5月13日、昼休み。真は昼食のお弁当を食べ終えた後腹ごなしに教室を出て校内を散歩していた。
「……ん? あいつは……」
真は廊下で僅かに見覚えのある相手を見つけ、声を漏らす。
「よお、マネージャーの……海老原とか言ったか?」
「ん? ああ、アンタか……」
真が声をかけた相手――以前、出席日数が足りない代わりにバスケ部のマネージャーをやる羽目になったと言っていた女子こと海老原――はそんな声を漏らすとにやりと笑みを見せ、その笑みを見た真はぎくりと肩を震わせて後ずさる。今の真の表情はなんというか、頭の上に太字明朝体で“嫌な予感”という文字が浮かんでいるような表情である。と、逃がすかといわんばかりに海老原は真の肩を掴む。
「ねぇ、午後の授業、ちょっと抜けない? 放課後までには戻ってくるし」
「え? いや、それはちょっと……」
「文句言わずに、はい来る!」
「お、おい海老原!?」
海老原の言葉に真は困ったような声を漏らすが彼女は力強くそう言って真を引きずっていく。こんな時に限って周りに人気はなく、真は声にならない声を上げながら海老原に引きずられていった。
それから場所は沖奈駅前へと移り、海老原は気分良さそうに笑っているのに対し真は低いテンションではぁとため息をついていた。
「ん~! やっぱ気分いいね~。この時間、まだみんな勉強してるでしょ? そういうの、サイコー」
「……サボりは良くないと思うんだが?」
「は?」
海老原の言葉に真が声を漏らすと彼女はすぐさま眉間に皺を寄せて彼を睨みつける。
「……って言いながら、アンタがやってるのは何よ?」
「俺は返答も聞かれずに拉致られただけだ……まあ、結果的にサボりなのは変わらないか」
海老原の僅かにイラついたような声に真はため息を漏らしそうな声色で返すがやれやれと首を横に振りながらそう続ける。と海老原はふっと笑みを見せた。
「ま、あたしだっていつもじゃないよ。大体、出席日数とか素行不良とかで目ェつけられてるし、最近は大人しいの……ま、いいわそんな話。それじゃ、行くわよ」
「へいへい。こうなりゃ付き合ってやりますよ」
海老原の言葉を聞いた真は諦めたように肩をすくめて返し、それを聞いた海老原はふふんっと鼻歌を歌うように鼻を鳴らす。
「まず軽く服見てー、アクセと靴見てー、最後はケータイ見よっかな」
「いっ!?」
「付き合ってくれるんだよねー?」
「……へいへい」
その言葉に真は嫌な予感を感じて声を漏らすが海老原がそう言うと諦めたようにため息と声を漏らした。
それからしばらく時間が経過し、二人は駅前に戻ってくる。しかし海老原は手ぶらなのに対し真は両手に紙袋を一杯抱えていた。
「やっぱ、荷物持つ人がいるといいねー。片っ端から買えるもの」
「……なあ、海老原が支払いに使ってたやつってゴールドカードとかいう代物だよな?……だ、誰のカードなんだ?」
「あんた、あたしが盗んだとか思ってるなら囲むわよ?」
海老原はあははっと笑いながらそう言い、荷物を持たされながら真は心配そうな顔でそんな声を漏らす。それに海老原はむっとしたように彼を睨み、ゴールドカードを見せる。
「あのね、これはあたしのカード。ウチ、家柄も由緒も何もないけど、金はあるの。パパ、土地ころがしてるから」
「ああ、土地成金とかいうやつか」
海老原はゴールドカードを真に見せながら念を押すように言い、その言葉を聞いた真は彼女から目を逸らしつつそう声を漏らす。と海老原はちらりと時計に目をやった。
「そろそろ行かないと、放課後までに帰れない」
「へえ、意外に真面目だな」
「放課後になった途端に生活指導のセンセがあたしんとこ来るの。出席と素行のチェックにね。そのまま補講の場合もあって、ホント面倒」
海老原の言葉を聞いた真は驚いたように声を漏らすが、それに対し海老原は顔を横に振って返す。が続いて悪戯っぽい笑みを見せた。
「けど当のあたしは、こーやって要領よく遊んでて、センセはまんまと騙されて……バッカらし」
そこまで言うと彼女は一旦言葉を切る。
「けど今日は、いつもより笑えたかな。アンタ、他の男子とちょっと違うね。割りと気に入ったかも。また今度、遊んであげる。ああ、次はちゃんと放課後ね。授業抜け出す前提で誘ったらアンタうるさそうだし」
「それなら歓迎っとしておきますよ」
海老原は冗談交じりな笑みを浮かべながらそう言い、それに対し真も紙袋を抱えたままひょいと肩を上げて返す。真は彼女との間にほのかな絆の芽生えを感じた。
我は汝……、汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり
汝、“月”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん……
頭の中に響いてくる声。それに真はまた僅かに笑みを浮かべた。すると海老原が駅の方に歩き出す。
「ほら、トロトロしない! アンタも生活指導に追い回されたいの?」
「だったら少しくらい荷物持てよ……」
海老原の叱責に対し真はそんな言葉を漏らしながら彼女の後を追うように歩いていった。
それから真もこっそり教室に溶け込み、学校はすぐに放課後になる。真もサボりから戻ってきてなんだが特に学校でやる用事もないため学校を出て行くとなんとなくジュネスへと向かう。
「ん? あれは……」
とジュネスの外で、中にいる見覚えのある男性に気づき、真は昨日の夜の事を思い出した。
「帰ってきたか。そうだ、ちょっといいか」
「はい?」
昨夜テレビから帰って来た時、遼太郎が突然話しかけてきた事からそれは始まる。
「お前、ジュネスはよく行くか?」
「ええまあ、たまに」
「足立のヤローが、時々姿をくらましやがる。大方、ジュネス辺りでサボってんだと思うんだが……お前が行くような時間に見かけたら、おおよそサボってるはずだ。ジュネスで足立見たら、ガツンと言っちまっていいぞ」
真はふとそんな叔父からの言葉を思い出す。ジュネスの中にいる男性――足立、遼太郎の言葉通りなら彼は今サボっているというわけだ。
(つくづくサボりに縁がある日だ……)
真はふとそんな事を思いながらジュネスに入り、足立に近づく。
「こんにちは、足立さん」
「あれ? あー、君かぁ。どしたの? 僕に何か用?」
「あ、いえ、ただ堂島さんがジュネスで足立さんを見かけたらガツンと言っていいと言っていたもので」
「え、ど……堂島さんに!? や、やだなあ。ここには仕事で来てるってのに……」
真の言葉に足立は一瞬びっくりした表情を見せた後困ったように顔をしかめ、真の方を一瞬見てにかっと笑った後店内を見回す。
「ホラ、人の話聞きやすいからさ。こういう場所は捜査しやすいんだよねー」
「なるほど。一理ありますね」
足立の言葉に真はふんふんと頷き、それに足立は機嫌をよくしたかまた笑った。
「それに夏は涼しいし、冬はあったかいでしょ。なかなかいい穴場見つけたと思っ……っとと。ま、そういう事だから!」
