ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

36 / 63
第三十五話 虚構の冒険へ

期末テスト終了から翌日、7月24日。真はりせが店番を終えた後、彼女の強い希望で惣菜大学にやってきていた。

 

「ふぅ。もー無理、おなかキツくなってきた……でもすっごい満足したー! ずっと気になってたんだ、ここ」

 

りせはふぅと息を吐いた後満足そうに微笑み、次に「けど、一人だとホラ、恥ずかしいでしょ?」と恥ずかしそうにはにかむ。

 

「買い食いが恥ずかしいのなら買って帰って食べればいいんじゃないか?」

 

「もう、先輩ぜ~んぜん分かってない」

 

首を傾げてそう言う真にりせは唇を尖らせ、「この“空気”が大事なんだから。食べればなんでもいいんじゃないの」と熱弁する。それからりせは惣菜大学の商品を見ていき、「実はこういうの……ずーっと憧れてたんだ」と言う。曰くりせの親は厳しかったし、友達もあまりいなかったらしい。「ま、学校になかなか顔出さないんじゃ、しょうがないんだけどさ」とりせは自嘲した。

 

「て、やめやめ! 暗すぎるこの話!!」

 

りせは空気が重くなったのを感じたのか慌ててその話を打ち切る。

 

「楽しい話しよ。せっかく先輩と二人なんだし! 私、この町に来て、先輩と会えて、嬉しいんだもん、ほんとだよ?」

 

りせは自然な笑顔ではしゃいでおり、真もその笑顔につられたのかふっと微笑む。と、その時りせの笑顔の性質が変わった。

 

「じゃあまずは、好きなタイプから訊いてみよっかな?」

 

小悪魔のような悪戯っぽい笑顔、それを見た真はびくっとなり、「そうだ。買い物があったんだ」と誤魔化してその場を逃げ出し、りせもきゃははと笑いながらそれを追う。それから暗くなるまで追いかけっこになり、真はりせを家に送ってから帰路についた。

 

それから7月25日。今日は雨で、天気予報によると夜には晴れるだろうが明日は終日雨だそうだ。

 

「今日はもう止んだけど、明日は終日雨、かぁ」

 

「雨といえば、マヨナカテレビはチェックしておくべきだよね?」

 

昼休み。教室の窓から見える曇り空を見上げながら千枝が呟き、雪子がそう言う。それに陽介が頷いた。

 

「そうだな。元々警察の手に負えないような奴だったんだ、念のためチェックしておいた方がいいだろ」

 

「俺もそう思う」

 

陽介の意見に真が賛成。後で一年の二人にも言っておくとして、明日はマヨナカテレビをチェックしておく。という事で意見は纏められた。

 

「ねえねえ!」

 

と、教室の外からそんな女の子の声が聞こえてくる。

 

「試験の結果、貼り出されたよー!」

 

試験結果が貼り出されたらしい。

 

「うわ~……やーな時間が来ちゃったな……」

 

「んっふっふー。さー花村君、今までの努力の成果を確認しに行こうではないか~」

 

陽介の言葉に今回自信満々な千枝が得意満面の表情で彼の首に腕を回してそう言う。それから四人一緒に試験結果の確認に向かう。

 

「んーっと……だー、やっぱ俺駄目だったわ……」

 

「えっと私は……うん、まあこんなものだよね」

 

陽介が悔しそうに頭をかき、雪子がうんと頷く。

 

「ん? あ、あれ?……私の名前、ない……」

 

千枝は自信の表れか普段自分がいる場所より数段上位の場所を指差し追いながら名前を確認していく。

 

「あ、あれ? 俺の名前……今回自信あったのに……」

 

と、その横で同じように普段自分がいる場所より数段上位の場所を指差している一条がそんな声を漏らす。

 

「い、一条君も?……」

 

「さ、里中さんも?……」

 

二人は青くなった顔を見合わせる。ちなみに一条と一緒に来ていた長瀬は大体いつもの場所を確認して「おぉ、あったあった」と言っている。なお本人はあまり頓着していないが少し順位が上がっていた。

 

「お、先輩ら。奇遇ッスね」

 

「ん? よお、巽か」

 

と、そこに完二が声をかけ、長瀬が返す。里中と一条は未だ普段より上位の場所を青い顔で確認している。

 

「せ~んぱいっ、結果どうでした?」

 

「いや、まだ見てない……」

 

「ああ、んじゃ俺見てみますよ」

 

完二と一緒に来ていたりせが真に話しかけ、真がまだ自分の結果は見てないと言うと背の高い完二が試験結果の前を占拠している里中と一条の後ろから真の名を探し始める。

 

「えーっとせんぱ……ってマジッスか!? 先輩学年トップッスよ!?」

 

「そうか。ありがとう、完二」

 

「あ、どうも……じゃなくって!? うお、先輩スゲーッス!」

 

「うおー椎宮またトップかよ!」

 

完二から結果を聞いた真は軽くお礼を言い、そのお礼に完二もどうもと返すがその後「先輩スゲー」と叫び、陽介も歓声を上げる。

 

「……あ、私の名前あった……順位、ちょっとしか上がってない……」

「お、俺も……同じく……」

 

その時、里中と一条はようやく自分の名前を見つけ、どさっと膝をついた。

 

 

 

「うううぅぅぅぅ……」

 

放課後、千枝は机に突っ伏していた。午後はテストの返却だったのだが、

 

「ま、まさか解答欄がずれてたなんてね……げ、元気出して、千枝……」

 

