ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

11 / 63
第十話 四月二十日、永劫の絆と秘密の夜間外出

4月20日。平日のため真は今日も学校に向かっていた。その途中で喪服のお婆さんが猫と話しているのを横目で見て、お婆さんと猫を通り過ぎた辺りで後ろから元気な声が聞こえてくる。

 

「おっはよー!」

 

「よお、里中」

 

声をかけてきた少女――千枝に真も挨拶し、千枝は真の横に並ぶ。

 

「ね、今の見た? あの猫かわいーよね。前に雪子と一緒にエサあげたことがあってさ。でもなかなか懐かないんだなー。ま、あたしは断然イヌ派なんだけどね!」

 

千枝はにししと笑いながらそう言い、それからまた思い出したようにぱっと表情を変える。

 

「あ、そだ。雪子からメール来たよ! ちょっとずつ回復してるって。変な後遺症とかもないみたいで、ほんとよかったよ」

 

「安心だな」

 

「うん。あとは治るの待つだけだね。そしたら話、ゆっくり聞こう? 放課後、あたし雪子のお見舞い行くんだ」

 

雪子が回復しているという報告に千枝は自分で言ってて安心したように微笑み、真もふっと穏やかに笑う。それからたわいもない雑談をしながら彼らは学校に向かっていった。

 

時間が過ぎて午後、この授業は国語、現代文の時間だ。教室に入ってきたのはパッとしないイメージを与える先生。その右手には自分を模しているのだろう腹話術の人形がはめられている。

 

「はーいはい、静かにしんしゃーい。授業を始めるかんなー。現代文担当の細井よ。今年はみんな、楽しゅうやろな。どうせ受験なんかしなかろ? わざわざ稲羽出なくてもええやん。都会のヤツと競っても、ええことないよ。田舎が一番、一番」

 

先生――細井は穏やかな口調でそう言っており、親しみやすい先生というイメージを真に与えた。

 

「ん、じゃぁ最初の授業やしな。お手並み拝見するっぺ。ってことで……“拝見します”の敬語の種類はなんね? ほい、敬語が苦手そうな花村っち!」

 

「うお!?」

 

いきなり当てられた陽介は声を漏らす。

 

「や、そりゃ得意じゃねーけど……悪い! 教えてくれ、椎宮!」

 

「謙譲語だ」

 

陽介の言葉に真はぼそぼそと答えを教え、陽介もそれを信じて答える。

 

「おお、花村っち見直したわいな! ちゃんと敬語が出来る子やったんね」

 

細井は感心したようにそう言い、さっきの問題の解説を始める。

 

「ふ~……椎宮、助かった。お前ってスゲーなぁ」

 

「そりゃどうも。だが接客をしてたら敬語は身についてそうなイメージなんだがな」

 

「まーな。でも知識とは別モンだろ、これ」

 

陽介のお礼の言葉に真はそう言い、陽介も苦笑しながら返す。

 

それからまた時間が過ぎていき放課後。真は学校を出て行くと商店街まで行き、商店街にある書店、四目内堂書店にて新発売された本を買っていく。それから家に直帰するか適当にぶらぶらしようか考えていると真は商店街に人知れず存在する青い扉――ベルベットルームへのドアがふと目に入り、彼はなんとなくドアに手をかけるとベルベットルームへと向かった。

 

「あれ……来たんだ。意外とよく来るね、キミ」

 

それを見て最初に口を開いたのはマリーだ。

 

「ペルソナ? スキルカード? あ、どっちでもいいけど」

 

実にざっくばらんというか愛想のない口調、それをマーガレットが見咎めるような目でマリーを見た後真の方を向く。

 

「……失礼いたしました。マリー、少しは控えなさい」

 

「は? 意味わかんない。ばかきらいとうへんぼく」

 

マーガレットの言葉にマリーは不機嫌な声に棒読みでまくしたて、マーガレットは息を吐く。

 

「フゥ……大変申し訳ございません。手に余るじゃじゃ馬っぷりでございます」

 

