ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第十七話 テレビの世界、熱気立つ大浴場

5月18日、放課後。完二がテレビの中に放り込まれたことが確定してしまい、自称特別捜査隊学生メンバーは教室に集まっていた。

 

「“マヨナカテレビ”って、結局なんなんだろ?……」

 

「最初は、心霊現象みたいなモンかなって、噂を試したら、見えたんだよね。そしたら“もう一つの世界”なんて大事に関係してて……」

 

「噂んなってるって事は、実際に見てるヤツが結構居るって事だよな」

 

雪子の呟きに千枝が返し、陽介が言う。と真が思い出すように虚空を見上げる。

 

「噂の内容は“雨の夜の0時に、ついていないテレビをじっと見つめる……”だったよな?」

 

「んなの何かきっかけ無いと普通試さねーよな、アホらしくて」

 

「しかも、見て何か映っても一人だったら寝ぼけてたで済みかねないからな」

 

「ああ。それに実際やってみたら誰でも見れる。それも何度でも……もしコレが広まって、みんなが見だしたら……」

 

「エラい騒ぎになりそうだね……」

 

真の言葉に陽介が返すと真は自分もそうなりかけていたと思い返して頷きながら返し、陽介がさらにそう言うと千枝は頭をかきながら返す。

 

「クマの話を元にすると、あの映像は、失踪者自身が生み出してるとかなんとか……要はなんとなく見えてるわけじゃなくて、失踪者のせいで見えてるって事らしいけど……」

 

「ハァ……てか雪子ん時も見えたけど、当の雪子はそんなんに関わった覚えないワケじゃん?」

 

陽介の言葉に千枝がそう言う、と雪子は何かを思いついたように話に入った。

 

「あのさ、ちょっと話逸れるんだけど……あの映像って……犯人も見てるんだよね?」

 

「たぶんね。きっとどっかで面白がっ……」

 

雪子の疑問の言葉、それに千枝が頷いてそう言うが途中で何かに気付いたようにその言葉が止まった。

 

「まさか、楽しんでるってこと!?」

 

千枝は気づいたように叫び、真は顎に手を当てて考えるポーズを見せる。

 

「人をほうり込んで、その後に映る“番組”を楽しんでいる……たしかに可能性としてはあるかもしれない……」

 

「なるほど……うわ! 頭ん中の犯人像が一気にヘンタイ属性んなった!」

 

千枝の言葉に真が可能性があると肯定を示すと陽介がそう言い、「キミの全てが見たいよ、雪子たーん」という謎の叫びを行う。

 

「うっわ、うわ、うっわー!! てか、雪子の一連の話見られたんなら一緒にあたしのも見られた可能性あり!?」

 

それを聞いたからか千枝は羞恥からか顔を真っ赤に染め上げた。

 

「犯人……絶対許さんっ! 顔中クツ跡にしてやる!」

 

その次には怒りに顔を赤くしながらそう叫ぶ。

 

「やろーども!」

 

さらにその次にはぐぐっと拳を握りしめた。

 

「一、完二を助ける! 二、犯人、潰す!」

 

千枝は一つずつ今回の作戦を言っていく。

 

「三、犯人、ぶっ潰す!! オーケー!?」

 

「「お、おー……」」

 

千枝の怒り心頭の言葉に男子二人は若干押されつつもそう返し、雪子も頷く。そうして彼らは完二を助ける意思を固くしたのであった。

 

「ぷ、ププ……ち、千枝、二と三、同じだったよ?」

 

「や、分かってるから……」

 

しかしその次には雪子の笑いのツボが入り、三人は困ったような顔を見せた。

 

 

 

それから彼らはジュネスの家電売り場へと行き、人目を気にしつつテレビに入る。もちろん命も合流している。

 

「おいクマ、こっちに誰か入ったろ?」

 

「あ……うん。誰か居るみたい」

 

テレビに入ってそうそう陽介がクマに尋ねる。それにクマはこくんと頷くがその口調は弱々しく自信なさげなように聞こえた。

 

「みたいって……場所は?」

 

「分からんクマ」

 

「完二くんって男の子だと思うんだけど……」

 

「分からんクマ……」

 

千枝と雪子の問いかけにクマは同じ言葉で弱々しい口調までも同じで返し、千枝は困ったように「もー」と声を漏らした。

 

「なんなの? なんかスネてるとか?」

 

「鼻クンクンしても、どっからのニオイか分からないの」

 

千枝の言葉にクマは力なく首を横に振ってそう返す。それを聞いた陽介が頭をかいた。

 

「お前、色々考えすぎなんじゃないのか? 自分が一体ナニモンだとか、いつからココに居るのかとか、確か言ってたよな? どーせカラッポ頭なんだから、あんま考えんなよ」

 

「そうクマね……」

 

陽介の言葉に、クマは彼らに背を向けながらまた弱々しい言葉で返す。

 

「なんか、けっこう深刻?」

 

その様子を見た千枝がそんな言葉を漏らした。

 

「完二の居場所、お前に分かんないっつわれると困るんだって」

 

「確かに。この世界を闇雲に進むのは危険すぎるしな……」

 

陽介の言葉に真も同意し、少し考える。

 

「クマ、俺達に何か出来ることはないか? 出来る限り手伝おう」

 

真の言葉を聞いたクマは何かひらめいたように彼らの方を向き直す。

 

「“カンジクン”のヒントがあるといいかも! そしたらクマ、シューチューできる予感がひしめいてる。カンジクンの事がよく分かるような……なんかない?」

 

