6月17日。今日は林間学校だ。
「……よし」
真はたくさんの荷物を準備し、中身を確認すると鞄を背負って家を出ていく。その時に挨拶に出てきた菜々子にたくさんの荷物を見て目を丸くされていたのは別の話だ。ついでに集合場所では陽介に「なんだその荷物!?」と叫ばれたり千枝と雪子からは凄まじく殺気ごもった視線で睨まれたり諸岡から荷物をガン見されていたりもした。
林間学校。それは八十神高校近くの山にて行われ、若者の心に郷土愛を育てる事を目的とした学校行事だ。しかしその名目で行われるのはゴミ拾い、そのためか一部の生徒は体調不良を訴えて欠席したりそれを羨ましく思ったのか途中で抜け出したりする者も多いらしく、その結果残った生徒の作業量が多くなり、嫌になった者が逃げだしてさらに残った生徒の作業量が……という悪循環を生む結果になっていた。
「で、俺達は一年の手伝いっと」
「鍛えた力の見せどころだな、花村」
「おうよ! シャドウに比べりゃちょろい……って俺スピード型だし!」
真と陽介は一年生の手伝いを割り当てられ、二人は軽くダベりながら一年生の方に行く。
「あ、先輩!」
「ん? ああ、松永」
と、声をかけてきた女子の声に真は反応、声をかけてきた女子に挨拶を返す。
「知り合いか?」
「ああ。文化部の後輩……と言っても入部日で考えれば俺が後輩だけどな」
「そ、そんなことないですよ!!」
陽介が首を傾げて問いかけると真はそう女子――松永綾音を紹介、次に冗談っぽく笑って続けると綾音はあわあわとなる。
「で、松永。ここのグループは何をするんだ?」
「あ、えっと……ここのゴミ捨てなんですけど……」
綾音がそう言って草むらを指す。そこには弁当の空き箱やペットボトルなどではなく古いテレビや錆びついた自転車など、主に粗大ゴミが捨てられていた。
「なるほど。これは力がいりそうだ……」
「つってもよ椎宮……俺達以外男いねえぞ」
陽介が一年組を見回して呟く。この作業を行う一年は全員女子、割り振った相手が大雑把に決めたのかあるいは男子がめんどくさがって逃げたのだろう。しかしそうなるといくらシャドウを相手にして鍛えている二人と言っても限界がある。
「うぃース」
と、そこに聞こえてきた聞き覚えのある男子の声。それに陽介は驚いたように目を向けた。
「完二!? お前何やってんだよ!?」
「あー。俺の割り当てられたグループなんスけどね、どいつもこいつもびびっちまって作業になんねッスから。抜け出してきたんスよ」
陽介の叫び声に完二は頭をかいてそう言い、きょろきょろと辺りを見回す。ここにいる一年女子も不良のレッテルを貼られている完二の登場に怯えてしまっており、完二はため息を漏らしそうになるがどうにか押し止める。
「なら丁度いい。完二、俺達のグループを手伝ってくれ。ここ、結構力がいる仕事になりそうなんだ」
「あん?……あーこりゃ確かに……でも、大丈夫ッスかね?」
真の頼みに完二は粗大ゴミの山を見て呟き、真に尋ねる。一年女子は完二に怯えてしまっているが、そこに綾音が「あの……」と声を出した。
「先輩……巽さんと知り合いなんですか?」
「知り合いというか少しつるんでるというかな。見た目は怖いが話してみると面白い奴だぞ」
「ちょっ先輩っ!?」
綾音の言葉に真は悪戯っぽく笑いながらそう言い、それを聞いた完二が顔を赤くして声を荒げる。
「とまあ、すぐ吠え出すが噛みつきはしないから安心していい」
「犬かよ俺は!?」
真の言葉に完二はさらに怒鳴り声を上げ、その掛け合いを見た女子達がくすくすと笑うと完二は照れ隠しにそっちに怒鳴りそうになるが真がパンパンと手を叩いてそれを阻止する。
「さて。じゃあ心強い助っ人が出来たことだし作業を進めようか。花村、重いものを運ぶ時に草に足を取られたら危ないから軽く草刈りしとこう。鎌か何かもらってきてくれ。あとネコ車も頼む」
「ああ。任せとけ」
「完二、軽いやつは女子数人でなんとかなるはずだ」
「おう。大勢で運びにくい、重いやつとかを運びゃいいんスね!」
「そういうことだ。松永、そういう事で女子は無理せず何人かでグループを組むよう伝えてくれ」
「は、はいっ!」
真はすぐさま指示を出し、陽介と完二、綾音も頷くと作業に取り掛かる。それから鎌を持ってきた陽介がゴミを運ぶ道を作るように素早く草刈りをしていき、完二は重そうなブラウン管テレビを軽々持ち上げる。
「おいテメエら、危ないからどけ!」
完二は前の方に立っている女子達向けて叫び、女子達が慌ててそこをどく。ぶっきらぼうだが気遣いを見せる姿に女子達からの好感度が上がっている……ような気がする。と真は錆びついた自転車を運びながら思った。
「よいしょ、よいしょ……」
綾音は三人の女子と共に古い小さな、しかし女子からすれば重い冷蔵庫を運んでいた。
「きゃっ!?」
「綾音ちゃん!?」
「わわっ!?」
「きゃっ!?」
と、石につまずいたのか綾音のバランスが崩れ、冷蔵庫を運んでいた四人のバランスも崩れる。
「危ねぇっ!!」
そこにギリギリで気づいたらしい完二が駆けつけ、冷蔵庫を支える。
「完二! 大丈夫か!?」
「へ、平気ッス! おい、松永? 大丈夫か?」
「あ、は、はい……すみません」
陽介が叫び、完二はそれに叫び返した後綾音に大丈夫か尋ね、綾音も頷くと再び冷蔵庫を支える。
「うし、んじゃ運ぶぞ」
そして完二が号令をかけて冷蔵庫を運び、所定の位置まで運ぶとゆっくり冷蔵庫を下ろし、完二はふぅと息を吐いて腰をとんとんと叩く。
「テメェら大丈夫か? 怪我とかしてねえよな?」
「え? あ、はい!」
「私は大丈夫です!」
「あ、綾音ちゃん! 膝、すりむいてる!」
「えっ!?」
完二の言葉に女子二人は大丈夫だと返すが三人目の女子が綾音が膝をすりむいていると言い、綾音も驚いたように足を見る。確かにさっき倒れた時なのだろうか別の時だろうか、右膝から少し血が出ていた。
「っと、本当だな……」
完二はそう呟いてポケットを探り、おっと呟いてポケットから何か取り出す。絆創膏だ。
「ほれ、これでも貼っとけよ」