「……そうですか。ま、足立さんには世話になってますし、付き合いましょうか?」
「はい? あ、そう? 君も変わってるねぇ」
足立の続いての言葉に真はジト目になってため息をついた後、さっきのサボり気分が若干残ってしまっているのかそんな事を言い、足立も不思議そうな表情を見せてそんな事を呟く。
「じゃあさ、君は何やってんの? ヒマ潰しってとこ? こんな田舎だと、やる事ないでしょ。ホント何もないしさー。やっぱ都会とは違うよねえ」
「いや、そんなことはないと思います」
「あ、そう? でも君、都会から来たんだよね。その内分かるよ。ホントやる事ないからさ、ここ」
足立の同意を求めるような言葉に真は首を横に振って返し、それに足立は面食らったように目を丸くしたあとやれやれとため息をついて頭をかく。
「僕なんて、ここ来た時の最初の仕事、猫探しだよ。スーツ泥だらけになってさー……クリーニング代、経費で落ちないし。次は夫婦喧嘩の仲裁だっけ。そんなの警察がいちいち出張ってらんないよ」
足立は愚痴を漏らしている、がそれが一段落するとふぅっと息を吐いた。
「でも最近は物騒になったから、ノンビリもしてられないんだけどね。ホラ、例の事件。まだ解決してない訳じゃない? 上層部も手ぇこまねいててさ、現場も方針がコロコロ変わっちゃって……」
「……」
足立はそこまで言うと口をつぐみ、すまなそうに笑う。
「あ、ごめーん。不安にさせちゃったかな。君らは安心してていいよ、ウン。ここは僕ら警察が何とかするからさ」
「はは、頑張ってください」
足立は真を気遣うようにそう言い、それに真も少し笑って返す。真は彼との間にほのかな絆の芽生えを感じた。
我は汝……、汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり
汝、“道化師”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん……
頭の中に響いてくる声。それに真はまた僅かに笑みを浮かべた。すると足立は彼から目を逸らして歩き出す。
「さて、と……そろそろ仕事に戻るかな」
そう言って歩いていこうとする足立だったが、突然誰かがやってくると彼は慌てたように真の影に隠れ、その入ってきた相手――おばあさんが立ち去っていくと彼はふーとため息をついた。
「ふー、危ない危ない……」
「?」
その光景に真は首を傾げるが、足立はその前にまた歩き出す。
「じゃあ僕は行くから。君も早く帰りなよ」
足立はそう言って歩き去ろうとするが、途中で思い出したように足を止めると真の方を見て悪戯っぽい笑みを見せる。
「僕がジュネスにいたの、堂島さんには内緒だよ?」
「はいはい。考えておきますよ」
足立の言葉に真も悪戯っぽく笑って返し、彼は足立が仕事に戻るのを見送ってから家に帰っていった。
それから夜になり、真は菜々子と一緒にテレビを見ていた。ちなみに後ろのソファでは遼太郎が新聞を読んでいる。
[静かな町を脅かす暴走行為を、誇らしげに見せつける少年たち……そのリーダー格の一人が、突然、カメラに向かって襲いかかった!]
[てめーら、何しに来やがった!]
リポーターの声の直後聞こえてきた、声変わりをした後の少年らしい低い声。それを聞いた遼太郎が新聞を下ろしてテレビに目を向ける。
「この声……」
[見世もんじゃねぇぞ、コラァ!!]
テレビに映っているのはカメラに威嚇するように怒声を上げている、金髪をオールバックにした少年の姿。一応目にぼかしは入っているがそれだけであり声にも加工は入っておらず、体格や目を除いた顔立ちから個人の特定は簡単そうに思える。特に八十稲羽周辺となると少し探せば分かるだろう、真はふとそんな思考に入っていた。
「あいつ、まだやってんのか……」
「お父さん、しりあい?」
「うーん、まあ、仕事の知り合いだな」
遼太郎の呟きを聞いた菜々子が首を傾げて問いかけると遼太郎は頷く。
「“巽完二”……ケンカが得意で、たかだか中三でこの辺の暴走族をシメてた問題児だ。けど確か、高校受かって、今はどっか通ってんじゃなかったか?」
「ふーん」
遼太郎の言葉に菜々子はそう声を出す。
「あーあー、折角顔にボカシかかってんのに丸分かりだなオイ」
「俺も思いました。声に加工が入っていないですしこれじゃあ髪形や体格で個人の特定はたやすいですね」
遼太郎の言葉に真も頷き、自分が思ったことを口にする。と遼太郎はまた思い出すように口を開いた。
「こいつ、実家が老舗の染物屋でな。たしか、母親が夜寝られないから、とかで毎晩走ってた族を一人で潰しちまったんだ」
「ま、またアグレッシブな親孝行ですね……」
「ああ。だが動機はともかく、暴れすぎなんだよ……これじゃ、その母親が頭下げる事んなっちまう」
遼太郎の言葉を聞いた真が頬を引きつかせながらそう言うと彼はふぅと息を吐いて返す。と菜々子がテレビの下に表示されている天気予報に気がついた。
「あ、あした雨だって。下にお天気でてる。せんたくもの、中だね」
(明日は雨、マヨナカテレビを見ることになりそうだな……)
菜々子の言葉に真はそんな事を思考の片隅に入れる。そしてニュース番組が終わった後、彼らはそれぞれ眠りについた。
それから翌日5月14日の放課後。千枝は教室の窓から外を見る。完全に雨が降っていた。
「おっと、降ってきてる……天気予報、当たったね」
千枝はそう言うと真の席を中心に集まっている、命を除いた特別捜査隊の集まりに混ざりこむ。と同時に陽介が口を開いた。
「じゃあ今夜だな、例のテレビ」
「何も見えないといいけど……」
「ああ。それが一番といえば一番なんだが、せめて何か犯人に繫がるヒントでも映らないものか……」
陽介の言葉に続いて雪子が言うと真もそう呟く。
「じゃ、今夜は忘れずにテレビチェック! オーライ?」
そこに千枝がそう纏めた。
それから時間が過ぎて夜になり、真は自分の部屋に戻ると外で雨が降っているのを確認してカーテンを締めてテレビの前に立つ。そして少し待つと電源の点いていないテレビが映り始め、真は砂嵐の中に人影を見つけた。
(……高校生くらいか? だが、男……みたいだな)
真は目を凝らして人影を見ながら分析を進める。しかし画像が荒く誰なのかまでの判別は出来なかった。そしてマヨナカテレビは消えていく。
(……先輩にかけてみるか。だが俺達の推理ではたしか狙われるのは女性……)
真は考え事をしながらとりあえず命に電話をかけてみようと携帯電話を取り出す。そしてそれを開こうとした直前、陽介から電話がかかってきた。
「もしもし」
[もしもし。な、どう思う? 映ってたの、男だよな? けど人相までは分かんなかったな。明日、皆で詳しいこと話そうぜ。俺が里中にかけて、里中から天城に回してもらう]
「分かった。俺は先輩にだな」
真が電話に出ると陽介は素早く要点を纏めて話し、それに真も頷くと電話を切り、命に電話をかける。
[もしもし、真君?]
