ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第三十二話 七月初めの絆と霧の夜

「……ふう」

 

7月1日の夜。真は病院の清掃のアルバイトにやってきており、窓拭きが一段落してふぅと息を吐き、つい病院に来た患者が座る長椅子の方を見る。そこに喪服姿のお婆さんが見える。

 

「……本物のお婆さん、だよな?……」

 

ついさっき嫌な視線を感じたり妙な叫び声が聞こえたりしたためかついそんな事を呟いてしまう。と、お婆さんはゆっくりと立ち上がり、真の方を見ると「まぁ……」と呟く。

 

「あぁ……許して……」

 

「?」

 

喪服姿のお婆さんは何かぼそぼそと呟くと真に背を向けて歩いていき、やがて彼の視界からいなくなる。

 

(なんだったんだ?)

 

首を傾げながら心の中で呟く。

 

「こんばんは?」

 

「うひゃぇぃっ!?」

 

その直後、背筋をつーっと触られながらそんな挨拶をされ、完全に不意を突かれた真は妙な声を上げて前方に弾かれたように飛ぶ。

 

「あら、面白い」

 

「……」

 

そこにはこの病院のナースこと上原小夜子がくすくすと笑いながら立っていた。

 

「スキあり、ね?」

 

小夜子はそう言って綺麗に磨かれている窓を見る。

 

「適当にサボればいいのに、熱心に仕事してるのね、キミって……ね、どうしてこんなバイトしてるの?」

 

「夜は暇ですし、何かと入り用ですから」

 

小夜子の質問に真はそう答える。まあ実際バイト代のほとんどはシャドウと戦うための武器やペルソナのために使っているし、入り用というのは嘘ではない。

 

「ふうん、ひょっとして苦学生?」

 

しかし小夜子はそう解釈をし、「だったらこんなとこで、こんな悪いオネーサンに捕まってていいの?」とイタズラっぽく笑いながら聞いてくる。

 

「それにしても、若い子が病院で雑巾がけもないでしょーに……そんな姿見たら、泣く子もいるんじゃない?」

 

小夜子はどこか呆れた様子でそう呟いた後、「彼女とか、いないの?」と聞いてきた。

 

「……聞いてどうする?」

 

「子供は素直に、聞かれたことに答えてりゃいいのよ」

 

真の言葉に小夜子はやれやれとため息をついた。

 

「若いよね、高校生って……10も違わないけど、すごく、遠い事みたい。何かキラキラしてて……妬ける? って言うの?」

 

小夜子は真に背を向けながらそう言い、「だからかしら」と言うと振り向く。

 

「グチャグチャにしてやりたいわ」

 

その言葉に真は数歩下がりながら冷たい目を見せる。

 

「ふふ、冗談よ……半分は。もう半分の意味は……」

 

小夜子はそういうとすたすたと歩いて真との距離を詰める。

 

「……分かるよね?」

 

「知らん」

 

「ふふ、ホントかしら?……」

 

あしらうような真の返答に小夜子は薄く笑った後、「もう行かなきゃ」と呟いた。

 

「ついつい、ちょっかい出しちゃうのよね。ふふっ。きっと、君が可愛いせいね……」

 

小夜子はそう言ってくすくすと笑う。

 

「悪かったわね、仕事の邪魔して。それじゃ、頑張んなさいな」

 

小夜子は労いのつもりだろうか声をかけて歩いていき、真はやれやれとため息をついた。それからアルバイトを終えて彼は家に帰る。

 

それから7月3日に日にちが過ぎ、その朝。真が少し勉強をしていると突然電話に着信が入り、真は電話を出る。

 

「はい、もしもし?」

 

[あ、あの、松永です。い、いま大丈夫ですか?]

 

「ああ。どうしたんだ?」

 

電話の相手である綾音の、若干緊張したような声色に真はどうしたんだ、と優しげな口調で聞く。

 

[今日なんですけど、あの、宜しかったら一緒に、出かけませんか?]

 

「ああ、分かった」

 

[はい! それじゃ、忘れないでくださいね!]

 

綾音からの誘いを真は二つ返事で了承し、電話を切ると真は勉強を止めて出かける準備をする。

 

そして真はバス停で綾音と合流、二人で沖奈市へと繰り出した。

 

「わ、お店がいっぱいできてる……」

 

「あまり来ないのか?」

 

綾音は街を見回しながら呟く。それに真がそう聞くと綾音はそんなに遠くないけどあまり来ないため新鮮。と言う。

 

「え、えっと、どこか行きたいところはありますか? 買いたいものとか……」

 

「いや。松永が好きな場所でいいよ」

 

綾音が慌てて気を遣ってくるが、真は自然体な様子でそういう。それに綾音は頬を赤らめながらありがとうございます、とお礼を言った。

 

「えっと、じゃあまずは……」

 

「ん?」

「あれ?」

 

綾音がどこに行こうかと考えていると、突然そんな声が聞こえ、真と綾音はついその声の方を向く。

 

「あら? 長瀬先輩に一条先輩……ですよね?」

 

綾音の言葉通り、さっき変な声を出したのであろう相手は長瀬と一条――長瀬は何故か校外、しかも今日は日曜であるにもかかわらず学生指定のジャージを着ている――だ。

 

「一条、長瀬」

 

「おう、椎宮」

「偶然だな~」

 

真の呼びかけに長瀬と一条も笑いながら二人の方に歩き寄り、長瀬はふと綾音の方を見てからもう一度真の方を見る。

 

「彼女か?」

 

「えっ、やっ、ああああのっ!!」

 