「あ、ありがとうございます……」
ぶっきらぼうに差し出してきた絆創膏を綾音は受け取り、膝の傷口に貼る。
「んじゃ、テメエらも気をつけろよ」
完二は相変わらずぶっきらぼうながら女子達の事を心配している様子で注意を呼びかけ、それに女子達がこくこくと頷くと完二は真の方を見る。そのせいか、女子達の頬が若干赤く染まっていることに彼は気づいていなかった。
「先輩! 俺そろそろ戻りますんで!」
「ああ! 晩飯時になったら俺達のとこに来い。礼にカレーを振る舞うよ」
「ホントッスか!? あざっす! この巽完二、ぜってぇにお邪魔するッス!!」
手伝ってくれたお礼に夕食をご馳走すると真が言うと完二は目を輝かせて頭を下げ、嬉しそうに鼻歌を歌いながらその場を去っていく。それに頬が赤く染まっている女子達他、このグループの一年女子は例外なくぽかーんとした表情を見せた。
「な? なかなか面白い奴だろ?」
真が歩き去っていく完二を見ながらそう言うと女子達は我慢できなくなったようにぷっと噴き出す。ついさっきまで怖がっていたのが嘘みたいなその反応に真は悪戯っぽく微笑んだ。
「あ、そうそう言い忘れてた。あいつ、女子にはあまり慣れていないんだ。せっかく仲良くなれたんだからあいつが女子に慣れるお手伝いをしてくれれば俺は嬉しいな」
その言葉にさっき頬を赤く染めていた女子の他積極的そうな女子が『はーい!』ととても良い笑顔に元気よく返す。
「さてと。じゃあラストスパートだ、頑張ろうぜ!」
真の号令に女子達は再びはーいと返して粗大ゴミを運び始める。
「おい椎宮……お前、女子を煽ったろ?」
「なんのことだ?」
陽介の呆れた声に真はいけしゃあしゃあと聞き返す。
「とぼけんなよ……お前、このままじゃ完二がおもちゃにされるぞ」
「完二が周りと関わりを持てるようになればそれが一番だろ? いきなり町内全体のレッテルは無理でも同じ学校、同じ学年、同じクラスならレッテルを剥がすのも近い分簡単だ」
「ったく……末恐ろしいよ、お前」
真はにやっと笑いながらそう言い、それに陽介は呆れたように肩を落として呟いた。
「ま、いいや。とっとと終わらせようぜ!」
「ああ……俺にとって本番はこれからだがな」
「何言ってんだお前……」
陽介の言葉に真は静かにそう呟き、陽介はそう返しながら二人はゴミの方に歩いて行った。
そして作業も終わって夕食の準備が始まる。その一角では凄まじい覇気がぶつかり合っていた。燃え盛る赤いオーラを放つ千枝と雪子、それに対抗する真と陽介(陽介は訳が分からずとりあえず厄介な事に巻き込まれたと肩を落としているが)だ。
「里中、天城……手加減はしないぞ」
「望むところよ!」
「そっちこそ……ほえ面かかないでね」
「一体何がどうなってんだよちくしょー……」
真、千枝、雪子は凄まじいオーラを放ちながら言い合い、巻き込まれた陽介はず~んと肩を落として呟く。そしてその場が静寂に包まれ、互いの気が最大限に高まった瞬間二チームは素早く動いた。
「花村! 水を汲んできてくれっ! 分量はそれぞれ鍋の中にメモを入れている!」
「お、おうっ! って鍋多っ!?」
真の指示に陽介は反射的に頷くがその多さに驚愕し、慌てて近くのクラスメイトに手伝いを頼んで水汲みに走り出し、その間に真は素早く玉ねぎを取り出すと目と鼻を覆う形のゴーグルを着用、玉ねぎのみじん切りを開始する。
「は、早っ!?」
「千枝、私達も玉ねぎ切らないと!」
「う、うん!……め、目が痛い……」
流れるような作業に千枝が叫び、雪子が急いでそう言うと千枝は玉ねぎを斬り始める。が玉ねぎの汁は目に沁み、二人ともすすり泣きながら玉ねぎを切っていった。そしてにんじんやじゃがいもの皮むきと刻みが終わった辺りで陽介がたくさんの水入り鍋をクラスメイトと共に抱えて戻ってくる。
「つっ椎宮! 水汲んできたぞ!」
「サンキュ。しばらく休んでてくれ」
真は陽介にお礼を言い、鍋の他に頼んでおいた飯ごうを準備する。
「って椎宮、米貰ってこねえと!」
「心配いらない……そろそろ来るはずだ」
「来るって?」
真の言葉に陽介が呟いたその瞬間ブロロロロというエンジン音が聞こえてくる。
「やっほー。椎宮真君にお届けものでーす」
そう言ってその場にバイク(後ろにたくさん荷物が乗せられている)が乗りつけ、運転手はバイクから降りるとヘルメットを外して、青い髪をなびかせて整った顔立ちでスマイルをサービス。女性陣から黄色い声が上がる。
「命さん!?」
「真君、物資補給に来たよ」
「ありがとうございます、先輩!」
命がそう言っててきぱきと荷物をおろし、真もその荷物を開ける。
「米!?」
「無洗米だ。これなら洗う必要がないから陽介達でも簡単に炊ける。後はスパイスと今回使う食材で持ちきれないものや出来る限りギリギリまで冷蔵しておきたかったもの……」
「お前どんだけ料理に本気出してんだよ!?」
命まで荷物運びに駆り出す真の本気具合に陽介は驚愕の声を上げる。その横で千枝と雪子も唖然としていた。
「くぉらーっ!!! 誰だバイクなんぞ乗っとるのは!!??」
と、エンジン音を聞きつけた諸岡の怒鳴り声が聞こえ、生徒の一部が「モロキンだ!」、「あの男の人やべえ!」とか叫び出す。
「ぬ、貴様は!?」
「お久しぶりです、諸岡氏。後輩に助けを求められて参上いたしました」
しかし諸岡は命を見てのけ反り、命がスマイルをサービスしながらそう言うとぐぬっと唸る。彼は以前の食事以来彼に若干苦手意識を植え付けられていた。ちなみに真は気にも止める様子もなく陽介の他、夕食にお呼ばれされていたはずの完二まで巻き込んで料理を続けていた。陽介は真指示の元飯ごうでご飯を炊き、完二は隠し味であるリンゴを摩り下ろしていた。真は二人に指示を出しながら材料を切り、カレーを煮込んで味見、スパイスや隠し味の追加などを同時進行で行っている。その素早さは既に分身が見えるのではないかと観客に思わせる程だった。しかも作っているカレーは一種類ではなく現在進行形で三つカレー入りの鍋が煮えており、しかもまだ増えるような雰囲気を見せている。その料理の手際に千枝と雪子はすっかり圧倒されていた。