「完二の事か……なんかって言われてもな……“噂”ならよく聞くけど」

 

「噂なんてあてにならないよ? 言う人が好き勝手脚色して尾ひれがついて最終的にはその張本人も知らないような事がでっち上げられるんだから」

 

クマの言葉に陽介が呟くと命がはぁ~と深いため息を漏らし、肩をすくめるような動作で続ける。

 

「まあ、でも噂を除いたら知らないよね。親しいってワケでもないし」

 

「うん。私も最近の完二君って言われると自信ない……」

 

命の言葉の次に千枝が頭をかいてそう言うと完二と幼い頃知り合いだったという雪子も最近の完二になると自信がないと続ける。

 

「カンジクンの“人柄”を感じるような、なんかそういうヒントが欲しいクマよ……」

 

「となると、実際の巽君を知る人に訊いてみるのが一番早いだろうね」

 

「そうですね。じゃあ一度テレビを出て、手分けして探してみよう」

 

クマの言葉を聞いた命がそう提案、それを聞いた真が頷くと彼らは一度テレビから出ていった。そしてさらにジュネスから出ると真が口を開く。

 

「じゃあ俺と天城で巽屋に行ってみる。花村と里中は他を回ってみてくれないか?」

 

「おう。任せとけ!」

「オッケー!」

 

真の言葉に陽介と千枝は頷く。まず巽屋に行って不自然ではない雪子で確実に巽屋の女主人である完二の母親から彼の情報を入手、さらに社交的な二人ならば噂以外に何か完二に対する人柄のヒントを掴むことができるかもしれないという考えからだ。

 

「僕も適当に回って探してくるよ」

 

「お願いします。じゃあ何か情報を掴めたら携帯で報告、集合場所はいつものフードコートで」

 

そこに命もそう言い、真も一言返してから最後に報告や集合の事を言い、彼の「解散」の一言で皆は散っていった。

 

それから真と雪子は巽屋へとやってきて雪子が挨拶もそこそこにさりげなく最近の完二について話を振る。

 

「ごめんなさいね。あの子、昨日から帰ってなくて……最近物騒だし、一応警察の方に届けてはおいたんだけど……」

 

「心配ですよね……」

 

「そうね。黙っていなくなるのはしょっちゅうだったけど、帰ってこないなんて初めて……」

 

「何か心当たりはないでしょうか?」

 

完二の母の心配そうな言葉に雪子が同調し、次に真が尋ねる。完二の母はその問いに対し少し考える様子を見せたがやがて静かに首を横に振る。

 

「ごめんなさい。最近、私もあの子とはあまり話せてなくて……」

 

「そうですか。失礼しました」

 

完二の母の申し訳なさそうな返答に真は丁寧に頭を下げる、と完二の母は思い出したようにぽんと手を打った。

 

「そういえば、数日前にあの子、知らない子と話してたわね。このお店にも来てたけど……」

 

「あ、もしかして青い帽子を被った小柄な……」

 

「ええ。あの子なら何か知ってるかも……たしか数日前にジュネスで見かけたわね。一人暮らしなのかしら?……」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

新たな情報を得た真は嬉しそうに微笑んで頭を下げ、雪子も丁寧にお別れの挨拶を言ってから二人は店を後にし、真が携帯で陽介に電話を掛ける。

 

「花村、様子はどうだ?」

 

[あ~、色々回ってたんだけどよ。俺には商店街の人達冷たくってよ~]

 

「……そうか、すまない。そこも考慮しておくべきだった……」

 

[いや、いいって。それよりどうだ?]

 

「ああ。情報は手に入った。前に完二に接触してた奴がいただろ? 青い帽子被った……」

 

[アイツか! なるほどな。よし、手分けして探そうぜ!]

 

「完二の母親によるとジュネスにいたところを見かけたらしい。適当に探し回っていなかったらジュネスに向かおう」

 

[オッケー!]

 

真と陽介は連絡を取り合うと電話を切り、二人は商店街を走っていく。

 

「ええ。本当は完ちゃんは母親思いで優しいのに、見た目で誤解されて不憫だわ……」

 

「たしかにそうですね。母親を大事に思う子に悪い人はいませんから」

 

すると豆腐屋で真が店番をしているお婆ちゃんとお茶を飲みながら談笑している光景が移り、真は思わずジト目になってしまう。

 

「先輩?」

 

「あ……すいません、ご夫人。僕はもうそろそろ失礼しないと」

 

「あ、お引止めしてごめんね」

 

「いえいえ。では失礼します」

 

命はにこっと微笑んでお婆ちゃんに挨拶し、豆腐屋から出ていくと真達に合流する。

 

「何呑気に茶を飲みながら談笑してたんですか……」

 

「あはは、巽君について知りませんかって聞いたらちょっと話が長引いて、気がついたらお茶も出してもらっちゃってね。月光館時代によく話してた古本屋のお爺ちゃんとお婆ちゃんを思い出して話を切り上げることも出来なくってさ……でもそこまでの情報は手に入らなかったな。せいぜい巽君の暴走族との乱闘が母親のためだってくらい」

 

「ああ、おじさんから聞きました。アグレッシブな親孝行ですよね……」

 

「はは。僕も影時間捜査の一環っていうかそういうので路地裏の不良と乱闘繰り広げたけどね……あ、あとあそこのお婆ちゃんのお孫さんが今度こっちに越してきて八十神高校に転入するんだってさ。学年は聞いてなかったけど同学年だったら仲良くしてあげてね」

 

