ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第三十三話 July Tenth

7月9日。ここ数日雨が続いており家で見た天気予報では今夜は霧が出るという予報を聞く。そして夜中、真は外で霧が出ているのを確認してからカーテンを締めテレビの前に立つ。そして少し待つと電源の点いていないテレビが映り始めた。マヨナカテレビだ。しかしそれは砂嵐を映すのみで他には何も映らなかった。

 

(……よかった)

 

真は安堵の息を吐いてマヨナカテレビが消えていくまで何も映らないことを確認し、それから安堵と同時に疲れが出てきたのかふわぁと欠伸をすると寝巻きに着替えて布団に入り眠りについた。

 

その翌日、7月10日の朝。サイレンが遠くから聞こえてくるのを真は自室で聞く。

 

「何かあったのか?……」

 

殺人事件は食い止められたと昨夜確認した。だが妙な胸騒ぎから真はつい、そんな言葉を口にしてしまう。その時、携帯電話が鳴り始めた。

 

「……里中?」

 

携帯の液晶画面に表示されている名前を見て真は呟き、電話に出る。

 

[た、た、たいへん!]

 

「どうしたんだ?」

 

それと同時に千枝の声が電話口から聞こえてきた。その声はとても慌てており、真がどうしたのかと尋ねると千枝は「商店街のはずれで死体が見つかったんだ」と話す。

 

「何!?」

 

[ね、なんで!? だって、あたしたち……とにかく、ジュネスで待ってるから、急いで来て!]

 

「分かった」

 

千枝は焦ったように叫ぶが、皆で話せばいいんだという事を思いついたのかジュネスで待っていると告げる。それに真は頷き、電話を切ると急いで着替えて、階下にいた菜々子に「少し出かけてくる」と伝えてから、家の前に止めている原付に跨りジュネスに向けて走っていった。

 

 

 

 

 

「椎宮、こっちだ!」

 

陽介の呼び声を聞いて真はいつもの席に辿り着く。既に陽介、千枝、雪子、完二が揃っていた。

 

「すまない。原付で急ごうと思ったんだがガソリンが途中で切れてしまった……」

 

「……お前も焦ってたんだな。まあ、無理もねえか」

 

真の言葉に陽介も神妙な表情で呟く。残るメンバーも神妙な表情になっているのを真は見回し、そこで違和感に気づく。

 

「花村……先輩は?」

 

命が来ていない。それに気づいた真が陽介に尋ねると雪子がうつむき、陽介も歯を噛みしめる。

 

「命さんは……警察に連れてかれたらしい」

 

「!?」

 

陽介からの報告に真が目を見開く。

 

「ついさっき軽く皆に説明したんだが……さっき、俺現場見に行ったんだ。死体はアパートの屋上の手すりに逆さにぶら下がってたって……そして、殺されたの……」

 

陽介はそこまで話した後、殺人の事を再び話すのが辛いのか一瞬口を閉じ、だが意を決したように真を見る。

 

「“モロキン”だ」

 

「モロキン……諸岡教諭!?」

 

陽介の出した名称を真は反芻、八十神高校倫理担当であり生活指導担当、さらに自分達のクラスの担当である諸岡金四郎を指すものだと思い出すと驚いたように叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……それと先輩が警察に連れていかれるのに何の関係があるんだ!?」

 

真は口をパクパクさせた後、普段の冷静さとは打って変わって取り乱したように陽介の肩を掴んで叫ぶ。と、雪子がうつむいた様子でぽつり、と口を開いた。

 

「今朝、旅館に警察の人がやってきて……命さん、昨日の夜愛家で諸岡先生と夕食食べてたらしくって、重要参考人とかって……」

 

「なんスかそれ! 大先輩が疑われてるってんスか!?」

 

「命さんが犯人なわけないじゃん!!」

 

雪子が心配そうな声で呟くと、そこまではまだ聞いていなかったのか完二と千枝がテーブルを叩きながら立ち上がって怒鳴り声を上げる。

 

「落ち着け!!!」

 

と、その瞬間真が声を張り上げて場を制止させ、全員の目が真の方に向く。

 

「先輩なら大丈夫だ。それよりも、諸岡教諭が殺されたっていうのは……」

 

「あ、ああ。そうだな、今はその話だ」

 

真はここに全員集合した本題を出し、陽介も頷くと全員改めて席に座る。

 

「だが、諸岡教諭が……殺された……」

 

「んだよコレ……狙われんのは、テレビ出た奴じゃねえのかよ」

 

