ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

2 / 63
第一話 転校生

八十稲羽へとやってきた初日の夜。真は長旅疲れで布団の中でぐっすりと眠っていた……はずだった。

 

「ん?……ここは?」

 

ふと起きあがり、辺りを見回す。辺り一面が霧で覆われ、手を伸ばしたらその先すらもハッキリと見えない。足下は赤い煉瓦のような物で出来た一本道で、先は霧で見えないが長い道はどこかへと続いているようだ。

 

「……」

 

夢だから深く考えるのも無駄かと考えたのか真はとりあえず道の先に歩き始める。と言っても前が見えない上に足下の煉瓦のような物体に足を取られないよう気をつけてはいるが。

 

[真実が知りたいって?……]

 

「?」

 

突如霧の中からどこからともなく聞こえてきた声、それに真は足を止めて辺りを見回す。

 

[それなら……捕まえてごらんよ……]

 

「……あっちか」

 

声は霧の奥から聞こえてくる。それに真はニヤリと笑みを浮かべて奥の方に歩き出す、がまた少し歩くとぴたりと足を止めた。

 

「なんだ、こりゃ?」

 

思わず呟いてしまう。彼の前にはなんというか四角がたくさん集まった壁のようなものがある。行き止まりだとしたって道は一本道、声の主とはどこかで鉢合わせになるはずだしそもそも……

 

「変な気配が向こうからするんだよな……」

 

壁の向こうから変な気配を感じ取り、真は壁に手を触れる。とその瞬間中央の四角が捻れるようにして壁が開いていき、先へと進めるようになる。それを見ると真は真剣な目つきを見せながらその壁の先に歩いていった。

 

[追いかけてくるのか……君か……ふふふ……やってごらんよ……]

 

そこにいるのは霧に隠れた何者か。しかし顔は霧に隠れて見えない上にぎりぎりで確認できる体つきや聞こえてくる声は全て中性的で男か女かの判断すら出来ない。その何者かの挑発のような言葉に真は身構えるが、同時に彼は自分の右手にいつの間にか刀が握られているのに気づき、彼は刀を剣道の正眼の構えで構えた。

 

「せやああぁぁぁっ!」

 

そして彼は手加減抜きで刀を振り上げ、相手の面を狙って斬りつける。その刀は相手に当たったようなしかしそれでいて空気でも切ったような手応えのなさを真の手に感じさせた。

 

[へぇ……この霧の中なのに、少しは見えるみたいだね……]

 

「はああぁぁぁっ!」

 

何者かの声に対し真は今度は胴を狙ったように刀を力強く左から右へとなぎ払う。しかしそれもまた先ほどのような不思議な感触を見せるだけだった。

 

[なるほど……確かに、面白い素養だ……]

 

「らああぁぁぁっ!」

 

なぎ払いの勢いを利用して回転し、左腰から右肩へと逆袈裟懸けに斬りあげる。しかしその相手は意に介さない様子で話し続ける。

 

[でも、簡単には捕まえられないよ……求めているものが“真実”なら、尚更ね……]

 

その言葉が聞こえた直後、更に霧は濃くなり視界が悪くなる。混迷の霧、真の頭にそんな言葉が浮かぶが彼はその思考を振り切ると刀を振り上げ、鋭く振り下ろす。しかし先ほどまで不思議な感触だったとはいえ一応当たっていた刃は霧のせいか相手に当たらず切っ先が空を切った。

 

[誰だって、見たいものだけを、見たいように見る……]

 

その言葉の直後、真は刀を左手に握って下ろす。続けて右手を掲げた。

 

「おおおぉぉぉぉっ!」

 

そして右手で何かを掴み取って握り潰すように右手を力強く握りしめる。それと同時に目の前の何者か目がけて天空から雷が降り注いだ。

 

[いつか、また会えるのかな……こことは別の場所で……フフ、楽しみにしてるよ……]

 

その声を最後に霧は更に深まり、真の意識も遠のいていった。

 

「はっ」

 

真は目を覚ますと辺りをきょろきょろと見回す。そこは堂島家の自分にあてがわれた自室、霧に覆われた不思議な場所では間違ってもない。それを確認してから真は起きあがり、今日から通うことになる八十神高等学校の制服に着替えると荷物を軽く確認してから一階に下りていく。

 

「あ、おはよう」

 

「おはよう、菜々子ちゃん」

 