長瀬の言葉に綾音は顔を真っ赤にしてうつむき、ごにょごにょと言葉を漏らす。

 

「あー、アレか。えーと……微妙な距離感、てやつか!」

 

「「アホか」」

「先輩……」

 

爽やかに笑いながらボケた発言をする長瀬に真と一条が異口同音にツッコミを入れ、綾音も流石に冷ややかな目になってしまう。と、長瀬は驚いたように綾音を見た。

 

「あ、八高?」

 

「中学も一緒でした!!」

 

長瀬の間抜けな声に綾音は両腕をぶんぶんと上下させながら叫ぶ。

 

「あーっと、なんかごめんな? 椎宮」

 

「いや、別に……」

 

怒っている綾音とたじたじになっている長瀬を見ながら、一条が頬を引きつかせて真に謝ると彼も静かにそう言う。

 

「えーっと確か吹奏楽部の松永さん、だよな?」

 

「知ってるのか?」

 

「ん、まあ。で、彼女なのか?」

 

松永を知っているらしい一条はにししと笑いながら真を小突く。

 

「違う。朝一緒に出掛けないかと誘われたから一緒に来ただけだ」

 

「へ~……」

 

真はそう言った後、ふと数日前に海老原から頼まれたことを思い出す。

 

「なあ、さっき質問されたし、こっちから質問いいか?」

 

「ん? ああいいぜ。どんと来い……あ、でも家の事はなしな? その、まだ施設に行ってないんだ……」

 

「ああ。落ち着いて、心の準備が出来てからでいい」

 

真からの質問いいかという言葉に一条は、真面目な真なんだから妙なことは言ってこないだろうと高をくくっているのか笑いながら頷き、しかしその一瞬後に真剣な顔で条件を追加。それを真は了解してから一条に囁くように尋ねる。

 

「好きなタイプはなんだ?」

 

「え、は? す、好きなタイプ?」

 

予想だにしてなかった質問だったのか一条は目をパチクリさせながら真を見る。

 

「お、おまえ、なんか悪いもんでも食ったか?」

 

「あーいや、ちょっとな……えー、花村と前にそういう話が出たんだよ」

 

友達をダシにして、真は海老原の応援を行う。一条は「ああ、花村が……」と納得したような声を出していた。

 

「でも、えー、なんだよ急に……うっわ照れる。えーと、えーと……優しい子、かな? はは……」

 

一条は頬を赤くしてにやけながら、髪をかきかきそう答える。

 

「ん? 一条、どうかしたのか?」

 

「のあっ!?」

 

と、綾音のお怒りから逃れられたのか長瀬が尋ねてきた。

 

「いやいや、なんでもないっ!! そ、そうだ松永さん! あのーなんだ、良ければ俺達も一緒に遊んでいいかな!?」

 

一条は大慌てで話を逸らそうと松永に話しかけ、松永も驚いたように口を手で隠し、ちらちらと真を見る。

 

「松永が良ければ、俺は構わない。松永が嫌だって言うならすぐ追い返すけど?」

 

「い、いえそんな! あの……じゃあその、よろしくお願いします……」

 

(……今日は楽しくなりそうだ)

 

松永はぺこりと一条と長瀬に頭を下げ、四人は楽しく休日を過ごしていった。

 

 

 

 

 

それから夜に時間が過ぎ、真は菜々子と二人っきりちゃぶ台で向かい合っていた。

 

「えっと……お父さんに、ないしょだよ」

 

「ああ」

 

今にも泣き出しそうな菜々子を安心させるよう、真は微笑んで頷く。

 

「まえに、学校でくばられたの。おうちの人に、わたしなさいって……これ」

 

菜々子はそう言って一枚のプリントを差し出してくる。

 

「……授業参観の開催希望日アンケート」

 

「いつ来れるか、書いてもらいなさいって……お父さん、おしごとあるから……きっと、来れないよね?」

 

「きっと来てくれる」

 

菜々子はしゅんとなっており、それに対して真は静かにそう告げ、菜々子が驚いたように顔を上げる。

 

「俺も一緒に頼んであげるよ」

 

「ほんと? お兄ちゃん、ありがとう!」

 

真の言葉に菜々子は嬉しそうに笑って真にお礼を言い、「お父さんにわたす」、「来てって……言う」と言った。

 

「お兄ちゃんに話してよかった!」

 

菜々子は満面の笑みでそういう。その笑みからは真への信頼が読み取れた。

 

「ちゃんと、来てくれるよね……“ほんと”のお父さんだったら」

 

菜々子はぼそりとそう呟いた後、真に対して「お兄ちゃんもじゅぎょうさんかんはあったの?」と聞いてくる。それを皮切りにした色々な話をしている内に夜も更けてきたので真は菜々子を寝かせて、部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

それから7月5日に日付は過ぎる。今日は吹奏楽部の発表会、真も演奏への参加はしないものの部室へやってきていた。

 

「い、いよいよ、今日ですね、発表会……ももも、もう、緊張してきた……」

 

先輩である奏者の一人が怪我をしてしまったため代理となった綾音は頬を紅潮させながら呟く。が、真が前に立つと彼女はぎこちなく微笑んだ。

 

「先輩、お留守番、お願いしますね。私、頑張ってきますから……笑顔で帰ってきたいです!」

 

「ああ。頑張れ」

 

綾音の言葉に真も微笑んで返す。

 

「うーす、集まってるかー?」

 

そこに部長の声が聞こえ、二人は部長の方を向く。そして部長は今回演奏するメンバーが揃っていることを確認するとよしと頷いた。

 

「んじゃあ、張り切っていくぜー!……の前に、サプライズだー」

 