「先輩、マヨナカテレビ……」
[見たよ。でも君達の推理と合致しない部分が発見できたね]
「はい。それについて明日、皆で話し合うことになってます。場所は多分いつもの場所だと」
[りょーかい。じゃあ切るね]
「はい」
電話に出た命はいつもの冷静というか飄々とした態度を崩しておらず、二人は素早く要点だけを話し合うと命が電話を切り、真も電話を切ると今日はもう眠りについた。
そして翌日5月15日。彼らはジュネスのフードコートに集合していた。全員が集合しているのを見回して確認した後、陽介は両手を組んで肘をテーブルに乗せ、手で口元を隠して神妙な表情を取る。
「えー、それでは稲羽市連続誘拐殺人事件、特別捜査会議を始めます」
「ながっ!」
「あ、じゃあここは、特別捜査本部?」
神妙そうな表情でそんな事を宣言する陽介に千枝が突っ込み、雪子は目を輝かせる。
「おーそれそれ! 天城、上手いこと言うな」
「“トクベツそーさほんぶ”……んー、そう聞くと惹かれるものが……」
雪子の言葉に陽介が楽しそうな笑みを見せて頷くと千枝も何かに惹かれるようにうんうんと頷く。
「はーい皆、どうでもいいことに引っ張られないで会議スタートー」
「おっとととすいません命さん」
と、そこに命がぱんぱんと拍手を打って会議の始めを促し、陽介もこくこくと頷いて気を取り直す。それから真が口を開いた。
「じゃあまず、全員がマヨナカテレビを見ていると仮定して話を始めるが、誰か映っていた人が何者か分かった人はいるか?」
「ん~、顔は見えなかったけど、アレ男だったよね?」
「俺にもそう見えたぜ。年は、まあ高校生ぐらいじゃね?」
真の問いかけに千枝は言うと陽介も頷いて意見を出す。
「私も、あんな風に映ったんだ……」
雪子も自分がああいう風にテレビに映ったのかとうつむいて声を漏らす。
「あれ、でも待って」
しかしその次に気づいたように顔を上げた。
「被害者の共通点って、“一件目の事件に関係する女性”……じゃなかったっけ?」
「だと思ったんだけどな……」
「でもまだ、映ったのが誰なのかハッキリしてないからね。案外男装の女の子だったってオチもありかもしれないよ?」
「先輩、ややこしくなること言わないでください……」
雪子の問いかけに陽介が苦しそうな表情で漏らすと命がそう発言し、それに真がツッコミを入れる。
「たしか私の時は、事件に遭った夜からマヨナカテレビの内容、変わったんだよね?」
「ああ。急にハッキリ映って、内容もバラエティみたいのになった。今思えば、クマの言った通り、中の天城が“見えちまってた”のかもな」
「でも昨日見えた男の人、はっきり映らなかったでしょ? もしかしたら……今はまだ“あっち”に入ってないんじゃない?」
そこにまた雪子が問いかけ、それに陽介が答えると雪子はさらに続ける。その言葉を聞いた命がにやりと笑って頷いた。
「そう。マヨナカテレビのあのバラエティ番組が放送される条件がテレビに被害者が放り込まれることだと仮定すれば、逆に言えばバラエティ番組が放送されていない今、被害者はテレビに入っていないという証明になる」
「そうか! つまりこれからテレビに入れられるだろう被害者が誰かを特定できれば先回りが出来る!」
「ああ……それに、上手くいけば犯人とか一気に分かるかもしれない」
命の言葉を聞いた真が思いついたようにそう言うと陽介も頷く、がすぐに浮かない表情を見せた。
「ハァ……けど、まず誰か分かんない事にはな……悔しいけど、とりあえずもう一晩くらい様子を見てみるしかないな……」
「オホンッ……えー、ってことはつまり、ワタシの推理が正しければ……」
陽介の言葉に続き千枝はオホンッと咳払いをし、仰々しく話し出した。
「映像は荒く、確かな事は言えないが、あれはどうも男子生徒だと思われる。しかしそれだと、これまでに立てた予測とは食い違う……個人の特定がまだ出来ないので、つまりは、もう少し見てみるしかない!」
「……全部今言ったじゃねーか」
「う、うっさいな!」
千枝の推理という名の纏めに陽介がツッコミを入れると千枝は顔を赤くして叫ぶ。
「んふふ……ぷぷ、あは、あーははは!! おっかしい、千枝! あははは、どうしよ! ツボ、ツボに……」
「出たよ……」
「ごめ、ごめええーんふふふ」
それに対し雪子が爆笑し始め、千枝が困ったように声を漏らすと雪子は謝りながらも笑い続ける。
「なるほどな……天城って、実はこういう感じか……」
そして陽介も少し息を吐きながらそう漏らした。
「つか、映ったあの男の子、どっかで見た気すんだよねー……それも、つい最近……」
「あ、里中も思うか? そーなんだよ、実は俺も昨日から考えてたんだけどさ……」
「学校の生徒、とかじゃないか? たまたま目に入ったのを覚えてるとか? かくいう俺もなんか見覚えがある気がしてるんだが……」
そこに千枝が口を開くと陽介がその意見に同意し、真もそう続ける。それに命はうんと頷く。
「ま、とりあえず今夜マヨナカテレビを見てみよう。そして明日、また皆で考えればいい」
「「「「はい」」」」
命の纏めに四人は真剣な表情で頷く。
「ぷぷ……」
しかし次の瞬間雪子が思い出し笑いを始め、それに千枝はあーもうっといわんばかりに口を開いた。
「ぬわったく、いつまで、笑ってんのサ!! この“爆笑大魔王”がっ!!」
「あはははは、千枝うまーい!」
「悪化させてどーする」
「……そっとしておこう」
その千枝が出したツッコミは逆効果となって雪子にさらなる笑いを与え、陽介がジト目でツッコミを入れ、真は静かにそう漏らした。
そしてまた夜。真は自室で、外で雨が降っているのを確認してからカーテンを締めテレビの前に立つ。そして少し待つと電源の点いていないテレビが映り始め、真はまた砂嵐の中に人影を見つけた。
「……これは……」
真は目を凝らして砂嵐の中の人影を見る、と彼は何かに感づき同時にテレビは消えていく。そのすぐ後に陽介から電話がかかってきた。
[見たか?]
