ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第二十三話 沖奈市ナンパと林間学校準備

6月15日。真はいつものように学校へと向かっていた。

 

「おっす、相棒!」

 

と、陽介が声をかけてきた。

 

「へへっ、聞いてくれよ。ついに俺、バイクゲットしたぜ! 念願のバイクですよ、バイク! もう朝から興奮しまくりでヤベェよ!」

 

陽介は見て分かるくらいに興奮しており、パチッとウインクした。

 

「でさ、さっそく今日の放課後にバイクで沖奈いかね? ほら、前に約束してたじゃん?」

 

「なんだっけ?」

 

「もしかして忘れちゃいました!? 題して“バイクで都会的な女の子を、誘惑しちゃおう”計画! 今年こそ、彼女のいる夏を過ごしたいんだよ! お前だってそうだろ!? 学校終わったら速攻で出発しよーぜ!」

 

「それはいいんだが……先輩どうする?」

 

「はっ!?」

 

興奮のあまり超ハイテンションになっている陽介に真が冷静にツッコミ、陽介ははっとなる。命は「君達が一人前に運転できるようになるまで人気の多い道に出させる気はない」と言っていた。もしその誓いを破ったら普段温厚だが怒る時は凄まじく怒る命のこと。どうなるか想像がつかない。

 

「……みっ、命さんも連れて行こう! 俺がどうにか言いくるめるからさ!」

 

「……頑張れ」

 

陽介の少しどもりながらの言葉に真はため息交じりにそう返し、二人は学校に向かう。そして授業を終え――倫理の授業で諸岡が殺された女、つまりは小西早紀の悪口を言いそれに陽介がそんな言い方あるかよと毒づいたりしたが――放課後になると千枝と雪子は一緒に遊ぶ約束でもしているのか教室を出ていき、陽介はその隙に命に電話をかけた。

 

[……沖奈市までツーリングしてみたい?]

 

「そうなんすよ命さんっ! 俺、今日バイク買ったんでちょっと試しにっていうか……」

 

[そうやって舞い上がってる時こそ危険なんだよ?]

 

「だ、大丈夫っす! 俺達今までそこまで危険な事起こしてないでしょ!? いつもより多めに安全運転心がけますから! ね、ね!? なんなら命さんも一緒に来ましょうよ!」

 

陽介は必死で命に言い訳をしており、真はそれを自分の椅子に座り陽介の机に肘を置いて頬杖をつきながら眺めていた。と、電話口から「はぁ~」というため息が漏れる音が聞こえてくる。

 

[分かったよ。僕がいない間に勝手に遠出されて事故られるよりはマシだ。今まで近場を乗り回した成果を見る試験として、僕も同行するよ]

 

「あ、あざーっす! んじゃジュネスに集合っつーことで!」

 

[はいはい]

 

命同行とはいえ許可が出たことに陽介はお礼を言い、電話を切ると気のせいか顔の近くを花が舞っているような表情で真を見る。

 

「許可出たぜ! 早速集合場所のジュネス行こうぜ、相棒!」

 

「ああ。んじゃとっとと帰るぞ」

 

「おう! 遅れんなよ!」

 

陽介はそう言うや否や荷物を持って教室を飛び出し、真も荷物を取って教室を出ていった。

 

そしてジュネスで全員集合した後、彼らは沖奈市へと出発。真を先頭に、次に陽介が、最後尾を命で沖奈へと向かった。

 

「沖奈駅前、到着っ! 意外と来れるもんだな!」

 

ヘルメットを脱いだ陽介が嬉しそうに叫ぶと、その後ろからチリンチリンというベルの音が聞こえた。

 

「マジでここまでついてきやがったか……」

 

その言葉の直後、完二が自転車をギコギコ鳴らしながら真達に追いついた。

 

「楽勝っすよ! 慣らし中の原チャリなんざ、相手になんねッス!」

 

そう叫ぶ完二だったが、やはり多少息が乱れている。

 

「途中でガス欠になんなかったら、完全に振り切ってたっつーの!……遊び代欲しさにガソリンケチるんじゃなかったぜ……」

 

「初歩的なミスだね。減点」

 

