四月十一日。人気のない電車の中、色素の薄い銀色、人によっては灰色にも見える髪をした青年がその電車の席の一つに座っていた。ガタンゴトンと揺れる電車に揺られ、青年は暇そうに誰もいない前の席に目をやっている。ちなみに外は畑や田んぼが多く田舎という感じを思わせる光景が広がっている。
「……暇だ」
そしてただ一言そう呟いた。
時間を一ヶ月ほど前に戻してみよう、時は三月上旬。卒業式も近づいている日、青年は自分が住んでいる寮の食堂で朝食の和食定食の味噌汁をすすりながら電話で話していた。
「転勤?……また?」
[ええ……]
「へぇ……それで、どこ?」
青年は電話の相手――母親の言葉にどこか慣れたように返す。というのも彼の両親は仕事の関係上で転勤が多く、彼もそれによって転校を繰り返していた。現在寮のある学校にいるのも両親が度重なる転校で友達を作ってもすぐ別れることになってしまう彼を気遣ったことであり、中等部三年から現在高等部一年の一年ちょっとの間両親の転勤ラッシュに巻き込まれた転校という心配はなくなっていた。そのため今回もちょっとした報告だろう、その程度の認識だった。
[それが……外国]
「……は?」
しかし次に出てきた言葉に彼はそう呟くように返すのが精一杯だった。すると電話越しの声が変わる。
[もしもし、
「親父? どうしたの?……まさか、また転校なんて……言う?」
聞こえてきたのは彼の父親の声、それに真と呼ばれた青年がまさかというように聞き返し、それに父親は黙り込む。
[……ああ]
そして静かに、だが確かにそう言い、真ははぁ~とため息をついた。
それから次の日曜日。真は自身の実家に戻ってきていた。家には両親が揃っており、彼ら三人家族は居間に座って向かい合った。
「すまんな、真。せっかく俺達の仕事に影響が出ないよう寮のある学校に編入させたというのに……」
「流石に国内じゃともかく外国に一年間行くとなると……どちらかに万一の事態が起きた時に頼りになる大人が傍にいないとどうしようもないから……」
「まあ、確かにね」
両親の謝罪の言葉に真も息を吐き両肩をすくめる動作を見せる。それから彼はまた両親を見た。
「ところで、転校たってどこに? まさかマジで外国? 自慢じゃないけど英語圏にしたって日本の学校のレベルならともかく本場の人達と楽に会話できるほどリスニングもスピーキングも自信はないよ?」
「ああ、遼太郎君……堂島君を覚えてるか?」
「……?」
真の問いに父親がそう尋ねるが真は首を傾げるのみ、それに母親が苦笑を漏らした。
「まあ、あなたが赤ん坊の時くらいだからね。私の弟、今は八十稲羽っていう町で刑事をやってるわ」
「へえ……でも一年間も居座るなんて迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だ。さっき話を持ちかけたら快く了解してくれた」
「そうか……なら少なくとも俺は安心か、久しぶりの転校だな……」
両親の言葉に真は一安心というように息をつき、久しぶりに訪れた長年の習慣にどこか楽しみそうな笑みを浮かべていた。そして話が終わり、彼は久々に戻ってきた実家の自室に戻り、ベッドに座るとふっと笑みを浮かべた。
「まあ、まずは世話になった先輩や友達への挨拶回りか……とりあえず、命先輩に連絡取るか」
そしてそう呟くと携帯を開き、電話をかけ始めた。
それから一ヶ月ほど時間が過ぎ、冒頭に戻るわけである。
真は暇そうに誰もいない前の席に目をやって「暇だ」と呟いていたが、その時彼のポケットに入れている携帯がバイブを始め、真はポケットから携帯を取り出して内容を確認する。一通メールがきていた。
[駅まで迎えに行く。八十稲羽駅の改札口に十六時]
確か以前確認しておいた時刻表によると確かにそのくらいの時間帯にこの電車は目的地であり終点の八十稲羽へとたどり着くはずだ。しかしまだ後二十分程度時間はある。
「……寝るか。終点なら乗り越す心配もないし」
彼は一人そう呟くと目を閉じ、座っている椅子に体重を預けた。寝ようと思ったのもつかの間、彼の意識は急速に遠のいていった。
それから彼は妙な感触を感じる。なんというか、今まで彼は固さを感じる椅子に座っていたはずなのだが今座っているのはふかふかで柔らかい感触なのだ。それに彼は不審感を覚え、ゆっくり目を開ける。
「なっ!?」