「ああ……もしかしたらだが、巽完二かもしれない」
[ああ、やっぱそうだよな]
陽介の問いに真は頷いた後自身の予想を話し、同じ事を考えていたのか陽介もその意見に肯定の言葉を返す。
[どっかで見たなーと思ってたけど、テレビだよ、テレビ、特番! カメラに“ゴラァ!”とか叫んで、超コエーの]
「……そんなに怖かったか?」
[は?……ま、とりあえすこれで目星ついたな。明日また皆で話そうぜ]
「ああ」
陽介の言葉に真は頷く。
[……あ、そだ……話全然変わるけど、電話しついでに、訊いていいか?]
「なんだ?」
しかし陽介の話はまだ続き、その口調もどこか冗談交じりのような明るいものになる。それに真もつい聞き返した。
[こないだから言おうと思ってたんだよ。お前さ……天城と里中の事、どう思う? ぶっちゃけ、どっちが好み?]
その言葉に真はふっと笑みを漏らした。
「……どっちも好み、と言ったらどうする?」
[ははっ、マジ? お前、守備範囲広すぎだろ!……あー、心配しなくても、もちろんこれ内緒にしとっからさ。んじゃ、明日な]
真の言葉に陽介は笑って返し、最後にそう伝えておくと電話を切る。真も携帯を閉じると今日はもう眠りについた。
そして翌日の放課後。彼らは教室の真の席を中心に集まる。
「昨日の彼、やっぱ彼だよね……」
「“巽完二”か……見るからに絡みにくそうだよな」
「てか、すっげー怖い人なんじゃないの?……この前の特番見た?」
「あー、見た見た」
「暴走族の番組? 私も見たよ」
千枝と陽介の会話に雪子も入り、彼女はふと目を伏せる。
「……あの子、小さい時はあんな風じゃなかったけどな……」
「天城、巽の事を知ってるのか?」
「うん。今は全然話さなくなっちゃったけどね。あの子の家、染物屋さんなんだけど、ウチ、昔からお土産品仕入れてるの。だから今も、完二君のお母さんとは、たまに話すよ」
雪子の呟きを聞いた真が尋ねると雪子はそう説明、そして思いついたように口を開いた。
「あ、染物屋さん、これから行ってみる? 話くらいは聞けるかもしれないし」
「そうだね。最近なんか変わったことはないかとか。本人に直でコンタクトすんのは怖いけど、流石に自分ちの店先なら暴れないっしょ」
「よし、じゃ今から行ってみるか」
雪子の提案に千枝が賛成し、陽介も賛同する。
「危なくなったら、男衆ヨロシク」
「うえっ!?」
「ま、なんとかなるだろ。先輩に連絡とってみる」
しかし最後に千枝がそう言い、それに陽介が声を上げると真が席を立って命に携帯で電話をかけた。
「あ、もしもし先輩ですか? これから……え? 報告書……あ、はい、分かりました。皆にも伝えておきます」
「あ、あのさー椎宮……命さんは?」
真の電話は十秒経たずに終わり、陽介は嫌な予感といいたげな表情で真に声をかける。と彼は振り返って肩をすくめた。
「この任務の報告書を纏めないといけないんだと。ここのシャドウは先輩達の知っているものと差異があるからそれを細かに纏めないといけない、だからちょっと今日は来れそうにないそうだ」
「うえっ!? 嘘! いざとなったら俺達だけで巽完二押さえないといけないわけ!?」
[そんな巽君がだれかれ関係なく襲い掛かるなんて言い方したら失礼だよー]
「どわっ!? まだ電話切ってなかったんすか!?」
真の言葉に陽介が声を上げると電話口から命の声がし、それに陽介はまたびっくりしたように飛び上がる。
[まああれだよ。見た目怖い人でも話してみたらすごく優しい人だったって事あるんだし怖がらずに話してみなよ。じゃあ捜査頑張ってねー]
「あ、ちょっ命さんっ!!」
命の能天気に聞こえる言葉に陽介は叫び返すが、聞こえてくるのはツー、ツー、という電子音のみ。陽介はがくりとうなだれた。
「さて、んじゃ行くか」
そして真の言葉に女子二人はこくんと、陽介もゆっくりがっくんという感じで頷いた。
それから彼らは完二の実家である染物屋[巽屋]へとやってくる。
「こんにちは」
「あら、雪ちゃん。いらっしゃい」
「それじゃあ、僕はこれで」
雪子の挨拶に店の女主人らしき女性が挨拶し、直後青い帽子に青い服という青ずくめの少年がそう言うと女主人は子供の方を向いてすまなそうな顔を見せる。
「あんまりお役に立てなくて、ごめんね」
「いえ、なかなか興味深かったです。ではまた」
女主人の言葉に対し少年はそう言うと店を出て行き、それを見た陽介が首を傾げる。
「なんだ?……変なヤツ」
「見ない顔だよね」
「雪ちゃん、相変わらずキレイねぇ。お母さんの若い頃に似てきたわよ。今日はどうしたのかしら? お友達とお買い物?」
「あ、いえ、その……」
陽介に続いて千枝もそう言っていると女主人は雪子を見て柔和に微笑む。しかしその言葉に雪子は困ったように声を漏らし、真と雪子が女主人と話し出し、陽介と千枝は店内の商品を眺める。
「あれ、このスカーフ……コレ、どっかで見たような……」
「ん?」
千枝の言葉を聞いた陽介が彼女の横に歩き寄り、千枝のいうスカーフを見る。
「あー、見覚えあんな……何処で見たっけか……」
そしてスカーフを見ながら考え込むように眉間に皺を寄せた。それを真もちらりと見ると目を見開いた。
「あ、あそこだ! テレ……例の場所!」
「そうか! 顔無しのポスターのあった部屋の……ってことは、山野アナの……」
真はテレビと言いそうになったがすぐ近くに事情を知らぬ相手がいるため咄嗟に表現をぼやかす。それを聞いた陽介もそうかと頷いて呟く。それを聞いた女主人は首を傾げた。
「あなたたち、山野さんとお知り合い?」
「ああ、ええ、ちょっと……」
「突然申し訳ありませんが、もしかして山野さんはこのスカーフと同じものを持ってはいらっしゃいませんでしたか?」
女主人の問いに陽介はごまかし、続けて真が尋ねる。それに女主人は頷いた。