雪子が引きつった笑みで千枝を元気づける。その言葉通り、千枝は今までにない手応えにテンションが上がり過ぎてしまったのか解答欄をずらして答えを書いてしまい、大量減点をくらってしまったのだ。ちなみにもう一人の手ごたえを感じていた生徒こと一条に関しては廊下からの「一条、数学のテスト名前書き忘れて0点にされたんだって!?」という長瀬の笑い声と一条の「馬鹿声がでけえ!!」という叫びから察していただきたい。

 

「かーッ、やっと解放されたぜ!」

 

落ち込んでいる千枝は雪子に任せ、陽介は伸びをする。

 

「なあ、夏休みどっか行かね? バイク、修理から戻ってきたんだよ! しかもなんか買った時より調子いいの!」

 

陽介は嬉しそうに笑いながらそう言う。その後半の台詞に真は「きっと先輩が修理の時追加メンテお願いしたんだな……」と考える。

 

「あー、バイクの話してるー! いいなぁ」

 

と、りせが話に入り、陽介のバイク破壊の経緯を知っている完二が「単車直ったんスか!」と言う。

 

「よく蘇ったッスねアレ。大谷先輩ッスよね?」

 

林間学校を思い出したのだろうか、完二は少し浮かない表情でそう言う。

 

「ん? 花村と大谷さん、なんかあったの?」

 

と、過ぎた事を気にしてもしょうがないと気を取り直したのか千枝が話に入ってきた。

 

「あー、ナンパ失敗して単車ぶっ壊されたんスよ」

 

「うっわ! 花村まさかの大谷さん狙い!?」

 

完二の間違ってないが間違いを誘発する説明に千枝が叫び、雪子もどこか引き気味で「わ、私、応援するよ!」と言う。

 

「一切そんな話してねーだろ!!??」

 

誤解を一掃しようと陽介が声を上げてツッコミを入れた。

 

「はぁ。夏、どっか行こうって話だよ、海とかさ……電車じゃ辛いけど、バイクなら楽しそうじゃんか」

 

陽介が本来の話の内容を説明、雪子が「そう言えばずっと行ってないなぁ、海」と呟くと千枝も明るい声で「眩しい太陽、きらめくさざ波」とキャッチコピーみたいなことを話し出す。しかしその最後が「ほとばしる肉汁」であり、陽介が「食い気じゃねーか」とツッコんだ。

 

「じゃあさ、私達も免許取っちゃうのどう? だって紙のテストだけでしょ?」

 

「俺らの歳じゃムリなんだよ」

 

りせの提案に15歳である完二がそう言う。と、りせはにやぁと笑った。

 

「ざーんねん。私誕生日先月だもん。現在16歳」

 

「きったねーぞテメー!」

 

誕生日の早い遅いで免許が取れるか決まり、得意気にきゃははと笑うりせに対して完二が怒号を上げる。

 

「あ~でも、センパイの後ろってのも捨てがたいなぁ。ギュッてしてあげたい」

 

「ギュゥ!?」

 

りせの言葉に陽介が自分達がバイクの免許を取る本来の目的である作戦を思い出す。

 

「原付は二人乗り禁止だ」

 

「そういうこった。まあでも、免許取るってのはアリだと思うぜ。一週間もありゃ取れるし」

 

が、真は冷静にそう返し、次に陽介が免許取るのはアリだと思うと言う。と、雪子が「お仕事用のだけど、旅館にスクーターある!」と言い、りせも「事務所が貰い物持て余してるから、借りられると思う」と続ける。が、「マネージャーに電話しなきゃだけど」と暗い顔でぼやいた。次に陽介は「里中はなんかねーの?」と、千枝に話を振った。

 

「原付ってスクーターの事でしょ?」

 

「50ccならなんでもいいって」

 

「……なら、ある……かも」

 

千枝の質問に陽介が頷くと千枝はそう言う。曰く「親戚にバイク好きで腐らしてる人がいて、もしかしたら借りられるかも」ということだ。

 

「やべえ、マジでいけんじゃねーか。全員免許取って、みんなで海行こうぜ!」

 

陽介の言葉に真や千枝達が頷く。と、完二がそれに待ったをかける。「クマはどうするんだ」という話だ。それに対し陽介は「じっとさせときゃ“荷物”で通んだろ」とさらっと言い、それに完二が「ぜってー見通し甘いだろそれ」とツッコミを入れた。

 

「……いざとなれば車輪をつけて“牽引”というのはどうだ?」

 

「ぷっ!!!」

 

続けての真の提案に雪子が吹き出し笑い出すと、千枝が「どこかに笑いありました?」と聞く。

 

「クマさんに……車輪……ぷぷ……ローラースケート……くくく……似合うー!」

 

どうやら勝手に変な想像をして勝手にツボに入ったらしい。

 

「決めた。私、免許取る!」

 

りせは免許を取ると言い、「海、プライベートは大分久々かも」と表情を明るくする。と、陽介がはっとした顔を見せる。

 

「俺今、大事な事に気づいちった……もしかすっとコレ……ナマりせちーの、ナマ水着と、ナマで!?」

 

陽介の言葉に千枝が「人のいないところでボヤいてくれる?」と険しい表情でツッコミを入れる。

 

「ね、センパイは誰の水着姿が楽しみ?」

 

「あ、えーっと……く、久慈川かな?」

 

りせの笑顔で迫りながらの言葉に真は頬を引きつかせながら空気を呼んでそう答える。それにりせは頬を赤らめて頷き、「ちゃあんと勝負水着、スタンバっとくから!」と言って可愛らしく微笑む。そして千枝と雪子も免許を取るという話になり、夏休みにはみんなで海に行くという事になった。