「は、はぁ……」

 

なんかさらっとこの事件とまったく関係ない情報を入手しつつ、三人はとりあえずジュネスへと向かう。

 

「花村!」

「千枝!」

 

「雪子ー!」

「おう、来たか!」

 

真と雪子の呼びかけに千枝が手をぶんぶんと振って返し、陽介も右手を上げて返す。それから五人がジュネスに入ると丁度エレベーターが開き、そこから真達の探している少年が姿を現した。

 

「お、ちょうどいいや。なーなー、お前ってこの前巽完二と話してた奴だろ?」

 

「……そうですが、僕に何か用ですか?」

 

陽介の言葉に少年は少し黙った後冷静な声質でそう返し、命が苦笑を漏らしながら前に出る。

 

「ごめんごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、巽君と話してる時に何かおかしなこととかなかったかな?」

 

「何故そんなことを?……ま、いいでしょう。何やら急いでいるようですし、質問にはお答えしますよ」

 

命の言葉に少年はそう漏らして少し考えた後続け、少し考える様子を見せる。

 

「そうですね……最近の事を聞いたら、何か様子が変でした。だから、感じたままに伝えました。“変な人”だね……と。随分顔色を変えてましたよ。こちらがビックリするくらいでした」

 

「あ、そういえばあたしが言った時もそうだったな~。でも意外だな、そういうのあんま気にしないタイプに見えるのに……」

 

少年の言葉に千枝が自分が完二とちょっと話した時の事を思い出してそう言う。それを聞いた少年はまた考える様子で目を閉じた。

 

「……それを踏まえると、普段の振る舞いも少し不自然だったような気がしましたね。まるで何か“コンプレックス”を抱えているような……確証はありませんが」

 

「コンプレックス……ありがとう。参考になったよ」

 

「そうですか……では僕はこれで」

 

少年の言葉を聞いた命はお礼を言い、それを聞いた少年は軽くそう返しただけで歩き去っていく。

 

「変な人、という言葉に過剰反応。何かコンプレックスを抱えている風……これがヒントになるかもしれない」

 

「ああ。さっそくクマに伝えに行こうぜ!」

 

聞いた話を総合し、言う真に陽介が頷いて返す。そして彼らはそのまま家電売り場へと行くとテレビに入っていった。

 

 

「おっ、センセイ! 来たという事は……」

 

「ああ。手がかりが見つかった」

 

クマの言葉に真は頷いて答え、自分達が調べてきた完二の人柄をクマに説明する。

 

「ふむふむ、コンプレックス……え、それだけ!? それだけで探すクマ? クマ使いが荒いクマね……」

 

「すまん。だがなんとかやってみてくれないか?」

 

「しょーがない……なら、全開で鼻クンクンするクマよ!」

 

クマの悲鳴に真はすまなそうに言い、クマはそう言うとむむむむと唸って鼻をクンクンし始める。

 

「おっ、なんか居たクマ! 当たりの予感! これか! これですか!? ついて来るクマ!」

 

そして何かを発見したようにそう言い、彼らは前を歩くクマの後を歩いていった。

それから彼らがやってきたのはロッカーがいくつも並んだまるで脱衣所のような場所で、その上かなり蒸し暑い。

 

「なんか……この霧、今までと違くない?」

 

「メガネ、くもっちゃった……」

 

千枝の言葉の次に雪子がメガネを外しながらそう呟く。その言葉通りこの場所の霧は今までと違ってメガネであまり見通せないし逆にメガネが曇ってしまう。まるで湯気のようだ。

 

「にしても、アッチーなー。これじゃまるで……」

 

陽介の言葉が終わる前に突然怪しげな音楽が鳴り始め、思わず全員身構えてしまう。

 

[僕の可愛い子猫ちゃん……]

 

[ああ、何て逞しい筋肉なんだ……]

 

[怖がる事は無いんだよ……さ、力を抜いて……]

 

怪しげな音楽と共に聞こえてくるのはダンディな男の声と優男風の声。それを聞いた全員が固まった。

 

「えっ……と……」

 

「ちょ、ちょっと待て! い、行きたくねぇぞ、俺!」

 

千枝の困ったような呟きに陽介が顔を青ざめさせ全力で拒否するように首を横に振る。腰もかなり引けている。

 

「クマ君、本当にここに巽君がいるんだよね?」

 

「クマの鼻センサー、ナメたらあかんぜよ!」

 

「こ、今回は間違っててほしかった……」

 

命の冷静な問いかけにクマは自信満々に頷き、陽介は頭を抱えながらそう漏らした後脱衣所から続く湯気の中を見た。

 

「ええ……こんな中突っ込めっての?……うあ、なんか汗出てきた……」

 

「いや、暑いからでしょ、それは……」

 

陽介の言葉に千枝がツッコミを入れる。

 

「ね、ねえ……」

 

そこにふと雪子が心配そうな顔で口を開き、湯気の中を見る。

 

「こんな暑い中にいたら、完二君まずいんじゃ……」

 

その言葉に全員の目が見開く。

 

「確かにまずい! こんなところに長時間いたら間違いなく脱水症状を起こす! シャドウに襲われる以前に危険だ!」

 

「っ、行くぞ!」

 

「くっ、しゃあねえ! 覚悟決めるか!」

 

命の言葉を聞いた真は迷いを捨てた目で声を上げ、陽介も頷く。そして全員一気に湯気の中へと突っ込んでいった。

 

「よかった。中はそこまで湯気がひどくないね……」

 