するとちょうど菜々子と対面し、彼女の挨拶に真も頷いて返す。

 

「待っててね、今朝ご飯準備するから。朝ご飯はね、トーストとめだまやき」

 

「……ちょっとごめんね」

 

菜々子の言葉に真は少し考える様子を見せ、菜々子に断ってから冷蔵庫を開けて中身を確認する。

 

「ふむ……菜々子ちゃん、オムレツなんて好きかな?」

 

「オムレツ! 作れるの!?」

 

「任せとけ。これでも料理にはちっとばかしうるさいんだぜ?」

 

真の言葉に菜々子が驚いた様子を見せると真はふっふっと笑いながらそう言って卵とバターを取り出す。

 

「じゃ、菜々子ちゃんはトースト焼いててくれ。その間に作るから」

 

「うん!」

 

真の言葉に菜々子が嬉しそうに頷いて食パンをトースターに入れている間に真は卵をボールに入れて溶き、塩胡椒でさっさと味付け。フライパンにバターをひいて馴染ませると溶き卵を焼き始める。その手際の良さに菜々子が目を輝かせていた。

 

「はい、出来上がり」

 

両面がこんがりきつね色になるまで焼くと皿に移し、同じ要領でもう一個焼いていく。

 

「すごーい! お兄ちゃん、料理上手だね!」

 

「ははっ、ありがとな。じゃあ食べようか」

 

「うん! いただきまーす!」

 

菜々子の目を輝かせながらの言葉に真は笑って返した後そう言い、それに菜々子は待ちきれないように座るといただきますと挨拶してオムレツを食べ始め、真は苦笑を漏らすとトースターから出てきたトーストを取り、皿にのせると菜々子の前に差し出す。それに菜々子はあっと声を漏らした後恥ずかしそうに笑い、真もふっとほほえましそうな微笑を浮かべる。

そして食事が終わった後二人は後かたづけや戸締まりを確認してから二人揃って学校に向かう。その途中まで菜々子が真の道案内をしていた。

 

「あと、この道、まっすぐだから」

 

鮫川河川敷の道の先を指しながらそう言い、彼女はくるりときびすを返す。

 

「わたし、こっち。じゃあね、お兄ちゃん」

 

「ああ。菜々子ちゃんも気をつけてな」

 

「うん」

 

菜々子の言葉に真が返し、菜々子はうんと頷くと小学校向けて歩いていく。それを見届けてから真は高校の方に歩いていった。とその途中、彼は後ろの方からギィギィと金属がきしむような音を聞く。

 

「よっ……とっ……とっとぉ……」

 

すると後ろからふらふらと揺れながら自転車をこいでいる男子生徒が近づいてきており、真は無言で道の脇にそれる。しかし雨が降っているため傘を差している所謂傘差し運転状態なのもあるだろうがふらふらとかなり危なっかしい。現に彼はバランスを取るのに必死のようで前を見ておらず、少しすると電柱にがしゃーんとぶつかった。

 

「う……おごごごごご……」

 

男子生徒は股間を押さえて悶絶しており、真は相手を可哀想に思いながらも声をかけるのもまた可哀想に思え、うんと頷く。

 

「そっとしておこう」

 

そしてそう呟き、歩き去っていった。

それから彼はついに八十神高等学校に到着。校門へと続く坂道を上り、鏡は今日から通う校舎を見上げた。道の両脇に植えられた桜の木は、満開に咲き乱れており雨の中でも色鮮やかさを誇っている。

 

(ここが今日から通う八十神高校か……)

 

彼は校舎を眺め回し、校門をくぐると先生に挨拶するため来客用出入り口に行くとそこから職員室に歩いていった。

 

それから少し時間が過ぎてここは八十神高等学校二年二組教室。

 

「ついてねえよなぁ……このクラスって、担任、諸岡だろ?」

 

「モロキンな……一年間、えんっえん、あのくそ長い説教きかされんのかよ……」

 

「ところでさ、この組、都会から転校生来るって話だよね」

 

運悪く人気のない教師が担任にあたってしまったのだろう、愚痴を漏らしていた二人の男子生徒の会話に、女生徒が割り込む。と男子生徒の一人がその話題に興味を示した。

 

「え、ほんと? 男子? 女子?」

 

「さあ?」

 

 

「都会から転校生……って、前の花村みたいじゃん? ……あれ? なに朝から死んでんの?」

 