そして真はやり切った笑顔を浮かべて完成したカレー鍋にさっと手を振る。
「出来た……パーフェクト」
「ブリリアントだよ、真君!」
真が汗を煌めかせながらパーフェクトと、とても良い発音で呟くと命もびしっとサムズアップして高校時代の先輩の台詞を真似る。
「……これ、味見する?」
「え、ゆ、雪子がしないなら……しない」
その近くでは雪子と千枝が紫色の煙の噴き出すカレー鍋を見ながらそう呟いていた。
「さて。手伝ってくれたお礼だ。花村、完二。先に二人に味見の栄誉を与えよう」
「マジか相棒!」
「あざっす!!」
真の言葉に陽介と完二は目を輝かせてご飯を盛り、カレー鍋の前に立つ。
「うひゃーどれも美味そう!」
「ありがたくいただくッス! 先輩!」
真の説明に陽介と完二は嬉しそうに言い、それぞれ別々のカレーをよそって席へと運ぶ。
「ん、んじゃ……」
「「いただきます!!!」」
二人は両手を合わせて挨拶し、スプーンにご飯とルーを適量乗せ、ゆっくりと自分の口へと運んでいく。それに見ている全員がごくりと唾を飲み、ついに二人はカレーを口に入れた。
「「うっ……」」
その瞬間二人の口から呻き声が漏れ出し、観客達が息を飲む。
「「……っめー!!!」」
そして二人の歓声が山の中に響き渡った。
「な、なんだこりゃ!? コクがあって甘くって、すっげー美味い!!」
「こっち、なんか酸味が効いてるッス!」
「花村の方は林檎と蜂蜜、さらにカカオチョコレートを少し混ぜて甘味とコクを出してみた。完二の方は恐らくヨーグルトを隠し味に入れたやつだったと記憶してる」
パクパクパクとスプーンが止まらない二人から目を離し、ここの観客に目を向けた。
「皆も遠慮せずにどうぞ。無礼講のカレーパーティと行きましょう!」
「レッツパーリィ! だね」
『イエーッ!!!』
真の言葉に命がノリ、それにこの場の全員が声を上げると林間学校夕食は突如それぞれのグループが作った晩飯を食べ合うパーティと化した。
「「…………」」
千枝と雪子はそんな中自信がもてないのか無言でカレー鍋の前に立っていた。
「よっ。どうしたんだよ天城、里中」
「こ、こんにちはっ、里中さんっ!」
と、さっき美味いカレーを食べて上機嫌になっている陽介と、若干カチコチになりながら一条が千枝に挨拶。
「あ、花村、一条君……」
「さ、里中さん。これ、俺達の班で作ったおにぎりなんだけどさ。食べてよ……その代わり、カレー一杯貰っていいかな?」
「えっ!?」
「大丈夫だって。そりゃまあ、あんなに上手いカレーの後じゃちょっとハードル高いかもだけどよ」
一条が交換として手渡してきたおにぎりを受け取りながら千枝は頬を引きつかせ、陽介は軽くそう言いながら彼女らの料理をよそい、一条に渡すと自分の分もよそって二人は近くの席へと運んでいく。
「ちょっ、待っ――」
「「じゃ、いっただっきまーす!」」
二人はそう言い、同時に料理を口に含む。そして同時に白目を剥き失神した。
「キャーッ!!!」
「花村! 一条君!」
それに雪子が悲鳴を上げ、千枝が二人に駆け寄り揺り起こす。
「あんじゃコリャーァァ!!!」
意識を取り戻した陽介の一声がそれだった。ちなみに一条はまだ意識が朦朧としているのか席に座ったままうつむいている。
「お前ら! どんな作り方ゲホッ、ゲホッ!」
叫んでる途中にさっきの味を思い出したのかゲホゲホと咳き込む。
「カレーは辛いとか甘いとかだろ!? これくせーんだよ!!」
「し、新食感だった……」
陽介が怒鳴る後ろで一条は青白い顔でようやくそうとだけ漏らした。
「ジャリジャリしてる上にドロドロしてて、ブヨブヨんとこもあって……要するにもう、気持ちワリーんだよ!」
「なんか、上手く混ざんなくて……」
「愛情は、入れたんだけどさ……」
「愛情って、一体何突っ込んだんだよ!!??」
陽介の怒声の前で雪子と千枝は言い訳、陽介はさらに追及する。
「ま、まあまあ花村君落ち着いて」
「命さん!? ちょっ、まだいて大丈夫なんですか!?」
「諸岡氏から許可取ったよ。許可してくれなきゃ真君のカレー食わせませんって」
仲裁に入ってきた命の、陽介の驚いた叫び声に対する笑顔での返答に三人は「た、性質悪い……」と言いたげな表情を見せた。ちなみにその諸岡は悔しそうに顔を歪ませながらも真製のカレーにがっついている。
「ま、そういうわけでいても問題なくなったんだけどさ。お腹が空いたし、僕も里中さんと天城さんのカレーをご馳走になろうかと」
「「「えぇぇっ!!??」」」
その言葉に三人が驚愕の声を上げ、千枝と雪子がぶんぶんと首を横に振る。
「だ、駄目です! 止めてください!!」
「ちょ、ちょっと失敗しちゃって……」
「ほんと、ほんとに止めといた方が! 遊びで勧めるのもためらいますから!」
「心配ないって。じゃ、花村君の残したのもらうね」
「「「あぁぁっ!!!」」」
命はそう言って自分用のスプーンを取り出し、陽介の残したカレーをすくうと一口口に入れる。それに三人が悲鳴を上げ、命は目を閉じて何回か咀嚼……その瞬間、命の動きが止まった。
「「「…………」」」
三人は息を飲んでそれを見守る。と、命の喉が動き、ゴクンという音が聞こえる。あのカレー改め物体Xを命は飲み込んだ。
「……うん、個性的な味だね。新食感だ」
彼は少し引きつっていながらも、笑顔で感想を出した。
「「命……さん……」」
「二人とも料理が不慣れなんだから仕方がないよ。ところで、なんか真君から話は聞いたけど、許してあげてよ」
千枝と雪子が声を漏らすと命はそう言い、すまなそうな顔を見せる。
「「え?」」
「真君は昔から料理をしてたそうでね。両親が共働きで、ご飯を作る暇もなかったそうだから自分が作って、その料理を食べた親が笑顔になってくれるのが何より嬉しかったそうなんだ。だから料理を冒涜されるのは許さないらしくってね……でも二人にそんなつもりはないんだし、きっと真君も分かってくれるよ」
命はそう言いながら物体Xを食べ進める。