 

それから皆で夏休みの話をして時間が過ぎ、翌日の7月26日の放課後。終業式が終了、八十神高校の一学期は本日で最後、明日から夏休みだがあいにくの雨模様だ。

 

「予報通り雨っと。んじゃ夜まで続いたら全員マヨナカテレビ、忘れんなよ?」

 

「分かってるって」

「うん」

 

陽介が雨模様の天気を見た後念を押すように言い、それに千枝と雪子が頷く。

 

「つっても、なんも映らなきゃいいんスけどね」

 

「そだね。久々にスケジュールギチギチにならない夏休みが過ごせるチャンスだもん」

 

「まあ、その考えは俺達も同じだ。だが相手はテレビの中に入るなんていう超常能力を持つからな。警察の追跡を振り切る可能性がある……そうなった場合、手がかりを掴めるのはマヨナカテレビぐらいだからな」

 

一年生コンビがそう呟き、真が注意喚起を行う。それに完二は「分かってるッスよ」と返し、りせもうんと頷く。

 

「んじゃまあ、出来ればマヨナカテレビにゃなんも映らず平穏な夏休みを過ごせることを祈って。今日はとっとと帰るとすっか」

 

「そうだね。私と千枝はスクーターの免許取る勉強したいし」

 

「あー、また勉強かぁ……」

 

陽介が平穏な夏休みを過ごせる事を祈るようにぱんっと両手を合わせ、今日はもう帰ると提案。雪子も頷き、千枝と共に原付免許を取るため勉強に励むと言うと千枝がそう呟く。

 

「せ~んぱいっ。この前免許取ったばかりだし、よかったらフレッシュな知識での講師役お願いできませんか?」

 

と、りせがチャンスを逃さず真に甘えるように教えてくださいとねだってきた。

 

「別に構わない。どうせなら天城と里中も一緒にどうだ?」

 

「え? いいの?」

「にしし、そりゃ助かるわ。ありがと!」

 

真はりせのお願いを快く了承し、りせが嬉しそうに笑顔を見せたかと思うのもつかの間、真は雪子と千枝も一緒にどうだと誘い、二人が賛成するとりせは一瞬でジト目になる。

それから一緒に免許を取った陽介、さらにまだ免許を取れる年齢ではないもののどうせ暇だからと時間潰しに参加を決めた完二、要するに特捜隊高校生メンバーでの原付免許取得勉強会がジュネスフードコートで開始され、夕暮れ時になり始める頃に解散。一行はそれぞれ帰路につく……そして、そのまま時間は深夜まで過ぎていった。真は外で雨が降っているのを確認してからカーテンを締めテレビの前に立つ。そして少し待つと電源の点いていないテレビが映り始めた。

 

「……鮮明な……映像?……」

 

マヨナカテレビに映し出されたのは鮮明な映像、すなわちテレビの中に誰かが入っているという事だ。まるでどこかの城のような壁を背にし、少年が立っている。不健康な色白な肌で生気がない暗い瞳をしている少年だ。

 

[みんな、僕のこと見てるつもりなんだろ? みんな、僕の事をしってるつもりなんだろ?……それなら、捕まえてごらんよ]

 

マヨナカテレビ特有というか古いテレビでよくある砂嵐のようなザーザー音にかき消されそうなほどか細く抑揚のない声で少年がぼそぼそと呟いた辺りで映像が消える。

 

「今映っていたのは……一体?……」

 

映像が映らなくなったマヨナカテレビを見ながら真がぼそりと呟く。と携帯電話の着信音が聞こえ、真はすぐに電話に出る。

 

[おい、見たか!?]

 

電話の相手は陽介だ。

 

[今の誰だ? 俺、知らねえよ……ニュースや特番で見かけたか?]

 

「いや、俺も知らない」

 

陽介の確認に真が知らないと否定すると陽介は[ゾンビみてえに、やけにテンションが低かったけど]と呟く。と、電話の向こうからクマが「ヨースケ!」と呼ぶ声が聞こえてくる。

 

[……っと、あー分かったうるせーな! 悪ィ、クマに代わるわ――」

 

そう言ったところで一瞬電話口に静寂が走り、

 

[――センセー! クマクマー!]

 

その後電話の向こうからクマの声が聞こえてくる。

 

[初めて噂の“マヨナカテレビ”見たクマよー]

 

テレビの中の住人だったため真達の立場に立ってマヨナカテレビを見ていなかったクマは初めてその立場に立ってマヨナカテレビを確認。やっぱりこれはテレビの中に入れられた人物、つまり今回の場合はさっきの生気のない少年の抑圧してる気持ちに、テレビの中の世界が共鳴している現象だと説明する。少なくとも誰かがサツエイしているわけではない、という事が確認できてハッキリスッキリした。ということだ。

 

[だけど、さっきの子……多分もうあっちの世界に入ってるクマ! どうするクマ!?]

 

「決まっている……俺達もテレビの世界に向かうぞ。明日、会議を開くと花村に伝えてくれ」

 

クマの言葉に真は毅然とした様子でそう言い、それにクマも[さっすがセンセイ、頼れるぅ!]と言う。クマからの厚い信頼を真は感じ取った。と、電話の相手が再び陽介へと代わり、彼は[もう“入ってる”ってどういうことだ!? いつもは事前にボンヤリしたのが映るだろ?]と問うてくる。

 

[てか、あいつが言ってた台詞……聞いたか?]