「ぐはっ!」

 

陽介が叫ぶと命が冷静に指摘、陽介はぐはっと声を上げた。そして完二も陽介の隣にバイクを止め、辺りを見回す。

 

「来るたびに思うッスけど……やっぱ、人多いスね」

 

「ああ。この辺で張ってりゃそのうち声かけてくるかもだぜ!?」

 

「やっぱそういう狙いだったわけね」

 

完二の呟きに陽介が笑いながら言うと命が呆れた目を向ける。

 

「うっ!?」

 

「……ま、どうでもいいよ。僕ちょっと買い物してくるからついでにバイクの番よろしく」

 

「お、俺もせっかく沖奈来たんで、その……し、手芸の……」

 

命の指摘再びに陽介が声を漏らすと命はそうとだけ言って荷物を持ち去っていき、完二ももごもごとそう漏らした後二人を睨む。

 

「なんでもねーよ! 買い物あるっつってんだろ! とにかくちっとはずすんで、先やっちゃっててください!」

 

完二もそう言って自転車の鍵をかけ、走っていった。

 

「何しに来たんだよ、アイツ……」

 

その光景を見て陽介は呆れたようにそう漏らした。

 

「ま、命さんがいないのはライバル減って大助かりだけどな! よっしゃ! 作戦決行だぜ!」

 

その後に彼はそう叫び、しばらくここで待つことにした。

 

(初夏の日差しが心地いい……)

 

真は空を見上げてサンサン降り注ぐ太陽の光を浴び、心の中でそう呟いた。

 

……それから三時間が経過する。

 

(初夏の日差しが暑苦しい……)

 

「遅れました! どれ買うか迷っちまって……」

 

三時間も直射日光のがんがん当たる場所にいては無理もないが二人とも若干へばっており、そこに完二が戻ってきて二人を見る。

 

「収穫ゼロッスか」

 

「おっかしーなあ。どっかから視線は感じるんだけどなあ……」

 

「無理がある……俺涼みがてら買い物してくるよ……」

 

「や、待てって! もうちょい粘ればきっと……」

 

「や、日ぃ暮れちまうだろそれ……」

 

完二の呟きに陽介が負け惜しみ気味にそう言うと真はそう言ってその場を離れようとし、陽介が必死でそれを止めるが完二は呆れたようにそう返す。

 

「やっぱ、どっか問題あんじゃないスか? 大体バイクは男のアイテムっつー話ッスけど、それ原付ッスよ? バイクなんて大先輩のやつだけじゃないッスか」

 

完二はそう言って命が乗ってきたバイクを見る。考えてみれば命のバイクの横に真達の原付があっては圧倒されているような気がしないでもない。

 

「まあ……確かに雑誌で見たやつは、でけーバイクだったけどさ。しょうがねーだろ!? 夢と現実には開きがあんの! 高いのは買えないのっ! 原付で精一杯だっつーのっ!」

 

陽介が叫び、叔父のお下がりを貰った真もふぅとため息をつく。

 

「……先輩、俺に十分くんねーか?」

 

「は?」

 

「やられたまんま黙ってらんねっしょ! 先輩らの仇、俺がとってやんぜ!」

 

「ケンカじゃねーっての! 仇とるってどーすんだよ。お前、ナンパでもするつもりか!?」

 

「ったり前っすよ! この状況で、他に何すんスか!」

 

「あのな……バイク持ってる俺らで駄目なのに、お前に仇取れるかっつーの。なあ?」

 

完二の言葉に陽介は呆れたようにそう言い、真に話を振る。と、真は不敵な笑みを見せた。

 

「……自分なら三分だ」

 

「お前何言っちゃってんの!? 何対抗してんだよ!?」

 

真の言葉に陽介は反射的にツッコミ、完二は愕然とした様子を見せる。

 

「ありえねえ……“赤いきつね”だって五分かかんのに!」

 

「お前も何言ってんの!?」

 

「流石先輩だぜ! だったら三人で勝負ッス! 巽完二、男の生き様見せてやんぜ!」

 

完二は若干ずれた返答を見せ、陽介がそれにさらにツッコミを入れると完二はガッツポーズを取ってそう叫んだ。

 