「心配しなくても基本に忠実にやっていけば上手になっていくよ。僕が保証する……僕の仲間にも今はある程度上手になったけど最初は正にこんな料理を作る人がいてさ……懐かしいや……」
命はそう言うと昔を思い返すように虚空を見上げ、目を細める……しかし、その目が妙に虚ろになっているような気がする。
「……あれ? 幾月理事長、タカヤとジンじゃないか。何をやってるんだ? あ、パパ、ママ? そんなとこで何してるの?……武治氏、それにあなたはゆかりのお父さん……どうしたんですか皆揃ってそんな
「せ、先輩!! 戻ってきてください!!!」
虚ろな目になった命がそう漏らしていると突然真が命の肩を掴んでぶんぶんと前後にゆする。
「お、おい椎宮、どうしたんだよ!?」
陽介が慌てたように叫ぶと命ははっとしたように目を見開く。
「ぼ、僕は一体? 綺麗なお花畑と小川の向こうで手招きしてた幾月理事長とタカヤとジンが、パパとママと武治氏と詠一朗氏にぼこぼこにされてた……」
「先輩あなたの両親は幼い頃亡くなったはずですよ!?」
「命さんその川って三途の川じゃないっすか!? 臨死体験!?」
命のぼーっとしたような声に真と陽介が声を上げ、千枝と雪子も唖然とする。まさか臨死体験をするまでの味とは思っていなかった。
「臨死体験……そうか。二年もの間風花の料理を食べてなかったから胃が弱くなってたんだ……油断した」
「いや、そんな問題なんすか!?」
命は悔しそうに呟き、それを聞いた陽介がツッコミを叩き込む。
「ふぅ……あ、そうだ。里中、天城」
「えっ?」
「な、なに?」
真は命の命が救えたことに安堵の息を吐いた後千枝と雪子を呼び、二人が驚いたように真の方を見る。
「すまなかった」
と、真は深く頭を下げて二人に謝る。
「いくらなんでも言い過ぎた。二人は真面目に、俺達に料理を振る舞ってくれようとしていたのに……本当にすまない」
「あ、いや、そんな……実際に料理は失敗しちゃったわけだし……」
「そ、そうそう! 椎宮君の忠告に従わなかった私達こそごめん!」
真の誠実な謝罪に雪子と千枝は慌てたようにわたわたとなり、二人も頭を下げる。
「……えーっと、結局なんだったんすかね?」
「さあ? ま、仲直り出来てよかったじゃん」
陽介は結局話を理解しきってない様子で呟き、命も肩をすくめてそう返す。
「……」
一方夕食ゾーン。一年の男子生徒――小西は少し居心地悪そうな様子でおにぎりを食べていた。
「小西?」
「?」
と、そこに声をかけてきた相手があり、小西は気だるげな様子で振り向く。
「椎宮先輩……」
「久しぶりだな……カレー、食わないか? 嫌いなのか?」
「好きですけど……行きづらいです」
小西は静かにそう呟いておにぎりを再び齧る。真はそれをちらりと見た後その場を離れ、少しすると両手に皿を持ってその内の一つを小西の前に置いた。
「ほら、食え」
「……いただきます」
真がそう言ってスプーンを渡してくると小西は静かに呟いてカレーをご飯と一緒にすくい、口に運ぶ。そしてもぐもぐと咀嚼しているのを真は興味が湧いているように見つめている。
「……なんすか?」
「美味いか?」
「……まあまあ」
真の言葉に彼はそう呟き、カレーを食べ進める。しかし真はそこを離れる様子はなく、彼は顔をしかめて真の方を見た。
「なんか用ですか?」
「別に。暇だし何か話さないか?」
その言葉に彼は一度食事の手を止め、スプーンを置く。
「俺は嫌ですね」
刺々しい言葉、しかし真は気にも止めずに微笑を浮かべており、彼もやがてつられたようにふっと微笑を浮かべた。
「俺と話したいなんて、珍しい人ですね……そうだ。一応言っときますよ」
小西はそう言ってカレー皿に目を落とした。
「俺、保健委員は“おみそ”扱いになりました。“おみそ”って……知ってます? いてもいなくても、いいってやつ。俺、出ても出てなくても……いてもいなくても、よくなったんです。家が大変だから、“特例”だって……可哀想だからって、言えばいいのに。今日も、保健委員は救護用のテントで待機だったのに、俺は“人手が足りてるから大丈夫”って追い出されました」
そう言う彼は暗く笑っている。
「みんな、俺のこと“可哀想”って遠巻きですよ……居心地はいいっすけどね。でもあいつら、好奇心丸出しの顔なんです。“どうやって殺されたの?”“どうして殺されたの?”“犯人が憎い?”……聞く勇気もないくせに、目だけ輝かしちゃって俺を見てるんすよ……一挙手一投足。うんざりだ……」
心からうんざりそうな表情を見せながら、彼は暗い目で真を見る。
「あんたもそうですか? 事件について、聞きたくて話しかけたんすか?」
「そんなつもりはない。ただ――」
「みんな、そういう……」
真の返答を聞くつもりもなかったのか小西はそう呟いて再びカレーを食べ始め、食べながら再び彼に話す。
「けど残念ながら、言えることはないっすよ。テレビで発表されてるのが、俺の知ってる全部。あー、“犯人が憎い?”には、“いいえ”……ですね」
話し終えると同時にカレーを食べ終え、彼は立ち上がると真に背を向ける。
「さよなら」
そしてそう言い残して彼は歩き去っていく。真はその様子を見て浮かない顔を見せた。
「何変な顔してんのよ」
「ん? ああ海老原」
と、その隣に彼の所属するバスケ部のマネージャーこと海老原あいがカレーを入れた皿を持ちながら座り、カレーを一口二口食べると口を開いた。
「これ、あんたが作ったんだってね」
「ああ」
「ふ~ん」
あいの言葉に真が頷くと彼女は軽くそう返してカレーを食べていく。
「……ま、結構美味いじゃん」
「そうか!」
あいの評価を聞いた真は嬉しそうに微笑み、その顔を見たあいが若干怯む。
「な、なに?」
「ああ、やっぱ自分の作った料理を美味いって言ってくれるの、嬉しいからさ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
真の心の底から嬉しそうなお礼にあいは照れくさそうに返した。
