ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第三十一話 The community in June

老舗旅館天城屋。そこの若女将である少女――天城雪子は朝の手伝いの合間を使いある一室――大きな個室だ――へとやってきていた。

 

「おはようございます、命さん」

 

ふすまを開けながら挨拶をする雪子。が、その直後彼女は眉を吊り上げた。

 

「って、命さん!!」

 

「あ、おはよう。天城さん」

 

雪子の怒号を意に介さず挨拶する青年――命。彼は平然とした表情で木刀を使い素振りに興じていた。ちなみに服は旅館に備え付けられている浴衣で、木刀を振るう格好だけを見るとまるでどこかの浪人だ。

 

「もう! ペルソナで回復したとはいえそれは外傷だけ! それに命さんは私達より酷い傷だったんですからまだ安静にしてないと!」

 

雪子の怒号が命の泊まっている部屋に響き渡る。つい昨日、命達自称特別捜査隊はりせのシャドウに壊滅の危機に追い込まれ、さらにクマのシャドウとの激闘もあって全員ボロボロ。雪子や真、陽介達回復能力を持つペルソナ使いが騒ぎにならないようどうにか外傷のみは回復させたとはいえ逆に言えば外傷のみの回復で精一杯。現にその雪子も普段なら平気な量の食膳を運ぼうとするだけで足元がふらつき、「朝から少し調子が悪い」と中居さん達を誤魔化しつつ手伝いをしている現状、りせのシャドウの攻撃で一番酷い怪我を負ったはずの命は特に辛いはずだ。しかし彼はそんな様子を見せていなかった。

 

「じっとしてたら勘が鈍っちゃうよ」

 

そう言って彼は一枚の白紙のレポート用紙を取り出すとそれをひょいっと投げ上げ、ひらひらと落ちてくるそれをじっと見、一瞬でシュパァンと音を響かせて木刀を突き出す。しかもそれは一回のみに見えて既に数回の突きを放っており、刃のない木刀を使っているにも関わらず綺麗な穴をいくつも紙に空けていた。

 

「う~ん。やっぱちょっと調子が悪いな……」

 

「そうは見えないんですけど……」

 

命の、納得いってないように首を傾げながらの言葉に雪子は呆れたような半目を見せて呟き、直後はっとしたような表情を見せるとずかずかと命の部屋に入る。

 

「だったら休んでくださいっ! 今すぐっ!! 椎宮君にも“先輩はすぐ無茶するから見張ってて”って言われたんですから!」

 

「真君余計な事を……」

 

目を吊り上げて雪子は怒鳴り、命は舌打ちを叩きそうな表情でそう呟く。その間に雪子は幼い頃からの教育の賜物かてきぱきと布団を敷き、少し力ずくでもとばかりに命をぐいぐいと布団の方に押す。

 

「舐めないでよ。いくらダメージがあると言っても女子高生との力比べに負けるつもりは……」

 

しかし休むつもりなんて毛頭ない命は不敵に笑いながら足腰を踏ん張らせる――

 

「っ!?」

 

「きゃっ!?」

 

――その時突然彼の膝が折れ、バランスを崩した命を押す形になって雪子も倒れ込む。

 

「っつー……」

 

「あ、だ、大丈夫ですかみこ……」

 

命は苦しげな声を漏らし、雪子は慌てて大丈夫かと声をかけようとするが、直後今自分が置かれている状況に気づく。現在自分は命の上に乗っかっており、その端正な顔は自分の目の前にある。しかもこのどたばたのせいか命の来ている浴衣は脱げかけ、その状態はまるで雪子が命を襲い押し倒しているかのようだ。

 

「っー!!!」

 

それに気づいた雪子は顔を真っ赤に染め上げて起き上がる。

 

「ご、ごめんなさいっ!!!」

 

そしてぺこりっと頭を下げて一言謝ると逃げるように部屋を出ていった。

 

「……やれやれ。助かった」

 

それを見送り、命は起き上がる。と、身体中を走る鈍い痛みに顔をしかめた。

 

「いつつ……やっぱしばらく動かない方がマシか……今の内に溜まってる報告書でも書くとするか。大学のレポートもあるし……」

 

結局鍛錬は諦め、命は予定を確認しながら、鞄の中から美鶴へ送る報告書と大学に提出するレポートの用紙を取り出し始めるのであった。

 

 

 

 

 

「ぅ~……」

 

6月27日月曜日、真は少し億劫そうな様子で通学路を歩いていた。

 

「お、先輩!」

 

