紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 4-5

 秋水達が公園を去ってから二分が経過した頃、赤い髪に金色の瞳を持つ鬼がその公園に辿り着いた。標的は既に去った後。残るのは戦闘の痕跡と、地面に力なく横たわる女性が一人。どこに標的が行ったのかを聞く前に鬼は、生存を確認すべく女性に駆け寄った。

 

 声をかけるも反応はない。慌てることなく、なれた所作で倒れこむ女性の首筋にか細い指先を当てた。微弱ながらも確かに脈があった。

 

「シルヴィ、救急車を一台呼んで下さい。僅かですがまだ脈があります」

 

 サポーターに連絡を取り、助けを呼ぶ。本来ならば救急車が来るまで残っていた方が良いのだろうが、今はその時間が大金を棄てるかのように惜しい。それでも女性の着崩れた衣服を素早くかつできるだけ直し、彼女は側に建つビルへと飛び乗った。

 

『ターゲットはそこから十一時の方向、距離は約四五◯です』

 

「了解。すぐに向かいます」

 

 まだその程度の距離しか離れていないことに一瞬だけ違和感を覚えるも、戦闘中なのだろうと検討を付け、邪魔な思考をすぐさま拭い去る。鬼はCADを通じて自身の跳躍力を強化し、目的地へと跳んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 幻術を解くためには、自身で解く手法と他人に解いてもらう手法がある。自身で解術することは難易度が高いため、多く用いられているのは他人の力を借りる方法。その中でも、術者を叩いて根源から取り除くやり方と対象者をどついて夢幻から目覚めさせるやり方がある。現段階で秋水が選択できるのは、幻術にかけられている大勢の人々を殴るなどをして正気に戻すこと。けれどその選択方法も、この場で最善策になるとは限らない。

 

 先ほど幻術が解けたと思われる男性は、解術後程なくして爆死した。

 

(あれはボクの魔法じゃないし、当然殴らせた奴の魔法でも当然ない。こいつらは所詮、今日この場で拵えた急造品)

 

 爆発したのは、薬品を調合して作った爆弾。硝酸アンモニウム、尿素、塩酸、硫酸、過酸化水素。化学の授業でよく登場するこれらの薬品は、爆弾の原料となり得る。ちょっとした小遣いがあれば、専門知識がなくともインターネットを通じて誰でも購入、製造が可能な程度の品。だが量によっては、製造された爆弾の威力は容易に人一人を吹き飛ばす程になる。魔法の優位性が証明されたといっても、誰もが使える化学兵器が十分に脅威たるものだということには変わりはない。

 

(爆弾は全部につけているわけじゃない。あれを入れても計八個。配置も爆弾の威力もバラバラ)

 

 一番初めに爆発した爆弾の威力は、八つある内上から数えて四番目。更に下位の威力はせいぜい身体の一部が吹き飛ぶ程度で、場所さえ良ければ死ぬことはない。だが、威力が上の爆弾はそうはいかない。最も強力なものは人の原型を消し去り、周囲も問答無用で巻き込むほどとなっている。起爆の条件は、それぞれに対応したスイッチを押すという至ってシンプルなもの。純粋な科学故に、いつどこで爆発させるかは彼の意志一つで決定する。

 

(キミは既に、以前に見た爆発と今回との相違点に気づいて色々考察しているんだろうけど)

 

 写輪眼はチャクラを見る。少しでも知識があれば、誰もが知っていることだ。ということは、チャクラが増幅・破裂することによる爆発と今回の爆弾での爆発との違いにすぐ気づくという考えに容易に辿り着くことができる。故にこれは、秋水に疑惑を持たせることが目的。幻術を解いた、もしくは気絶に至らない些細なダメージを与えた場合でも、その個体が何らかの方法で爆発するかもしれないというメッセージ。相手の行動を封じるならば、この程度のことで十分。相手が良心的であればあるほど、他者を無作為に巻き込む方法は効果を十全に発揮する。

 