その話を少し遠くから聞いていた、緑色のジャージを着たショートカットの女生徒がそう呟き、後ろの机に突っ伏している男子生徒に話しかける。

 

「や、ちょっと……頼むから放っていたげて……」

 

それに男子生徒――なお朝真が見ていた自転車でこけた男子である――は朝こけた時のとある部位の痛みがまだ消えていないのか苦しそうな表情で返し、女生徒は首を傾げて振り返る。その目の先には赤いカーディガンを着て綺麗な黒髪をロングにした少女がいる。

 

「花村のやつ、どしたの?」

 

「さあ?」

 

ショートカットの女生徒の言葉に黒髪ロングの女生徒が首を傾げて返す。するとガラガラガラと教室の扉が開く音が聞こえ、おかっぱ頭で前歯が大きい中年くらいの年代だろう教師が教室に入ってくる。その後ろをついていくように真も教室に入ってきた。

 

「静かにしろー!」

 

教卓に着いた教師が騒がしいクラスの生徒達を一喝し、教室内のざわめきも治まっていく。

 

「今日から貴様らの担任になる諸岡だ! いいか、春だからといって恋愛だ、異性交遊だと浮ついてんじゃないぞ」

 

教師――諸岡はそこまで言うと教室全体を見渡して、さらに言葉を続ける。

 

「ワシの目の黒いうちは、貴様らには特に清く正しい学生生活を送ってもらうからな!」

 

その言葉に教室内の生徒が露骨に嫌そうな感じを見せ、真も僅かに顔をしかめる。

 

「あー、それからね。不本意ながら転校生を紹介する」

 

諸岡はそう言って真に目を向けた。その視線は真を見下しているように見える。

 

「ただれた都会から、へんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ。いわば落ち武者だ、分かるな?」

 

その言葉に真はギリッと歯ぎしり――もっとも相手に聞こえてはいないようだが――を鳴らした。

 

「女子は間違っても色目など使わんように! では椎宮真、簡単に自己紹介しなさい」

 

高圧的な態度、それに真は露骨に機嫌の悪そうな仏頂面を見せ、ぽつりと漏らすように声を出した。

 

「誰が落ち武者だ」

 

その言葉に教室内の全員が驚いたように目を見開く。

 

「き、貴様の名は『腐ったミカン帳』に刻んでおくからな……いいかね!?」

 

それに諸岡はそう声を漏らし、さらに声を張り上げる。

 

「ここは貴様がいままでいたイカガワシイ街とは違うんだ! 貴様も調子に乗って女子に手を出したりイタズラなんかするんじゃ――」

「その前に一つお聞きしたい、諸岡金四郎教諭」

「――な、なんだ!?」

 

諸岡の注意を遮って真が声を出し、諸岡は自分の話の腰を折られたのに一瞬機嫌の悪い様子を見せるがすぐに続け、真は諸岡の目を見た。

 

「諸岡教諭は確か、この学校で倫理の担当をなさっていると記憶していますが」

 

「そ、それがどうした?」

 

「では、先入観と偏見でものを言い、他人の人権を踏みにじることが教諭に取っての倫理なのでしょうか?」

 

「なっ!?」

 

大胆不敵、正にその言葉が似合うほど率直に諸岡に対して自らの意見を述べ、それに諸岡のみならず教室内の生徒まで驚愕する。

 

「教師とは生徒を教え導くもの、間違っても生徒を見捨て貶めるものではないと記憶していたのですが……間違いでしたかね?」

 

「ぐ、ぐぬ……わ、分かった。さっきはワシが言い過ぎた…………す、すまなかったな」

 

真の言葉に諸岡は渋々といった様子で折れ、生徒達は驚いた様子を見せる。諸岡はただ彼の理屈に圧倒されたわけではない、もしここで真の発言を暴言としなんらかの処罰を与えようものなら彼は間違いなく自身を道連れにするようななんらかの行動――例えるなら校長先生や教育委員会への直接的な抗議活動など自分の立場を危うくするようなもの――を起こしてくる。彼の発するオーラからそんな確信を得て諸岡は謝罪の言葉を口にしたのだ。とはいえ心中穏やかではなくむしろ少なくとも舌打ちは叩いているわけなのだが。と真はさっきまでの大胆不敵な様子はどこへやら穏やかな笑みを見せて頭を下げた。