「ん? ああ、完二」

 

と、後ろからそんな呼び声が聞こえ、真は歩きながら振り返ると声をかけてきた少年――完二に声をかけ返し、完二は走って真に追いつく。

 

「ウッス! 昨日はありがとうございました!」

 

「ああ」

 

完二のお礼に真は静かに頷く。昨日、真は完二と共に中華料理店愛家で食事をしようとしていたのだがそこに偶然食事にやってきた私服警官がおり、完二を見ると「怪しい」「何をしている」と追及を始め、しまいには「別の店で食べよう」と言って愛家を出ていった。それで完二は自分の行いで母親にも迷惑をかけていると少し落ち込んでしまったのだが真は「完二が変わればいい」と元気づけたのだ。

 

「まあ、遅刻するから急ごう。今日は少し疲れてるし、早めに着いて少しでも休憩したい」

 

「賛成ッス」

 

今回の戦いによる疲労は一日で取れるようなものではなく、真がこきこきと肩を鳴らしながらそう言うと完二も頷き、二人は歩いて行った。

 

 

 

 

 

「貴様ら、浮かれすぎだぞ。アイドルなぞ、ただの小娘に過ぎん!! しかもりせなど……お前らと年も変わらんし、浮かれたCMやバラエティばかり! あんなバカげた番組に出るしか能のないバカに憧れを抱いているとでも言うのか?」

 

学校での倫理の授業、それを担当する諸岡は説教するようにそう話し、ふんと鼻を鳴らす。

 

「このクラスも“アイデンティティ”の確立が済んでいない生徒ばかりのようだな? ん?……なんだ貴様ら、不満そうだな」

 

教室を見回して嫌味たらしくそう言う諸岡は、生徒達が不満そうにしていると言って、突然「立て、椎宮!」と不意打ちで真に立つよう言う。

 

「“アイデンティティ”とは何か? 答えてみろ!」

 

そしていきなりそう問題を出してきた。

 

「アイデンティティですか?」

 

「ふん、分からんか?」

 

真が確認するように問い返し、諸岡はふんと鼻を鳴らす。と、真は目を瞑ってすうっと息を吸った。

 

「アイデンティティ、心理学用語で“自己同一性”という概念であり、また、所謂“自分とは何者か”という自らに対する問いかけを通して自分自身を形成、“これこそが本当の自分である”という実感を持つことを“自我同一性”と言います」

 

真はすらすらと言葉を並べ、諸岡もそこまで説明してくるとは驚いたのか目をパチクリしてむぅ……と声を漏らした。

 

「ふん、教科書を読んで理論武装済みか。可愛げのないガキめが……まぁ、その通り。“アイデンティティ”は、自己同一性のことを示す! それは、これこそが本当の自分なのだという実感のことだ。ちなみに、さっき椎宮の最後に言った自我同一性も自己同一性と同じ意味の言葉だな」

 

諸岡はそう言って真をちらりと見るが、真は悔しさも見せずににこっと微笑んでいた。まるでここまで答えてなお、諸岡に花を持たせたかのようなその笑みに諸岡はまたぐぬぬと唸った。

 

「ふん、アイデンティティを確立している者は、あんなアイドルなんぞに憧れたりしない! 貴様ら未熟者どもは憧れのアイドルを真似て、アイデンティティを確立するらしいが……他人の真似ばかりしているような奴に、本当の自分なぞあるものか!」

 

諸岡は悔し紛れのようにそう言い、真はふぅと息を吐いた。

 

それから時間は放課後へと移る。ちなみにテレビに関しては、りせを助けた後自分のペルソナを手に入れ、今まで役に立たなかった分頑張ると言って自分を鍛え始めたクマに気を使い、暫く一人にしてやろう。という意見で一致した。そして真は商店街に散歩にやってきており、神社でりせの無事な全快を祈って賽銭を入れ、仲良くなった男の子と虫取りに軽く興じた後神社を出る。

 

「あ、椎宮さん……」

 

「尚紀」

 

丁度その時彼の名前を呼ぶ声があり、真もその相手――尚紀に反応する。どうやら尚紀は暇で家の周辺を軽く散歩している様子だ。

 

「そうだ。愛家にでも行かないか?」

 

「はい、いいっすよ。丁度家の手伝いも終わりましたし」

 

真の誘いに尚紀も乗り、二人は愛家へと足を運んだ。

 

「うまいっすよね、ここ。家近いし、よく来てたんですけど、最近あんま来れなくって」

 