「お、落ち着けっての! 完全に全員参加の流れじゃねーか!? ってか命さんは!?」

 

「……冗談のつもりだったんだが……それと命さんはナンパなんかするとは思えない」

 

陽介が必死に押し止めようとする後ろで真はぼそりと呟く。

 

「マジ分かってんのか? それってこっちから声かけんだぞ? なんかカッコ悪いっつーか……いい思い出もないっつーか……」

 

陽介はしどろもどろになっており、完二はそれをじっと見る。

 

「怖えーんスか?」

 

「そうじゃなくてだな……」

 

「友達になれつって、“ハイ”って言わせりゃいいんスよね? そんだけの話じゃねーか」

 

完二の気軽な言葉に陽介は大きくため息をつく。

 

「ま、失うもんねーし。いいか……」

 

「流石先輩ッス! 負けたらパンイチで町内マラソン、ついでに鼻メガネかけてやらあ!」

 

「そういうのは止めろ」

 

陽介がナンパ勝負を承認すると完二はそう言い、さらに叫ぶが真がノーを出す。

 

「……男はダメだかんな?」

 

「まだそれ言うのかよ!? クソッ、ぜってー負けねえかんな!」

 

陽介の念押しに完二はそう叫んで走り去り、真もやれやれという様子を見せて歩き出した。と、映画館の前で命が清楚な女性と話しているのを見つけた。

 

「先輩!?」

 

「あ、真君」

 

「先輩! あなたが女性をナンパするなんて見損ないましたよ!」

 

「いや、違うんだって……」

 

信じられない光景に真はかっとなったのか命を怒り、命は困ったようにそう漏らす。

 

「落ち着いてください。心のバランスを保たなければ、悪の気に付け込まれてしまいます」

 

と、清楚な女性が澄んだ瞳を見せながら柔らかく微笑んで真に話しかけ、真はへっと声を漏らす。最初の言葉はともかく、その後に妙な言葉が続いた。

 

「貴方は、ご存知でしょうか? 今、この世界は魑魅魍魎に塗れ、絶望に満ち満ちています。その絶望は人々の魂へと侵食し、やがて、辛く、苦しい人生が訪れます。病気、自己、身内の不幸……全ての災いは、それが元凶なのです」

 

「!?」

 

清楚な女性の言葉に真は驚いたように命を見、命はため息をつく。どうやら女性は何かの宗教の勧誘家で命はそれにつかまっていたらしい。

 

「さあ、“ハピネス・ソウル”を手に入れて、貴方も幸せになりましょう!」

 

ものすごく真剣な様子で、澄んだ瞳を見せながら清楚な女性は真に迫り、真は困ったような様子を見せる。と、命が真を庇うように前に出た。

 

「申し訳ありませんが、宗教はお断りなんですよ……あまり良い思い出がないものでして」

 

命は真を庇ってそう言い、逃げるように促す。その隙に真はその場を逃げ出した。

 

「なんだかよく分からないけど危なかった……先輩大丈夫かなぁ……」

 

真は自分を庇ってくれた命の身を案じながらそう呟く。と、前をあまり見ていなかったせいか誰かにぶつかってしまう。

 

「っと、すいません」

 

「あら、こちらこそごめんなさいね。大丈夫?」

 

真とぶつかった華やかな雰囲気の美女もにこりと微笑んで真に声をかけ、真は焦ったように頭に手をやった。

 

「あ、いえ。俺の前方不注意でしたので……おひとりですか?」

 

もう一度謝った後、ナンパ対決中という雰囲気のせいかついそう声をかけてしまう。

 

「んー、ひとりっていうか……人と待ち合わせ中なんだけど」

 

「あ、それは失礼しました」

 

美人なお姉さんの言葉に真は謝って彼女に背を向けようとするが、その時美女は妖艶に微笑んだ。

 

「うふふ、もしかしてナンパのつもり?」

 

「いえ、そんな……」

 

「私ねー、年下の男の子ってけっこう好きなんだ。素直で可愛いし、純情だし……いろいろと教えてあげたくなっちゃう。ね……キミは、年上の女ってどう?」

 