席に座ると共に真が呟くとうつむいた完二が両手をぎゅっと握りしめながら声を絞り出し、「夜中の番組も普通のニュースも、モロキン出てるとこなんて見たことねえぞ!?」と叫ぶ。陽介も「くそ……どうしてこんな事に……」と悔しそうに声を漏らした。

 

「色々、分かったような記してたけど……結局、全部ただの偶然だったのかな……」

 

「マヨナカテレビも、本当は関係ないのかな……」

 

千枝と雪子も意気消沈した様子で呟く。

 

「ちっくしょ、ここまできて振り出しかよ!!」

 

陽介もバンッと苛立ちをぶつけるようにテーブルを叩いて声を荒げる。その後「やっぱり警察も捕まえらんない犯人を俺らで、なんて……無理だったのか?」と彼までも弱音を吐き始めた。

 

「……いや……まだ、諦めるには早い」

 

だが、真がそこに言葉という一石を投じる。

 

「ったりめーだぜ、椎宮先輩!」

 

一番に完二がそれに反応。「そもそも警察にゃ無理だろうって始めたんじゃないスか」、「このまま俺らが腰砕けんなったら犯人は野放しになっちまう」と陽介達を鼓舞する。

 

「泣きゴト言ってる場合じゃねえ……俺らなりのやり方で、前進むしかねえんだ」

 

完二は強い気持ちの籠った言葉を彼らに叩きつけた。

 

「完二くん……」

 

「ふん……完二のくせに、生意気だ」

 

雪子が声を漏らし、陽介が笑いながら悪態をつくと完二は「なんスかそれ!」と叫ぶ。しかし、これで普段通りの空気が戻ってきた。

 

「なあ、もしかしたらだが……クマなら何か知っているんじゃないか?」

 

「おう。下向いててもしょうがない。とにかく、行ってみようぜ!」

 

すかさず真が提案すると陽介は頷き、彼らはテレビの世界に行こうとテレビコーナーへと向かう。

 

「……あれ、店員さんがいる?」

 

しかしこんな時にテレビコーナーに店員――何か話している様子の男性店員と女性店員だ――が来ていた。千枝が呟き、陽介も「珍しいな」と呟くと店員に何かあったのかと声をかけた。それに女性店員が「陽介君」と返すと男性店員が「店長から何か聞いてない?」と聞いてきた。

 

「何か?……なんかあったんすか?」

 

「いや、さっきから売り場に妙な着ぐるみがいるんだけどさぁ……今日、何かのキャンペーンだっけ?」

 

「着ぐるみ?」

 

「“熊田”さんとか言うらしいんだけど……」

 

男性店員と女性店員がそう言い、それから二人は「そろそろ持ち場に戻らないと」と言って歩き去っていく。

 

「熊田?……」

 

陽介もその男性店員のいうキャンペーンや熊田なる人物に心当たりがないらしく腕を組んで考え込む。その時千枝はふと左を向き、その瞬間ぎょっとした目を見せた。

 

「う、うわ、居る!!」

 

千枝が叫び、全員が千枝の見ている方を見ると全員が目を見開く。

 

「おおーう。なかなか、ツボにクるクマねー」

 

そこにはマッサージチェアに腰掛けて楽しんでいるクマの姿があった。随分マッサージを堪能している様子だ。

 

「お、おまっ……何でココに……」

 

「やっと、来たクマなー。待ってたクマ」

「クマさん、出ちゃっていいの!?」

「つか、出れるんかよ!?」

 

驚いてクマに詰め寄った陽介、雪子、完二がクマに問いつめる。

 

「そりゃ出口あるから出れるクマよ」

 

それにクマは当たり前な事を言うように返した。曰く「今までは出るって発想がなかっただけ。しかしみんなと一緒にいるとこちら側に興味が出たので出てきた」とのことだ。

 

「でも考えてみたら行くとこないし、戻るのも勿体ないし、ここで待ってたクマ」

 

そう言い、「さっきお名前訊かれたから、“クマだ”って言っといたクマ」と話す。それを聞いた千枝が「“熊田”、ね……」と呆れたように呟いた。

 

「まあ、その話は後に置いておこう」

 

「そうだ、訊きたいことあるの!」

 

流石に呆れた様子の真が、クマの現実世界デビューは置いて本題に入ろうとし、雪子がクマに訊きたいことがあるのと言う。

 

「クマさん、いつからここに? 向こう側に、誰か来なかった?」

 

「? こっちの霧晴れるまで中にいたけど、誰も来なかったよ?」

 

