ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第十三話 四月三十日、自称特別捜査隊発足

4月30日。真は普段通り登校をしていると校門前に雪子が立っているのに気づき、そっちに目をやる。と同時に雪子も気づいたように真に目を向けた。

 

「あ、お、おはよ」

 

「もう大丈夫か?」

 

雪子は真に走り寄って挨拶し、真もそう尋ね返す。それに雪子もこくんと頷いた。

 

「う、うん……今日から学校、来るから……よ、よろしくね」

 

そこまで言うと彼女は顔をうつむかせ、浮かない表情を見せる。

 

「なんか、みんなに、すごく迷惑かけちゃったよね。ごめんね……」

 

「天城のせいじゃない。それに、こういう時は“ごめん”じゃない」

 

「え?……あ、そっか。“ありがとう”だよね」

 

雪子の言葉に返す真の言葉に雪子は一瞬首を傾げた後気づいたように頷いてありがとうとお礼を言う。その雪子の表情は以前よりも明るく見えた。

 

「お母さんね、もう仕事に復帰したの。仲居さんたちもすごく協力してくれて、なんだか前より、上手く回ってるみたい」

 

そこまで言うと雪子はまた何か考えるような様子を見せる。

 

「私、無理してたのかな……なんでも自分がやらなきゃって、思い過ぎてたのかも……あれから、自分の事とか……少し冷静に考えられるようになったと思う」

 

「そうか。良いことだと思うぞ」

 

雪子の言葉に真はふっと微笑んで頷く、と雪子は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「で、でも、なんか恥ずかしいな……自分でも見たくないと思ってたこと、みんなに見られちゃったし……」

 

「あれが天城の全て、ってわけじゃないだろ?」

 

「……うん、そう思いたい」

 

雪子の言葉に真はそう返し、それに雪子はこくんと頷く。

 

「雪子ー!」

 

するとそこに聞こえてくる少女の声、それに雪子は嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「あ、千枝!……じゃあ、また後でね」

 

「おう」

 

雪子はそう言うと駆け寄ってくる千枝の方に歩いていき、真は雪子を救うことが出来てよかったと考えながら教室に歩いていった。

 

 

 

 

 

それから時間は放課後まで過ぎていき、真、陽介、千枝の三人は屋上で少し話し合いを行っていた。そこに雪子が片手に一つずつカップ麺を持ってきて合流する。

 

「お待たせ。千枝はおそばの方だよね」

 

雪子が手に持っているのは赤と緑の容器で有名なカップ麺だ。緑色の容器を受け取った千枝はカップ麺から漂う匂いに嬉しそうな表情を見せる。

 

「サンキュ! お~この匂い、たまらん……部活前のこの一杯のために生きてるね、うん。これ、あとどんくらい待ち?」

 

「全然、まだよ」

 

千枝の問いかけに雪子はそう返して千枝の隣に座り、千枝は真達の方を向く。

 

「で、なんだっけ?……あ、雪子に事情聞くんだったよね?」

 

「ああ。先輩には後で俺が伝えるし、俺達で分からないことは疑問点を纏めてから電話する」

 

「まあ、流石に毎度毎度ずっと電話で参加ってわけにはいかないよな。通話料金的に……」

 

千枝の言葉に真が言い、それに陽介もうんうんと頷く。そして真剣な目つきになって雪子を見た。

 

「なぁ、天城さ、やな事ムリに思い出さす気はないんだけど……改めて、聞かせて欲しいんだ。さらわれた時の事、やっぱ何も覚えてないのか?」

 

「……うん」

 

陽介の言葉に雪子はうつむき、浮かない顔で頷く。

 

「落ち着けば思い出すかなって思ったけど、時間が経つ程、よく分からなくなっちゃって……ただ、玄関のチャイムが鳴って……誰かに呼ばれたような気は、する」

 

雪子は自分が覚えていることを口に出すが、そこまで言うとふるふると首を横に振った。

 

「けど、その後はもう、気づいたら、あのお城の中で……ゴメンね」

 

「謝んなくていいって。けど、やっぱその来客ってのが犯人!?」

 