「あーえっと……あんま分からないです」

 

とりあえず話を合わせようとするがやはり真は正直にそう言う。

 

「ふふっ、正直なのね。でも、そういう子を骨抜きにするのが楽しいのよねー……ねぇ、お姉さんと、本当に遊んでみる?」

 

美女はそう言い、次にくすりっとに微笑んだ。

 

「なーんて、今日は無理なんだけどね。それに、無理に手を出す趣味もないし……」

 

美女はそこまで言うと真の耳元に口を寄せた。

 

「でも、もしキミがその気になったら……大人の遊び、いっぱい教えてあげるね?」

 

「は、はぁ……」

 

美女の言葉に真は顔を赤くしながらそう漏らし、なんか流れの内に番号を教えられてしまう。それから時間が過ぎて夕方へとなり、真は集合場所に戻る。

 

「……どうだった?」

 

「や、上手くいかねーッス」

 

「そうだよな……」

 

陽介と完二はそう言い、真は隣で疲れている命を見た。

 

「先輩、あの、大丈夫でしたか?」

 

「なんとかね。映画館から出てきた人が携帯電話使っているのを見て、それは人の強欲が作り出したどうのこうのって言いだしたからその隙を突いてどうにか逃げた」

 

命はそう言ってふぅとため息をつく。

 

「ちょっと昔を思い出しちゃったな……月光館学園にいた頃、そこの生徒に宗教の勧誘員やってる奴がいてさ、僕も勧誘受けたことあるんだ、もちろん断ったけどね。そいつも今はその宗教から抜けてフードライターとして頑張ってるそうでさ。あいつ食べるの好きだったし、楽しそうでよかったよ。僕個人の思いとしてはいるかどうか分からない神様を信じるより、今確かにここにいる自分を変え、高めることに頑張ってほしいから」

 

「そうなんですか」

 

そう言う命は嬉しそうな表情を浮かべており、真もつられて微笑む。

 

「椎宮、お前はどうだ? なんかゲットできた?」

 

「ああ、一応」

 

真は陽介から尋ねられて素直に答え、それに陽介と完二の視線が真に集中する。

 

「さすがだな! それって携帯番号!? どんなコだった? とにかく、かけてみろよ!」

 

陽介は慌ててまくしたて、さらに完二まで迫り真はしょうがないとため息をついて携帯を取り出しさっき華やかな美女からもらった携帯番号にかける。数回コール音が続いた後、誰かが電話に出た。

 

「出た!」

「やっぱ本モンだぜ、この人……」

 

陽介が歓声を上げ、完二が感心した声を漏らす。

 

[あー? もしもし?]

 

しかしその電話の向こうから聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。

 

「もしもし?」

 

[この……おい、テメエだな。殺すぞ、このクソガキが!]

 

「!?」

 

いきなり殺気立った怒鳴り声が聞こえ、真は咄嗟に受話器から耳を離す。

 

[他人の女に手ぇ出しやがって!! 一生、立てなくしてやんぞクラァ!!! 二度とかけてくんじゃねー!! 分かっ……おい聞いてんのか!?]

 

腕を限界まで伸ばしてなお耳に届く怒声、それに真のみならず陽介と完二までドン引きしていた。

 

「ちょっと貸して」

 

と、命がさらっと電話を奪い取り、耳に当てる。

 

「失礼」

 

[アァン!? なんだクソガキ!?]

 

「私の部下が失礼いたしました。私、桐条グループ会長の秘書をさせてもらっている者ですが」

 

その言葉に真、陽介、完二がざわっとなる。なんかすごいとんでもない嘘を言い始めた。なんか口調も丁寧だがとんでもない威圧感を漂わせている。

 

[きっ、桐条グループ……]

 

電話相手も委縮していた。

 

「今回は私の部下の不手際ということでお話を終了させていただきたいのですが。もしもそちらが部下に手を出そうというのならば、こちらも相応の手段を使わざるを得ないのですが……」

 

命はこの上なく優雅で丁寧な口調を使って電話相手と話しており、学生三人は口出しできなかった。そして数分の後、「それでは、失礼いたします」と言って電話を切ると命はにこっと微笑んだ。

