ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第十九話 The life in May

5月20日。完二を救出した翌日、授業も終わった後真は少し伸びをしながら商店街を歩いていた。そして書店で本を買った後バス停近くに行くとふと足を止め、携帯電話を取り出した。

 

「今日は学童保育のアルバイトが出来る日だったか……行くか」

 

真はそう呟き、ちょうど来た高台行きのバスに乗って学童保育へと向かった。

それから学童保育の制服に着替えて学童保育のアルバイトをしている時だった。

 

「ままごとなんか、やってらんねーよ! かくれんぼやろうぜ、お前がオニ!」

 

元気な少年――勇太はそう言って走り出し、真はやれやれと息を吐く。子供に振り回されつつ世話をしていた。

 

 

 

「椎宮君! ほとんどお迎えも済んだから、今日は帰っていいよ~」

 

「そうですか。じゃあお先に失礼します」

 

「ええ。じゃ、またよろしくね」

 

「はい。お疲れ様でした」

 

それから夕方になり、学童の先生がそう言うと真もこくんと頷きアルバイトの代金を貰うと学童の制服から学校の制服に着替え、手荷物を持って帰っていく。その途中、鮫川土手に差し掛かった時だった。

 

(……ん?」

 

真はふと足を止める。土手にある休憩所、そこに見覚えのある女性が座っている。

 

(たしか、勇太の母親だったか?……)

 

そう記憶の中から探り出し、真はそっちに足を進める。

 

「こんにちは」

 

「あら?……この間の、学童の方でしたっけ?」

 

真が声をかけると勇太の母親は少し首を傾げながらそう呟き、時計に目をやる。

 

「やだ、こんな時間? 私、ずっと座ってたのね……」

 

「具合でも悪いんでしょうか?」

 

「……あ、いいえ、別に」

 

時間を忘れてた事に真は相手が具合でも悪いのかと思ったのか心配そうに尋ね、勇太の母親は首を横に振った後ふふっと笑う。

 

「先生って、高校生よね? なんだか大人びてるのね……」

 

「褒め言葉として受け取っておきますね」

 

勇太の母親の言葉に真は肩をすくめて返し、彼女はうつむいた。

 

「向かってたのよ、ちゃんと……迎えに行こうと思って……でもなんだか、疲れちゃって……足が止まっちゃった……いつも、あの子のこと考えると……」

 

勇太の母親はそう言ってため息をつく。

 

「……先生も聞いた? 勇太と私、血が繋がってないって……」

 

「……ええ。勇太君の父親の連れ子だと」

 

「そう。半年前から、一緒に住んでて……まだ半年というか、もう半年というか……全然、会話なんてないままよ。今は夫がいないから……ふふ……暗い家で、ずっと二人」

 

勇太の母親はどこか暗い表情でそう呟く。

 

「……俺からは何とも言えませんが、ゆっくり頑張るしかないと思いますよ」

 

「あ……ごめんなさい。急にこんなこと……」

 

「いえ」

 

「……でも、嬉しい。聞いてくれて、話してくれて……ふふ、こんなキャッチボールさえ、普段なかなか無いから」

 

そう言う勇太の母親は弱々しく笑っており、その笑みに真も優しい笑みを返す。真は彼女との間にほのかな絆の芽生えを感じた。

 

 

 

     我は汝……、汝は我……

 

   汝、新たなる絆を見出したり……

 

 

   絆は即ち、まことを知る一歩なり

 

 

  汝、“節制”のペルソナを生み出せし時

 

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

 

頭の中に響いてくる声。それに真はまた僅かに笑みを浮かべた。すると勇太の母親は笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「私、南絵里です。あの子ともども、よろしくね」

 

「椎宮真です。こちらこそよろしく」

 

勇太の母親――絵里が名乗るのに合わせて真も自身の名を名乗る。と絵里は慌てたように立ち上がった。

 

「って、そうだ。迎えに行くんだった。それじゃ、どうも……」

 

絵里はそう言うと学童保育の方に歩いて行き、真もそれを見送ってから家の方に歩いて行った。そして家に帰った後菜々子と少し話をしてから、彼は今日は眠りについた。

 

それから次の日、学校が終わった後真は商店街へとやってくる。

 

(とりあえず、四六商店で薬とかの買い出しでも……)

 

「あ、来た」

 

真が商店街で行うべきことを考えながら歩いていると突然そんな女の子の声が聞こえ、彼はつい足を止めてしまう。

 