「飽きたとかか?」

 

尚紀の言葉に真が少し首を傾げるようにして尋ねると尚紀はおかしそうに笑って首を捻る。

 

「それが、ガキん頃から来てましたけど、なんか飽きないんすよ」

 

尚紀はそう言うと箸から手を離して難しい表情を取る。

 

「ウチの酒屋は、結構忙しいんですけど……あんま手伝えること、無いんすよ。だって、商売が忙しいんじゃなくて……」

 

そこまで言うと、尚紀は一度口をつぐみ、少し項垂れる。

 

「マスコミは減りましたけど、他に事件がないと急に来たりするし……近所の人も、最近になって入れ替わり立ち替わり来て……若いのに可哀想って、泣いたりするんすよ」

 

さらには姉と話したことのない町内会のおばさんまでやってきては自分に対して“お姉ちゃんの分まで立派に生きなきゃね”など言うのだと尚紀は話す。

 

「……息苦しいです」

 

尚紀は息を吐きながらそう呟き、立派に生きるって……なんなんすかね。とも呟く。と、真は首を横に振った。

 

「分からないな」

 

こちらも手から箸を話しながらのその言葉に尚紀は驚いたように真の顔を見る。

 

「椎宮さんも……探してるんすか?」

 

そう言った後尚紀は困ったように笑う。

 

「難しいっすね、生きるって。もう、生きちゃってるのに……」

 

と、彼ははっとした顔を見せた。

 

「あ……すみません。椎宮さんといると、いらんことまで話しちゃって」

 

「構わないよ」

 

尚紀の言葉に真は微笑んでそう返し、その微笑みに尚紀は照れくさそうに笑うと再び自分が食べていたラーメンに目を落とす。

 

「ま、食いましょう。冷めるとさすがにマズイから」

 

と、この店のオヤジさんが真達の方を見た。

 

「ははっ。オヤジさん、すっげニラんでる」

 

おかしそうに笑いながらそう言って尚紀は再びラーメンを食べ始め、真も食事を再開した。

 

 

 

 

 

「ふむ、そうですか……まあ、無事でよかったですな」

 

一方真達が帰路に着いた頃。諸岡はこの前行方不明になり、一昨日発見され衰弱状態のために入院したりせの実家――丸久豆腐店にやってきていた。そこで彼はりせの祖母から話を聞き、無事でよかったと話す。それにりせの祖母も嬉しそうに微笑んで頷いていた。

 

「では、私はこれで」

 

「ありがとうございます、諸岡先生」

 

「いえ、教師として当然ですので」

 

りせの祖母の言葉に諸岡はそう返して豆腐屋を後にする。

 

「……りせちーはいなかったか……」

 

誰にも聞こえない程の声量で諸岡は呟き、商店街の本屋――四目内堂書店へと歩みを進めると新しく入荷された本を見ていく。

 

「……むっ」

 

置かれている本の一冊に諸岡の視線が止まるその本は最新のりせの写真集。現在りせが休業しているという事実を考えれば彼女が芸能界に復帰しない限りこれが最後のりせの写真集になるだろう。しかも店頭に並んでいる本はこれが最後の一冊だ。

 

「……」

 

諸岡はキョロキョロと入念に辺りを見回す。一般的な学生及び社会人の帰宅時間からは少々ずれている事や最近起きている殺人事件のためか人影は見当たらず、諸岡はその本を手に取るとそっと書店に入り、ついでに二冊ほど倫理、哲学の本を一緒に購入。重い紙袋を提げて書店を出る。

 

「あれ、諸岡氏?」

 

「ぬおうっ!?」

 

そこに突然声をかけられ、人に見られていないか注意していたはずの状態での完全な不意打ちに諸岡は驚いたように飛び上がり、その時紙袋が地面に落っこちるとセロハンテープ一枚で止めていた蓋が紙が破れる形で外れ、中身である本が散乱する。

 

「ぬあぁっ!?」

 

「あ、すいません」

 

さらに諸岡は声を上げ、声をかけた相手――命は諸岡が落とした本を拾おうと屈み込む。

 

「ちょっとま――」

 

諸岡が制止しようとするがもう遅く、命は諸岡が落とした本の一冊――りせの写真集を取ったのであった。

 

「あ、これりせちゃんの――」

 

命がそう呟いた瞬間諸岡は他二冊の本を拾い上げた後写真集をひったくる。

 