それから時間が過ぎて夜中。真と陽介は一緒のテントである。ちなみに命は流石に部外者の宿泊は何か問題が起きても大変だしそもそも彼自身目的は材料配達および食事参加のみのつもりだったため食事が終わるとすぐ、真が出した大量のゴミ(と言っても食材はほとんど無駄にはしておらず、食材を入れていた袋などの人工物が大半だが)を持って帰っている。
「……なぁ、なんでお前ここにいんの?」
陽介は何故かこのテントにいる完二に尋ねる。
「バックレたら進級させねえって釘刺されたんスよ。それに一年のテント、葬式みてーに静かだし」
「まあ、お前がいたらそーなるわな」
完二の言葉に陽介はそう漏らし、完二はきょろきょろとテント内を見回す。今このテントにいるのは真と陽介、そして完二だけだ。
「ここ、先輩らだけなんスか?」
「後のヤツら、病欠だとさ。賢いよな……」
「なら俺、ここいてもいいッスよね?」
「ああ。ゆっくりしていけ」
完二の言葉に真が頷くと完二は嬉しそうに笑う。
「お、さっすが先輩。器でかいッスね。迷惑かけないから大丈夫ッス。騒がなきゃバレないし」
「しゃーねーなぁ」
陽介も真が許可したなら仕方がないと肩をすくめて許可し、テントの奥を顎でしゃくる。
「じゃあ、お前寝る場所あそこな」
その言葉に完二は振り向いてテントの奥を見る。
「おぁ、すっげ岩あるじゃないスか。寝れねえよコレ、マジ痛えって」
「うるせーな……騒がないんじゃねーのかよ」
「先輩、もちっと奥行けねんスか?」
「ムリムリ、奥は坂んなってんだよ。寝てる間にズリ落ちるって。嫌なら戻れよ」
そう言われて完二はぶつくさ言いながらも承諾。次にため息を漏らした。
「そういや先輩らの担任、モロキンとかってヤツでしたっけ? さっきそいつに外で捕まったんスけど、腹立って軽くキレかけたッスよ」
「何があった?」
「知りもしねえクセに、やれ中学時代がどーの言ってきやがって。しかも厄介事起こしたら即停学とかなんとか……たいがいにしやがれってんだ」
「あいつ、思い込み激しいからな……」
完二は苛立ったように漏らし、陽介はため息交じりにそう返す。
「なんか松永とかが庇ってくれたんでキレずに済んだんスけどね……助けてくれたお礼だとかなんとか……あ、そういえばその時にちょっと聞いたんスけど。あの野郎、例の殺された二人の事、ボロクソ言ってたらしッスよ」
「モロキンが? 山野アナと……小西先輩の事か?」
陽介の問いかけに完二は頷く。
「“不倫だの、家出だのする人間は狙われて当然だ”とかんなんとか……ま、尾ヒレついてんのかも知んないスけどね。嫌われてるみてえだし」
「アイツなら言いそうだな、ったく……俺も去年、越してきた時色々言われたからな」
「ああ。俺も落ち武者とか言われたな」
「先輩らもっすか!?」
完二の言葉に陽介と真が思い出したように頷くと完二は驚いたように叫ぶ。
「ま、いちいち覚えちゃいねーけど」
「たとえ、話半分でもムカつくぜ……てめ腐ってもセンコーだろっつんだ」
「あんなヤツ、むかつくだけ損だぜ?」
陽介と完二はそう言っており、真もふぅと息を吐いて寝ころんだ。
「流石にゴミ拾いと料理で疲れたな」
「そりゃまあありゃな……」
「でも美味かったっすよ。ゴチになったッス」
真の言葉に陽介が苦笑し、完二は改めてお礼を言った。
その頃、学生が夕食を食べていた場所。そこでは教師陣が酒を飲んでいた。
「ったく。近頃の生徒はたるんどる! 体調不良だのなんだの屁理屈だけは立派になりおって! どうせ全員サボってるだけに決まっとる!」
「そうかいねぇ? でも椎宮っちや花村っちは真面目だと思うがよ。特にあの料理は美味かった」
缶ビールを一本空けながら諸岡が叫び、それに細井が柔らかく笑いながら返すと近藤がうんうんと頷いた。
「本当だな! あんなグッドテイストな料理を作れるんならクッキングクラブにでも入ればいいものを!」
「まあ、真君は料理好きですからね。僕も少し鍛えましたけど筋金入りですよ」
近藤の闊達に笑いながらの言葉に青髪の青年が缶ジュースを飲みながら微笑んで返す。
「ふんっ! 料理が出来ようと人格形成に関係ないわ! 天城や里中と群れたり最近は巽完二までもつるんでおる! 絶対いかがわしい事をしてるに決まっとるわ!」
「決めつけはいけませんよ、諸岡氏。疑わしきは罰せず、ですよ?」
諸岡の言葉に青髪の青年が諌めるようにそう言う。
「ところデ……」
そこで中山が声を漏らし、祖父江がその青年の方を向く。
「お、おぬしは何者じゃ?」
『!?』
その言葉でようやく全教師の視線がまったく違和感なくこの空気に溶け込んでいた青髪の青年の方に向いた。
「どうも。諸岡氏以外は初めまして、利武命と申します」
「きっさまぁ!? 帰ったんじゃなかったのかぁ!!??」
青髪の青年――命の飄々とした笑顔での挨拶に諸岡が怒鳴り声を上げて立ち上がる。
「諸岡先生、お知り合いなんかね?」
「というより、さっきのトーク内容だと椎宮とも知り合いのようだが……」
細井と近藤の言葉に諸岡はくっと唸り、命はにこにこと微笑む。
「諸岡氏とは前に一度共に食事をした仲でして。真君とは真君の前の学校の先輩と後輩の関係なんですよ」
「あら、そうだったノ?」
命の自己紹介に中山がそう返し、諸岡は舌打ちを叩く。
「それよりも、貴様はここで何をしている!? もしや眠りについている女子でも狙っているのか!?」
「そうだったらこんなとこで呑気にジュース飲んでませんって。あ、僕飲酒は駄目ですよ、まだ19なので」
諸岡の怒号に命は呑気に笑って缶ジュースを見せ、まだ未成年なので飲酒は駄目だとあらかじめ断っておく。
「なんとなく面白そうな匂いを感じ取りましてね。ここの方々とコミュを築くつもりは特にないんですけど」
命はあははと笑ってそう言い、その言葉に教師陣が「コミュ?」と呟く。そして命は新しいジュースの缶を開いた。
「この頃の若者は何かと多感ですからねぇ。色々と間違いを起こすものですよ」
「ふん、分かっとるようだな! だからこそ常に厳しく己を律せねばならん!」