「マリー」

 

「あのね、今日は行きたいトコある。連れてって」

 

足を止め、少女――マリーの名を呼ぶ真にマリーはそう言って真の手を掴む。

 

「え? いや、俺ちょっと買い物――」

「……つまんない。ばかきらいさいていけちんぼ」

 

買い出しをしたいから断ろうとするがその瞬間マリーは頬を膨らませながら悪態をまくしたて、ジト目に上目遣いで真を見る。

 

「……少しでよければ付き合うよ」

 

それを見た真はマリーから目を逸らして諦めたようにそう漏らす。

 

「うん、行こ!」

 

それを聞いた瞬間マリーは嬉しそうに頬をほころばせ、真から手を離したと思うと今度は彼の右腕に自分の腕を巻き付かせる。

 

「早く行きたい、早く。ね、連れてってよ」

 

「つ、連れてってってマリーお前、引っ張るな……」

 

マリーは連れてってと言いながら真を引っ張っていき、マリーも腕を引っ張られて歩きづらそうにしながらマリーに引っ張られていった。それからやってくるのは以前二人でやってきた後陽介も合流した惣菜大学。

 

「やっぱり硬いし噛めないし途中で冷める。すごく美味しい」

 

マリーは仏頂面に見えながらも僅かに笑顔を覗かせる表情でビフテキ串を食べ、真もそれを見ながらビフテキ串に噛り付いた。そして食事を終えたらマリーをベルベットルームに送ろうと思ったもののマリーはそれから今度はジュネスに行きたいと言い出して結局夕暮れまで付き合わされてしまい、ようやくマリーをベルベットルームに送った頃には疲労困憊、薬を買う気力もなくして真は家に帰っていった。

 

そしてまた翌日5月22日。ゆっくり眠って疲れも取れた真は部屋を出て一階に降りる。と台所の椅子に菜々子が座っているのを見つけた。

 

「どうした、菜々子?」

 

「おはよう」

 

「っと、おはよう」

 

声をかけてきたまことに菜々子はまず挨拶をし、真もうっかりしてたというように挨拶を返す。菜々子はテーブルに置かれているなえを見ながら困った様子を見せていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「えっとね、学校で、やさいそだててるんだ。おうちでそだててみなさいって、先生が“なえ”くれた。お父さんにきいたら、好きなとこにうえていいって……どこにうえればいいかな?」

 

「うーん……」

 

菜々子の言葉に真は考えるように腕を組む。

 

「あ、そうだ。たしか家の隣に空き地があったけど……あれもここの土地なのかな?」

 

「家の、となり? うん、使ってないけどうちのお庭だよ。あそこになえ、うえるの?」

 

「やってみよう」

 

真はそこまで言うと菜々子を連れて家を出て家の脇にある空き地へと顔を出す。

 

「ここに“なえ”うえるの?」

 

「んーっと……」

 

菜々子の質問に真は庭に放置されている材料を見ていく。

 

「ああ。これなら簡単な菜園くらいなら作れる……ちょっと待っててくれ」

 

真は腕まくりをして笑いながらそう言い、ブロックで縁を作りそこに土を入れ、簡単な菜園を作っていく。

 

「すごーい! もう“なえ”うえていい?」

 

「ああ」

 

菜々子は感激したように声を上げ、真も頷くと二人は菜々子が学校からもらってきたトマトの苗を植える。

 

「野菜、出来るかな?」

 

「きっと出来る」

 

「ほんと!? 楽しみだね!」

 

菜々子はえへへっと嬉しそうに笑った後ピンッと何か思いついたように真に目を向ける。

 

「ねえ、かんばん、作りたい!」

 

「看板?」

 

「やさいの“なえ”、実がなるまでみんなにわからないから。ここにやさいできるよって、ちゃんと書いとかなきゃ」

 

「なるほど……幸い木材はあるし、任せろ」

 

「うん! ありがとう!」

 

真は自信満々にそう言い、菜々子はお礼を言うと家の中から絵の具を持ってくる。真はその間に木材を組み立てて看板を作り、菜々子が持ってきた絵の具で“やさい畑”という文字を書き、菜々子はその下にトマトの絵を描いた。

 

「できたー! 菜々子、お水あげるかかりね!」

 

「手伝うよ」

 

「うん! いっしょにがんばったもん、おせわも、いっしょにしようね!」

 

菜々子は嬉しそうに笑いながらそう言い、その笑顔を見た真もつい笑う。

 