 これによって最善策と思われていた手段は潰され、幻術を解く方法はほぼほぼ閉ざされたと言って良い。秋水に残された手段は、五◯◯を越える群衆の中に潜む術者を見つけ出して叩くか、今は吉ではないとして逃げるか。しかしプライドの高い秋水が、挑発された手前敵前逃亡をすることはない。

 

(ここでは、手当たり次第攻撃して倒していくことが一番。数はいても所詮は木偶。個体の性能は上げられないから、一撃で伸されるのはわかっている。何体かやっていく内に、爆弾を付けられた個体が少ないことに気がつくことができる。何かの拍子に運悪くスイッチが入って爆発する奴もいるかもしれないけど、最小限の犠牲で最速でボクを見つけられることに変わりはない)

 

 人だかりの中から、男は秋水から目を離さず観察していた。

 

 対象である秋水は一旦高く跳躍して壁に張り付き、至る所にいる操られた人達を見ている。魔法師のサイオン保有量でないことやチャクラを持たないことを観て知った彼の行動は、自身が次にすべき手を考える上でも無駄な戦闘を避ける上でも、理想的な形と言えた。

 

 幻術を使って操っているだけで、彼ら一人ひとりの能力は大したことはない。それこそ、単独で地に垂直で建つ壁を登ることなどできるはずもない。豪火滅却や黄泉沼のような広範囲殲滅用の魔法を使えば、一々相手取らずともまとめて処理できる。

 

(いや、もしかしたらキミはそれを理解しているのかな。……ん?)

 

 生じる霧が、視界を狭める。

 

(また霧隠れか。馬鹿の一つ覚えだね)

 

 チャクラを練り込んだ分だけ濃くなる霧、その気になれば相手の視界を絶つこともできる。しかしそれは術者も同じであり、音や匂いだけで相手の位置を探る技術を持っていなければ有利にはならない。写輪眼を持っているがために秋水はその技術を体得しておらず、現に写輪眼でも見きれないほどの濃い霧は生み出してはいない。

 

(この濃度なら、写輪眼を持ってすれば動きは把握できるんだろう。けど、集中力はさっきの比じゃないくらい必要になる。この数相手にその選択は悪手じゃないのかな)

 

 いくら達人と呼べる人間でも、集中できる時間にはやはり限度というものがある。いつどこから襲いかかってくるかわからない多勢の敵を前にして、自身の視界も悪くする霧隠れは、さほどよくない一手に思えた。

 

(ああ、そうだ。キミは今のうちに逃げなよ。ここでキミを失うのは惜しい)

 

 大気を震わせて音を伝達させるのではなく、プシオン波を媒体にして意志を相手に伝える。

 

 朝のニュースを見て、AとBがまだ接触していないと判断した秋水は正しかった。けれど、接触するまでの想定時間を誤った。秋水が想像していたよりもずっと早くAとBは接触を済ませ、手を組んでいた。

 

(……そうさせていただきます)

 

 打ち負かされた相手に一泡吹かせたいが、近づけば確実に感知されて倒される。そんな感情と考察が入り混じった声だった。随分と人間的だと笑いたくなる気持ちを堪え、操り人形たちの中の数体に新たな指示を出す。

 

 何かが風を斬る音と、ガラスが割れるような音が霧の中に響いた。

 

(監視カメラか? この霧の中なぜ?)

 

 指示を中断し、秋水の真意を探る。霧のせいで何を壊したのかはわからない。音の位置と記憶していた景色を照らし合わせていく。思い当たるのは監視カメラか街灯くらいのもの。街灯付近は霧が照らされ明るくなっているために、消されたのならば気がつくと考え、監視カメラに答えを絞った。しかしそうなると、なぜこのタイミングでという疑問が浮かんでくる。この霧ならばカメラは役に立たないことから、壊す必要性はない。逆に初めから壊すつもりだったのならば、目視が困難になる前に普通は行う。

 

(場所は動いていない。飛雷神のためのマーキング? それとも何かを仕掛けるための準備?)