「それも確かなんですけど、人っていうのは失敗を犯す生き物です。失敗を犯し、痛い目を見るからこそ反省し、次に繋げる。人は、命はそうやって育まれていくものです……だからこそ大人のすべきことは失敗をただ無暗に罵倒し否定するのではなく、その失敗から何を学べばいいのか教え、導いていくことだと僕は考えます」
命はそう言ってジュースを飲み干し、夜の闇に向けて放り投げる。それはこの場所に常備されていたゴミ箱に吸い込まれるように入っていった。
「また、教師は人を教え導くもの。ですが生徒からも教えられ導かれるもの。そうとも僕は考えます」
「ふん、貴様如き若造が分かった口を聞きおって!」
「ごもっとも。じゃ、僕はそろそろ帰ります。お休みなさーい」
命はそう言ってその場を去っていき、しばらくするとブロロロロというエンジン音が聞こえそのエンジン音も遠くなっていく。
「な、なんだったんかいねえ?」
「さあな……じゃ、私は少しトイレに行って、見回りに行ってきます」
細井の言葉に諸岡はそう返した後、コップに残っていた酒を飲み干すとトイレの後見回りに行くと言って歩いていった。
さてこちらは真達の寝ているベッド。既に就寝準備完了の状態、というか既に真は眠りこけていたが、その横には完二が若干密着の勢いで近づいていた。
「完二、お前もっとあっちだろ?」
「あそこじゃエビゾリんなるんスよ」
「……そうか」
陽介の真を挟んでの言葉に完二がそう返すと陽介は言いよどむ。
「あの……さあ」
「なんスか?」
と、また陽介が完二に話しかける。
「なんでこのテント来たんだ?」
「あ? さっき言ったじゃねえスか」
完二がそう返すとテントは沈黙に包まれる。
「んだよ……なんなんスか?」
その沈黙に耐えきれないように、再び完二が声を出す。
「こ、この際だから……その……しょ、正直に言って欲しいんだけど……」
「はあ」
陽介はどこか怯えたような、何とも言えない表情で完二を見る。
「お、お前って、やっぱ……アッチ系なの?」
「アッチ?……」
「お、俺ら……貞操の危機とかになってない? いま」
「のぁ!?」
陽介の言葉に完二は顔を真っ赤にして声を上げ、立ち上がる。
「なななな何言ってんじゃ、コラァ! そ、そんなんじゃねっつてんだろが!!」
「ちょ、ちょっと待て、なんで豪快にキョドるんだよ!? な、なおさらホンモノっぽいじゃんかよ!」
完二は立ち上がって盛大にキョドりながら叫び、それに陽介も負けじと立ち上がって叫ぶ。ちなみに真は二人の足元でぐっすり眠りこけていた。
「んなワケねえだろうが! そんなのぁ、もう済んだ話だ! 今はもう、そのっ……な、なんつーか……」
「口ごもんなよこえーよ!!」
「今はもう、女ぐらい平気って事ッスよ!」
「証明できんのかよ!?」
「しょ、証明だ?……」
陽介の言葉に完二は一瞬口ごもる。
「じゃなきゃ、俺ら一晩ビクビクしながら過ごす事になんだろ! あ、いや椎宮平気そうに寝てっけど俺がさ!」
「ケッ……も、いッスよ」
陽介の言葉に完二は悪態をつき、目を吊り上げる。
「んなら俺、女子のテント行って来ッスよ!!!」
そして思いっきり怒鳴るように宣言した。
「え!? ちょ、そりゃマズいって! いちいち極端なんだよ!! バレたら停学って、自分で言ってたろ! モロキンにまで目ェつけられてんのに!」
「んな事で引き下がんのは男じゃねえ!」
まさかの展開に陽介は慌てて落ち着かせようとするが完二はそう叫んでテントの入り口を睨む。
「モロキンがなんぼのモンじゃ!! 巽完二なめんなコラアアアアァァァァァッ!!! うおおおおおぉぉぉぉぉぉーっ!!!」
「あ、ちょ、おい!!」
陽介が止めるまでもなく、完二は絶叫してテントを走り疾走していった。
「あー……アホが走ってくよ……もー知んない、俺……」
その光景を見た彼は諦めたようにそう呟いた。
「くかー……」
そして真はこの一連の騒ぎに気づかず、ぐっすり眠りこけていた。
一方その頃……千枝と雪子のテント内……。
「ぐがー……ぐごおおおぉぉぉぉっ……」
千枝、雪子、大谷の三人のテント。大谷は耳障りないびきをかいて眠っており、眠れない千枝と雪子は、千枝はイライラした様子でテント内を右往左往し、雪子は壁に顔を向けて正座していた。
「ハァ……なんでここだけ三人か、分かったよ……」
「眠れないね……」
「ハァ……あーも、寝れないし、やる事もないし……」
千枝はそう呟き、ふと気になったように雪子を見る。
「そういえば、クマくん。今頃なにしてんのかな。いちんち中一人って、考えてみたら寂しいよね。そう言えばあいつ、前にさ……」
「ぐがー……ぐごおおおぉぉぉぉっ……」
千枝が話している間にも、大谷のいびきが邪魔をし千枝はいい加減我慢できない様子で耳を押さえた。
「ああああ……うああー! も、やだぁ! 雪子、逃げようよ!」
「逃げるって……どこへ? 山を降りるとかは、ちょっと……」
雪子はそこまで呟くと、どこか据わった目で大谷を見る。
「……鼻と口ふさいだら、いびきって止まる?」
「ちょ、やめなさいアンタ!」
いきなりのエキセントリックな発想に千枝が必死でツッコミを入れた。
「あー……もーいや……」
千枝が呟いた瞬間、外からがさがさっという物音が聞こえ二人は瞬時に反応する。
「だっ、誰!?」
千枝がそう叫んだ瞬間、テントの入り口が開いた。
再び真と陽介のテント内。陽介は完二の暴走を気にしているのか寝ている真を見ながら一人腕組みして胡坐をかいていた。
「ねえ……起きてる?」
そこにいきなりテントの外から聞き慣れた女の子の声が聞こえ、彼は苦々しげな顔を見せる。
「何してんだよ、こんなとこで! こっち男子だぞ!」
「入れて! テントに!」
「バカ言うな! モロキンにばれたら停学なんだぞ! 戻れって!」
「帰れないのー!」
陽介と千枝が慌てた様子で会話していた、その時だった。
「腐ったミカンはー、いねがー! みだらな行為をするやつぁーなー!」
「! しょ、しょーがねーな、早く入れよ!」
いきなり聞こえてきた諸岡の声に陽介はしょうがねーと言って二人を招き入れる。
「なんだようるさいなぁ……」