部長は気合を入れた声の後に気の抜けた声を出す。

 

「恥ずかしいマネすんなよー」

 

タイミングを合わせて戸を開けて入って来る男子生徒。それは綾音が今回代役になった、腕を怪我した男子生徒――飯田だ。

 

「あ、飯田! 腕は大丈夫!?」

 

派手目の女子部員が心配したように声をかける。と、飯田部員は「へーきへーき、もう治ったし」と言って腕をぶんぶん振った。

 

「ってわけでさ、ギリになったけど、俺も参加すっから。向こうで一回、合わせればいいよな? よろー」

 

飯田部員は軽めな口調でそういう。

 

「あ、でも……トロンボーンは……」

 

と、男子生徒の一人が綾音の方を見ながらぼそりと呟き、他の生徒の視線も綾音に集中する。

 

「……えっ、あ……あの……」

 

ようやく気付いたというか我に返ったというか、そんな様子で綾音が呟く。

 

「え、何この空気?」

 

飯田部員も困った声を漏らした。と、部長が「どうする?」と綾音に聞いてきた。つまり、今回出るか、もしくは飯田に譲るか。そういう事だ。

 

「えっ、そんな、私……」

 

「え、あー、そういうことか……」

 

ようやく気付いた飯田部員も頷くと「んじゃ今回は俺、辞退って事で……」と綾音に譲ろうとする。

 

「飯田がいいと思うよ。上手いし、場馴れもしてるし」

 

と、三年の女子部員が突然そう言い出す。さらに「皆もそう思ってんじゃん? 失敗されたら困るしさ」と他の部員に同意を求めてきた。それに他の部員は押し黙っていた。

 

「俺は松永を推薦したい」

 

「先輩……」

 

真は真剣な表情で綾音を推薦する。「松永は最近放課後、今回の発表会の為に河原で一生懸命練習していたんだ。その努力を無駄にさせたくはない」と他の部員を説得する。

 

「……だってさ、松永。良かったね、仲良くしといて」

 

「えっ、あの……」

 

三年の女子部員があっさりそう言い、綾音が困ったように呟くと部長は再び「どうする?」と聞いてくる。彼はあくまでも綾音の意見を尊重する様子だ。それに綾音は「私……」と困ったようにうつむいて少し考える様子を見せた後、顔を上げて飯田部員に微笑みかけた。

 

「行ってきてください、飯田先輩。元々先輩の役でしたし、私では力不足ですから……お願いします」

 

「え、うーん。じゃあ、そういうことなら……」

 

綾音の言葉に飯田部員は頷く。

 

「……ん、じゃあ行くぞー。準備出来た奴から、表のバスー」

 

「が、頑張ってくださいね!」

 

部長が指示を出し、綾音がそう言うのを最後に部員らは支度をして出ていく。残ったのは真と綾音の二人だけだ。

 

「ふふっ」

 

綾音が突然笑う。

 

「なんか……バカみたいですよね……私……バカみたいですよね……」

 

笑った後、泣き出してしまう。

 

「わ……たしっ……やっぱり……上手く行かない……ですね……しょうがない、けど……い、つも……いっつも……」

 

「……」

 

綾音の泣きじゃくりながらの言葉に真は少し困ったように頭をかいた後、何を思ったのか彼女を抱きしめた。

 

「よしよし」

 

「先輩……う、ひっく……うっ、うっ……く……」

 

まるで子供をあやすお母さんのように抱きしめながら頭を撫でる真に対し綾音は余計に泣いてしまう。

 

 

 

「す、すみません……」

 

ようやく泣き止んだ綾音は真から離れた後謝る。その後彼女は語り出す。“音楽で誰かの支えになれたら”、昔からの夢、前は遠い夢、でも今は違うそれが叶うかもしれないと。遠い夢という憧れではなく、目標、それももうすぐ手が届くと思っていた。でもそれがするりと抜けてしまった。

 

「だから……すごく、悔しいです!」

 

そう叫んだ後、綾音は「あ」と声を漏らした後、アハハッと笑った。

 

「なんか、不思議です。こんな事思うの、初めて……悔しくて、でも、なんだか満足してる……」

 

綾音は満足そうに微笑みながら、寝ても覚めてもずっと曲が離れなかった。少しでも時間があったら練習、腕はずっと筋肉痛だったと再び話す。そして今までは無理だと思っていたけど、初めてここまでやった。と話した。

 

「だから、悔しいし……悔しい事が、嬉しい……気がします」

 

そう話した後、彼女はまた「先輩」と真を呼ぶ。

 

「さっき、推薦してくれて、ありがとうございました。すごく、嬉しかったです」

 

「ああ」

 

「でも、飯田先輩を押しのけて自分が……って思えなくて……ごめんなさい」

 

「気にするな」

 

綾音に対して真はそう微笑みかける。と、綾音は少し変われた気がします。と真に微笑んだ。真のおかげで変われた気がする。微笑はそう言っていた。

 

「……あ、気づいたら二人っきりですね、今……」

 

行けなかったのも、そんなに悪い事じゃないかも、ですね。と言って綾音はまた微笑んだ。

 

 

 

 

 

またまた日は7月6日に進む。その放課後、真は屋上に連れ出されていた。と言ってもいつもの特捜隊メンバーとの集会ではないし、かと言って不良な人々に連れてこられたわけでもない。

 

「き、聞いてくれた? 一条君の……好きなタイプ……」

 

あいに前から頼まれていた、彼女が想いを寄せるようになった一条の好きなタイプについての報告だ。

 

「えーっとだな……“優しい子”とのことだ」

 