ダンジョン内を走りながら命が漏らす。入り口の脱衣所はメガネが曇るほどに湯気が濃かったが内部はそんなことはなく、戦いに支障をきたすことはなかった。完二の心が生み出したダンジョンはまるでサウナ。しかし辺りに[男子専用]と書かれた垂れ幕があるのが妙に気になった。すると彼らの前にパピヨンマスクのような仮面をつけた、岩のようなシャドウが数体姿を現す。

 

「あたしに任せて! いっけートモエ!! 暴れまくり!」

 

一番に飛び出した千枝が自らの人格の鎧(ペルソナ)トモエを呼び出し、千枝の言葉を聞いたトモエの薙刀に光が宿り、一気に衝撃波を放つ。しかしその衝撃波があたったシャドウはガガガガンッという岩に固いものが当たったような衝撃音を鳴らすだけに結果に終わった。

 

「嘘!? 硬っ!?」

 

「花村っ!」

 

「おう! ジライヤ、マハガル!」

 

千枝がぎょっとして動きを止めると真が声を上げ、陽介もペルソナを呼び出すと辺りに小さな竜巻を起こして岩のようなシャドウを掬い上げ、シャドウは着地に失敗してごろごろと転がる。

 

「弱点にヒット! ヨースケ、カックイー!」

 

「チャンス! ボコボコにすっぞ!」

 

後ろのクマが歓声を上げ、陽介の言葉を合図に全員が転がっているシャドウに突っ込んでいく。シャドウの身体には物理攻撃が通じないような硬いものも多いがその核となる仮面はその限りではない、命からあらかじめ聞かされていた通り全員がシャドウの仮面を狙い撃ち。仮面を砕くと同時に岩のようなシャドウの身体が霧散していった。

 

「ふぃ~、にしてもほんとアッチーなここ……」

 

「お疲れ様。花村君」

 

陽介が汗を拭いながら呟くと雪子がにこっと微笑んで陽介に声をかける。千枝は着ている服をぱたぱたとさせており、真はさっきの戦いで可能性の芽が見えているのか虚空を眺めている。

 

「ふぅ……」

 

命は額に流れる汗を拭いながら辺りの気配を探る。とその勘が何かに反応した。

 

「天城さん! 危ない!」

 

「えっ!?」

 

言うが早いか雪子の方に突進する命、それに雪子が声を漏らすと命は彼女の横に立って反転しつつ腰の剣を抜き、虚空を一閃。するとキィンッという音が響いた。

 

「て、敵二体! 奇襲クマ!!」

 

『!?』

 

クマの慌てた叫びに全員の意識が戦闘状態に変わる。さっき雪子を射撃した存在――それはドーナツのようなものを銜え、腹部にこれまたドーナツのような穴が空いた太っちょの警官とでもいうシャドウだ。その手には銃が握られており、先ほどはそれで射撃してきたものと考えられる。

 

「ご、ごめんなさい、命さん……」

 

「気にしないで。陽介君、スクカジャお願い!」

 

「分かり――」

「いや、俺が前に出るから援護を!」

 

雪子の申し訳なさそうな言葉に命は一言返した後陽介に指示を出し、陽介がそれに頷こうとした瞬間真の声が響き、真はなんと真正面から二体の警官シャドウに突っ込んでいく。それを見た警官シャドウが真に銃を向けた。

 

「つっ、椎宮!? 馬鹿止めろ危ねえ!!」

 

「スライム!!」

 

陽介の絶叫と真の叫びが重なり、警官シャドウの銃から放たれた銃弾が真に突き刺さる……と思ったがそれはなんと真の身体から弾かれた。

 

「えぇっ!?」

 

「なるほど。全員、真君を援護!!」

 

千枝の素っ頓狂な声を聞きながら命は頷き、声を上げる。それを聞いた高校生三人組はこくこくと頷き、ペルソナを呼び出した。

 

「トモエ! ブフ!」

「ジライヤ! マハガル!」

「コノハナサクヤ! マハラギ!」

 

トモエの薙刀から放たれる氷結の弾丸、ジライヤの放つ無数の竜巻、コノハナサクヤの舞いと共に放たれる炎の弾丸の雨、それが警官シャドウを襲う。

 

「スライム、突撃!!」

 

さらに命が呼び出したペルソナ――スライムが光を纏って警官シャドウに突撃、その一体を撃破する。

 

「コノハナサクヤ! アギ!」

 

そこに雪子が追撃の炎を放つ、警官シャドウを焼き尽くした。そして真がふぅと息を吐いて命達の方に戻ってくると命がふふっと微笑んだ。

 

「スライムのスキル、恐らく物理無効だね?」

 

「はい。さっき新たな可能性の芽が見えて、それを掴み取ったらスライムが持ってたスキル、物理耐性がパワーアップしたんです」

 

命の言葉に真は笑みを浮かべながら返し、命はふんふんと頷いた後彼の腹に不意打ちの膝蹴りを叩き込む。

 

「がはっ!?」

 

戦闘を終了しスライムの力を宿していなかったためか思いっきり腹に突き刺さる命の膝。

 

「それならそうと一言言う!」

 

「は、はい……すいません……」

 

命の注意の言葉を真はうずくまりながら絞り出すような声で返し、高校生三人組は苦笑を漏らしながらそれを見ていた。

 

それから彼らは一丸となってシャドウを倒しながらダンジョンを進んでいく。そして三階へと足を踏み入れた時だった。

 

「うっ!?」

 

「どうした、クマ?」

 