「やさい、いっぱい取れたら、おうちがジュネスみたいになっちゃうかな?」

 

「その時は花村に買い取ってもらうか。産地直送と銘打ってな」

 

「えへへ……楽しみだね!」

 

菜々子の純粋な笑顔での言葉に真も冗談を交えて返し、菜々子はまた楽しそうに笑う。その笑顔を見た真もつい笑顔になってしまっていた。

 

それからまた数日が経ち、25日。真は学校に行っている途中でふと話し声に耳を傾けた。

 

「商店街の北側にある掲示板に、新しいバイトの募集が貼られてたよ! 家庭教師の日給が凄く良かったなぁ……」

 

「あんた、その知識で家庭教師って、ムリじゃない?」

 

「なにそれ! でも残念でしたー」

 

女子生徒Aの言葉にその友達らしい女子生徒Bが辛辣なツッコミを入れ、それに女子生徒Aは残念でしたと返す。

 

「家庭教師のバイトには、その相手に優しく教えてあげられる寛容さが大事なの!」

 

「……いや、結局足りてないんじゃん?」

 

「そんなことないって! あ、でもスナック紫路宮で皿洗いのバイトでもいいかなー。あっちも寛容な人大歓迎って感じだったし……」

 

女子生徒二人はそう話しており、真は再び歩き出した。

 

それから時間が過ぎて放課後。真は席を立つと丁度陽介が話しかけてきた。

 

「なーなー椎宮、今日暇だしテレビ行かね?」

 

「あぁ……俺ちょっと調べたいことがあるから。悪い」

 

陽介の突然の誘いに真は乗ろうとするが直後、今朝の事を思い出しちょっと調べたいことがあると答える。と陽介は残念そうに笑った。

 

「あ、そう? んじゃ今日は運動部無いみてえだし、俺一条達と遊ぶから。途中合流大歓迎!」

 

「覚えとくよ。じゃな」

 

「おう!」

 

陽介は残念そうに笑った後元気な微笑みを浮かべながらそう言い、真も頷いて教室を出ていこうと歩き出しながら挨拶すると陽介もおうっと返す。それから真は商店街のバイトを貼り出している掲示板へとやってくる。

 

「あ、君もアルバイト見に来たの?」

 

「ああ。なんでも寛容さが必要な家庭教師のバイトがあると聞いてな」

 

「あぁ、あるよ。日給すごいの。でも寛容さが必要な家庭教師って、どんな子教えるんだろ? 自信ないなー」

 

真と同じくアルバイトを見に来ていたのだろうそんな女子生徒に真はそう返して掲示板を見る。そこにはたしかになかなか良い日給と思われる家庭教師のバイトと、スナック紫路宮の皿洗いのバイトが貼り出されていた。

 

(夜か……まあおじさんもバイトなら分かってくれるか)

 

真はそう思いながら家庭教師と皿洗いに応募しようと連絡先を携帯のカメラで撮影する。

 

「う~ん、私はもうちょい考えてみよ。じゃね」

 

「ああ」

 

女子生徒はそう言って掲示板の前から歩き去っていき、真はきちんと連絡先が撮れているかを確認する。

 

「よし。んじゃ花村達に連絡でも……」

 

「あれ、あんた」

 

そのまま陽介達に合流でもしようかと思ったところでそんな声が聞こえ、真は僅かにびくりとなって声の方を見る。

 

「海老原……」

 

「こんなとこで何やってんの?」

 

そこにいたのは彼が所属しているバスケ部の一応マネージャーこと海老原。彼女は真の姿を見て首を傾げるが、直後まあいいやと自己完結した様子で再び話しかけた。

 

「ね、これから遊びに行かない?」

 

「え? 俺花村と――」

「女の子から誘ってんだから快く受けなさいっての! はい来る!」

「――遊びにぐえ」

 

海老原の誘いに真は先約があるからと断ろうとしたが彼女はそんな事気にも止めずに真を引っ張っていった。それから二人は沖奈市へとやってくる。真はあまり乗り気じゃなかったが海老原の強いリクエストとそれに真が押し負けたせいだ。

 

「んー……今日は特に、欲しいのないんだよね。何しよっか?」

 

「……本音を言えば帰りたいが、わざわざ来といて切符代も勿体ないか。たまには俺もこういうとこで買い物するか」

 

「え? あんたの買い物に付き合うの?……ま、いっか。たまにはそういうの、面白いかも」

 