直後驚いたように目を見開いた。今まで乗っていた電車の光景は綺麗に消え去り、代わりに目の前には青い車内とでも言うべき光景が広がっていた。その外の光景も田舎という感じのものではなく前がまったく見えない霧に包まれている。
「馬鹿な、俺は今まで電車の中で眠っていたはず……どういうことだ?」
真はそんな状況でもなお冷静に状況を把握しようとし、口元に手をやる。
「ようこそベルベッドルームへ」
そこにふと声をかけられて彼は前を見る。そこには鼻の長い奇妙な顔の老人と二十代後半ぐらいの青い衣装に身を包んだ美しい女性が座っていた。それを見た瞬間真は警戒心を露にし僅かに目を吊り上げる。
「何者だ、お前ら? 誘拐犯っていうのならあいにくだが家は共働きの一般家庭、身代金はあんま期待しない方がいいぞ?……何より、力ずくで脱出する」
彼は悟られない程度に拳を握り締め、いつでも相手に飛びかかれるように姿勢を前傾に持っていく。
「ほう……これはまた、変わった定めをお持ちの方がいらしたようだ……フフ」
「定め? いらした?……どういう意味だ? もう一度聞くが……お前、何者だ?」
「私の名はイゴール。お初にお目にかかります。ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。本来は何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋」
「……へえ、つまり俺はイレギュラーでこんな変なとこに紛れ込んじまったってことか? 冗談にしたって面白い……爺さん、話だけは聞こうか」
老人――イゴールの言葉に真は興味を持ったように姿勢を後ろに戻し、拳も解く。しかしまだ警戒までは消していなかった。
「貴方には、近くそうした未来が待ち受けているのかも知れませんな……どれ……まずはお名前を伺ってみるといたしましょうか……」
「……俺の名は真。
イゴールの言葉に真は僅かに悩む様子を見せるが本名を名乗る。それにイゴールは満足そうに頷いた。
「ふむ……なるほど。では、貴方の未来について少し覗いて見ると致しましょう」
そう言うと共にイゴールは机の上に手をかざしてカードの束を出現させる、まるで手品のようなそれに真は驚いた様子を見せる。
「どういうトリックだ?……」
「“占い”は、信用されますかな?」
「え? あ、ああ、まあ多少はな」
真の呟きを意に介さずイゴールは尋ね、不意を突かれた真は僅かに声を詰まらせながら頷いた。
「結構」
そう言ってイゴールが山札に手をかざすと六枚のカードが円盤状に、その中心に一枚のカードがまるで生き物のように配置につく。その光景に真はまた不思議そうに眉をひそめた。
「常に同じにカードを操っておるはずが、まみえる結果は、そのつど変わる……フフ、まさに人生のようでございますな」
そう言いながら彼は真から見て右手前のカードをひっくり返す。そこに現れたカードはタロットカードのアルカナ番号ⅩⅤⅠ、塔のカードの正位置だった。それを見た真は顎に手をやる。
「……悪いが、これはどういう意味なんだ?」
「ほう……近い未来を示すのは“塔”の正位置。どうやら大きな“災難”を被られるようだ」
「なんだそりゃ……」
真の疑問の言葉にイゴールがそう説明を呟き、それに真が嫌そうな声を漏らす。
「それではその先の未来を示しますのは……」
そう言いながら今度は真から見て左手前のカードをひっくり返す。現れたのはアルカナ番号XVIII、月のカードの正位置。
「“月”の正位置。“迷い”そして“謎”を示すカード……実に興味深い……」
「災難に謎、どうにも厄介なことになりそうだな……」
イゴールの説明に真はまた嫌そうな顔を見せてはぁとため息をつく。
「貴方は、これから向かう地にて災いを被り、大きな“謎”を解く事を課せられるようだ。近く、貴方は何らか“契約”を果たされ、再びこちらへおいでになる事でしょう」
「さっきから言ってる契約ってのは具体的になんなんだ?」
「それは分かりませぬ」
「なんだそりゃ……まあ要するに、その時ゃその時ってやつか?」
「左様。今年、運命は節目にあり、もし謎が解かれねば、貴方の未来は閉ざされてしまうやも知れません。私の役目は、お客人がそうならぬよう、手助けをさせて頂く事でございます」
イゴールはそう言いながら再びタロットカードに手をかざし、一瞬にしてそれらを消し去る。それを真はもう見慣れたのか驚いた様子を見せず、イゴールに横に座っている美女を見た。