 

「こちらこそ、言い過ぎて申し訳ありません。たった一年ですがこれからご指導とご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」

 

「ぬ……」

 

さっきまでの威圧感から百八十度変わった態度に諸岡は驚いたように言葉を失い、真は頭を上げると生徒達の方を向く。生徒達も呆然とした様子を見せていた。

 

「申し遅れましたが、椎宮真と申します。椎は椎の木の椎、宮は宮殿の宮。真はそのまま真実の真と読みます。家庭の事情で一年間だけの付き合いとなりますが、よろしくお願いします」

 

「あ、あー、椎宮の席だが……」

 

「せ、せんせー、ここ空いてますが……」

 

「あ? そうか。よし、お前の席はあそこだ」

 

真が自己紹介を終えた後まだショックから抜け切れていない諸岡がそう声を出すと緑ジャージにショートカットの女生徒が手を挙げて自分の隣の席を指し示し、それに諸岡が言うと真は黙って指定された席に向かい、着席する。と隣のショートカットの女生徒が話しかけてきた。

 

「き、君怖いもの知らずだね? びっくりしたよ……まああんな最悪な担任だけど一年間頑張ろ」

 

「おう」

 

女生徒の言葉に真は無愛想に返し、女生徒は苦笑を漏らして前を見た。

 

「かっわいそ、転校生。来ていきなり“モロ組”か……」

 

「目ェつけられると、停学とかリアルに食らうもんねぇ……」

 

「ま、私ら同じクラスだから一緒なんだけどね……」

 

ふとまわりからそんなざわついた声が聞こえ、真は人知れず息をついた。

 

「静かにしろ、貴様ら! 出席を取るから折り目正しく返事しろ!」

 

ざわつくクラスに諸岡が一喝、生徒達は黙り込んだ。

 

それから少し時間が過ぎ、昼頃。今日は半日授業のためこの時間帯で終了、チャイムが鳴ると諸岡が口を開いた。

 

「よし、今日はここまで。明日から平常授業が始まるからな」

 

そう言い捨てて教室を出ようとする諸岡、それと共に生徒達も席を立つがその時校内放送が流れ始める。

 

『先生方にお知らせします。只今より、緊急職員会議を行いますので、至急、職員室までお戻りください。また全校生徒は各自教室に戻り、指示があるまで下校しないでください』

 

「うーむむ、いいか? 指示があるまで教室をでるなよ」

 

校内放送が終了したところで、諸岡がクラス全体にそう言い置いて教室を出て行き職員室へと戻る。

 

「あいつ……マジしんどい」

 

それを見届けてから女生徒の一人がそう呟いた。真がそれを聞いているとふと誰かが話しかけてくる。

 

「あ、あの、椎宮さん」

 

「ん?」

 

声の方を向くとそこにいたのはなんというか大人しそうな印象という感じの言ってみれば地味な女生徒。

 

「なんだ?」

 

「あ、あの……あ、いえ、なんでもないです」

 

そう言うと女生徒は離れていき、真は首を捻る。何か用事があったにしては様子がおかしい。

 

「……そっとしておこう」

 

しかし彼はそう結論づける。とその時サイレンが鳴り始め、真は顔を上げた。興味を持った男子生徒も次々と窓に向かう。

 

「なんか事件? すっげ近くね、サイレン?」

 

「クッソ、なんも見えね。なんだよ、この霧」

 

「最近、雨降った後とか、やけに出るよな」

 

男子生徒が言うとおり、窓の外は濃い霧で覆われていて視界が塞がれている。真はその光景に既視感を覚えるがすぐにその既視感も消え去る。

 

「そういや聞いた? 例の女子アナ。なんかパパラッチとかもいるって」

 

「ああ、山野真由美だろ? 商店街で見たやついるらしいぜ。てか、俺聞いたんだけどさ……」

 

と話題が変わって例の女子アナという話題――恐らく不倫騒動の山野アナのことだろう――に移り、二人の男子生徒が会話をしているとその内一人が驚いた様子を見せて一人の女生徒――赤いカーディガンに黒髪ロングの子だ――に近寄った。

 

「あ、あのさ、天城。ちょっと訊きたい事あるんだけど……天城んちの旅館にさ、山野アナが泊まってるって、マジ?」

 

「そういうの、答えられない」

 

「そ、そっか、そりゃ、そうだよね……」

 

