ペルソナ4~アルカナの示す道~   作:カイナ

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第九話 舞踏会の終焉

4月19日、朝。真は昨日の探索の疲れが残っているのかこっている肩をぽきぽきと鳴らしていた。すると突然電話が鳴り始める。

 

「もしもし?」

 

[もしもし……ふいにお呼び止めして済みません。過日、ベルベットルームにてお会いしました、マーガレットでございます]

 

「ああ」

 

電話の相手はベルベットルームにいた銀髪の美女――マーガレットだ。

 

[ひとつ……大切な忠告を忘れておりましたので、お耳に入れようと思いまして]

 

「忠告?……詳しくお願いします」

 

[はい……コミュニティがもたらす絆もまた、ペルソナの力を高める大きな源……時を争い、ただ戦いだけに邁進しても、それで人が真に満たされることはないでしょう。どうか、日々を無為に急がす、あなたの信じる歩調を大切になさいますよう。お忘れなきように……それでは、失礼いたします]

 

マーガレットの忠告の言葉が終わると電話は切れ、真はその忠告を考える。

 

「つまり、よく考えて一日一日を送れ。というわけか……」

 

そしてそう呟き、荷物を持つと学校に行くため家を出て行った。

 

それからその道中、真は後ろからジャージの男子生徒が自分を通り越していき、目の前を歩いている制服の男子生徒に話しかけるのを見る。

 

「よう」

 

「おー、どした? 朝練か?」

 

「部活入ってないやつは今日から運動部に入れるだろ? 走ってるだけで、少しは宣伝になるんじゃねーかと思って」

 

ジャージの男子生徒は明るくそう言っている、と制服の男子生徒が呆れた様子を見せた。

 

「あのさ……お前、その格好で走ってても、何部だか分かんなくねー?」

 

ごもっともなツッコミ。それにジャージの男子生徒は困った様子でうつむく。

 

「……考えてなかった」

 

「ははっ。まあでもお前らしいよ。ウチの部も新人、入るといいなー。やっぱテンション上がるしさ!」

 

そしてそう呟く、と制服の男子生徒は明るく笑ってそう返し、続けてそう言うとジャージの男子生徒が首を傾げた。

 

「お前んとこは勧誘しねーのか?」

 

「やー、どうだろうな。みんな女子マネ欲しいとか言ってるけど……あ、そーだ! 今日の帰り、商店街の神社寄ってこーぜ。“新人が入りますように”って、お参り」

 

「神頼みかよ……別にいいけどな」

 

制服の男子生徒の言葉にジャージの男子生徒が呆れたように言い、その案に頷く。とジャージの男子生徒が思い出したように続けた。

 

「そういや知ってるか? あの神社、何か住み着いてるって話」

 

「聞いた聞いた。それ、ホントなのかね?」

 

そんな話を後ろの方で聞きながら真はふと考える。

 

(部活か……剣道部があればいいんだが……まあ、まずは天城を助け出してから考えよう)

 

真は前の学校でもやっていた剣道部がこっちにもあるかと思いを馳せながら、しかし今最優先すべき事項にも思いをやりつつ学校に向かっていった。

 

それから放課後、少々所用があったものの彼らは今日もここにやってきて、すぐクマの案内で城門前へとやってきていた。

 

「あ、そうそうセンセイ。ちょっと調べてみたけど、どうやらこの前最後まで行った階層まですぐ行けるみたいけど、どうするクマ?」

 

「本当か? ショートカットできるのか!?」

 

「クマ」

 

「それは助かるね」

 

クマの言葉に陽介が聞き返すとクマは頷き、命が続くと真も頷いた。

 

「ああ。どういう原理なのかはこの際置いておく、急ごう!」

 

真の言葉に残りメンバーも頷き、彼らは入り口に立つと真がこの前最後に到達した階層のイメージを思い浮かべながら城に入っていく。そして彼らがやってきたのは確かに古城の五階だった。

 

「急ぐぞ!」

 

近道できたのは嬉しい誤算だがのんびりする理由にはならない。真はそう意味を込めて言い、陽介達も頷くと一気に第五層を走り抜け、当時考えに没頭していた命はあずかり知らぬ事だが鍵がかかっていたドアの前にやってくるとガラスの鍵を使い、扉を開ける。そしてその先にあった階段を走り上っていった。

 

[言ってみれば、現役女子高生女将……といったところでしょうか? なんともこう、惹かれる響きです。お話うかがってみましょう……すみません!]

 

六階に上がった時に聞こえてきたのは以前テレビで雪子にセクハラまがいの質問をぶつけていたリポーターの声だった。

 

[うるさい!]

 

その言葉に対し雪子の強い拒絶の言葉が飛び出す。

 

[あ、あのさ、天城。ちょっと訊きたい事あるんだけど……天城んちの旅館にさ、山野アナが泊まってるって、マジ?]

 

[うるさいうるさい!]

 

[でも継ぐわけでしょ? ていうか和服色っぽいね。男性客、多いでしょ?]