「おっと、ご紹介が遅れましたな。こちらはマーガレット。同じくこちらの住人でございます」
「お客様の旅のお供を務めて参ります。マーガレットと申します」
「どうも」
イゴールの紹介に美女――マーガレットが礼儀正しくお辞儀をし、真も会釈を返す。そしてイゴールは長い鼻の下で両手を組んだ。
「詳しくは追々に致しましょう」
その言葉と共に真は目の前の風景が歪んでいくのを感じ取り、思わず声を上げた。
「お、おいちょっと待て!」
「ではその時まで、ごきげんよう……」
しかし、イゴールの言葉と共に彼の意識はベルベットルームから消え去っていった。
[間もなく、八十稲羽八十稲羽、終点です]
「う……」
車内アナウンスを目覚ましに真は目を覚まし、きょろきょろと辺りを見回す。そこは青に包まれた車の中ではなく八十稲羽へと向かう電車の中。謎の二人の人間――イゴールとマーガレットの姿はどこにもなかった。
「夢? いや、そんなはずないよな……」
真はそこまで考えると首を横に振り、とりあえず降りる準備をしようと隣の席に置いておいた荷物――かさばるものは前もってこれからお世話になる堂島宅に届けているため現在持ってきているものは旅行鞄一つくらいだ――を手に取ると席を立った。
それから彼は電車を降りると辺りをきょろきょろと見回す。辺り一面田舎という感じ、転校前に通っていた場所と比べるとギャップが凄まじかった。
「おーい、こっちだ」
そんな呼び声が聞こえ、声をした方を見ると三十代後半ぐらいの精悍な顔つきをした屈強な男性と、小学校に入るか入らないかぐらいの女の子がこっちに近づいてきた。
「よう、写真で見るより男前だな。ようこそ、稲羽市へ。お前を預かる事になっている、堂島遼太郎だ」
「椎宮真……初めまして」
「はは、オムツ替えた事もあるんだがな」
男性――遼太郎の挨拶に真も緊張してるのか仏頂面で挨拶し、遼太郎はそう笑って言った後自分の後ろに隠れているようにしている少女に目をやる。
「こっちは娘の菜々子だ。ほれ、挨拶しろ」
「……にちは」
遼太郎に言われ、恥ずかしそうに菜々子が挨拶する。しかし知らないそして大きな男性に対してどこか怖がっているようにも見え、真は困ったように頭をかくが、少しすると思いついたような表情を見せた。
「ちょっとすみません」
「おう?」
遼太郎に一言断りを入れてから、彼は二人に背を向けて荷物を探り、何かを準備する。そして振り向いて菜々子に目線を合わせるようにしゃがみ、彼女の前に右手を出す。
「菜々子ちゃん、ちょっとこの右手を見てて」
「?」
真の言葉に菜々子は彼の右手を見始め、真は手をゆっくり左に動かしながら親指と人差し指をくっつけ、右に動かしながらパチンッと指を鳴らす。それと同時に彼の右手に小さな造花が現れた。
「すごーい!」
「ほう、見事なもんだ……」
突然の現象に菜々子が目をまんまるにして驚き、遼太郎も驚いた様子を見せる。
「手品は趣味の一個なんでね。はい、菜々子ちゃんにあげる」
「わーい! ありがと、お兄ちゃん!」
真の言葉に菜々子は嬉しそうに笑いながら花を受け取る。それから遼太郎がはっはっと笑う。
「よかったな、菜々子。さて、じゃあ立ち話もなんだしそろそろ行くか?」
「ああ、はい」
遼太郎の言葉に真は頷いて立ち上がると鞄を持ち上げ、先に車に行った遼太郎と菜々子の後を追う。その時女子とすれ違った。
「ねえ」
「ん?」
突然声をかけられ、真はつい振り返る。そこには言ってはなんだが愛想の悪い少女が立っている。その右手には何かの紙が握られていた。
「これ、落ちたよ」
「え?」
少女が差し出してきた紙を真は確認する。親に念のためと渡されていた堂島家の連絡先のメモだ。それを入れていたポケットを確認すると確かにメモ用紙が入っていない。それに気づくと真は右手を伸ばしてそのメモ用紙を受け取った。
「すまない、ありがとう」
「べ、別にいい。拾っただけだから」
真のお礼に少女はそう言うと歩き去っていき、真はメモ用紙をポケットに入れる。
「おーい、どうしたんだー?」
「あ、はい!」
すると遼太郎の呼び声が聞こえ、真は鞄を持ち直して車の方に走り、すぐに乗り込むとシートベルトをつけた。
「二人ともシートベルトつけたな? 行くぞ」
遼太郎の確認に二人が返事を返すのを確認して、遼太郎は車のエンジンを掛ける。そしてゆっくりと走り出した車は、流石運転手が現職の刑事なだけあってか制限速度を守り走っていく、が遼太郎は車のガソリン残量に目をやった。