海老原の無計画な言葉に真は本音を漏らすが直後切符代が勿体ないと思い直し、買い物を提案。海老原はそれに嫌そうな顔をするが直後乗り気な様子でベンチから立ち上がった。

 

「何かさー、ちょっと不思議だよねー」

 

「何がだ?」

 

と、いきなり海老原はそんな事を言い、真が首を傾げると彼女は真の顔を見た。

 

「あたしがマネージャーにならなかったら、アンタとこうしてないわけじゃん。アンタから見たら、幸運が転がり込んできたって感じじゃん」

 

「そうでもない」

 

海老原の言葉を真はずばっと本音で叩き切り、それを聞いた海老原はあははっと笑った。

 

「サボらされたりね? 悪い子になっちゃったねー」

 

そういう海老原は悪戯っぽく笑っており、真は呆れたようにため息をつく。

 

「あたしをアンタの部に入れたのは顧問だけどね。“指導の一環として、部活動を行い他者との協調性を堂の……”とか言ってさ。まー、あたしには、スポーツとかマジでやる人の気がしれないけど……たまにはアンタの応援でもしたげるよ」

 

「光栄ですよーっと」

 

海老原の何故か偉そうな言葉に真は棒読み気味で返す。その時同じ学校らしい男子生徒が走り寄ってきた。

 

「あ、ああああの、海老原さん! ここで会えて、う、運命感じて! あの、えと……」

 

男子生徒は興奮なのだろうか顔を赤くしながらそう口走る。

 

「俺……俺と! つ、付き合ってくださいっ!!」

 

そして正面から告白。真はその勇気にほうと心の中で賞賛の声を漏らす。

 

「無理」

 

「「!」」

 

しかし海老原はばっさりと断り、それについ真も海老原の方を見てしまう。

 

「鏡見てから来てよ」

 

「おい」

 

続けての彼女の言葉に真がつい声を出すが男子生徒はもう走り去っており、真は心なしかきつい視線を彼女に向ける。

 

「もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないか?」

 

「だって付き合う気ないし。期待持たせる方が可哀想でしょ?」

 

「……」

 

真の言葉に海老原は悪びれる様子もなく肩をすくめており、それに彼も沈黙する。

 

「あー、何か最後に疲れた。そろそろ帰ろっか」

 

「結局何しに来たんだよ……」

 

海老原は最後まで真を振り回し、稲羽まで帰るとそこで解散。真は家に帰っていった。

 

それからまた翌日の昼休み。昼食を食べた真は腹ごなしの散歩で一階までやってくる。

 

「ああ、あんたか」

 

「海老原……」

 

そこに丁度散歩でもしていたのか海老原と鉢合わせ。

 

「ねえ、今日ヒマでしょ? 付き合ってよ」

 

「昨日の今日か……ま、いいぜ」

 

「ん。じゃあ後でね」

 

海老原はそう言うと階段を上がっていき、真も適当に一階をぶらついてから教室に戻っていく。

そして午後の世界史の授業でピラミッドの建造における通説を聞いたり色々している間にあっという間に放課後になり、真は玄関に向かう。

 

「あ、ちょっと待ってて」

 

しかし海老原はそう言うと校内に戻っていき、真は待ちぼうけをくらってしまう。とそこに一組メンバーが通りがかった。そして一条が真を見つけ、話しかけてくる。

 

「椎宮じゃん、何やってんの。ウチのクラス、特別授業とかって講堂集められてさ……」

 

「なんか知らんがご愁傷様」

 

一条は参った参ったというように笑いながらそう言い、真もふっと笑う。と別のクラスの男子生徒達が歩き寄ってきた。

 

「あ、そういや二人ってバスケ部?」

 

「……ってことは、海老原あいがマネージャー!?」

 

その言葉に、どこかスカした雰囲気の男子生徒が驚きの声を上げた。

 

「うおっ、マジかよ~超うらやましい!」

 

「……そうか?」

「ああ。全然、来ないけどな」

 

熱狂する二人の男子生徒に真は首を傾げ、一条も苦笑する。

 

「アレじゃん? 放課後は男漁りに忙しいんだろ」

 

「超遊んでるってなー。何か、パパとかいるんだって?」

 

スカした雰囲気の男子生徒に続けてニヤついた男子生徒がそう言う。

 

「金回り、良さそうだもんな~」

 

「……いくら、もらえんのかな?」

 

「ちょ、おまっ、生々しいって~!」

 