 

[私に構わないで! もうウンザリ!……ウンザリよ……]

 

「色々な声が飛び交ってよく分かんないけど、気配は近づいてきてるクマ。頑張るクマ!」

 

噂好きのクラスメイトに再びリポーターの声。それらにも雪子は吐き捨てるような声で拒絶を行っていた。それらの声に対しクマが言い、千枝は浮かない顔を見せる。

 

「あ、あたし……雪子の事全然分かってなかったんだね……雪子ん家のことを自分のことみたいに自慢して……」

 

「勝手に落ち込んでる暇があるなら足を動かす。天城さんを助けてから謝ればいいんだよ」

 

「は、はい! よし、急ごう!」

 

千枝の言葉に命が返し、それに千枝は頷くと走り出し、真達もその後を追いかけ始めた。千枝は彼らより数歩先を走り、曲がり角を曲がる。

 

「きゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

直後聞こえてきたのは千枝の悲鳴、それに三人はスピードを上げて曲がり角を曲がった。

 

「里中っ! どうしたっ!?」

 

「む、む、む、虫っ! 虫がいるっ!!」

 

曲がり角を曲がりながら声をかける陽介に対し、千枝は腰を抜かしたように座り込んで顔面蒼白に涙目になりながら陽介達の方を向いて声を上げる。その震える指の先にはたしかに赤い甲殻をした巨大なカブトムシが二匹いた。その角の先に仮面がついている。

 

「だ、大丈夫か、里中?」

 

「む、無理無理無理っ! あんなのと戦えないよぉっ!!」

 

陽介の言葉に千枝はぶんぶんと首を横に振って叫ぶ。完全にパニックになっていた。それを見た真が素早く千枝達の前に立つ。

 

「花村、里中を頼む!」

 

「お、おう!」

 

「いくよ、真君!」

 

真の言葉に陽介は千枝を抱き上げて下がっていき、命もそう言って召喚銃をこめかみに突きつけた。

 

「オルフェウス、突撃!!」

 

その言葉を聞いたオルフェウスの竪琴に光が宿り、一気にカブトムシに突進するとその勢いを利用してカブトムシをぶん殴る。しかし甲殻が硬いのかあまり聞いてない様子だ。

 

「物理は利きづらいか……」

 

「だったら、ペルソナチェンジ! エンジェル! ハマ!!」

 

命の分析に対し真はすぐに天使(エンジェル)を召喚しカブトムシを光の結界と護符で囲むとその護符から発された光がカブトムシを浄化する。命はそれをちらりと見るともう一体のカブトムシに接近する。

 

「力で駄目なら――」

 

そう呟き、同時に命は剣を相手を掬い上げるように振るい、カブトムシを跳ね上げさせる。

 

「――技でダウンさせるだけっ!!」

 

続けて角の部分に回し蹴りを叩き込み、勢いをかけてカブトムシを転げさせる。それに命はニヤリと微笑んだ。

 

「この瞬間を待っていた、しかけるっ!」

 

「はいっ!」

 

命の宣言に真も頷き、二人は一気に剣をカブトムシに叩き込む。その剣撃が止んだ後、カブトムシは消滅していた。それから彼らは城内を歩き出すが、千枝はめんぼくなさそうにうつむき、陽介も困ったような笑みを浮かべていた。

 

「まさか、里中が昆虫嫌いとはな」

 

「うん、あ~いうのはほんと無理っていうか……」

 

「まあ、無理はするな。無理に前線に出て無茶な動きをされるより後ろで魔法援護をしてくれ」

 

「うん。誰にも苦手なものはあるからね。僕らでフォローするよ」

 

陽介の言葉に千枝が返すと真がそう指示を出し、命も頷く。それに千枝は恥ずかしそうな上目遣いで真達を見た。

 

「ご、ごめんね?」

 

「その分、別の奴ら相手ではしっかり活躍してもらう」

 

「当然! まっかせといて!!」

 

千枝の謝罪の言葉に対し真はにやっと笑いながら言い、それに千枝も大きく頷いた。

それからカブトムシのシャドウ“熱甲蟲”を相手にする時は千枝はブフで援護という事になったがちょうどよくそのブフが熱甲蟲の弱点だったことも分かり、他のシャドウも倒しながら彼らは階段を見つけ、上がっていった。

 

[王子様はまだ来ないの? 王子様、早く私を連れ去って! どこか……私の事なんか誰も知らない世界に……]

 

「近いクマ! この上にいるクマ!」

 

聞こえてきた雪子の声、それが聞こえなくなった後にクマが声を上げると四人は顔を見合わせて走り出した。そして道中のシャドウを走りながら倒していき、階段を見つけると一気に駆け上がる。その先には一階から二階に上がったときと同じような重厚な扉があった。

 

「その先クマっ!」

 

扉を見た瞬間クマが叫び、それを聞いた千枝が一番に飛び出して扉を蹴破る勢いで開け放った。

 

「雪子っ!!」

 

一番に飛び込んだ千枝が声を上げ、続けて残りのメンバーも部屋に飛び込む。この古城の最上階、そこは所謂謁見の間のような作りで入り口から伸びる紅い絨毯の先は長い階段状になっており、その階段の最上階には玉座があり、その玉座の部分に雪子のシャドウが、階段の下にいる和服姿の雪子を見下ろしていた。

 

「やっぱりだ、天城が二人!」

 

「天城!」

「今助けるからね、雪子!」

 

陽介が声を出し、真と千枝が雪子を助け出そうと走り出す。とその瞬間彼らの足元の絨毯がまるで意思を持っているかのように動き出し、彼らに巻きついていく。

 

「な、何これっ!? 動けない!?」

 

「オルフェうあっ!?」

 

千枝が声をあげ、咄嗟に命がペルソナを召喚しようと召喚銃を構えるがその引き金を引く前に命も絨毯に捕まってしまい、さらに取り落とした召喚銃はカララララと乾いた音を立てて床を滑っていく。

 

「くっ、離せっ!」

「ちくしょ! どうなってんだよ!?」

「クマー!?」

 

あっという間に全員が絨毯に絡め取られてしまっていた。

 

[あら? あららららら~ぁ?]

 

そしてようやく雪子のシャドウが口を開く。

 

[やっだもう! 王子様が四人も! もしかしてぇ、途中で来てたサプライズゲストの皆さん? いや~ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!]