「ん? そろそろガソリンを入れないとまずいか……すまん、ガソリンを入れにちょっと寄り道するぞ」
そう言って遼太郎はガソリンスタンド――この町唯一のガソリンスタンドMOEL石油へと入る。
「らっしゃーせー」
すると店員と思わしき制服を着た女性が出迎え、その合間に遼太郎は助手席に座っている菜々子を見た。
「菜々子、トイレは大丈夫か?」
「んと、行ってくる」
「一人で行けるか?」
「うん」
遼太郎の言葉に頷いた菜々子はシートベルトを外すと、車から降りる。
「奧を左だよ……左ってわかる? お箸持たない方ね」
「わかるもん……」
どこかからかうような口調で菜々子に話しかける店員に、菜々子は口を尖らせながら返してトイレに向かう。それを見送ってから店員は遼太郎に話しかけた。
「どこか、お出かけで?」
「いや、都会から越してきた甥を駅まで迎えに行って来ただけだ」
「へえ、都会からですか……」
気さくに話しかけてきた店員に遼太郎は説明を返し、店員はじっと真を見る。
「……ども」
それに真は仏頂面で会釈を返した。
「レギュラー満タンで頼む」
「はい、ありがとうございまーす!」
遼太郎の注文に店員は元気よく返してきびきびと動き出し、そう思うと遼太郎も車から出た。
「ちょっと一服してくる」
「ああ、行ってらっしゃい」
遼太郎の言葉に真はそう返した後、電車や車でずっと座りっぱなしだった身体をほぐそうと彼も車から出て軽く柔軟をする。と遼太郎が遠ざかっていくのを見計らったかのようにさっきの店員が真に近づいてきた。
「君、高校生? 都会から来ると、なーんもなくてビックリっしょ?実際退屈すると思うよ~。高校の頃つったら、友達んち行くとか、バイトくらいだから」
「……つまり、遠まわしなバイト勧誘か何か?」
「あはは、まあその要素がゼロだとは言い切れないかな。ま、落ち着いた頃にでも考えてみてよ。学生でもオッケーだからさ」
店員の言葉に真はふっと不敵な笑みを浮かべながら問い返し、それに店員は参ったというように笑って返した後そう続け、右手を差し出す。それに真は怪訝な目を一瞬見せたが挨拶に握手を求めるくらい別に不思議でもないかと思い直すと彼も右手を差し出して握手を交わす。
「おっと、仕事しないと」
そう言って去っていく店員の後姿、それを見送っていると突然真の視界がぐにゃりと歪んだ。
「っ!?」
思わず隣の車に手を当ててバランスを取り、しかめた顔の目頭をもう片方の手の親指と人差し指で押さえる。
「どうしたの?」
するといつの間にか戻ってきていた菜々子が心配そうに声をかけてきていた。
「だいじょうぶ? 車よい? ぐあい、わるいみたい」
心配そうな表情を見せてきている菜々子、彼女に対し真はにこりと笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、ちょっと疲れが出ただけだから。座って休めばすぐに治るさ」
真はそう言って車の中に戻って席に座るとふぅと息を吐いて目を閉じ、菜々子も助手席に戻ると心配そうに真を見る。
(……くそ、久々の引っ越しで気疲れしたのか?……)
真は心の中でそう思いながら、でも菜々子に心配かけまいと平常を装っていた。
それから三人は家に戻ってくる。その頃には真の気分も治っていた。そして現在真と遼太郎は二人がかりで部屋の荷物の整理をしている。菜々子は一階でご飯の準備中だ。
「まあ、こんなところか。この家、この部屋がお前が一年間住むところだ。自由に使ってくれ」
「ありがとう。ああ、母さんから聞いてるけど……叔母さんにも挨拶した方がいい?」
「あ、ああ……千里も喜ぶよ」
遼太郎の言葉に真は一つ頷いた後そう尋ね、遼太郎は不意を突かれたように黙った後頷いて返し、二人はとある部屋に向かう。そこにあるのは仏壇、そこには一人の女性――遼太郎の妻であった堂島千里の写真が飾られている。
「……」
真は蝋燭に火を点けて鈴棒で鈴を軽く叩き、合掌する。
「ありがとよ」
「……記憶にない人が合掌したとこで、喜ばれるか分からないけどね」
「そんなことはない」
遼太郎のお礼の言葉に真がそう言うと遼太郎は首を横に振る。それから部屋を後にし、居間にやってくる。そこでは菜々子が寿司と飲み物をちゃぶ台に並べていた。
「それじゃ、軽く歓迎会をするか」