「か、か、か、勘違いするのではないぞ! これはあれだ! 新しく我が校の生徒となる、既に仕事をしている者がどのような仕事をしているのかを確認するための資料というやつだ!」

 

「……なるほど、流石諸岡氏。仕事熱心ですね」

 

顔を真っ赤にしながらまくし立てる諸岡の言葉を信じたのか命は笑みを浮かべて諸岡を賞賛する言葉を紡ぐ。

 

「アイドルという仕事は表向き華やかですけど実際は大変な事のオンパレードですからね……学生ともなるとその合間に勉強もせねばならない、その分負担は大きいはずです。だからこそ、どのような仕事をしているのか、それはどれだけ大変な事なのか、それについて教員からも理解者は必要だと思いますが……諸岡氏ならば言われずとも分かっているようですね。教育熱心で理解ある教員がいて、生徒達は幸せだと思いますよ?」

 

「む……ま、まあな」

 

命の言葉に諸岡は少し得意気な顔になる。

 

「では、お仕事の邪魔になっても申し訳ありませんので、僕はこれで」

 

「あ、ああ……」

 

命は微笑んでそう言うと去っていき、諸岡は空頷きを二、三度した後。ふんと鼻を鳴らす。

 

「仕事への理解、生徒への理解、か……」

 

諸岡はそう呟くと家に帰っていった。

 

 

 

 

 

「なあなあ、長瀬のヤツ、なんか変なんだけど。なーんか企んでるみたいな……」

 

翌日6月28日の昼休み。真は一条に呼ばれて屋上で一緒に曇り空の下食事をしているとそんな相談事みたいな事を口にする。

 

「ああ……そうか?」

 

「椎宮も心当たりねえの?……ま、いっか」

 

一条はそう言って食べ終えた昼食であるパンを入れていた袋を荷物にしまい、真が弁当を食べ終えてしまうのを待ってから立ち上がる。

 

「それ聞きたかっただけだからさ。それと今日、部活だよな?」

 

「ああ。今日はちゃんと出ろよ?」

 

「……ああ」

 

一条の確認するような言葉に真がそう返すと、一条は少し浮かないような顔で頷いた。

 

そして放課後に移り、真は一条と一緒に体育館まで行くと、浮かない様子で着替えから精が出ていない一条を更衣室に置いて体育館へとやって来る。既に長瀬と、そして――

 

「花村に完二?」

 

「よお? なんか長瀬にとっ捕まってよ?」

 

「俺もッス。花村先輩と話してたらなんか長瀬先輩が来いつって、無理矢理ユニフォーム着せられました」

 

真が呆けた声を出すと、バスケ部のユニフォームを着ている陽介と完二は事態が理解できてない様子でそう説明する。

 

「二人、急にデートだとか合コンだとか言って帰りやがった。花村と巽ってお前と仲いいんだろ?」

 

「あ、ああ……」

 

つまりドタキャンの人数合わせに陽介と完二がとっ捕まったわけだ。

 

「対戦校の奴ら、まだか? それに一条もまだか?」

 

そして長瀬が腕組みをしながら呟く。

 

「長瀬? ここ、体育館だぞ? それに花村に、確か一年の巽?」

 

と、一条がやって来ると共に長瀬に気づいて妙な声を出した。

 

「今日は俺も、バスケ部」

 

「えーっと、俺も?」

「俺も、ッスか?」

 

「そういうことになるだろう」

 

長瀬の言葉に陽介と完二も真の方を見て頭をかきながらそう言い、真は腕組みをしながらそう呟いた。と、他校の者なのか別のユニフォームを着た高校男児が体育館にやってくる。

 

「お、来た来た」

 

「はぁ!?」

 

長瀬の言葉に一条が声を上げて長瀬と他校男子を交互に見ると、長瀬はしてやったりな顔を見せる。

 

「今から試合、するから」

 

「ハァ!? ちょ、だって、人数足りねーじゃん!」

 

「ここに五人いるだろが」

 

長瀬の単刀直入な言葉に一条が声を上げると、長瀬は自分、真、陽介、完二、一条を差しながらそう言う。

 

「え、椎宮、まさかお前も!?」

 

「すまん。口止めされていたんだ」

 

一条の言葉に真は一礼して返す。数日前、一条が元気ないのに気づいた長瀬は彼に内緒で練習試合を企画。真もそれに協力していたのだ。

 

「いいか、お前一人で頑張ったって、何も出来ないんだ。けど俺らがいる、忘れんな」

 

「そうだ」

 

「よく分かんねえけど、そういう事だ!」

「ッス!」

 