 

雪子のシャドウは不自然に身体をくねらせて歓声を上げ、彼らを甘く酔ったような瞳で見た。

 

[つーかぁ、雪子どっか行っちゃいたいんだぁ。どっか、誰も知らない遠くぅ。王子様なら連れてってくれるでしょぉ? ねぇ、早くぅ]

 

やはり不自然なほどに媚びた言動、しかしそれよりも前におかしい点に千枝が気づいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。王子様が四人って、ここにいる男って椎宮君に花村、あと命さんで三人だよ!? 数おかしくない!?」

 

「ま、まさか四人目はクマクマ!?」

 

「いや、昨日も推測してたけど……やっぱり王子様の一人は里中さんだよ」

 

千枝の言葉にクマが驚きの声を上げる、と命が冷静にそう言って雪子のシャドウを睨みつける。

 

「そうだろう? 天城さんのシャドウよ」

 

厳しい視線で問いかける命……しかし、絨毯に身体全体縛り付けられているため全然かっこついていない。と、命に問いかけられた雪子のシャドウはにっこりと微笑み、金色の瞳を持つ目も細める。

 

[千枝……そうよ、アタシの王子様。いつだってアタシをリードしてくれる、千枝は強い王子様……]

 

うっとりとした眼差しに声質での言葉、しかしその声質が突如一変する。

 

[王子様……だった]

 

一変して冷たい声質。うっとりとしたような眼差しも刺すようなきついものになっていた。

 

「……だった?」

 

過去形の言葉、それに千枝は声を漏らす。

 

[結局、千枝じゃダメなのよ!]

 

そして直後放たれた強い言葉に彼女はびくりとした目を見せる。

 

[千枝じゃアタシをここから連れ出せない! 救ってくれない!]

 

「……雪子……」

 

雪子のシャドウの苦いものを吐き出すような叫び、それに千枝が声を漏らす。

 

「や、やめて……」

 

それを聞いた雪子が立ち上がって声を漏らす。しかし疲労のせいなのか分からないがその声はとても弱々しかった。

 

[老舗旅館? 女将修行? そんなウザい束縛……まっぴらなのよ! たまたまここに生まれただけ!なのに生き方、死ぬまで全部決められてる! あー、やだ、嫌だ、嫌ぁーっ!]

 

「そんなこと、ない……」

 

[どっか、遠くへ行きたいの。ここじゃない、どこかへ……誰かに、連れ出してほしいの。一人じゃ、出て行けない……一人じゃ、アタシには何にもないから……]

 

「やめて、もう、やめて……」

 

雪子のシャドウは激昂してヒステリックに叫んだと思ったら次には自虐的に呟く、その内容に雪子は弱々しく返すのが精一杯だった。

 

[希望もない、出て行く勇気もない……うふふ、だからアタシ、待ってるの! ただじーっと、いつか王子様がアタシに気づいてくれるのを待ってるの! どこでもいい! どこでもいいの! ここじゃないなら、どこでも!]

 

雪子のシャドウはそこまで言うと一息をつく。それから見せる表情は苦虫を何匹も噛み潰したように苦々しかった。

 

[老舗の伝統? 町の誇り? んなもん、クソ食らえだわっ!!]

 

「なんてこと!……」

 

雪子のシャドウの吐き捨てるような言葉、それに雪子はとがめるような声を出すが雪子のシャドウはニヤリと笑みを歪ませて雪子を見た。

 

[それが本音。そうでしょう? もう一人のアタシ!]

 

「ち、ちが……」

 

「よせ、言うなっ!!」

 

雪子のシャドウの言葉に雪子は声を震わせる。それを聞いた陽介が慌てて声を漏らした。

 

「違う! あなたなんか、私じゃないっ!」

 

[うふふふふ……いいわぁ! 力が漲ってくるぅ! そんなにしたら、アタシ……うふ、あはは、あはははは!!]

 

しかし間に合わず雪子の口から紡がれる、禁句。それを聞いた雪子のシャドウの周りに黒い影が集まっていき、その影が球体を形作って天井へと上っていく。と、突然天井から鎖に繋がれた鳥篭が落っこちてきた。

 

[我は影、真なる我……さあ王子様、楽しくダンスを踊りましょう?]

 

落ちてきた鳥篭の中にいるのは真紅の立派な翼を持ち、籠の入り口は開いているのにそこから飛び立とうとしない、雪子の顔を歪めて笑っている人面鳥。それを雪子は震えながら見上げていた。

 

「雪子、逃げて!!!」

 

千枝が思わず叫ぶ、がその瞬間どこからともなく小さな、しかし人一人入れるには充分すぎる大きさの鳥篭が飛んできて雪子をあっという間にその中に閉じ込める。そしてその頭上に鎖が巻きつき、囚われた雪子は千枝達から離されてしまう。

 

「雪子っ!!!」

 

「千枝ーっ!!!」

 

響き渡る二人の悲鳴、それを聞きながら命はもがき、どうにか絨毯から右腕を解放すると今度は滑り落ちた召喚銃に懸命に手を伸ばし、銃を手に取ると自身のこめかみに押し当てる。

 

「オルフェウス!」

 

ガラスが割れるような音と共に召喚される幽玄の奏者(オルフェウス)、それが竪琴を構えると命は他のメンバーの方を見た。

 

「少し熱いが我慢しろ! オルフェウス、アギ!!」

 

命が警告を叫び、続けてオルフェウスに指示。それを受けたオルフェウスは竪琴をかき鳴らして炎を生み出し、その炎が絨毯を焼いていくと一番に千枝が脱出して立ち上がり、雪子のシャドウを見る。

 

「待ってて、雪子……あたしが全部受け止めてあげる!」

 

[あらホントぉ?……じゃ私も、ガッツリ本気でぶつかってあげる!!]