「優しい子……可愛い子、じゃなくて? 美人……でもなくて?」

 

真からの報告を受けたあいはやけに動揺。突然真の胸ぐらを掴みあげた。

 

「だ、誰だって可愛い子が好きでしょ? 可愛かったら愛されるでしょ!?」

 

「え、いや、お、落ち着けえび――」

「って言うか、まどろっこしいから好きな子聞いてきてよ!」

 

「はぁ!?」

 

「いや、私に考えがある……協力しなさい!!」

 

「はあぁ!?」

 

「はいかいいえか、はいどっち!? ほら早く!!」

 

綺麗な顔立ちで睨みながら真に迫るあいに真は頷くことしか出来なかった。

 

それからちょうど部活動の日で一条も部活に参加していたため急きょ真も部活に参加する。そして部活も終わり、真と一条は二人でボール磨きをしていた。

 

「一条、えっと、その……大丈夫か?」

 

「ん? ああ……なんか施設に行く勇気出ねえ。行かなきゃなんねえんだけど足が重いって言うかさ……」

 

真の大丈夫かという言葉の意味をどう取ったのか、一条は重いため息をつきながらそう言うのみ。

 

「……俺からは頑張れとしか言えないが、あまり気負いすぎるな」

 

「ああ。サンキュ……っと、ボール磨き終了! 早く片付けようぜ」

 

真のアドバイスに一条は頷いた後ボール磨き終了と叫び、それをボールを入れているカゴにシュートの要領で投げ入れると早く片付けようと言う。それから二人はカゴを体育館倉庫の方に押していく。

 

「なあ、気を取り直して雑談なんてどうだ?」

 

「ん? ああ、いいぜ」

 

真の話題運びに一条は頷いてみせる。と、真は一瞬相手に気づかれない程度に深呼吸をし、一条を見る。

 

「好きな子っているのか?」

 

「え、は、はぁっ!? 好きな子!? おまえ、前からどうしたんだよ!? ね、熱でもあんの!?」

 

「いないのか?」

 

一条の思う彼らしくない質問再びに一条は再び慌て出すが真はあくまで自然体に尋ねる。それに一条は困ったように髪をかいた。

 

「まあ、その。なんだ……お前に限って大丈夫だとは思うけどさ……誰にも言うなよ?」

 

「もちろん」

 

一条は髪をかき、頬を赤らめながら呟いた後、真に誰にも言うなよと念押し。彼もこくんと頷いた。

 

「さ……」

 

「さ?」

 

この時点で海老原あいでない事は確定する。

 

「里中さん」

 

「うぐっ!?」

 

予想だにしない相手――というか仲間だ――の名前に真は驚いて息を飲んでしまいむせたのかごほごほっと咳き込む。

 

「な、なんだよ!? だ、大体席隣とか、仲がいいとか、実は結構羨ましいんだよお前!」

 

顔を真っ赤にして右腕をぶんぶん上下させながら一条は叫び、真に近づくと突然ヘッドロックをかけた。

 

「聞いたからには協力しろよな?」

 

「いててててて」

 

おふざけ程度とはいえ痛い事は痛く、真はぱんぱんとギブアップのように彼の腕を叩く。

 

「ははっ。でもこういう話も悪くねえな。さっきの気の重さがどっか吹っ飛んじまった……これなら、頑張れる気がする」

 

と、一条は次に爽やかに笑いながらそう言う。

 

「ありがとな、椎宮。さ、とっとと鍵閉めて帰ろうぜ」

 

「ああ」

 

一条がそう言い、二人は倉庫から出ると一条が鍵を閉める。それから出口の方に歩いて行っていると突然真がポケットを探りだし、それに気づいた一条も真の方を見る。

 

「どしたよ?」

 

「あ、ああ。ハンカチを落としたみたいだ……」

 

「ハンカチ? 倉庫にか?」

 

「多分……探してくるから鍵を貸してくれないか? 先に帰っててくれ」

 

「おう。んじゃ悪いけど鍵、職員室に返しといてくれな?」

 

「分かった」

 

真はそう理由を付けて一条から倉庫の鍵を借り、ついでに一条を遠ざけておく。そして一条が体育館から出ていったのを見届けてから真は倉庫の鍵を開け、さっき真達が片づけたカゴのすぐ横にあった跳び箱の一番上の段を持ち上げる。

 

「…………」

 

そこにはこれ以上ないくらいに落ち込んだ様子で体育座りをしているあいの姿があった。

 

 

 

「死んでやるー!!!」

 

「は、早まるな!!!」

 

場所は再び屋上に移り、修羅場が展開される。あいはフェンスを越えようと手をかけてよじのぼろうとし、真が必死に彼女の肩を引っ張ってそれを阻止する。

 

「里中ってアレでしょ!? あのダッサイ子でしょ!? あたし、あんなのに負けたの? あたしの方が、ずっとずっと可愛いのに!!」

 

あいは冷静さを失っているかのように、頑張って可愛くなったのに愛されなかったら意味がないじゃんと叫ぶ。

 

「落ち着け!」

 

「!?」

 

真が怒鳴るかのような勢いで叫び、あいがびくっとなって動きを止めた瞬間真が力ずくでフェンスから海老原を引き剥がす。

 

「軽々しく死ぬなんて言うな。親が泣くぞ?」

 

「う、うっく……う、うぅっ……」

 

自分をクッションにしてあいを堅いコンクリートから守りながら真はあいにそう言い、冷静さを取り戻したのかあいは泣きじゃくり始める。

 

 

 

「あたしね……」

 