 

だがその疑問に対する考察を考える間もなく陽介はそう続けてきた。

 

[“捕まえてごらん”って……そういや、見た目“少年”だったよな……なあ、もしかしてあいつ……]

 

「花村、結論を急ぎ過ぎだ。クマにも言ったが明日、皆で集まって話そう」

 

[ああ、分かった]

 

話を急く陽介に真は二人で結論を出すわけにもいかないため会議で話すことを提案。陽介も頷くと電話を切り、そう思うと今度は千枝から電話がかかってくる。彼女にも明日会議を開く旨とそれを雪子達に伝える事を頼み、真も命と完二に会議を開くことを伝え、その日は早目に休むことにした。

 

そして翌日7月27日。真達はいつものフードコートへとやってきていた。

 

「りせちゃんとクマくんが“あっちの世界”を探っている間に、少しでも情報を纏めよう。まず、昨日のマヨナカテレビは皆見たね?」

 

議長を命が務め、まず最大の前提となるマヨナカテレビを全員が見たかを確認。それに全員が首肯、完二はイラついた様子で「見てて根暗が感染りそうだったぜ。死んだ魚みてえな眼でボソボソ挑発しやがって」と言う。

 

「なんなんスか、アイツ?」

 

「分からない話し合いの前に結論を出すのはあまり得策じゃないんだけど……」

 

「俺は犯人だと思う」

 

完二の言葉に命が言い淀むと陽介がそう言い、天城も「やっぱりそう思った?」と聞いてくる。千枝も「ただの勘っちゃ勘なんだけど、繋がるんだよね」と言う。

 

「白鐘からの話を信じれば容疑者は“高校生の少年”であり、諸岡教諭の件で足がつき指名手配……」

 

「そんなタイミングで昨日のテレビだ。おまけに“捕まえてごらん”なんて意味ありげな挑発……」

 

真が直斗から受けた情報を改めて説明し、陽介がそう言う。

 

「あーと……そんで?」

 

と、完二が間の抜けた声で尋ねてきた。それに対し陽介は生気のない少年をA君とし、今までの事件の流れ、つまりA君がテレビの世界の存在を知り、命を奪う目的で人をテレビに放り込んでいく。だがある時からテレビに入れても人が死ななくなり、モロキンだけはA君が自分で殺したが足がついた。そして、指名手配されたA君には逃げ場がない。と説明していく。

 

「あ……もしかして、逃げ込むために自分から“あっち”へ行ったって事スか?」

 

そこまで言われると理解できたのか完二が結論を出し、「先輩意外と頭いッスね!」と褒めてるのか貶してるのか微妙な感想を陽介に投げかける。それに陽介も「ムカつくなお前」と表情を歪めた。

 

「あの子……逃げ込んだ後はどうするつもりなんだろう……」

 

「え?」

 

と、雪子がそう呟き、千枝が反応する。

 

「だって、クマさんがここに居るって事は、あの子、出られないんじゃ……」

 

「まさか……ヤケんなって、じ、自殺……しちゃう気とか?……」

 

雪子の言葉に千枝がどこか焦ったように呟く。

 

「いや、そんなんじゃないな」

 

が、陽介がそれを否定。その根拠として「犯人は“少なくとも出る方法がある”って事を犯人は知っている」と言う。まあそうでなければテレビの中に入れたはずの雪子や完二、さらにりせがこちらの世界に帰っている事の説明がつかないし、雪子や完二は一般人だとしても現在休業中とはいえアイドルであるりせが死んだのならニュースになる。そのニュースが出てこない、つまりりせは生きている。という情報を犯人が掴めないはずがない。

 

「まあ、その手段がどうかはともかくとして。僕達がやる事は一つ……だよね、真君?」

 

命も不敵な笑みを浮かべて真に結論を呼びかけ、真もこくんと頷くとその口から結論を紡ぎ出す。

 

「ここまで来たら、奴に話を聞くだけだ」

 

つまり、テレビの中に入り、生気のない少年を確保する。真はそう言った。と、そこにりせが慌てた様子で走って来る。

 

「おっ、ナイスタイミング! どうだった?」

 

「ダメ。情報少なすぎて、足取り掴めない。中に誰がいるのは間違いないんだけど……」

 

千枝の問いかけにりせは首を横に振って返し、陽介は残念そうに「そうか」と呟いた後「クマは?」と尋ねる。それに対しりせは「まだ張り切って探してる」と笑みを浮かべて返した。

 

「なら俺達はアイツが誰なのかを確かめよう」

 

「ああ。彼が何者なのか、そして指名手配されている少年と同一人物なのか……とにかく、彼を示す何かを掴められればいつものように居場所は分かるはずだ」

 

「そうだね。そうしたら後はいつものように、ってわけだ」

 

陽介が最初に言い、次に真がそう言うと最後に命が締め、それに千枝も「もしあの子が本当に犯人で、あっちの世界に行ってたら警察もう手出しできないし」と言い、完二が「つまり、俺らがやるっきゃねえって事だな!」とやる気のある様子を見せる。そして彼らは頷きあうと情報収集のためフードコートを飛び出した。

 

 

 

 

 

「……今回ばかりは厄介ですね……」

 

「そうだね。今までの相手はどこの誰かって言う身元が分かってたんだし……」

 