 

「もう大丈夫だよ」

 

「いやいやいやあんた何してんすか!? どんだけ身分詐称してんですか!?」

「大先輩あんた大学生でしょっ!? っつーか桐条グループって、あの桐条グループっすよね!?」

 

命の平然とした言葉に陽介と完二が叫んでツッコミを入れる。それに命がきょとんとしていると真がため息を漏らした。

 

「完二は聞いてないから無理もないけど……花村、忘れたか? 先輩がシャドウと戦うため所属していた組織には現桐条グループ総帥、桐条美鶴さんが所属してたんだぞ……月光館学園は桐条グループが母体になってるんだし」

 

「はっ!? そういやそんな事言ってたような……」

 

「高校卒業する時に先輩から秘書としてスカウトされてたしね、あながち嘘でもないよ。結局蹴って大学進学したけど……さてと、この番号を念のため先輩にリークして調べといてもらうか……言い訳考えないと、ほんとにこの後秘書にさせられちゃいそうだ……はぁ~あめんどくさ……」

 

命はかちかちと真の携帯を操作し、件の電話番号を自分の携帯に転送しておく。そしてとんでもなくめんどくさそうな息を吐いた。

 

「や、ははは……こんな事もあるよな、うん! よし、次はラスト! 俺の番だな!」

 

「さて、帰ろうか」

 

「ちょっと待って話だけでも聞いて!」

 

陽介が元気よくそう言った瞬間真はヘルメットを被ろうとし、必死で陽介はそう叫んで止める。

 

「花村先輩も、イケたんスか!?」

 

「へへっ、ったり前だろ。番号、一個ゲットしましたー!」

 

「さすがッス!」

 

「いっや、苦労したわー。すっげーイカしたお姉さんでさ。ちょっと背伸びしちったかなー。大人の色気っていうかさ」

 

陽介は自慢するようにそう言って携帯を開く。

 

「早速かけてみっか!……期待しとけよ?」

 

そう言って携帯を耳に当て、誰かが電話に出ると陽介はにかっと笑う。

 

「もしもーし? 俺っすー、分かりますー?」

 

[花村くん?]

 

「うーす、バイクデートの彼でーす! いっやー、嬉しいなぁ……あれ? でも俺の名前、なんで? 言いましたっけ?」

 

電話相手が名前を呼ぶと陽介は嬉しそうにそう言うが、その後どうやら彼は名前を名乗った覚えがないのか不思議そうな表情でそう尋ねる。

 

[なんでって、わかるわよ。同じ学校だもの]

 

「同じ学校? んなはずないっしょ、だってお姉さん……」

 

陽介はそこまで言うと顔色を青くさせる。

 

「つーか、その声……」

 

[大谷花子に決まってるじゃない。あんた、あたしの番号調べたわけ?]

 

その瞬間陽介は高速で電話を切る。

 

「ヤッベー、完っ全にヤッベー……ば、番号間違えたか? も、もっかい……」

 

陽介は青い顔でそう呟き、初夏の日差しの熱さとは別の意味で汗をだらだら流しながら携帯を耳に押し当てる。

 

「も、もしもーし? 俺っすー。分かるー?」

 

その声は若干引きつっていた。

 

[分かるって言ってるじゃない。そんなにあたしとデートしたいの?]

 

その瞬間陽介は神速で電話を切る。

 

「……なんスか今の。地面の底から響くみてーな……悪寒が走るみてーな……」

 

「忘れろ……悪い事は言わない。この番号は危ない……知らない方が身のためなんだ……」

 

完二の呟きに陽介は必死の形相で叫び、真と完二は首を傾げる。ちなみに命はさっきの電話番号の件について先輩に相談したいのか、しかし街中で堂々とするのははばかられたのか近くの喫茶店に入っていたりする。

 

「あら、アンタたち……」

 

そこにさっき電話から聞こえてきた、地面の底から響くような悪寒が走る声が聞こえてきた。そしてその声の方から小太りという言葉では言い表せられない、八十神高校の制服を着た女子生徒が歩き寄ってくる。

 

「大谷……さん!? なんでここに……」

 