「けど、相場知りてーよなー。こんな田舎町だと、やっぱ安いじゃん」

 

「やーでも、現役の女子高生よ? しかも、あの顔、あの身体よ?」

 

「そーそー、あの腰が……」

 

三人の男子生徒の話は止まらず、一条も嫌そうな顔を見せる。

 

「……その辺にしといたらどうだ?」

 

「そうだぜ。やーめろって、あることないこと言われちゃ、可哀想だろー?」

 

真の重々しい雰囲気を見せる言葉に続いて一条も軽い口調ながら正論を言い、それに三人は気まずそうな様子を見せる。

 

「そ、そうだよな。あっ、やっべー、部活遅れる!」

 

男子生徒三人組はそう言って足早に立ち去っていき、一条は申し訳なさそうに苦笑した。

 

「ごめんな、椎宮。お前と海老原さんって、結構仲いいんだろ?」

 

「そう見えるんなら一度眼科に行くことをおススメする。基本拉致られてるだけだ」

 

「あ、そうなん?……まあとりあえずさ、あいつら根は悪い奴らじゃないから……許したってよ」

 

一条の言葉に真がため息交じりに答えると彼はまた苦笑した後彼らを許してやってくれと言い、それに真も笑みを見せる。

 

「本気で怒っちゃいないさ」

 

「そか。じゃ、またなー」

 

真の言葉に一条は安心したように微笑んで返すと階段を上がっていく。それを見送って真は一安心というように息を吐いた。

 

「……」

 

「!?」

 

と、そこに下駄箱の影にでも隠れていたのか海老原が顔を出し、真は驚いたように目を見開く。

 

「……じゃ、行こうか」

 

しかし直後、さっきまであったことを隠すようにそう言った。

 

「なんで、何もないフリするの?」

 

「……」

 

彼の言葉を聞いた海老原はそう言い、真も沈黙する。

 

[別に……気にしてない、あんなの……いつものことだし。あたしのこと何も知らない人に、何言われたって……平気なんだから……」

 

海老原はどこか落ち込んだ様子でそう漏らす、と真は彼女の頬が赤くなっているのに気づいた。

 

「けど……ありがと」

 

「……どういたしまして」

 

彼女の口から出てきたお礼の言葉に、真もとりあえずそう返しておいた。

 

「……帰る。送ってよ」

 

「ああ」

 

気にしていないと言いつつも海老原はどこか落ち込んだ様子を見せており、一人で帰らせるのもどうかと思ったのか真は海老原のいつもの我儘な物言いに素直に従い、海老原を彼女の家まで送ってから家に帰っていった。

 

「ただいま」

 

「おう、お帰り」

 

「ああ、おじさん」

 

夜、真が家に帰ってくると遼太郎がお帰りを言い、真もその顔を見ると頬をほころばせる。が、直後夜のバイトの事を思い出した。

 

「おじさん、ちょっとお話が」

 

「ん……どうした?」

 

「いえ、夜にアルバイトをすることになりまして。事後承諾ながら報告に」

 

「なに? 夜にアルバイトするだと?……あのなぁ……俺はお前の保護者だぞ。そんな事許すと思ってんのか?」

 

「事後承諾は申し訳ありませんが、正直に言えば許してくれると思いました」

 

遼太郎は真が夜にアルバイトをすると聞いてびっくりしたように声を漏らした後そう続け、それに真はすまなそうながらどこか自信に満ちた表情でそう言う。

 

「ずいぶんと余裕だな。まあ悪さする気がないから、そう言えるのかもしれんが……」

 

遼太郎はどこか呆れた様子でそう呟き、少し考えるとため息をつく。

 

「ったく……分かったよ、許可してやる。隠れてコソコソされるよりはマシだ。お前を信じてやるさ」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、田舎と言っても夜は誘惑も多いんだ。危ない真似だけはするなよ。約束だぞ、分かったな?」

 

「もちろん」

 

夜のバイトに許可が出たこと――実質夜の外出許可が出たにも等しい――に真はこくんと頷いた。と、今度は遼太郎の方が話しかけてきた。

 

「そういえば、この前畑を作ったそうじゃないか。見てきたがなかなかのものだったぞ」

 

「ありがとうございます……なんなら今日手入れでもしようかと思っていたんですが」

 

「お、それなら今日は俺も手伝おう」

 

「菜々子も、おやさいみにいくー!」

 

そう言って三人は手入れ道具を手に家を出ていき、隣の菜園へとやってくる。そして真のてきぱきとした手入れを見ると遼太郎はほうと声を漏らした。

 