「あぁ、なんか気を遣ってもらってすいません」
「気にすんな。さあ、歓迎の一杯といこう」
遼太郎の言葉に真がすまなそうに言うと遼太郎はふっと笑みを浮かべてちゃぶ台の脇に座る。それから二人もその両隣に位置するちゃぶ台の脇に座った。それから遼太郎はまず茶を飲んで喉を潤すと口を開く。
「しかし、今度は外国とは義兄さんも姉さんも大変だな。子供も親に振り回されて大変じゃないか?」
「いや、別に。親父も母さんも俺のこと気遣ってくれてるのは分かってるから。それにこういう時に快く預かってくれる人がいて正直安心してるよ」
「ははっ。確かにそうかもしれんがそう達観してもらっても困るがな。まあうちは菜々子と俺の二人だし、お前みたいなのがいてくれると俺も助かる。これからしばらくは家族同士だ。自分ちと思って気楽にやってくれ」
遼太郎の言葉に真は僅かに笑みを浮かべながら返し、それに遼太郎は笑って返す。それに真は一つこくりと頷いた。
「押忍」
「お、オス……お前、体育会系か?」
「げっこ……前の学校では剣道部。えっと転校先、八十神高等学校って言ったかな? そこには剣道部ないみたいだけどね……まあ何か運動部探してみるよ」
真の口から出た言葉に遼太郎がドン引きしながら聞き返すと彼はこともなげにそう返す。
「そ、そうか……さてと、じゃあ飯にするか」
遼太郎がそう言って箸を取り、寿司に箸をつけようかとしたところで急にピピピピと着信音が鳴り出す。遼太郎の携帯だ。
「たく……誰だ、こんな時に……堂島だ」
彼は渋い顔をして携帯電話を取り出しそう言って立ち上がる。そして一言二言会話すると彼は椅子にかけてあった上着と車の鍵を取った。
「……ああ……ああ、分かった。場所は?……分かった。すぐ行く」
そう言い電話を切ると遼太郎は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「酒飲まなくてあたりかよ……ああ、仕事でちょっと出てくる。急で悪いが、飯は二人で食ってくれ。帰りは……ちょっと解らん。菜々子、後は頼むぞ」
「うん、行ってらっしゃい」
遼太郎の言葉に菜々子はどこか残念そうな顔を見せながら彼を送り出し、あっという間に家は真と菜々子の二人きりになる。そして菜々子がテレビをつけたところで真が口を開いた。
「た……大変だな。堂島さん、刑事だと母さんに聞いたけど……」
「いつもこうだよ。わるい人をつかまえるんだって」
「あ、そう……」
真の言葉に菜々子はそう言い、真はそう呟き、会話が途切れる。間が持たず、つい真はテレビで放送されているニュースに目をやる。生天目という議員秘書の不倫騒動についてニュースが行われていた。
(……)
それに対し真は口をつぐみ、菜々子に悟られない程度に眉をひそめ嫌そうな表情を見せる。毎回幾度と引っ越しと転校を繰り返す彼、しかしながら彼はそれを様々な場所で色々な人と交流を深め人と人の繋がりを持つ機会とも認識しており、不倫というのはその繋がり、すなわち絆の中でも強い家族というコミュニティをぶちこわしにする行動。そう考えているゆえに彼はこのような行動は嫌悪していた。
「ニュース、つまんないね」
菜々子がふと口を開く。まあ不倫報道なんて小学校低学年だろう彼女にはつまらないのは間違いないだろう。
「ああ、チャンネル変えていいよ」
「うん」
菜々子がチャンネルを切り替えると今度はスーパーの明るいCMが流れ始めた。
「ジュネスは、毎日がお客様感謝デー。来て、見て、触れてください。エヴリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!」
「エヴリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!」
そんな大手スーパーチェーンのテーマソングに合わせて口ずさむ菜々子に真はちょっと和んだ表情を見せた。
夕食後、食事を終えて片づけも終えた後。相変わらず声のかけづらい雰囲気が続いており、真はむぅと声を漏らした後立ち上がった。
「菜々子ちゃん、俺、部屋を片付けてくる。もしかしたらそのまま寝てしまうかもしれないけど」
「うん。分かったお休み」
真の言葉に菜々子はこくんと頷いて返し、真は二階にあてがわれた自分の部屋に行ってドアを閉めるとはぁと息を吐いた。
「や、やりづらい……年下の女の子相手がこんなに気疲れするなんて……でも早めに慣れないとな……色々、気になることもあるし……」