「どうだろうな、もしそうなら相当大胆だぜ。玄関からピンポーンなんてさ」

 

「目撃者が無いか警察も洗ってるようだが……恐らくあまり期待できないだろうな。すぐに身元がばれるような格好で歩くほど相手も馬鹿じゃないはずだ」

 

雪子の謝罪の言葉に千枝は慌ててそう返した後、来客が犯人なのかと言う。それに陽介は肩をすくめて返し、次に真が悔しそうな表情で返した。

 

「なんでこんな事すんだろ?」

 

「そこまでは、犯人に聞いてみなきゃ分かんねーな……」

 

すると突然千枝がそんな事を言い、陽介もそう返す。そこに真が真剣な目を見せた。

 

「だが、一つ大事なことは分かった。人が次々テレビの世界に行っているのは偶然じゃない……こっちにいる誰かがさらってテレビに放り込んでいる。つまりこいつは、殺人だ」

 

「ああ……っと、言ってなかったな」

 

真の言葉に陽介も神妙な顔で頷き、その後ににししっと笑みを見せた。

 

「俺とコイツ、あと命さんで、犯人挙げちゃうことにしたからさ! この事件、正直警察には無理そうだけど、俺らには力があるからな」

 

「ああ。逮捕権があるのは警察だ、だが証拠を見つけて犯人を警察に引き渡すくらいなら俺達にも出来るはずだ……」

 

陽介の言葉にそう言い、一旦言葉を切って雪子達の方を見る。

 

「だが、力は少ないよりは多い方が助かる。良かったら力を貸してくれないか?」

 

「え? えっと……」

 

真はそう雪子と千枝に問いかける。それに雪子は驚いたように声を漏らした。と千枝が勢い良く右手を突き上げた。

 

「あたしもやるからね! あんな場所に人放り込むなんてさ。も、絶対ブチのめす!」

 

「千枝……」

 

千枝の言葉に雪子は感嘆の声を漏らし、少し考えた後真の方を見る。

 

「私も……やらせて」

 

「「「!」」」

 

その言葉に三人の視線が雪子に向く。

 

「どうしてこんなことが起きてるのか知りたい。それに……もし自分が、殺したいほど誰かに恨まれてるなら、知らなきゃいけないと思う。もう、自分から逃げたくないの」

 

雪子の強い視線での言葉に三人は頷き、陽介がにっと笑みを見せた。

 

「おっし! じゃあ、全員で協力して、捕まえてやろーぜ!」

 

「ああ!」

「もっちろん!」

「うん」

 

陽介の言葉に真が大きく頷き、千枝も勢い良く言うと雪子も頷く。そしてその次に千枝が口を開いた。

 

「でも、そうやって犯人捜す? 今んとこ、手掛かり無しだよね」

 

「狙われたの、私で三人目だけど、これで終わりなのかな? もし、次に狙われる人の見当が付くなら、先回りできない?」

 

「先回りか……なるほどな、いいかも。じゃあ、今までの被害者の共通点を挙げてみようぜ」

 

千枝の言葉の後に雪子が提案、それに陽介が頷くと真が目を閉じて考えているような状態を見せる。

 

「一人目は女子アナの“山野真由美”さん、二人目は“小西早紀”先輩。三人目は“天城雪子”……一番に思い浮かぶ共通点といえば全員女性。というところか」

 

「だな」

 

「女性ばっか狙いやがってぇ! 許せん! きっとヘンタイね」

 

真の言葉に陽介が頷くと千枝が憤慨した様子でそう言う。と陽介が思いついたように声を出した。

 

「あと、これは? “二人目以降の被害者は一人目に関係してる”」

 

「あ、そっか、雪子も小西先輩も、山野アナと接点があった……」

 

「確かにそうだよね……」

 

陽介の言葉に千枝が頷くと雪子も賛成する。

 

「とすると……“山野アナの事件と関わりのあった女の人が狙われる”……ってこと?」

 

「決め付けは危険だが、今のところはそう考えて動くべきか」

 

「そうだな。で、これも多分なんだけど、次もし、また誰か居なくなるとすれば……」

 