 

 考えている間に、それは起こった。

 

 

 

 目の前で爆発が起きた時、秋水の眼を始めとした五感は目の前の現象を即時解析し、脳へと伝えていた。チャクラやサイオンによる魔法ではない。風下のおかげで、微風に乗ってほんの少しだが臭いを嗅ぐことができた。刺激臭、薬品で間違いない。音の違いは、これまで経験したものと比較して大きいか小さいか程度しかわからない。情報を記憶と合わせて整合し、答えをいくつか算出した。要した時間はほんの数秒。爆発後に何人かの操られた人々が声を発し近づいてきた時には、既に壁に跳び付くという考えも浮かび挙がっていた。

 

(あの爆発は恐らく人工物によるもの。数は限られてくるだろうが、間違いなくあといくつかはある)

 

 秋水は相手の出方を伺うも、変わった動きはなかった。先ほどいた場所から見て()()()()()()()()()から下を覗くと相変わらずゾンビのように操られた人々が蠢いており、年齢性別問わず様々な声が混ざっていた。

 

 始めは、片っ端から外的ショックを与えて幻術を解くという策を第一としていた。けれど爆発を見た瞬間、その考えは棄てることとなった。秋水が思考の末に導いたのは、目的が牽制と警告だということ。チャクラなどが介在しない純化学兵器であるために、写輪眼で発見することはできない。残りの数とその保持者、起爆の条件や方法などに関しても、答えを導くために必要な手がかりが少なすぎる。現状を打破する手っ取り早い方法は、術者を探し出すことであった。

 

(俺がここにいて何もアクションが無いとうことは、奴は外部からこちらを監視をしていない。あの中に混じっていると見て良いだろう。いるにも関わらずチャクラの流れが見えないのは、何らかの対策を講じたとしか考えられない……考えにくいが)

 

 霧隠れを発動した瞬間のこと。秋水は影分身を作り、大回りをして反対側のビルへと移動していた。霧は影分身を中心として半径一◯◯メートル程度に展開されているが、高さに関しては二◯メートルも満たない。どこか高い位置から監視をしているならば秋水がここにいることは筒抜けになっているはず。何も行動が起こらないということは、屋上にいる秋水にまだ気づいていないという何よりの証拠だった。

 

 それにも関わらず写輪眼でも居場所を見つけられないということは、何らかの対策を講じているより他ない。実際、チャクラの流れを見る写輪眼を欺く方法は無いわけではない。その最たるものとしては科学が挙げられるだろう。レーダーに反応しにくいステルス兵器然り、チャクラの流れを完全に隠匿する技術があっても不思議ではない。

 

 秋水としても、その技術の登場を予測できなかったわけではない。開発された所で、大した問題では無いと判断していた。姿や気配を完全に消すならばまだしも、チャクラが見えなくなるだけ。いざ()の当りにすると面倒以外の何物でもないが、いくらでも対応手段はある。

 

 カメラの数と同じだけのクナイを口寄せし、位置を改めて確認した。

 

 霧隠れによって視界不良になる中、秋水は監視カメラに向けてクナイを投擲した。角度的に難しい箇所は、クナイ同士を当てて方向を変えることによって可能にする。記憶力と空間把握力、投擲技術があれば、見えずとも当てることは造作も無い。

 

 吸い込まれるかのように標的へと突き刺さる。外した的はない。

 

 カメラを壊した目的は三つ。

 

 一つ目は、壊すことによって警察へと信号が送られるため。二つ目は、霧隠れを解除した時に邪魔になるため。三つ目は、これからするために適当な位置に支点が欲しかったため。

 

 続けざまにCADを操作し、秋水は己の鼓膜に硬化魔法を展開する。鼓膜が震えなくなったことで宇宙に放り出されたかのように、一切の音が消える。クナイの柄頭に付けていたワイヤーを適度に引っ張り、楽器の弦のように張りをもたせた。

 

(どれだけ強力な兵器を積もうが、俺の眼の対策をしようが無駄だ。そこにいるなら、炙りだすまで)

 

 分身体とアイコンタクトを交わす。霧隠れを解除すると同時にワイヤーに指をかけ、力強く弾く。途中まで操作していたCADを更に操作し、系統魔法の内の一つである振動系魔法を発動した。

 

 スピーカーを使ったかのように大きな音となり、無差別に襲いかかる。

 