「順調そうだな。大したもんだ」

 

彼はそう呟くと菜園を見回す。

 

「まさかあのほったらかしてた土地が、こんな立派な畑になるとはな」

 

「うん! お兄ちゃんと菜々子でがんばった!……でもここ、はじめからいろいろ置いてあったよ?」

 

遼太郎の言葉に菜々子は嬉しそうな笑顔で言った後首を傾げ、それに遼太郎は二、三度頷く。

 

「ん? ああ……まあ、古い道具だがな」

 

「……ふーん?」

 

彼の言葉に菜々子は曖昧に首を傾げる。そんな感じで夜中は過ぎていく。

 

それから翌日27日。真は放課後学童保育のアルバイトにやってきていた。

 

「せんせー、俺とうでずぼうやろーぜ!」

 

そう言って勇太が腕をぶんぶんと振り回す。

 

「俺、負けたことないんだ! てかげん、きんしだからな!」

 

「……面白い。まあ怪我をさせても厄介だ……腕を折らない程度には加減しよう」

 

「うげ……」

 

元気な勇太に対し真は不敵な笑みで拳をぽきぽきと鳴らし、その様子に勇太は若干引いていた。まあそんな感じで時間が過ぎていき、学童の子供達が次々帰っていく中真は勇太と話をしていた。

 

「あ……この間の……椎宮君……だったよね?」

 

「あぁ、どうも」

 

そこに勇太を迎えに来たらしい絵里が話しかけ、真はぺこりと会釈。絵里は勇太に微笑みかけた。

 

「ユー君、先生と仲いいの?」

 

「……べつに! むかえ、こなくていいってば!!」

 

彼女の言葉に勇太はそう言って走っていく。

 

「ユー君……もう……」

 

絵里は困ったようにそう呟き、真に目を向ける。

 

「先生は、子供好き?」

 

「ええ、まあ」

 

「君がお父さんになったら、子育て手伝うんだろうね……ドラマに出てくる父親みたいな?……うらやましい」

 

「そんな予定はありませんが」

 

真の返答に絵里は悲しそうに呟き、真はとりあえず飄々とした様子で誤魔化しておく。

 

「ハァ……もう、疲れる……あの子の事、嫌いじゃないけど……」

 

「苦手?」

 

「……そんなふうに、一言で言えないわ」

 

絵里のため息交じりの言葉に真が若干首を傾げて聞き返すと彼女は首を横に振る。

 

「そうですか」

 

「ふふっ、先生もやっぱり子供ね……」

 

そう言う絵里はやはり悲しそうに笑っていた。

 

「他のお母さんと会っちゃうからここに来るの、嫌だったけど……ふふ」

 

絵里は力が抜けたように微笑み、真は目を閉じて若干考える様子を見せる。

 

「あら……勇太君のお母さんじゃない? 勇太君、一人にして良いの?」

 

「子供放っておしゃべりに夢中って、母親として、どうかと思うわよ~。いくら新しい先生が若いからって、ねぇ?」

 

「……あ、はい……すみません。それじゃあ……失礼します」

 

絵里は別の学童の母親二人にそう言われると気まずい様子で歩き去っていき、真は今度はその二人の応対を始める。

 

時間も過ぎて夜中になり、真は家に帰っていく。

 

「ただいま」

 

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」

 

真が帰ってくると菜々子が出迎える。どうやら遼太郎は帰ってきていないらしい。

 

「ねえ、お兄ちゃん……どうして人はいなくなっちゃうの?」

 

「……」

 

菜々子の質問に真は少し困ったように沈黙。

 

「分かった。じゃあ居間の方で話そうか」

 

「うん」

 

続けての言葉に菜々子は素直に頷いた。そして居間のちゃぶ台に向かい合って座り、真は人の一生について自分に出来る限り、菜々子に分かりやすく話してみる。

 

「そっか……むずかしいね……でも、分かった! ありがと、お兄ちゃん」

 

「どうしたしまして……それで、他に分からないことは?」

 

「んっと、えーっと……あっ、ある!」

 

菜々子は嬉しそうに頷き、真がそのお礼に返した後疑問はないかと聞き、菜々子は少し考えた後大きな声であると言った。

 

「死んじゃったら……人はどうなるの?」

 

「……天国、ってところに行くんだよ」

 

「やっぱり、そうなんだ。お母さんも、天国に行ったんだよ」

 