雪子のまとめに真が頷き、陽介も頷いてそう言う。と千枝が思いついたように口を挟んだ。

 

「あっ! 雨の晩に、“例のテレビ”に映るのかな!? 雪子ん時も、それっぽいの流れたし」

 

「小西先輩の時もそうだった。多分間違いねえ」

 

「ああ。最初の内はハッキリとは見えないが、重要なのは居なくなる前に映ったということだ。まるで誘拐の予告みたいだが、とにかく今はあれを当てにするしかない」

 

千枝の言葉に陽介も返し、さらに真もそう言う。

 

「次に雨が降ったら……か」

 

それに雪子が声を漏らし、全員がマヨナカテレビを忘れずに見ようということを決める。それから陽介が口を開いた。

 

「ところでソレ、もう出来てんじゃね?」

 

陽介の言葉に千枝はカップそばを思い出してにっと微笑む。

 

「うおっと、そうだった! いっただっきまーす!」

 

千枝の言葉に続いて雪子もカップうどんを開いて食べ始める。

 

「な、先生、ヒトクチ! とりあえずヒトクチ味見!」

 

と突然陽介がそんな事を言い出した。

 

「うっさいな! アンタも買えばいいじゃん!……ったく、ヒトクチだけだかんね」

 

千枝はそれに叫び返すが、しつこくなるとうっさいと考えたのかすぐに折れてそう言い、容器を陽介に渡す。と真もふとカップうどん――赤いきつねの香りが気になってきたように雪子の方を見る。

 

「ちょっと食べる?」

 

「あ、いいのか?」

 

「うん、どうぞ」

 

とそんな視線に気づいた雪子の言葉に真がつい聞き返すと雪子はそう言って赤いきつねの容器を手渡した。

 

「なんか催促したようですまん」

 

一言断りを入れてから真は陽介と共にうどんを食べ始める。

 

「う、う、うメエエェェェ……俺、まじ、腹ペコの子羊の気持ち分かるわ~」

 

「……美味い」

 

陽介は感極まったようにそう言い、真もおあげを齧って静かにそう言う。すると真は約束通り少しで食べ終わったのに対し陽介は手が止まらんというようにそばをすすっていく。

 

「ギャー! ちょっと何してんのよあんた!!」

 

「はっ!?」

 

千枝の悲鳴に陽介ははっとなってささっと容器を千枝に返す。

 

「ごちそうさま」

 

真も同じように雪子に容器を返す、と二人は愕然とした表情を見せた。

 

「具ごと全部いかれてんじゃん……」

 

「お、おあげ……」

 

千枝は具ごと全部食べられているのに、雪子は好物なのだろうおあげがないのに愕然としていた。

 

「あ、すまん。カップうどんの油揚げ……好物なもんで……」

 

ついきつねうどんの主役である油揚げを食べてしまった真はすまなそうに雪子に謝り、千枝は陽介に詰め寄る。

 

「なにしたか、分かってんでしょーね?」

 

「い、いやいやいや! 待て、ごめん、悪かった! 代わりに肉! 肉おごっから!」

 

怒り心頭の千枝の様子に陽介は慌てて謝り、さらにそう言う。と千枝は押し黙った。

 

「肉だぞ、肉!? き、聞こえてる?」

 

「肉……」

 

「おあげ……」

 

肉にぴたりっと止まった千枝の後ろで雪子もそう漏らす、と真が彼女の前に立って頭を下げた。

 

「すまん。お詫びに食事を奢る」

 

「そーそー雪子! 肉で手を打とうよっ。カップ麺なんていつでも食べられるし、ね?」

 

「……脂身少ないのなら、いいよ」

 

奢る食事の内容は肉で固定されているらしい千枝の言葉に雪子はうかない表情でそう返した。それに千枝もうんと頷く。

 

「よっし、協議の結果、肉で許す! 脂身少ないのって、フィレ? あー、フィレ肉、なんて芳醇な響き!」

 

そう言って上機嫌にフィレ、フィレ、フィレ、フィレに~く~と歌いだした千枝に陽介は困ったように表情を引きつかせる。

 