「アタシ、田舎が似合わない女でしょ? 散歩してたら突然電話よ。ほんと、強引よね。バイクデートかぁ……」

 

女子生徒――大谷はそう言って陽介の原付に目を向ける。

 

「ま、アンタがそこまで言うなら、付き合ってあげるわ」

 

「ちょ、まっ!?」

 

陽介が止める真もなく大谷は彼の原付に飛び乗る。と、タイヤが思いっきり外れ、パーツが飛び、手っ取り早く言うと潰れる。

 

「う……うおおおおぉぉぉぉぉっ!!??」

 

それに陽介は絶叫し、地に伏せった。

 

「おっ、おお俺のバイクっ……」

 

「なによ、このバイク、壊れてるじゃない。アタシを誘いたいなら、もう少し頑張らなきゃね。いい女を独り占めするには、それなりの努力が必要なんだから」

 

そう言って大谷は原付から飛び降りる。その衝撃で原付が倒れ、煙を噴き出し始めた。

 

「呪いか?……何かの呪いなのか?……」

 

「げ、元気を出せ……帰り、何か奢ろう」

 

この世の終わりだとばかりに呟く陽介に真は慌てて声をかける。

 

「は……はは……ダメだ。もはや、俺には帰りの足さえねー……」

 

「先輩……あんたは精一杯戦ったぜ。俺、感動したッス!」

 

と、超絶ローテンションの陽介に完二は感動したと叫ぶ。

 

「俺のケツ、乗ってください! 家までバッチリ送りますよ!」

 

「……何かあったの?」

 

完二がそう叫んだ辺りで戻ってきた命がこの惨状を見て目を点にした。

そして帰ることになり、陽介は完二のバイクの後ろに乗る。

 

「おお……密……着……! 分かったぜ、これが密着計画の全てなんスね!」

 

「分かんな! 怖えーんだよ! つかチャリも2ケツ違法だよ! 命さんのバイク乗りゃいいじゃねーか!?」

 

その言葉に真と完二がはっとした顔を見せ、命に顔を向ける。

 

「いや、僕は花村君のバイクを桐条グループの回収業者に預けなきゃいけないから。ちゃんと修理して花村君ちに届けるよう手配するから安心して!」

 

命は相手を安心させる笑顔を浮かべながらそう言い、ビシッとサムズアップした。

 

「大先輩、花村先輩を傷つけまいと修理サービスを付けてまで気を遣ってくれるなんて……あざっす!!!」

 

「いやなんかちげーよ! 修理サービスは嬉しいけど俺を傷つけまいとするんならバイクに2ケツさせてくださいよてか俺も残りますよ!!」

 

「ごめん。僕今日バイト遅れるって店長と食品のチーフに言っておいて。たしか今日花村君シフト空いてるでしょ? まさかこんな遅くなるとは思ってなくてさ……シフト代わってくれる?」

 

「詰んだー!!!」

 

陽介に気を遣う姿に感動した完二が叫び、陽介も必死に叫ぶが命は真顔で陽介にお願い、陽介は頭を抱えて絶叫した。

 

「でも先輩、自転車の二人乗りも違法で……」

 

「いや……もういいんだ……早くこの苦行を終わらしてくれ……」

 

真の指摘に陽介は落ち込んでいますといわんばかりの暗い声で呟き、それに真と完二は顔を見合わせて一筋汗を流した。

 

「じゃ、真君。帰りは僕一緒になれないけど、安全運転を心がけることを忘れないでね」

 

「はいっ! じゃ、お先に!」

 

「先輩、しっかり掴まっててくださいっ!」

 

命の注意に真は頷き、彼の原付が走り出すと完二もその後を追いペダルをこいで走り出した。

 

沖奈市でのナンパ作戦の翌日。真はいつも通り学校へと向かっていた。

 

「おはよう、椎宮君」

 

と、後ろの方から雪子が追いつき、真に話しかける。

 

「林間学校、明日からだね。私達同じ班だけど、ご飯は何を作ろうか?」

 

「料理か、腕が鳴るな」

 

「うん。放課後に皆で買い出しに行こう。千枝と花村君にも声かけとくから」

 