長瀬の言葉に真が頷くと陽介と完二も乗る。

 

「じゃあ、そういうわけで練習試合、始めようぜ!」

 

長瀬が仕切り、練習試合の準備を始める。

 

「花村、完二。お前らバスケのルール分かってるか?」

 

「あーまあ、テレビで見てるからなんとなく……」

「俺もッス。えーっと球ついて走って、ゴール入れりゃいいんスよね?」

 

その合間に念のため真が確認を取り、陽介と完二はそう返した。

 

 

そして練習試合がスタート。

 

「はぁっ!!」

 

試合開始早々一条は小さな身体で大きくジャンプしてシュートを決め、先制する。しかし相手チームは全員バスケ部なのに対しこちらは実質バスケ部二人、少しは経験のあるらしい助っ人一人、素人二人という編成。敵チームの動きの鋭さに翻弄され、すぐに点を取り返される。そしてさらに流れに乗って相手プレイヤーの一人がドリブルしながら突っ込んできた。

 

「くっ!」

 

真が素早くそれに対応、粘り強くそのプレイヤーに張り付くと真を抜くのは諦めたのか相手はフェイントをかけつつ素早く味方にパスを投げる。

 

「させるかっ!」

 

そのフェイントに反応、真はボールを奪おうとするがパスの勢いに負けてボールは弾かれる。それをすぐに別の相手プレイヤーが取りに走る。

 

「そうはいくかっつのっ!」

 

しかしそれを超える速さで陽介が突進、ボールを素早く拾い上げると、

 

「一条!」

 

「ナイパスッ、花村!」

 

素早く一条にパスを出す。それは鋭く一条に渡され、一条は再びシュートを決める。

 

「くそっ、攻めろ攻めろっ!!」

 

また点差が離され、相手チームは一気に攻撃に移り相手の一人が隙を突いてボールをドリブルしながらゴールへと向かう。

 

「完二! 止めろっ!!」

 

「了解ッス!!」

 

真が指示を出し、完二は頷くとゴール前に立ちはだかり、長身でさらに威圧感のある完二に前に立たれた相手プレイヤーは思わず怯んでしまう。

 

「巽完二……く、くそっ!!」

 

「おぉっと!!」

 

怯み、苦し紛れにシュートを打つが完二はジャンプしてそのボールを取り、着地と同時に振りかぶる。

 

「一条先輩! 叩き込んでくださいッス!!」

 

「サンキュー、巽っ!」

 

剛腕を振るってボールを投げ、片手で思いっきり投げた球は相手ゴール近くに立っていた一条の下にノーバウンドで届き、バシンッという音を立てて一条はボールを受け取る。そして相手がコートの端から端までのノーバウンドパスに驚いて唖然としている隙に一条はシュートを叩き込み、さらに得点を重ねる。

 

「へえ。椎宮、お前の友達、なかなかやるじゃないか」

 

「まあな」

 

長瀬は現役バスケ部顔負けのフットワークを見せた陽介と凄まじい剛腕でのパスを見せた完二の事をそう評価する。

 

「よし、俺も負けてられないな!」

 

そして長瀬も右手の平を左手に握った拳でぱんっと叩くとボールの方に走っていき、真は攻撃はエースの一条と彼と付き合いの長い長瀬、そして彼らと友達であり且つ機動力のある陽介に任せようと考え後ろの方に下がる。

それから試合は進んでいくが、最初相手は試合開始前の八十神高校メンバーの話から八十神はほとんどが素人だと思って手を抜いていたらしく、本気になるとバスケ部である一条と真、よく助っ人に来る長瀬はともかく陽介と完二は素早いパス回しやフェイントなどの技術に翻弄され始める。まあそれでもシャドウとの戦いで培ったフットワークやブロック技術、体力で食らいついているのは流石といえるが。

そして時間は過ぎていき、試合終了十秒前を切る。現在スコアは同点だ。相手がボールを持ち、最後のチャンスとばかりに攻めていく。

 

「しまっ!」

 

長瀬の横をすり抜けたプレーヤーに得点されると同時に試合終了。試合に負けてしまう。

 

それから試合後の後片付けなども終え、陽介と完二は帰っていった。その後、真、一条、長瀬の三人は屋上へとやってきていた。

 

「負-けちったな」

 

ごろんと屋上に寝ころびながら一条が呟き、「俺と椎宮、神が乗り移ったみたいだったのに……」とぼやく。

 

「……」

 