 単に大きな音ではない。痕跡反応を引き起こす嫌な音。黒板やガラスを引っ掻いた際に出るような不快音が、数ヶ所に張られたワイヤーから生じていた。発生した音の周波数帯は二◯◯◯ヘルツから四◯◯◯ヘルツ。この周波数帯は人を喰らってきた捕食者の鳴き声に似ているとされており、人間の本能に関わる偏桃体が反応しているためにいくら訓練をしても耐性ができることはない。

 

 そんな音が四方八方から大音量で鳴らされてしまえば、意識がはっきりしている者ならば音を閉ざすために耳を塞ぐなどの対処行動をする。

 

 些細な行動でも、動けば写輪眼が捉える。視ることに特化した眼が群がる人々をなぞるように動き、獲物を補足する。

 

 その行動を取ったのは、大衆の中でたったの二人。その数は標的の数と一致していた。

 

(――見つけた)

 

 先程まで追いかけていたA、待ち構えていたBをそれぞれ発見する。Aは逃げる途中だったようで、既に人だかりから抜ける寸前だった。追っていた時とは異なり別のアウターを着ているが、本能的にAで間違いないと判断していた。本体がAに、分身体はBへとそれぞれ向かう。

 

 

 

 分身体の秋水は足場にしていたビルの壁から一直線にBの下へと跳躍、傍に着地したと同時に拘束。抵抗する間を与えずに上空へと跳んだ。跳んだ先は、ちょうど正面に建っていたショッピングセンターの屋上。地上に残らなかったのは、周囲にいる人間に下手な危害を及ぼさないため。地上から数十メートルの位置に来てしまえば、人一人に付けられる規模の爆弾を爆発させても、その余波が届くことはない。

 

 落下防止のフェンスに叩きつけ、上腕で首を圧迫。目深にかぶっていたフードを乱雑に剥ぎ、素顔を覗いた。青年、三白眼で鼻や口が大きめのヘビ顔。痩せこけた頬や、長らく日にあたっていないかのような病的な色白の肌はインドア派な印象を抱かせる。

 

「その眼……」

 

 何より異質だったのが、眼が血のように真っ赤だということ。写輪眼のように瞳が紅く染まっているのでなく、眼球すべてが赤に染まっている。肌の白さも眼に宿る瞳力が混ざり合い、やけに不気味に写っていた。

 

「……。やっぱり、キミは知らないんだね」

 

 落胆しような、予想通りだというような、数多の感情が入り混じった声。

 

「ああ、別に気にする必要はないよ。三大瞳術を持つキミには、初めから期待なんてしてなかったから」

 

 憐れむような視線が秋水の感情を逆撫でする。

 

 輪廻眼、写輪眼、白眼。世に存在する瞳術の中でも、この三つは特別視されている。忍びの祖である六道仙人、その母である大筒木神具夜(カグヤ)がそれらのルーツと言われているためだ。

 

 現代において輪廻眼の発現者の存在は確認されていないが、写輪眼を持つ裏葉、白眼を持つ日向は今も存続している。縮小している裏葉とは異なり、特に日向は京都に拠点を置き、古式一派の頭のような立場にある。

 

「それより良いのかい? ボクに時間を割けば割くだけ、彼女は遠くに逃げていく。彼女を追っているんだろう」

 

 喉に圧を加えているにも関わらずよく喋る奴というのが、目下の評価。誘導して情報を引き出す。惑わせて混乱させる。作戦としてはそんなところだろうと秋水は判断した。ならば、会話に乗る必要はない。必要な情報を早く抜き出し、本体に還元させるのがベスト。

 

 この場で本来迅速かつ的確な効果を発揮する写輪眼は、残念ながら今は使えない。それは以前相対した男の影響が大きい。その男に幻術をかけた際に、チャクラが暴走し爆発する結果になった。暴走したチャクラは、目の前の人物の物で違いはない。チャクラが本体の物であるならば自爆になるのだろうが、影分身ならば別。どれだけ派手に爆死しようとも、本体は無傷。ならば、あの時と同様のことが起きるのではないか。拭いきれない薄く粘ついた不安が、秋水の行動に枷をかけていた。