 

千枝の言葉を聞いた雪子のシャドウが口元を歪め、直後雪子のシャドウが翼を広げると爆発が千枝目掛けて広がっていく。

 

「タルンダ!!」

 

しかし命が続けてオルフェウスに指示を送り、その光が爆発の威力を弱める。

 

「ゆけ、ナタタイシ! 突撃!!」

「援護しろジライヤ! ガル!!」

 

そこに少し遅れて脱出した真が新たなペルソナナタタイシに突撃を指示し、ナタタイシは光を纏うと物凄いスピードで炎に自ら突っ込む勢いで突進。そこに陽介がジライヤに援護を指示し疾風が出来る限り炎をかき消しナタタイシに道を作り上げた。

 

[フフフ……]

 

しかし雪子のシャドウは籠の中に閉じこもるとナタタイシの突進を弾き返す。

 

「くっ、硬いっ!?」

 

「だったらこれでどうよ! トモエ! あたしにタルカジャ!!」

 

真が声をあげ、それを聞いた里中はトモエを召喚すると自分に、対象の力を上げさせる補助スキルタルカジャを指示、その意思を汲み取った真がなるほどと頷いた。

 

「ナタタイシ! ラクンダ!!」

「ジライヤ! 里中にスクカジャ!!」

 

真に続いて陽介も分かったように千枝を援護、それを受けた千枝はスクカジャの力によってさらに増したスピードで雪子のシャドウに突進、その炎をかわしながらペルソナカードを具現した。

 

「来て、トモエッ! 串刺し!!」

 

[ヅアッ!?]

 

そう言い、ペルソナカードを走りながら蹴り砕くと共に姿を現したトモエが光を纏った薙刀で檻の隙間から雪子のシャドウを突き刺し、雪子のシャドウが小さく悲鳴を上げ、同時に籠の扉も開く。とそれを見た千枝も思いっきりジャンプした。

 

「どりゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

[グフゥッ!!??]

 

そして気合の叫びと共にドロップキックを雪子のシャドウに打ち込み、その蹴りをモロに受けた雪子のシャドウは苦しげな声を上げて籠の中に叩きつけられた。それから千枝はその蹴りの反動で空中を華麗に飛ぶとすたっと着地する。

 

「すげえなおい!?」

 

それを見た陽介は声をあげ、籠の中に叩きつけられた雪子のシャドウは何事も無かったように元の位置に戻った。

 

[んふふ、まだまだよ。もぉっと強さを見せてちょうだい! いらっしゃい……アタシの王子様……ンフフフフ……]

 

雪子のシャドウがそう言うとその傍らにスポットライトが当てられ、そこに頭の上に王冠を乗せて金髪で赤い服を着た、ここまでだけ言えば一般的な王子様のイメージだがその外見はずんぐりとした二頭身程度の見た目としてはブリキ製のようなイメージの人形が姿を現す。

 

「なんだあいつ?」

 

「気にすんな! 天城のシャドウを倒せばいいだけのことだ! ジライヤ、突撃!!」

「うん! トモエ、ブフ!!」

「オルフェウス、突進!!」

 

その姿を見た真が声を漏らすが陽介は気にもせずジライヤに攻撃を指示し、ジライヤが光を纏った手裏剣を投げると続いてトモエが氷の粒で攻撃、さらにオルフェウスが光を纏った竪琴で雪子のシャドウをぶん殴った。

 

[グウゥッ!!]

 

雪子のシャドウはそれに苦しげな声を漏らす、と先ほど雪子のシャドウが生み出した人形――とりあえず雪子のシャドウの言動から“王子”と呼称しよう――が雪子に向けて剣を振る。すると雪子のシャドウの傷が癒えていった。

 

[王子様……]

 

「げっ!? あのシャドウ地味にうぜえぞ!?」

 

それに雪子のシャドウが恍惚の声を漏らし、陽介が声を上げると命が剣を抜いた。

 

「あいつは僕が倒す! 皆は天城さんのシャドウを!」

 

命はそう言うと王子に突進し剣を振るう、それに対し王子も勝負を受けるというように剣を構えて命の剣を受け止め、いとも簡単に押し返して見せた。

 

「ぐっ!?」

 

小柄な体型に見合わない力に命はふらつき、王子の剣に光が灯ると命は咄嗟にバックステップを踏む。と同時に鋭い一閃がさっき命がいた場所を斬り裂き、完全にかわしきれなかったのか命の左肩から血が流れ出す。しかしもしかわしていなかったら防御が間に合わず最悪戦闘不能ほどの怪我をしてしまう可能性すらある一撃だ。

 

「思ったよりやるね……ただの取り巻きと思って油断してたよ」

 

[……]

 

左肩を押さえながらの命の言葉に王子は何も返さずに剣を構えなおす、と命は中距離の状態から剣を突きの構えに持っていった。

 

[!?]