と、真が目を覚まし、千枝と雪子が入ってくるのを寝ぼけ眼で確認する。
「ん? あれ?……夢か?」
「安心しろ、いやしていいのか分かんねえけど、現実だ」
「へぇ?……あれ? 完二は?」
「もー知らん……」
寝ぼけているため状況が把握できていない真に陽介は頭を抱え、女子二人が入ってくるとそっちに怪訝な目を向ける。
「で、なんなんだよ、いったい?」
「その、完二君が……」
陽介の問いかけに雪子がそこまで説明、一瞬千枝と目を合わせる。
「気絶して、のびちゃってるから……」
「気絶?」
「え、お前ら、まさか……」
「そ、その、全然大したことじゃないよ!? い、いきなり入ってきて、いきなり気絶したの! そんだけ。ね、雪子!」
「え? う、うん」
「???」
何か察した陽介を慌てて千枝が誤魔化し、雪子も押されて頷く。それに真はまだ訳が分かってない様子で首を傾げていた。
「で、そんな状況で寝れないしさ、起きたらほら……騒ぎそうでしょ? だから、置いてきちゃった」
「……」
千枝の言葉に陽介は呆れたような目を見せる。
「いいかー、“ふらち”と“みだら”は違うんだからな~……」
「来た! 近いぞ!」
「二人とも、隠れろ!」
「そ、そっか!」
「え、ちょっ!?」
「きゃっ!?」
諸岡の言葉に陽介が叫ぶと真は半分寝ぼけた頭で思考し、二人を隠すべきと判断すると陽介も頷いて真が雪子を、陽介が千枝を引っ張り布団に連れ込むと陽介はさらにランプに手を伸ばして明かりを消す。
「ちょ、ちょっと花村! 近い!!」
「うっせ! 大声出すな!」
陽介に布団に押し込められた千枝が彼をぽかぽか叩きながら叫ぶと陽介も声を潜めて叫ぶ。
「天城、すまないが静かにしててくれ。停学がかかってる……」
「う、うん……」
真の言葉に雪子は真っ赤になりながら頷く、が真っ暗になっている上に真は彼女の方を見ていないため全くそれに気づいていなかった。
「おい、おまえら、二人いるなー。返事しろー」
「はい」
「んあー? あー。いるな……花村はもう寝てるんだなぁ?」
「うっす! もう寝てます!」
「寝てないじゃないか! いいから、黙ってまた寝ろー!!」
点呼確認をした後、諸岡の「ふぁわわ」という欠伸が聞こえてきた。
「いかん、ちょっと飲み過ぎたか? 眠くてたまらん……」
諸岡はそう言って去っていき、気配が遠ざかっていくのを確認してから四人は布団を出て明かりをつける。
「はあ……一気に年食った気分だぜ」
「まったくだよ……危うく停学くらうとこだった……」
「あのな、お前らのせいだかんな!」
陽介の言葉に千枝が賛同すると彼は怒ったように彼女を声を潜めて怒鳴る。
「しょ、しょーがないじゃん! とにかくもう出れないし、朝、人起き出す前に出てくから、それでいいでしょ!?」
「なんでお前がキレてんだよ……」
千枝の逆ギレじみた声に陽介は呆れたように呟く、と千枝は彼を睨んだ。
「言っとっけど……“妙なこと”しないでよね」
「な、なに勝手に……」
千枝の言葉に陽介はまた叫ぼうとするがそこで真は欠伸を漏らした。
「ふわ……そっとしておく。勝手にしててくれ」
「あ、起こしちゃったんだよね? ごめん、お休み」
真は眠気が我慢できないのか再び寝転がり、雪子はさっき自分達が入ってきた時に真が起きたのを思い出すとごめんと謝りお休みと言っておく。
「くっそ、貸しだからな!」
真が寝てしまっては形勢不利と判断したか、陽介も結局彼女らの滞在を許可したのであった。
その翌日、6月18日。午前中で現地解散となり、真達は近くの川へとやってきていた。
「はーっ。終わった終わったー!」
「あっという間だったな。林間学校」
千枝が伸びをしながらすっきりした様子でそう言い、真も呟く。
「んじゃ、俺らしか来てないみたいだし、せっかくだから泳ぐか!!」
「え~、先輩ら泳ぐんスか?……」
陽介のテンション高い言葉にぐったりと膝を折って座り込んでいる完二が気分悪そうな声を漏らす。
「俺ぁダリィんでパスで」
「大丈夫か?」
「昨日、ちゃんと寝れたのか?」
「!? お、俺ぁ別に誰とも添い寝なんざしてねえッスよ!!!」
気分悪そうな完二に陽介と真が心配そうに問いかけると完二はびくっとなって怒号を上げる。
「「「「……え?」」」」
自爆した完二に四人が若干引きつった笑みを見せ、それを見た完二が居心地悪そうな様子でうつむいた。
「い、いや、俺のこたぁいいんで……」
「俺だけ泳いでも、つまんねーだろ~」
陽介はそう呟いて、にやにや微笑みながら女子二人の方を見る。
「な、なに見てんの! あんたらだけで入りゃいいじゃん!」
その視線に気づいた千枝が自分の身体を隠すように抱きしめながら陽介を睨み、叫ぶ。
「そういや、貸しがあったよな?」
「うっ……か、貸しはまあ、そうなんだけど……」
陽介の指摘に千枝は目を泳がせながら呟き、直後はっと思いついたように陽介を見返した。
「そっそう! 水着持ってきてないし! ねぇ雪子!!」
「そ、そうだよね! うん、残念!」
「いやーほんと残念だなー。水着持ってれば入れたのになー、あはは……」
千枝と雪子は慌てて取り繕い、空笑いを見せる。
「じゃーん! なんとここにありましたー!」
と、陽介がいつから準備していたのか二つ水着を取り出した。
「ジュネス・オリジナルブランド、初夏の新作だぜ? 知り合いの店員に選んでもらったんだ。結構いいだろ?」
「うわ、引くわー……」
「先輩マジ引くっす……」
女物の水着をわざわざ用意する別ベクトルでの準備の良さに千枝と完二が引きながらそう漏らす。
「それ、最初からずっと持ってたの?」
「いいじゃん、一緒にみんなで泳ごうぜ!」
雪子も引いた様子で問いかけ、それに陽介は明るく返す。
それから二人は水着を持って着替えに行き、真と陽介も水着に着替える。しかししばらく待っても千枝と雪子は戻ってこない。
「おっせーなーあいつら、どこまで着替えに行ったんだ……」
陽介がイライラしているように足をトントンさせながら呟く。
「先輩、その水着いいッスね!」