少ししてあいも落ち着き、彼女は話し出す。曰く、昔はあいはデブでドン臭くて、さらに家も貧乏だったためイジメられていた。クラスの子に囲まれて「気持ち悪い」とか「ブタ原」とか呼ばれていた挙句に好きだった子には「こっち見んなよ、菌が移る」とまで言われていた。それは今でも夢に見るそうだ。

 

「それで、中学になる時、ウチが急にお金持ちになったの」

 

「ああ、土地をころがしてるとかなんとか……」

 

「そ。そしたら、やっかみがすごくて……逃げるようにココに引っ越してきたんだ」

 

あいはこの町に引っ越してきた経緯を話し、そこでチャンス、見返す時だと思ったのだと話す。愛されるためにダイエットして体を鍛えて、ファッション誌も読んで。モテるコツや笑顔も全部雑誌で勉強したのだという事だ。

 

「頑張ったんだな」

 

「でも、ダメだった」

 

真が彼女の努力を労うが、あいは沈んだ声で呟く。

 

「可愛くなきゃ愛されないのに、可愛くなったと思っても、愛されない。結局、愛されない……他に、とりえなんて無いのに……」

 

あいは沈み、また今にも泣きそうな声で呟く。

 

「そんな事はないんじゃないか?」

 

「え?」

 

「海老原の魅力が、一条に分からなかっただけだ。俺が言えた義理じゃないけど、焦るなよ」

 

真はあいを元気づけるようにそう話す。

 

「アンタは……優しいね。アンタみたいのを好きになれば良かった……」

 

「そうか? ま、もう戻ろう。早く着替えたいし、鍵も返さなきゃならない」

 

あいの言葉を冗談と受け取ったか真はあっさりそう言う。と、あいは突然真の手を掴んだ。と思うとその手を引っ張って真を自分の方に向かせる。

 

「ねえ……あたしたち、付き合おうか?」

 

にこにこと微笑みながらそう聞いてくるあい。普段なら彼女の押しの強さに押し負けてしまうのだが、真はあいの両肩に手を置くと彼女を優しく押し離し、まっすぐにあいの顔を見る。

 

「今は落ち着いて、よく考えるんだ」

 

「……アンタって変なヤツ。うん……でもごめん、今は……混乱してる」

 

笑顔から一変し、あいは悲しげに笑ってみせる。

 

「今日はもう帰るね……ありがと」

 

そしてあいは重い足取りで屋上を出ていき、真も制服に着替えて職員室に体育館倉庫の鍵を返すと家に帰っていった。 

時間が過ぎて夜中、真は病院清掃のアルバイトにやってきておりちょうどそれが一段落する。と、彼は通路の先に、この前のバイトの時に見た喪服のお婆さんが立っているのを再び発見した。と、そのお婆さんは杖を突いてゆっくり真の方に歩いてくる。

 

「こんばんは……」

 

「こんばんは」

 

喪服のお婆さんは朗らかに笑いながら挨拶し、真も挨拶を返す。

 

「この間は、ごめんなさいね。あなたのお顔、ジロジロ見たりして……知り合いに似ていたものだから」

 

「そうですか」

 

お婆さんの優しく微笑みながらの言葉に真はそうとだけ言う。

 

「ここで働いてらっしゃるの?」

 

「ええ。アルバイトで」

 

「あらそう、偉いのね……私にも、あなたくらいの孫がいてね……今日、遠くに帰っていってしまったけど……ここであなたに会ったのも、考えてみると不思議だわ……」

 

お婆さんの言葉に真は首を傾げる。

 

「でももう、ここには来ないから……」

 

「そうですか」

 

「大きな街じゃないもの、またお会いできるかもしれないわね。私はね、お休みの日に河原で日向ぼっこするのが好きなの。川がキラキラ光ってね……気持ちよくて……悲しいくらいよ」

 

お婆さんはそう話し、「それじゃあね」と言うと真の横を通る形でいなくなる。と、入れ替わるように前方の通路の方から一人の女性が歩いてきた。

 

「上原さん……」

 

「あら、ちょうどいいところにいるわね。そこの病室なんだけど……」

 

小夜子は仕事の指示を出そうとした後、「まあいいわ」と言うと入るよう指示を出し、真も清掃用具を持って部屋に入った。

 

「うん、片付いてるわね……ここ、さっき空いたのよ。床の掃除、お願いね……どうして空いたか、気にしちゃダメよ?」

 

小夜子は指示を出した後、静かにそう言う。

 

「分かりました」

 

それに真が静かにそういうと、小夜子は呆れたようにため息をつく。

 

「少しは怖がるとかしなさいよ……ここの患者、今日退院したのよ。死の淵から無事、生還してね」

 

彼女はこの部屋が空いた理由を説明し、「いう事をちゃんと聞く、いい患者だった」と話す。さらに若いのに社長で、顔もいいし弱音もはかない。甘えない。早く会社に復帰をしたいと、必死だったと話す。

 

「おかげで予定より早い退院になってね。“お世話になりました”って、嬉しそうに頭下げて……すぐ前向いて、歩いて出ていっちゃった。私を……愛してるなんて、バカなこと言ってたくせにね」

 

小夜子はそこまで言うと重く息を吐く。

 

「私を必要とするのは患者の時だけ……結局みーんな、いなくなるわ」

 

「治るのは、いい事では?」

 

「……子供はイヤだわ。正論言って勝とうとして……ヘンな事言ったわね、忘れて?」

 

その言葉に真が聞き返すと、小夜子は彼を少し睨みつける様子でそう言った後くるりと入口の方に身体を向ける。

 