 

と命は中距離から一瞬で王子の懐に潜り込むと鋭い突きを見せ、モロに受けた王子はしかし耐え切りながら剣を振り下ろす、が命はそれを素早いフットワークでかわして剣撃が止むとバックステップを踏む。

 

「桐条先輩仕込みの必殺の突きと真田先輩仕込みのフットワークさ。驚いたろ?」

 

命は自らにシャドウとの戦いの基礎を教えてくれた頼れる先輩二人を思い出しながら静かにそう呟き、王子が再び剣に光を纏わせて剣を振り下ろす。しかし命は今度はその剣を片手で持った自身の剣でいとも簡単に受け止めてみせた。

 

「最初は驚いたけど。考えてみたらこんな攻撃、順平の大剣に比べたら全然軽いものだよ」

 

次に思い出すのは自分と一緒に馬鹿をやったり、戦いの時はつっかかってきたり協力し合ったりした親友の、威力重視な大振りのせいでよく外れるもののしかし頼りになる剣。そう言いながら命は王子の剣をキィンッと澄んだ音を立てながら押し返す。そして命は剣を鞘に収めて居合いの構えを取り、王子はまた剣に光をまとわせるとジャンプして命に飛び掛りながら剣を振り下ろし、命も剣を引き抜いた。そして二人が交差し、王子は着地する。

 

「ぐっ……」

 

直後王子の剣が当たったのか命の額が切れて血が流れ始め、しかし彼がゆっくりと剣を鞘に収めると同時に王子は黒い霧となって霧散していった。

 

「くそ……不覚だった。真君! ごめん、一旦下がって傷を手当する!」

 

「はい!」

 

命は額の血を拭いながらそう呟くと、額から流れる血で視界が覆われると不利になると判断したのか一旦戦線離脱を真に言い、真もそれに頷くと命は傷薬を懐から取り出しながら一度後方に下がっていった。

 

 

 

[王子様っ! 王子様っ!]

 

王子が倒された雪子のシャドウは取り乱したように叫び、また彼女の横にスポットライトが灯る。しかしそこから現れるものはもういなかった。

 

[なんで、なんで来てくれないの……]

 

「誰も来ない! この隙を狙え!! イザナギ、ジオ!!」

 

「おう! ジライヤ! ガル!!」

「トモエ、脳天落とし!!」

 

雪子のシャドウがわなわなと震えた声で呟き、その隙を突くように真がイザナギを召喚して落雷を起こし、さらに陽介のジライヤが疾風を巻き起こし、続けて千枝のトモエが鳥篭から頭を出していた雪子のシャドウの脳天に踵落としを叩き込む。

 

[グゥッ!?]

 

その連続攻撃に雪子のシャドウは声を漏らし、次にギロッとした視線で彼らを睨みつける。

 

[ケッ、期待外れもいいとこだわ。あんたら王子でもなんでもない……死ね、クズ男ども!!]

 

雪子のシャドウがそう叫んで翼を羽ばたかせた直後、彼らを爆発が包み込む。

 

「千枝っ、千枝ーっ! お願い、もう止めて!!」

 

その爆発に千枝が巻き込まれたのを見た雪子が悲鳴をあげ、格子に手をやって泣きそうにうつむきながら自身のシャドウに懇願する。

 

「ナタタイシ!」

 

そこに響く真の声、と同時に爆発によって出来た煙の中からナタタイシとその力の恩恵を受けた真が飛び出してきた。

 

「ナタタイシ、ソニックパンチ!」

 

[っ!!]

 

真はナタタイシに指示を出しながら自身も刀を振り下ろす、それを見た雪子のシャドウは咄嗟に鳥篭に閉じこもり、直後ナタタイシの光をまとった拳と真の刀が鳥篭に辺り、ギィンという鈍い音を響かせる。

 

「王子でもなんでもない? 当然だ! 俺はそんなものになった覚えなんて一瞬たりともない!!」

 

雪子のシャドウに至近距離から、爆発のせいかところどころ焦げた鎖帷子を纏って頬に煤をつけながら叫ぶ真。その剣幕に雪子のシャドウが若干押される。そして真は鳥篭の隙間に足をひっかけると再びペルソナの力によって向上した脚力を以って上空を舞い、刀を振り上げると勢い良く鳥篭に叩きつける。

 

「自分一人じゃ何も出来ない?……そんなの、誰だってそうだ!!」

 

「そうよ!」

 

真の声に続いて聞こえてきた声、それと同時に煙の中からトモエがその腕に千枝を抱えながら空を滑空する。その身体もやはり煤で薄汚れていた。そしてトモエが千枝を投げ、千枝が鳥篭に蹴りを入れて籠にしがみつく。

 

「雪子がいないと何も出来ないのはあたしの方!」

 

千枝は迷いなくそう叫び、それに雪子のシャドウだけじゃなく雪子も驚いたように目を見開く。

 

「あたし、雪子みたいに美人でもおしとやかでもないし、勉強も出来ないし、家でなんの手伝いもしてないし……雪子には敵わないと思ってた。だからあたし、雪子に頼ってもらいたかった! でも、でも……」

 

千枝はそこまで言うと一度声を止め、首を横に振る。

 

「そんなの違った! あたしはただ雪子に頼られてることに甘えて、雪子を籠に閉じ込めてた! ごめん、雪子!!」

 

「千枝……」

 

千枝の泣きそうな声での言葉、それに雪子が声を漏らす。そして真が籠に掴まりながら再度刀を構える。

 

「お前らの友情の間に邪魔なものがあるんなら!!!」

 

「それを、俺らがブッ壊す!!! いけ、ジライヤ!!!」

 

真の言葉に続いて煙の中から聞こえる声、そして煙が疾風で吹き飛ばされ、そこから陽介と、手裏剣に光を灯らせているジライヤが姿を現す。

 

「里中、離れろ!!」

 

「ジライヤ! ソニックパンチ!!」

 

真が叫んで宙へ舞うと同時に千枝も籠から飛び降りる。その直後陽介が叫び、ジライヤが投擲した手裏剣が猛スピードで雪子のシャドウを覆っている籠に向かっていく。

 

「来い、イザナギ!!」

 

そこに真はイザナギを呼び出す。さらに真の右手には一枚の、赤い剣が一本書かれているカードが握られていた。

 

「スキルカード、発動!」

 

真が叫ぶと同時にカードに書かれている剣が光を放ち始め、その光がイザナギを覆っていく。

 

「イザナギ! 閉ざされた籠をぶった斬れ!! 二連牙!!!」

 

真の声と同時、イザナギが光を纏った刀を鋭く左右に振るった二連撃とジライヤの放った手裏剣が同時に鳥篭に当たり、バキィンと音を立てて鳥篭が砕け散る。

 

[そんな!?]