「ど、どうするよ相棒!?」

 

「高いカップそば代になったな」

 

陽介の言葉に真も肩をすくめてそう返し、陽介はがくっと肩を落とした。

 

 

 

 

 

それから場所はジュネスへと移る。

 

「いや~、ホントちょうどよかったぜ。今日から始めたんだよな、ビフテキ。ウチとしても名産広めんのには協力したいし、それに立派な鉄板もあることだしな」

 

「焼きソバ屋の鉄板じゃん……まあいいか、肉は肉だし。フィレ肉には程遠いけど……」

 

陽介はジュネスのビフテキで済ませようとしており、その言葉に千枝がツッコミを入れるが肉は肉だからいいかと結論付ける。

 

「雪子、大丈夫? 苦手なんじゃない?」

 

「う、うん。えっと……」

 

千枝の言葉に雪子は冷静になって考えるとおあげしか食べられていないのに奢ってもらっていいのかと不安になるが、真が雪子の方を向いた。

 

「食べられない、食べきれないなら残りは俺が貰う。食材を無駄にするのは命に対する冒涜だからな」

 

「あ、うん……」

 

真は真剣な顔でそんな事を言い、雪子がそれに頷いた後真は前を向きなおす。

 

「話の続きになるが、結局犯人はどんな奴なんだろうな?」

 

「山野アナだけ見れば、動機は恨みっぽいよな。不倫相手の奥さんとかさ」

 

「でも柊みすずってアリバイがっちりでしょ? 旦那さんとも前から別居中らしいし」

 

「そうなのか? やけにお前詳しいな……」

 

真の言葉に陽介が返すと千枝がやけに詳しい情報を話し、それに陽介は驚いたようにそう声を漏らす。

 

「じゃあ二件目か。小西早紀先輩、彼女は一件目の死体の発見者だった。だよな、花村?」

 

「ああ。犯人が同じだとすれば、先輩が狙われたのは……俺が思うのは口封じってとこだ。例えば何か、証拠を握られたとかな」

 

「でも、犯人はテレビに入れただけだよね? 警察に捕まるほどの証拠なんてあるかな……」

 

「それなんだよなぁ……」

 

真の促しに陽介がそう言うが雪子がそう意見を返し、それに陽介はそう声を漏らして腕組みをする。

 

「しっかし、田舎は退屈そうだと思ってたら、信じられない事ばっかだなぁ……おっと、新メニュー発見伝」

 

「ん? あれは足立さん?」

 

そこに突然やってきた相手に真が声を漏らす、とその声が聞こえたのか相手――足立は振り向くとぎょっとしたような顔を見せた。

 

「キ、キミは堂島さんとこの……あはは……」

 

彼はそう言って苦笑いを漏らし、彼らの方に歩き寄ってくる。

 

「えっと、そうだ、ちょうどよかった。うん。堂島さん、今日は定時で上がれるからって、菜々子ちゃんに伝えてくれる?」

 

「足立さん、別にさぼってたなんてリークしませんから」

 

「あ、あっははは……」

 

足立の挙動不審な言葉に真は少し笑いながらそう言い、足立はそれに乾いた笑い声を漏らした後陽介達を見た。

 

「ども、足立です。堂島さんの部下……ていうか相棒ね」

 

「お仕事、大変そーっすね?」

 

「え、ああ、世間は面白がってるみたいだけど、僕らはそういう訳にもいかないからね」

 

足立が名乗った後の陽介の言葉に、困った表情で足立が答える。

 

「あの、やっぱ小西先輩が狙われたのって、口封じなんですか?」

 

「あ、あー、いいとこ突かれちゃったね。イタタタタ……なんて、はは。もちろん、その辺は僕らも考えてるさ。彼女、山野アナの死体発見後に殺されたでしょ。もし口封じだとすると、彼女以外の人間が見ても、証拠だと分からないものが遺留品にあったとかね。とすると、犯人は小西早紀に非常に近しい人かもしれないよねぇ。柊みすずの周りからは何もでないし……あ、僕の推理、イイ線いってるかも……」

 