真はそこまで独り言を呟くと部屋に積み上げられた荷物を見回す。
「とりあえず、明日必要なものだけ出して後は明日かな」
彼はそう呟くと必要になりそうな学生鞄やその他の用具を出していき、学校に必要なものは学生鞄に入れる。それが終わるとほぼ同時に彼は眠気から欠伸を漏らした。
「……駄目だ、眠い……今日はもう寝よう……」
せめて菜々子にお休みの挨拶くらいしたほうがいいだろうか、一瞬そう考えるものの今は眠気の方が勝っており彼はふらふらと布団まで行くとほとんど倒れ込むように眠りについた。
「……暇だなぁ」
時間を僅かに戻して四月十一日の昼過ぎ頃、とある大学の巨大掲示板の前。学生同士の待ち合わせにもよく使われるというここで濃い青色の髪を右目を隠すように伸ばした青年が一人そう呟いていた。
「あ、あのっ」
「はい?」
そこにかけられてきた声に青年は目を細めながら聞き返す、とその相手――多分青年と同い年くらいだろう女性、その頬は少し赤く染まっている――がどこか興奮した様子で口を開いた。
「あ、あのっ、お暇でしたら私とサークルの見学なんて――」
「すいません、人を待っておりますので」
女性の言葉を青年はにこりと一つ笑みを浮かべて丁寧にお断り、女性はしゅんとなってその場を去っていく。
「これで五人目……皆暇だよね」
青年ははぁ~と深いため息をつく。と言っても彼の顔は結構整っている方でその発されるオーラは人を惹きつけ魅了するカリスマと呼ばれるレベルにまで達している。本人はただある相手を待って掲示板に背を預けてもたれかかっているだけなのだがその光景すら傍から見ればファッション雑誌の一ページとなっているのだ。
「……ん?」
すると彼の携帯が鳴り始め、彼は携帯を入れているズボンのポケットを見下ろす。
「ゆかりかな?」
そしてそう呟いてポケットに手を入れ、携帯を取り出して着信の相手を確認する。と彼は驚いたように目を見開いてすぐさま電話に出る。
[やあ、久しぶりだな]
「ええ。お久しぶりです、きり……先輩」
電話口の女性の声に青年はつい挨拶を返そうとするがその言葉は途中で途切れ、彼は辺りをきょろきょろと用心深く見回してから先輩と口にする。
[どうした? もう私の名を忘れたのか? 酷い男だな、
くっくっと笑みを噛み殺しながらのからかうような声、それに青年――命ははぁとため息をついた。
「冗談は止めて下さい。ただ、一応人前なのでね。あなたの名前を軽く出して騒ぎになりたくないんです……桐条先輩」
女性の言葉に対して命はそう言い、ぼそりと女性――桐条の名を出す。とその相手はふっと笑った。
[別にそこまで気にするような事ではあるまい。なんなら美鶴と呼んでくれても私はいっこうに構わないのだが?]
「はっはっは……ふざけた冗談ぬかさないでください」
女性――美鶴の言葉に命は笑い声を漏らした後少々低くした声色でそう続け、気持ちを切り替えるように短くふぅっと息を吐いた。
「で、何のご用なんですか?」
[ふっ。用がなくては電話をかけてはならないような関係ではなかろう?]
「あ~妙に電波が悪いな~これじゃ僕の意思とは無関係に電話が切れて電源まで落ちちゃうかも~」
[悪かった悪かった……本題に入る前に一つ尋ねたいのだが、ゆかりと
命の言葉に美鶴はふっと一つ笑みを漏らしながら――電話口のため命の想像であるが――どこかからかうような口調でそう言い、命はそれにむかついたのか棒読みでそう言いだして携帯の電源ボタンに手を伸ばすがその前に美鶴が苦笑交じりのような声で謝罪、それから急に真剣な声質になり、それを聞いた命も僅かに真剣な顔つきになって辺りを見回す。
「いえ、二人ともまだ講義が終わってないのかそれとも道に迷ってるのか。とりあえず近くに二人はいませんけど……二人に用事なら言伝しますよ?」
[いや、今は君だけの方が都合がいい]
「……何か問題でも? きり……家の問題じゃ僕じゃ力になれないと思いますが?」
美鶴の言葉に命はそう尋ねる。とはいえ彼女の家というか現在彼女が総帥を勤めている桐条グループのことはしっかりぼかしており、それを聞いた美鶴は苦笑を漏らした。
[まったく、いくら人前だと言っても桐条グループくらい口に出しても構うまい……まあいい]
美鶴はそこまで言うとふぅと一息つき、彼に尋ねるような声を出した。
[君はマヨナカテレビという話を知っているかな?]