雪子の問いにクマはそう返し、陽介が「ほんとに誰の気配もなかったか?」と怪しむように言うとクマは憤慨した様子で「居なかった! 相変わらずクマだけでした!」と念を押すように言う。さらに陽介は鼻が詰まっていたとかも疑うがクマは独りだった。だからこっちに来たのだと叫んだ。そしてここまで疑われると傷ついたのか「前から探知能力落ち目ですし、信じてくれなくてもいいですけどね」と拗ね始めた。

 

「いや、俺はクマを信じるよ」

 

「センセイは優しさで出来てるクマな……」

 

真が微笑を浮かべながらクマを信じると宣言するとクマは嬉しそうに笑う。

 

「でも確かに、昨日のマヨナカテレビには何も映んなかったしなぁ……て言うか、よく考えたらさ。クマくんが何も感じてないわけでしょ?」

 

「……もしかして、諸岡教諭は“あっち側”に入らなかった。という事か?」

 

千枝の言葉を聞いた真が気づいたように呟く。

 

「んー……どうなってんだ?」

 

陽介も考え込む様子を見せるが、クマが空気を読まずに「どっか行きたいクマ!」と言い始める。それに完二が呆れた様子で「帰る気なしか。どこに行きたいんだよ」とクマに言う。と、クマはマッサージチェアから降りて真に何か手渡してきた。

 

「……これは、メガネか?」

 

渡されたものを見た真が呟き、クマはこくんと頷く。クマ曰く「これからはりせがクマ達をバックアップしてくれるので、自身は皆と一緒に前線で戦うのだ」ということだ。

 

「戦ってよし、守ってよし、笑顔もよしの“クマ・スペック2”! 参上クマ! 今ここに、新たなクマ伝説が幕を開けるのだー!!」

 

「伝説……おおー」

 

クマの発言に雪子が感動したような声を漏らす。と、そこで気づいたがいつの間にか辺りに女性客や小さな子供達が集まり始めていた。

 

「やばい、人目引いてる……クマお前、のびのび騒ぎ過ぎなんだよ! と、とにかく、移動だ!」

 

陽介がそう言って彼らはクマを連れてその場を離れ、フードコートへと移動する。

 

「もう一回、しつこく確かめるけどさ。あっちの世界の霧が晴れた時まで、中にはお前だけだったんだな?」

 

「そう言ってるクマ」

 

まずテレビに誰も入っていない、という大前提が間違っていないか。陽介が最終確認を取るとクマはそれを肯定する。

 

「マヨナカテレビにも映ってなかった……」

 

「どういう事ッスか?」

 

千枝が呟き、完二がぼやくと陽介も「分かんねー」と困った様子で呟く。

 

「けど、どうやらモロキンは、そもそもテレビに入れられてない……それだけは確かみたいだ」

 

「なら、こっちで殺されたって事? なんで犯人、モロキンだけテレビに入れなかったんだろ?」

 

陽介は諸岡がテレビに入れられた、ということはない。と判断、千枝は何故諸岡はテレビに入れられなかったのだろうかと疑問を漏らす。

 

「……入れる気がなかった。というのはどうだ?」

 

「入れる気がなかった?……つまり、始めから別扱いって事か? なんでだ?」

 

「こういう言い方はしたくないが……今までの事件が実験だったとしたらどうだろう?」

 

「実験? 天城先輩や俺らが?」

 

真の出した推理に陽介や完二が首を傾げる。それに真は「ああ」と頷いた。

 

「まず前提として、犯人は諸岡教諭に恨みを持っていたとしよう。その犯人はなんらかの要因でテレビの中の世界を知った。そして、山野真由美アナと小西早紀先輩をテレビに入れて殺した」

 

小西早紀の名前が出た時に陽介の顔が一瞬曇る、が彼は顎で、続けてくれ。とジェスチャーを示した。

 

「まず、テレビに入れられる=死ぬ。それを最初に犯人が知らなかったとしたら、山野アナの遺体が出た時に知ったとしたら……いや、それがたまたまだったかもしれない。と犯人は思ったのかもしれない」

 

『……』

 

真の説明に皆が難しい顔で彼に注目する。

 

「犯人は次に小西先輩をテレビに落とした……これでまた遺体が出れば、テレビに人を入れればその人物の謎の変死体が出現する。という結論が出る」

 

「小西先輩は、実験のために殺されたってのかよ!?」

 

「テレビに映った人物を狙ったというのも、ただ単に獲物を見繕うのに都合が良かっただけかもしれない。ふとテレビを見た時に町の人間が映って、“ああ、こいつでいいか”くらいの気持ちだったのかもな」

 

「そんな……」

 

真の仮説の説明に陽介と雪子が反応する。

 

「だが、小西先輩の遺体が出た移行。つまり、天城からはテレビに入れても変死体は出ない」

 