「足立さん、警察には守秘義務というものがあるのでは?……」

 

千枝のストレートな質問に足立はそう話し出し、それを聞いた真が呆れたように口にする。と足立は慌てた表情を見せた。

 

「あっと、また喋りすぎ? い、今の内緒ね……まあ、犯人は警察が必ず捕まえるから。それじゃ!」

 

呆れたような表情でさらに冷めた目で指摘する真の視線に居たたまれなくなった足立は、逃げるように去っていく。

 

「あ~……たしかに、警察には任せておけないなぁ……」

 

「言っとくけど、堂島さんを一緒にはしないでくれよ?」

 

「わ、分かってますって……ってのあっ、しまった! 肉がげんなりしてる!!」

 

「肉肉うるせーよ……」

 

千枝の言葉に真がそう返すと千枝は苦笑いをしながら言った後肉がげんなりしているのに気づいて声をあげ、それに陽介がツッコミを入れる。

それから二人が食事を終えるのを待っている間に真が呼んだ命も合流、二人が食事を終えてから彼らはテレビの中へと向かった。

 

「すごい……ここ本当に、テレビの中なんだ……」

 

テレビの中に入った雪子は辺りをきょろきょろと見回しながらそう呟く。するとぴこっぴこっという足音と共にクマがやってきた。

 

「あの時のクマさん……夢じゃなかったんだ」

 

雪子は感慨深い様子でそう呟く。やはり非現実的な体験過ぎたせいでどこか夢だったんじゃないだろうかと考えていたのだろう。

 

「ユキチャン元気? クマね、ユキチャンとの約束守っていいクマにしてた」

 

「そっか、えらいえらい」

 

クマの言葉に雪子がにこっと微笑んで返す。その構図はあたかも出かけていたお母さんと一人でお留守番してた息子だった。

 

「ま、まあ、このクマきちのためにも犯人見つけようって事になってさ」

 

それを見ていた陽介が苦笑交じりにそう言い、それに雪子も頷いて再度クマを見る。

 

「私も、仲間に入れてもらったの。一緒に頑張ろう」

 

「うん! 一緒に頑張ろうって思ってたクマ! だからユキチャンに、用意してたクマよ」

 

雪子の言葉にクマはそう返して雪子に眼鏡を手渡し、雪子はそれをかけると明るくなったのであろう視界を見てうんと頷く。

 

「そっか、みんなかけてるの、コレなんだ。ありがとう、クマさん」

 

ほんとだ、霧が晴れて見える~と辺りを見回してそう言っている雪子をちらっと見た後、今度は千枝が口を開いた。

 

「ところでさ、なんでそんなにメガネ持ってるワケ?」

 

「よくぞ聞いてくれたと言いたいですぞ! これ、クマが作ってるクマよー」

 

「本当かい!?」

 

千枝の言葉にクマがそう言い、命が驚いたように問い返す。それにクマはうんと大きく頷いた。

 

「クマはココに住んで長いから、ココで快適に過ごす工夫は怠らないクマ」

 

「へえ……それなら、なんでクマ君はメガネをしないんだい?」

 

「おっと、それ訊いちゃう? またまたいい質問クマ! 何を隠そう、クマはこの眼自体がレンズになってるクマ! 知らなかったクマ~?」

 

「知らねーよ」

 

命の問いかけにクマはふっふっと笑うようにしてそう言い、それに陽介が呆れたように返す。

 

「な、なに大して興味ない的なフリしてイジワルしてるクマか! クマはすごく器用クマよ! 見るクマ! 指先がこんなに動いている!」

 

クマはそう言って手の先端を微妙に動かしており、それに真と命はスベリギャグを見たようにしーんとなった。

 

「分からんわ!」

 

そして陽介がツッコミにクマを突き飛ばし、クマは倒れこむがまるで起き上がりこぼしのように起き上がる。と雪子がクマが倒れた拍子に何かを落としたのに気づいた。

 

「あれ、何か落ちたよ?」

 

「あ、それ、ちょっぴり失敗したメガネ」

 

「あー、これ……」

 

雪子は拾い上げた眼鏡が琴線に触れたのかその眼鏡に付け替える。

 