「ここの掃除、他のスタッフに頼むわ。アンタ、もう帰りなさい。道も暗いし……こんなとこいたらダメよ。私なんかに捕まってりゃ……ダメよ」

 

小夜子は真にもう帰るように言った後静かにそう呟き、最後に「おつかれさま」と言い残すと部屋を出ていき、一応上司に当たる相手に帰るように言われては仕方がないため真もアルバイトを終えて家に帰っていった。

 

そして翌日7月7日の放課後。

 

「あっはははマジで長瀬、ばっかでー!」

 

「ば、馬鹿言うな!」

 

「まあまあ」

 

八十神高校二階の廊下。陽介、一条、長瀬、真の四人は珍しくここに集まって談笑しており、陽介が一条から長瀬の話を聞き、陽介がからかうと長瀬は顔を赤くして叫ぶ。それを真がいさめる。それが一連の流れとして繰り返されていた。

 

「あ、いたいた! 椎宮君!」

 

「ん?」

「この声」

 

突然聞こえてきた元気な女子の声、それに真が反応、陽介が聞き覚えのある声に呟き、一条がびくっとなる。

 

「あ、花村。それに一条君に長瀬君。おっーす」

 

「よお、里中」

「さ、里中さん、こんにちは……」

 

声をかけてきた女子――千枝は陽介、一条、長瀬にも気づいて挨拶、長瀬と一条が挨拶を返すと千枝は突然がしっと真を掴んだ。

 

「椎宮君、付き合って」

 

「……は!?」

 

千枝の言葉に真は一瞬のフリーズの後声を上げ、陽介も「な、えぇっ!?」と呆けた声を上げ、一条は気のせいか据わった目で真を睨み、長瀬は「ん?」と首を傾げる。

 

「悪いけど、ちょっと借りてくね」

 

そしてそのまま千枝は真を引っ張って去っていく。

 

「……え? なにあいつ? 実はそーゆー関係?」

 

「……あの野郎、協力しろっつったのに……」

 

「どうした? 一条?」

 

陽介が目をパチクリさせ、一条が身体をプルプルさせながら怨嗟の声を呟くと長瀬は再び首を傾げる。

 

 

 

「えー……っと?」

 

それから場所は鮫川の土手へと移る。真は目の前で自分に背を向けて「やっぱココがいっかな?」と呟いている千枝をただ見つめていた。

 

「里中、なんなんだ?」

 

「え? ああごめんごめん。特訓だよ、特訓!」

 

真の問いかけに千枝は振り返ると元気に笑いながらそう言う。

 

「この前のりせちゃんのシャドウ、凄い強敵だったでしょ? もしこれから先もあんなのが出てきたらって思うと、もっと強くなんなきゃって思っちゃってさ」

 

千枝は真剣な顔でそう言った後、家で練習してたら障子とか破って怒られた。と笑う。

 

「こーゆーのに修行ってツキモノでしょ!」

 

「たしかに。日々の鍛練が大事だからな」

 

「やっぱそう思う!?」

 

千枝の言葉に頷くと彼女は嬉しそうに目を輝かせる。

 

「でね……一緒にやろうよ、リーダー!……ダメかな?」

 

「ああ」

 

「やった! ありがと、椎宮君!」

 

最初こそ不安そうな目だったが真が特訓に付き合う事を了承すると途端に嬉しそうに笑う。そして千枝が「よーっし!」と気合を入れ、まずは型の確認というように構えを取ると、その時突然真の携帯が鳴り始めた。

 

「あ、すまん」

 

「うん」

 

真は千枝に一言謝ってから電話に出る。

 

[あ、も、もしもし椎宮!?]

 

「花村……どうしたんだ?」

 

[どーしたもこーしたもねえよ! お前里中とどういう関係なんだ!? 一条が“昨日の今日で裏切りやがって”とかめっちゃ暗い表情でぶつぶつ言っててめっちゃこえーんだよ!?]

 

「え?……」

 

陽介の電話口からでも分かるほどに必死な声に真の頬も引きつる。

 

「ん? 相手花村? どったの?」

 

「すまん、里中。付き合うと言って早々なんだが……俺は学校に戻る!!!」

 

「え、ちょ、椎宮くーん!!??」

 

千枝の呼びかけも無視して真は大急ぎで学校に戻っていく。それから下校までの間、真は三人に対して誤解を解くことに全ての時間を使う羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

7月9日、土曜日。日も落ち始めた頃。八十神高校倫理教師にして生徒指導担当である諸岡金四郎は一人商店街を歩いていた。と、ブロロロロというエンジン音が後ろから聞こえ、そう思った瞬間エンジン音は三人を追い抜く。そしてそのバイクは豆腐屋の前で止まり、それに乗っていた二人の人――両方ともレインコートに守られている――がバイクから下りる。

 

「ありがとうねぇ、命ちゃん」

 

「いえいえ。りせちゃんが元気でよかったです」

 

バイクに乗っていた青年は命、後ろに乗っていたのはどうやらりせの祖母らしい。お婆さんは柔和に微笑んでお礼を言い、命もそう返す。そして彼女が家の中に入っていくのを見届けてから命は振り返るが、そこでさっきまでの会話を聞いていたらしい諸岡に気づく。

 

「あれ、諸岡氏!」

 

「げっ」

 

しまったと表情を歪める諸岡。雨の中お婆さんとバイクに二人乗りという状況にあっけにとられてしまっていた。

 

「今お帰りですか?」

 

レインコートを着込んだまま笑顔で話しかける。

 

「あー……まあな。貴様こそどうしたんだ?」

 

「ああ。諸岡氏は知ってると思いますけど、ここのお孫さんのりせちゃんが入院していて、もうすぐ退院だというので少し病院まで付き合っていたんです。暇だったんで」

 