どこか期待のこもったような声に対し女生徒はにべもなくそう返し、男子生徒は乾いた笑みを漏らしながらすごすごと引き下がり、さっきまで話していた男子生徒の方に戻っていく。

 

「はー、もう何コレ。いつまでかかんのかな」

 

すると男子生徒と入れ替わりに天城と呼ばれた女子生徒に真の隣の席となったショートカットの女生徒が話しかけた。その女生徒の印象は所謂活発で明るいという感じなのだが現在は見るもうんざりとした様子を見せている。

 

「さあね」

 

少女の愚痴に天城は声を漏らす。しかしさっきの男子生徒への返答と比べて声質も柔らかいし表情もどこか明るい。

 

「あーあ、放送鳴る前にソッコー帰ればよかった……」

 

うんざりとした様子の言葉に天城は苦笑を漏らす、と女生徒はパッと表情を変えた。

 

「ね……そう言えばさ、前に話したやつ、やってみた?」

 

「前に、って?」

 

その言葉に天城が首を傾げ、女生徒はさらに言葉を続けた。

 

「ほら、雨の夜中に……ってやつ」

 

「あ、ごめん、やってない」

 

やっと話の内容が分かったのか謝る天城に女生徒はカラカラと笑い声を出した。

 

「いいって、当然だし。けど、隣のクラスの男子『俺の運命の相手は山野アナだーっ!』とか叫んでたって」

 

女生徒のくすくすと笑いながらの言葉、それが終わった頃にスピーカーから音が出始め、続けて放送が聞こえてきた。

 

『全校生徒にお知らせします。学区内で、事件が発生しました。通学路に警察官が動員されています。出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて、速やかに下校してください。警察官の邪魔をせず、寄り道などしないようにして下さい。繰り返します――』

「事件!?」

 

放送の言葉が一旦終わった時に男子生徒の興奮した声が聞こえ、教室内のざわめきも強くなる。

 

(おじさんは刑事だから捜査に出る必要があるか、なら家に菜々子ちゃん一人というわけにはいかないな……)

 

真はすぐ思考をまとめると鞄を持って席を立つ。とそこにさっきのショートカットの女生徒が話しかけてきた。

 

「あ、帰り一人? なら一緒に帰んない?」

 

女生徒はそこまで言うとにししと笑みを浮かべる。

 

「あたし、里中千枝ね。隣の席なのは知ってるっしょ?」

 

「ああ」

 

女生徒――千枝の言葉に真は頷き、千枝は隣の少女――天城を指す。

 

「で、こっちは天城雪子」

 

「あ、初めまして……なんか急でごめんね」

 

紹介に合わせて天城雪子が挨拶し、申し訳なさそうに付け加える。とそれに千枝が反応した。

 

「のぁ、謝んないでよ。なんかあたし失礼な人みたいじゃん。ちょっと話を聞きたいなーって、それだけだってば」

 

じたばたと両手を上げ下げしながらの言葉に真はふっと笑みを浮かべる。

 

「自己紹介したが改めて、椎宮真だ。よろしく頼む。里中、天城」

 

「えっ? あ、あー、うん。よろしく」

「よ、よろしくね?」

 

真の言葉に二人はそう返し、続けて真はすまなそうに頬をかいた。

 

「ところで、俺は今日出来ればまっすぐ帰りたいんだが……」

 

「え? どったの? まあ寄り道するな~とは放送で言われてるけど……」

 

「それもそうだが、俺は今従兄妹の家に居候している身で、その従兄妹は今小学生なんだ。下校自体は集団下校になるだろうが、家に一人にしておくわけにはいかないからな」

 

「そ、そっか……うん、分かった。まあでも途中までは一緒に帰んない?」

 

「それならおやすいご用だ」

 

真の説明に千枝は頷き、続けてそう申し出ると真はふっと笑って頷く。そして三人揃って歩き出すとその前に例の自転車に乗っていた男子生徒が姿を現した。

 

「あ、えーと、里中……さん」

 

千枝に向けて話しかける男子生徒はどこか落ち着きがなく目がきょろきょろと泳いでおり、顔色も少し悪いように見える。その手にはDVDのケースが握られていた。

 

「これ、スゲー、面白かったです。技の繰り出しが流石の本場っつーか……」

 

そこまで言うと彼は頭を下げ、彼女にDVDのケースを押しつける。

 