町中を走り回って情報収集をしていた真と命は偶然合流し、お互いに進展がないという事を報告し合うとそう話す。今まで同じように情報収集をしていた時はそれぞれ巽完二、久慈川りせ、というどこの誰なのかという身元が分かっていたためそれを元にして情報収集をしていたが、今回の相手はまずどこの誰なのかも分からない。さらに相手は“高校生の少年”であったため少年法で保護され、個人情報は報道されていない。そのため町の人に犯人が何者なのか、という事を聞いても期待できるような答えが返ってこないのだ。

 

「せめて写真でもあればいいんだけどねぇ。顔だけはマヨナカテレビに映ってたから分かるし……あーでもなんで探してるのかとか言われたら説明できないか。もし彼が犯人じゃなかったら色々めんどくさいし」

 

「そうですね……そういえば俺、あいつの顔どこかで見たような気が……」

 

「同じ学校とか?」

 

「あーはい。学校の辺りで見たような、でも校舎内で見かけたか?……」

 

命はせめて顔は分かってるんだから写真でもあればいいんだけどと呟き、それに真も頷いた後、顔という言葉から連想したのかそんな事を呟き、命が聞くと真は腕組みをして頭を捻る。やがて頭をかいて首を振り、「思い出せない」と彼はぼやいた。

 

「まあ、仕方ないよ。その相手に間違いないって自信もないんだろうし。さあ、頑張ろう」

 

「はい」

 

二人はそう言い、再び別れて走り出す。だが結局役に立ちそうな情報は手に入らず、時間だけが過ぎていく。真はそろそろ家に帰って夕飯の支度をしなければならず、買い物の時間を考えるとこの辺が潮時。真は陽介を始め特捜隊メンバーに連絡、今日はこの辺にしてまた明日情報集めをしようという事で今日は解散となり、真はジュネスへと向かい、夕飯の材料を買い始める。

 

「ん?」

 

と、いきなり携帯に着信が入り、真は花村達が帰り際に何か情報を手に入れたのか? と考えて液晶を見る。

 

「叔父さん?」

 

だがその相手は現在の自分の保護者である堂島遼太郎。家電ではなく携帯に電話をかけてくるのは珍しく、真は驚いた様子で電話に出る。

 

「はい、もしもし。真です」

 

[ああ、真か? さっき家に電話をかけたんだが菜々子からまだ帰って来てないって言われてな。今どこだ?]

 

「ジュネスです。夕飯の材料を買いに」

 

[ああ、そうか。丁度良かった]

 

「?」

 

遼太郎の台詞に真が首を傾げると遼太郎は説明を始める。なんでも最近の事件の容疑者が急に行方不明になってしまってこれから捜索で忙しくなるらしく、しばらくは家に帰れるかどうかも分からなくなってしまうとのこと。そのため家に帰って着替えを取り、菜々子に顔を出そうと思っているのだがそのついでに最近ろくにちゃんとした飯を食っていないらしい足立を夕食に招待しようとしている。ということだ。

 

[こっちの都合で急に悪いな。大丈夫か?]

 

「いえ、問題ありません。任せてください」

 

遼太郎のすまなそうな言葉に対し、真は笑みを浮かべて任せろと頷く。そして遼太郎はもう一度[すまん、頼む]と返して電話を切り、真は再び夕飯の買い出しを開始した。

 

そして家に帰ってすぐにエプロンを着用、夕飯を作り始める。そして菜々子には遼太郎の着替えを用意してもらい、食事の準備が出来て配膳をしている辺りで遼太郎の「ただいまー」という声と足立の「おじゃましまーす」という声が聞こえてきた。

 

「お帰りなさい叔父さん、いらっしゃい足立さん。夕飯の準備出来てますよ」

 

「早いな……急にすまん」

 

「いえ」

 

真が夕食の準備が出来ているというと遼太郎は驚いたように呟き、もう一度すまんと謝る。それに真もそうとだけ返し、四人での夕食が始まった。

 

「んんっま!!」

 

足立の歓声が上がる。今日の夕食のメニューはオクラ丼に始まり、こんがり焼いた鶏肉のさっぱりとした酸味の効いたレモン風味、そして丁度この前収穫できた、この家の家庭菜園で作った産地直送無農薬の野菜サラダだ。

 

「いっやーホント美味しいよ! このオクラ丼のネバネバ感、たまんないねー! 肉も最近疲れてるから食べれるか不安だったけど、さっぱりしてていくらでも食べられちゃうよ!」

 

「どうも。オクラに含まれるネバネバの元になっているムチンという物質は夏バテに効果があると聞きまして、それにこれから大変だと聞いたので、しっかり肉を食べて元気になってもらおうかと思いまして」

 

「やー気遣ってもらってありがとう! ほんっと大変なんだよー容疑者の少年が急に行方不明になっちゃってねー。今総出で捜してるんだよ! あ、そういえばあいつ商店街のどっかでバイトしてたはずだよな……」

 

「足立! いらんことぬかしてないでとっとと食え!」

 

美味しいご飯に上機嫌になったか口を滑らせてしまう足立に遼太郎の一喝が届き、足立は「うひぃっ」と怯えた声を出す。

そして食事が終わり、遼太郎は菜々子から着替えを受け取ると片付けや後の事を真に任せ、足立と共に署へと戻っていく。それを見送ってから真は菜々子と一緒に片づけをした後、入浴などを済ませて就寝する。

 

そしてまた翌日7月28日。場所はジュネスフードコート。真はここで集合した特捜隊メンバーに対し、昨夜足立が口を滑らせた言葉を説明する。

 

「……と、いうわけだ」

 

「商店街でバイトか……警察が言ってたんなら間違いないな!」

 