「ああ。ハイカラだろ?」
「ハイカラっすね!」
その後ろでは完二と真がそう話し合っていた。ちなみに完二は泳ぐのパスらしく着替えていない。
「お待たせ……」
その言葉と共に千枝と雪子が戻ってくる。
「うお、これは……」
陽介が嬉しそうな声を漏らし、完二も頬を赤らめる。二人ともビキニ姿で千枝はスポーティで健康な、雪子は美白美人で綺麗なイメージを見せていた。
「そ、そんなジロジロ見ないでよ……恥ずかしいじゃん……」
「ちょ、ちょっと……黙ってないで何か言ってよ……」
二人も恥ずかしそうに頬を赤らめており、それに真は笑みを見せる。
「二人とも、可愛いよ」
「ふあぁ……な、なに言いだしてんのっ!!」
「や、やだ、もう……」
真のストレートな評価を受けた千枝が顔を真っ赤にして睨みながら怒鳴り、雪子も恥ずかしそうにそう漏らす。
「いっやー、想像以上にいんじゃね? まあ、中身がちょっとだけガキっぽいけど、将来いい感じのオネーサンになるぜ、きっと!」
陽介の言葉に千枝と雪子の額に青筋が立つ。
「そうか? 今でも充分大人っぽいと思うけどな」
「つっ、ちみや、くん?……」
「ほ、ほんとになに言いだしてんのこの人っ……」
しかし真が二人をフォローし、雪子と千枝は再び顔を赤くする。
「え~。いやお前、それはおべんちゃら過ぎだって」
「それに比べてこっちは……すっげー不愉快……」
「私も……」
だが陽介は笑いながらそれを流し、それを聞いた千枝と雪子が怒りに震える。
「飛んでけーっ!!!」
「え? のわぁっ!!」
直後、千枝の蹴りが、崖っぷちに立っていた陽介を襲う。
「おわああああぁぁぁぁぁっ!!!」
そして陽介は崖から落ちていき、勢いよく着水する。
「おあ、大丈夫っすかせんぱーい!」
完二が慌てて陽介に呼びかけ、雪子はそっちに目を向ける。
「ちょっ、完二君!?」
「な、なんスか?」
雪子の声に気づいた完二が振り向く。その鼻からは興奮しすぎたのか鼻血が出ていた。
「ちょっと……やだっ!」
それを見た雪子がほぼ反射的に完二を崖から突き落とし、陽介と同じように川に叩き込む。
「危なかった……」
雪子はまるで一仕事終えた後のような冷静な口調でそう呟く。
「な、なにも落とすことねーだろーがーっ!!!」
「いーじゃん! どうせ入るつもりだったんでしょーっ!!」
「いっぷしっ、寒っ……」
陽介の怒号に千枝が叫び、完二が小さくくしゃみをする。
「ん? 上から何か聞こえないか?」
と、男子勢唯一無事な真が川上からえずくような声に気づき、雪子も声に気づいて上流に目を向ける。
「この声……」
「モロキン?」
千枝も声の正体を呟いて上流に目を向ける。
「の、飲み過ぎた~、気持ち悪い……」
どうやら諸岡が川上で吐いているらしい。
「……ふ、二人とも!! 早く上がれっ!!!」
「うあっ! なんか流れてきたっ!!」
真が血相を変えて叫び、千枝も驚愕の声を上げる。
「「う、うあ、うわああああぁぁぁぁぁっ!!!」」
それを見た二人も慌てて暴れるように岸に上がっていった。
それから彼らは帰路につく。
「すんすん、俺臭わねッスか?」
「何も言うな……俺らはまた大事なものを失った……」
完二がジャージの臭いをかぎながら呟くと陽介がげんなりした様子で呟く。
「よ、よかったね。うちら入る前で」
「うん……」
その後ろでは女子二人が話し合っていた。
「ん?」
と、先頭を歩いていた真が何かに気づいて足を止める。
「どした? って、げっ!?」
真が足を止めたのに気づいた陽介が問いかけ、前を見ると驚きの声を上げる。彼らの前には大谷が立っており、頬を赤く染めて恥ずかしそうにうつむいていた。
「な、なにこれっ!?」
「これって、まさか……」
「告白じゃねぇ!?」
「かもな」
途端にワクワクしたように目を輝かせる千枝、この先の展開を予測しまさかと呟く雪子、そのこの先の展開を叫ぶ陽介、それに頷く真。
「ぇ、ぁぁ……」
そしてただ一人、声にならない声を漏らしながら完二は硬直していた。そして完二以外の四人が素早く草むらに身を隠し、同時に大谷がゆっくりと完二の方に歩いていく。
「ぁ、ぅ……ぃ、ぇ……ぉ……」
完二はドクンドクンと心臓を脈動させ、怯んだ様子を見せていた。
「な……なんスか?」
しかし度胸一番巽完二、とりあえず彼女に話しかける。
「あの……私……」
大谷はやはり顔を赤く染めながら完二に話しかけ、完二はごくんと唾を飲んで「ぅぅぅ」と声を唸らせる。
「あなた、みたいな人が……」
「ぅぅぅ……」
告白っぽい流れ、それに完二はこれ以上ないぐらい、ある意味では初めて自らのシャドウと相対した時並に怯んでいた。
「趣味じゃないの、ごめんなさい」
その直後大谷がばっさり完二を振り、完二は大口を開けて逆にショックだとばかりの顔を見せる。
「昨日の夜の事は、もう忘れて」
そう言って大谷は歩き去っていき、完二は大袈裟な様子で膝を折り、地面に両手をつく。
「なんじゃそりゃあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
彼の叫び声が山中へと響き渡り、小鳥達が驚いたようにピーチクパーチク言って空に逃げていく。
「そっとしておこう」
そして、真の締めが小さく響いた。
今回は林間学校。ムドオンカレーに対抗すべく真にカレーの本気を出していただきました……ですが正直な話僕料理はあまりやらず、ネットや漫画の知識なので色々おかしいとこがあるかもしれませんがご容赦いただければありがたいです。
んで今回はコミュメンバー色々登場&ある意味完二祭りです。いや原作やアニメでも完二色々と大活躍でしたけどね、大谷との絡みは大爆笑したので今回採用しました、完二がギャグキャラとなったよ……ついでに命にも今回ちょっとギャグやってもらいました、思いついたので。ちなみに命とその妹結生は、命は今回二年の間で耐性が消えてしまいましたが現役の頃は風花の料理を最後には笑顔で完食出来た設定です。
さて次回、サブヒロインを予定しているりせちー登場予定。頑張らないとね。それでは~。