「申し訳ない! 事故なんだ! バイト代入るまで待って!」

 

そしてそう言うやいなや脱兎のごとく逃げだし、千枝は一瞬ぽかーんとしていたがすぐその眉をつり上げる。

 

「まてコラ! 貸したDVDに何した!?」

 

そう叫んで地面を蹴り、一気に男子生徒に追いつくと跳び蹴りで容赦なく男子生徒を蹴り飛ばす。

 

「どわっ!」

 

その一撃を背中に受けた男子生徒は吹っ飛び、股間を机の角に強打。真は痛そうな表情を彼に向ける。それから千枝はDVDのケースを開き、目を見開いた。

 

「なんで!? 信じられない! ヒビ入ってんじゃん……あたしの“成龍伝説”がああぁぁぁ……」

 

「俺のも割れそう……つ、机のカドが、直に……」

 

「だ、大丈夫?」

 

「ああ、天城……心配してくれてんのか……」

 

悶絶する男子生徒に心配した雪子が声をかけ、それに痛みを堪えながら男子生徒が弱々しく雪子に話し掛ける。が千枝がふんっと鼻を鳴らした。

 

「いいよ、雪子。花村なんか放っといて帰ろ」

 

千枝はそう言って雪子を連れて教室を出て行き、真は彼の横を通り過ぎながら気の毒そうな表情を彼に向ける。

 

「ド、ドンマイ」

 

そしてとりあえずそうとだけ言い残し、教室を出て行って千枝達を追いかけた。

 

「そういえば、里中達の家の方向はどっちなんだ? 正反対じゃすぐ別れるだろ? もし反対なのに気を使ってついてきてもらっても悪いしな」

 

「あ、そだね。あたし達の家は――」

「君さ、雪子だよね」

 

校門近く、ふと帰り道が気になった真が千枝に尋ね、それに千枝が帰そうとした瞬間そんなくぐもった感じの声が聞こえてきた。そこに立っていたのは制服がブレザーの他校の男子生徒、恐らく柱の影にでもいたのだろう。真達は相手が話しかけてくるまで全くその存在に気づいていなかった。だがその印象は言ってはなんだが不気味、くぐもった声の印象もあるが目に生気が宿っていないような印象すら受ける。

 

「こ、これからどっか、遊びに行かない?」

 

「え? だ、誰?……」

 

突然現れた男子生徒に雪子が驚いたように声を漏らす。その様子に気付いた他の生徒達が集まり始め、あっという間に遠巻きに野次馬が出来ていく。

 

「なにアイツ。どこのガッコ?」

 

「よりによって、天城狙いかよ。てか、普通は一人ん時に誘うだろ……」

 

野次馬の中からそんな話し声が聞こえてくる。

 

「張り倒されるにオレ、リボンシトロン一本な」

 

「賭にならないって。“天城越え”の難易度、知らねえのか?」

 

そんな賭まで始まる始末。真は参ったようにふぅと息を吐いていた。するとその様子に苛立ったのか困惑して何も返さない様子の雪子にやはり苛立ったのか男子生徒が不機嫌な声で再度訊ねた。

 

「い、行くの? 行かないの? どっち?」

 

「い、行かない……」

 

「……ならいい!」

 

男子生徒の言葉にどこか怯えた様子で返す雪子に男子生徒はそう言い捨てて踵を返し、走り去っていく。それを見送ってから雪子は困ったような様子で千枝に話しかけた。

 

「あ、あの人……何の用だったんだろ……」

 

「何の用って……デートのお誘いでしょ、どう見たって」

 

「え、そうなの?……」

 

「そうなのって……」

 

雪子の言葉に千枝が呆れたように説明すると雪子は驚いた様子を見せ、それに千枝はさらに呆れた様子を見せる。

 

「まぁけど、あれは無いよねー。いきなり“雪子”って、怖すぎ」

 

「確かに。見る限りだが相手が一方的に天城を知っているという印象だったな。それに話し方に相手に対する敬意も感じられなかった、なんというか自分の感情だけをぶつけて相手の感情をくみ取ろうとしてなかったというか……」

 

千枝の息を吐きながらの言葉に真も腕組みをしながら返す、と彼らの背後からようっと爽やかな声が聞こえてきた。

 

「よう天城、また悩める男子をフッたのか? まったく罪作りだな……俺も去年、バッサリ斬られたもんなあ」

 