質問に対する真の返答に菜々子は嬉しそうに笑う。

 

「あとね、さっき、ニュースでやってた。“ゆうびんきょくに、ごうとう”って……どうして、わるいひとは、わるいことするの?」

 

「……分からない」

 

菜々子の次の質問には真は顔を伏せて首を横に振り、そう返すのが精一杯だった。彼にも自分なりの正義感というものがあり、今自分が連続殺人事件の犯人を追っているのもクマからの依頼以上にそんな事が許せないという正義感ゆえ。しかしそれを他人に押し付けるという事はしたくなかった。

 

「そっか……お兄ちゃんは、わるいひとじゃないもんね」

 

そう言う菜々子は真がわるいひとじゃないから、とどこか安心したように微笑んでいた。しかしその顔はまたすぐに浮かないものになる。

 

「でも、わるいひとがいないとお父さん、もっと帰ってくるよね……去年はジケン、あんまりなくて、お父さん、おうちにいたよ……ほいくえんも、むかえにきてくれたし……」

 

菜々子はそこまで言うと少し黙る。

 

「お父さんは菜々子より、わるいひとの方が大事なの?」

 

「それは違う。おじさん……お父さんは菜々子を守るためにわるいひとに立ち向かってるんだ」

 

「……よくわかんないよ」

 

彼女の絞り出すような言葉に真はほぼ反射的にそう言い、しかし菜々子はよく分からないと首を振る。彼女は寂しさにじっと耐えている様子を見せていた。

 

「……お兄ちゃん、もう少し、お話しして」

 

「よし。じゃあこの前学校で花村がだな……」

 

寂しそうな菜々子に真は学校で起きたことやら何やらを話していき、夜が更けていくと菜々子を寝かせてから自分の部屋に戻っていった。

 

それから数日過ぎて29日、朝。真は特に予定もなく何をしようかと考えていた。その時突然携帯が鳴る。

 

[あ、もしもし。一条だけど]

 

「一条、どうしたんだ?」

 

[今日ヒマ? だったらどっか行こうぜ。長瀬も一緒。どう?]

 

「ああ、いいぜ」

 

[おっけ! んじゃまた後でな!]

 

電話の相手は一条で遊ばないかという誘い。それに真は二つ返事で乗り、一条はそう言うと電話を切る。そして真は電話を一度テーブルの上に置くと準備をし始めた。

それから三人は合流すると商店街を適当にぶらつき、この街の本屋である四目内堂書店の前に来ると長瀬が思い出したように買うものがあると言って店内に入っていき、二人は店の外で待つ。そして数分程度で長瀬は店から出てきた。

 

「長瀬、何買ったんだ?」

 

「マンガ。昔家にあって、懐かしいというか急に読みたくなったというか……」

 

長瀬はそう言って袋から彼曰くマンガを取り出す。

 

「って、あ?」

 

彼が取り出したのはどう間違えてもせめて女向けの表紙。

 

「……間違えた。“剛腕英雄ピッチャーマン”のつもりが“魔女探偵ラブリーン”」

 

「アホか」

「どう間違えたらそうなる」

 

長瀬のボケに一条と椎宮二人がかりでツッコミを入れた。

 

「椎宮にやる」

 

「……もらっとく」

 

「え、そういうの読んじゃうの? ハイエンドだなー、お前」

 

「お婆ちゃんは言っていた。人からもらえるものは借金以外は貰っておけ、と」

 

長瀬が差し出してきた本をとりあえず貰う真に一条がツッコミを入れると真はどこか今考えました的口調でそう返した。

 

「っかしーなー……絵が似てると思ったんだけど……」

 

「いやいやいや。それでもこの間違いはどうかと……」

 

髪をかきむしりそう呟く長瀬に一条はまたもやツッコミを入れる。

 

「あれ? 椎宮君に、一条君、長瀬君?」

 

「よお、里中」

 

そこに偶然通りがかったのだろう少女千枝、真が右手を上げて返すと千枝は首を傾げた。

 

「不思議な組み合わせ……でもないか。椎宮君と一条君部活いっしょなんだっけ」

 

「あっ、さ、里中さん……」

 

そんな千枝の様子に途端に一条が焦った様子を見せた。

 

「えと……何やってるの?」

 

「……修行?」

 

「しゅぎょ……」

 

一条の問いかけに少し考えて返す千枝に彼は絶句したように漏らす。

 

「さすが、漢だな、里中」

 

「ちがうっつの!」

 