「まったくだ」

 

マーガレットの言葉に真もふっと微笑んで返し、それにマーガレットもフフッと笑う。

 

「フフ、左様でございます。ですが……これも全て、貴方様の旅の手助けとなれば幸いでございます」

 

「……どういう意味だ?」

 

「ここはお客様の定めと不可分の部屋。この部屋で全く無意味なことは起こり得ません……貴方様は、この部屋での出会いより先に、既にマリーと出会っていらっしゃった様子。人ならざる者と出会い、その者と触れ合う貴方様の定めが、その出会いを導いたのでしょう」

 

「……人ならざる者?」

 

「左様でございます」

 

マーガレットの説明の一部に真が反応し、声を漏らす。それにマーガレットはまた頷いた。

 

「この部屋のお客様たる貴方と、宛てなく彷徨う人ならざる者との運命の交錯……果たしてこの出会いが何を導くのか、失礼ながら私どももその行方には、多少興味がございます」

 

「……」

 

マーガレットの言葉にマリーは黙り込んだままうつむいた。

 

「幸い、貴方より先にこの地にいたとは言え、所詮、マリーは人にあらざる者……つまり、貴方の暮らす世界のことを詳しく存じ上げているわけではないのです。ですから……貴方様さえよろしければ、どうぞ彼女をこの部屋の外へ連れ出してやってください」

 

マーガレットはそこまで言うとマリーの方に目を向け、微笑む。

 

「ねえ、マリー?」

 

「べ、別に……」

 

マーガレットの囁きにマリーは驚いたように声を漏らし、頬を赤らめてうつむく。

 

「……なんでもない」

 

マリーはそう呟くが、真はふっと微笑むと頷く。

 

「分かった。んじゃ出かけるか」

 

「えっ、ホント!?」

 

その言葉にマリーは驚いたように目を丸くする。が少しするとどこか呆れたような目を見せる。

 

「……キミ、いい人すぎじゃない? そんなんじゃ手玉に取られちゃうよ?……」

 

マリーはそこまで言うと一旦黙った。

 

「手玉って……使い方合ってるでしょ? ちゃんと覚えたんだから」

 

「まあな」

 

マリーのどこか心配そうな言葉に真はくっくっと笑い、マリーは僅かにむっとしたような顔を見せる。

 

「……とりあえず、行こ?」

 

「おおせのままに」

 

マリーの不機嫌そうな言葉に真はふっと笑って返し、二人揃ってベルベットルームを出て行く。ちなみに真はともかくマリーは多分虚空から急に出てきたことになるんじゃないかと思うのだが、幸いにして周りに人気はなく、怪しまれる心配はなかった。

 

それから二人は商店街の惣菜大学前へとやってくる。

 

「はあ、ちょっと落ち着いた。息詰まるよ、あの部屋。狭いし暗いし鼻喋んないし」

 

「そうか。気分転換になればなによりだ」

 

マリーの言葉に真はふっと微笑んで返し、マリーは黙って辺りを見回した後真の方を振り向いた。

 

「やっぱ……何か不思議。懐かしい感じがするんだ……匂いとか」

 

「懐かしい?」

 

「うん、そう。なんとなく懐かしいの」

 

マリーの言葉に真が尋ね返し、マリーはうんと頷いた後また辺りを見回す。

 

「ね、色んなものあるね。全然、気にしたことなかったよ」

 

マリーはそう言うと惣菜大学の方を見る。

 

「肉……串?」

 

マリーはそう呟くと惣菜大学のカウンターに歩いていく。

 

「ねえ、それ食べたい。串のやつ」

 

「あら、いらっしゃい。320円だよ」

 

「……お金ないと食べれない?」

 

マリーが注文し、それに返す店員の言葉にマリーは困ったように声を漏らし、真は苦笑を漏らすとマリーのすぐ後ろまで近づく。

 

「買ってやろうか?」

 