「バイトッスか……少なくともウチじゃねッスね。そもそもお袋がバイトの募集なんざしてたとこ見た事ねえし」

 

「私も知らないよ」

 

真の説明を聞いた陽介がにっと笑うとその商店街に住んでいる完二とりせは少なくとも自分達の実家ではないと言う。ちなみに陽介も「小西酒店もねえよな……」と呟いていた。

 

「じゃあ、今日は商店街で聞き込みに行こうか」

 

「そっすね。つっても俺は商店街の人達にはあんまいい顔されねえかもだし……俺は念のため他回ってみます。俺へのってかジュネスへの妬みとかで変な嘘つかれたりしても申し訳ないし」

 

「うん、任せたよ」

 

命が行動方針を改めて口に出すと陽介も首肯、しかし続けて何とも言えない様子で顔を伏せながら呟き、申し訳なさそうに笑いながら商店街での聞き込みが出来ない分、他のとこで情報が手に入らないか聞き込みをすると言う。それに対し命は慰めなどは何も言わず、ただ「任せた」とだけ伝える。

 

「じゃあ、手分けをして探そう」

 

真が最後に締め、彼らは再び情報収集を開始する。現在商店街でこう言ってはなんだがバイトを雇う余裕があるといえる経営をしているのは完二の実家である巽屋とりせの実家である丸久豆腐店、そして陽介が「多分ないと思う」と主張している小西酒店を除けばガソリンスタンドのMOEL石油、本屋の四目内堂書店、金属細工店のだいだら.、雑貨屋の四六商店、中華料理店の愛屋、惣菜屋の総菜大学の六軒。それぞれ千枝、雪子、命、りせ、完二、真が聞き込みに向かい、陽介はジュネスに残って何か情報を掴めないか探すという事になった。

 

「すみません」

 

「あら、いらっしゃい」

 

真の挨拶に惣菜大学のおばちゃんは柔らかな微笑を浮かべて挨拶する。

 

「あーえっとビフテキ串一つ……それと、ちょっとお話いいですか?」

 

ただで聞くのも悪かろうと思って適当な品物を注文、それから本題に入り、おばちゃんはビフテキ串を用意しながら「なんだい?」と尋ねてくる。

 

「ちょっと知人から聞いたのですが、以前この店で学生がバイトをしてはいませんでしたか?」

 

「! ちょっと、どこから聞いたの? 言うなって言ったのに……」

 

真の問いかけにおばちゃんは驚いたように目を丸くし、少し慌て出すと、諦めたようにため息を一つついて声を潜める。

 

「……ええ。確かにあの子、一時ウチでバイトしてたよ」

 

おばちゃんは真にそう話す。と言っても結構前だしほんの少しだったらしい。肉をバラすのですぐに音を上げたそうだ。さらに暗く挨拶も出来ない上に全然話そうともしなかったらしい。

 

「どんな子でした?」

 

「どんな子って……ほら、目がこう黒目がちでさ。口で言うのは難しいけど……」

 

真のさらなる問いかけにおばちゃんはうんうんと唸り、その次に思い出したように「前にここでバイトしてた子が中学の同級生だと言っていた」と話す。「金髪にしていて目立つ子だからその子に話を聞いてみてはどうだろうか」と真に言った。

 

「ありがとうございます。あ、これビフテキ串の代金です」

 

「はい。320円たしかに預かりました。ありがとね」

 

話が終わり、ビフテキ串の購入も出来たところで真は店を後にする。そして命達と合流し、バイト先が分かり、件の少年と中学の同級生だと言っていた人物がいるらしいという事を話す。

 

「中学の同級生か……なら、卒業写真を見せてもらえればいいんじゃないかな?」

 

「卒業写真? そっか、それなら特定できるね! 学校の友達とか、心当たりがないか電話してみる!」

 

「俺も花村にこの情報を連絡しておこう」

 

命の言葉に千枝が頷いて電話をかけ始めると真も陽介に電話をかける。

 

ジュネスで色々な客や従業員から話を聞いていた陽介は、突然鳴り始めた携帯電話を取る。

 

「もしもし? ああ椎宮。なに……卒業写真? あー! なるほど、顔写真って本人だって決定的だよな。それが揃ったらそろそろ特定できるかも? 分かった。金髪で目立つ奴だな、片っ端から聞いてみる! おう、ジュネスは任せとけ!」

 

陽介は胸をばんと叩きながら任せろと言い、電話を切るとうっしと呟いて携帯をポケットにしまい込む。

 

「あーあーったく塾うぜえよなぁ!」

 

「暑くて外出る気しねえし、今日サボッちまう?」

 

と、彼の後ろの方でそんな声が聞こえ、「塾かぁ、大変だなぁ」くらいに思いながら彼は振り返る。二人の高校生くらいの男子生徒で、両方とも髪を染めているのか一人は茶髪、もう一人は金髪で、塾で使うテキストなどを入れているのであろう鞄を肩に担ぎ、べらべら駄弁りながら歩いていた。

 

(金髪で、派手目の学生……っておいおいおい!?)

 

さっき真から聞いた特徴と一致、陽介は慌てて走り出すが二人はエレベーターに乗るとドアを閉め、陽介はギリギリで間に合わずエレベーター直前で足を止め、横の液晶画面で上下どっちに行っているのかを確認。

 

(下……一か八か、一階まで走るか!)