 

(この手の奴が本体で来ることはそうない。こいつは影分身だろう)

 

 影分身ということは、一定以上のダメージを与えられないということ。拷問にかけて口を割らせるという方法も、今は使えない。幾重にも重ねている対策は、憎たらしくも相手の強かさを認めざるを得なかった。

 

「お前に聞きたいことがある。お前も、裏葉に用があるんだろう」

 

 本体が動いていることを悟らせないように、彼の意識を分身体(じぶん)に集中させるよう誘導する。

 

「聞きたいこと?」

 

「お前たちが手を組んだのは、今夜よりも前か?」

 

「何のことかわからないな」

 

 言葉に反していかにも知っているという顔をしているのは挑発なのだろう。それには乗らず、秋水は別の質問をする。

 

「先日お前が寄越した刺客に与えたのは呪印か?」

 

「……前半は言いがかりだけど、後半は半分正解。ボクは望んだからこそ、ボクの呪印をあれに投与してあげただけ。その後キミを襲ったのは、あれ自身の意志だ」

 

 あれ、と言う言い方に違和感を覚えるも優先度は下の下。そこではなく、別の部分に食いつく。

 

「お前の?」

 

「そうだよ。過去のデータからボクが蘇らせ、アレンジした。何が違うかは、調べたらわかるんじゃないかなあ」

 

 呪印とわかっただけでも一歩前進。得た情報をベースに照らし合わせていけば、追加された効果はいつでもわかる。

 

「彼らに取り付けた爆弾は誰に、あと何個ある?」

 

「数はさっき爆発したのを含めて八個。けど、どれにつけたかまでは覚えていない」

 

 この回答は予想できたものだった。数を教えた場合、分母と比較して該当者はごく少数。誰に取り付けたかまで言わなければ、八という数はほとんど意味を為さない数字になる。

 

「威力は?」

 

「さあ」

 

「起爆方法は?」

 

「秘密」

 

 そして本当に言いたくないこと、自分が不利になることは口にしない。

 

 上腕を首に一層押し付ける。影分身が消える一歩手前の段階だが、少なからず苦痛は与えられる。

 

「良いのかい。もしボクの心拍と連動しているなら、これ以上は危険だよ」

 

 心拍と連動しているならば、一体目だけが別に爆発したのは不自然。八個それぞれに異なる設定をしていたとしても、この状況で一つも爆発しないのは無理がある。なにより、心拍は望む値に自在に上げ下げできるようなものでもない。ブラフだと、秋水は判断した。

 

 秋水が重要視しているのは、問に対する答えの中身ではなく、答え方そのもの。性格によって答え方は異なる。素の心理分析は得意ではないが、ある程度のレベルまでは相手の性格を絞り込める。今の段階では自信家で狡猾。

 

「好きにしろ。できるならな」

 

 方法にかかわらず、今は爆発させないと踏んでいた。むしろ爆発させないためにわざわざ高い位置に場所を移したのだ。ここで爆発をさせれば確かに被害は出る。現状、秋水がそれを止める手立てもない。けれど、一度それをすれば男は切れるカードを失くすことになる。秋水にダメージも与えられない。今そのカードを使えば、残るのはただ爆弾によって一般人を殺したことだけ。

 

「一般人じゃダメかあ。やっぱりキミには、七草の奴らを使わないとね」

 

 仮面の奥で眼がカッと見開き、真紅に染まる眼には激情が宿っていた。

 

 言葉を言い終えたタイミングとほぼ同時、保っていた冷静さが崩れ去り、感情に任せて腕を振るった。振るったのは首を圧迫していた腕。その手に握るクナイは、自らの切れ味を証明するかのように綺麗に首を裂いた。

 

 雄叫びを上げるわけでもない。内に感情を秘め、ただただ静かに、そうすることをプログラムされていた機械のように精確な動きでそれを成す。

 

 胴体と離れた首。煙と共に消える直前に見たその顔は、秋水の思いを見透かした上で浮かべてたような気味の悪い笑みだった。

 

