紅き眼の系譜   作:ヒレツ

4 / 45
Episode 1-3

 本鈴が鳴るとともに男女一組のカウンセラーの紹介が始まり、それが終わると第一高校のカリキュラムと施設のガイダンスが始まり、その後には履修科目の登録の仕方のオリエンテーションが始まった。

 

 履修には必修科目と選択科目の二つが存在する。

 

 名前の通り必修科目は進級、卒業するために必要不可欠な科目。選択科目は進級、卒業するために必要な単位数を確保するための科目。必修には魔法が、選択には非魔法の科目が多い。

 

 それが終われば授業がさっそく始まる、と言うことは無い。今日、明日の二日間を利用して施設や専門科目を見学する時間が設けられている。これは魔法に触れてこなかった生徒達の不安を取り除くためのものであり、想像していた科目と内容が違ったと言う見識の違いを極力減らすためのものでもある。

 

 現在は本来午前中三限まである授業の内の一限分を説明に費やした後であり、昼食までは二時間近く時間が空いている。教室でただ会話をしているのも一つの手ではあるが、一科生である彼らはもっとその時間を有効に使おうと考えていた。即ち、授業や工房や闘技場を始めとした施設を見学しようと言う事だ。

 

 秋水が行動するメンバーはどうやら先ほど自己紹介をしたことで決まってしまったようだ。行動を共にすると言っても、深雪に付きまとっている生徒達の仲間になってしまった、というのが適切なのかもしれない。その際は面倒なことになったと思っていたが、なし崩し的に接触できたことは結果オーライとでも言えるのだろう。

 

 どこへ行きたいのかの候補は闘技場や工房が多かった。ただ言い方としては深雪を誘う言い方であり、実質決定権は彼女にある。下手に強く希望して深雪が異なる場所へと行きたいと言い出してはバツが悪くなるからだ。

 

 そう言ったこともあって見学する場所は意見が多かった場所を順次見て行こうと言う当たり障りのない答えと成り、見学が始まった。

 

 深雪が決めた事に文句を言う生徒は一人もおらず、男子生徒達は少しでも仲良くなろうと事あるごとに話しかけては褒めていた。その度に少しずつストレスが溜まっていたように見えたのは、おそらく間違いではないと考えていた。

 

 一度動き出してしまえば時間が経つことも早く感じ、気が付けば昼時。秋水は既に予定があるからと言って一度グループを離れ、一人生徒会室へと向かっていた。

 

 廊下は授業も終わったために生徒でにぎわっているが、前方からくる一人の生徒の存在ははっきりと分かった。

 

「服部副会長?」

 

 秋水が進む方向とは逆から来ると言う事は生徒会室から遠ざかっていく事を意味する。

 

「裏葉か。どうした? 食堂はこちら側にはないぞ」

 

 広大な敷地を持つが故に、校舎の広さも普通の高校の比では無い。入学したての一年生が場所を間違えると言う事項は少なくないために、服部はそう判断したのだろう。

 

「いえ。俺は生徒会室の方に」

 

「そうか。そういえば今日は他の役員の紹介だったな」

 

 思い出したと言わんばかりの顔。しっかりしている印象があった服部に対して、少しそれは不思議に思えた。

 

「はい。副会長は生徒会室に行かれないんですか?」

 

「俺はいつも部室で昼食を取っているんだ。生徒会室には生徒会としての仕事をする時にしか行かないよ」

 

 普段行かないせいで自然と記憶に留めていく順位が下の方にされていたのだろう。仮に生徒会としての仕事だったならば一時的にとはいえ忘れる事は無かったはずだ。

 

「正直、意外でした」

 

「意外?」

 

「はい。副会長は昼食も生徒会室で取るものだと思っていたので」

 

 服部は真由美に付かず離れず。そんなイメージがあった。副会長は会長の補佐役であるために、そんなイメージを抱いているのかも知れないが。

 

「まあ……ちょっと、な」

 

 服部にしては歯切れの悪い言葉。生徒会の役員は服部を除いて女性だけのために、もしかしたら女性が苦手なのかもしれない、という考えが直ぐに浮かんでくるが、聞いたところで本当のことを言うかはわからない。感情や嘘かどうかは読み取れても、さすがにあって二日目では嘘の奥に潜む真意までは見抜く事は出来ない。

 

 尋問や拷問など、本当に必要な時ならば眼を使ってそれらを抜き出す事も可能だが、今はその時とは程遠い。

 