 

陽介は外に出られては面倒だと考え、一階まで走ると決意。すぐ横にあった階段で一階まで駆け下りて外に出る自動ドアを見る。さっきの学生二人が自動ドアの前でドアが開くまでの間まだ駄弁っている。

 

「お、おーいそこの二人ちょっと待ってくれ!!」

 

「んあ? お、ジュネスの花村じゃん」

「なんだ? なんか用?」

 

陽介が慌てて声をかけると茶髪の少年は陽介の事を知っているのか声をかけ、金髪の少年が何か用かと尋ねる。

 

「あーいや、いきなり妙な事聞くけどさ。もしかして惣菜大学でバイトしてたりしてねえ? んで、なんっつうかこう、目が黒目がちで暗い雰囲気の奴と中学で同級生だったりとかしねえか?」

 

陽介は「あはは」と愛想笑いと苦笑いを足して二で割ったような笑みを浮かべながら二人に聞く。と、金髪の少年がニヤッと笑った。

 

「なんだ? 例の“やらかした少年”の事でも調べてんの?」

 

「あ、ああ。まあえーっと、卒アルとかそういうの、お持ちじゃないですかね?」

 

「要は写真が見たいワケ?」

 

「お、おう」

 

陽介からの言葉でつまり写真が見たいわけだと理解した少年はへへっと笑いながら「あるんだなーこれが」と言う。

 

「ちょうど今ダチの間で回し見してんだ! 見たいんならやるよ」

 

金髪の少年はそう言い、無造作にポケットに手を突っ込むと一枚の少しぐちゃぐちゃになった写真を陽介に渡す。

 

(こいつだ、間違いねえ!……久保、美津雄か……)

 

陽介は写真に写っている制服姿の少年とマヨナカテレビに映っていた件の少年の顔が一致する事を確認、名前も確認する。そして学生二人がジュネスを出ていき、陽介はジュネス店員としての条件反射及び感謝の印として「ありがとうございました!」とお礼の言葉を述べ、二人が外に消えていくのを見届けてから再び携帯を取り出した。

 

「間違いねえ、やっぱマヨナカテレビに映ってた奴だ! ああ、フードコートで落ち合おう」

 

真達にフードコートで落ち合うという連絡を入れて陽介は電話を切り、自らもフードコートに向けて走り出した。そしてフードコートでクマも含めた全員が集合し、彼らが座ったテーブルの中央に件の少年――久保美津雄の写真が置かれる。

 

「例の少年と、この写真の奴の顔が一緒……ということは、今テレビの中にいるのは“犯人”……」

 

写真を見た真がそう結論を決める。と、りせが「この子、ウチの店に来たことある……」と漏らした。

 

「偵察してた……って事なのかな?……やだ、ホント……狙われてたんだ……」

 

りせは今更ながら恐ろしくなったか身震いを見せた。完二も「クソがっ! なめやがって!」と怒鳴る。

 

「この子、どっかで……んー……」

 

と、千枝も彼に見覚えがあるのか首を傾げる。

 

「分かった、アイツだ!!」

 

そして思い出したように声を上げ、雪子に対し「ほら、あん時の!!」と促す。が、雪子はまだピンと来てない様子で「あん時?」と返す。

 

「椎宮君も一緒だったでしょ!? 4月のホラ! いきなり告ってきたじゃん!」

 

「あぁ、あいつか! そうだ校門前の、だから学校辺りで見かけたような記憶があったのか!」

 

千枝が真に促すとそこで思い出したのか真も頷く。陽介も「すげーな里中」と千枝の記憶力に感心する。と、千枝は「違うの」と返す。曰く「声をかけてきたのは初めてだけど、改めて考えたら雪子の周りでよく姿を見かけていた」そうだ。

 

「えーと……ごめん、誰?」

 

「校門前でさ、いきなり“雪子”って!」

 

が、当の雪子はまだピンと来ていない様子で、陽介がそう促すと雪子は「あー!」とやっと思い出したのかそう声を出す。

 

「あー……そうだっけ?」

 

が、直後ボケる。と、千枝は「フラれた腹いせで雪子を狙ったって事!?」と逆恨みで親友を狙われた事に対して怒りを見せ、雪子はとぼけた様子で「別に、フッてないけど……」と呟く。

 

「この子、お豆腐売ってる私に話しかけてきて、“暴走族、困るでしょ?”って……“暴走族は群れないと何にも出来ない”とか、確か、延々悪口言ってた気がする……」

 

次にりせが自分も久保に付きまとわれていた記憶が蘇ったのかそう説明、久保の事を「一人で喋っちゃう系のアレな人」と評する。あしらい方は慣れていたけど色々で疲れてたから無視していたらしい。

 

「私……それでさらわれたのかな?……」

 

りせが不安気な様子で呟いた後、陽介はふと完二を見る。

 

「あ?……や、俺、ゾクじゃねえっつの! ハァ……あのクソ番組のトバッチリかよ……」

 

ウンザリとした表情で完二が呟く。つまり、暴走族特集の特番で暴走族と間違われた完二は単なるトバッチリで久保に狙われたという事だ。

 

「そういえば。今思い出したけどジュネスのバイトで研修中色々たらい回しにされてた頃にこんな子を見た覚えがあるな、たしか山野アナの事だったかな? “浮気なんかする女への天罰だ”とか言ってたような」

 

と、命も写真を見て思い出したのかそう言い、陽介が「おーおー揃ってきたなぁ色々と」と呟く。

 

「とにかく、後は直接本人に聞くしかない、か」

 

真が結論を締め、全員が頷くと彼は立ち上がる。

 

「よし、早速テレビに――」

「あーっとごめん真君」

 