「マヨナカテレビ? なんですかそれ? 新手の深夜番組か何かですか?」
美鶴の言葉に彼はきょとんとした様子で尋ね返し、それを聞いた美鶴はまたふぅと今度はため息に分類される息を吐いた。
[まあ、そうだろうな……最近八十稲羽という町で話題になっている話でな……なんだか、妙な予感がするんだ。私の勘なんだがな]
「へぇ。理論派の先輩が勘なんかに頼ろうなんて、どういう影響でしょうか?」
[君がそれを言うか?……まあ、それで調べてみたいところなんだが……まあ、分かると思うが色々と忙しくてな。とても人員を裂く余裕がないんだ、ただでさえ何かあるという確証もないのだからな]
美鶴の説明を聞いた命の混ぜ返しに彼女は呆れたように言い、そう続ける。と命は納得したように頷いた。その顔には女性ならば例外なく見惚れてしまいそうな綺麗な笑顔が浮かんでいる。
「なるほど、要するに暇なキャンパスライフ絶賛エンジョイ中の僕達を引っ張り出そうって魂胆ですか。ま、僕達なら何かあっても桐条グループは痛くも痒くもない」
[ぐっ……君は、相変わらず皮肉や嫌味が上手いな……も、もちろん今はもう君達は私と一切関係ない。断ってもいいん――]
「その依頼、お受けしましょう」
[――だ、ぞ……]
その綺麗な笑顔からすぱっと皮肉を繰り出し、それに美鶴が唸った後断ってもいいと言おうとするがそれを遮る命の言葉に美鶴の声が小さくなっていく。その声質も呆然としたようなものに近い。
[お、お前は!? 何を考えているんだ!!?? また、私はまたお前を巻き込もうとしているのだぞ!?]
その直後美鶴の動揺しきった焦り声が電話口から響いた。
「別に構いませんよ。というか、そんなもん聞かされて僕には関係ないって切り捨てるのは後味悪いですし、もしそれで何か起きてみてください。僕が後悔します……まあ、どうせそのマヨナカテレビとやらの調査だけですよね? せいぜい数日休む程度でしょ?」
[あ、ああ。それに関してなら任せておいてくれ。君達の通う大学の理事長とはちょっとした知り合いでな、私から話を通しておく。ゆかりと結生には……]
「黙ってていいですよ。どうせ数日、風邪こじらせてうつしても悪いから来るなとでも言っておきます。あ、でもばれたらフォローお願いしますね?」
[君というやつは……]
命のあっさりとした言葉に対し美鶴はせめてもの手助けというようにそう言い、その次にそう尋ねるが命はまたあっさりとそう答え、美鶴はどこか呆れたようにそう声を漏らす。と命はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「それと、多少報酬は期待してもよろしいですよね?」
[分かった。大学卒業の後は桐条グループに歓迎しよう]
「分かりました。報酬に関してはまた後のご相談という事でお願いします」
[そうか? 報酬という点を差し引いても君なら大歓迎なのだが……どうだろう? アイギスと共に私の専属秘書というのは――]
「失礼します!」
美鶴の言葉が終わる前に命は電話を切り、携帯をポケットに押し込む。
「まったくもう……マヨナカテレビ、か……」
「お兄ちゃーん!」
「命くーん!」
「あっ」
命は一つ悪態をついた後うつむいて少し考える様子を見せるがそこに聞こえてきた呼び声に反応し、顔を上げる。そこにいるのは命に向けて元気に手を振っている赤い髪をポニーテール風にしている女の子と元気に微笑んでいる茶髪の女の子。二人はたたたっと命に走り寄っており、命も美鶴からの電話内容を一旦思考の外に追いやってにこりと笑みを浮かべた。
「遅かったね。結生、ゆかり」
「結生ちゃんが料理研究サークルが試食に出してる料理につられてね、サークルの人振り切るのに時間かかったのよ」
「てへへ」
命の言葉に茶髪の女の子――ゆかりがはぁっとため息をつきながら説明し、それに赤髪ポニーテールの女の子――結生が照れたように頭をかく。ちなみに赤髪ポニーテールの女の子こと結生は命の双子の妹、茶髪の女の子ことゆかりは命の恋人である。