「ええ、それは元々彼女に頼まれたオーダーメイドだったの。男物と女物のセットだったんだけど、やっぱり片方しか要らないって言われてね。仕方なくもう一枚は、こうして売りに出してるのよ」
「ヤバイよ……最初の事件と関係あるじゃん……どうしよう……」
「どうしようって……」
女主人の言葉を聞いた千枝が声を漏らすと陽介もそう返す。その時店の裏手からぴんぽーんという音が聞こえてきた。
「まいどー、お荷物でーす」
「あ、はーい。ごめんなさい、ちょっと外すわね」
続けて聞こえてきたのは宅配便の業者らしき男性の声、それに女主人は裏の方を向いて声を上げた後雪子達にすまなそうな顔を向ける。と千枝が首を横に振った。
「あ、いえ、あたしたち、もう帰りますから」
「おばさん、また今度ね」
「そう? じゃあ、お母さんにもよろしくね」
千枝に続いて雪子がそう言うと女主人もそう返して立ち上がり、裏に歩いていく。それを見届けてから陽介が口を開いた。
「ここもやっぱり、最初の事件と繋がってる……けど、たかがスカーフだろ? そんなんで狙うか?……くっそ、どういうことなんだ……」
「とにかく、一度外に出て話そう」
陽介は考え込んで頭をかき、そこに真がそう言うと三人も頷き四人は一度店から出て行った。
「あれ……完二くんだ」
「ちょ、お前ら、隠れろ!」
雪子の言葉を聞いた陽介が慌てたように叫び、四人は咄嗟に近くのポストの影に隠れる。
「これ、どー見ても丸見えなんだけど……」
「しっ! 聞こえねっつの!」
それを千枝がツッコむと陽介がそう言い、四人は完二と少年の会話に耳を澄ませた。
「あ、明日なら別にいいけどよ……あ? 学校? も、もちろん行ってっけど……」
「じゃあ、明日の放課後、校門まで迎えに行くよ」
完二の言葉に少年はそう言い、踵を返すとすたすたと歩き去っていく。
「きょ、きょうみって言ったか、アイツ?……男のアイツと……男のオレ……オレに……興味?……」
完二は少年の言葉を考え出すが、やがてポストの影から覗いている真達四人に気づく。
「あん? 何見てんだゴラァァ!!」
直後完二は声を荒げながら四人に突進、慌てて四人も逃げていき完二はチッと舌打ちを叩くと家に入っていった。
一方四人も相手をまいたと確信できるところまで逃げてから足を止める。
「ビビった~。テレビで見るよか迫力あんね……」
「そうか? 先輩がキレた時の方が何倍も怖いぞ?」
「う……ま、まあそうだけどさ。命さんの場合なんていうか静かだから余計怖いっていうか、ベクトル違わない?」
千枝の言葉に真があっさり返し、千枝も一度彼がキレたところを目の前で見ていたというかその対象が自分だったこともあって真の意見に賛同するが直後怖いのベクトルが違うと言っておく。と雪子が確信を得たように口を開いた。
「昨日の映像、やっぱり完二くんだ……」
「ああ……それに、思ったんだけどさ。例の“共通点”……母親の方なら該当してんだよ。一件目の山野アナの関係者で、しかも女性だ。でも、テレビに映ってたのは息子の完二の方……どういうことだ?」
「条件はあくまで俺達の推理だ。実際に攫われる対象が映るテレビ映像を考えると完二の方が攫われると考えるべきだと思う」
「んー、そうなんだよな。条件は母親の方があってんだけど……」
雪子の言葉に陽介も頷く、が続けてそう言いそれに対して真がそう返すと陽介も腕組みをした。と雪子は思いついたようにまた口を開く。
「あ……これって、私の時と似てるかも」
「どういうこと?」
「よく考えたら、被害者の条件に一番合うのって、私より、お母さんだったはずでしょ? 山野さんに直接対応してたの、お母さんだし……なのに、狙われたのは私だった」
雪子の言葉に千枝が問いかけると雪子はそう説明、それに千枝は首を傾げた。
「だから、今度も母親じゃなくて息子がってこと? でもそれじゃ、動機がホントに意味分かんないじゃん。口封じにも、恨み晴らすことにもなんないし」
「読み違えてんのか?……実は最初の事件から、恨みでも復讐でもなかったとか?……あるいは、あの染物屋自体に何か秘密が……」
「ふむ……」
千枝の言葉を聞いた陽介が考え始めると真も困ったように声を漏らす。と陽介はがりがりと頭をかいた。
「あーも、分かんなくなってきたぜ!」
「でも、このまま放っておけない」
「う~ん……こりゃもう、巽完二に直接聞いてみた方が良くない? 何か気になることないか、とか。怖いけどさ……」
陽介の言葉の次に雪子がそう言い、そこに千枝は困ったように頭をかいてそう続ける。と真が口を開いた。
「そういえば完二だが、さっき店にいた少年と約束をしていなかったか? 学校に迎えに行く。と聞こえたが」
「あれ? 完二って入学早々学校サボりまくりって聞いたけど……なんか怪しくねえ?」
真の言葉に陽介は首を傾げてそう呟く。と千枝がうんうんと頷いた。
「確かに、雰囲気は妙だったね。んー、言われてみると怪しい……臭う、なんか臭う気がする」
「臭うって……クマかよ、お前は……けど、実際何か掴めるかもよ」
千枝の言葉に陽介がツッコミを入れ、にっと笑う。
「よし……“張り込み”してみようぜ。完二と染物店の両方。絶対犯人に先越されたくないしな」
その言葉に残る三人が頷く、と陽介はにししっと笑みを見せた。
「……というわけなんで、天城、ケータイ番号教えてみない?」
「ちょっと……」
「花村、お前まさかそれが狙いなんじゃ……」
陽介の言葉に千枝と真の冷たい視線が彼の方に向かう。
「や、違うって。俺、こん中で天城だけ番号知らないからさ。それに“あ行”の知り合い、少ないし」
「はぁ……アンタそういえば、夜中にかけてきて下ネタとかやめてくれる? リアルにヘンタイっぽいよ?」
「お、俺は、天城と話してんの!」