「行けばわかるさ。こんな所で俺と話していないで、早く生徒会室に行くと良い。あまり会長たちを待たせるものではないよ」

 

 会話の終わりが告げられる。

 

 ただ、服部の言うことは間違っていない。相手側から言ってきたとしても、立場は向こうの方が上。何より昼休みの時間は限られている以上、相手方の時間を奪ってしまう事は非常によろしくない。

 

「わかりました。では、失礼します」

 

 秋水が軽く頭を下げる。

 

 服部は部室へと、秋水は生徒会室へとそれぞれの目的地へと向かって歩き出す。

 

 

 

 生徒会室には服部と別れてから直ぐに着いた。

 

 他の教室と外観は変わらない。教室ごとに変わる様に部屋の名前が「生徒会室」と記されているぐらいだ。あくまで秋水の主観でしかないが、ドア越しから伝わってくる空気が他の教室とは異なる気がした。

 

 壁に備え付けられたインターホンを押し、学年、クラス、名前を伝える。それだけだが、その言葉には入室の許可を得ようとする意志が込められている。

 

 ほどなくして許可が下り、ドアのロックが外れた小さな音がした。

 

「いらっしゃい。待っていたわよ」

 

 入室して届いた声は真由美のもの。昨日とは異なり、入り口から最も遠い上座に腰を下ろしていた。席の構造上面と向かう形になっており、やけに笑顔だという印象が脳内に張り付く。

 

「失礼します」

 

 しっかりと一礼してから「どうぞ」と指定された席に腰を下ろす。

 

 生徒会室にいる生徒は四人。四人が四人ともタイプの異なりながらも綺麗や可愛いと称賛されるような容姿をしており、妙な場違い感に苛まれる。服部が行けばわかるとは言っていたが、この事ではないのかと思ってしまった。

 

「秋水くんはお肉とお魚と精進、どれが良い?」

 

 教室の机と異なり、生徒会室の長机は木製。よって飲食が可能となっており、秋水の視界には自配機の存在が映り込んでいる。

 

 魚料理を秋水が選ぶと、自配機に最も近かった小さな女子生徒が立ち上がって機器の操作を行った。どうやら待たせてしまったようだ。

 

 その生徒が席に着いたところで真由美がこの場にいる生徒の紹介を始める。

 

 秋水の前に座っている長髪の生徒は市原鈴音。大人びており、すこしきつめの印象を抱かせる。真由美は「リンちゃん」と呼んでいたが、秋水があだ名を付けるとしてもこのようなあだ名を付けようとは思えなかった。

 

 その隣の生徒は渡辺摩利。短く切られた髪を筆頭に男装が栄えそうであり、同性から好かれるタイプだとわかる。七草、十文字と共に「三巨頭」の一人に数えられる人物であり、その事から高い実力を有していることがわかる。

 

 最後の生徒は中条あずさ。真由美よりもさらに小柄かつ童顔であり、見た目が本当に子供にしか見えない。他の生徒会役員と比べて気が弱そうと言うであり、あだ名の「あーちゃん」は鈴音の「リンちゃん」と比べてかなりしっくりくるものがあった。

 

「それにしても、君が噂の一年生か」

 

 口を開いたのは摩利。品定めとは違う、何かを確かめようとしている目だ。

 

「噂、ですか?」

 

 どのような噂が出回っているのか、少なくとも秋水自身の耳に届いてはいないことからどのような噂なのかが気になった。一も二も無く思いついたのは裏葉に関する者。唐突に表れたのだから、面白おかしく噂が掻き立てられていてもおかしくは無かった。

 

「貴方が入学早々に会長の餌食になっている、という噂です」

 

 摩利の代わりに答えたのは鈴音だった。冷静かつ真面目な表情で話すせいで真偽が見分けにくい。もしかしたら本当にそんな噂があるのではないかと思えてしまう。

 

「ちょっとリンちゃん!? 何その噂っ?」

 

 真由美も初耳だったのか、秋水がリアクションを起こす前に心底驚いたような声を上げた。

 

魔顔(まがん)魔眼(まがん)ですから、ある意味お似合いなのかもしれませんね。もっとも、彼のとは違って会長の魔顔は異性にしか効果がありませんが」

 

 上手いな、と言うのが素直な感想だった。

 

 秋水が持つ「マガン」は虹彩が紅く染まり、瞳孔の周囲には三つの勾玉模様が浮かび上がる。その変化は誰の目から見ても明らかであり、まさしく魔眼と呼ぶにふさわしい。

 