「別に、そんな事してないよ?」

 

背後から軋んだ音を立てる自転車を押してきた男子生徒――千枝からは花村と呼ばれていた――が声をかけてくる。と花村の言葉に雪子は身に覚えがないというように首を横に振り、花村はにっと笑う。

 

「え、マジで? じゃあ今度、一緒にどっか出かける?」

 

「……それは嫌だけど」

 

雪子の言葉に気をよくしたらしい花村が遊びに誘うが、困ったように雪子が断る。それに花村はがくっと大げさに肩を落としうつむいた。

 

「僅かでも期待した俺がバカだったよ……つーかお前ら、あんま転校生イジメんなよー」

 

「話聞くだけだってば!」

 

花村はそう言うとギシギシいう自転車に乗って去っていき、その後ろ姿目がけて千枝が怒鳴る。と真はやれやれと肩をすくめて困ったような笑みを浮かべる。

 

「そろそろ行かないか? さっきからの騒ぎで妙に注目されてる」

 

「え? マジ? ってやば、モロキン来てんじゃん。早く行こ!」

 

真の言葉に千枝がそう言って昇降口の方を見回すと「とっとと帰れ!」と怒鳴り散らしながらこっちに近づいてきている諸岡に気づき、三人揃ってその場を逃走する。

 

 

 

それから帰り道、真は千枝からせがまれて転校の理由をかいつまんで話していた。

 

「へぇ~両親の海外赴任……もっとしんどい理由かと思っちゃったよ。はは」

 

「どういう理由だよ……」

 

「ん~っとそだね~、親が実は外国のスパイで――」

「はい却下」

「――ちょっ、最後まで言わせてよ!」

 

千枝の言葉に真が呆れたように尋ねると千枝はそう話し始めるが瞬時に真が遮り、それに千枝が声を上げる。その漫才を見て雪子はふふっと笑っていた。すると千枝はふと足を止め、辺りを見回す。周りは田んぼだらけ、遠くには山も綺麗に見える。

 

「ここ、ほんっとなーんも無いでしょ?」

 

「まあ、正直に言えばな。前の学校の地元に比べたら素朴というかなんというか……」

 

「あはは。ま、そこがいいとこでもあるんだけどさ、余所のヒトに言えるようなモンは全然……」

 

千枝の言葉に真が苦笑気味に返し、千枝は自嘲気味に続けるが言葉を止めて考える様子を見せる。

 

「あ、八十神山から採れる……何だっけ、染め物とか焼き物とか、ちょっと有名かな」

 

「へえ、染め物や焼き物は山から採れるのか?」

 

「えっ!? 知らないの!?」

 

千枝の言葉に真がからかうような笑みを浮かべてそう言うと千枝は分かりやすいびっくりの表情を見せる。すると雪子が苦笑した。

 

「千枝、その言い方じゃ、染め物や焼き物が直接山から採れるみたいだよ? 椎宮君もその間違いを指摘したんでしょ?」

 

「まあな」

 

「うあ、意地悪……ああ、雪子んちの『天城屋旅館』は普通に自慢の名所!」

 

雪子の指摘に真がイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべると千枝が声を漏らし、それから思い出したように続ける。と急に話を振られた雪子は困ったような様子を見せる。

 

「え……別に、ただ古いだけだよ」

 

「そんなことないって! 隠れ家温泉とかってよく雑誌とかにも紹介されてんじゃん。この町ってそれで保ってるよね、実際」

 

まるで自分のことのように嬉しそうに語っている千枝に対し雪子はやはり困った様子を見せ、真は僅かに首を傾げる。すると千枝は今度は真の方を見た。

 

「ね、ところでさ、雪子って美人だと思わない?」

 

「は?」

 

突然振られた話題に真は困ったような声を漏らす。と雪子がまた困ったような恥ずかしそうな様子を見せており、真はふぅと息を吐く。

 

「気は進まんが、しょうがないか」

 

「へ? なんか言った?」

 

「いや、なんでも。まあ天城は確かに美人だと思うぞ」

 

その言葉に雪子の顔が赤くなり、千枝は「でっしょー」と大きく頷く。と真は千枝の方を向いた。

 

「だが、里中も可愛いと思うぞ」

 

「ふえぇ!?」

 