「あるの!? 意外とすごいんだ、キミ」

 

「……」

 

真の言葉にマリーは驚いており、真も流石にどうリアクションを返すべきか困っていた。

 

「あれ? うーっす椎宮。こんな時間に買い食いか?」

 

するとそこに陽介が歩き寄り、真に挨拶した後マリーに目を向けると驚いたように声を失った。

 

「……可愛い」

 

陽介はそう声を漏らした後、真に詰め寄る。

 

「何? 何がどうなっちゃってんの? お前のオトモダチ!?」

 

その言葉と勢いに真は若干引いた後、思いついたような表情を見せる。

 

「妹だ」

 

「いもっ!?……」

 

真の言葉に陽介は絶句し、マリーの方を見る。

 

「あーでも、言われてみれば目元とか……」

 

「いもうとじゃないよ、なんでウソつくの?」

 

しかし陽介の言葉が癪に障ったのか、マリーはジト目で真に言い、それに陽介はガクッという感じのリアクションを取った。

 

「ウソかよ! 乗っちゃったじゃねーか!!」

 

「ナイスリアクションありがとう」

 

「てめー」

 

陽介の言葉に対し真はイタズラっぽく笑いながら返し、陽介も悪態をつきながら笑い声を漏らす。

 

「つかバレんの分かってててきとー言うなっつーの」

 

続けて陽介は頭をかいて言い、それからマリーの方を向く。

 

「あ、俺は花村陽介ね! コイツの友達っつーか、相棒ってヤツ」

 

「……あいぼー? 仲良しってこと?」

 

「へへっ、まあそんなとこ。あ、君は名前なんつーの?」

 

「え……」

 

陽介の自己紹介にマリーが首を傾げながら返すと彼は明るくそう言い、マリーの名を尋ねる。それにマリーは困ったように声を漏らした。

 

「マリー……かな?」

 

「へー、マリーちゃんっつーんだ」

 

困ったように漏れたような声、しかし陽介は気にする様子を見せていなかった。

 

「あ、もしかしてビフテキ串買う? よっしゃ、ここは俺のおごりってことで!」

 

陽介はそう言うと店員に話しかけ、マリーは首を傾げる。

 

「……買ってくれるってこと?……いいの?」

 

「ラッキーだったな」

 

マリーの言葉に真はふっと笑い、マリーが困ったような様子を見せると陽介はにししっと微笑んだ。

 

「へへっ、いーって! 俺、バイト代にちょい色付いたからさ。ビフテキ串三本ね! 俺とあいつと、マリーちゃんの分」

 

「あら、景気がいいのね。はいよ、ちょっと待っててね」

 

陽介の注文に店員はふふっと微笑み、ビフテキ串を三本渡す。それを三人は近くに座ると一本ずつ食べていった。

 

「ふーっ、食ったわ! 相変わらずボリュームは満点だぜ」

 

陽介は満足そうに息を吐いてそう言い、マリーの方を見て微笑む。

 

「どうよマリーちゃん、この辺の名物のお味は」

 

「すっごい変。硬いし噛めないし途中で冷めた。すごく美味しかった」

 

「あ、美味しかったわけね……出だし、そうでもねー雰囲気だったけど……」

 

「まあ、それなら良かった」

 

陽介の問いにマリーは悪態をつくような口調で言うが結局美味しかったらしく、それに陽介は困ったような声を漏らし、真もふっと笑いながら頷く。

 

「ねえ、ビフテ……串? どういう意味?」

 

「ビーフステーキの略だ」

 

「ビーフステーキ? ふ~ん、そうなんだ……」

 

マリーの疑問の声に真が答え、マリーはふんふんと頷く。

 

「“ビ”がヤダ。なんか硬そう。ヒーフステーキがいい」

 

「や、名前は関係ないんじゃ……」

 

マリーの言葉に陽介はツッコミを入れた後、真の方を向く。

 

「つか……変わった子だな、マリーちゃんって。まあ、そこも可愛い……のか?」

 