 対して真由美の「マガン」は写輪眼のように明白に変化するわけではない。ただ、異性の目を惹きつける魅力を有している。整った顔立ちから見せる喜怒哀楽は男を虜にするには十分だ。

 

「……怒るわよ」

 

「それは怖いですね。ですが、これは私が勝手に作った噂でまだ流布していませんのでご安心ください」

 

 口では怖いとは言っていても、表情にその色は見られない。ポーカーフェイスがよほど上手いのか、何も感じていないのか、おそらくは前者だと見解した。何も感じていないならばそもそもからかおうとする考えに至らないはずだからだ。

 

「ですが、一年生が会長と仲良くしていると言う話は今朝教室で少々話題になっていました。何をされたのかは知りませんが、あまり校内で噂の立つ行為は控えた方がよろしいと思います」

 

「リンちゃんのいじわる」

 

 拗ねたような態度を取る真由美だが、舞台俳優の様な少々大げさな仕草であったために演技だとわかり易かった。

 

 あれだけ周囲の目があるところであのような事をすれば話題の一つにも成るだろう。秋水は今朝の出来事を思い出しながら、仕方がない、と半ば呆れたような感情を抱くと同時に、服部が昼食を部室で取る本当の理由がわかった気がした。

 

 今でこそ矛先が真由美に向いているが、これが服部へと向けられたならばさらに真由美も加わって弄られてしまう。唯一そう言ったことをしなさそうなあずさも、しないと言うだけで止められるようにはとても見えない。一種のコミュニケーションのようなものでも、服部のような真面目な生徒には少し厳しいものがあるのだろう。

 

 そんなことを話している内に、自配機からトレーに乗せられた食事が姿を現す。各々が選んだ昼食を取る中で摩利が一人だけ弁当を持参していたが、指先にあった切り傷の痕を見てなんとなくだが納得がいった。

 

 昼食中は何が好きか、などの食事に関した内容がほとんどであり、先ほどの様なからかいは生じなかった。

 

 昼食が終わり、食後のお茶を飲んでいるところで、再び摩利が話しの起点を作り出す。

 

「そういえば、君は古式魔法が使えるんだったよな?」

 

「ええ。そうですが」

 

 だから何でしょうか。口にしなくとも本来そう言った言葉が続くようなニュアンスで発声する。裏葉といえば写輪眼と古式魔法。これは魔法師ならば誰でも知っているような事であり、今更ながらに尋ねられるのは不自然だと捉えた。

 

「いや、当校でも古式魔法を使う生徒はいるが、君は九重(ここのえ)先生の様に忍術が使えるのだろう? 良ければ、一度どんなものかを間近で見せてもらいたいと思ってね」

 

 九重(ここのえ)八雲(やくも)。高名な「忍術使い」であり、「忍術」と呼ばれる古式魔法を伝える伝承者でもある。姓に九の字が付いてはいるものの、十氏族とは関係ない。

 

 真由美も鈴音もあずさも、誰もが摩利の言葉に否定することなく同意したたこともあり、秋水は自身が持つ忍術の一部を見せる事にした。

 

「では、本当に簡単な物を」

 

 秋水はおもむろに椅子から立ち上がり、二、三歩ほど下がる。例え腕を伸ばして一回転したとしても椅子や机に当たることは無い距離だ。

 

 CADで魔法を発動させるのと同等か、それ以上の速さで印を結ぶ。

 

 ほんの少しの時間、煙がどことなく現れては秋水を他の生徒会役員の視線から外す。

 

 間もなくして煙が消えた時、秋水の姿はその前とでは変わっていた。

 

「はんぞー、くん?」

 

 真由美が思わずそう呼んでしまうのも無理は無かった。

 

 見た目も声も、外見的要素がすべて副会長である服部の物に変わっていたからだ。変化するに当たり、この場にいる誰もが知っていて、今この場にはいないことも知られている人物が望ましかった。

 

「これが“変化(へんげ)”です」

 

 代名詞とも言える忍術の一つである「変化(へんげ)」。これにおいては幻影と高速移動の組み合わせだと言う事が既に解明されてはいるものの、現代魔法では再現不可能な魔法でもある。

 

 ただ、反応は薄い。

 

 秋水と服部では背格好や性別、目上の者に対する話し方といった類似点が多く、至妙な変装と呼ばれてもおかしくは無いからだ。さらに言えば、女性人四人は服部の性格を知っているために考えに至らなかったが、入れ替わりマジックだと思われても仕方がない。