真は林間学校での料理作りに腕が鳴ると言い、雪子も頷いて買い出しを提案。真が頷くと雪子は残る班員である二人にも声をかけておくと言う。

それから時間が過ぎて放課後。真達は林間学校での飯ごう炊さんで使う材料を買いにジュネスの食品売り場へとやってきていた。ちなみに命はおらず、陽介によると「命さんは仕事覚えるの早い上に何でもできるから色んな売り場に引っ張りだこ」らしい。その陽介は「用事があるから先に買い物済ませてくれ」と言ってこの場にいない。

 

「ところで、メニューは決めてるのか?」

 

「ラーメンとカレーで迷ってるんだけど……」

 

「カレーがいいな」

 

「んじゃ、カレーで決まりね」

 

真が尋ね、雪子が既に二つまで絞っていることを伝えると真はカレーがいいと言い、千枝がカレーで決定と告げる。そして彼女らは食品売り場の野菜コーナーへとやってきた。

 

「カレーって……何入ってたっけ?」

 

「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ……ピーマン、まいたけに……ふきのとう?」

 

「ふきのとう……と“ふき”って一緒?……」

 

千枝の質問に雪子が答え、千枝は頭を悩ませながら呟く。

 

「……ねー、千枝。カレーに片栗粉って使うよね?」

 

「……? そ、そりゃ、使うんじゃん?」

 

「使わないと、とろみつかないよね。じゃあ片栗粉と……小麦粉もいるかな」

 

「こ、小麦粉って、あれでしょ。薄力粉と、強力粉? どっちだろ?」

 

「強い方がいいよ。男の子いるし」

 

「どういう理屈だ? 強力粉はパンを焼いたりするのに使うもの、カレーには使わない。そもそもカレーをルーから作るならまだしも今回は使わなくても充分だ」

 

「あ、そうなの?」

 

「あ、あった!」

 

千枝と雪子の会話を聞いた真が呆れたように指摘し、千枝があははっと誤魔化し笑いをすると雪子がそう叫んで食品に手を伸ばす。

 

「トウガラシ。辛くないと、カレーじゃないよね」

 

「なら、キムチも買ってかない? あと、コショウ?」

 

「コショウは白と黒があるよ?」

 

「お、さっすが旅館の娘! とりあえず両方買おっか!」

 

「……」

 

二人の言葉に真は腕組みをし、黙り込む。気のせいか額に青筋が立ち、身体は小刻みに震えていた。

 

「そうだ……かくし味もいるよね」

 

「そういや、テレビで言ってたな……確か……チョコ……コーヒー……ヨーグルト……あたし、好きなチョコあるんだった! けどあたし、コーヒー苦手だから、コーヒー牛乳でいいよね?」

 

「あ、魚介も混ぜる? きっといいダシが出るよ」

 

「……いい加減にしろ!!!」

 

と、ついに真がキレた。それに千枝と雪子はびくっとなって真の方を見る。

 

「な、なに? 椎宮君?」

 

「ど、どうしたの、そんな怒って……」

 

「聞くからに、二人とも料理初心者だな?……何故自分に身の丈にあった買い物をしない!? カレーなんてカレールーを湯に溶かし、材料にメジャーなところで言えばさっき言っていたにんじん、じゃがいも、玉ねぎ、肉をそれぞれ切り分けて入れて煮込めば完成するだろうが!? 何故初心者が無理にかくし味やアレンジを効かそうとする!?」

 

「で、でも、それじゃ物足りないかなって……」

 

「料理の基本が出来てない奴がアレンジに走ったところで碌な事にならん! それはもはや食材への冒涜だ!!」

 

真は怒号を上げて説教し、雪子が苦笑しながら返すと真は追撃。それに千枝がむかっとしたような表情を見せた。

 

「聞き捨てならないわね! そこまで言うなら勝負しようじゃないの!!」

 

「ふ、面白い……」

 

千枝の言葉を聞いた真はさっき千枝と雪子が食材を入れた買い物かごをその場に置き、新しいかごを取りに行くために彼女らに背中を向け、歩き出す。

 

「……格の違いを教えてやろう」

 