「さあな」

 

陽介の言葉に真もははっと笑って返す。

 

「キミたちってさ、毎日食べてるんでしょ、コレ……ずるい。もっと早く来ればよかったな……」

 

マリーは少し膨れっ面をしながら呟き、それから三人でたわいもない話を始める。と陽介はふとポケットに手をいれ、ぎょっとした様子を見せた。

 

「あ、ヤッベ! バックヤードのカギ!……俺、ジュネス戻るわ! またな、椎宮! あとマリーちゃんも!」

 

彼はそう言うや否や走り去っていき、マリーは僅かに可笑しそうな笑顔を見せる。

 

「変な人だね。キミのあいぼー」

 

「まあな」

 

「ん……でも肉の串、買ってくれた。だからいい人。これ決定ね」

 

「そ、そうか」

 

マリーの陽介に対する二つの評価に真は苦笑を漏らす、とマリーは立ち上がった。

 

「ね、他のとこ行こ。次はね、景色がいいトコがいい」

 

「はいはい」

 

マリーの言葉に真は笑いながら頷いて立ち上がり、二人は一緒に歩き出す。しかしマリーは見るもの全てが珍しいらしく、目を離すとすぐどこかに行ってしまう。そんな彼女を真はようやく高台まで連れてきた。

 

「ほら。ご注文の景色のいいトコ、だ」

 

「ふ~ん……なんか緑って感じだね。緑と……緑。あと茶色と……濃い緑?」

 

真の言葉にマリーは辺りを見回しながらその場所を評価し、ふと空を見上げる。

 

「緑の葉っぱ、飛んでゆく……お空と雲とにこんにちは……迷子の私も飛んでゆく……夜空の月にさようなら……」

 

マリーは突然そんな事を呟きだす。と彼女は我に返ったように真の方を振り向いた。

 

「ちっ……違うよ!? い、今の、詩とかじゃないから! たた、たまたま心に浮かんだだけ! そう! それだけだから!……」

 

マリーはそこまで言うと恥ずかしそうに頬を赤らめながらうつむき、真から顔を逸らす。

 

「……ば、ばかきらいさいあくさいてー。か、勝手に聞かないでよ!」

 

マリーの言葉に真も困ったように乾いた笑みを漏らす。とマリーはまた何かに興味を持ったように走り出し、真も慌ててその後を追う。

 

「こんなに広かったんだ……」

 

マリーが驚いたように眺めているのは高台から見下ろせるこの町の風景。それを見ていたマリーはふっと頬を緩めた。

 

「なんだろ……やっぱ懐かしい。いいね、こういうの……」

 

マリーはそう言うと真の方に顔を向ける。

 

「見れるトコまだある? もっと色んなトコ見たいよ」

 

「ああ。案内するよ」

 

「うん、お願い。キミといると、色んな事気になる。意外と楽しいよ」

 

マリーは期待を込めた目で真を見つめており、真もふっと微笑む。マリーのことが少し分かったような気がする。彼がそう考えた時だった。

 

 

 

     我は汝……、汝は我……

 

   汝、新たなる絆を見出したり……

 

 

   絆は即ち、まことを知る一歩なり

 

 

  汝、“永劫”のペルソナを生み出せし時

 

   我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

 

頭の中に響いてくる声。それに真はまた僅かに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ次! どこ行こっか?」

 

「そうだな……」

 

マリーは嬉しそうに微笑みながらそう言い、それに真は少し微笑みながら、マリーと共に歩き出した。

それから日が傾き始めた頃。真はマリーをベルベットルームに送り届けてから家に帰っていく。それから家に帰ると本を読んで時間を過ごしていくが、夜になっても遼太郎が帰ってくる様子はなく真は本を閉じるとイタズラっぽく笑った。

 

「ちょっと外行ってみるか」

 

真はそう呟くとこっそり家を出て行き、夜の商店街へと繰り出す。しかし当然のことながら既にほとんど店は閉まっていた。

 