 

「なんというか、その――」

 

 発案者である摩利が、その旨をどのように伝えるのかを決めかねているように言葉が続かない。

 

「あまり見栄えが変わらない、ですか?」

 

「正直に言うと、な……」

 

 摩利はもう少し大きな変化を期待していたのだろう。

 

「では、この中のどなたかに変化(へんげ)しましょうか?」

 

 男性が女性に変化するのであればそれは大きな変化だ。身長が同じくらいであっても、男性と女性の体つきには大きな違いがある。さらに言えば、“女が男へ”よりも“男が女へ”と化けるのは難しい。

 

 初めからそれをしなかったのは、少なからず異性へと変化をする事に抵抗を覚えるからだ。初めの段階で四人の内誰かに化けて、何かを言われても適わない。

 

「じゃあ、あーちゃんなんてどうかしら?」

 

 心底楽しそうに言ったのは真由美だった。

 

「わ、わたしですかっ?」

 

 標的にされたあずさからは驚愕の声が上げる。

 

 四人の中でもっとも身長に差があるのは、真由美が言ったようにあずさとなる。二人の雰囲気もまるで違うことから、差ははっきりとわかるに違いない。

 

「中条先輩、嫌ならば嫌だと言って頂いて構いませんよ。所詮これは、お遊びみたいなものですから」

 

 正直なところ、秋水はあずさに対してこんな性格でよく今までやってこられたものだと思うと同時に、なまじこうなった原因を作ってしまったがための罪悪感を抱いていた。先輩が三人、加えて本人の性格は気弱。改めて言っておかなければ断れないのではないか、そんな些細な良心がこの発言を促していた。

 

 それでもどうしようかと考えているあずさに、隣に座っていた摩利があずさの耳元で何かを囁く。少ししか離れていない秋水にも聞こえないほどの本当に小さな声で、唇の動きから言葉を読もうにも手で隠されていて見る事が出来ない。

 

 摩利が言い終えた後、あずさの表情がスイッチをオンにしたかのように入れ替わる。

 

 摩利が行動に移す前に真由美とアイコンタクト取っており、あまり良い気はしなかった。

 

「裏葉さん、やっちゃってください!」

 

 この移り変わりはどういう事だろうか。それを確かめるべく摩利へと視線を向けると、返ってきたのはいたずらっぽい笑み。我感せず、といった鈴音を軽く見た後に真由美の方を見ると、こちらも摩利と同様の笑みを浮かべていた。結託(けったく)と言う言葉はまさにこう言った時の事を指すのだろう。

 

「……止めて欲しかったらすぐに言ってください」

 

 これであずさが例え何か理不尽な事を言ったとしても、秋水は素直に、そして黙って聞いておこうと思った。

 

 再び印を結び直し、更に変化(へんげ)を発動させる。

 

 今度は四人から一様に驚きの声が上がる。

 

 双子でも無い同じ人間が同じ場所に二人いる。服部の時とは異なり、それは誰がどう見ても変化(へんげ)したとわかるものだった。流石に、二人に化けた事を見てドッペルゲンガーだと考える者はいない。

 

「これで満足していただけましたか?」

 

 あずさにではなく、向けられた言葉は真由美、摩利、鈴音に向けられたもの。特に目は発起人である真由美にピントを合わせていた。

 

「んー、見た目も声もあーちゃんに瓜二つなんだけど……なんていうのかな、雰囲気みたいなのが違う気がするのよね」

 

 それは、単にそこまで相手を模倣していないからである。内面まで完全に模倣するにはまだまだ情報が足りず、加えて今回の場合は単に秋水があずさではなく、秋水の話し方のまま喋っている事から違和感が生じていた。

 

「確かに。本物のあずさよりもどことなく落ち着いているな」

 

「これでは会長も、あーちゃんとは迂闊に呼べませんね」

 

 摩利と鈴音の言葉にあずさがショックを受けている様子だったが、現在まったく同じ姿をしている秋水が何かフォローしたとしても焼け石に水にしかならないと思い、敢えてその様子を見なかった事にした。

 

 あずさの視線が突き刺さるが、それも無視をする。

 

 その視線に耐えられなくなる前に、秋水は自ら変化を解く。名残惜しそうなあずさの視線には、また気づかないふりをした。

 

 その後も他愛の無い話をしながら、昼食の時間はあっという間に過ぎて行った。

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 秋水は一‐Aの教室とは別の場所へと足を向けていた。

 