「そっか! あたしらが助けてるもんね!」

 

次の説明には千枝が反応した。

 

「んで、実験が上手くいかなかった、モロキンに恨みを持つ犯人は本命であるモロキンだけぁしくじらねえように外で殺りやがったってわけか……ん? 待てよ?」

 

完二は吐き捨てるような口調でそう結論を出す。が、次に待てよと漏らした。

 

「ってこたぁ、これで犯人の目的は達成されたって事ッスか? 人殺されといてこういう言い方すんのも腹立たしいッスけど」

 

「この推理が正しければ。だがな……これは、何故諸岡教諭だけがテレビに入れられなかったか。という疑問を解決するための推理だ。ただ単純に無差別に相手を狙う愉快犯だったとしたら……今まではふざけてテレビに入れていた。が、今度はやり方を変えたとしたら……」

 

完二は悔しそうに頭をがりがりとかくが、その次の真の真剣というかややこしい事になったというような表情を見ると頬を引きつかせた。

 

「ちょっ……もしそうなら、もう犯人を押さえないと防ぎようがねえぞ!?」

 

「とにかく、今回の推理は正直自分に都合よく考えた推理だ。当てにせず、まだ事件は続いていると考えた方がいい」

 

真は今回の推理が都合のいいものだと切り捨て、まだ事件は続いているという前提にした方がいいと忠告する。

 

「そうなると、やっぱ手がかりいるよね……りせちゃん、そろそろ話聞けないかな」

 

「そうだな……それに期待するしかねーや」

 

千枝がりせに話を聞けないかなと呟き、陽介も今のところ唯一の手がかりとなるそれに期待するしかないと頷く。

 

「……ハァ~……それにしても暑っクマー」

 

と、今まで話に参加していなかったクマが、この夏の暑さに負けて声を漏らす。

 

「……取ろ」

 

そして驚くべきことを言い出した。

 

「取るって、まさか“頭”か?……」

 

陽介がそう聞くが早いかクマは自分の頭に手をやる。が、素早く陽介がその頭を押さえつけた。

 

「やめろよ、子供見てんだろ!」

 

バンッと音を立ててクマの頭を押さえつけ、「中身カラッポで動いてるとかトラウマ残るっての……気ィ遣えよ」とクマを叱るかのように言う。と、雪子が「元に戻ってよかったね」と毛のフサフサ具合も一緒に安心したように言い、完二がフサフサな毛並みを見て「触っていいか」と尋ねるがクマは駄目とすげなく断る。

 

「てゆーか、ふふーん。クマもうカラッポじゃないクマよ。チエちゃんとユキチャン逆ナンせねばって、復活頑張って、中身のあるクマになったクマ!」

 

クマの言葉に千枝が「はいはいエラいよくやった」と苦笑交じりの棒読み気味に返し、雪子は「逆ナンいつまで引っ張る気!」と叫ぶ。

 

「だいたい、中カラッポなのに、頭開けたって暑さ関係ねーだろ」

 

「だからカラッポじゃないってーの! あーっち、もう限界クマ……」

 

クマはそう言うや否や頭の後ろにあるファスナーに手をやり、陽介達が慌てているのをよそにファスナーを開ける。その中から出てきたのは金髪碧眼に細見の美少年で、皆が唖然としている目の前でクマの中から出てきた美少年はテーブルの上に置かれていた缶ジュースを美味しそうに飲み干す。

 

「ねえ、チエチャン、ユキチャン」

 

「は、はい?」

 

「着るものとか、ないかな? ボク、生まれたままの姿だから……」

 

金髪美少年はそう言うが、千枝は呆然とした様子で「ほんとにクマくん?」と尋ねる。雪子も「ええと……」と言葉を失っていた。

 

「てか、生まれたままとか言った!? や、ここで全開とかダメだから! 着るものだよね? い、行こう、とにかく……」

 

と、クマの台詞を思い出した千枝が顔を赤くしてそう言い、女子二人がクマを連れて階下の衣料品売り場へと消えていく。

 

「アイツが……クマ? カラッポじゃなくなったって……中から“ニンゲン”生えてきたってのか?」

 

「どんだけありえない生きモンだよ……つかアイツ、ほんとなんなんだ?」

 

「……まあ、今に始まった事でもないだろう?」

 

完二と陽介が呆然とした様子で呟くと真が苦笑気味にそう言う。陽介もその言葉に頷き、「こっち出歩かれるならクマのままよりはマシだな」とポジティブな意見を出した。

 

「ていうかそうだ。りせの話聞こうって流れじゃなかった?」

 

そして陽介は話の流れを元に戻す。

 