突然クマが声を漏らし、真がクマの方を向いて尋ねる。

 

「今、背中がぞくっとしたクマ! この階に何かいるクマ! 気を付けるクマ!」

 

「……皆、油断するな」

 

「お、おうっ! 任せとけっ!!」

 

クマの言葉を聞いた真が全員に声をかけると陽介が上ずり強張った声で返す。それから真と陽介が前衛を歩き、次に命と雪子が真ん中、千枝をしんがりに置いて彼らは進んでいく。前方からの攻撃はどんな相手にもワイルド能力で柔軟に立ち回れる真と相手を瞬発力でかき回せる陽介で対応し雪子が魔術で援護、バックアタックを千枝が警戒。最後に命は真で判断しきれない状況に陥った時に瞬間的な司令官の役割を果たすため真ん中を位置どっていた。そして一本道を進んでいった先にあったドアの前に立つとクマが口を開く。

 

「およ? この気配……もしかしてカンジクンか?……」

 

クマの言葉を聞いた全員が互いに頷きあい、真がそっとドアを開け、警戒しながらドアを開けて中に入る。

 

[ウッホッホ、これはこれは。ご注目ありがとうございまぁす!]

 

その先にいたのはビシッビシッビシッという擬音が似合う勢いで無駄に滑らかに様々なポージングを取る白ふんどし姿の細マッチョもとい完二。しかしその瞳は金色に輝いている、つまり彼はシャドウ完二なのだが全員軽くドン引きしている。

 

[さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。あ・や・し・い、熱帯天国からお送りしていまぁす]

 

無駄に甘ったるい声、そして可愛らしく見せているつもりなのだろうウィンク。そのコンボを見た高校男子二人の背筋に寒気が走る。

 

「イザナギッ!!」

「ジライヤァッ!!」

 

「ちょ、待った待った!まだ早いって!」

 

そして二人は同時にペルソナを召喚。それを見た千枝が慌てて二人を静止させる。

 

「っるせえっ!! 早くどうにかしねぇとこっちはもたねぇんだよっ! 精神的にっ!」

 

千枝の静止に対して陽介が怒鳴り、真も今までやせ我慢していたようだがもう限界が来たらしくどこか据わった目で完二のシャドウを睨み付けている。

 

「お、おおお落ち着いてって! ほら命さんは冷静だよ!」

 

千枝はそう言って未だペルソナ召喚用の銃型召喚器をホルスターに収めている命を指す。がそこで彼女は彼の手がホルスター近くをさまよい、さらにその手がぶるぶる震えている事、そして彼の口からぼそぼそと何か呟かれているのに気づいてしまった。

 

「大丈夫あれはシャドウ大丈夫あれはシャドウ大丈夫あれはシャドウ大丈夫あれはシャドウ大丈夫あれはシャドウ……シャドウだからぶっ殺しても平気……」

 

「のわあああぁぁぁぁっ既に暴走しかけていらっしゃる!? 落ち着いてください命さーん!!」

 

その目に光は宿っておらず、怪しい笑みを浮かべながらまるで呪詛のようにぶつぶつと呟いている命を見た千枝は今度は命を押さえ始めた。

 

[まだ素敵な出会いはありません。このアツい霧のせいなんでしょうか? 汗から立ち上る湯気みたいで、んぅ~うん、ムネが、あ、ビンビン、しちゃいますねぇ~]

 

自分の身体を抱きしめてぶるぶるっと震え、胸筋をピクピクッと動かしてそう言う完二のシャドウ。その背景にテロップが浮かび上がった。

 

――女人禁制! 突・入!? 愛の汗だく熱帯天国!――

 

「ヤバい……これはヤバい……色んな意味でっ……」

 

うめき声を上げながら陽介はそう呟いて数歩引き、彼を守るようにジライヤが前に出る。しかしやはり陽介の心の海より生まれし存在のためか陽介と同じく腰が引けていた。

 

「確か、雪子ん時もノリとしては、こんな感じだったよね……」

 

「うそ!……こ、こんなじゃないよ……」

 

次に千枝が引きつった笑みでそう呟くと雪子は最初強く否定しつつどこか落ち込んだ様子でそう漏らす。と、どこからともなくざわざわとした声が聞こえだした。

 

「またこの声……てかこの声、前より騒がしくなってない?」

 

「……この声、もしかして……」

 

千枝の呟きに陽介が気づいたと同時に平静を取り戻したのか神妙な表情を見せる。

 

「被害者しかいないのに、誰の声なのか不思議だったけど……外で見てる連中って事か?」

 

「“番組”流れてることの反響ってこと? うわ、今の完二君見られてんだとしたら、こりゃ余計な伝説が増えそうだね……」

 

「こいつは恐らくシャドウなんだが、外の奴らにはそんなこと分からないよな……」

 

陽介の言葉を聞いた千枝が苦々しげな表情を見せると真も呟く、とまた声がざわざわと騒ぎ出した。

 

「シャドウたち、めっさ騒いでるクマ!」

 

[ボクが本当に求めるモノ……見つかるんでしょうか、んふっ]

 

クマの言葉の後、完二のシャドウはやはりにやけた笑みに媚びたような甘い声でそう言う。

 

[それでは、更なる愛の高みを目指して、もっと奥まで、突・入! 張り切ってぇ~……行くぜ、コラアァァッ!]

