「そうか?」

 

りせのジト目が今度は真に向く。が、彼は首を傾げてそう答えた。

 

「さてと。そろそろ休憩終わり。真君と里中さんはバイト最終日だし、ラストスパート頑張ろう!」

 

「「「はいっ!!!」」」

「クマー!」

 

と、命がぱんっと手を叩いて休憩終了を示し、バイトメンバーは気合充分に答え、完二とりせ、雪子は帰っていく。そしてマリーは妙に心配になった真がバイト中こっそり抜け出してベルベットルームに送り、大慌てでバイトに戻るという手段でベルベットルームに送り返された。




今回は夏休み。長いとグダグダになるので二つに分け、前編は日常コミュ色々とイベントです。最後のイベントにはマリーを放り込んでみました。
夏祭りやゴールデン要素の海水浴、花火大会は後編をどうぞ。それでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。