 秋水は午後の初めの授業で三‐Aの実技演習が行われる遠隔魔法用実習室、通称射撃場へと行こうと午前中に決めていた。

 

 二つ名を持つ真由美は、その名の通り遠隔精密魔法に非常に長けており、一度間近で見ておきたいと言うのがグループ内における満場一致の意見だった。午前中何を見て回るかで悩んでいたことを考えると、如何に魅力があるのかがわかる。既にグループの方は場所を取るために射撃場へと向っている旨のメールが届いていた。あまり遅くに行って場所が無くなってしまっては、せっかくの機会が台無しになってしまう。二日ある内、三‐Aが射撃演習を行うのは今日の午後一でしかないからだ。

 

「他の役員と顔を合わせてみてどうだった?」

 

 隣を歩くのは真由美。目的地が同じであることから、一緒に行こうと言う事になっていた。

 

「個性的な方々だと思います。流石は真由美会長が選任しただけの事はあるかと」

 

「……それは良い意味で? 悪い意味で?」

 

 人のいい人が聞けば前者、懐疑心が強い人が聞けば後者。どちらにも受け取り様があった。

 

「もちろん良い意味ですよ」

 

 少しの間真偽を見極めようとしていた真由美だが、ポーカーフェイスを作っている秋水を見てそれを諦め、この話題では分が悪いと感じては話題の転換を試みる。

 

「そういえば、さっきの魔法だけど」

 

変化(へんげ)ですか?」

 

「そう。現状の現代魔法では不可能とされている古式魔法な訳だけど、他にもそういったものはあるの?」

 

 単純な興味。

 

 教室に着くまでの簡単なやり取りだ。

 

「そうですね、変化(へんげ)同様に有名な分身はご存知だと思いますが、他には火や水、土や雷、風を生みだす魔法は現代魔法とは違って事象そのものを作り出します」

 

 現代魔法はあくまで事象に付随している情報体に対して「状態の定義」を改変して作用を発生させるものでしかなく、事象そのものを作り出すことはできない。だが、秋水が用いる古式魔法はそれが可能である。例えば空気中に存在する酸素と水素を混ぜわせることで水を作り出すのが現代魔法に対し、古式魔法は魔法の基となるエネルギーを直接変化させて発生させる。それだけでは現代魔法よりも古式魔法の方が優れている印象が大きいが、変化(へんげ)や分身などとは異なり、火、水、土、雷、風のような属性魔法――中には複数の属性を掛け合わせることで新たな属性を作り出す魔法もある――は使える属性が限られている。特殊な能力でも有していない限り、五つの内二つか三つが限度であり、発動には時間がかかってしまう事もあるために一長一短と言った方が正しい。

 

「その魔法はその内見せてくれたりするのかしら?」

 

「ええ。構いませんよ」

 

 印を結んで発動させるために可能な限り他人には見せるべきではないが、仮に全ての印を覚えられたとしても問題は無い。現代魔法と古式魔法とでは発動に必要なエネルギー源が異なるためだ。

 

「楽しみにしているわ。それじゃあ、放課後にまた」

 

「はい。俺も真由美会長の腕前を楽しみにしています」

 

 気が付けば射撃場は既に目と鼻の先になっていた。射撃場は遠隔魔法を練習するために縦長の構造になっており、実習を行う生徒とそれを見る生徒とでは入り口が異なるため、ここで別れる事となった。

 

 

 

 秋水が入り口の扉を開けると、そこには大勢の新入生が押しかけていた。椅子があるわけではないために、かつての満員電車を彷彿とさせられる。謝罪しつつ、なんとか人垣の合間を縫って前方へと進んで行く。付き先ほど森崎から届いたメールには見事最前列を取ったと書かれていた。

 

 前に進むにしたがって何やら騒がしくなっている。どうにも聞いたことのある声だった。

 

 視界が確保できると、そこにいたのは案の定深雪や森崎といったA組のグループと入学式に出会ったエリカや美月のグループだった。そのグループの中には入学式が始まる前に少しばかり見た少年の姿がある。騒動の渦中だと言うのに、一歩引いたところから見ていて、もっぱらエリカともう一人のガタイの良い男子生徒がA組の生徒と対峙していた。

 

 聞こえてくる会話は、要約してしまえばなぜ二科生がここに居るのか、と言う事だった。収容人数が限られている場所のため、必然的に二科生は一科生に遠慮してしまうのが多い。その事から周囲には胸や肩にはエンブレムが刻まれている生徒達が大半を占めていた。