 

「いけ!!」

「里中ぁっ!!」

 

自らを覆っていたものが壊れた雪子のシャドウが驚愕の声をあげ、真と陽介が叫ぶ。それを聞いた千枝は自らの前にペルソナカードを具現させた。

 

「お願い、トモエッ!!」

 

その言葉と共に現れるもう一人の自分――トモエは雪子のシャドウを見て何か決意を秘めた瞳を見せると跳躍、一気に雪子のシャドウ目掛けて突っ込んでいった。

 

「飛んでけーっ!!!」

 

千枝が蹴りのポーズを取り、トモエの動きとシンクロする。そのトモエの蹴りが雪子のシャドウに突き刺さった。

 

[アアアァァァァッ!!!]

 

雪子のシャドウは悲鳴を上げて空中に吹き飛ばされ、天井に激突。その後、赤い羽がぱらぱらと部屋中に降り注いだ。

 

「雪子!」

 

雪子のシャドウを蹴り飛ばした後、千枝は雪子の方に走っていく。と雪子のシャドウが消えた影響か雪子を閉じ込めていた鳥篭も少しずつ消えていった。

 

「雪子!! 大丈夫? 怪我は無い!?」

 

「う、うん……」

 

千枝の心配そうな言葉に雪子は曖昧に頷く、と彼女は自分の視界にまた自身のシャドウが黙って立っているのを見て顔を強張らせ、顔を横に振る。

 

「わ、私、あんなこと……」

 

「分かってる」

 

雪子の言葉に対し真が一番に頷いて返す。

 

「ああ。天城、お前だけじゃねーよ。誰にだって人には見せらんねー、自分でも見たくねーモンはあるんだ……」

 

真の言葉に続いて陽介も頷く、とその次に千枝が口を開いた。

 

「雪子、ごめんね……あたし、自分のことばっかで、雪子の悩み、全然分かってなかったね。あたし、友達なのに……ごめんね……」

 

千枝は泣きそうな声で謝り、実際涙が出てきたのかジャージの袖で涙を拭う。

 

「あたし、ずっと雪子が羨ましかった……雪子はなんでも持ってて、あたしには何にもない……そう思って、ずっと不安で、心細くて……だからあたし、雪子に頼られていたかったの……ホントは、あたしの方が雪子に頼ってたのに……」

 

千枝はそこまで言うと首をふるふると横に振る。

 

「あたし、一人じゃ全然ダメ……椎宮君や花村、命さんにも、いっぱい迷惑かけちゃったし……雪子いないと……あたし、全然、分かんないよ……」

 

「千枝……私も、千枝の事、見えてなかった……自分が逃げる事ばっかりで」

 

雪子は千枝にそう言うと、何かを決めた表情で自らのシャドウの目の前まで歩いていく。

 

「逃げたい……誰かに救って欲しい……そうね……確かに、私の気持ち」

 

そこまで言うと雪子はぎゅっと強くしかし優しく、自らのシャドウを抱きしめる。

 

「あなたは、私だね……」

 

その言葉にもう一人の雪子が頷くとその姿が光に包まれる。直後、雪子の目の前にシャドウとは少し違う異形――ペルソナが姿を現した。ピンク色が基調となっており、桜の花とも翼とも取れる美しい袖を広げている。美しい踊り子のような雰囲気をまとわせるペルソナ。それを雪子は黙って見上げていた。

 

「……コノハナサクヤ」

 

彼女がそう呼ぶと同時、コノハナサクヤはタロットカードとなって雪子の前にゆっくりと降下。そのカードにはローマ数字の[Ⅱ]、女教皇を意味する数字が書かれていた。そのカードは雪子の目の前まで落ちると光の粒子となって彼女を包み込んだ。その光が消えた瞬間、雪子は膝を突く。

 

「雪子!!」

 

「大丈夫か?」

 

「うん、少し、疲れたみたい……」

 

一番に千枝が駆け寄って声をあげ、次に陽介が心配そうに声をかける。それに雪子は疲れたように荒い呼吸をしながら呟き、皆の方を向いた。

 

「みんな……助けに来てくれたのね」

 

「当たり前だ」

「うん、当たり前じゃん!」

 

雪子の言葉に真が返すと千枝も大きく頷く、それに雪子は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがと……」

 

「いいよ、そんなの……無事でよかった……ホントに……」

 

「へへ……だな」

 

雪子のお礼の言葉に千枝はそう返した後我慢の限界がきたのかまた泣き出し、陽介も安心したように微笑む。

 

「んで、キミをココに放り込んだのは誰クマ?」

 

「え……あなた、誰?……て言うか……何?」

 

「クマはクマクマ。で、放り込んだのは誰クマか?」

 

「この場所に来る前に何が起きたのか。覚えてないか?」

 

話が一段落下ところでクマが前に出て雪子に核心を問う、が雪子はクマの姿に困惑しており、クマは名を名乗ってから再度尋ね、真も補足する。それに雪子は顔をうつむかせた。

 

「……分からない。誰かに呼ばれた……ような気がする、けど……記憶がぼんやりしてて、誰か分からないの……ごめんね、えっと……クマさん」

 

「分からないクマか……」

 

雪子の言葉にクマは落胆したように呟く。

 

「でも、これではっきりしたね」

 

「ああ。やっぱ天城をここに放り込んだ誰かがいるってことだ」

 

しかしこの世界に雪子を放り込んだという確信を得るには充分。そういうように命が口を開くと陽介も頷いた。

 