「まあ、そりゃそうだよな……?」

 

真は呟きながら歩いていくが、ふと見慣れない店に気づく。いや、見慣れない店というのは語弊かもしれない。店自体は見覚えているもの。しかしその看板が見慣れないものに変わっていた。この店の見覚えのある看板はたしか[四六商店]のはず、しかし今は[スナック紫路宮]という看板になっていた。それについ真は引きつけられるようにその店へと入ってしまう。

 

「あ~ら、いらっしゃい」

 

出迎えてきたのは化粧を施したぽっちゃりとした女性。どこか見覚えがあった。

 

「うちのお店、夜はスナックやってるの。アンタ、昼に会ったかしら?――」

「し、四六の……」

「――ま、どうでもいいわね……」

 

女性を見た真が目を丸くして声を出すがそれを女性は遮る。

 

「ここは、日常から逃れた大人たちが、つかの間の安らぎを求めて集まる、夜のオアシス。そして、アタシは“宝石”を身につけオアシスに舞い降りた、夜の蝶ってとこかしら」

 

「え、あの……」

 

「ここで見たこと、話したことは、全て夢の出来事。明日に引きずるなんてご法度よ。覚えといて」

 

「は、はぁ……」

 

「さ、分かったらおかえり。アンタのような子供が来るところじゃないわよ」

 

「は、はい……」

 

困惑している真に対し女性――紫路宮のママはそう言い、真は混乱しながら店から出ようと振り返る。

 

「あら? ちょっと待って!」

 

すると紫路宮のママが突然真を呼び止める。

 

「なに、それ? アンタ、立派ないいモノ持ってるわね~」

 

「はい?」

 

「ほら、後ろポケットの」

 

「?」

 

紫路宮のママの言葉に真は首を傾げ、紫路宮のママが後ろポケットを指すと真はポケットから何かを取り出す。

 

(シャドウと戦っている間に出てきた石……)

 

取り出したのは雪子を助けるため城の中のシャドウと戦っている時に見つけた石。何かに使えるかもしれないとポケットに放り込んでいたものだ。

 

「そのキラキラした綺麗な石! アタシと取りかえっこしてくれない?」

 

「はあ、まあいいですけど……」

 

紫路宮のママのお願いするような言葉に真はそう言い、ポケットから深みのある青色がついた水晶の欠片を五つほど取り出した。

 

「綺麗ね……それ、なんていうの?」

 

「あーえーっと……ブルークォーツ?」

 

「そう。じゃあそのブルークォーツ五個とこのインラインスケート、交換しない?」

 

紫路宮のママの言葉に真は少し考えた後出鱈目の名前を言い放ち、紫路宮のママはそう言ってインラインスケートを取り出す。真もそれを少し触らせてもらうが軽量のアルミフレームと大口径ローラーを使っており、安定感が抜群というイメージだ。

 

「ふむ……分かりました。俺じゃブルークォーツを持て余しそうですし、交換します」

 

「ありがとう」

 

真はインラインスケートを千枝の武器として使えるんじゃないかと思い至ると紫路宮のママの申し出を受け、ブルークォーツ五個とインラインスケートを交換する。その物々交換を終えた後、紫路宮のママはふとため息を漏らし始めた。

 

「はぁ……」

 

「どうしました?」

 

「ねえ、アンタ、アタシの悩み、聞いてくれない?」

 

「ものによりますが」

 

ため息が気についた真が尋ね、紫路宮のママが尋ね返すと真はそう返す。

 

「ウチの子、アキヒコっていうんだけどね……」

 

その言葉にふと前の学校で入れ替わりに卒業していった先輩を真は思い出してしまう。

 

「最近、元気もないし、アタシのゴハン、ぜんぜん食べてくれないのよ……」

 

「なるほど……」

 

「アタシが夜の仕事してるせい? それとも……もしかして、アタシが本当の親じゃないってあの子、感づいちゃったんじゃ……」

 

紫路宮のママの言葉に真の表情が変わる。彼が思っていた以上に重い問題だった。

 

「はぁ……最近、心配で夜も眠れないの……」

 

「なるほど、それは心配ですね……」

 

紫路宮のママの言葉に真も心配そうに頷く、その時水槽の魚が活発に泳ぎだした。

 

「あ……」

 

それに紫路宮のママが声を漏らす。

 

「アキヒコ! どうしたの!?」

 

(アキヒコって魚かい!!!)