「まったく。ま、ちゃんと来たんだしどうでもいいか。じゃあサークル見学に行こう……一応聞くけど、どこ行きたいかとか決めてる?」
「バッチリ! だよお兄ちゃん。まず料理研究サークル、次にお菓子作りサークル、でもって――」
「食ってばっかじゃないか……ゆかりはどう?」
命の言葉に結生は元気に微笑みながら言い、メモを取り出して読み上げ始めるがその内容に命が妹の額にチョップでツッコミを入れ、恋人ことゆかりに尋ねる。
「私はやっぱ弓道サークルかな? でも、命君が頑張りたいって思うものなら陸上だってなんだって応援するし、私も一緒に頑張りたい、かな?」
「ありがとう、ゆかり。でも、僕もゆかりが頑張りたいって思うものは全力で応援したいし、一緒に頑張りたいな」
命の問いにゆかりはふふっと笑ってそう答えた後どこかもじもじとした様子で命に告げ、それに命も微笑んでそう言う。二人はそれから照れたようにはにかんで微笑み見つめあい、結生は呆れたようなジト目を見せてため息を一つついた後ゆかりの腕と命の首根っこを掴んで引っ張り出す。
「はいはいごちそうさま、人目のあるとこであんまいちゃつかないでね恥ずかしい。ほら行こ」
「ご、ごめん結生ちゃん……」
「て、手ぇ離して結生、首、首絞まってる……」
結生の呆れきった言葉に腕を引っ張られているゆかりは苦笑を交えながら謝罪し、首根っこ、正確には服の首部分の後ろを掴まれて引っ張られている命は苦しそうな声を漏らしていた。
かつて絶対的な「死」という運命を覆した青年、名を
≪後書き≫
どうも初めての人は初めまして……まあペルソナのとこじゃ活動してないしここでもまだ感想送る程度しか活動してないから感想を送った相手やにじファンの知り合いを除けばほとんど初めましてしかいないでしょうけど。カイナと申します。
え~最初にぶっちゃけておきますが、僕はペルソナ3は少なく見積もっても四年ほど前かぐらいに従兄弟に借りたのを一周クリアしたのみ、しかもずっと前に返しているのしかやった事がなく、フェスとポータブルに至っては未経験です。つまりフェス知識は多少調べたけどほぼ存在しないし女性主人公モチーフである結生に関しては一応調べはしてますけど詳細なコミュ知識なんてほぼないに等しいです。
それと4に関しては一応持ってますし、実はこれを書くため? というレベルでPSvitaとP4Gを購入しました……あぁ、必死に貯金してた小遣いが……ゴホン。まあそういうわけで現在ゴールデンは4月11日、つまりこれの進み具合は少なくとも僕のゴールデンの攻略スピードに比例すると思います……どこで無印とゴールデンの差異が出るか分からんからな、まさかマリーちゃんがあんな早く初登場するとは……。まあ正確には元々この小説にゴールデン要素を入れる予定はなかったんですが、というか元はこの小説書きたくなった理由はアニメP4を観たからなんですけど、簡単に順序立てて説明するならば……
“某動画サイトでアニメP4を観た”→“よしP4小説書こう!”→“某動画サイトで資料探しついでにP4G追加要素を見た”→“マリーちゃん可愛い!”
……の最後の事柄が一番の原因です。ぶっちゃけマリーちゃんのためにゴールデン要素を入れようと決めたと言っても過言じゃないですからねこの小説……自分の無計画さが今嫌になってます……PSvitaとP4G買うために小遣い使い果たして、これからどうしよう……。
まあそんなこんなで今のとこカップリングとしてはP3主人公こと命×ゆかりは確定、P4主人公こと真とはマリー、あるいは僕元々主りせ派であったことからりせが候補に。あとは陽介×千枝、完二×直斗というところを予定しております。ちなみに結生は独り身ぐはぁっ!?
結生「ふふふ」(薙刀でカイナを吹っ飛ばした)
ゆかり「ディアラハン!」(カイナを回復させる)
げほげほ……ま、そんなこんなで無計画に突き進んでいくペルソナ小説、[ペルソナ4 ~アルカナの示す道~]これからよろしくお願いします。それでは。