 

そして突入という言葉に合わせて腰を振ったかと思うといきなり拳をぶぅんと大きく振ってドスの効いた声で叫び、踵を返すと部屋の奥に駆け出す。

 

「っ、皆! シャドウだ! 戦闘態勢!!」

 

その直後命が叫び、同時に部屋の奥から完二のシャドウと入れ替わるように二体の警官シャドウがやってくる。それを見た命、真、陽介、千枝は構えを取った。

 

「あんなのと一緒、あんなのと一緒、あんなのと一緒……」

 

その後ろで雪子はまだショックなのかぶつぶつと呟いている、が突然顔を上げるとキッとした表情を見せた。

 

「そんなの、なんか悔しい!……コノハナサクヤ!!」

 

雪子の怒りに燃えたような表情で召喚されたコノハナサクヤ。彼女の放った炎が一気に二体の警官シャドウを焼き尽くした。するとコノハナサクヤが不思議な輝きを放ちだす。

 

「……あ、レベルアップ? 少しは強くなれたかな?」

 

「うわ~……瞬殺」

 

呑気な雪子の呟きを聞きながら、命は一瞬で焼き尽くされた警官シャドウ二体に僅かな同情の意を見せた。それから彼らは先に進んで階段を見つけ出し、四階に上がる。その時どこからともなく声が聞こえてきた。

 

[こんな所で引き下がんのは男じゃねえ! 見てろよ! 巽完二の男気、見せてやるぜ!]

 

「この声は……」

 

「完二みたいだ。まだ無事のようだな……」

 

どこからともなく聞こえてきた声に陽介が声を漏らすと真が安心したような声色で呟く。

 

[[[グオオォォォンッ!!!]]]

 

すると突然聞こえてきた咆哮。それと共に首輪の先に鎖で繋いだ巨大な鉄球を着けた虎が三体と弓矢を手に持った天使のようなシャドウが二体姿を現す。

 

「来るぞ!……頼む、ラクシャーサ!! キルラッシュ!」

 

真は声を上げて戦闘開始を示した後ペルソナを呼び出し、二刀を持った鬼神を呼び出す。その鬼人は光を纏った二刀を手に虎に飛びかかり、右手の刀で斬撃をくらわせた後繋げる目にも止まらぬ連続斬りで虎シャドウの一体を斬り崩す。

 

「オルフェウス! 突撃!!」

 

次にかかってくる虎に命が呼び出したオルフェウスが光を纏った竪琴で殴りかかる。それを虎は右腕をひっかくように振り下ろし、竪琴にぶつけるとそのままの勢いで腕を振り下ろし竪琴を押し返した。

 

「押し負けた!? つっ!」

 

命は押し負けたことに声を上げた後その虎の左腕での追撃を咄嗟にオルフェウスとシンクロしとんぼ返りでかわす。

 

「トモエ!!」

 

そこにトモエがさっきオルフェウスの攻撃を押し返した虎に突っ込んでいき、今度はトモエの振り上げた薙刀と虎の振り下ろした右腕がぶつかり合う。そして僅かな拮抗の後トモエの薙刀が押し勝ち、その瞬間トモエの薙刀が光を放つ。

 

「脳天落とし!!!」

 

千枝の叫びと同時に虎の脳天に突き刺さる薙刀、その一撃が虎を殴り崩す。

 

「コノハナサクヤ! アギラオ!!」

 

残る一体の虎はコノハナサクヤの放ったアギの上位術――アギラオが焼き尽くす。

 

「遅ぇよテメエら! ジライヤ! ソニックパンチ!!」

 

さらに天使シャドウ二体はジライヤが放つ光を纏った手裏剣にあえなく斬り倒された。

 

「ふう。これで全滅だな……先輩、先を急ぎましょう!」

 

「あ、うん……」

 

真は辺りを確認してからそう言い、命はこくんと頷くと先を歩く彼らの後を走っていった。そして彼らは階段を見つけると五階へと上がる。その時またどこからともなく声が聞こえてきた。

 

[お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……]

 

「先輩……」

 

聞こえてくる完二の声は弱々しくなっており、真は心配そうに命に声をかける。

 

「僕達に出来ることは……一刻も速く、でも確実に巽君を助けるために全力を尽くす……これだけだ」

 

「はい……皆、急ごう!」

 

命は静かにそう言い、真はその言葉に頷くと全員に急ごうと言って走り出した。そして彼らは一気に六階への階段を見つけると六階に駆け上がる。

 

[ハイ! そこのナイスなボーイ!]

 

そこに突然またもやどこからともなく今度は完二のシャドウの声が聞こえてきた。

 

[キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?]

 

「ナイスなボーイ?……お、俺達の事か!? 違う! 俺達は完二を助けに来たんだ!」

 

[ヒュー! ボクを求めてるって? そうなのかい? 嬉しいこと言ってくれるじゃない!]

 

完二のシャドウの言葉を聞いた陽介は少し黙ってその言葉の対象が自分達であることに気付くと否定。しかしその言葉の意味をそう捉えた完二のシャドウはむしろ嬉しそうな声を出していた。

 

[それじゃあ、とびっきりのモノを用意しなきゃ! 次に会うのが、とても楽しみだ! じゃあ、またね!]