「俺達で、先にりせんとこ行こーぜ。クマは……まあ、二人もついてるし、大丈夫だろ」

 

「ああ。一応メールしておく」

 

陽介が先にりせの所に行こうと言い、真もその案に賛成すると一応雪子と千枝にその旨のメールを送っておく。と、二人からは「すぐ行くからりせちゃんちの近くで待ってて」という返答を貰い、男子三人は商店街の四六商店に足を運ぶことになった。

 

「……ん?……つ、椎宮! あれ!!」

 

「どうしたんスか、花村先輩?」

 

「あれ! 四六商店の前!!」

 

商店街を歩いている途中、陽介が突如四六商店を指差しながら叫び、完二が陽介に尋ねると彼は慌てた様子でそう指と声で示し、二人も陽介が指す方を見る。そこには見覚えのあるバイクが停められていた。

 

「あ、あれ、先輩の!」

 

命のバイクだ。それに気づいた真は四六商店に走り出し、陽介達も慌てて後を追う。

 

「ん?」

 

と、ひょこっと。四六商店から命が顔を出した。

 

「やあ真君、花村君に巽君も」

 

「先輩!」

「命さん、天城から警察に連れてかれたって……」

「だ、大丈夫だったんスか!?」

 

平然としている命に対し慌てる高校生三人組。それに命もけらけらと笑った。

 

「そんな別に。僕前に堂島さんと話して、今回のが同一犯による連続殺人だとしたら最初の方でアリバイしっかりしてるって分かってもらえてるから容疑者として疑われたんじゃないよ。ただ、何時頃諸岡氏と別れたのか。その時怪しい人影とかを見なかったかって聞かれただけ……」

 

命は最初こそ明るく笑いながらそう言っていたが、その言葉が終わりに近づくにつれ、表情が悔しそうに引きつっていく。

 

「全く感じなかった……怪しい人影も、気配も、殺気も……今回の事件はテレビを使っている、りせちゃんを助けられたから今回も無事だって……油断しすぎてた……まさか、僕の目の前で殺人が起こされるなんて……あの時、諸岡氏と別れてなければ……」

 

ギリッ、と命が歯を噛みしめる音が真達の耳に聞こえた。が、命は首を横に振ると弱々しい笑みを見せる。

 

「……ごめん。たらればなんて言ってもしょうがないよね。ところで皆はどうしたの?」

 

「ああ、りせちゃんから話を聞いてみようかと思いまして……ってそういやりせちゃんって病院に……」

 

「あ、心配ないよ。今日退院して、ついさっき帰ってきたみたい」

 

命の問いかけに陽介がそう返答し、そこで思い出したようにりせが入院していたことを呟くが、命はそれに対して心配ないと返した。

 

「じゃあ今は天城さんと里中さん待ち?」

 

「はい」

 

「じゃ、僕も一緒に行こうかな」

 

命もりせに話を聞く班に合流。それから特別捜査隊男性陣は四六商店の前でアイスや飲料水を飲みながら時間を潰す。完二が「ホームランバーの季節ッスねー」と言いながらアイスを齧っているがもう何本も食べており、陽介から「腹壊すぞ」とツッコミをくらっていた。

 

「ごめん、遅くなった……って命さん!」

「だ、大丈夫でしたか!?」

 

千枝と雪子も合流するが、彼女らも命を見ると慌て出す。それに命も「大丈夫大丈夫」と笑いながら返した。

 

「ったく、クマきちの服なんか別になんでもいーだろ?」

 

陽介が呆れたように呟く。その後ろで命が「クマくん?」と首を傾げたため真が短く、クマが現実世界に出てきた事と、どういう理屈か人間が中に生えてきた事を伝える。

 

「い、いやぁ。あはは……」

 

苦笑している女子二人の後ろから、胸元の開いたシャツを着た美少年が現れた。胸には造花だが深紅の薔薇を差しており、その優れた容姿もあいまってイメージは童話とかに出てくる王子様と言っても過言ではない。

 

「のぁ!……ク……クマか、お前?」

 

「イッエース、ザッツライト。イカガデスカ?」

 

驚いた陽介にクマはなんか似非外国人っぽい言葉で返す。

 

「ブリリアント!」

 

「いや命さん、合わせなくていいですって……」

 

「あ、センパイ! さっきいなかったから心配してたクマよー」

 

命がとある先輩の口調を真似すると千枝が呆れ気味にツッコミ、命の姿を見つけたクマがわーいというように両腕を掲げて笑顔を浮かべる。

 

「あたしもビックリだけどさー。間違いなくあのクマ君だから」

 