 

 そんな中で最前列に居るエリカたちは良くも悪くも目立っており、森崎達が今は文句を言っているが、周囲の一科生も同様の事を思っていても不思議はない。

 

「何をやっているんですか?」

 

 咎める訳でも呆れる訳でも無い、とにかく平等を体現したような抑揚のない声だった。

 

 視線が一様に集まる中、秋水は言い争いをしている生徒達では無く、一瞬だけだが二科生側の少年と目を合わせた。秋水も大概だが、何を思っているのか読み取りづらい表情だ。

 

 エリカや美月の表情がほんの少し気まずいものになる。ものの数十分とはいえ、知り合いになった一科生の登場にきまりが悪くなったのだろう。

 

 対して森崎を始めとした一科生は増援が来たかのような顔になる。

 

 だが、秋水が続けて放った言葉は一科生、二科生関係なしに突き放すような言葉だった。

 

「もうすぐ授業が始まります。三年生の一科生ともなればこの程度で集中が乱れるとは思えませんが、迷惑には違いありません。これ以上続けると言うならば、こことは別のところでお願いします」

 

 相手によって変わるのだろうが、少々感情的になっている相手に感情的になって返すのでは火に油を注ぐのと変わらない。どこまでも冷静に、正論を並び立てることが一番良いと考えていた。一科生二科生問わず、最前列で言い争いをされていては他の生徒達は「余所でやれ」と思うものだ。

 

「ちょっと待てよ、最初に突っかかってきたのはこいつ等だぜ。こいつ等を追い出せば済む話じゃねーか」

 

 絡んできたのは日本人にしては大柄な体躯の男子生徒。

 

 いくら正論を言った所で、「はいそうですか」とすぐに全員が聞き分けるとは思っていなかったために、秋水からすれば意外な事でも何でもなかった。

 

「それについては謝罪しますが、貴方方には無視をする選択肢もあったはずだ。それをしなかった以上は、貴方方にも多少の非はある」

 

 秋水は相手の反応を窺う前に視線を一科生の方へと流した。

 

「そもそも、貴方方が彼らを挑発するような事を言うのが悪い。彼らが何か気に触れるような事でもしましたか?」

 

「ウィ……二科生の癖に、最前列に居るのがおかしいだろ。どうせ落ちこぼれなんだから他の一科生に譲るべきだ!」

 

 校則で禁止されている用語を使わなかったのは秋水が生徒会に入ったことを知っているため。それをする程度の理性は残っているようだが、後半は思っている事を吐き出すかのようであり、語意も強くなっていた。

 

 その言葉に二科生の男子生徒が再び口を開き何かを言いかけたが、傍観を決め込んでいた少年がそれを制していた。

 

「確かに、二科生は一科生よりも魔法の成績が優れないのは事実だ。授業も一科生の方が優遇されている。だが、それ以外は一科生も二科生も変わらない。見学の際に二科生は自重しろ、などと言う説明は無かったはず。それに第一高校(ここ)は実力主義だという事を忘れたのか? 結果が全ての以上、最前列を取った彼らをとやかく言う資格は貴方方には無い」

 

 二科生の肩を持つような発言だが、今回は全てを確認したわけではないが一科生の方が悪い事は疑いようのない事だった。

 

 極端な物言いだが、最前列を取れなかった以上は他の生徒達はその事において劣っている事になる。そこを否定するということは現行の一科と二科を区別する制度を否定するのと同じだった。

 

「何だよお前……俺達じゃなくてそいつらの味方をするのかよ!?」

 

「味方も何も、俺はただ真実を言っただけです。自分が優れていると思うならば、他者を貶すことで偽りの実感を得るのではなく、相応の振舞いをし、他者から認められることで本当の実感を得るべきだ」

 

 一人の一科生に行っている様で、他の一科生にもこの言葉は向けられていた。それを言われた一科生は何かを言いたそうに不満の色を顔に残しながらも、言い返せずに、または言い返してもさらに言い返されそうだと思っていたのか口籠っていた。

 

 改めて二科生の方を見る。初めに突っかかってきた男子生徒は些か毒気が抜かれたような顔をしていた。

 

「俺が代理で不服だとは思いますが、ご迷惑おかけしました」

 

 謝罪を付け加えて頭を下げる。

 

 ちょうどそのタイミングで授業の開始を告げる本鈴が鳴った。この騒動は退場者なく、それぞれの胸懐(きょうかい)を吐露することもなく一旦幕を閉じる事になった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。