直後少々ずれた返答を見せる長瀬に千枝は怒ったようにツッコミを叩き込む。それからなんのかんので千枝が合流、一条が少々挙動不審になった以外はなんの問題もなく彼らは休日を過ごしていった。

 

それから5月31日。真は部活に行こうと廊下に出る。がいつもの場所に一条がおらず、代わりに長瀬が話しかけてきた。

 

「椎宮、一条がいないが……今日部活だよな?」

 

「ああ……まあ部活が始まれば出てくるだろ」

 

「ハハッ、頑張れよ」

 

真の言葉に長瀬は笑ってそう言い、真は体育館に行って部活を始める。しかし一条は見つからず、真は急用でもあるのかと考えた。

 

「あー、つっかれた……もう帰ろうぜー!」

 

部員達はそう言って帰っていき、真も着替えると下駄箱にやってくる。と一条の下駄箱に靴がある事を見つけ、彼は一条がまだ校内にいることを確信。振り返ると校内に向けて歩き出した。

それから彼がやってきたのは屋上。そこで一条は大の字になって寝転がっていた。

 

「部活、終わった?」

 

「サボるとはいい度胸だな……何かあったのか?」

 

一条の問いかけるような呟きに真は冗談交じりの口調で言った後真剣な顔で本題を切り出す。

 

「なにもない……」

 

「……」

 

「や、ウソ、ある……けど大したことじゃねえよ」

 

一条はそこまで言うと起き上がる。

 

「バスケ、好きか分かんなくなった」

 

「あんなに熱心にやってるのにか?」

 

彼の吐き出すような言葉に真は意外そうなというか驚いたような声を漏らす。

 

「好きにしろって、言われたんだ。バスケやるの、あんだけ反対してた家の人が……急にバスケでもなんでも、好きにしろって」

 

「よかったことじゃないのか?」

 

「かもな……んで、朝一人で練習してたんだけど……何も思わないんだよ」

 

一条は呟き、うつむく。

 

「楽しいとか、悔しいとか……何も思わなかった」

 

彼はそう言って、今度は空を見上げる。

 

「放課後、ずっとここいたんだ。したら色んな部活の音が聞こえてきて……なんでみんな、あんなに楽しそうなんだろうなーとか思ってた。みんな、急に遠く感じて……」

 

彼は空を見上げながら、呆けた様子で呟く。

 

「あ、鳥……鳥はいーな。あんな高いとこ飛べて」

 

「飛ぶか?」

 

「死ぬわ……俺、何か……海の底にいるみたい」

 

「……」

 

一条は空を飛ぶ鳥を見ながらそう呟き、真がそう聞くと彼は条件反射的にツッコミを入れた後、やはり浮かない表情で呟く。真もちょっと場を和ませようとした冗談が通じなかったことに沈黙した。

 

「まあ、ゆっくり休め」

 

「ああ……そうだな。別に、何か結論が必要なわけじゃないし。たまにはこうしてサボんのも、いいしな」

 

真のアドバイスに一条はふっと笑いながらそう言う。と真も笑みを見せた。

 

「一日休めば取り返すのに三日かかる。っていうがな」

 

「マジで?」

 

「ピアノでは」

 

「ピアノかよ!?」

 

真剣な顔からの冗談に一条はやはりツッコミを入れ、笑う。

 

「次の部活は、ちゃんと行くよ……それより、探しに来てくれたんだよな? ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

一条の嬉しそうな微笑みでの言葉に真はお礼の言葉を返し、一条は再び空を見上げ始めた。

 

「俺、もうちょっとだけここにいる……今夜、親戚が来ることになっててさ。心の準備、上手く出来てないんだ。仮面かぶんの、結構上手いんだけど、たまにシンドいんだよね」

 

一条はその言葉通りシンドそうな表情を見せており、それを見た真は立ち上がる。

 

「じゃあ、俺は帰るよ」

 

「サンキュ……また今度な」

 

一人にした方がいい。そう判断した真に一条は一言お礼を言い、真は未だ空を見上げる一条を一瞥した後屋上を出ていった。




さて久しぶりに今回は完全日常回。海老原の出番がかなり多くなりましたが、実は真って結構押しに弱いタイプなので押しが強そうな海老原って真の押しに弱い部分を表に出すのに結構使いやすいんですよ。マリーもそういうタイプですし、もうしばらくしたらその手のタイプがもう一人増えますからねふふふふふ。
さて次回はどうするか。それでは~。

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