「ちょ、ちょっと雪子?」

 

「あはは、どう?」

 

雪子の明るい言葉に残るメンバーは沈黙する。雪子が付け替えたのは牛乳瓶の底みたいなレンズに大きな鼻とピンと真横に伸びた髭、所謂パーティ用の鼻眼鏡だった。

 

「む、むしろ自然?」

 

「あははは、やった」

 

詰まりながらコメントを返した真の言葉に雪子は嬉しそうに声を出した。

 

「……ユキチャン、それ気に入ったクマ?」

 

「鼻ガードついてるし、私、これがいい」

 

「おやめなさい!」

 

驚いたような意外そうな声で問うクマに、雪子は真剣な声音で即答した。冗談に聞こえないその言葉に間髪入れずに千枝がツッコミを入れるがクマは困ったように頭をかく。

 

「クマったなー。それ、本物のレンズ入ってないクマよ。こんなことなら、ちゃんと用意しておけばよかったクマ」

 

「なんだぁ、残念」

 

クマの言葉に雪子は心底残念そうな声を漏らし、眼鏡を付け直すと鼻眼鏡を千枝に手渡した。

 

「はい、次は千枝ね」

 

「はぁ? ちょ……しょーがないなぁ……」

 

雪子の言葉に千枝は困惑したようにそう言って眼鏡を付け替える。

 

「う……ぷぷっ!」

 

するとそれを直視した雪子が噴出した。

 

「あはは、あははっはっはっはっは!」

 

「どういう流れ、これ……」

 

「あ、天城さん?……」

 

文字通り腹を抱えて笑い出した雪子に千枝が声を漏らし、陽介が困惑したように声を漏らす。と千枝は呆れたようにはぁとため息をついた。

 

「出たよ、雪子の大爆笑……あたしの前以外ではないと思ってたのに……」

 

「笑い上戸、というやつだったわけか……」

 

千枝の言葉に真も頬をひくつかせながらそう返し、千枝がこんな眼鏡じゃ捜査にならないっしょ、と雪子を叱り付けると命も困ったような笑みを見せる。

 

「たしかに、その眼鏡をつけられてちゃ真剣な話も出来ないね……」

 

「ま、まあでも、天城が元気出たみたいでよかったよ、うん……」

 

命の言葉の次にとりあえず陽介がフォロー。

 

「ち、千枝の、かお……ぷっ……ははは、おかしー! ツボ、ツボに……う、ぷぷっ、くるし、お腹いたい、あはは……」

 

どうやらツボに入ったらしく笑い続ける雪子。それを見ていた命がため息をついた。

 

「やれやれ……とりあえず、今日は一度戻るとする?」

 

「ああ、はい……」

 

命の言葉に真も頷き、雪子の爆笑が治まってから彼らは元の世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「ところで命さん、なんでそんなもん持ってきたんですか?」

 

「なんか前々から集めてましたよね?」

 

ジュネスから出たところで陽介が尋ねる。命は前々から持参していた袋にシャドウの破片を少しずつ入れていたのだ。それに命がああと頷く。

 

「ほら、だいだら.のおじさん、珍しい素材を見つけたら持ってこいって言ってたでしょ? シャドウの破片で試してみたらどうかな?」

 

「あ、なるほど。珍しいっちゃ珍しいよね」

 

命の言葉に千枝がうんうんと頷いて返し、じゃあ行ってみようということになって彼らは商店街までやってくる。と命があっと声を漏らして足を止めた。

 

「どうしました? 先輩?」

 

「やばい、大学のレポート出すの忘れてた……」

 

「レポート?」

 

命が足を止めたのに真が尋ねると命はそう声を漏らし、それに陽介が首を傾げると命はうんと頷いた。

 

「ああ、うん。詳しくは話せないけど、僕はこの調査のために大学休学してて、依頼主が大学の理事長と親交があるらしくって、郵送されるレポートをやって期日までに大学に送り返すってのを一定数やることで単位取得するっていうことになってるんだ。もし単位落として留年なんてなったら僕……殺されるかも」

 