千枝曰く「見る物全部が新鮮なため、大騒ぎで大変だった。女性もののフロアではコーフンして訳わかんない事を叫ぶ」とのことで大変だったらしい。そう話し、クマに対して「この姿の時は本能のままはっちゃけたらダメだからね!」と釘を刺す千枝に項垂れるクマを雪子が「本当に初めてなんだから仕方ないよね?」と慰める。千枝も「別に許さないとは言ってないでしょ?」と言うとクマは「嫌われたのかと思ってドキドキしちゃった」とまた笑う。

 

「まったく……大人しくしてりゃ、見た目は可愛いのに」

 

その無邪気な姿に千枝は思わず笑みを浮かべていた。

 

「カワイイ……か? お前、どう思うよ、完二?」

 

「あ? なんで俺に訊くんスか?」

 

陽介が完二に、クマがカワイイかと話を振り、完二がなんで自分に訊くかと尋ねると陽介は「お前の好みかと」と言う。それに完二は頬をヒクヒクさせながらなるほどねと頷き、「つまり殺されてぇっつー事スね?」と陽介相手に凄む。それに陽介が途端に慌て出すとツボに入ったのか雪子が吹き出す。

 

「笑うとこじゃねっスよ、天城先輩……」

 

「ご、ごめ……むぶふっ……」

「雪子こうなるとダメだから、許してあげなよ」

 

「あーぉ、キミたち! ボクのために争わないでよ、ベイビー?」

 

「るせーっ! てめ、ケンカ売ってんのか!?」

 

なんかコントのようなどたばたが始まった。

 

「やれやれ……もう話が進まないし。巽君、クマくんと一緒にこれでアイスでも食べててよ」

 

話を進めようと、命が完二に千円札を渡して、クマと一緒にアイスを食べてるように言う。

 

「そんな、イキナリもらえねッスよ!」

 

「いやまあ、なんていうか……クマくんをこのまま連れていったらりせちゃん混乱しちゃうだろうし。悪いけど巽君に子守をしてもらおうかなって」

 

「そっすね。完二、俺からも五百円やるよ。リニューアルしたクマきちの歓迎ってとこで」

 

命が差し出した千円に慌てる完二だが、命は子守をお願いするようなものと言い、それを聞いた陽介もリニューアルしたクマへの歓迎として五百円玉を渡し、「その代わり騒ぐなよ?」と念を押す。

 

「お~、どーしたの花村、急に“先輩”じゃん」

 

後輩の面倒を見る先輩のような姿の陽介に千枝はからかうように言い、「口じゃ色々言ってもクマくんにも優しいんだ。花村はオトナだね~。オトナは細かい事気にしないよね~?」となんか含みのある言い方をする。陽介も「何かあんな?」と千枝に返した。

 

「クマくんの服さ、持ち合わせで足りない分、花村のツケで買ったから」

 

「……ツケ?……はぁ!? ツケ!? なんだそれ、聞いてねーぞ!?」

 

「お金ないんだからしょーがないじゃん! ジュネスのくせに、服高いし!!」

 

千枝の申し訳なさそうな笑みでの言葉に陽介が叫び、千枝も逆ギレしたように叫び返す。

 

「ツケって……マジでツケたの?」

 

陽介のすがるような言葉に千枝はこくんと小さく頷き、陽介は「俺がバイク買ったばかりで貯金カスカスなの知ってるだろ!?」と叫ぶ。

 

「そういや先輩、この前花村が壊されたバイクって……」

 

「あ、うん。修理費はほとんど僕っていうか経費で落としたから実質先輩が立て替えた。流石に可哀想だし、花村君には相場の半額ちょいしか請求来ないようにしといたよ」

 

その後ろで真と命が以前沖奈市で陽介がバイクを壊した時の対処について話し合う。陽介と千枝はツケの事で言い合いを始め、その間に陽介から何か言われたのかしょげているクマに完二が「ホームランバー食いに行くぞ!」と言って彼と共に四六商店に入っていく。

 

「……先に行こう。千枝達……長そうだから」

 

「そうだな」

 

「そうしよっか」

 

ふぅと呆れた様子で息を吐いてからの雪子の言葉に真と命も頷き、三人で丸久豆腐店へと向かう。

 

「おや……やっぱり来ましたね」

 

と、丁度その時豆腐店の中から、以前完二と会っていた謎の少年が現れ、真達の姿を認めるとそう呟く。

 

「今度は久慈川りせを懐柔ですか?」

 

「人聞きが悪いなぁ。友達が退院したんだから、調子がどうか聞きに来ただけだよ」

 

「……そういう事にしておきましょうか」

 