「一人、トラベリング知らねーやつがいたからなー。素人の花村と巽でさえ知ってたのになー」

 

「……」

 

最後に自分がディフェンスしきれなかった責任を感じているのか黙っている長瀬に一条がからかうような声質で呟く。

 

「“いいか、お前一人で頑張ったって、何も出来ないんだ!”とかカッコいいこと言ってたなー」

 

「……るっせーよアホ!」

 

いい加減我慢が限界にきたのか長瀬が吼え、大体自分が試合を組んだのだってと、この試合をしようとした経緯を離そうとする。と、一条はそれを右手を彼の方に出して制し、ははっと笑ってみせる。

 

「ははっ。分かってるよ、俺の為だろ?」

 

そう言い、彼はふぅ~っと大きく息を吐く。

 

「うん、何か……スッキリした。なんつーか……一人じゃないって、思ったよ」

 

一条は空を眺めながら話す。孤児であった自分が一条家に引き取られたのは家を継がせるためだった。しかし妹である幸子が生まれ、きっと将来は実子である彼女が家を継ぐことになるだがそうなると血の繋がっていない自分なんていてもしょうがない、さらに言えば育てる価値も全くないのではないかと思い、両親にどこか申し訳なく感じていたらしい。

 

「……俺、出てった方がいいのかなぁ」

 

最後に彼はそう呟いた。

 

「考えすぎじゃないか?」

 

「……そんなことを、家で言われてるのか?」

 

真はストレートにそう言い、次に長瀬が心配するように一条に声をかける。それに彼は首を横に振った。

 

「ううん、皆優しいから、言わない。俺が思ってるだけ」

 

「……血が繋がってなきゃ、本当の親子じゃないって思うのか?」

 

「そりゃキレイ事だ」

 

一条の言葉に長瀬が真剣な顔でそういうが、一条はあっさりとそう返した。

 

「キレイ事って……」

 

それに長瀬が言い返そうとすると、一条は起き上がって長瀬の方を見る。

 

「血が繋がってなくても親子なら、なんで2歳の子に英才教育すんだよ! 家庭教師つけてさ! 俺にバスケしていいって、なんで言うんだよ。習い事もやめていいし、公の場に出なくていいって……なんで言うんだよ!? 俺がいらないって事だろ? もう、役目が終わったってことだろ!?」

 

「「……」」

 

必死の形相で怒鳴る一条、それに二人は何も返せずに黙り込む。と一条ははっとなった後申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

「ごめん……お前らに怒鳴っても、仕方ねーのに……」

 

二人に謝罪した後、彼は「今度……施設に行ってみる」と言う。それに長瀬が「お前がいたとこか?」と聞くと一条はそうと頷いた。

 

「家出か?」

 

「はは、違うよ」

 

真の首を傾げながらの言葉に一条は笑ってそう返し、本当の両親の事について聞こうと思う。と言う。

 

「一緒に行く」

 

「え!?」

 

と、真はすぐさまそう言い、それに一条は驚いたように声を上げる。

 

「い、いいよ。そんな迷惑、かけらんねーよ」

 

「……分かった」

 

一条が慌てて首を横に振ると真はしぶしぶ頷く。と、長瀬も一瞬顔を伏せた後彼の方を見た。

 

「お前がそうしたいなら、そうすりゃいいよ……帰ってくんだろ?」

 

その言葉に一条は頷き、次に照れくさそうに頬をかいて二人を見た。

 

「その……あ、ありがと、な。今日の試合のこともさ……俺の為って、分かったらすげー嬉しかった」

 

「どういたしまして」

 

「ああ。花村と巽にもよろしく伝えてくれ」

 

一条のお礼に真が言うと、彼は今回いきなり参加してくれた二人にもよろしく頼むと言い、再び悪戯っぽく笑った。

 

「負けたけどな、試合」

 

「るせっつの」

 

悪戯っぽい微笑みでの言葉に長瀬はるせえと返した後、試合に負けて勝負に勝つと名言を残すがそれに一条が何も勝ってねーしとツッコミを返した。そんなこんなの雑談をしながら時間は過ぎていく。

 

それから翌日6月29日。その放課後、真は用事もないしとっとと帰ろうと荷物を持つ。

 

「お、椎宮もう帰んの?」

 

「ああ。たまには家で出来るバイトでもして小金を貯めようと思ってな」

 

「あはは、頑張れー」

「また明日ね」

 