「ふん、貴様のような若者が働かんから……」

 

「あはは。バイト休みなんですよ、今日」

 

諸岡が説教を始めようとすると命は苦笑しながらそう返し、突如ああそうだ。と思いついたように呟く。

 

「夕食がまだでしたらよければご一緒しませんか?」

 

「はぁ?……」

 

命の言葉に諸岡は呆けた声を出し、しかし会って数か月とはいえ彼の飄々とした性格をある程度理解した諸岡は断っても言葉巧みに誘ってくるだけだろうと考え、ごほんと息をつく。

 

「まあ、いいだろう」

 

「ありがとうございます」

 

同行者を得た命は嬉しそうに頷き、二人は中華料理店愛家に向かう。

 

「……」

 

諸岡は自分が注文した肉丼を前にして割り箸を割りながら、目の前にある巨大な丼を目にする。

 

「……それはなんだ?」

 

「雨の日のみの特別メニュー、スペシャル肉丼ー」

 

諸岡の言葉にこの店の看板娘――ちなみに諸岡が担当しているクラスの生徒だ――であるあいかが説明する。命が注文したのはそのスペシャル肉丼という代物だ。曰くこれを完食するには、全てを受け入れる“寛容さ”、正しくペース配分する“知識”、肉の群れに突っ込む“勇気”、食べ続ける“根気”、それら全てが必要そうだ。というものである。

 

「一度食べてみたかったんです」

 

「ふん、話のネタというやつか」

 

命はそう言って割り箸を割り、諸岡はふんと鼻を鳴らしながらそう呟いて肉丼を食べ始め、命もスペシャル肉丼に箸を突っ込む。諸岡は自分の分を食べながら命が食べていくのを見るが、見る限り彼の箸には肉しか挟まっておらず、肉・肉・油・肉・油、そして肉。という感じだ。

 

(ふん、食べきれるわけがないだろう……見ているだけで気分が悪くなりそうだ)

 

凄まじいボリュームの肉丼を見た諸岡は心中そう呟く。まあ命は見た感じ長身な代わりに痩せ型。とても通常五倍ボリュームのスペシャル肉丼を食いきれるとは思えない。諸岡は心中呟いて自分の肉丼を食べ始めた。

 

 

 

「ごちそーさまでした!」

 

「……」

 

そして諸岡は唖然とする。命は諸岡が肉丼を食べ終えるのとほとんど同時にスペシャル肉丼を食べ終えていた。その丼の中には肉片一欠片どころか米一粒残っていない。

 

「アイヤー! まさか完食するとはねー!」

 

約束通り料金タダヨーと言う店主とおー、と言いながらぱちぱち拍手をするあいか。他の客もスペシャル肉丼の凄さを知っているのだろうか命に拍手を送り、命は「どーもどーも」と拍手に応える。それを諸岡は目を点にして見てしまっていた。

 

「あー、流石にきついな。結生だったらもっと楽に食えたんだろうなきっと……すいません、お水ください。あとちょっと休ませてください……」

 

「アイヤー。ゆっくりしてってネー!」

 

命は少し辛そうに水を注文、あと休ませてとお願い。店主もスペシャル肉丼を完食した命に敬意を評しているのかそう返し、あいかが水を彼のコップに注ぐ。そして店内が再び静寂に包まれてから諸岡はふうと息を吐いた。

 

「貴様、一体どこにそこまで入るんだ?」

 

「え? ああ、昔から結構食べる方なんですよ」

 

妹には負けるけど。と笑いながら命は諸岡の質問に答える。それに諸岡はまたため息をついた。

 

「……本当にお前は変わった奴だ」

 

「そりゃどうも」

 

彼の呆れたような言葉に命はまた笑う。

 

「まあ、だからこそあんな変わった連中に慕われるんだろうな」

 

「はい?」

 

「貴様の後輩、椎宮真に花村陽介、天城雪子に里中千枝、巽完二だ。よく会っているのを見かける」

 

「あ~。まあそうですね」

 

気が合うんですよ。と命は笑顔で言ってのける。

 

「気が合う、か……」

 

諸岡はそう呟いてふぅんと唸る。

 

「ワシは、学生というのは色々問題を起こす。人として大事な倫理を知らんからそういう問題を起こして平気な顔をしていられるんだと思っていた」

 

諸岡は突然語り出す。

 

「だが貴様は不思議だな。わしにとっては腐った蜜柑帳に書いておくべき相手のはずだが問題を起こすとは全く思えん。逆に信じられる相手だと思えてくる……以前貴様は言っていたな。“教師は人を教え導くもの。ですが生徒からも教えられ導かれるもの”と」

 

「はい」

 

命が以前林間学校の時に言っていた言葉を諸岡は思い出す。

 

「わしは貴様を生徒だとはこれっぽっちも思わんが、貴様の誰とでも偏見なく接する姿は見習おうかと思わんでもない」

 

「それは光栄です。諸岡氏のような立派な教師を導けるとあれば生徒冥利につきますよ」

 

「生徒だとは思わんと言っただろう?」

 

命のふざけたような言葉に諸岡はふんと鼻を鳴らして帰す。そして命の腹がこなれ彼が動けるようになってから二人は愛家を出ていく。まだ雨は降り続いていた。

 

「まだ降っているか……」

 

「さっき店内のテレビをちらっと見ましたけど今日は終日降り続いて、今晩は霧が出るらしいです」

 

「そうか」

 