少年の言葉に命がにこにこと微笑みながらそう言い、少年も命を真っ直ぐに見て口元に微笑を浮かべ、そう返す。その時、言い争いは終わったのか店員が自分のツケで服を売ったことにぼやきながら陽介が豆腐店前にやってくると少年を見て「完二ん時の……」と声を漏らす。

 

「あれ以来になりますか。そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。僕は白鐘直斗。例の連続殺人について調べています」

 

「白鐘……先輩に聞いたことがあるね。たしか凄腕の探偵だって……その若さで大したものだ」

 

「恐れ入ります」

 

少年――直斗に対して命が笑みを浮かべてそう言うと直斗は社交辞令と受け取ったのか小さくそう返し、真達に「一つ意見を聞かせてください」と話を振る。

 

「本日早朝に発見された諸岡金四郎さん……皆さんの通う学校の先生ですよね」

 

「ああ。補足しておけば俺達の担任だ」

「そ、それが何?」

 

直斗の言葉に真がそう言い、千枝がどことなく焦った様子でそれが何かと聞き返す。

 

「第二の被害者と同じ学校の人間……世間じゃ専らそればかりですが、そこは重要じゃない」

 

首を横に振って直人はそう言い、「もっと重要な点がおかしいんですよ」と呟く。

 

「この人……“テレビ報道された人”じゃないんです」

 

その口からそう言葉が放たれ、真達は驚きに硬直してしまう。そこにすかさず直斗が「どういう事でしょうね?」と聞いてきた。

 

「さあ?」

 

しかし一番に命がすっとぼける。

 

「……まあいいです。とにかく、僕は事件を一刻も早く解決したい。皆さんの事、注目していますよ。それじゃ、いずれまた」

 

すっとぼけてきた命に対し、直斗は小さく呟くとそう言って歩き去っていく。

 

「なんなんだ、あいつ……」

 

「マヨナカテレビの事を知らずにここまで僕達と同じ推理をしてくるとは……白鐘直斗、なかなかやり手みたいだね」

 

陽介の呟きに命はそう声を漏らす。

 

「先輩、白鐘の事を知ってるんですか?」

 

「ん? いや、別に面識がある訳じゃないよ。ちょっと聞いたことあるだけ」

 

真が命に尋ねるが、命はそうとだけ言って煙に巻くような笑みを浮かべてみせた。

 

「あ、いらっしゃい」

 

とそこに不意打ちのように女の子の声が聞こえ、真達は驚いたように振り返る。そこには今まで散歩にでも出かけていたのだろうか、りせが立っていた。

 

「久慈川……体はもう大丈夫なのか?」

 

真の言葉にりせは無言で頷き、それに陽介が「よかった」と安心したように笑う。

 

「それを確かめに来たの?」

 

「あ、まあね……」

 

陽介の反応を見たりせがそう聞き、陽介も「まあね」と返す。とその次にりせが「少し時間いい?」と聞いてくる。曰く「話さなきゃいけないと思ってた」だそうで、「今日は店番がお婆ちゃんだから着いて来て」と言う。

それから一行は神社の境内へとやってくる。その合間にちょくちょくと話を聞くがりせは「家にいたことは覚えてるけど、気がついたらもう“向こうの世界”だった」と話し、千枝が「またしても手がかりなしか」とがっくり肩を落とす。

 

「さっき、白鐘って妙なヤツに会ったんだけど……」

 

「あぁ……事件のこと、色々と訊かれた。でも“向こうの世界”の事は話してない。無駄だと思ったし。あなた達の事も訊かれたけど、適当に言っといた。“ジュネスの屋上で気を失ってた所を助けてもらった”……とかね」

 

陽介がさっきの直斗の事を聞くとりせはそう話し、陽介も「他に言い方無いよな」と頷く。

 

「あの……その……」

 

「……ん? どしたん?」

 

突然何か言い淀み始めたりせに千枝が尋ねる。

 

「あの……助けてもらっちゃって……ありがとね! 嬉しかった!」

 

それに対し、りせは突然明るい態度へと急変。助けてくれた事にお礼を述べた。

 

「やば、カワイイ……あー、今やっとホンモンって実感した。確かに“りせちー”だ」

 

陽介の琴線に触れたのか彼は照れ、その言葉に、りせは「最近疲れていて少し暗かったから嫌かなと思った」と言い、喋り方が変ではないかと訊ねてくる。しかし続けて「世間的には明るい感じの方がりせの“普通”なのかも知れない」と困惑した様子で話す。りせはどの辺が“地”の自分なのかが分かんなくなってると説明した。

 

「……そんなに変か?」

 

「え?」

 