決意を強くしテレビに行こうという真の腰を命が折り、真はがたっと倒れながら「なんです、先輩?」と言う。

 

「いや~ごめん……僕そろそろバイトなんだよ……」

 

「あ、そういや命さん、今日は夜までシフト入ってたっけ……」

 

「あの、便乗するようで悪いんだけど私もそろそろ旅館に戻らないと……」

 

命が申し訳なさそうに苦笑しながら言うと陽介が命のシフトを思い出し、雪子も苦笑いしながら旅館の手伝いがある事を言う。

 

「あーそうか……しょうがない。じゃあ、今日はこれで解散。天気予報によると雨はまだしばらく大丈夫そうだし、今日の内に準備を万全に整えて、明日一番でテレビに行こう」

 

命にも生活があるしバイトのサボりなんてなんだかんだで真面目な命としては許せないだろうし、雪子としても旅館の手伝いは大事なのだろう。真はそれを了承すると今日準備を整え、明日テレビに向かう事を提案。全員がそれに頷くと今日は解散となった。命はそのままバイトに入り、陽介は「今日はシフト入ってないし、明日に備えてゆっくり休養するよ」と言って帰宅。完二とりせも明日に備えて帰宅し、雪子は千枝と帰れるところまでは一緒に帰るらしい。

 

「さて。俺は四六商店で買い出しでもするか」

 

真もリーダーとしての責務であるテレビの中で必要になるアイテムの買い出しをしようと四六商店に向かう。

 

「ああぼっちゃん。こんにちは。夏休みは楽しんでるかい?」

 

四六商店の店主であるおばちゃんに挨拶され、真は「ええまあ。毎日忙しいです」と返すと「高校生にもなると、大変なんだねぇ」とおばちゃんに返され、「あっつくなったら、いつでも涼みにきなさいねぇ」と言われる。

 

「はは。その時には頼りにさせていただきますよ」

 

真はそう言いながら店の中を見ていき、誰かが怪我をした時のための軟膏薬や緊急の医療セット等の各種薬品、そしてこちらの世界では単なるお守り程度のものだがテレビの中の世界で役に立つ地返しの玉やカエレール、さらにちょっとした雑談中にテレビの中で緊急の攻撃手段になるかもしれないという話になったロケット花火などを試しに少し買う。

 

「……ぼっちゃん、変なものを買っていくからおばちゃんたまに不安になるよ」

 

「あ、あはは……」

 

おばちゃんから一般人視点からではごもっともな指摘をくらい、説明も反論も出来ない真は苦笑いを返すことしか出来なかった。

 

そして時間が過ぎて夜。真は病院の清掃アルバイトにやってきていた。少し買い出しの品が多かった&昨日の夕飯の材料費を叔父さんに請求するのを忘れてしまい、テレビの世界でシャドウと戦う中で少しはお金を稼げるだろうが、その前に少し小金を稼いでおかないとまずいかもしれないと判断したのだ。

すると真は清掃中に小夜子に見つかってしまい、手近な病室に連れ込まれてしまう。

 

「……」

 

「何かあったんですか?」

 

自分から引っ張ってきたにも関わらず小夜子は何も話さず、その雰囲気から何かあったのかと察した真が尋ねると小夜子はキッと睨んできた。

 

「やめてよ、カウンセラーのつもり?……」

 

きつい口調でそう言い放つが、少し黙った後に「ごめん……キミに当たっても仕方ないのに」と謝り、彼の方を見る。

 

「……さっき、私が前に勤めてた病院から連絡が来て……私が担当してた患者が……亡くなったって」

 

小夜子は哀しげな表情でそう言う。「まだ小学生の男の子で、学校に行きたいといつも言ってたけど結局ダメだった」ということで、彼女は彼からプロポーズを受け、本気に受け取っていなかった小夜子も「大人になったら考えてあげる」と冗談めかして言っていたそうだ。

 

「でも私、忘れてたのよ、その子の事! 病院移って、こっちで手一杯で、時々思い返したけど、すぐ忘れて!……でもその間もあの子はずっと、闘ってた!!」

 

小夜子は我慢できず吐き出すように叫び、続けて自己嫌悪をしているかの様子で「私、何をやってたんだろう……」とぼやく。

 

「自分を責めないでください」

 

「責めるわよ……責めるに決まってるじゃない……私……どうして、病院移ったのかしら……患者は治ると私を置いていく……でも私だって、患者を置いていったわ……私に出来る事、あったはずよ……」

 

思わず出た真の言葉に対し小夜子は苦しげな声を吐き出す。相当思いつめている様子で、真もかける言葉が見つからず、しばらく見守るしか出来なかった。

 

「あ、ごめん……キミが今日、来てくれて良かった」

 

「あ、いえ……」

 

小夜子はすがるような視線で真を見、真はそう呟く。

 

「私、やるわ。やれること……あるはずよ。それじゃ」

 

小夜子は何かを決意した様子でそう呟き、それじゃ。と言うと足早に病室を出ていく。真はそれを見届けた後、丁度いいからその部屋の掃除を開始。その日の業務が終了するまで部屋の掃除を続けた。




またも一か月空きですがお久しぶりですカイナです。
今回は期末テスト云々があって終業式があって、久保美津雄の登場です。久保の情報集めに関してはオリジナルを色々組み込んでイベントの短縮を図りましたが実際テレビに行くのはなんかグダグダになりそうだったのでまた次回。
さてこれが終わったら夏休み、でもって修学旅行も近いし頑張らねば。夏休みは何をさせようかなっと……。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。