 

その言葉を最後に完二のシャドウの声は聞こえなくなり、陽介は顔を青ざめさせる。

 

「な、なあ……二手に分かれねえ? 天城と里中はこのまま特攻、俺と椎宮と命さんは帰宅、とか……」

 

「却下」

「アホな事言ってないで行くよー」

 

苦笑い、というか引きつった笑みを浮かべながらの陽介の言葉を命が却下し、千枝が陽介の耳を掴んで引っ張って行く。その後を残る三人もついて行き、彼らはそのまま七階まで上がる。

 

「ムハー! 何か知らんけどこの階の熱気はスゴいクマ!」

 

「確かに……汗が酷くなってきた……」

 

「皆大丈夫か? ガンバレー!」

 

クマの言葉通りこの階の熱気は今までのものと比べて凄まじく、真はメガネを外すと額の汗を拭う。そして彼らは進んでいくとどうやらこの階は上から見ると真達が上がってきた場所を中心として左右対称となった長方形型の道になっており、そこにただ一つ存在するドアの向こうから異常な熱気が漂ってきていた。

 

「……いくぞ」

 

「「うん!」」

「……お、おう」

 

真の号令に女子二人が力強く頷き、陽介も及び腰になりながら頷く。それを見てから真はドアを開けた。

 

「ようこそ、男の世界へ!」

 

そこにいたのは完二のシャドウ。その横には長身な完二でさえ膝程度の高さしかない巨人のレスラーみたいな恰好をしたシャドウが立っていた。

 

[突然のナイスボーイの参入で会場もヒーットアーップ! ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し、今宵は特別なステージを用意しました!]

 

「ま……まさか……」

 

完二のシャドウは実況のような声を上げ、陽介は顔を青ざめさせる。真もまさかといわんばかりに頬を引きつかせていた。

 

[時間無制限一本勝負! 果たして最後に立ってるのはどちらだ? さあ、熱き血潮をぶちまけておくれ!]

 

その宣言と同時に動き出す巨人シャドウ。まず初めにその内に力を溜め込み、ただでさえ筋骨隆々な身体の筋肉がさらに盛り上がった。

 

「オルフェウス! タルンダ!」

「エリゴール! スクンダ!」

 

まず命の呼び出したオルフェウスが相手の力を抑え、さらにエリゴールの威嚇が巨人の動きを遅くさせる。

 

「とりゃーっ!」

 

そこに千枝が飛び回し蹴りで攻撃する、とその瞬間巨人の身体が発光した。

 

「ぶぐっ!!??」

 

その直後、悲鳴を上げたのは千枝だった。まるでカウンターパンチを食らったような衝撃、それが彼女のお腹に襲い掛かる。巨人は全く動いていない。

 

「物理反射……いや、カウンタか!?」

 

千枝の様子から相手のスキルを分析した命の声が響く。カウンタ、文字通り相手の物理攻撃をそのまま相手に跳ね返すスキル。つまり千枝はシャドウを一撃で砕く蹴りをそのまま自分で受けてしまった。それは飛び蹴りという技の関係上空中に浮かんでいた千枝の華奢な身体を吹っ飛ばすには十分だった。

 

「あぐっ! げほっ……」

 

「くそ! 花村! すぐに里中の回復とフォローに回れ!」

 

「了解!」

 

「それと下手に物理攻撃を放つと跳ね返されかねない! 魔術攻撃をメインに戦うんだ!」

 

「はいっ!」

 

地面に叩きつけられた千枝は苦悶の表情でお腹を押さえながら地面を転がり、真はすぐに天城に指示を出し、命も戦い方のアドバイスを送る。

 

「オルフェウス! アギ!」

「ジャックフロスト! ブフーラ!」

「コノハナサクヤ! アギラオ!」

 

オルフェウスが竪琴をかき鳴らして炎を操り、ジャックフロストが床から氷の槍を突き出させ、コノハナサクヤがオルフェウスが操るものより数段上の量の炎を撒き散らす。

 

 

「ジライヤ! ディア!」

 

そして陽介も千枝の元に辿り着くとジライヤに回復魔法――ディアを指示し、千枝のお腹の傷を癒す。そしてその光が消えると陽介は千枝に手を伸ばした。

 

「大丈夫か、里中? 立てるか?」

 

「あ、うん。なんとか……ありがと」

 

陽介の言葉に千枝は頷いて彼の手を取り、立ち上がると照れくさそうにお礼を言い、巨人シャドウを見る。

 

「さーってと。あたしに恥かかせてくれたお礼をしないとね……いくよ、トモエ!」

 

「その意気だ! いくぜ、ジライヤ!」

 

そして二人は笑みを浮かべながら戦線に復帰した。

 

[グオオオオォォォォォッ!!!]

 

巨人シャドウは炎や氷を耐えながら一番手近にいる真に突進、丸太のように太い腕を振りかぶった。

 

「チェンジ! スライム!」

 

咄嗟にペルソナを入れ替え、剣を前に出して防御の構えを取る。その直後巨人シャドウの拳が真に激突。しかし不思議な力がその拳の激突を防ぎ、真は剣を思いっきり振るって拳を押し返した。

 

「今だ! 総攻撃!!」

 

「オルフェウス! アギ!」

「ジライヤ! ガル!」

「トモエ! ブフ!」

「コノハナサクヤ! アギラオ!」

 

真の声を聞いた四人が一気に所有するペルソナの魔法で連続攻撃。しかし巨人シャドウはそれをも耐えきって見せ、魔法の雨が止むと同時に千枝を睨み付け、巨体を生かしたタックルを仕掛けてくる。

 

「里中! 逃げろ!!」

「千枝!!」

 

さっきを思い出したのか陽介と雪子が声を上げる。が千枝はにやぁっと笑みを見せるとなんと巨人シャドウに突っ込んでいく。そして二人が激突する直前……千枝の身体が発光する。

 

[グオオォォォッ!?]