「うむぅ……ちゅーことは、やっぱヨースケ達の仕業じゃなさそうクマね……」

 

「おい、まだ疑ってたのか?」

 

「い、いえいえいえ! んなこたぁーないクマ!」

 

クマの呟きに真が呆れたように問う、とクマはドキッとしたように慌てて真の方を向いて弁解を始める。と命が口を開いた。

 

「それは後にしてとにかく外に出よう」

 

「うん! 雪子、辛そうだし……」

 

命の言葉に千枝も賛成し、雪子に肩を貸す。

 

「んじゃ、ありがとうね、クマくん」

 

千枝はクマにお礼を言うとドアの方に歩き出し、真達も彼女らをガードするように彼女らを挟んで歩き出す。

 

「え、ちょ、クマを置いてくつもり!?」

 

とクマが慌てたように口を開き、それに陽介が首を傾げた。

 

「置いてく?何言ってんだ。お前、こっちに住んでんだろ」

 

「それは……そうクマ……でも……」

 

陽介の言葉にクマはごにょごにょと寂しそうに呟く、と雪子がクマの方に歩いていった。

 

「ごめんね、クマさん。また今度改めてお礼に来るから……それまでいい子で待っててね」

 

まるで子供をあやすような口調と仕草で、雪子はそっとクマの頭を撫でる。

 

「ク、クマ~ン」

 

それでクマはあっさり機嫌を直した。

 

「つーかぁ、クマねぇ、どっか行っちゃいたいんだぁ。ねぇ、早くぅ」

 

そして調子に乗ったか人の黒歴史を真似、それに辺りの空気が凍る。

 

「……さて、カエレール使って帰ろうか。クマ君抜きで」

 

「そっすね。クマ、お前は一生そこにいろ」

 

命は手のひらサイズのカエルの置物――カエレールを取り出してそう言いだし、それに陽介も頷いた後クマを冷たい目で見ながら続ける。

 

「ま、待ってー! ごめんなさいクマ~!!」

 

それにクマは必死で命達にすがりつき、命達は苦笑を漏らし合った後、きちんとクマも連れて城門前に転移。入り口広場まで歩いていく途中で命が口を開いた。

 

「そうだ。皆、天城さんのことだけど、ジュネスで発見したとはしない方がいい」

 

「え? なんでっすか?」

 

「もしこれでジュネスが事件と関係があると判断されたらこっちも身動きが取り辛いからね。ただでさえテレビに入るなんて一般人には信じられないような珍現象なんだ。だったらいっそ別のところを発見現場に仕立て上げた方がいい」

 

「仕立て上げるって……」

 

命の言葉に陽介が聞き返すと命はそう説明、それに真は頬を引きつかせるが少し考えると頷いた。

 

「だが、たしかにその方がいい。もしこれでジュネスに警察が配備されてテレビに入れなくなったら元も子もないからな。事件がこれで終わるならいいんだが……」

 

「まあね。天城さんも、そういうことで口裏合わせ、お願いできるかな?」

 

「は、はい……」

 

真の言葉に命がそう言い、次に雪子に尋ねると雪子も曖昧に頷いた。そして彼らはテレビを出てから人目につかないようジュネスを出て行く。

 

「じゃああたし、雪子家まで送ってくね?」

 

「僕も同行するよ。どうせ泊まってる旅館だし、女の子一人じゃ大変だしね」

 

千枝が雪子に肩を貸しながらそう言うと命も言い、それに千枝がお願いしますと頭を下げてから三人は歩き去っていく。それを見届けてから真と陽介は一旦情報を整理するためフードコートまで戻っていった。

 

 

「とりあえず、天城が今までの二人と同じ手口で、その……殺され掛けたってのは、間違いないよな」

 

「ああ。それと、恐らくマヨナカテレビに映っていたのも天城のシャドウだろうな」

 

「俺もそう思う。天城が現実で押さえつけてたモンがあっちの世界で現実になった……ってことなのか?」

 

陽介は頭をかきながらそう呟き、がしがしと頭を乱暴にかいた。

 

「あーダメだ。ますます分っかんね。犯人って一体どんなヤツなんだ?」

 

「ゆっくり考えてみたいが……流石に今日は疲れた……」

 

「俺もだ……しゃーねえ。集まっといてなんだけど、今日はこれで解散にしよう」

 

「ああ……あとは、天城が回復してから話を聞いてみる。俺達に出来るのはこれくらいだな」

 

「ああ。んじゃお疲れさん」

 

真と陽介は今まで分かったことを要点に纏めると疲れで思考が働かないのかそう言い合い、あとは雪子が元気になった時に話を聞いて、また考えようという結論に至ると解散していった。

 

 

一方、命、千枝、雪子の三人。三人は旅館までバスで――幸い運転手を除いて人気がなく、だが念のため話を聞かれないよう後ろの方に座っている――向かっており、その途中で雪子が尋ねる。

 

「あの、今日私の身に起きたことって……」

 

「あー、えーっと、なんて説明したらいいのか……」

 

「元気になった時に話すよ。詳しく話すには長いし、中途半端な説明じゃむしろ混乱するから」

 

「そうですか……」

 

雪子の疑問の声に千枝が頭をかくと命が返し、それに雪子はうつむきながら呟く。

 

「あ、そういえば言い忘れてた」

 

と命はそう言うと真剣な目で雪子を見る。

 

「天城さん、念のために言っておくけど。あっちの世界のことは警察に話さない方がいい。流石に非常識すぎるからね。信じられなくて当たり前、最悪の場合事件を混乱させようとしてるなんて疑われてもおかしくはないから」

 

「そ、そうだね。うん、止めといたほうがいいよ」

 