「「「ころっ!?」」」

 

命は顔を青くして尋常じゃなく震えており、その言葉に陽介、千枝、雪子の三人が声を失い、真は「あ~」と納得したように頷く。

 

「そ、そう言うわけでゴメン! 僕一刻も早く旅館に戻ってレポートまとめて郵送しないと!!」

 

「わ、分かりました! 後は俺達に任せてください!!」

 

「ごめん真君! よろしく!!」

 

命の言葉に真も真剣な表情で頷き、命はそう言うと「なんでバイクで来てないんだ僕のバカー!」と叫びながらダダダダダと突っ走っていく。しかし元陸上部なだけあって綺麗なフォームで走っていた。

 

「だ、大丈夫かな? 命さん……この時間帯は旅館に向かうバスは出てなかったはずだけど……」

 

「先輩なら本気出せば走って旅館まで戻れると思うが……」

 

「あー、なんか納得しちまいそう……」

 

心配そうに声を漏らす雪子に真がそう返すと陽介もうんうんと頷く。

 

「ま、とりあえずあたしらはだいだら.でシャドウの破片売ればいいんでしょ? さ、早く行こう」

 

そして千枝がそう言うと彼らは改めてだいだら.に歩いていった。

 

「あん? おう、おめえらか」

 

「ひ」

 

刀傷が目立つ強面の男性――だいだら.店長の出迎えに初対面の雪子が思わずひっと悲鳴をあげて千枝の後ろに隠れる。

 

「だ、大丈夫だって雪子。か、顔はこんなだけど怖い人じゃない……と、思うから……」

 

千枝の言葉も尻すぼみになっていき、陽介も腰が引けている。

 

「おい、なんか用じゃねえのか?」

 

「あ、えっと……」

 

店長の低く威圧感のある声に真は少し怯えたように声を漏らす、がふぅっと息を吐いてシャドウの破片を入れた袋を差し出した。

 

「あ、あの、珍しい素材を持ってきたらいい物を作ってくれるという話だったので面白そうなものを持ってきました」

 

「ほう……」

 

真がそう言って差し出してきた袋の中身を店長はほうと呟いて袋を受け取り、その中身であるシャドウの破片を一つ一つ念入りに調べていく。

 

「…………」

 

最初こそ口元に笑みが浮かんでいたが、その調べていくのが進んでいく内にその口元が引き締まり、表情も険しいものになっていく。それを見た陽介がうぅっと唸った。

 

「な、なあ……まずったんじゃね?」

「ガ、ガラクタばっか持ってきたとか思われたかな?……」

 

後ろの方で陽介と千枝がぼそぼそと話し合う。たしかに命が集めていたシャドウの破片は戦った後消滅していなかったものを集めたと言っていたがそれは大きな乳歯の他にひしゃげてしまっているカンテラに破れてしまった布に毒々しい色をした花、硬い角など、ガラクタと言っていいに近い。真も少々頬が引きつっていた。

 

「……なあ、おめえら」

 

「は、はいっ!?」

 

店長の言葉に真はビクッとなって問い返す。そしてそのこっちを見透かすような店長の視線に硬直した。

 

「おめえら、こんなもんどこで手に入れたんだ?」

 

その低い声の威圧感に真はつい黙り込み、店長はむぅと声を漏らして一つの鉄の塊を持ち上げる。マジックハンドなるシャドウの破片だ。

 

「こいつ、少し調べた感じ強度は鉄と同等かそれを上回るのに鉄とは思えねえくらいに軽い。この強度に軽さ……こんなもん、ワシは今までお目にかかったことがねえ……」

 

(いぃっ!?)

 

店長の呟きに真は驚愕の声を心の中で漏らすが必死で表情に出ないよう隠す。

 

(つ、つ、椎宮! まずったんじゃね!? マジで!?)