真が帰ろうとしているのに気づいた陽介が声をかけ、真が冗談っぽく笑いながら言うと千枝がバイトを応援、雪子がまた明日ねと返し、それらに会釈で返しながら真は教室を出ていく。

 

「いたっ!!!」

 

「え?――」

「ちょっと来て!!」

「――おわっ!?」

 

その瞬間突然女性の声が響き、真は教室の外から何かに引っ張られ姿を消す。

 

「……な、なんだ?」

 

「さ、さあ?……」

 

「……びっくりした」

 

一瞬の光景に三人は目を点にして固まる事しか出来なかった。

 

「……一体なんなんだ? 海老原」

 

屋上、真は適当なところに荷物を置いて自分をここまで引っ張ってきた相手――海老原あいに尋ねる。彼女はフェンス越しに外を見ており、まったく真の方を見ていない。

 

「あ……のさ。えっと……こ、こないだは、どうもありがとう……」

 

「こないだ?……なんのことだ?」

 

あいはもじもじした様子でお礼を言うが真は覚えてないように首を傾げ、あいは振り返ると「下駄箱でアタシの事を色々言ってた……」と恥ずかしそうに呟く。それからあいはゆっくりと真の方に歩いて行った。

 

「あたし、ね……なんか、変なの……あの時の事思い出すと、ドキドキして……寝れなくなっちゃうの……ど、どうしよう!」

 

「は……は?」

 

「昨日さ、バスケ部の試合があったでしょ? こっそり見てたんだけど、いつの間にか目が離せなくなっちゃって……」

 

心なしか迫って来るあいに真は頬を引きつかせながら下がっていく。

 

「どうしよ……好きになっちゃった、みたい……」

 

あいはそう言って潤む視線で真を見上げる。

 

「一条君の事……」

 

「なるほど」

 

その言葉に真は心なしか白けた目で呟く。確かにあの時、噂に盛り上がる同級生を嗜めたのは一条も同じだ。

 

「明るくて優しいし……か、彼女とか……いるのかな?」

 

「あ~いや、聞いた事ないな……というか今はそれどころじゃないし……」

 

あいの言葉に真は若干テンション下がった様子で呟く。

 

「好きなタイプとか、知ってる? その……あたしみたいの、嫌い……かな?」

 

しかしあいは全く気にせずにそうまくしたてていた。

 

「じ、自信を持て。そうすれば大丈夫だ」

 

とりあえず言葉を濁しつつあいを応援しておく。とあいは嬉しそうな表情でうん、と頷いた。と、彼女はその嬉しそうな明るい表情のまま真の両手を握る。

 

「ねえ、お願い協力して! 好きなタイプ聞いてほしいの!……頼れるの、アンタしかいないから……」

 

そう言い、あいはすがるような視線で見つめてくる。

 

「……分かった」

 

それに真はそう返すしかなかった。と、あいはよかった、と安心したように呟いた後、真から手を離して二、三歩離れる。

 

「その、今日じゃなくていいから……お、お願い……します」

 

頬を赤くし、もじもじとしながらあいはそう呟いた。

 

それから翌日、6月最後の日である30日。早速あいからのお願いを達成しようとした真だったが一条は一昨日話していた孤児院に話を聞きに行ったのかはたまたそのための準備なのか既に帰ってしまっており、しょうがないから文化部で時間を過ごしてから家へと帰っていった。

 

一方天城屋の一室。夜中、命は電話で美鶴に定期報告を行っていた。

 

[……解析能力を持つシャドウ……]

 

その中で出た報告内容――りせのシャドウが持っていた能力に美鶴の声が険しくなる。

 

[まさか、その能力を持つシャドウが存在するとは……]

 

「考えてみりゃ不思議でもないんですけどね。思考が行き当たりませんでした」

 

[確かに……それで、大丈夫だったか?」

 

「え?……ああ」

 

美鶴は険しい声で呟いた後、心配そうな声で命に声をかけそのいきなりの声の変化に命は一瞬呆けた声を漏らしてしまうが、直後電話口の相手には見えないと分かっていながら誤魔化すような笑みを見せる。

 

「まあ。全員でかかって、どうにか押し切りました。まあ危なくなかったと言えば嘘になりますが」

 

本当は壊滅の危機に陥り、クマが自爆覚悟の特攻をしてくれなければやられていたのだが。そんな事を言って心配させたくないという建前と、ペルソナ能力を持たないはずなのにかつて自分達が戦った満月の大型シャドウに匹敵するシャドウを自爆覚悟とはいえ一撃で粉砕したクマの事を報告するのは難しいためそう言葉を濁しておく。