そして思い出したように足を止めると彼女らに目を向けて不敵な笑みを浮かべながらそう言い、それに千枝と雪子はゴゴゴゴゴと背中から燃えるようなオーラを放っていた。

 

 

 

 

 

 

「え、えーっと……どうしたわけ?」

 

「「「別に」」」

 

買い物を終えたらしい紙袋を持った陽介が恐る恐る尋ねる。三人は真、千枝と雪子で別れて距離を取っており、さらに男子と女子で顔を合わせようともしていない。完璧に喧嘩していますというオーラを発していた。

 

「花村……明日、負けるわけにはいかない勝負が始まる。お前も覚悟を決めておけ」

 

「は、はぁ!?」

 

「ふん、そんな口叩けるのも今の内よ! 女子の底力見せてやるんだから!!」

「……この勝負、勝つ!」

 

真の言葉に陽介が呆けた声を上げると千枝が真をびしっと指さしながらそう言い、雪子も静かに闘志を燃やす。

 

「ど、どうなってんだぁっ!!??」

 

全く事態を呑み込めない陽介はとにかくそう叫ぶしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

千枝、雪子と林間学校でのカレー勝負が行われることになり、真は袋に食材やらなにやらを詰めて家へと帰る。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

真が帰ってきたのを聞きつけ、菜々子がたったったっと走ってきて「おかえり」と返した。それから菜々子は真がたくさんの袋を持っているのを見て首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

「ジュネスで買い物をな」

 

「ジュネス! いーなー!」

 

「林間学校でカレーを作るから、その材料とか色々買ってきた」

 

「カレー……いいなぁ! 菜々子カレー大好き!」

 

真からカレーを作ると聞いた菜々子は嬉しそうに笑う、と真はふっと笑う。

 

「よし。じゃあ今夜はカレーにしようか。菜々子、明日作るカレーの試食を頼む」

 

「うん!」

 

「明日は帰ってこられないから、明日の分も多めに作っておくよ」

 

「ありがとー!」

 

菜々子は夕飯の献立がカレーになったことに嬉しそうに言い、真は制服から私服に着替えてエプロンを着けると夕飯にカレーを作り始める。にんじんやじゃがいも、牛肉を菜々子の一口大くらいに切っていき、玉ねぎをみじん切りにして飴色になるまで炒め、ルーにコクを与える。ついでに隠し味として摩り下ろしたリンゴと蜂蜜を入れ、甘味をつけた。

 

「ん? いい匂いだな。カレーか?」

 

と、帰ってきた遼太郎が匂いを嗅ぎ、調理場を覗き込んだ。

 

「お父さん! お兄ちゃんがね、カレー作ってくれてるの!」

 

「明日は林間学校で帰れないので、すいませんが明日もこれ食べてください」

 

「ああ。カレーは一日寝かせてからが美味いからな。楽しみだ」

 

菜々子が嬉しそうに遼太郎に報告すると真はすまなそうに笑いながらカレーをかき混ぜ、彼の言葉に遼太郎は楽しみだと頷く。そして晩御飯が出来、三人で食卓を囲み、夕食が始まる。

 

「あまーい! 美味しー!!」

 

「ふむ、コクがあるな……美味いぞ」

 

「どうも。明日作ってみようと思ってる一つなんですよ」

 

「ほう……」

 

菜々子が嬉しそうに言うと遼太郎も美味そうにカレーを食べ、真は嬉しそうに微笑んでそう言い、遼太郎はほうと唸る。

 

「ん? 一つ?……」

 

しかしその後の彼の言葉についそう漏らす。そして晩御飯も終えて食器洗い等を終えると真は明日が早いためすぐ就寝の準備を始めた。




さて、結局林間学校は次回に持ち越しになりました。そして真が千枝&雪子とブロークン(仮)です。どうするかはもう決定しているのでお楽しみに。
今回のメインはP4G新規イベントである沖奈市でのナンパ。命、後輩を宗教勧誘から逃がしたりヤバそうな電話を潰したり陽介の壊れたバイクを修理業者に出したりと別の方向で大活躍です。
さ、林間学校頑張らねば。また次回、感想はいつでも楽しみに待ってますので。それでは。

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