 

(俺も、そう思う……まずい、やっぱ先輩と一緒にいる時にくればよかったかも……)

 

後ろで陽介が必死の形相で囁きかけ、真も囁き返す。まさかあの化け物(シャドウ)から取れた破片までも化け物レベルだったなんて予想もしていなかった。店長の言葉に彼らは完全に心中パニックに陥っており、誰も店長の言葉に返す余裕がなかった。

 

「だんまりか……まあ、そうだろうな……」

 

店長は静かにそう呟き、うんうんと頷く。

 

「分かった。おめえらがこれをどうやって手に入れたかはもう聞かねえよ。ワシは職人だ、その魂に火をつけるような面白え素材が手に入った。それだけで充分だ」

 

店長はふっと笑いながらそう言い、それに四人は心中安堵の息を吐き、真が口を開く。

 

「あ、ありがとうございます。じゃあこれを使って日本刀や短刀二本、足甲と扇子って作れますか?」

 

「かっかっ、面白え注文だな。よし、最高のアートにして渡してやる」

 

真の言葉に店長は笑ってそう返し、頷く。それに真はよろしくお願いしますと頭を下げた後、思い出したように続ける。

 

「あと、鎧とかを服の中に着込めるようにしてもらえればありがたいんですが」

 

「……おめえ、変わったシュミしてんな……」

 

真の言葉に、店長は気のせいか冷ややかな目を彼に見せた。

 

 

 

 

 

「四日と五日、だな」

 

時間は夜になり、真と菜々子がテレビを見ていると突然遼太郎がそう言う。それに二人が遼太郎の方を振り返った。

 

「四日と五日なら、まあ……休み、取れそうだな」

 

「ほんと!?」

 

その言葉に菜々子が嬉しそうな驚きの声を上げる。

 

「……ほんと?」

 

しかしその次には不安げな声を漏らした。

 

「なんだよ、疑ってるのか?」

 

「……いつもダメだから」

 

「ま、毎年じゃないだろ? ジュネスに行きたいんだったか? 近所じゃなくても、少しくらい遠くたっていいぞ」

 

遼太郎の言葉に菜々子がそう言うと遼太郎は苦しげな表情でそう返した後、少しくらい遠くてもいいと続ける。とそれに菜々子は眼を輝かせた。

 

「ホント? りょこう!?」

 

「あー、まあ、たまには、旅行もいいかもな……何処もメチャクチャ混むだろうけどな……」

 

「やったー、りょこう!」

 

菜々子の言葉に遼太郎は困ったように返すが奈々子は大はしゃぎ、それに遼太郎の口から笑みがこぼれた。

 

「んー……よし分かった。どっか、考えておかなきゃな……」

 

遼太郎は微笑を浮かべながらそう返した後、真の方を見る。

 

「お前、どうする? 一緒に、どっか行くか?」

 

「そうですね……どうしようかな……」

 

「えー、行こうよー!」

 

遼太郎の問いに真はどうするかと考え出すが奈々子がそう返し、遼太郎はまたふっと笑う。

 

「菜々子は、一緒がいいみたいだな。予定が無いなら、付き合ってくれないか?……な?」

 

「分かりました」

 

遼太郎の言葉に真は降参したように返し、菜々子はまた微笑む。

 

「菜々子、おべんとう、もって行きたい!」

 

「ん? ああ、そうだな……」

 

菜々子の言葉に遼太郎は考える様子を見せた後、真を見る。

 

「真、お前弁当作れるか?」

 

「ええ、もちろん。一人分だと逆に面倒なんでやりませんが、まあ三人なら」

 

「やったー! おべんとう!」

 

遼太郎の言葉に真が頷くと菜々子は嬉しそうに声を上げる。

 

「(さて、何を作るか…)…俺、部屋に戻りますね」

 

「おう、お休み」

 

「おやすみなさーい」

 

真は弁当は何にするかと考えながら立ち上がり、遼太郎と菜々子に挨拶と挨拶すると部屋に戻っていき、寝るまでの間家から持ってきた料理本を読んで弁当のメニューを考えて時間を潰していった。




今回は雪子の仲間入り話やちょっとだいだら.に行かせておきました。本編では雪子と一緒にテレビに入った後強制的に夜になりましたけど、とりあえず無理矢理時間を使ってだいだら.でお話を。
さて次回はゴールデンウィークだったかなっと。ま、それでは。

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