「……」
陽介の言葉に千枝がそう言い、陽介は慌ててそう言うと天城の方を向く。彼女の方は何か考えている様子だ。
「……あ、思い出した。今日、お豆腐買って帰るんだった」
「うわ……一切聞いてねぇ……」
「豆腐……今日の晩飯は豆腐ハンバーグにでもするかな……」
「お前もかよ!?」
「はいはい、じゃ明日ね。でも、そっか……張り込み? 尾行?……やば、地味にワクワクしてきた!」
雪子は話を全く聞いておらず、雪子から豆腐という単語を聞いた真も今晩の献立を考え始めると陽介はそちらにもツッコミを入れ、話を千枝が打ち切らせる。しかし直後千枝は無邪気な子供のような笑みを浮かべ、四人は解散。真は雪子と共に商店街の丸久豆腐店という店に豆腐を買いに行き、それから家に帰っていった。
そして翌日の放課後。彼らは校門前で張り込みをしていた。
「ターゲットは登校しているな!?」
「登校は確認済みであります! ターゲットは本日、昼休み終了間際、母親の手作り弁当持参にて登校。現在はトイレで髪の毛いじってるであります。ターゲットはやたらソワソワしており、絡まれたらイヤなので出てきたであります!」
「何の約束なんだろう……昨日の男の子、顔見知りって感じじゃなかったよね」
千枝のやけに芝居がかった言葉に陽介も上官に報告する兵士のような口調でそう言い、雪子が声を漏らす。
「えー、その辺りは自分が考えますに、もっと微妙な……」
雪子の言葉に千枝がそう言っていると突然ガタンという物音が聞こえ、四人はそっちを向く。
「あ、来た!」
玄関から出てきた完二の姿を見た千枝が声を出し、完二が四人に気づかず校門前の坂までやってくると昨日の少年が坂を上ってきた。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「や、オ、オレも今、来たトコだから……」
少年の言葉に完二はしどろもどろに返し、二人は坂を降りていく。
「な……なんだ、アレ……」
「とっ、とにかくさっ! 追っかけないと見失っちゃうよ!」
「お、おう。それじゃ二手に分かれよう。完二尾行班と、店張り込み班な。ところで真、命さんは!?」
[ごめん! やっぱどうしてもバイト抜けられそうにない! あ、今行きます! ごめん切るね。もう休憩終わりだから]
まるでデートのような二人の会話に陽介が声を漏らすと千枝が慌てて言い、それに陽介も頷いた後真に尋ねる。と真は今まで話していた携帯のスピーカーホンを入れ、そこから聞こえてきた命の慌てた言葉と電話が切れた後特有の電子音に陽介は唖然とする。
「や、やっぱりか……はあ~ぁ、なんで今日に限って命さんシフト入ってんだよ……」
「そ、それよりさ! 班分けどうすんの!?」
陽介のがっくりと肩を落としながらの言葉に千枝が慌てながら言うと携帯を懐にしまった真が真剣な目で口を開く。
「誘拐犯がどちらに来るか分からない今もしもの事があった場合女子二人だけだと危険だ。俺は天城と組もう。花村、里中を頼めるか?」
「了解!」
「……うん、分かった。椎宮君、雪子をよろしくね」
真の言葉に陽介はすぐに頷き、千枝も一瞬心配そうな顔を見せたが真の意見をもっともだと判断したか了解した後雪子をよろしくと付け加えておく。そして千枝は歩き去っていった二人の方を見ると慌てたように叫ぶ。
「って、やばっ! もう見えなくなっちゃう! 行くよ、花村!」
「おう! じゃあバレないように、俺ら恋人同士のふりで行くぞ!」
「やーだーっつの! 見られなきゃ必要ないっしょ!」
千枝と陽介は漫才のような掛け合いをしながら走り去っていく。
「……あの二人、大丈夫かな?」
「花村も真面目な時は真面目だから大丈夫だとは思うが……」
雪子の心配そうな言葉に真もそう呟く、と雪子はそこで二人きりになったのに気づき、慌てたような表情を見せる。
「どうした、天城?」
「え、あ、えーっと……それじゃ、私達は染物屋さんね」
「そうだな。いざとなれば天城が店に入って客のふりをして様子を見てくれ。店の周りは俺が護衛する」
「う、うん……行こっか」
慌てたような表情を見せた雪子に真が問うと雪子は慌てたようにそう自分達の役割を確認、それに真は頷いて返し、雪子がそう言うと二人は巽屋に向けて歩いていった。
それから場所は巽屋。真はその横の神社に潜伏しながら辺りに怪しい人影や物音がないかを確認していた。すると店内の様子を見に行っていた雪子がついでに近くの自動販売機で買ってきたのだろう飲み物を両手に抱えて戻ってきた。
「お待たせ……これ、飲み物」
「すまん」
「お店の方は特に変わったことはないみたい。このまま何もなければいいけど……犯人、来るかな?」
雪子がそう言って渡してきたペットボトルを真は一言言ってから受け取り、蓋を開けると一口飲む。雪子は心配そうな表情でそう漏らしており、その表情の中に隠れている恐怖を読み取ると真はふっと笑った。
「安心しろ。もし犯人が来ても俺がいる」
「えっ!?……う、うん。ありがと……頼りにしてる」
真の言葉に雪子は顔を赤らめながら声を出し、小さく頷いてうつむく。
「もし本当に来たら……ちょっと、怖いけど……私も、捕まえるの協力する。みんなに助けてもらったのに、自分だけ何も出来ないなんて、嫌だから……それに、私にも、出来る事あるって思うから……」
雪子はそこまで話すと気づいたようにはっとした表情を見せる。
「ご、ごめんね……なんで、こんな話してるんだろ。な、なんか緊張してるみたい。同年代の男の子と二人だけで話すとか、そういうの、なかったから……」
「たしかに、今まで見てきた感じだと大体里中が一緒なイメージがあるな」
雪子の言葉を聞いた真は今まで学校で見てきた雪子のイメージを思い浮かべる。