しかしその言葉に真が首を傾げる。

 

「そーそー! いいじゃん、その時々で」

「うん。無理に決めなくても、誰だっていろんな顔があると思う」

 

千枝と雪子もそれに賛同し、りせを元気づける。

 

「そうだ、アレ渡さなきゃ。クマメガネ。あ、渡さなきゃっていうか、えっと……」

 

「……こう言い方をしてはなんだが……久慈川、君をテレビに放り込んだ奴を捕まえるために力を貸してくれないか? もちろん命の危険もある。無理強いはしないし、だからと言って断ったらこれから先事件に巻き込まれた時に助けない。なんて事はしない」

 

千枝が言いよどむと真が頼むようにりせを見る。

 

「先輩……私がいないと、困る?」

 

「え、えっと……まあ、人手は多い方が助かるというか……」

 

「そうだね。そうでなくても、恐らくこっから先はりせちゃんの力が必要になってくる。僕の勘はそう言ってるよ」

 

りせが尋ね、真が困ったように呟くと命が、この先はりせの力が必要になってくるだろう。という予測を述べる。

 

「……そうですね。クマのシャドウとの戦いで久慈川が見せてくれたあの力はきっと、この先に必要になる」

 

「なら、私が仲間になった方がいいでしょ?」

 

真の言葉にりせは改めてそう尋ねる。それに真は頷き、さっきクマから渡されたメガネを取り出す。

 

「久慈川、俺達に力を貸してくれ」

 

「もちろん!」

 

そう言って真が差し出してきたメガネをりせは満面の笑みで受け取った。

 

「それ、一応仲間の証っていうか……」

 

「そのメガネがないとテレビの中ではまともに動けない。まあ詳しくはテレビに入った時に説明するよ」

 

「ありがと、先輩。これで仲間、だよね」

 

陽介が説明しようとするのを引き継いで真が簡単にメガネの効果を説明、詳細の説明はテレビの中ですると言うとりせは嬉しそうに微笑んで頷いた。

 

「私、明日から八十神高校に通うの。同じ学校。でも私、まだ友達いないから、仲良くしてよ」

 

りせはそう言い、少し頬を赤く染めながら「それに、恩人だし……」と呟く。

 

「よろしく」

 

「こちらこそよろしく、先輩」

 

真がそう言って右手を差し出すと、りせも微笑んで右手を差し出し握手をする。

 

「けど、こんな時期に転入って大変だな。事件とか、モロキンとか……それにテストもすぐだし」

 

陽介が思い出したように呟き、続けてテストという単語を自分で言ってヘコむ。それに千枝も「やるんじゃない? テストだけはさ」と呟いた。

 

「ふふ、大変って。怪物相手に死にかけたことに比べたら、そんなの」

 

りせが怪物相手に死にかけたのに、テストで大変なんていうなんて変なのというように笑う。それに陽介達も苦笑を漏らし、陽介が「事件の事は明日改めて、“特捜本部”で相談だな」と言う。

 

「うーす、調子どうスか?」

 

そこに遅れてやって来た完二に、りせが話が済んだ事を伝える。そのまま、甘えるように真の腕を取るりせに完二が呆れた視線を向ける。

 

「お前……なんか前とキャラ変わってねえか?」

 

「あなたも先輩達と同じハチ校生? 明日から、私もだから、よろしくね」

 

呆れた完二に対しりせはあっさりそう言う。

 

「あ? ああ、そう……スか? あーと、学年は?」

 

実は上下関係をきっちりしている完二。年上かどうかはっきりしていないためか微妙に敬語を使いつつ、りせに学年を尋ねてきた。

 

「真君達を先輩って言ってるんだし、一年じゃない?」

 

「あ、そうッスね。んじゃよろしく頼むぜ」

 

命の推理に完二は頷き、ならタメ口で問題なしと判断したのかりせにそう話しかける。その後陽介が「クマはどうした?」と尋ねると完二は「向こうで五本目のホームランバー食ってるッスよ」と返し、これからクマはどうするのかと尋ねた。それに陽介が「仕方ないから俺が連れて帰る」と言ってその場は解散になった。




お久しぶりです。と言っても読者いるか分からないですけども。今回は7月10日、諸岡氏が亡くなった事によるイベントやクマの現実世界登場、でもってりせの仲間入り書いてたらもうかなり埋まったのでその一日だけで終わってしまいました。
で、諸岡が亡くなった事によるイベントの中でオリジナルとして真による推理パートを挟みました。一応現在の情報で辻褄は合うように作ったつもりです。
では今回はこの辺で。ご指摘ご感想があれば喜んで受け付けますので。それでは。

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