「天城は大和撫子的な美人だが、里中は元気で活発で周りを明るくするタイプで可愛いと思うぞ」

 

「え!? あ、いや、そんな……」

 

真の褒め言葉に里中は顔を真っ赤にして腰が砕けたようにふらふらとなり、真は雪子の方を見る。と雪子はくすっとイタズラっぽい笑みを見せた。

 

「うん、そうだね。千枝は可愛いよ」

 

「ぎゃーっ! 雪子までー!?」

 

雪子の追撃で千枝はついにへたり込み、雪子は満足そうな笑みを浮かべる。

 

「ね? こういうの人に言われると結構恥ずかしいでしょ?」

 

「は、はい、ごめんなさい……」

 

雪子の言葉に千枝は真っ赤な顔でへたり込みながら謝罪し、真もくっくっと笑みを浮かべていた。

 

「も~、真君も酷いよ……」

 

「悪かったな、こういうのは注意するより一回体験させた方が早いから。ああ、でも里中が可愛いってのは全部が嘘ではないぜ?」

 

「ちょっ!? もう止めてよ……都会の人って口が上手いんだね……」

 

「俺の場合先輩の影響だな……これでも前の学校に行く前は口下手だったんだ」

 

「へ~」

 

それから三人は会話しながら歩いていく、と妙にざわついている人だかりを見つけ、彼らはそっちの方に歩いていった。そこにあるのはブルーシートに立ち入り禁止の黄色いテープ、そしてパトカーと警官、野次馬。ドラマとかでよくある事件現場という様相だ。野次馬の女性達は口々に話しており、その中の「死体がアンテナに引っかかっていた」という言葉に真が反応する。

 

「さっき学校で事件があったと言っていたが、まさかこれか? だがアンテナに引っかかっていた?……」

 

「おい、ここで何してる」

 

真が考え込もうとした瞬間聞こえてきた声、聞き覚えのあるその声に真はそっちを向いた。

 

「叔父さん。ああ、学校帰りに通りがかったんだが……」

 

「……ったく、あの校長、ここは通すなって言ったろうが……」

 

真の説明を聞いた男性――遼太郎はチッと舌打ちを叩いて苦虫を噛み潰したような表情で頭をかきむしり、真の後ろから千枝が恐る恐る話しかけてくる。

 

「え、えっと、知り合い?」

 

「ん? ああ、こいつの保護者の堂島だ。あー……まあ、その、仲良くしてやってくれ。それと、三人ともウロウロしてないでさっさと帰れ」

 

「分かってます。ああ、ところで叔父さん、菜々子ちゃんは?」

 

「……他の子の保護者と一緒に集団下校をして、今は家に一人だ……すまんが、菜々子は頼んだ」

 

「はい」

 

千枝の言葉に遼太郎はそう言い、それに真は頷いた後さっきから心配していた事を尋ね、それに遼太郎は返した後すまなそうな声質で続け、真は静かに頷いた。すると現場の方から若い刑事が彼らの方を走り抜け、田んぼの方に行く。

 

「うえっ、おえぇっ!」

 

「足立! おめえはいつまで新米気分だ! 今すぐ本庁帰るか? あぁ!?」

 

「す……すいませ……うっぷ」

 

そして人目をはばからずに嘔吐をはじめ、それを見た遼太郎が苛ついた様子で叱責を始めた。それに足立と呼ばれた刑事はすまなそうに返すがまだ顔色は悪く、遼太郎は呆れたようにため息をつく。

 

「たぁく……顔洗ってこい。すぐ地取り出るぞ!」

 

そう言って仕事に戻る遼太郎の後を足立は追いかけていった。それを真は見送り、二人の方を振り返る。

 

「すまない、俺はここから走って帰ることにする」

 

「ああ、従兄妹さん心配だもんね。うん、じゃあね」

「また明日ね」

 

「ああ、じゃあな」

 

真の言葉に雪子と千枝が頷いて返し、真は一言返すと家の方向けて走っていった。




≪後書き≫
ども、マリーコミュを組んだ後マリーをコミュに誘う振りして断ってマリーの暴言+[>マリーは頬を膨らませている]を見てそれを想像しながらにやにやしてますカイナです。やっぱマリーちゃん可愛いです♪
今回はとりあえず真の転校初日、上手くいけば次回にでもマヨナカテレビ入りさせたいですかね。とっとと命も出演させたいですし。それでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。