 

[そうか]

 

しかし美鶴は命が無事だったことに安堵しているのか特に追求する様子を見せず、次に「そうだ」と続ける。

 

[世のシャドウが原因と思われる事案を解決するために“シャドウワーカー”という組織を立ち上げたんだ。どうだ、君も入らないか? そうすればこちらも正式に君への支援が――]

「お断りします」

 

明るく弾ませるような美鶴の声に対し一瞬で切り捨てるようにその申し出を断る命。それに美鶴がうっと声を漏らすと命ははぁとため息をついて気だるげな目を見せた。

 

「恐らくその組織には真田先輩やアイギスはもちろん、順平や風花、結生やゆかりも既に勧誘しているんでしょう?」

 

[あ、ああ。いや、伊織と風花は勧誘はしたが非常勤隊員の立場だし君との約束の手前結生とゆかりはまだ……]

 

「そこはありがとうございます。で、今の僕は桐条先輩との個人的約束によってここにいる。そしてその契約のため皆に僕がここにいる事を言うわけにはいかない……ですけど、僕がシャドウワーカーに入れば今僕がやっているのはシャドウワーカーの正式な任務となる。そうすれば、あなたはその任務内容をシャドウワーカーに通達せねばならない。もちろん、皆にも……契約の抜け道ってやつですね」

 

[…………]

 

命の言葉に美鶴は絶句したかのように声が止まり、やがて電話口から「はぁ……」とため息が漏れる。

 

[やはり、悪知恵では君には敵わないな]

 

そしてその口から、先ほどの命の指摘が真実だという言葉が語られた。

 

「先輩……」

 

[だが、私も心配しているんだ。特にそんな未知のシャドウの話を聞いたとなればいてもたってもいられん……頼む。いい加減意地を張らずに私達からの救援を受け入れてくれ……]

 

美鶴は若干泣きそうな声になりながら命に懇願する。

 

「絶対に断る。巻き込まなくていいのに皆を巻き込むわけにはいかない」

 

[……頑固者]

 

しかし命も譲らず、美鶴はただそうとだけ漏らす。

 

「また何かあったら連絡します。今回のシャドウについて詳しくは報告書で」

 

[! ま、待て命! まだ話は――]

 

強引に話を済ませようとしていることに気づいた美鶴は慌てた声で出すが命は気にも止めずに電話を切ると電源まで落とす。しばらく放置して時間を稼げば会長として忙しい美鶴は電話をかけてこられなくなる。最近気づいた手法だ。命は電源の切れた携帯電話を見下ろす。

 

「……ごめんなさい。美鶴先輩」

 

その口から電話口では語られなかった美鶴への謝罪の言葉が漏れ出、それは誰にも聞こえることなく消えていった。




今回は日常編、一気にコミュを消化していきます。バスケ部では丁度練習試合になったのでモブバスケ部二人を陽介と完二に入れ替えて練習試合に参加させました。なお僕はバスケは初心者なので試合作りは無理です。んでついでにあいのあのイベントのフラグ立てもしておきました。さてこの辺をどう書いていくか……。
そんでもって最後は命と美鶴のシリアスな会話。なお、公式にはシャドウワーカーの設立は2010年となっていますが、本作では命が八十稲羽に行った後に設立されたという事にします。いや、そうしないと「なんで命に依頼をした時点でシャドウワーカーに勧誘しなかった?」という疑問が出てしまうので。そしてその救援は命が自分勝手に断ります……いえ、理性的、合理的に考えればシャドウワーカーの救援を受け入れ、S.E.E.S.の皆に助けてもらえば自称特別捜査隊のメンバーも安全ですし今まで以上の捜査が出来ると本人も分かってます。ただ、「もう今は普通の暮らしが出来るS.E.E.S.の皆をシャドウとの戦いに巻き込むわけにはいかない」というもはや意地とも言える感情で命は彼女らを突き離しています。もう本作に置いてこれから先酷い事が起きた場合「命が美鶴からの救援受け入れていたらこんなことにならなかったんじゃね?」とか陰口叩かれる事覚悟です。いや、メタ的には美鶴達の救援受け入れたら多分その時点でエンディングになっちゃうんですけどね?(汗)
次回も多分コミュを元にした日常編を書いていくと思います。もうそろそろ話も進められると思いますがそこまでの間少しでもと思いまして……まあ未定ですけどね。
では今回はこの辺で。ご指摘ご感想があれば喜んで受け付けますので。それでは。

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