「う、うん。千枝もね、ああいう性格だから男の子の友達多いけど……今はあなたや花村君と一緒が一番楽しいみたい……私も、楽しいよ」
「どうも」
雪子の言葉を聞いた真はふっと笑ってそう返す。真は彼女との間にほのかな絆の芽生えを感じた。
我は汝……、汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり
汝、“女教皇”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん……
頭の中に響いてくる声。それに真はまた僅かに笑みを浮かべた。その後彼はふと思い出す。
「天城。携帯番号教えてくれ」
「え? う、うん。いいよ。家の仕事で出られないことあるかもしれないけど……いつでもかけて」
真の言葉に雪子は驚いたように声を上げた後顔を赤らめながらそう言い、二人は携帯を取り出すと互いの番号を交換した。
一方陽介と千枝の完二追跡班。陽介は携帯電話を手に電柱の影に隠れていた。
「えー里中さん里中さん、聞こえますか? どーぞ」
「聞こえてますよー」
陽介からの通信を聞いた千枝がポストの影から頭を出す。もちろん手には携帯電話を持っている。
「ターゲットは200m先で立ち話中。どうぞ~」
「……なぁ」
千枝の言葉通り完二と謎の少年は200m程先で話しながら歩いている。と陽介が呆れた表情で口を開く。
「この配置、意味あんのかよ?」
そしてそう漏らす。陽介の隠れている電柱からすぐ近くの曲がり角に千枝の隠れているポストがある。その距離感ははっきり言って携帯電話による通話無しで充分話が出来る程度だ。
「二人固まってたら見つかった時一網打尽! どうぞじゃん」
「どうぞつける位置間違ってんぞ……」
「だから少しでも分散した方がいいと思ったであります。どうぞ」
「絶対意味ねえよ、100%芋づるコースだろこれ」
千枝の言葉ひとつひとつに陽介がツッコミを入れていく。まあ一網打尽を防ぐ分散としては少々どころではなく距離が近すぎるのはたしかだ。
「そんなことよりお腹が空いたであります。どうぞ~」
「知らねーよ! だったら出前でも頼めばいいだろ?」
「出前? 外なのに?」
千枝がそんな言葉を漏らすと陽介はツッコミを入れた後そう言い、それに千枝が首を傾げる。
「お前知らねーの? 愛屋の出前って、どこにいても配達してくれるって評判なんだぜ?」
「マジで!?」
陽介の言葉を聞いた千枝は目を輝かせ、電話を切るとボタンをプッシュしていく。
「じゃあ早速……すいませーん、出前お願いします。肉丼二つ!」
「俺いらねーよ!」
「誰がやるって言った! 二つともあたしのだから!」
「あーそーですか!」
千枝の注文したメニューに自分の分も勝手に頼まれたと思った陽介が声を出すが千枝は二つともあたしのだからやらないと主張、それに陽介は口を尖らせた。
「えーっと場所は――」
「オゥコラァ」
「「え?」」
そして千枝が今いる場所を伝えようとしたところ、ドスの効いた声が聞こえてくる。
「何してんだオメェら?」
「「げっ!!」」
そこにいつの間にか立っていたのは完二、それに二人は声を漏らした後硬直、とりあえず立ちなおすと陽介が誤魔化すように笑った。
「と、通りすがりのバカップルでーっす!」
「はぁ!? 誰がよ!?」
「馬鹿! いちいちツッコむな!」
「やなもんはやだっつーの!!」
陽介の誤魔化しの言葉に千枝が目を三角にして声を荒げ、陽介が慌ててそう言うが千枝はさらに叫ぶのみ。ちなみにその間に少年は話は終わったのか歩き去っていった。
「アァン?……つかテメェらたしか昨日の……」
「いぃっ!」
完二は二人の顔を覗き込みながらそう呟き、陽介が声を上げると千枝が両手を前に出す。
「あ、ああああの、あたしら別に二人の邪魔する気ないし、別にあたしら怪しいとか思ってないし!」
「あ、怪しい……」
「馬鹿、里中! 余計なこと言うな!……逃げんぞ!」
千枝の言葉に完二の表情が固まり、陽介は慌ててそう言ってそーっと移動すると一気に走り出す。
「あ、ちょっこら花村!……逃げ足速過ぎ!」
「あ、コラァッ!!」
直後千枝も完二が固まっている間にその場を逃げ出し、直後完二も我に返って二人を追いかけ始める。
「そんなんじゃねーんだかんな! マジぜってーちげーかんな!!」
「「ひえええぇぇぇぇっ!!!」」
「あぁ!? 聞いてんのかゴラアアァァァッ! マジ、ぜってー、ちげーかんな!!」
完二が怒号を上げながら追いかけてくるのに対し陽介と千枝は悲鳴をあげながら逃げ惑うしか出来ず、二人は商店街を走り巽屋の方へと向かう。
「ん? 花村の声?」
一方神社にいた真も陽介達に気づく。
「わ、わりーピンチ連れてきちまったー!!」
「雪子ゴメーン!!」
「お、追われてるの?」
「余計な揉め事になったら厄介だ。俺達も逃げるぞ」
二人はそう叫んで神社前を通り過ぎていき、雪子が呟くと真もそう言い、二人は陽介と千枝と一緒に逃げ始める。
「待てコラアアアァァァァッ!! シメんぞ! キュッとシメんぞ!!」
その後を完二が声を荒げながら追いかけていった。
「まずい、このままじゃ全員捕まっちまう……こうなったら、囮になれ! 里中!!」
「はぁ!? なんであたし!?」
「ほら、映画とかでよくあんだろ!? ここは俺に任せて先に行け~とか! アレ言うチャンスだぞ!」
「たしかに……」
「千枝!? 前向きに検討しないで!!」
陽介の口車に乗せられそうになっている千枝に雪子が必死で呼びかけていた。
「待てってコラァ! ってなんだっ!?」
完二も声を荒げながら追いかけていたが突然彼をバイクが追い抜く。
「おまちどー」
「えぇっ!?」
「でまえ、おとどけにきたー」
「俺ら絶賛移動中なのに、なんで場所分かったんだよー!?」