 影分身をした後に体に取り付けたであろう爆破スイッチが八つ、乾いた音を立てながら地に落ちる。溜まった鬱憤を晴らすかのように、秋水はそのうちの一つを思い切り踏み潰した。

 

 

 

 数分前。

 

 分身体と別れた本体は、直接Aの下へ行かずに逃走する彼女の後を付ける形を取っていた。気配を絶って尾行するのは忍の初歩技術。ましてや相手は不快な音を聞いた直後であり、追手(秋水)がBを相手取っていると気がついているならば、周囲への警戒よりもいち早く離れることに重点を置く。

 

 尾行を続けてから約二分の経過。Bと距離もだいぶ離れたことで、秋水は捕獲するために行動を移した。

 

 Aが人と人の間を駆け抜け、大きな公園に入る。時間帯から人は少ないが無ではない。ただ、街中と比べて灯が少なく闇に紛れ込むこともできる。

 

 その闇夜から一閃。

 

 一本のチャクラを纏ったクナイが、右足の腱を的確に裂いた。突然言うことを効かなくなった脚のせいでバランスを崩し、その場に倒れこむ。子供でもこれほど大胆に転ばないだろう。即座に始まる再生、何が起こったのかわからぬまま、ただ本能的に秋水(てき)が来たと察した。

 

 腱が回復し、立ち上がろうとした時だった。

 

 クナイに印したマーキングへと飛んだ秋水が、その場でAを組み伏せる。背中に落とした膝は、肺を圧迫させ一瞬息を止めるには十分の威力。左手で相手の腕を抑え、右手に持ったクナイを首元に添える。

 

 周囲にいた人々は異様な姿をした二人を見て、その場から全力で逃げていく。

 

「何もするな。すれば殺す」

 

 短くも脅しには十分な言葉。声にしても五秒ほどの言葉は、通常の何倍ものプレッシャーとなって相手を押し潰そうとしていた。

 

 ワイヤーで手を縛り付け、うつ伏せから仰向けへと移す。白いマスクを取り即座に幻術にかけた。逃がしたということはまだ利用価値があるということであり、それは幻術をかけても爆発しないという確信へと結びつく。万華鏡の瞳力は、相手の抵抗を介さず幻へと落とし込んだ。

 

 女性の身体から力が抜け、秋水も応じて力を弛めて離れる。

 

(やはり女。この顔立ちは日本人か)

 

 逃げた人々の誰かが警察に連絡を入れていた場合、この場に居続ければいずれ遭遇することになる。移動をしようと力の抜けた女性を担ぐ。横抱きではなく、荷物でも扱っているかのように脇に担いだ。

 

「ミア!?」

 

 ずっと追いかけていた気配の主が到着する。赤髪金眼の鬼、USNAが誇る最強戦力。少し予想よりも早かったと秋水は思いながらも、名前を口にしたことに対して少なからず驚きの感情を抱いていた。

 

 ミアと呼ばれた女性の顔立ちは、広く分類してもアジア系。名前を知っているということは顔見知りであり、血縁関係者かアメリカに住んでいたということ。素性が隠されているシリウスが口にしたということは、友人関係ではなく軍関係の者。無論、突発的に名前を呼んでしまったということも考えられる。

 

「アンジー・シリウス、これはどういうことだ」

 

 USNA関係者が、白覆面を被って日本の魔法師を襲っていた。それも無造作に魔法師を襲ったのではなく、十師族の中でも地位が高い七草の関係者をたて続けに。この女性が関係者と証明できる証拠が揃えば、日本との関係はこれまでと同じとはいかないだろう。

 

「こいつは、USNAの魔法師だな」

 

 問ではなく確認。次のシリウスの答え次第では、秋水はこの場を戦場とすることに躊躇いは無かった。戦闘になったとしても負ける要素は見当たらない。あの日よりも強まった瞳力と肉体。まだ誰にも見せていない力があれば、相手が誰であろうと勝てるという絶対の自信が、彼にはあった。

 

 シリウスは一旦間を置き、しっかりと仮面を被った秋水を見て答えた。

 

「はい。その者は、私達USNAの人間です」


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