 

直後飛び出した言葉に真はずっこけながら心中でツッコミを入れたのであった。

 

「……」

 

紫路宮のママは真の方に目を向ける。

 

「アンタが持ってるそのタツヒメテントウが食べたいみたいね……」

 

「タツヒメテントウ?……ああ」

 

その言葉に真は一瞬首を傾げるが、以前喉が渇いたと漏らしていた少年にジュースを奢ってあげた際、「おじいちゃんに、親切にしてもらったら礼をせい、と言われた」とお礼に渡された虫を思い出す。

 

「ねえ、お願い! その虫を、この子に食べさせてあげて! アタシのあげるパン屑は食べてくれないの。このままじゃ、この子……アタシ、この子だけが心の支えなの! ねえ、お願い!」

 

「構いません」

 

紫路宮のママの懇願するような言葉に真は頷く。最初は魚かい! と突っ込んでしまったが大事なもの、愛情を注ぐものは人それぞれである。

 

「ありがとう。アンタ、やさしいのね……今だったら、アンタに口説かれてもイイわ」

 

しかしその次に彼女から出された言葉には流石に冷たい目を見せてしまった。

 

「……冗談よ冗談、本気にしないで。さっ、アキヒコ、ゴハンよ」

 

紫路宮のママはそう言って水槽の魚――アキヒコへと虫を与える、と魚の口から何かが出てきた。

 

「なんてこと、これ、釣り針じゃない! アキヒコ、どこでこんなもの食べたの!」

 

「どうやらこれが喉かどこかに引っかかってたのが原因のようですね」

 

「そうみたいね。よかったわ、これできっと元気になってくれる」

 

紫路宮のママが釣り針を水槽から取り出し、アキヒコに声を向けると真が推理、紫路宮のママは頷いた後安心したように微笑んだ。

 

「アンタ、ほんとうにありがとう。感謝するわ」

 

紫路宮のママは真にお礼を言い、お礼ついでに釣り針を渡される。それから紫路宮のママはパン屑を入れた袋を取った。

 

「アキヒコ、元気になってよかったわね~。ほ~ら、パン屑ですよ。ちゃんとよく噛んで食べるんですよ」

 

そう言ってパン屑を水槽に投入。しかしアキヒコは見向きもしなかった。

 

「ったく……元気になったとたん、調子に乗って急に贅沢なこと言い出したりして……フフッ、あの人もそんなんだったわ」

 

紫路宮のママは昔を思い出すような表情で呟き、真に目を向ける。

 

「アンタ、パン屑いる? あの子にタツヒメテントウをくれたらあげるわ」

 

「分かりました。覚えておきます」

 

紫路宮のママの言葉に真は苦笑を交えて頷くと先ほど交換したインラインスケートを手にスナックを出て行った。

それから彼はまた歩き出す。次にやってきたのは商店街の北側、ちょうどテレビの中の異様な商店街というべき場所がこの場所を模していた。それを考えながら彼は歩を進めていく。

 

「あれ、椎宮君じゃん」

 

「ん? よお里中」

 

「何やってんの?」

 

「ちょいと探検ってとこだ」

 

「へぇ~……ところで何それ? インラインスケート? 君そんなのやってるの?」

 

声をかけてきたのは千枝。それに真はふっと微笑んで返し、その後に千枝は真の持っているインラインスケートを見て首を傾げた。

 

「ああ、これは物々交換で手に入れたものというか……あっちに行った時に里中の武器に使えないかと思ってな」

 