諸岡が雨に表情を歪め、命がそう説明をすると自分は全く気付いていなかったテレビ番組からの情報収集能力に少し感心する。そのため彼が真剣な表情かつ小さな声で「気をつけないとな……」と呟いているのには気づいていなかった。それから命は店の横に止めていたバイクにまたがる。

 

「では僕はこれで。お休みなさい、諸岡氏」

 

「ああ……おやすみ」

 

命の純粋な笑顔での挨拶に諸岡も少し照れた様子で挨拶を返し、命が雨の中バイクを走らせて夜の闇の中に消えていくのを見てから、諸岡も再び傘を差して雨の中家に帰り始める。

 

「……ふん、我ながら柄にもない事を言ってしまった」

 

雨の中諸岡はそう呟く。しかしその口元には若干にやけのような緩みが出来ていた。

 

「教師は生徒を教え導くもの、か。確かにワシは生徒が問題を起こせばただ怒鳴るのみだったか」

 

少しやり方を変えてみるべきか。と考え、しかし今から間に合うのだろうかとも考える。

 

「……いや、奴ならば恐らく“変わろうとする思いがあるなら大丈夫”とでも言って笑うのだろうな」

 

そこまで考えると諸岡は再びククッと笑った。いつの間にか自らの考え方の参考にまでするほどに命の考え方に染まってしまっている。しかし不思議な事に悪い気はしない。そんな思いが心の中に染みわたっていく感覚を覚え、諸岡の頬がまたも緩む。

 

「……」

 

その油断と、この雨音のせいだろうか、

 

「む?」

 

諸岡は何者かが背後から近づいてくるのに気づくのが遅れてしまい、

 

「がっ!!??」

 

気づいた時には、彼は後頭部に何か強い衝撃が叩き込まれたのを感じ、その威力に諸岡はなすすべなく前に倒れ、持っていた傘が吹っ飛んで彼は雨ざらしにされる。

 

(い、ったい、な、にが……)

 

諸岡は何が起きたのか理解できず、ただ濡れた地面に倒れ込み振り続ける雨に身体を打たれていくのみ。

 

「く、くくく、ざ、ざまあみろモロキン……俺を馬鹿にした罰だ……」

 

何か自分を嘲るような声を諸岡は聞く。普段なら怒鳴り上げてやりたいが身体に力が入らず、声を出す気力もない。後頭部に熱いほどの痛みを感じながらも身体からは少しずつ力が抜けていき、目の前が暗くなっていく感覚を彼は覚えていく。

 

(う、く……)

 

雨に濡れていく以外に身体が冷たくなっていく感覚を彼は感じる。その頭上ではまだ嘲るような笑い声が響く。と、その時突然彼の視界を真っ白な何かが覆う。

 

(きり、か?……)

 

先程命は、今晩は霧が発生する。と言っていた。このタイミングで霧が出てきたらしい。

 

[諸岡氏]

 

(!)

 

突然聞こえてきた声、まるで命のような声に遠のきかけていた諸岡の意識が一瞬戻る。頭上からの嘲る声が聞こえてこない、その代わりに彼の目の前に一人の少年が姿を現した。黄色いマフラーを首に巻き、左目には泣きボクロがついている。命とは似ても似つかない、しかしどこか命を思わせるような面影があった。

 

[申し訳ありません。命君の友達であるなら、助けたい……けど、今の僕は現実世界に干渉する事が出来ない。今の僕にあなたを助ける事は出来ません……]

 

(ふん……また奴の友達、というやつか……)

 

[ええ……そして、本当にごめんなさい。今の僕ではあなたの“死”の運命を変える事は出来ない]

 

(小童が。やはり子供は未熟だな)

 

未熟という問題ではないが、ついそんな毒舌を吐いてしまう。それに少年はくすっと笑った。

 

[まあ子供と言ってくださって結構ですよ……諸岡氏、命君の友達であるあなたを今死から救う事は出来ません……ですから]

 

少年がそう呟いた瞬間、彼の背後に何かが現れる。銀色の獣を思わせる仮面をかぶり、無数の棺桶を背負った黒い衣をまとう者。まるで死神だ。

 

[せめて、これ以上苦しませないよう……安らかな死を……それが僕、かつて全ての人間を滅ぼそうとした存在、デス……いえ、命君の親友、望月綾時。その魂の一欠片が行える事です]

 

少年――綾時は悲痛な表情で呟き、タナトス、とギリシア神話で死を司る神の名を呼ぶ。と、彼の背後に立っていた死神はゆっくりと剣を抜くとそれを振りかぶる。そして死神が剣を振り下ろすと共に、彼の視界は真っ暗に染まっていく。しかし苦しみは感じることもなく、まるで魂がなんの抵抗もなく身体から離れるような感覚を彼は覚える。

 

(命……ワシはどうやら変われなかったようだ……だが……貴様に会えてよかった)

 

そんな思いを胸にし、諸岡金四郎は意識を手放していった。




P4GA、完全に一見さんお断りな内容でしたね。二話目からのすっ飛びっぷりが……まあマリーコミュに関しては参考になりそうです。ゴールデン新規イベント重視っぽいですし。というか本来参加してないはずのイベントにまで参加してますし。
さて話を戻して今回は前回に続いてコミュイベントパート2です。ほんと一気に突き進みましたけど、割と面白いのや後々のフラグになったりしそうなのが多くて……んでもって最後はちょっとしたオリジナルです。実際はよく分からないですけど、諸岡の殺害シーンを自分なりに書いてみました。
さて次回はどうしようかな。もう既に入りは思いついてるんですけど……まあ今回は本文大分長かった感じですしこっちは短めにしようかな。今回はこの辺で。それでは!

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