命の念押しに千枝もこくこくと頷いて雪子に心配そうにそう言う。

 

「は、はい。気をつけます……あの、でもじゃあ皆にはなんて言えば?……」

 

「嘘を吐く必要はないよ。この一言で言い……“覚えてない”」

 

「え?」

 

「実際、テレビに放り込まれる前のことは覚えてないわけでしょ? 後で思い出したとしたら別だけど、そうじゃないなら下手に嘘を吐くよりは覚えてないって言った方がいい。あと、発見場所はジュネスじゃないってことにしとくのも忘れないでね。どっか近くの裏路地で里中さんが発見した、とか。そういう口裏を合わせておいたほうがいい」

 

「「は、はい」」

 

困惑する雪子達を前に命は冷静に状況を把握してそう言っており、それに二人はこくこくと頷く。それからバスが旅館に到着するまで、彼らは天城雪子発見嘘話の口裏あわせを、それぞれ命が真の、千枝が陽介の携帯に電話して五人がかりで行っていた。

 

 

それから時間が過ぎて夜。真は晩御飯にクリームシチューを作り、菜々子と共に食べていた。するとガラガラと玄関の戸が開く音がし、菜々子はぱっと顔を輝かせる。

 

「帰ってきた!」

 

そして玄関の方に走り出そうとするが、帰ってきた父遼太郎が見知らぬ相手を連れてきているのを見ると困惑したように足を止める。

 

「お、おかえり……」

 

「こんちゃっすー」

 

「珍しく上がりが一緒になったんでな。送りがてら連れてきた」

 

「どーも、この春から、堂島さんにこき使われてる、足立です」

 

困惑している菜々子に対し遼太郎が連れてきた若い刑事――足立が軽いノリで自己紹介をする。

 

「なんだ足立、これでも遠慮してんだぞ?」

 

「まーた、お父さん。冗談キツいッスよ! あはは」

 

遼太郎の言葉に足立は笑いながらそう言った後、真に目を向ける。

 

「おわっと、そうだ! 君、たしか天城雪子さんと友達でしょ? 天城さん、無事に見つかったからさ! 皆にも知らせてあげてよ」

 

「そうですか。お疲れ様です」

 

「おっと、ありがとう。や~感謝されちゃったよ、なんか照れんなぁ」

 

足立の言葉に真は労をねぎらうように言い、それに足立はにかっと笑った後次はたははと照れくさそうに笑って頭をかき、その後に難しそうな顔を見せた。

 

「でもでも、まだ全てがクリアってわけじゃないんだけどね。さっき訪ねた帰りなんだけど、天城さん、居ない間のこと覚えてないんだってさ。それに、その間の彼女の足取り、まるで本当に消えたみたいで、実はウチらも掴めてなくてさ。なーんか怪しいっていうか、裏に何か……」

 

足立がそこまで言った瞬間、遼太郎が足立の頭をはたく。

 

「イタぁっ!」

 

「バカ野郎! いらんこと言うな!」

 

「す、すいません……」

 

はたかれた足立が声をあげ、遼太郎が一喝すると彼はしゅんとなって謝り、遼太郎は真と菜々子の方を向いて口を開く。

 

「気にしなくていいぞ。コイツの勝手な妄想だ」

 

「……天城を疑っているのか?」

 

「心配するな。警察は野次馬じゃないからな。こいつの独り言だ。本気にするなよ?」

 

遼太郎の言葉に対し真が少し目を研ぎ澄ませながら返すと遼太郎は安心させるようにそう言い、真はまた少し考えると席を立つ。

 

「分かりました。じゃあ二人の分今からよそうんで、手洗ってください」

 

「お、おう」

「は~い」

 

真の言葉に大人二人は返し、次に真は遼太郎個人に目を向ける。

 

「あと叔父さん。これからお客を連れてくる時は事前に連絡を。夕食がシチューだったからよかったものを。別のメニューだったら今から追加分作らなきゃいけなかったんですからね」

 

「す、すまん……」

 

真のごもっともな指摘に遼太郎はすまなそうに謝る。と足立が口を開いた。

 

「あれ? 君が食事作ってるの?」

 

「まあ、両親共働きだから自然と。毎日コンビニ弁当じゃ栄養も偏りますから」

 

「なるほどね~」

 

足立の不思議そうな言葉に真はそう返しながらシチューをよそい、足立はふんふんと頷く。

それから賑やかな夕食が始まり、菜々子も収支笑顔のまま夕食は続いていく。そして夕食が終わると遼太郎が足立を送っていくために二人で家を出て行き、菜々子もはしゃぎ疲れたのか眠ってしまう。真はそれを見てふっと優しく微笑むと菜々子を寝室まで連れて行き、布団で寝かせてあげる。

そして真は夕食に使った食器を洗い、お風呂でシャワーを軽く浴びて寝巻きに着替えると流石に疲れが限界に来たのか部屋に戻るとすぐ眠りについた。




≪後書き≫
さて今回はVS雪子のシャドウ。んで今作ではスキルカードはペルソナに一時的に新たなスキルを与えるものとして使用しようかと考えてますが……まあそこはまだ決めきってません。さてどうしようかなっと……。
しかし命、王子を一対一で結果的に一時戦線離脱になった相討ちの形とはいえやっぱ王子を圧倒しすぎたかな?……ちなみに今回、スキルを使う時に武器や拳とかに光が灯るとかの描写が使われてますが、前回のカエレールと同じくソードアート・オンラインのソードスキルを参考にしてみました。これならペルソナを普通に使う時とさらにスキルを使わせる時の区別化が出来そうなので……まあ、そこもちゃんと考えていきたいですが。
とりあえず次回はコミュニティを深めていく予定の日常編をやりたいなっと思ってます。それでは。

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