 

その直後巨人シャドウの巨体が吹っ飛ばされる。まるで(・・・)自分の(・・・)タックルの(・・・・)衝撃を(・・・)そのまま(・・・・)自分が(・・・)受けた(・・・)かのように(・・・・・)。そして空中を吹っ飛び地面に叩きつけられた巨人シャドウの身体が霧散していき、それを見た千枝はしてやったりといわんばかりの笑みを見せる。

 

「残念でした。トモエもカウンタのスキルを持ってたのよ。これであたしに恥かかせてくれたお礼はしたからね!」

 

そして消えていく巨人シャドウを見ながらびしっと指を突き付け、巨人シャドウは静かに消えていった。それを見送ると千枝は振り返って元気な笑みを浮かべながらVサインを見せる。

 

「へへっ、やったね!」

 

「確かにやったことはやったんだけど。カウンタ狙いで敵に突っ込むのは正直無謀だと言わざるを得ないね」

 

「あ、やっぱりですか?……はい、今度から気をつけます……」

 

千枝の嬉しそうなVサインに対し命は冷静に彼女の戦い方を批評し、千枝は自覚してたのか素直に謝る。と雪子がぺたりとへたり込んだ。

 

「つ、疲れた……」

 

「あぁ。さっきの戦いで結構体力使ったからな……今日はこの辺で引き上げよう」

 

「え!? で、でも完二君……」

 

「無茶をしてミイラ取りがミイラになったら意味がない……心配だけど、今日はこの辺で引き上げた方がいい」

 

雪子の呟きに真が言うと千枝が心配そうに呟き、次に命がそう言うと真も頷いた。

 

「また明日。確実に助け出そう」

 

「ああ……そういや明日ってテストの結果発表の日じゃなかったっけ?……」

 

真の言葉に陽介も神妙な表情で頷くが直後そう呟き、千枝は少し黙るとがくっとうずくまる。

 

「ああ~、それを考えただけで気が重くなってきた……今日はもう帰ろ~」

 

さっきまでの焦りようはどこへやら帰ろうと言いだす始末。それに命は苦笑を漏らすとダンジョンからの脱出アイテムであるカエレールを取り出した。

 

「じゃあ、いくよ……転移! 脱衣所!!」

 

命は全員に転移を始めると伝え、カエレールを掲げるとこのダンジョンの入り口である脱衣所の光景を思い浮かべながら呪文を唱え、彼らの姿が白い光に包まれる。それから白い光が消えた後彼らの目の前には脱衣所の光景が広がっており、彼らはそこから広場に戻るとテレビから出ていく。

 

「それじゃ、俺晩飯の材料買ってから帰ります」

 

「ああ、んじゃ俺ついてくよ。今日は惣菜が安いぜ~」

 

真と陽介はそう言って食品売り場に歩いて行き、残る三人はジュネスから出ていくと千枝は二人の方を向く。

 

「じゃあ、あたしも帰るね。また明日頑張ろう」

 

「うん」

「ああ。今日はしっかり休んで、明日疲れたから休みます~なんて言わないようにね。学校も」

 

「ぅぐ……しょうがない、覚悟決めよう……」

 

千枝の言葉に雪子は笑顔で頷き、命も悪戯っぽく笑ってそう言うと千枝はうぐっと唸ってため息をつくと帰路につく。それを見送ってから命は雪子の方を見た。

 

「さて。天城さんって帰りはバス?」

 

「は、はい。あ、でも……この時間だと少しどこかで時間潰さないと……」

 

命の言葉に雪子は頷いた後携帯の時計を見てそう呟く。それに命はふふっと笑った。

 

「じゃあ、バイクに乗せてあげるから一緒に帰ろう」

 

「え、えぇっ!?」

 

その言葉に雪子はびっくりしたように声を上げ、彼女の頬が少し赤く染まる。

 

「どうせ帰る場所は一緒でしょ? 天城さん置いて先に帰るのもなんだし、こんな事もあろうかとヘルメットは二人分常備してるからね。遠慮しなくていいよ」

 

「あ……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えます……」

 

命の優しげに微笑みながらの言葉に雪子ははにかむように微笑み、顔を伏せてそう呟くように返す。それに命はオッケーと返すと「バイク出してくるからちょっと待ってて」と言ってから駐輪場に歩いて行き、数分でバイクを持ってくると雪子にヘルメットを渡し、彼女がヘルメットをしっかり被って後ろに乗るのを確認すると命もハンドルを握った。

 

「じゃ、しっかり掴まっててね。振り落とされたら危険だから」

 

「は、はいっ」

 

命の言葉に雪子は少し上ずった声で返し、命の背中に抱き付くように掴まる。それから命もバイクを走らせ、ジュネスを後にした。

 

それから旅館に辿り着くと命は雪子と別れ、部屋に戻る。そして部屋の障子を閉めると真剣な表情を見せた。彼の頭に思い浮かぶのは今回の戦い。

 

「……オルフェウス一体じゃ、そろそろ限界なのかな……」

 

命はそんな弱音のようなものを呟く。しかし次に彼は首を横に振った。

 

「いや、でも僕はやらなきゃいけないんだ……皆を守るために……」

 

命は自分に言い聞かせるように呟く。しかしその言葉は消えそうなほどに弱々しかった。




お久しぶりです。進学してその先で寮生活となったんですがそこのネット接続に手間取って先日ようやく開通したので投稿いたします。
さて今回は大浴場での中ボス戦までを描き、次回辺りで命の身にちょっとした事件を起こす予定なのでお楽しみに。と言っておきますね。それでは。

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