「あーなるほど。革靴じゃ流石にきついし、インラインスケートなら店内で持っててもまあツッコまれないよね。買ったのかな~って思われるくらいか」

 

「まあ、あっちに行くことにならなきゃそれでいいんだけどな。とりあえず預かっといてくれ」

 

「オッケー。今度行く時持ってくよ……う~ん、少し練習しとこっかな?」

 

千枝の問いに真はそう言い、それを聞いた千枝が納得したように頷くと真はふっと微笑んだ後インラインスケートを彼女に渡し、千枝もそれを受け取って大きく頷いた後、インラインスケートを入れた箱を見ながらそう呟いた。

 

「ところで里中は何やってたんだ?」

 

「あたし? ああ、あたしは愛屋行ってたんだ。ちょっと小腹すいちゃってさ。そだ、時間あるならちょっと話してかない?」

 

「ああ。別にいいぜ」

 

真の言葉に千枝は愛屋を指しながらそう言い、それから少し話さないかと尋ねる。それに真も頷いて返した。

 

「ん~……でも話すことっと……あ、椎宮君、転校してきたばっかだし、こっちのことまだ分かんないっしょ。ま、言うほどたいしたモンないけどねー。自然が多い……くらい?」

 

千枝は考えたり話したり考えたりとしており、また考えるとぽんっと拍手を打った。

 

「でも、みんないい人ばっかだよ。財布落としても、絶対に出てくるし! 何か困ったことあったら、あたしになんでも言ってよ」

 

「じゃあ、オススメの店はどこだ?」

 

千枝は明るく快活に笑いながらそう言っており、真が問いかけると千枝は考える様子を見せた。

 

「んー、あたしのオススメは愛屋と惣菜大学かな。愛屋は肉丼が美味だし、惣菜大学はビフテキ串が美味! まあ、場所とか関係ナシに、肉は全国共通でオススメだけどさ」

 

「そうか」

 

千枝は真の問いに対する答えを強く語っており、真も微笑を浮かべながらそうかと頷いた。

 

「こっちってお店とかすぐ閉まっちゃうけど、愛屋は遅くまでやってんだよね。ついつい、美味しそうな匂いに釣られちゃうんだよなー、これが……」

 

「なるほど。たしかに分からんでもない」

 

千枝の言葉に真も愛屋から漂う匂いをかぎながら頷き、それから二人はたわいもない話を繰り広げていく。とあっという間に時間が過ぎていき、千枝は携帯の時計を見た。

 

「うわ、けっこー話したね。つい夢中になりすぎちゃった……」

 

千枝はそう言って携帯をしまい、また思い出したように別のポケットを探る。

 

「そうだ、コレあげる!」

 

そう言って彼女は漢方チョコなるお菓子を真に渡し、真もそれを受け取る。

 

「それ、あたしの最近のオススメ! よかったら試してみて?」

 

「ああ。機会があればな……」

 

千枝の明るい言葉に真は苦笑しながら漢方チョコをポケットに入れる。

 

「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

 

「ああ、送ってくよ」

 

「ありがと」

 

千枝が帰ろうかと言うと真は女性の一人歩きは危ないと思ったか送っていくと申し出、千枝も嬉しそうに頷いた。それから真は千枝を家まで送っていくと自宅に帰る。しかし真が家に帰ってきてもまだ遼太郎は帰ってきておらず、真は夕食を食べたり風呂に入るなどをしてから二階の自分の部屋にまで戻ると眠りについた。




さて今回は日常編前編、マリーの永劫コミュ入手と夜のお話。ちょうど千枝がいるし、革靴じゃほんとにきついだろうからインラインスケートをスナックで購入させて話のきっかけにも組み込んでみました。ブルークォーツやらタツヒメテントウやら、ぜんぜん伏線ありませんでしたけどね。すっかり忘れてました……くそ、迂闊だった。
さて一気に投稿する次回も日常編です。続けてお楽しみください。それでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。