出前用バイクに乗っている少女――中村あいかの妙なイントネーションの言葉に陽介はツッコミを入れる。しかしあいかは気にすることなく後ろの荷台から肉丼を取り出した。
「おかいけー、1600えんー」
「聞けよ!」
「ん~……ごめんお釣りある?」
「払うのか!?」
あいかのこの状況と陽介のツッコミを完全にスルーしている言葉に陽介がさらにツッコミを入れ、千枝は財布を取り出した後細かいお金が無いのかあいかにお釣りがあるか尋ね、そっちにも陽介はツッコミを入れる。
「千枝、百円あるよ」
「後にしろよ!!」
次に雪子が財布から百円玉を取り出し、陽介はそっちにもツッコミを入れる。
「どんぶり、おいといてー」
「どこにだー!!!」
そしてあいかはお代を貰うとそう言い残してバイクは去っていく。その最後の言葉にも陽介はツッコミを入れたのだった。
「な、なんとか撒いたな……」
「ああ」
さっきまで全力疾走&ツッコミを一手に担っていた陽介はぜえぜえと荒い息をしながら呟き、それに真が汗一つかいていない平然とした表情で返す。千枝は出前に取った肉丼を幸せそうな表情で食べ、雪子も笑顔でそれを見守っていた。
「はぁ~、今日走りすぎて疲れた……今日は大丈夫みたいだったけど、天城のこと考えるともうそろそろ起きてもおかしくはねえよな?」
「まあな。また明日、様子を見てみよう」
「ああ。大変だけど、まあしゃあねえよな。んじゃ今日は解散にしようぜ、俺マジ疲れた」
「お疲れさん」
陽介の言葉に真はふっと微笑を浮かべながら返し、その場は解散となった。
そしてまた夜、部屋で休んでいた真に電話がかかってきた。
「もしもし?」
[あ、もしもし? 天城ですけど。ご、ごめんね、遅くに……あのね、完二くん、家にいないんだって!]
「本当か!?」
雪子の報告に真は思わず声を大きくさせる。
[旅館のちょっとした用のついでに、染物屋さんに電話してみたの。それでね、完二君のお母さんと話したんだけど……完二くん、どこかへ出かけちゃって、そのまま帰ってきてないみたいなの。よくあることだって、お母さんは言ってたけど……どう思う?」
「……断定は出来ないが、やばそうな流れではあるな」
[うん……ねえ、今日また雨だから、映るかもしれないよね、“マヨナカテレビ”。完二くんに、ほんとに何か起きたのか、見れば分かるかも]
「可能性は高いな」
[うん。0時になったら、私も見てみるね……それじゃ]
雪子の言葉に真は頷き、互いにマヨナカテレビを見るという意見で一致させると雪子は電話を切った。
それから少し時間が過ぎ、真は外で雨が降っているのを確認してからカーテンを締めテレビの前に立つ。そして少し待つと電源の点いていないテレビが映り始めた。
「鮮明な映像、やっぱりか……」
映った映像に真は悔しそうな表情を見せる。とまるで下から競りあがってきたかのよう二完二が姿を現してきた。しかしその姿はふんどし一枚という怪しすぎる格好で、何故か顔を赤らめてやけににやついている。
[皆様……こんばんは。”ハッテン、ボクの町!”のお時間どえす]
「……」
テレビの中の完二の言葉に真は全身が凍りつくような錯覚を感じる。
[今回は……性別の壁を越え、崇高な愛を求める人々が集う、ある施設をご紹介しまぁす。極秘潜入リポートをするのはこのボク……巽完二くんどえす!]
そこまで言うとアングルが少々変わり、しかし完二はカメラ目線を取る。
[一体、ボクは、というかボクの体は、どうなっちゃうんでしょうか!? それでは、突・入、してきまぁす!]
真が凍り付いている間にも映像は進み、完二が画面の奥へと去って行ったところでマヨナカテレビは消えてしまった。そしてその直後携帯電話の着信音が聞こえ出してバイブも作動し、真ははっと我にかえると電話に出る。
[お、お、おい! おいおいおい!!]
電話の相手は声からして陽介らしい。しかしかなり焦っている様子だ。
「花村、落ち着け」
[いや、だってあれはねえだろ!?]
「それは賛成だが、今はそれどころじゃない」
[あ、ああ、そうだな……]
焦っている陽介に対し真はそう返し、それを聞いた陽介もようやく落ち着きを取り戻すが次に聞こえてきたのは悔しそうな声だった。
「クソッ、見込み当たってたのに、結局これかよ……あん時帰らないで、あと一歩粘ってりゃよかったのかな……ハァ]
陽介は悔しそうな声を漏らした後はぁと一つため息をつく。
[にしても、あいつの背後に映ってた場所……あれ、なんだと思う? “崇高な愛を求める施設”? あー、分っかんねー!]
「とにかくすぐ作戦を立てよう。花村、お前や先輩のシフトは大丈夫か?」
[ああ。テレビに行くには問題ねえ]
陽介は少し考えた後声をあげ、真は明日皆で考えようと言うと念のため陽介や命のバイトのシフトを尋ねる。それに陽介は大丈夫だ問題ないと返し、陽介が電話を切ると真も携帯を閉じ、明日に備えて眠りにつくのだった。
さてお久しぶりです。色々あって書くことが出来てませんでした。というかこの小説、実を言うと僕がP4Gをプレイしてリアルタイムで執筆するという手法を取っていて、執筆には親のパソコン使ってて親の目の前ではP4Gプレイしながら執筆という器用な真似が出来ないので親の目を盗みながら書くという手段を使うしかないわけですよ。端から見ればゲームとパソコンを同時にしてるようにしか見えないですから。ま、そんなわけで執筆の効率があまりよくなく、ついでに学校も忙しくってなかなか書く気になれなかったというのもあって遅れました。
んで今回は運動部マネージャー海老原との月コミュや足立との道化師コミュ、そして本編は完二編が進んでいきました。次回はまあ、あそこですね……さーてどうするかな? ちょいとオリジナル展開も考えてることだし。ま、それでは。感想はいつでもお待ちしてます。